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2026-05-12

ニュージーランド選挙が間近で安定の移民いじめが始まった

ニュージーランドは公平な国でジェンダーギャップもかなりの好成績、ジャシンダ・アーダーンという国を破壊するだけ破壊してオーストラリアに言ってしまった元女性首相世界を牽引する100人女性の一人に選出されるほどの国ではあるが、選挙が近くなると毎度のことのように移民いじめが発生する。

ニュージーランド選挙権や国の姿について軽く話をしておくことにする。理解を深めるためだ。

ニュージーランドは言わずとしれた移民国家であり、平均以上優秀以下な移民に対して平均以下の国民という状況が長いこと続いている。

これはニュージーランド移民政策が「だれでも来てください」から「優秀な人しかいらない」という方針でかじを切ったことによる。

その結果ニュージーランドにくる移民

というようになっている。この他にも難民であるとかパートナービザの人もいるがここでは割愛する。

視点を変えて国民はどうか。

国民基本的には勉強をしない。大学にも行かない。そのため貧富の差が開き続けている。特にパシフィカと呼ばれる人々やマオリ族に関しては悲惨一言だ。

マオリ族に関して言うならば、白人侵略された歴史から白人文化に対する抵抗感も非常に強いので「白人文化に染まるくらいなら貧困を選ぶ」という人々も居て、こういう人々がブライアンタマキの設立したキリスト教カルトデスティニーチャーチででも活動をするようになっている。

ニュージーランド就職戦線を見ると以下のようになる。

会社採用したい人材はどちらだろうか?ちなみにニュージーランドには新卒採用などというお人好しな文化存在していない。当然前者が主に採用されることになる。

ニュージーランドはこういった移民依存しなくては経済を維持できないためビザ制度を「国のダメージを最小限にする程度に」いじりながら日々を過ごしている。

ちなみに「国のダメージも顧みないで変更した」のがジャシンダ・アーダーン政権でもあるのだが、これによって国内医療崩壊人材流出に歯止めがかからなくなってしまった。

からニュージーランド踏み台国家という扱いを受けており、ニュージーランド永住権市民権を獲得してそのままオーストラリアに行ってしまう人々が常に一定数いる。

移民オーストラリアに行き、国民オーストラリアに行く、国に残るのはどこにもいけない貧乏人ばかり、というのがこの国の姿だ。

そんな国の移民だが一つだけ弱点がある。

それは選挙権がないことだ。

ニュージーランド選挙権は市民権保持者またはPermanent Resident VISA保持者だけが持つことが出来る。

ワークビザやResident VISA場合はたとえ30年住んでいても選挙権を与えられることはない。

そうなると政府がこぞってやるのが移民いじめだ。

基本的には制度を厳しくするというのがよくやる手口だが更に言うならば移民のせいで仕事がない、家が買えない、オーストラリアへの踏み台にするばかりで国に対する忠誠心もないということを全政党が途端に大騒ぎし始める。

今回の移民いじめ市民権獲得に対するペーパーテストの新設だ。

おそらくニュージーランド人にこのテストをやっても合格できるのは10人に一人も居ないであろうテストをすることは間違いがない。

これはテストが難しいのではなく単にニュージーランド人に学がないというそれだけでしかないのだが、何のための試験なのかといえば「市民権を取られたらオーストラリアに行かれてしまう」というそれだけのことでしかない。

このような見え透いたことを平気でやるのがニュージーランド政府なのだということは言うまでもない。

ここで当然ニュージーランドフィクサーであるウィンストンピータース率いるニュージーランドファースト永住権ももっと取りにくくしろといってくるのは毎度のことであり、この正統は今回の選挙でも相変わらずキングメーカーになることは間違いないだろう。

というのも今のニュージーランド二大政党である労働党ナショナルパーティーがともに支持率を下げておりそのぶんがニュージーランドファーストに移動しているからだ。

これまで以上に強力になるであろうニュージーランドファーストにおもねったことを言い出している時点でもはやこの国の民主主義崩壊したと行っていいだろう。

国民の大多数が選んだ政党国民のごく一部が選んだ少数政党に頭を下げるのだから

来年以降ニュージーランドへの移住は更に難しくなることは間違いがないので永住権を取得したいのであれば半年待ったほうが良いだろうが他の国を選ぶほうが懸命だ。

そういうわけでニュージーランドに来ることはおすすめしない。

2026-05-08

anond:20260508000716

踏み台がないと大きな声を出せない惨めな人たちだからしょうがいね

2026-05-02

掲示板で「膝」と呼ばれてしつこく叩かれてるキャラクターがいたか検索してみたら

どうやら「人生逆転 浮気され、えん罪を着せられた俺が、学園一の美少女に懐かれる」って作品キャラクターらしいな

タイトルからして男の願望全開って感じで気持ち悪いが、

そんな作品の如何にも踏み台として描かれたキャラクターを本気になってヘイトするってあまりに幼稚じゃないか

もっとも女の方も悪役令嬢の中の人かいヘイト創作のピナというキャラをしつこく叩いてるから

オタクのヤバさは男女問わないんだろうけれど

2026-04-27

anond:20260426171445

売れた作品を削除しないのは

出版社に囲い込みされて終わるから

いくつかは削除されて揉めた

どここプラットフォーム踏み台になるのはごめんだから

2026-04-24

BLVSロリエロという構図に持ち込もうとしてるのがそもそもおかしいだろ

問題本質は「男児に向けられる小児性愛は許されるべきか?」であって、それが同性愛かどうかは無関係なのではないだろうか?

つまる所、この議論構造が完全に破綻しているのだ。

どう破綻しているかと言えば、「ショタコン漫画家」と呼ぶべき相手を「BL漫画家」と呼んでいることが全てである

犯す側が男か女かなどは重要ではなく、「男子児童性的描写が許されるか否か」がそもそも論点だったのではないだろうか?

