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2026-01-24

anond:20260124173056

はえー、似たような経験した人がいるもんだね。

そっちの増田の方が詳細でいい感じだね。

俺のは記憶補正がかかってたよ。

もっと色々と経験したのに増田には大した事書いてなかった

https://anond.hatelabo.jp/20250312092236

この時書かなかったことを追記すると

夜間救急で行ったんだんだよね。

から今思えば研修医とかだったんだろうなぁ?

分からんけど、手伝いに来た2人の看護師

若い美人さん。

美女3人にちんこ弄られた。

そもそもなんで弄られたかというと、

急にチンコ浮き輪みたいに膨れ上がったのね。

もうパンパン

破裂するんじゃないかと焦ったよ、どんな性病だこれ!?

と。

そしたら、全然よくある話だったらしく、

そっから先生の教習が始まったわけよ。

命に別状ないからって研修すんなや!

とは思ったけど、

ようするにいつもは皮かぶってる包茎

俺が風俗利用して手コキされまくって、

そのせいでリンパ貯まって水風船状態だったのよ。

で、女3人がかりで俺の皮引っ張って治してくれた。

3人とも美人

なんなら、俺が数時間前に利用した、手コキしてくれたデリヘルの女よりも3人とも美人だった。

先生からみたらなんでもない症状でも、俺からしたらチンコ爆発するかと思って真っ青だったからね?

想像してみ?

キノコガチきのこレベルの傘になるところを。

ググると凄いグロ画像出てくるけど、マジでちんこ浮き輪してるみたいにパンパンなの。

針でつついてたら破裂してたろうね。

治療法は女3人がかりで俺のちんこの皮を引っ張って包茎に戻すだけ。

いや、マジで怖かった

2025-12-26

甲状腺がんRTA記録 (3/3)

術後2日目(34日目)

消灯が早いので、起床時間前に目覚める。夜間に看護師がドレーンが首から外れていないか懐中電灯で照らして確認するので、何回か目が覚めていたが、良く寝られたと感じる。前日しっかり食べたので、各段に体力が回復している。

しか今日目標は、明日ドレーンを抜いてもらうために無駄に動かない、である

この日から通常の食事となる。朝食にはクロワッサンが登場。カロリーが高いメニューが続くが、完食し続ける。朝のバイタルチェックで、ドレーンにつながるプラスティック容器に本日の日付が書き込まれる。ちょっと多いですね、といわれる。今日シャワー禁止で、おしぼりで体をふき、ドライシャンプーをする。声帯を動かすために小さくハミングをして音を鼻腔に響かせる。低音は問題ないが、高音は音が割れる空気声帯から漏れている。その後もときどき声帯を動かす練習を行った

水筒へ水を汲みに休憩所にいくと、同室のクレーム老女と歩行器老女がテレビを見ながら熱心に世間話をしていた。話し相手がいるのは良いことだ。気難しいタイプクレーム老女と話の弾む歩行器老女のコミュニケーション能力の高さに感服する。

10時ごろ、診察室に入るとさらに初顔の若い茶髪女性医師がいた。4人目の医師主治医と同世代か少し若い明日内視鏡しますね、ドレーンは70mlか、明日は無理かもね、とコメント。そんな不吉なことを言わないでほしい。

ベッド上で体を起こさず、ウォークマンを聴いて過ごす。この5年ほど使用していなかったのだが、入院に際して役に立つかもと持参していたのだ。久々の充電にも問題なく動き、大容量メモリ内に保存されている懐かしい曲、プレイリストノイズキャンセリングゆっくり聴く

体力、気力が激減しているのでスマホは長時間みる気力がなく、本も読めない、スマホソシャゲの周回を脳死でやる、という気持ちにもなれない。音楽は心の救いになった。特にクラシック音楽中学生ときに熱中した音楽が良かった。

体のすべてのエネルギーが、傷の修復に投入されている。全身の体積からみるとほんの小さな傷のはずだが、生存に関わる危機だと体が判定している。村上春樹の「1Q84」で、傷ついた野良猫が隠れてじっと動かずにいるように、といった表現があったことを思い出す。そう、傷が治るまでは動けない、動いてはいけないのだ。

今日ドレーンは抜けなかった、明日退院はできない、仕事、連絡、請求書、入金、どうする、どうすると善後策をぐるぐる考え続ける。

昼過ぎバイタルチェックにきた看護師にドレーンの状況をきく。全然出てないですよー、と良い知らせ。

師長がアラサー女性のベッドに謝罪に来る。どうやら不手際が2日連続で起こっている。前日は医者本日看護師やらかしたようだ。聞いていると確かにそれはまずいとしか言いようがない失態だった。大部屋にプライバシーというもの存在しない。

回診に来た主治医にドレーンを早く抜いてほしいと訴えるも、ここまで非常に順調に来たのだから少し待ちましょう、抜いた後に体液が溜まって再度穴をあけることになったら大変です、と諭される。

16時過ぎ、研修医がやってきて、傷口のチェックをしたあと、ドレーンから排出液をためるプラスティック容器を見て首をかしげる。再度手術の傷跡を確認し、今度は主治医を連れてやってきた。主治医も首とドレーンをチェックする。どうやら突然体液の排出が止まったので、ドレーンが曲がっているか、詰まっているのではないか確認にきたらしい。特に問題はなく、帰り際に主治医研修医明日処置の準備をというのが耳に入る。ひそかにガッツポーズを決める。

食事バイタルチェック、掃除ときクレーム老女も看護師スタッフにお礼を言うようになった。私をはじめ他の同室者が愛想よくお礼を言い続けたのでつられている。まあ、ようやってもらってると感謝しないといけないわな、ともつぶやく。病室の空気がかなり軽くなった。

術後3日目(35日目)

夜中、寒さと鼻水で起きる。自宅でもときどき発生する現象だ。持参していた貼るカイロを腰に貼り、横になる。朝、鼻水がたまっているが、元気に目覚める。日々、もりもり回復していることを感じる。

今日目標はドレーン抜去である

朝食に分厚い食パンバタージャムが出る。昼食、夕食はどんぶり椀の白米だし、とにかく炭水化物を取らせる方針のようだ。病院なので当然ながら、毎回塩分はかなり少なく、甘い味付けが多い。

横になってウォークマンミュージカルレ・ミゼラブルサウンドトラックを聴き、感極まって涙を流していると時間が非常にランダムバイタルチェックがやってくる。やばい、と慌てて態勢を整える。やたらと体温が高く、血圧も高すぎて看護師が眉を顰める。音楽を聴いて興奮していたので、とも言えずなんででしょうねーとあいまいごまかす。

診察待ちの待機部屋で同室の歩行器老女と顔を合わせる。お話好きの老女はすすっ、と私の隣に座り、すぐに自分の病状を話し出した。マスクで隠れていたが、鼻の手術で顔が内出血が大変になことになっている。私も自分の手術痕について話をして、赤いのって目立ちますよねー、嫌ですよねーと、同病相哀れんだ。

9時過ぎの診察は、若い茶髪女性医師。予告していた内視鏡を鼻から入れる。声帯を動かし、確認をすると、「うん、右に比べて少し遅れていますが、左の声帯も動いていますね!これならすぐに戻るでしょう」と良い結果になった。主治医も喜ぶだろう。

ドレーンのプラスティック容器と日付をチェックし、「20mlか、ぎりぎりだな、主治医先生はなんて言ってました?」少し待ちましょう、と言っていたとは言わず「いやあ」笑ってごまかす。「ま、抜きますか」やったね!と心の中で快哉を叫ぶ。

透明の管を抜き、首にできた穴に巨大な防水絆創膏を貼る。この後、バイタルチェックで絆創膏の状況が確認されることになる。体液がにじみでないように、この日も安静に過ごすことを心の中でひそかに誓う。絆創膏に体液がたくさんにじみでて状況が悪いから再度ドレーン、退院NGです! という事態を避けたい。

ドレーンのプラスティック容器をつるす点滴スタンドと別れを告げて、歩きやすくなる。歩行器老女がすれ違う際に、ドレーン取れたのですね、よかったですね!と祝福してくれる。ありがとうございますシャワーの予約に行き、看護師からもおお、取れましたか!と声がかかる。にこにこ笑ってお礼を言う。大変うれしい。

同室の若い女性看護師が差額ベッド代について話している。現在の差額なし大部屋に入る前の病室の請求書のようだ。救急で運ばれたときに、家族第一希望のほか、第二希望の部屋タイプにチェックをいれていたらしい。その第二希望部屋タイプのベッド代である。本人が希望したわけではないので、納得しがたいだろう。緊急入院する際に、そこまで気の回る人も少ないと思う。ただ希望は紙に記載してしまっている。状況はなかなか厳しい。

水筒に水を汲みに行く際、杖を突いて歩く同室のクレーム老女とすれ違う。突然話しかけるのははばかられるので、笑顔会釈する。和顔施は仏の教え。

母に自宅から仕事スマートフォンを持ってきてもらう。ざっと情報を流し、不在中問題が発生していないことを確認チャットで連絡を入れ、退院日の帰宅からWeb会議に出る予定とする。大きな心配事が解消し、ようやく安堵する。あとは予定通り退院するだけ。スマートフォンは再度母に自宅に持ち帰ってもらう。

夕食前に、首の手術痕がぴりぴりとするのを感じる。鎮痛剤が切れたようだ。食後に飲む予定であるし、前倒して飲むほどではない。痛むというより、何かがピリッとした、神経が走った、という感じであった。

術後4日目(36日目)

快調に目覚める。絆創膏は体液がにじんでもなく、きれいである。昨夜看護師に一度貼り替えましたか?と尋ねられたぐらいである。術後、傷の修復に全投入されてたエネルギーが、他の部分にも回ってきたのか、体に力を感じた。

この日は日曜日のため医師は不在、病棟から患者看護師も激減し、イベント食事と最低限のバイタルチェックだけで、大変に平和だった。土曜に退院たかったな……。

夜のシャワーの予約をし、退院の準備作業を考える。

一番の問題は、私の体力である。前日まで安静に努めていたため、起き上がった姿勢で長時間いれるのか、はたまた長時間歩けるのか、公共交通機関帰宅できるのか、不安になる。

慣れるしかないため、一時間のうちで起きる時間、横になる時間割合を少しずつ変えてゆく。食事の量は変わらないのに軽く完食できるうえに、食間に空腹を覚えるほどになった。お見舞いでもらったミカンを食べる。

退院後に傷口をメンテナンスするためのテープの使い方を看護師から教わる。手術前に買っていたテープで、3か月ほどの期間なので、買い替えもいらないだろうという。私の手術跡は大変見えやすいところにあるので大丈夫だろうと言われる。耳の近くなど、鏡で確認しづらい位置に傷跡がある人は大変なようだ。

夕食後のトレイを戻して部屋に帰ろうとすると、クレーム老女が杖もなく一人で歩いてトレイを返却に向かっていた。驚いて思わず目を見張り、ついでにっこり笑って会釈する。

部屋に戻ると、クレーム老女が歩行器老女のトレイも下げようと申し出て、そんな、悪いですよ。大丈夫、私も少しは動く練習しないといけないしね、とやりとりをしているのが聞こえる。誰も悪い人はいないのだ。

真っ赤な一文字の傷跡も、やや色が薄まり、幅が狭くなってきた。

退院(37日目)

快調に目覚め、しっかりと朝食をとる。母から今日寒い、気を付けてとLINE。うん、持ってきた服で帰るしかないのだけどね。

診察待機部屋では、退院前の患者私服で集まる。もう歩行器が不要になった同室の老女とお互いに退院を祝いあう。歩行器老女が先に呼ばれた後、残された若い男性と向き合う。「同じ部屋だったんですよ。男の人の部屋はお話したりしますか」「いや、まったく、全然です」老人ホームデイケア女性利用者同士はおしゃべりをするが、男性はしない、という話を思い出した。話をするほうがメンタルには良いと思う。

2日ぶりに主治医と診察で会う。退院ですね、では取りましょう!とドレーン穴に貼った巨大絆創膏を慎重にはがす。穴に貼る小さなシール研修医が用意して手渡すが、主治医が首を傾げ、いや、いらないですね。このままで。となる。何かにじんできたら、市販絆創膏貼ればいいです。と言われる。

まり痛みを感じないのだが、鎮痛剤は飲まなければ痛むのか、処方が切れたあとに痛んだらバファリンなど市販薬を飲めばよいのか、と確認する。甲状腺はあまり痛まないという人が多い、痛まないならもう飲まなくてよい、余った薬は痛んだ時にとんぷくとして服用すればよい、とのことだった。

テープの使い方は教わりましたか、と確認される。はい、すぐに貼るんですよね? いや、ボンドが取れてから!と訂正される。一週間ほどで透明のボンドがボロボロ自然に剥がれ落ちるので、そのあとからテープメンテをするようにと指示される。

次回外来の日時、生活上の注意事項を確認し、退院となった。

改めてお礼を述べ、頭を下げて別れを告げる。

自動精算機で会計をする。高額療養費に関する申請自動で行われると説明を受けており、マイナンバーカード恩恵にあずかる。10万弱の表示に安堵する。命のほうが大切であり、お金のことは考えないようにしていたが、常に不安がどこかにあった。がん保険などに入っていなくても何とかなるものである自分治療に関わった人の数、労働時間、機材、薬剤を考慮すると、アメリカなら破産しているかもしれないと思った。

優先座席を利用させてもらい、公共交通機関で一人で無事に帰宅する。

ほっとするのもつかの間、リモートでの仕事の準備を始める。

昼過ぎ、ぴりぴりしたもの首に感じる。特に痛くはないので薬をのまずにやり過ごす。その後は鎮痛剤なしで問題なかった。

6日ぶりに誰もいない自宅で一人で過ごす。感受性が高く内向的自分にとって、これが快適で最適な環境だと何十年も思っていた。入院中は24時間、常に人の気配を感じていた。四六時中トラブル騒音が発生していた。突然一人の静けさが身に染みて、誰かと暮らすのも悪くはないかも、と思う自分に驚いた。

まとめ


がんの疑いから32日目で手術、治療開始となった。RTA頑張った。

反省点として、生検から告知まで2週間かかっており、もっと早い日にしてほしいと依頼していれば日数は7日ほど短縮できていた可能性が高い。患者からの働きかけを躊躇してはいけなかった。ただ、様々な関係者のご厚意と尽力で最善に近い対応ができたと考えている。改めて感謝をしたい。

これからのがん治療予定は、摘出した甲状腺から筋肉への転移可能性の検査甲状腺機能が右半分だけで保持されているか検査問題なければ10年間の経過観察となる。

退院直後から仕事を再開し、家事、炊事を始めた。自覚する体力ゲージは以下のように推移した。

入院100
手術直後 0
術後1日目 5
術後2日目10
術後3日目 15
術後4日目20
退院 30
退院1日目 60  →いきなり上がる。
退院2日目 70

日常生活いかに体を使っているか外科手術・入院いかに体力・筋力を低下させフレイルとなるのかを実感した。体重入院前後で変動なしだったが、筋肉量がかなり落ちた。可能なかぎり手術・入院をしなくてすむように、健康留意して生活をしたい。

終わりに

長文を最後までお読みいただきありがとうございます。どなたかの参考となればと記録を残しましたが、私には長年の強度の高い運動習慣があり、年齢平均よりは体力・筋力があることを申し添えます

一番良いことは、この記録が参考となる事態が発生しないことです。

皆様とご家族のご多幸と健康をお祈りいたします。

甲状腺がんRTA記録 (2/3)

入院(31日目)

長期間自宅を開ける準備をして、何度も戸締りを確認し、家を出る。万が一のための連絡先、パスワードを机の上に残す。

指定された10時に病院に行き、使い方も慣れてきた自動受付機に診察券を入れると予約なしとカードが戻されてしまった。戸惑っていると、初めて来たときに案内してくれた初老男性入院こちらですと案内してくれ順番カードをとってくれた。荷物を見れば入院患者であることは一目瞭然なのだ

マイナンバーカード登録レンタル着のサイズ、各種書類確認後、病棟に向かう。

病棟身長体重測定後、部屋に案内される。他の患者もいる大部屋だが妙に広い。希望タイプ今日は満室なので今日はここで、明日空き次第移動するという。希望していないタイプの部屋であるため、差額ベッド代はかからないとのこと。良かったと安堵するが、明日手術だよね、どうやって移動するんだと不安になる。