議論誘導し見下した相手攻撃している」と言われるべきはどっちだと思う?

正解は、両方だ。

今、BL作家と呼ばれている小児性愛者の変態は当然批判されるべきであり、ここぞとばかりに相手BL作家呼ばわりしてBLという界隈自体攻撃しようとする輩も悪だと私は思う。

というか、どちらも同じ穴の狢であろう。

つまる所両者がやっているのは「自分達の界隈が見下している相手踏み台にすることで稼いだ見せかけの優位性を利用して倫理的な窮地を詭弁で乗り切って傷を浅く済ませつつ他者馬鹿にして気持ちよくなりたい」ということじゃないか

たとえるなら「応援しているのがガンバレッズかの違いがあるだけでどちらも悪質なフーリガン集団しかない」というのが第三者目線での感想だ。

ハッキリ行ってBLロリコンショタコン百合も全部気持ち悪いよ。

そもそもあえて不健全で少しだけマイナーオカズでシコシコしあって以上で特別存在自分を称えている感じがキモいんだよね。

巨乳人妻とか黒人デカチンとの浮気とか、そういう普通オカズをありきたりでつまらないものとして見下してまで何を求めてるんだろうなコイツらは本当

2026-04-18

この世には負け役、踏み台にされる側の人間が大量に必要

少子化は本当に問題だと思っている

世の中には引き立て役が大量に必要なんだよね

そういう人達いるから俺みたいな一部の人間が輝ける

子供を作ることは素晴らしいことだと思い込んで適当繁殖しまくって欲しいね

2026-04-13

かぐや姫!を観た、マジで超酷かった!

令和型のセカイ系サイコパス

はっきり言って『都合の良いZ世代のガキ』 みたいな、令和のキモいところを凝縮した作品だった。

令和型のセカイ系――

「ちゃちゃっとエモくなんでも解決ちゃおう!」

私たち一所懸命合法からハッピーエンドが当たり前だよ!」的な、超効率主義の超ドライっぷりがすごいんだよ。

要するに『平均的で弱い一般大衆』を踏み台にして、遺伝子の良さ、メイクマネー能力、親から与えられた文化資本を総動員して、なんでも秒速で攻略ちゃうと。

であるから、描かれていない物語の裏側で、とんでもない数の罪なき人々が、雑に淘汰されているんだよ確実に。

しかも、昔のセカイ系と違って、痛みも葛藤ほとんどなくて「せっかくの人生なんだから、全部奪い取ればいいじゃん」って勢いなんだよ。それもヨゴレ役をやらずに、光属性ファッションにしたまま、何もかもを得ようとしてゆくと。

主人公の態度としては「最低限の法と道徳倫理は守っているから、わたしら以外のザコな一般人は知りませんよ?」的な、ぎとぎとの冷酷さが伝わってくるんだよ。新時代サイコパスを決めるなら、こういう奴らだろうね。

その証拠に、主人公彩葉17歳JKが、視聴者から投げ銭をあぶく銭、水物呼ばわりして、もう一人のヒロインかぐやも「でも合法でございましょ」って切り返すんだけれど。

冗談抜きの話、こいつらって生き様キャバ嬢ラウンジ嬢なんだよ。手練れの売女ってくらい「私は一所懸命」「私は苦しんでいる」「私は生きる為に必死」という大義名分で、もうそれだけで感情労働をしているから、どんな奇跡が起きようとも、どんな大金が舞い込もうとも「必要以上には感謝しませんよ!」って冷え切った流れ。

なので、超かぐや姫を一言で言い表すと『整形手術した人の笑顔』だね。

ハイスピードで展開する、外面だけ美しい歪んだ物語

でね正直な話、超かぐや姫、SF設定はむっちゃ面白いのに、各キャラクターの深掘りがあまりにも薄くて、あらゆる事が超早送り――ダイジェストで進むもんだから貧困毒親配信業もメタバース仮想世界)も、全部ぺらっぺらなんだよ。

そのせいで2時間22分もあるのに、唯一、緊張感のある場面って、彩葉が疲れて風邪を引くシーンだけ。でもって大規模な戦闘シーンなんかも「知らない奴らが知らない技を使って知らない世界で、いつまでも戦ってんねぇー」としか思えないんだよ。

例えるなら、僕が昔、風の王国というMMORPGをやっていたときに「そんなクソゲーやめて、マビノギやりなよ」って何度も誘ってくる奴がいて、仕方なく新規ログインしたら「なんだこの世界観、くそきめぇー」って、14歳前後のガキだったから思っちゃってさ。

まりは、心の準備が整っていないのに、いきなし『異空間に連れて行かれて知り合いゼロ』という、2000年代ネトゲで味わった独特な疎外感――仲間外れ感を思い出したんだよ。そんくらい感情移入させてもらえないのが、超かぐや姫!

個人的に懐かしい話、テイルズウィーバーとか、メイプルストーリーとか、ラグナロクオンラインとか。そこらに一瞬だけログインして「マジでつまんねえ~」って思って荒らして、飽きたらハンゲをやって、今度はフラッシュ倉庫に行って「人生ってクソゲーだな」ってマウスをカチカチしていた頃。そのとき感情がぐわっと蘇ったね。

「古き良きネット社会黎明期ってのも、快楽ばかりではなかったよなー」って、あの頃に心がタイムスリップできた。

それで言えば、挿入歌――ハッピーシンセサイザとかメルトとかも、僕が病んで疲れて、ひきこもりだったときによく流れていて。永井先生とかウナちゃんマンとか初音ミクとかニコニコ組曲とか、そんなのとも混ぜこぜな日々の中「毎日まらねぇー、生きていても意味ねぇー」って絶望していた時代が、はちゃめちゃ解像度高く、思い出されたんだよね。

そう考えりゃ、一周回ってすごい作品かもね。

言うなれば、その昔、『キャビン』って洋画があってさ。伝説モンスター集合みたいなB級ホラー作品で、シャイニングとか ファニーゲームとかジュラシックパークとか、名だたる作品の奴らがオマージュとして、がんがん登場するんだよ。超かぐや姫もそのベクトルで、思い出のお祭り騒ぎなんだと思えば、ぎりっぎり、ありな作品なのかもしれないね

そんでね強く言えるのは、超かぐや姫を観て20分そこらで「うわぁ、資本主義の悪いところ出てんな」って、最速で虫唾が走ったんですよ。

というのも、本作のヒロイン――酒寄彩葉(さかよりいろは17歳が、顔も可愛くて、東大も狙えて、音楽センスもあって、母親京大出身金持ちで、一人暮らしで、推し活もやって、FPSプロゲーマーレベルで、友達売れっ子インフルエンサーで、つまるところバケモン。

「こいつこそ地球人じゃない可能性があるな」って、まるでマルチバースってくらい、いろんな天才人生を歩み過ぎなんだよね。

しかも、週5日のバイト受験勉強友達付き合い、ゲーム、全部ガチ勢として、一分一秒を争うスケジュールで生きているのに、気持ちよく感動して泣いたり、ぽわぁ~んっと黄昏れたりで、謎めくほどの余裕があって。挙げ句の果てには、冒頭のナレーション含め『一生懸命苦学生尊い!』というモードなんだよ。

そんで重要な話。彩葉の『限界ぎりぎり生活』ってのは、そうせざるを得ないかスタートしたのではなくて、自己選択貧乏をやっているから、あくまでもガソリンの味は知らないヒロイン、そこにあるのは真の闇じゃないと。

なぜかって、彩葉自身が口にしたように、親子喧嘩で譲らなかった結果として、保証人不要のボロアパートに住み始めただけなんだよ。

さらに、お母さんは嫌味ながらも【今でも彩葉はすぐに泣いて帰ってくると思ってます、甘ちゃんから】そう言っているように、『いつ帰ってきても良い』という逃げ場を用意していると。もっといえば、彩葉は、父方の祖父母から仕送りまでもらっていて『だが自尊心を守るために使わない』という自己決定をしているんだよね。

しかも、小汚いアパートといえども、パソコンタブレットもあるし、トリプルモニタだし、節約で使わないながらもエアコンがあるしで、向かうところ敵なしのガジェットだらけなんですよ。

まりやらせ貧乏やらせ苦学生やらせの追い込まれから貧困なりきり体験ツアーしかない。これは言ってしまえば、10年前に流行ったビリギャル的な世界観『敗者復活ごっこ』でしかいね

そもそもがさ、若いとき貧乏暮らしなんて「刺激にあふれた愉快な下積み」と考えりゃ、ただただ楽しいだけじゃん。この僕なんかも19歳の頃、試食品コーナーだけで食事を済ませたり、洗面台にホースをつけてシャワー代わりにしたり、キシリトール歯磨き粉を歯に塗って空腹をごまかしたりで、すこぶる貧しき時代があったけれど、若さゆえに面白かったからね。

すなわち『まだ未来のある貧乏』って、所詮は娯楽の一種しかないのよ。

やはりね、生まれ育ちが最強な奴の苦しみって、ストリートファイターのさ、サマーソルトキックを放つ前のしゃがんだガイルを見て「背が低いねー」って言っちゃうくらい、本質的にくだらないなって。

追記、書いた文章Google Geminiで「ちょうどよく改行して!」と頼んだら、謎のハングル文字がたった一個だけ登場した。考えられる理由!?

2026-04-12

産んでない子供の面倒なんか見たくない(「違国日記」への違和感

ここでいう産んでない、ってのは、自分遺伝子を受け継いでいるかどうかという意味、いわゆる「血の繋がり」の意味だ。仮に産んでいようとも代理母出産はそれに入らない。

「違国日記」という漫画アニメ化され、家族を描いた物語として好評らしいけれど。

この話は独身女性である主人公が姉の娘である姪を引き取って育てるのを美談として描いている。私はそれが気に入らない。


まぁ、叔母と姪なら血の繋がり自体はあるけれど、直系ではない。

私は現代日本において子育て負担は、直系尊属である両親と祖父母や曾祖母けが負うべきだと思う。

以前はそうでもなかったけれど、少なくともこの20年は「産んだ女だけが偉い」と事更に繰り返し、彼女達の手柄がアピールされる。産んでいない女は保育士教師として働こうが、職場でワーママのために尽くそうが、子育てに貢献していないという扱いをされる。

なら、子育て負担も産んだ女だけが負うべきではないか他人の子育てへの関与は、業務として、賃金が発生する形態に限るべきだと思う。


この姪には祖母主人公の実母)がいるんだよね。直系尊属である祖母がいるなら祖母が引き取るべきじゃない?なんで娘に丸投げするのか。

「すずめの戸締り」なんかも叔母が姪を引き取るのを美談にしていたけど、なんで独身の叔母が自分生活犠牲にしてまで引き取らなきゃならないのか。それは搾取じゃないか

主人公と姪の関係性は美しいものとして描かれるが、結局のところ主人公奴隷として都合良く利用されているだけではないのか。産んでない子の子育ての負担を負わされて、その子を愛していると言わされる主人公があまりに気の毒だ。主人公自発的判断として描かれていても、その背後には作者の意図があり、さらに背後には女に子育て押し付け社会がある。