入院患者識別用の氏名年齢血液タイプバーコード付き耐水コーティング紙が手首にまかれる。退院まで取らないようにと注意される。手術の開始時間11時。2件目の手術となるため、前の手術終了時間により前後するとのこと。足首、ふくらはぎの太さを測り、手術着と弾性ストッキングを渡される。10時までに着替えるようにと指示。LINEで母に手術開始予定時間を伝える。

主治医がベッドまで挨拶に来てくれる。手の甲に「左」とマジックペンで書かれる。エコーCT画像の左右について確認をする。気管と甲状腺腫瘍位置関係についてきくと、「そうです! 足元から写すので左右逆になります

画像を思い出すと、気管が円となっていた。体の正面から撮れば、気管は上下に伸びる直方体となるわけで、円になっている時点で喉を垂直にスライスした画像だと気づくべきだった。

午後には、薬剤師がやってきて手術後から毎食後に服用する痛み止めと胃薬を渡される。看護師から首の手術跡を保護するためのテープ売店で買ってくるように指示を受け、病棟から売店に向かう。外来患者ゆきかう売店のあるエリアから入院病棟に戻るエレベータが満員でなかなか乗れない。車いす入院患者が先に待っていたので、空いていたエレベータに乗るように促すが、後でいいと首を振られた。後日実感したが、入院中はあまりにも暇なので、急いでいる人がいればお先にどうぞどうぞ、という気持ちになる。早く病室にもどったところでやることはないのだ。外にいるほうが気がまぎれる。

何も他にすることがなく、持参した文庫本を三分の一まで読み進む。早々に読み切ってしまうのではと心配したが、その後しばらく本を読むような余裕はなかったので問題なかった。

昼食の量が多いな、と思っていたのだが夕食はさらに量が多かった。白米が茶碗ではなくどんぶりサイズで出てくる。食事トレイ可能であれば自分で返却してください、と言われていたので、半分を残し、自分トレイワゴンに下げにいくと、トレイセロハンテープで留められている小さなメニュー票(氏名付き)は取らないように、と看護師に注意される。

すぐにわかったのだが、どれだけ食べたかはすべてチェックされ、完食できていない場合栄養士がやってきてどのような味、形状、硬さなら食べられるかを確認するのだ。これにはうかつな回答ができない。白米の炊き具合が自分にとって硬すぎると回答した老人が、その後おかゆ麺類のみとなり、退院したらもうしばらく麺は食べたくない、と嘆いているのが耳に入った。

翌日からしばらくシャワー禁止となるので、シャワーを浴び、念入りに頭を洗う。シャワー室は2つ、予約制で時間20分。要介護患者にも対応しているためか、シャワールームがかなり広い。

21時から手術前の絶食が開始となった。ベッドの上に氏名、絶食開始時間、絶飲開始時間記載された紙がでかでかと掲示されている。

4人部屋は満室で、耳栓をして健やかに寝た。入院するまでの間、何か忘れていないか、準備に手落ちはないかと、落ち着かない緊張状態が長く続いていた。もはや自分にできることは何もない、まな板の上のコイとなり、墜落するように寝た。

手術(32日目)

早めに寝たため、朝5時に目覚める。起床時間は6時。同室者を起こさないようにトイレに行き、給茶機で水を飲む。6時半から絶飲となるので、最後の水だ。

7時の朝食時間経過後、看護師が各ベッドを巡回し、体温・血圧・血中酸素飽和度を記録する。手術前に移動する、というので荷物をまとめる。

9時半、落ち着かないので早めに手術着に着替え、弾性ストッキングをはく。すぐに看護師がやってきて点滴用の針を腕に刺し、チューブを固定する。更に他の看護師もやってきて、もうすぐ部屋が空きますから!という。前の患者退院を待っている状態

10時点滴が開始される。生理食塩水のようだ。

10時40分、空きました!と声がかかり、荷物キャスター付き机にのせ、点滴スタンドとともに、机ごと部屋を移動する。移動先の部屋で、荷物を開け、手術直後に必要となりそうなもの(コップ、水筒ティッシュマスクタオル等々)を取りやすそうな位置に置く。

10時50分、手術室へ案内するという若い人懐こそうな看護師がやってきて、自分で歩いて移動を開始する。通常のエレベータを使おうとすると、大混雑中だったので、関係者専用のベッドが3台ほど乗りそうな広いエレベータにぽつんと二人だけ乗って手術フロアに移動する。

11時前、手術室の前で待機。緊張状態患者に何くれとなく同伴の看護師が話しかけてくれる。誰かといる、ということが必要ケアであることが感じられる。手術フロアは、廊下があり得ないほど広い。ベッドに乗せられた患者廊下のあちらからこちからと行き交っても全く問題ない広さである。他の手術室から、朝一の手術が終わったと思われる患者が移動式ベッドでガラガラと運ばれていった。

ほとんど時間通りに手術室に招き入れられる。想像していたより3倍は広い。患者は一人なのに不釣り合いに感じる。医療漫画でみるように、ガラス窓の向こうには見学室のようなものもある。ここでベッドに乗る。小柄な私でも幅が狭いと思うベッドなので、体格の良い男性であれば大きくはみ出るだろう。麻酔をする前に、仰向けに寝て少し膝を曲げた態勢で手足が固定される。

手術を担当してくれる看護師主治医が横たわった私に挨拶をしてくれる。よろしくお願いします。としか言えない。名前右から左でとても覚えられない。全身が白く覆われ、目の部分しか露出していない看護師たちはやたら目力が強く、いつか見た中東マッチングアプリ女性がならんだ画像が頭に浮かんだ。

麻酔マスクが口に当てられると、その次の瞬間には手術が終わっていた。

名前を呼ばれ、終わりましたよ!と声を掛けられ目を開ける。周りを取り囲んだ3、4名の看護師たちに、手を動して、足を動かして、と立て続けに指示される。何か聞きたいかと言われ、今何時かと聞く。13時XX分ですよ(もはや記憶にない)。輸血はしたか、と聞くとしていませんと回答。その後も足を動かしてみたりと確認が続く。とりわけ目力の強い看護師笑顔大丈夫ですか、何かききたいことはありますかと聞いてくれる。気管は切りましたか、と尋ねると、笑顔が固まってそれは先生に聞かないとわからないという。え?そうなの?

冷静に考えると、術後の意識レベル確認をされている患者が聞くことではなかった。しかし、意識が飛ぶようなつまらない会議でも意見を求められたら瞬時に適切な意見を述べる反射神経が鍛えられているので、何かありますか、と聞かれたら、ついつい意味のある質問をしなくては!と反応してしまうのだ。

そこで記憶は途絶え、気が付くと病室にいた。

から酸素チューブが伸び、点滴スタンドから首に点滴が行われ、首からは透明の管(以下、ドレーン)が出ている。

おそらくは手術から30分経過。意識確認、体温、血圧、血中酸素飽和度が測られる。

その後、1時間置きにバイタル、痛み、しびれ、麻痺確認される。痛みは感じないが、口がカラカラだと訴えてもそれは仕方ないとスルーされる。起き上がってはいけない。絶対安静。断続的に睡眠覚醒を繰り返す。自分で体を動かすことができない。

15時ごろ主治医がベッドサイドにやってきて、気管は切らなかったと教えてくれた。

16時半、看護師がやってきてベッドから起き上がるようにと指示をする。鼻から酸素チューブを抜く。水を口に含んで飲むと、大きくむせる。「むせてますね」すかさずパソコンに記録される。生理食塩水に加え、抗生物質が点滴される。首のドレーンの先はシャンプーを入れるような透明なプラスチック容器で、赤い液体が少したまっていた。点滴スタンドを押して、歩行可能であることを確認する。トイレ自力で行くということだなと理解する。母親と友人にLINEで手術終了、意識回復を連絡する。倒れるように横になるが、自分で体をずらして体位を動かせるようになった。

17時頃、主治医がやってくる。傷口、ドレーンをチェックして「順調ですね」と満足げに帰る。

手術後少しそれこそ10歩ほど歩いただけなのに力尽きて横になっていると、18時すぎに流動食が運ばれてきた。まったくお腹が空いていない。しかし、食べるべきだろうと体を起こす。体に力がない。全くない。エネルギーが完全に切れているのだ。トレイメニュー票には、重湯、スープ栄養ジュースの他、手書きで「牛乳」が追加されていた。これは「君なら飲めるよね?」という挑戦なのだろうか。おお、飲んでやろうじゃないか。と気合を入れる。しかし、少し重湯を数口入れるだけで胃が重い。少し食べては横になって休憩をし、時間をかけて食べ続ける。水分ばかりでお腹がちゃぽちゃぽ限界を感じたので、カロリーのありそうなものを優先し、無色透明スープを半分残し、あとは完食した。食後の痛み止めの服薬を開始する。