姪はまだ若く、将来の結婚出産という栄誉ある未来が見えている。主人公踏み台にして自分だけ幸せになり、それが美談にされるのだろう。


これが王道少女漫画女性漫画)だったら主人公が姪の後見監督人の弁護士とくっついて、

普通ならば得られないようなハイスペ彼くんゲットによって、要らん子育て負担を負わされた埋め合わせがなされそうなものだけど。どうもそういう訳でもなさそうだし。

同様に産んでない子を育てる羽目になった「SPY×FAMILY」のヨルなんかは、ハイスペ男である黄昏とくっついて実子を産む未来示唆されている。前述の「すずめの戸締り」でも、主人公の叔母の環は大学生の芹澤という年下イケメンと良い雰囲気になるという利得を得ている。

結婚出産エンドは最終回発情期とか馬鹿にされるけれど、頑張ってきた主人公に対する褒美としては一つの答えだと思う。


とにかく、独身女性に何の利益もない子育て押し付け、それを美談として扱う物語政治的に正しいものとして消費される現実にぞっとする。

2026-04-08

anond:20260408135644

からお稽古事は富裕層ターゲットにした「場」の一つに過ぎないよ。これは歴史を振り返ってみても、あきらか。

そして目的は「場」に参加することじゃない。参加するだけなら金を払えば誰でも参加できる。金を払った瞬間に達成できる。

目的は「場」を踏み台にして、人脈やチャンスを得ることだよ。お金は参加費として消えてるんじゃなくて、将来の自分に対する投資になってる。投資不要なら今すぐお稽古事なんかやめちまえ。

ちなみに俺はお茶名持ってます面白そうだったので買いました)

そういえばトランス叩きってトランプとかが煽動しまくって(プロジェクト2025にもトランス踏み台にして女性同性愛者の権利制限に進もうという話がある)日本でもネットちょっと流行ったりしてたけど、トランプがやばくなりすぎたせいで右も左もそれどころでなくなって若干風化してきた感があるな。

アメリカはそれでも山ほど出てる反トランス州法だとかで大変そうだけど、日本はなんか普通にトランスインクルーシブなフェミニズム入門書とか出て、落ち着いてきてる気がする。

ここにもトランス話題に同じコピペを貼り続けるやつくらいしかいなさそうだし。

2026-04-06

生成AI叩きのために使われる下手な絵師

良くAIイラストや、それに対しての下手な絵(あえてこの表現にするけど)が投稿されたとき

AIイラストなんかよりも下手でも、描かれた絵のほうが好きです!」

ってのをよく見る。

これって、生成AI叩きが先行してて、下手な絵師踏み台にしてる行動だと自分は考えている。

実際問題、こういう「手書きの絵のほうが好きです!」って言うやつが、間違いなく言えるけど、下手な手描きのイラストRTなりしてるのを見たことがない。

これを投稿した絵描きを盾に自分主義主張を通す最低な行動だと、自分は感じてしまっている。

自分がそういうことを言うのならスジは通してほしい。君のための絵じゃないんだぞ。

anond:20260404191635

家庭用ルーター攻撃踏み台になったニュースはよく流れてるよ。

その場合ユーザーは全く気づかず普段通りネットが使えるが、知らない間に誰かを攻撃することになる。

 

2026-03-31

なろう系は、なんか、そっち行くの?って作品が多いんだよなぁ

NTR人間自身の末路を知る

ってなろう系の小説ピックアップされたから読んでみたんだけど

なんで、こういうイライラする主人公を描くんだろう?

現代ダンジョンもの

モンスターを倒すには重火器効果が薄い

・近接戦闘をしないとステータスと職を得られない

ステータスが無ければ、この先生きのこれない

このありふれた設定自体はどうでもいい

この小説キモは、NTR絶望したタイミング未来予知(または未来からの巻き戻り)が発生した点だ

【末路を知る】だな

それによって、ダンジョンが生まれ家族が殺され自身が落ちぶれて死ぬことを知る

からそれに抗うという骨子だ


問題

NTRが全く物語で活きていない

・初回ボーナスもないのに主人公情報を公開しない

・周りが強くなれば目的達成が容易になるのに、それを選ばない理由が語られない

などの理由で、主人公にまったく魅力が無い点だ

なんだか周りの女は勝手発情するんだが

話が進めば進むほど、主人公がクソになっていく

NTR中学の話で、キスをしていた、程度の事なのに

慰謝料がどうのとか言い出す両家の親

なんだこれ?

やり過ぎ感はあったが、フェアリーテイルクロニクル程の話なら人格が歪むのもわかるが、あの主人公は「それでも」前を向いてたからいいのに

中学生の彼女が他の男とキスしてただけの話で、ここまで歪むのって、むしろ踏み台キャラの描き方じゃね?


交渉持ちかけて「タスケテ」と頼む方に落ち度を設定しないか

それをことごとく蹴り飛ばす主人公がクソにしか見えない

蹴り飛ばす理由がまったく理解できないからだ

なんか、主人公のスゴミみたいに展開したいみたいだが

そも共感できないから輩に見えてくる


朝起きたらダンジョンが出現していた日常についてって作品

すげぇチート生成装置が自宅にあるのに、家族に使わせないんだよ

冒険者が登場して、力で無茶苦茶出来る世界になって

妹がオカシナ奴に絡まれても使わせない


こういうのって

後になんかあっても、「でもあの時」ってなるだけなんだから

やっちゃいかんのだよ

ダークに行くなら、ダークになる理由をとことん研磨して

それでも主人公の行動に理由と魅力を出さなきゃならんし

ライトな方にいくなら猶更だ


でもなんか、ピックアップされるって事は人気があるって事だし

こういう感想を持つ自分がずれてんだろうなぁ

2026-03-26

anond:20260326075904

まともに働かずに他人文句だけ言ってる乞食クソニートを神聖化した結果がこのザマじゃん、人の命を踏み台にして味わう正義の味は美味いか

2026-03-25

ジオン公国統治者デギン・ソド・ザビという男は、政治家というよりも、帳簿を愛する実務家のような人間であった。彼にとって国家とは、家業の延長にすぎず、血族の名を保つための器でしかなかった。

その息子ギレンは、しかし父とまったく異なっていた。理想を語り、歴史法則を信じ、民衆を一つの理念で動かせると信じ込む青年である。父はその息子を見て、ときおり一抹の恐怖を覚えていた。

いつであったかジオン宮殿の執務室で、二人が久しぶりに言葉を交わした。窓の外には宇宙の闇が広がっていたと記録にある。

デギンがふと、「お前はヒトラーという男をどう見るか」と尋ねた。

ギレンはわずかに笑った。

「彼は偉大な思想家でした。しかし、ひとつ誤りを犯した。人類進化の道を誤った。ゆえに敗れたのです。」

デギンはその答えに、暗い底をのぞいた思いがしたのだという。若者が悪を悪と思わぬことほど、老政治家にとって冷たい予感はない。

国家を維持するということは本来老成事業である。そこに理想が混じるとき、国は血を流す。

歴史とは、こうした親子の会話が形を変えて繰り返される営みなのだ

ジオンという国家は、もとより必然産物ではなかった。

それは宇宙移民という人類実験から派生した偶然の王朝であり、国家というより「孤独の集積」であった。地球を離れた人類は、重力とともに歴史の重みをも脱ぎ捨てた。だがその重みこそが、人間謙虚にし、暴走を抑える錘であったとすれば──重力喪失は、精神の軽さとして彼らを蝕んだのかもしれない。

デギン・ソド・ザビは、そのことをうすうす感じ取っていた数少ない政治家であった。彼は暴君ではない。権力を愛したのではなく、権力を恐れた男である。歳を重ねるほどに、その恐れは深くなっていった。

だが家の中に、一人、恐れを知らぬ者がいた。ギレンである

ギレンは父を、時代に取り残された老人と見ていた。そして彼にとって「国家」とは、血族の財産ではなく「種の進化」の道具であった。彼は軍人というより思想家であり、思想家であるがゆえに、もっと危険指導者だったのだ。

父子がともにヒトラーを語った場面は、後に多くの歴史家が注目した。あれは単なる政治談義ではない。そこには、人間という生きものの悲しい構造が見える。

権力とは、若者にとっては情熱であり、老人にとっては責任である若者がそれを理想で満たし、老人がそれを恐れで押さえ込もうとするとき国家は裂ける。

ギレンは、ヒトラーの失敗を人間の愚かさとは見なさなかった。むしろ技術的な誤算だと理解していた。ゆえに彼は、同じ理念をもって、より冷徹成功させようとしたのだ。

デギンは、その息子が「理想家」であると同時に、「神」になりたがる人間であることを見抜いていた。彼の眼には、公国未来が見えた。

――それは光ではなく、焼け焦げた灰であった。

ジオン崩壊予兆は、この父子の対話の中にすでにあったと、後世の史学者は評する。

歴史とは、思想暴走が血と鉄に変わってゆく過程の記録であるギレン・ザビ存在は、その縮図であった。彼はヒトラーの影を学び、超えようとしたが、結果として同じ深淵に落ちた。人間理想があまりに高く掲げられたとき、それは他者踏み台にせざるを得ないかである

デギンが息子に向けた最後の言葉は、政治的な父としての警告であったと伝えられる。だがその言葉が届くより早く、ジオンという国は、燃えつきようとしていた。

歴史家として筆を置くなら、こう言うほかない。――国家とは、ひとりの思想家の夢であってはならない。

それが、ザビ家の悲劇のすべてであった。

2026-03-22

子供を産まない女にキレる奴って奴隷が減るのが嫌なだけだろ?

自分自分の子供が快適で幸福生活をするための負け組労働者を増やしたいだけだろ?

踏み台、損をする側、負け組子供を作らないことに対して「奴隷の分際で生意気なんだよ!繁殖しろクズ!」ってキレてる感じだろ?

2026-03-21

anond:20260321101445

養豚場家畜のエサを発酵させてないで、外へ出ては?

会社員にぴったりだとは思わないけど、いまならプログラミング動画編集在宅ワークありますし。あ、これは次のステップ踏み台として

2026-03-19

自殺しそうなガキが自殺しない方法

高市かい総理大臣自殺願望のあるガキにたいして想像力のねぇ言葉を吐いてたから書いてる

俺は虐待家庭に生まれて幼少期から自殺未遂しまくってたけど今は平均以上稼いでる

俺が何で自殺しなかったと言ったら

根っこにこの世に対する怒りがあったか

まぁ今でもあるんだけどな

根っこに怒りがある人間は折れねぇんだよ

でも怒りに囚われるのはダメ

そこら辺を歩いている奴を刺したりしちまうから

あと格闘技をやっておけ

いつでも相手ボコボコにできるスキルがあれば割と生きやすくなる

殆どの奴を簡単にフルタコにできると思えれば人生の快適度が増す

あとは加害者意識だな

自分加害者なんだ

搾取する側、踏み台にする側なんだ

という意識を常に持っておくのが大事

世の中は弱肉強食から喰う側に回ろう

まぁここら辺を意識してれば少なくとも自殺はしねぇと思うわ

まぁ自殺してもいいと思うけどな

この世とかクソだし生きる価値がある人生を歩める奴なんて人類の上位数%くらいだしな

2026-03-15

二・二六事件はなぜ起き、何を残したのか 事件研究第一人者らが語る

大正という時代の申し子だった青年将校たち

 