19時ごろ、主治医が見慣れない若い女性を伴ってやってきた。研修医だという。退院まで回診などに来るという。いかにも生真面目で肩に力が入っている。よろしくお願いしますと挨拶をする。

しばらくのち、トイレに立ち、ふと病室の入り口にある洗面台の鏡を見て、愕然とする。首の左に手術の傷口があるのかと思えば、首のど真ん中に真っ赤な一文字がひかれていた。やや左が長い。切開痕から更に左へ三センチほどずれたところから透明な管、ドレーンが出ている。透明なボンドで留めてあるので傷口が丸見えなのだ。まるでフランケンシュタインだ。ただ、高さは想定よりかなり低く鎖骨の直上ぐらいであり、襟足の短いハイネックでも十分隠せるだろうというのが慰めだった。

初めて目にする赤い傷跡は、衝撃だった。

術後1日目(33日目)

夜間、点滴、ドレーンの確認見回りにくる看護師懐中電灯に何度か起こされるも、十分に眠れた感覚をもって起床時間前に目覚める。明らかに前日の夕方より体力が回復している。

起床時間後、看護師巡回入院患者バイタルチェック、お通じ確認などが行われる。前日濃い紅だったドレーンの液体が、透明なオレンジ色になっている。質問をすると「おー、順調ですね!」と言われる。出血が止まってきたサインだという。プラスティック容器に、本日の日付の印がマジックペン記載される。メモリがあり何mlたまっているかわかる仕組みになっている。

7時過ぎに朝食がくる。おかゆ牛乳バナナ。量が多くないですか? とにかく回復のために気合を入れて食べる。気持ちは完全にフードファイター

トイレ、給水で廊下を歩くたびにすれ違う人を傷あとでビビらせている気がする。傷口をこれだけさらしている患者が他に見当たらない。しかしドレーンの管が皮膚に張り付けられており、隠すことも難しい状況だ。そもそも見た目を取り繕い、整えようとする気力がない。

9時すぎから入院患者の診察が始まる。入院フロアにある診察用の部屋に順番に呼ばれる。呼びに来たのが昨日の手術室で会った目力つよつよ看護師だった。診察は初顔の中年男性医師だった。手術をした三人のうちの一人だろうか、年齢的に主治医上司だろうと推測する。傷口、ドレーンを念入りに確認し、鼻から内視鏡を入れる。声帯を動かしてチェックをする。「水でむせていたらしいですが、左の声帯が動いていないですね」という。手術で声帯のまわりをひっぱったので、一時的麻痺で戻る可能性は高いという。

そうか、手術の影響がでているか、と少し落ち込む。声帯機能の低下により、声がかすれる、割れる、嚥下しづらくなるという事前のリスク説明は確かにあった。

12時すぎに昼食。おかゆ、魚、カボチャサラダ、お吸い物とやはり完食するにはかなり気合必要な量がやってくる。とにかくおかゆの量が多い。

食後、抗生物質の点滴が始まる。これが終われば、生理食塩水の点滴が残っていても点滴は終わりになるという。これだけ食べていれば点滴でエネルギー補給する必要はないだろう。

大部屋の病室内でトラブルが発生する。80を軽く超えている老女の大切な持ち物が紛失したという。入院期間が長く、別のフロアからの移動もあった。不機嫌で怒りが爆発している老女を4、5人の看護師がなだめながらあらゆる引き出し、荷物を開けてゆく。更に老女の怒りの声が響き渡る。クレームの内容は持ち物から病院看護師訪問看護師、息子、嫁と際限なく広がっていく。

通常であれば、トラブル現場から遠ざかればよいのだが、ほとんど動く力がない。他の同室者はとっくに出ていった。あきらめの極致で聞くとはなしに聞いていたが、だんだんとこの老女は寂しいのだな、と理解した。一人暮らし人工肛門訪問看護を受けていて、普通の会話では相手にしてもらえない。クレームであれば、立場の弱いものが応対せざるを得ない。

15時すぎ、母が見舞いにくる。携帯指定したのに、手術後病院から携帯ではない家電話に連絡があり、父親対応したらしい。私が受けるつもりだったのにとぷりぷり怒っている。さらに、数日前家族けがをして救急車で運ばれていたのだと、新事実を知る。何か色々話したいことが溜まりすぎているようで話が止まらない。座った姿勢で話を聞き、うん、うん、と相槌を打ちながらドレーンを見ると、赤い液体が出てきている。やばいのでは。

更に追い打ちをかけるように診察の案内がやってくる。母を待たせて診察室に行く。またもや初顔の中年女性医師。手術対応の3人目だろうか。年齢的にこの人も主治医上司に見える。傷口を確認し、腫れていないですね、と頷く。ドレーンの先のボトルを見て、明日抜くのは無理かな、ちょっと多いなとコメント。ええ、さっきからいけてない気がしていました。

この日手術結果のチェックに来たような中年医師2名と手術室の看護師は、その後会うことはなかった。

とにかく退院するには、ドレーンを抜く必要がある。起き上がると体液が出やすくなる、と理解する。可能な限り横になって過ごすこととする。ベッドに横たわったままドレーンと、声帯についてスマートフォンで調べ続けた。ドレーンがあるためシャワー禁止で、おしぼりで体をふき、ドライシャンプーをする。

今まで頭を占拠していた手術の結果が良好だったため、仕事心配が始まる。

定例会議の日程、今月の予定、必要な連絡などが頭をぐるぐるする。早く退院しなくてはと焦りだす。

16時過ぎ、主治医が病室にやってくる。再度内視鏡を入れて声帯を見たいという。一時的麻痺していても三か月ぐらいで大抵は戻るのだが、手術で神経には触らなかったので、状況を確認したいという。おそらく、手術については自信があったのだろう。手術の結果一時的しろ麻痺が発生した、という判定は不服なのだと思われた。

頻繁に確認されるのだが、不思議なほどに首の手術のあとは痛まない。私は8時間以上寝ると頭の重みで頭痛になる。この24時間で21時間ぐらい横になっているのにまったく頭痛がしない。鎮痛剤ってすごいな、と感心する。

新たに同じ病室入ってきたアラサー女性は、救急車病院に担ぎ込まれたらしく、平静を装っているが自分の重大な病気をまだ受容できていない。時折上ずる声が痛々しくアラフィフおばさんの胸が痛む。

病室内の空気が重すぎる。看護師バイタルチェックや食事を運んできたときに、意識して明るく大きな声で「ありがとうございまーす」と返事をする。よどみすぎている空気を軽くしたい。