髙杉》軍縮のもたらした影響の一つに、軍隊内での指導者威信が低下したことが挙げられます。具体的に言うと、先ほど申し上げたように軍縮後のフォローが十分ではなかったため、クビを切られる立場軍人たちに「自分たちは利用された。宇垣らは我々を踏み台にして政界進出しようとしたのだ」という疑念が生まれた。そしてそれはある程度その通りでした。結果として軍上層部への信頼や統制力が弱まり青年将校たちが言うことを聞かなくなっていった面もあったのかな、と。

 

 

筒井青年将校運動に関し、三島由紀夫面白いことを言っています五・一五事件から二・二六事件あたりまで、青年将校が上官たちから危険視されつつある意味でちやほやされた局面があるんですが、なぜそうなったかというと「軍隊という特殊一社集団において、その集団モラリティー(士道)を体現するものと目されたかである」と(末松太平『完本 私の昭和史』所収「利用とあこがれ」/中央公論新社)。軍隊の中には階級制度立身出世主義もいろいろあるが、結局本質的特徴としてはモラリティしかないんだというわけです。軍隊に限らず、組織が大きくなるほど上層部では自己疎外が起きて、立脚すべきモラリティーが喪失してしまう。そうなったとき、それを持っている人に対して「利用とあこがれ」の両局面が生じるのだと三島は指摘します。

 

 つまり上層部陸軍大学校出のエリート軍人から見れば、青年将校は愚直で単純で、それゆえうまく利用してやろうと思っているんだけど、自分たちが失ってしまった本来軍人らしさを彼らのみが持っているから、憧れも感じている。髙杉さんが今言ったことは、この三島の指摘と関係しているように感じます

 

 

髙杉》青年将校の動きを上層部が強く統制・弾圧できなかったのは「彼らがやっているのはけしからんことではあるが、本来あるべき軍人的な純真さを持っているのは彼らのほうだ」という後ろめたさがあったからだ、と。たしかに鋭い指摘です。

 

 

筒井軍人というのはどういう内面を持った人々なのかという洞察が、戦後日本では十分なされていません。戦後軍隊存在しないみたいなことになったせいかアルフレッド・ド・ヴィニーの『軍隊服従と偉大』(岩波文庫)のような本がない。これは困ったことで、現在のように安全保障重要になってきた時代であればこそ、軍人をよく理解しなければいけないのですが、石川明人さんの著作のような例外を除き、今参考になる深い本がほとんどない。

 

 私自身は高校生の頃かに、末松の『私の昭和史』を読んで衝撃を受けました。これが非常に人間的な内容でね。末松は軍人テーマにした徳冨蘆花小説寄生木(やどりぎ)』を愛読していたらしく、「バルザックを思わせる」(三島文学者のような文章を書くんですよ。末松の本で、青年将校とは意外にヒューマンな人たちなのだな、と理解しました。

 

 

髙杉》青年将校が書いたものはわりと文学的文章が多いですよね。あまり軍人らしくないと言いますか。

 

 

筒井西田陸軍士官学校で、詩人となる三好達治同級生でしたし、二・二六事件の中心人物となった村中孝次は厨川白村(くりやがわはくそん)やクラシック音楽を好んでいた。大岸はアメリカ思想家エマーソンを愛読していたそうです。大正教養主義が強い時代に育った軍人たちはみんなそういった感じで、それが昭和になってから二・二六事件など、さまざまな事件に反映されていると思います

 

構成斎藤岬

 

 

(『中央公論3月号では、クーデターとして「甘い」理由や、事件を機に政党政治が衰退したとは単純に言えない理由事件後も大衆の「社会的平準化」の希求が続いたことなどを詳しく論じている。)

 

 

筒井清忠(帝京大学学術顧問)×髙杉洋平(帝京大学准教授

 

筒井清忠〔つついきよただ〕

1948年大分県まれ京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学文学博士。専門は日本近現代史歴史社会学京都大学教授帝京大学文学部長などを歴任。『西條八十』(読売文学賞山本七平賞特別賞)、『昭和期の陸軍』など著書多数。

 

◆髙杉洋平〔たかすぎようへい

1979年愛知県まれ海上自衛隊生徒を経て國學院大學大学院法学研究科博士課程後期修了。博士法学)。宮内庁書陵部編修課(非常勤)、日本銀行金融研究所個別事務委嘱)などを経て現職。著書に『昭和陸軍政治』『帝国陸軍』などがある。

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/28016164825dfbb8306bf249db4b558e309f362c?page=2

夜の海

今日竹芝海辺に行った。夜だった。海は真っ黒で、でもビルの光がチカチカ反射して完全な闇じゃなかった。波が寄せては返すたびに、細かく砕けて頭から離れなかった。風が強く吹いて、潮の強い匂いが鼻の奥まで入り込んでくる。

そんな場所に立っていると、昼間の自分とか仕事中の自分とか全部遠くに飛んでいって、ただ「今ここにいる身体」だけになる。

本当に気持ちいい。

俺は本物の変態だ。ナルシストかい言葉じゃ足りない。家に帰ったらすぐ全裸になって鏡の前に立つ。照明を落として、自分の体をじっくり見つめる。

から胸、腹筋の溝、太ももの張り、全部がくっきり浮かぶ。中でも一番愛おしくて、真正から向き合いたいのは自分ペニスだ。太くて長くて重いチンポ。血管が浮き出た太い幹は手のひらに収まらいくらい太くて、先端は大きく張り出して別の生き物みたいに脈打つ。勃起させると根元から先端まで鉄みたいに硬くなって、重々しくビクビク揺れる。俺は両手でしっかり包み込んでゆっくりシゴきながら、鏡の中の自分に囁く。

「愛してるよ」と言いながらガラスに唇を押しつけてキスする。時にはチンポを鏡に擦りつけて、鏡の中の自分と本気でセックスしてるような妄想に浸る。射精した瞬間、鏡に白い精液が飛び散って、俺はただ「ここにいる」と胸の奥で思う。勃起は俺にとってただの欲情じゃない。