同室の老女二人がいびき合戦を始めたので、耳栓をして早々に寝る。老人のいびきは大きい。亡くなった祖父母を思い出した。

2025-12-21

医学部同級生詐欺師になってた

当方医者3年目。2年の初期研修終わって今は循環器内科レジデントとして働いている。オンコールの呼び出し辛いな思いながら過ごしている。

医者は2年の初期研修終わったら、大抵はそれぞれの専門に進む訳だが、医学部同級生の1人が医者3年目で訪問診療のクリニックを開業していた。

訪問診療ってのは、医者が直接患者の家や施設に行って診療をする業態のこと。

クリニックにも通えない寝たきりの患者には都合がいいし、国も入院させるんじゃなくて患者の家で治療できるんだったら医療費が浮くはずと、補助金もだしまくっている。

が、実際に病院で働く医者訪問診療のことを冷ややかに見ている。

あいつらはDo処方(前と全く同じ薬を繰り返し出すだけ)しかせず、いざ患者の具合が悪くなったら全く見ずに救急車を呼ばせて総合病院に放り込むと。

そもそも、クリニックですら出来る検査は限られているのに、ただの家で出来る診察なんかほぼないのだ。

それにちゃんとした医者訪問診療なんかせずに、急性期の総合病院で働いている。

訪問診療をしてる医者は、急性期で疲れた医者か金に目を眩んだ奴がほとんど。

国が想定するような入院を減らして医療費を浮かせるような、ちゃんとした訪問診療をしているところなんてほとんどない。

そんな訪問診療研修医終わりたての同級生開業していた。

医者からすればほとんど詐欺、それも国の金を使った詐欺しかみえない。

そいつ自体がどんな仕事しても構わないが、患者可哀想だし、こんな奴野放しにするなよと思ってしまう。

仕事疲れた3年目医者愚痴でした。

2025-11-23

直美の医者をあまりいじめるな

まず直美の医者って、当たり前だけど最初から

医大出てすぐ美容外科行ったら楽して稼げるじゃん♪」

って思ってる人間だけじゃない。

親も医者だったり、裕福だったりする。

小学受験して内部進学でずっと可愛がられて育つ。

勉強もそこそこできると、余計に流れに乗る。

「将来はお医者さんだね!」を真に受けたまま私立医大に進む。

医大の前半は、テストと実習で手一杯だ。

患者の顔も見ないまま学年だけ上がる。

それでも何とかなる。

で、臨床に出て初めて現実を見る。

熱傷の跡で手が縮んだ人。

外傷で顔が崩れた人。

拘縮で体が変形してしまった人。

教科書じゃなく、目の前にいる。

エグいものをそこで初めて目の当たりにする。

現場も優しくない。

回診でプレゼンして詰められる。

質問に答えられないと空気が冷える。

手技の前で手が震える。

「向いてないかも」が毎日増える。

初期研修に出たら、さらにきつい。

救急と当直で「まず君が診て」って投げられる。

急変対応で胃がねじれる夜が続く。

ぶっ壊れて自◯した神戸研修医がいたけど

マジであのレベル現場って存在するんだよ

こんなはずじゃなかった。

でも引き返せない。親に怒られたくない。

ここまでの時間や金を無駄にしたくない。

そこで国家試験を通って研修を終えた医師が、すぐ抜けられる道がある。

保険医療現場慢性的疲弊してる。

新人を育てる余裕もない。

「向いてない奴は落ちていけ」みたいな空気が出る。

落ちた先に高収入比較ラク世界がある。

ギリギリ自尊心を「直美も大変」で誤魔化してるんだから

外野があまりいじめんなって話

ストレス全部に耐えた外科医とかが一緒にすんなって言うならまだしも。

2025-11-19

anond:20251119082222

直美(研修医経験踏まずに直接美容整形に勤めること。またはその医者)とかではないと思うが、クソ高いお金とる名医と呼ばれてる医者でも失敗はあるよ

2025-10-30

製薬会社女性MR営業努力として医者宴会フェラしたり女体盛りやってたりが普通だったのっていつ頃まで?

男性MRが革靴ビール一気したり裸踊りやったり医大卒業したばかりの初期研修医から奴隷扱いされたりってのは令和の今でも続いてんの?

2025-10-15

老い、病や死は世界中に満ちているというのに、見苦しい…

関内関外日記 https://blog.tinect.jp/?p=90366 の 黄金頭@goldhead 氏が直腸腫瘍に侵されたとのことで、度々ホッテントリに上がっている。どうも、直腸癌~カルチノイド(NET)、直腸リンパ節転移があるかもしれないという状況らしい。氏の投稿を見ている限り、医療はまともに仕事をしている。ただ、FDG-PET/CT必要かは正直分からない…patho で NET 成分が含まれるかなど、どちらかと言えば patho の方が治療方針に影響しそうだ。

なんで PET を撮るんだろうね? 直腸 NETlow grade が多く、 low grade なら FDG はあまり入らない。リンパ節転移判定に FDG-PET有効かどうか疑問だ。

しかCT撮影読影時点は直腸癌想定だった。このサイズ直腸癌でリンパ節転移まれだし、転移の有無は術式選択に大きく影響する。また、直腸癌のリンパ節転移判定なら FDG-PET有用から…という状況だから PET 薦めたのか。まぁ patho が出るまでに時間はかかるし、FDG-PET による delay はないだろう。

patho で NET が含まれるなら、FDG-PET の結果がどうであれリンパ節は取りに行くだろう、人工肛門になる可能性が高いだろう。NET なら化学療法放射線治療はあまり効果がない。手術だ。

生老病死」などという言葉があるとおり、生まれた時から常に老いや病はいつも隣にいる。誰だって今日死ぬとも限らない生を生きている。老いや病、死に目を向けずに生きてきて、ふとそれが目の前に迫ってきた時に慌てている様は、実に見苦しい。

40台よりも若くに、より悪性度の高い腫瘍や治らない病気に冒され、苦しむ人もたくさんいる。たくさんいた。「この程度で大騒ぎするのか」とあきれる限りだ。

コメ返

>何も無い中年氷河期は黙っとれ。 何も生み出せない病気にもなれない何にも持ってない奴の癖に、病気になった同世代揶揄するとかどんだけ傲慢なんだよ。

 良くもまぁこの短い文章の中にレッテリングを詰め込めたもんだ。俺が書いた文章不快だって言うのは分かる。なら不快だと書けば良い。同じように、彼のブログは俺にとって不快だ。彼よりも苦しんでるやつはいっぱいいる。いっぱい見てきた。もっとかわいそうな人がたくさんいるんだよ。彼よりも救うべき人たちが、いっぱいいるんだよ。そいつらのことをオマエはどうするんだ。無視か?

 普通に生きて、税金社会保障費を払っていることで、苦しむ人たちをサポートしてるんだよ。別に彼をことさらサポートする必要もない。普通に生きるだけで、みんな彼をサポートしてるんだよ。勿論俺だってオマエだってな。

 彼の投稿を見れば、医療はきちんと仕事をしている。なんの問題もない。

 CHU、傲慢でゴメン。


馬鹿なんだな 可哀想な人がいるから黙ってろとかお前が黙れよ ほんと、はて爺ってクズだな

 オマエまず日本語読めよ。日本語理解出来てないだろ。「黙ってろ」なんて書いてない。馬鹿はどっちだ。

 この程度のやつはたくさんいるのに「地獄だ」とか、情けないって言ってんだよ。

>「お前が黙れよ」

 へー。 言論の自由無視? 基本的人権無視? 日本国憲法に反対なのか。 びっくりだな。 憲法尊重しろ

 他人には「黙れ」。でも自分は言いたい放題。二重基準だな。自分さえよければいい、他人尊重しないってことだ。いや他人自分と同じく尊重しろよ。

 「馬鹿なんだな」「はて爺ってクズ」こういう人格否定印象操作・レッテリング、まぁ何でも良いけど。こういう言葉自然に出てくるって、思考パターンヤバいよ。


ウンチク披露したくてたまらないだけのクソ無能じゃんw

 「この程度の病気の人は日本中に山ほどいる。これより苦しんでるやつだってたくさんいる。この程度のことで『地獄だ』とか、恥ずかしいな」、それだけ書いても信憑性ないだろ。伝わらないだろ。

 ウンチクって「NETがどう」とか書いてるやつのこと? 普通のだろ。キャンサーボードとか教授回診で普通に話されるレベルだよ。ふつうのはなし。これくらい知っとかないと教授回診で困るだろ。大勢の前で吊るし上げられるのが嫌ならこれくらい知っとけ。

 「何でカルチノイドを疑ったのにPET取ったんですか?医療費の無駄じゃないですか」とか「PET取らなければ先週のカンファに出せたから手術枠だって空いてたのに、手術が集中してる or 学会で人手がない今持ち込まれても困るんです」って言われたらお前はどう返すんだよ? 手術枠調整するのも大変なんだよ。

 だからゆとりは…」って言われんだよ。甘えんなよ。命扱う仕事なんだよ。お前は研修医からやり直せ。


>反出生主義を標榜するようなやつは生老病死リアル理解せず空論を吐いてるだけのカス、って気持ちが働いて辛辣になる心情はまあ分からないでもない
>そうでない人が高齢になる前に大病を患って「死ぬかもしれない。死にたくない」と狼狽した場合にも、見苦しいと切り捨てたとしたら「うーんこの」となってしまうが

 see comment:https://anond.hatelabo.jp/20251019125903

2025-09-25

博士の異常なパワハラ、または、私は如何にして保険診療を去ったのか

2021年5月だった。自分はある大学病院に赴任して1年ほどが経ち、徐々に慣れつつあったところ。

3月には、20年ほど勤めていた大黒柱講師先生が抜け、私はその先生仕事を引き継いだ…

そのほかに仕事は増え、仕事量は前年度の2倍となった。忙しくて本当に辛かった。

その大学移籍したのは他大学で行き詰まりを感じたからだった。前の大学マンネリに陥っていたある時、大学病院移籍してうまくいっている(ように見えた)憧れていた T 医師相談するチャンスがあった。移籍してうまくいく秘訣や探し方を聞こうとしたところ「うち来る?」と誘われ、トントン拍子で移籍できることになった。