自己肯定感のものなんだ。ガチガチ勃起してるだけで「俺はまだ生きてる」「俺は俺でいい」って体が証明してくれる。

有毒なナルシズムはチンポを武器にして他人踏み台にするやつだ。あれは脆くて、他人視線や反応にすぐ依存して萎える。

俺のは場合は少し違ってて、静かで内向きで執拗ものだ。勃起したチンポを鏡の前で愛撫しながら、誰もいない部屋で「俺はこれで十分だ」と呟く。誰にも優位に立たなくても、誰にも認められなくても、ただ勃起してるだけで俺は満たされる。

有毒な男らしさは勃起支配象徴にして他人威圧する。

俺の男らしさは勃起をただ「ここにいる証」として受け止める。隠さず、誇張せず、ただそこにある熱い肉棒を愛すること。俺は後者を選びたい。勃起したペニス世界の外に置き去りにしたくない。もっとしっかり向き合いたい。見られることも、感じることも、全部「今ここ」の一部として。

夜中は特にそれがエグい。

全裸のままランニングをするのが好きだ。勃起したチンポを堂々と前に突き出し状態で港を歩く事も。街灯の下で筋肉が艶やかに光って、腹筋の影が深く刻まれる。大きなペニス重力に逆らって上向きに張りつめ、先端から透明な先走り液が糸を引いてダラダラ滴る。歩くたびにチンポが重く揺れて太ももに当たる感触がする。それでも俺は隠さない。胸を張って背筋を伸ばし、ゆっくりとした歩幅で歩く。誰かに見られても構わない。むしろ見られたい。その視線でチンポがさらに硬くなって、露出快感が全身を駆け巡る。そこに羞恥はない。ただ「ここにいる」という純粋傲慢肯定だけだ。勃起したまま夜の港を歩くとき、俺は自分のチンポと真正から向き合っている。

そんな俺が今日スパイダーマンスーツを着ていた。

薄い布が全身にピッタリ張り付いて、勃起したチンポの形がくっきり浮き出る。スーツの中でさえ根元からカリまで丸わかり。もっこりというより保健体育の教科書イラストような鮮明さがある。

俺はそれを恥ずかしいとは思わない。むしろこの姿で夜の海辺に立ってる自分が、鏡の前と同じくらい興奮する。

「こんばんは」

スーツ姿で自撮りをしていたら中年の男に話しかけられた。少し酔ってる感じだった。あとで聞いたらホテル料理人で、昔自衛官だったらしい。見た目はくたびれてたけど。最初にって笑いながら言ってきた。俺はストレートに答えた。

「好きだからです。この姿の自分が好きなんです」。

そいつは笑いながら俺の体を舐め回すように見てきて、「変態だな」って言った。

俺は「そうですね、変態ですよ」って普通に返した。むしろしかった。そいつは言い方は雑だったけど、ちゃんと俺のチンポのラインとか胸板とか腰のくぼみまでガン見してた。俺のチンポはもうそ視線だけでガチガチ勃起してて、大きな幹が布を押し上げ、カリの形までくっきり浮き、先端がじわじわ先走り液を染み出させてテカテカ光ってる。それでも俺は堂々と胸を張っていた。

それからしばらく俺たちは他愛もない話をしていた。

俺が好きなスポーツの話をしている時、しばらく沈黙があった。

「立派だな」って言われた。男はかなりストレートに俺の股間を見てた。俺のチンポはスーツの中で熱く脈打って、根元から先端までびしょびしょに濡れてた。俺はそれを隠さず、ただそこにあるものとして受け止めてた。

そいつが「俺のはもう枯れちゃったよ」って言ったとき、俺は唐突に「このスーツ、着てみますか?」って提案した。反射的に。

「今ここで?」

「無理ですよ……」

そいつは少し好奇心を混ぜたような、でも戸惑った声で言った。俺は笑って答えた。

「夜は誰も来ませんよ」

近くの公衆トイレを指さしながら、

背中のチャックを閉めるのは僕がやります安心してください

そいつは一瞬迷った顔をしたけど、結局「……わかりました」って小さく頷いた。

しばらく待っているとトイレの中から男の声がした

すみません背中のチャックを閉めてくれませんか。」

トイレの中でファスナーを閉めて、マスクを被せた瞬間、俺は思わず声に出した。

「美しいですね」

マスクかぶったそいつは、ただの黒い布じゃなくなって、完全に別の存在になっていた。俺のチンポもその姿を見てさらガチガチに硬くなった。俺たちは格好良さと美しさで繋がってるのかもしれない。姿見の前に並んだとき、二人はどちらもガチガチ勃起していた。

俺のチンポはスーツの中で限界まで突っ張ってて、そいつのチンポも薄い布を押し上げてカリ輪郭までくっきり浮き出ていた。先走り液が二人とも染み出して布がぐしょぐしょに濡れている。

スーツの薄い生地勃起したチンポが窮屈そうに暴れている。スーツに擦れるたび、まるでガーゼにローションをたっぷりつけてチンポを擦りつけるオナニーみたいだった。先端がびしょびしょに濡れてローションまみれみたいになって、激しく勃起したチンポがビクビク動くたびに布に擦れて気持ちいい。

変態の俺と、普通そいつが、こんなところで同じような快感を共有してるのがなんだかおかしくて、でもすごく自然に感じた。

俺は少し勇気を出して声をかけた。

「ここにいるより、外で撮りませんか?」

「……恥ずかしいです」

そいつは心細そうな声で答えた。マスクを取ろうとする手を、俺はそっと優しく掴んだ。

そのまま外に歩き出すと、そいつの足取りは意外と軽かった。まるで少しずつ自信が出てきてるみたいだった。彼はまだ勃起をしていた。

スーツ股間がくっきり浮き出たまま、歩くたびに布に擦れてビクビク動いているのがわかった。少し歩いてから、俺はふと思いついて聞いてみた。

「なんか……今、ガーゼオナニーしてるみたいな感じしませんか?」

そいつは小さく笑って

はい、私も同じ事を考えにいました。ほんと気持ちいい」

俺も笑いながら答えた。

「……わかりますよ、すごく」

二人で声を抑えて笑った。男子高校生みたいに。

冗談のノリで軽くハグした。不意に勃起したチンポ同士がスーツ越しに擦れ合った。

俺は自分自身と抱き合っているような感覚だった。鏡の中の人が出てきて俺を抱いてくれた気がする。彼は俺に甘えるような動きで体を預けてきて、まるで野性の動物がじゃれ合うときみたいな自然な動きだった。

警備員が近づいてきたときも、俺たちは自然に肩を寄せ合った。俺が「友達コスプレ撮影です」って笑って答えて、彼も小さく頷いてくれた。警備員が去ったあと、俺たちはまた軽く笑い合った。変態の俺と、そうじゃない彼が、まるで当たり前のようにお互いをかばい合ってた。そのときも、二人のチンポはまだ勃起したままだった。俺たちはそれを隠さず、ただそこにあるものとして、静かに向き合い続けていた。

別れるとき、俺は彼にスーツマスク押し付けた。勢いもあった。でも渡したかった。

彼がそのあとどう生きてるのかは知らない。

ブラックパンサースーツをもう一度着たかどうかも知らない。ホテル厨房で働き、疲れて帰って、また眠るだけの日々に戻ったのかもしれない。

あの夜のことは、それだけだ。

夜の海のにおい。

砕ける光。

沈黙

ヒーロー

そして、ただの俺。

2026-03-13

つのまにアニメ市民権を得たのだろうか

市民権を得た」と言うには、まだ少し大げさかもしれない。

最近アニソンに対する批評のような文章ちょっと話題になっていて、それを読みながらふと思った。

そういえば、なぜタイアップ先としてアニメを目指すアーティストがこれほど多くなったのだろう。

もちろん実際には、最初からアニメを狙うぞ」と意識しているわけでもないのだろう。制作側の都合やレーベル戦略の中で結果的にそうなることが多いだけだと思う。それでも、少なくとも「アニソンJ-POP下請け」などと揶揄されるくらいには、人の目に触れる場所に出てきているのは確かだ。

ただ、よく考えれば、タイアップという仕組み自体別に新しいものではない。ドラマ映画主題歌だって、長いこと同じ構造で作られてきた。映像作品があり、その入口や印象を担う音楽がある。

それなのに、なぜアニメけが、こんなふうに言及されるようになったのだろう。

ドラマ主題歌映画主題歌が「タイアップ」として語られることはあっても、それ自体が一つのジャンルのように扱われ、批評議論の矢面に立つことはあまりない。ところがアニソンは、いつの間にか「J-POPとの距離」を測られたり、「下請け」だとか「踏み台」だとか、そういう言い方で語られるようになった。

まりアニメ特別に強いプラットフォームになったというよりも、むしろタイアップという仕組みの中で、アニメけがやけに可視化された場所に立たされている、という感じがある。

なぜそこまで目立つようになったのか。

たぶん理由は一つではない。配信時代に入って海外に届く回路がアニメに集中したこと、毎クール大量に供給される作品数、そして何より「オープニング/エンディング」という形で曲が作品と強く結びつく構造。いくつもの要素が重なって、音楽映像の結びつきが他のメディアよりもはっきり見える場所になった。

結果として、アニソンJ-POPの中の一つの出口でありながら、同時に「J-POPアニメ関係のもの」を象徴する場所にもなってしまった。

からこそ、そこに対して評価批判も集まりやすいのだろう。

そう考えると、「アニメ市民権を得た」というよりは、単に目立つ場所に立たされる規模になった、というだけなのかもしれない。

2026-03-10

こういうこと書くとネトウヨ呼ばわりするのが湧いてくるかもしれないけど、やはり中国(やロシア)製の「ネットにつながる製品」は避けたほうがいいな。

ルータなんて言うに及ばず、STB踏み台に使われているし、タブレットマルウェアだって、きっと「仕込ませたらバックマージンが得られる」とか、メーカーぐるみでやってるだろうな。

バレたかファームウェア更新で消した、もしくは見つかりにくくしたんだろう。

それを「対応が早い」だのと持ち上げてるブログとか、マジで終わってるなって思う。(こっちも製品や謝礼もらってるんだろうけど)

中台日朝というアジアの実権では中国が勝ったように思う

大陸踏み台にして成長したかに見えたが

未だ嫌離れしないコドおじ

2026-03-09

anond:20260309045100

国の優生思想問題あるけど、個人優生思想は何も問題ないでしょ

すぐナチスだのヒトラーだの言っちゃう知能の人は是非とも子供を作って欲しいね

の子供の踏み台を一匹この世に放りだしてちょうだい

優生思想子供を産むのが当たり前だと思ってた

私は子供が二人いるけど、夫婦スペック客観視して子供に一流の遺伝子環境を与えられるかどうか考えて産むものだと思ってた

リアルネットの声を統合すると「子供かわいいから」「子供を作るのが人間本能から」「なんかできちゃったから産んだ」みたいな感じなんだよね

何も考えずに産むとか知能が足りない感じで引くけど、そういう人たちが子供を産んでくれないと自分の子供が勝ち組になれないか別にいいやって思ってる

社会には負け役、負け組踏み台養分みたいな人たちが沢山いないとね。自分の子供さえ成功できれば、勝ち組になれればそれでいいしね

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