移籍して、新たな症例を見たり、国際学会の委員経験できたり、移籍したことプラスになったと思う。

その尊敬する T氏に、リモート勉強会ホスト役を頼まれたのが5月下旬のこと。当時は感染症の全盛期。いろんなものリモートになっていた。

T 氏がその勉強会に参加できないということで、私が代わりに大学病院会議室から ZOOM 参加、プロジェクター投影リモートカメラを設置。他の医師が参加できるような形で参加して欲しい(ホスト役をして欲しい)ということだった。

当時ものすごく忙しかったので断り、Tは「別の人に頼もうか」と言っていた。

1週間後、Tは「会議ホストをやってほしい」と再び頼んできた。前回忙しいって断ったのに再び。なぜもう一度の説明もない。おかしいと思ったが、お世話になっているし、断ってもまた来るのだろうし、一旦は引き受けた。

で、T氏含め、参加するかもしれない先生方にeメール

会議ホストを頼まれたけれども、忙しくてできない。誰か代わって頂けないでしょうか? 連絡がなければ私の方から断ります

と。

そしたら

「お前ふざけんな」

みたいなメールが T から来まして、よくわかんないけどメールで謝り、早朝に教授室へ行き謝罪

言われたのが、

「お前は世話人を乗っ取ろうとしてるのか、断りの連絡は自分が入れる」

(断ってるのに乗っ取りとは? はじめから断れ!)

「お前は変だ、お前はめちゃくちゃだ」

「N 先生(当科主任教授)も君のことを変だと言ってる。 A 先生日本〇〇学会会長、つまり診療科top of top,他大学教授タイミングが合えば東大教授だった)も君のことを変だと言っている、S 先生(私の留学先の指導教授)も君のことを変だと言っている。君は本当にめちゃくちゃだ」

みたいな話をされて。

別に「変」って言われるのは嫌ではない。アカデミックな人は変だからね。

だけど今回言ってる内容、小学校レベルいじめやし、虎の威を借る狐…

Tからは、既に変な妨害を受けていた。

例えば、

私が自分研究のために自費で用意したパソコン、家からかいスーツケースに入れてゴロゴロ持ってきたところ、

先生パソコンのいい使い方を思いついたよ。僕の研究データ解析に使えばいい」

(アホか、解析するのは良いけど言い方! 私物やぞ。なお、大学インターネットに繋ぐのには申請必要許可は得ていた)

企業からサポートに来ている方と話をするのを邪魔してきたり、

「あの人は私の研究補助のために来ている。君が邪魔をして研究が滞ると困る」みたいな。

その人に聞いてみると別にそういうわけではなく、大学全体のサポートとしていて来ている、とか。

4月から仕事量が2倍となり、医局長に相談してたけど減らしてもらえない。

実質的に私の後見人であるT氏、おそらく何らかの personality disorder を持っている。境界型か自己愛性かだと思うけど。

普段は優しいんだけれども、何かのきっかけで周りに当たり散らすなど人間性問題がある。

どうしようもない。

心が折れてしまった。

入院施設のあるまともな)精神科病院受診SSRI内服開始。診断書取得して年度末まで休職

主任教授Nもアホだから休職中にも仕事を命じてきた。T からいじめ目撃者はいないけれども、仕事量が非常に多かったことは記録に残ってるし、休職中に仕事を命じてきた不適切証拠は残っている。

ちなみに今は退職していて、個人事業主として保険外の医療事業にかかわっている(美容医療や怪しい細胞治療ではない。まともなサービス)。

年収は2/3に減ったけれども、仕事量は1/3(忙しかった時の1/5程度)に減り安定した。

なお、私が辞めた後に科の仕事量は減らされた…

相談してんだから、その時に減らしておけよ医局長…)

とはいえ

これを乗り切ったとしても、自分アカデミックキャリア保険診療キャリアは終わりかけていた。こういう明らかなパワハラがあっても何もしないのが大学病院一般病院でもまともな話が通じないことは結構ある。そういうのが本当に嫌だったし、遅かれ早かれ辞めていた。

今でもTやNに恐怖や怒りはあるが、恨んではいない。むしろパワハラを受けたおかげで明確に立ち去る理由ができたとは思っている。

そして、なぜこんなにすっきりパワハラ〜鬱〜退職ができたのか。

その背景には、20年前、とある大学病院での事件。後期研修医S 君の自殺があった…

to be continued or not...

最初はSくんの話を書こうかとも思ったんだけど、なんかこっちを書きたくなった)

2025-09-15

医者選択基準がとうとう「自由診療保健医療」になってきた。

これまで、医者は、普通保険診療をやることを想定していた。

しかし、ここ最近医者選択基準で「自由診療保健医療」が当たり前、というのが大っぴらに言われてきた。

  

今までは、医者保険診療プライドを持っていた。

日本中患者世界水準の医療を届けるのを日本医者は誇りに持っていた。

  

多少、旗色が悪くなってきたのは、10年くらい前か。

高齢者延命のために、現役世代犠牲にするのか?」という論調

そして、約5年前のコロナ医者は、疲弊しきったが、世間医者に対して、「高齢者延命のために、経済をぶっ壊した」と医療公然と叩くようになった。

  

そういう中で、自由診療という選択肢が医者の中で増えていった。

実際、10年前から自由診療は伸び続けている。

最近では、研修医を終えてすぐに美容医療にいく、いわゆる「直美」が増えまくっている。

国は医者を増やして新卒医者を増やしているが、増えた分がそっくり直美に消えているという話もある。

  

ここ数年、とうとう保険診療凋落と、自由診療市場拡大が一線を超えた。

医者も、これまでの職業的プライドや、患者生命への誇りを失っている。

「俺たちがやってるのは、高齢者延命のために現役世代負担を増やしてるのか?」という疑問が公然議論されており。

とうとう、「自由診療保健医療」という論調にまでなってきた。

  

おそらく、客観的に色眼鏡をかけずに見れば、「自由診療 >>> 保健医療」なんだろう。

直美と馬鹿にされる時代から、「直保険診療」の方がおかしいと見られる時代になるのかもしれない。

  

自分は、保険診療にしがみついてる老害医師だが。

保険診療は苦しく、今後もドンドンオワコンになっていくのが見えている。

なんなら、医療訴訟も年々締めつけが厳しくなっている。まともな医療提供しても、訴えられたら終わりだ。

おそらく、患者への契約まわりを考えると自由診療の方がリスクは低いんじゃないかと思っている。

  

医療以外の世界では、「今後のびる業界に行け、ダウントレンドな分野にはいくな」というのは当たり前である

もうあと数年で逃げ切りの爺さん世代や、専門医博士をそろえて開業秒読みの人たちは、そりゃ保険診療でいいだろう。

しかし、これから専門医を目指すだの博士をとるだのと資格を揃えに行くほど、若手に時間は無いと思う。

どんな分野も、伸びてる分野には先行者利益がある。

今この瞬間の自由診療行きのチケットを捨てるのは、若い世代ほど損だ。大損だ。

  

ここまで書いていて、厳しいなあと感じる。

この流れはもう止まらないだろう。

2025-09-08

なんかコロナってすごかったな

遠い昔のように感じるわ。

 

母親が「グッド・ドクター 名医の条件」っていう自閉症研修医が主役のドラマ毎日ずっと見てるんだけど

たぶんシーズン4とかかな?から、当時の時代性を反映したと思わしき「コロナ禍編」が始まってさ。

コロナ合併症で人がバンバン死ぬし、助けよう助けようとしても全然手が追い付かないし

医療関係者病院勤務ってだけで周囲の理解ない彼氏彼女ちゃんたちに病原菌みたいに扱われるし

何なら平然と差別されたりするし、隔離、ソーディズの影響で人間関係はギスギスしていくし。

たった数年前のことなのに、あーこんな感じだった気がするなぁって思った。

 

増田的にはコロナ禍ってもうとっくに過去のことって感じ?

なんかあの数年間、異常な熱狂状態だったよな。

ワイ増田スペイン風邪世代でもないし、あんなに病気世界てんやわんやになるなんて考えられんかった

と思って調べてみたら2002年SARS流行って(まぁこ日本にはあん関係なかったけど)、

2009年には新型インフルエンザが大流行してたわ。でもそれでも緊急事態宣言は出なかったもんなぁ。

たぶんワイ増田が生きてる間にあんな大騒動経験することってたぶんないんだろうな。

 

つーか、あんだけ殺傷能力が高かったコロナが今ではインフルエンザ亜種みたいになったのって

多分医療の発展とかじゃなくて代替わりしていく間に弱毒化していったとかって感じだよね?

あれ?ワクチンが効いたんだっけ?

いや、ワクチンは人体を5G化するための人体実験コロナ自体が本当はなかったんだっけ?(唐突陰謀論)

 

ちなみに、ワイ増田土曜日に急に熱が出たので病院に行ったらコロナでした(憤怒)

今病床でこの増田を書いています(憤怒)

2025-05-30

婦人科の手術で医師医学生研修医に、「今なら寝ててわからいから触ってみなさい」と促し、全身麻酔下の女性の陰部に次から次へと手を突っ込ませていた

↑これマジか?なんか大元ポスト消えてるみたいなんだけど、本当にあったことなら大問題だろ。

女性尊厳が踏みにじられている。これはとことん追及しないといけない。

ポストが消えたのももみ消しかも知れない。実態を明らかにする必要がある。

全女性が声を上げるべきだ。

2025-05-16

https://anond.hatelabo.jp/20250514190759

医学部卒業し、医師免許は取ったものの、臨床医として向いていない人はどうするのか?』問題について。

当方国立大学出の医師。30年目ぐらい。いまからする話は、私の見聞きした範囲内でのことで、時代場所が違うとあてはまらいからそのつもりで。

昔は「やらかしても患者の命を脅かすことはほぼないだろう」という仕事をさせていた。具体的には、研究とか、健診業務とか、楽なバイトとか。今は医学部卒業後いろいろな選択肢があるが、当時は、ほぼ、どこかの大学医局所属していた。大学医局がよくわかんなければ『白い巨塔』を想像してもらえればよい。卒業しても医局に属さな例外も数%ぐらいいたが、彼らははむしろ自分研修先を選ぶだけのやる気のある優秀な連中だ。

医局に属して研修をすると、まあ、適正というものはだいたいわかる。中には臨床をさせたらアカンやろ、ということが判明する研修医もいる。当時の大学医局人事権を握っていた。関連病院(「ジッツ」と呼んでいた)に医師を「派遣」するわけだが、あまりにもポンコツ医師派遣すると医局は関連病院を失うことになりかねない。条件のよい関連病院をたくさん抱えている医局は、多くの入局者を集めることができ、影響力が大きい。なので、ポンコツすぎる医師大学医局が抱え込む。それでも、なにか仕事を与えないわけにはいかない。

よくあるのが研究。「臨床医として向かないが研究者としては一流」という人もいなくもないが、まあ、ポンコツ研究やらせてもたいていはポンコツではあるが、少なくとも患者を殺すことはない。どうでもいいような研究をさせ、どうでもいいようなポストに就かせる。それから医師業務でも患者の命にまずかかわらない仕事もけっこうある。健診なんかそうだね。検査値に異常があれば紹介状を書くことは、まあポンコツでもできる。本当は、ちゃん対象者の話を聞き、診察を行い、隠れた病気を見つけ、きちんと説明するのは高度なスキルを要するのだが、そのようなスキルを持つ医師は別の場所でも働ける。

楽なバイト隠語で「ネルベン」と呼んでいた。医師アルバイトを「ネーベン」と呼ぶが、寝ているだけでいい楽なネーベンだから「寝るネーベン」略して「ネルベン」。ベッドの少ない病院での宿直など。ネルベンでも、たまには起こされることもあるが、まあたいていなんとかなる。重症なら他院に紹介すればいい。大学医局から派遣されてるなら、自分とこの医局相談することでもできる。細かいことを言うなら、その中でもまれには判断ミス患者の命が失われることもあったかもしれないが、その可能性はきわめて小さい。

患者さんとの対人コミュニケーションだけの問題で、能力自体問題がないなら、病理放射線科(診断部門)という選択肢もある。ただ、私の個人的経験範囲内では、病理放射線先生方のほうが、私の医局の先輩方よりも、コミュニケーション能力が高い。関連病院派遣されるような病理医・放射線科医という選択バイアス可能性はある。

まとめると、大学医局が健在だったころは、不適格な医師は、なるべく患者不利益がないように仕事を割り振られていた。「竹田くん」がどのようなキャリアかは知らないが、少なくとも当時の私の所属していた大学医局の「竹田くん」のような人物がいたら「干されていた」。

2025-05-15

anond:20250515000656

50くらいの産業医バイトしてるやつ肌艶いいのに生気なくて異様なんだよな

研修医から落ちこぼれたのにいい生活してる現代モンスターって感じだ

2025-04-18

医者になったけど、なんかもう疲れた

いわゆる進学校医学部研修医→今、勤務医世間的には勝ち組だと思う。自分でも、親戚に「◯◯くんはお医者さんなんでしょ〜すごいわね〜」って言われて「まあまあ」みたいな顔してる。

でも本音は、「思ってたんと違う」これに尽きる。

まず、金。医者って儲かると思われがちだけど、最初の数年はブラック企業と変わらん労働時間のくせに、時給換算するとバイト以下。夜勤明けで倒れそうな状態外来回して、昼飯抜いてカルテ書いて、帰って寝ようと思ったら急変で呼び出し。で、月の手取り30万ちょい。

あと、人。患者もクソだけど、それ以上に医者同士のマウンティングがすごい。どこ大?どこの医局研究は?学会で発表した?開業する気ある?ない?ああ、ないのね、ふーん(察し)。

飲み会で「どの科が一番偉いか」みたいな話を本気でしてる医者、ほんとにいるからな。中学生かよ。

さらに、恋愛医者ってモテると思ってた。嘘だった。モテるのは「忙しくないイケメン医者」だけ。ブサメン医者はただの金づる扱い。マッチングアプリで「お医者さんなんですね」って言ってくる女の目、あれ完全にATMを見る目してる。しか普通に遊ばれてる。自分患者の命救ってる間に、彼女は別の男と温泉旅行行ってた。実話。

そして、何よりキツいのが、「感謝されないことに慣れること」。

寝ずに処置して、家族に丁寧に説明しても「なんで助けられなかったんですか?」って言われる。ありがとうより先にクレームがくる世界

もちろん、やりがいはある。人の命を扱う仕事の重みは感じる。けど、思ってたような「白衣の天使」だの「人に感謝される仕事」みたいな幻想はとっくに消えた。

今の夢は、田舎で週3勤務のゆる医者になって、畑でもやりながら猫と暮らすこと。

もう、人間と関わりたくない。

2025-03-27

anond:20250327121249

知識古くなってるかもしれんが、、、

登録制などで処方できる医師が限られる精神科の薬はリタリンメチルフェニデート)とコンサータメチルフェニデート)とクロザリル(クロザピン)の3つだけじゃなかったかな。

ストラテラ精神刺激薬(ようは覚醒剤)でもなければクロザリルのような致命的な副作用のある薬でもない、ごく平凡なお薬なので、精神科後期研修医とかでも普通に出せるよ、というか出してもらってたし。

2025-03-10

anond:20250310172459

若い医師が間違いやすいのは事実

当たり外れ関係なく若い医者はどうしても経験が足りずいろんなことを見落としがち

紹介状なしで大病院に行くとかなりの確率で後期研修医とか新人に回されるので、お勧めしない

初診時選定療養費をとられた上に未熟な医師に診察される

高齢町医者経験豊富だけど知識更新されていないのと珍しい症例判別できないのが問題

当たり外れも恐ろしく大きい

難しい病気に罹ったときに一番いいのは、ベテラン町医者紹介状書いてもらって大きい病院に行くこと

病院町医者からの紹介が重要制度になってるので、ベテラン町医者に失礼がないように、紹介状がある患者若い医師には回さな

そうすればエース級の医師に診てもらえる

2025-02-22

今年3月研修医が終わる

4月から研修医が終わり専攻医が始まる。

正直不安しかない。研修医は2年間で色んな科を回って所謂お客様状態で多少仕事が出来なかったりしても、大目に見てくれてた。

けど専攻医はそうはいかない。ここから正真正銘れっきとした医者であり、業務も今までの倍以上になるし責任も重大になる。

増田は循環器内科になる。循環器は命に直結する病気のため、その分忙しいしカテーテルという手術の腕を磨いていくことになる。このカテーテルがとにかく不安カテーテル技術上司指導されながら腕を磨いていくため、さながら職人である餅つきのように、助手と術者が阿吽の呼吸業務を進めていかなければならない。これを増田ができる気がしないのである増田不器用で要領が悪いので、絶対に怒鳴られるだろうなと既に覚悟している。

ただやっていけるだろうか。また、竹田君みたいになったらどうしようか。

そんなことをずっと考えてて4月からとにかく不安

2025-02-20

男女論的なやつを拗らせたオタクは結局女性に救われるしかないのだと

筆者は男女論的な考え方を拗らせ、自身弱者男性と捉えてTwitter毎日童貞芸に勤しんでいた。中高男子校大学女性比率20-30%程度の医学部に進んでしまい、リアルで関わる人間も男ばかり、彼女がほしいと思っても戦場ヶ原ひたぎ川嶋亜美涼宮ハルヒ雪ノ下雪乃のようなヒロインが声をかけてくることも、空から降ってくることもなかった。

低学年の頃にベンチャー研究インターンを始めたらそこがブラックすぎて毎日疲弊していた。簡単説明するとシングルセル解析のコーディングを書いて解析結果を納入したり、会社リアルラボ生物実験を行ったりするのだが、学業をやりながらこれらの実務に明け暮れていたらいつの間にか部屋は荒廃していた。婚活のためにはスペック重要だと聞いていて、実際いくつかの論文を出すこともできたし、米国医師国家試験(step2 ckというやつで260overという中々の好成績を収めた)も途中までpassした。それでもなぜか彼女は現れなかった。

Twitter毎日愚痴って、暇さえあれば男女論界隈の論客引用していた。白饅頭もわかり手も好きだった。かたくなに"一"を"1"と書く某論客普通に童貞卒業したときは悲しかった。すももデータ自分なりに読み直して解釈の誤りを思いついて小さなアカウントで綴ったりしていた。女性慣れするためにソープに行って、早々と射精を済ませて残り時間雑談練習をした。また、雑談デッキを増やすためにwikipedia芸能人リストアップし、生い立ちや出演番組を暗記した。ファッション系のアカウントフォローしたり、ブライダル系の雑誌を購入して諸々の手続きハイブランドにも精通した。自分の服についても、服飾に詳しい友人と一緒に実店舗に行って見繕ってもらった。しか彼女はできなかった。

ずっとTwitter愚痴りつつ学科勉強をこなしていたところ、ある日高時代から女性フォロワーからDMが来た。エンカしてみたら滅茶苦茶可愛かったのを覚えている。ドキドキしすぎてまともに会話もできず、何度もシミュレートしたはずのエスコートもぎこちなく、某ホテルでのアフヌンを終えて失意を抱えて帰ろうとしたら「気張らなくていいかカラオケ行こうよw」と言われ、新宿歌広場で好きなアニソンボカロを一緒に歌って、初めて論文が通ったときや、研究で賞をもらったときよりも遥かに嬉しいと感じてしまった自分がいた。カラオケを後にするとき、「色々考えてくれたのは伝わったけど、本当はこういうことがしたかたから、素が見れて嬉しかった」と言われ、どうしようもなく好きになってしまったのを覚えている。別れた後にLINEで「さっきは恥ずかしくて言えなかったけど好きです。他の女に取られる前に奪いたい」と告白され、付き合うことになった。

付き合いだしてから世界の見え方が変わったような気がした。これは主観的錯覚に過ぎず、俺にヒロインが現れたからといって世界客観的には何の変哲もなく回っている。それでも世界は明るくなったんだ。

その人とは最終的に別れ、また別の人とエンカして告白され、というのを数回経て、現在付き合っている女性ともうすぐ入籍する予定であるあやねると水瀬いのりを足して2で割ったような容姿、声は沢城みゆきっぽい)。孤独に耐えつつワンルームの荒れに荒れた部屋で、死んだ目をしながらコードを書き、定期的に出社して徹夜細胞マウス実験を行い、そのまま始発の地下鉄に乗って試験を受け、大学1年のクリスマスウィスキーを一気飲みして路上で寝転がってこのまま死ねいかなと願って眠りについたのをいまだに覚えているが、最終的にヒロイン自分を救ってくれた。彼女らのおかげで今まで無事に研修医を続けることができた。

プロポーズをどこでやろうかなと思って候補に挙がったホテルが、前述のように初めての彼女と付き合う前行ったアフヌンと同じところだったので、懐かしくなってつい書いてしまった。

男女論は俺にとって麻疹のようなもので、彼女ができて免疫がついてもたまにぶり返してしまう(さながら修飾麻疹のように)。それでも救いに来てくれるヒロインはいたし、いると信じることが大事なのかもしれない。スペックがすべてだと思っていたが、スペックどうこうではなく人間として愛してくれる人は普通に存在していて、男女論とか婚活論に毒されていた自分はその点において間違っていたのだろう。

結局ヒロインに救われるしかないのだ。という個人的結論

2025-02-10

もし安楽死合法化されたら地方中心に安楽死施設がぽこじゃか建つだろう

そこに勤める医師内科医経験が求められると思うけど、病気死にたい老人なんか山程いるから段々人手が足りなくなる筈で高待遇で集め始めるようになる

そこで規制を緩和して研修医から内科などを経ずに直に安楽死施設に勤務する若手医者問題が浮上するはず

『直美』ならぬ『直死』の誕生である

2025-02-06

父が苦手

父が苦手、という話

 

小学校低学年のときまで塾や通信(ベネッセみたいなの)をやらされてた。中学受験するような生徒に混ざった一般人なのでわけわからん問題しかない。

俺もわからないし父も問題を解けないが、俺が解けないことについてキレる。怖くて泣く。泣いたら押し入れや地下室に1時間くらい閉じ込められる。事あるごとに閉じ込められた。

 

昔はこれが当たり前だと思っていたが、高校生になって異常性に気づいた。(他にも父の異常性について話せば枚挙にいとまがない。母に手を上げる、俺が失神するまでキレ散らかす、嘔吐するまで苦手なものを食べさせる、etc)

今は研修医として働いているが、やっと自立してあんな父とおさらばできる。感謝はあるが、できる限り関わりたくない。LINEも最低限。

この間までそう思っていた。

 

研修医になってから俺にも同僚から親密になって彼女になった女性がおり、いよいよ結婚しようという展開に。当然両親に挨拶に行くのだが、俺の父が「研修医のうちは結婚させない」という謎の暴論を振りかざし始める。意味不明である。何度聞いても「結婚させない」の一点張り

到底理解に及ばないので、現在進行形で言い争っている。

 

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もちろん大学に行かせてくれたこと、件の塾・通信に通わせてくれたこと、今まで生きてこれるよう配慮してくれたことに対する感謝はあるが、感謝と好き/嫌いは別の次元なのでここではこれ以上話題にしない。

2025-02-02

anond:20250201164616

マンガAI(アイ)の遺伝子』にそういう設定あったな

研修医コミュニケーションAIに任せており、周囲の人とはうまくやっているように表面的には見える

けど、上がってきた報告からは彼は不満だらけで、SNSでも職場人間関係の不満を吐き出しており

結局はAIがうまく表現してただけだった、みたいなオチ

増田マンガももはやネタになる通り、他人との面倒くさいコミュニケーションなんてもうAIに任せたいわ

追記

AI(アイ)の遺伝子 Blue Age』第30,31話 『新人類との遭遇』だった

いやもう今読み返してもこのコミュニケーション仲介してくれるAI脳内デバイス?欲しいわ

人生の悩みの大半である人間関係問題が片付くと思う

2025-01-15

anond:20250114211319

40半ばで研修医、そのまま超絶仕事のできる美人看護師捕まえて人生大逆転してるのもおったど

anond:20250114211319

同じ年代の25年目以上の医者よりも持ってる知識は新しいだろうし努力家だろうから逆風に負けず頑張って欲しいですね

想像するだにキツイ研修医生活だけど

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