はてなキーワード: 暗算とは
計算機が進歩してもそろばんや暗算の学びが意義を失わないのと同じ。
計算がろくにできないやつが一体どれだけ重要な仕事を担えているというのか。
プログラミングだって同じだろう。たとえプログラムの大半を生成AIが書く時代が訪れても、プログラムをろくに書けないやつがソフトウェア業界で使いものになる時代は訪れないだろう。
仕事が遅い、頭の回転が遅い、と感じるときの原因はだいたい三つあると思う。
ワーキングメモリ、処理速度、そしてパターン認識の量(経験)。
以前は自分も「頭の回転が遅い=地頭が悪い」みたいに思っていたんだけど、調べていくとそんな単純な話でもないらしい。
はてな匿名ダイアリーの記事でもよく話題になるけど、まずワーキングメモリの問題がある。
タスクを頭の中で覚え続けていると、それだけで処理能力がかなり食われる。
なので、
・やることは全部メモに出す
みたいな「外部化」はかなり効く。これは実際にやってみても体感で違う。
ただ、もう一つ見落とされがちな要素がある。それが処理速度。
処理速度というのはざっくり言うと
のこと。
同じ文章を読んでも、
・すぐ意味がわかる人
がいる。この差は知識量もあるけど、認知処理のスピードの違いも大きい。
ただここで面白いのが、「処理速度=脳のCPU性能」ではないっぽいこと。
実際の人間の処理速度のかなりの部分は、実はパターン認識で決まっている。
たとえば将棋の盤面。
初心者は駒を一つ一つ見る。
「歩がここ、角がここ…」
でも強い人は違う。盤面を見た瞬間に
「この筋が危ない」
つまり
見る
↓
考える
↓
理解する
じゃなくて
見る=理解する
に近い。
これを認知科学では「知覚学習(Perceptual Learning)」と呼ぶらしい。
同じ現象は色んな分野で起こる。
これって思考が速いというより、見え方が違う。
大量の経験で脳の中にパターンが蓄積されると、個別の要素を順番に処理しなくてよくなる。
結果として処理が爆速になる。
で、じゃあどうやってそれを鍛えるのかという話なんだけど、研究ベースでもだいたい方向性は似ている。
まず生活面。
地味だけどこれが意外と大きい。
・睡眠を削らない
・有酸素運動を週に数回やる
・マルチタスクを減らす
・通知を切る
・タスクは全部外部化する
要するに、脳の処理速度を下げる要因を減らす。
次にトレーニング。
一番効くのはわりと単純で、
たとえば
・暗算トレ
・タイマー付き読解
みたいなやつ。
あともう一つ効果が大きいのが、
「大量のパターンを見ること。」
例えば
・過去問を大量に回す
・棋譜を大量に見る
・コードを大量に読む
みたいなやつ。
あと個人的に効いたのが、
・問題を見た瞬間に解法を予想する
みたいな練習。
これをやると「考えて理解する」から「見てわかる」にだんだん変わってくる。
だったと思う。
これはかなり重要で、まずここを整えるだけでも体感はだいぶ変わる。
ただその次の段階として、
という方向もある。
この二つをやると、いわゆる「頭の回転が速い人」にかなり近づく。
人間の脳はCPUみたいにクロック周波数を上げることはできない。
そして知覚学習というのは、
1.5ヶ月ぶり、帰宅。7歳のバカ息子が相変わらずメシを食いながらタブレットで動画を見ている。
動画を見ながらメシを食っているというべきか。
早速説教する。
「キミねぇ、ある有名な大学の研究によると食事中の動画閲覧は消化にも悪く、脳にも悪いと結果が出ている、そもそも行儀が悪い、品がない、品がないと人生損するよ」
アドバイスするが彼は聞く耳をもたない。7歳の知性では理解できないようだ、あぁ嘆かわしい。
「パパはバカになると教えてあげたからね、後からバカ人間のアホ人生を歩むことになったとしてもパパのせいにしないでね」
これで俺は免責である。あとは息子自身の判断。言ったからね、パパはちゃんと諭しましたからね。
メシを食い終わったらタブレットとスマホ両方で動画を流しながらSwitchでゲームをしている。器用な奴だ。
なにが楽しいのだろう。
「キミねぇ、そのゲームになんの意味があるのだい?ポケモンの絵を集めてキミの人生がどれほど豊かになるというのだ?
哲学的自問の結果キミがそれを選択したなら良いが、パパが観察するかぎり資本家に搾取されているだけだ、
時間の浪費、実に愚かである、人生にためになる本でも読みなさい」
無視された
Switchに飽きたらスマホでにゃんこ大戦争のルーティーンを回し、ロブロックを始めた。
「こいつチートじゃん」「運営マジ神」「このクソ野郎捕まえて殴りてぇ」
どこでそんな言葉を覚えたのだろう。情けない、ただただ情けない
「キミねぇ、品のない言葉は慎みなさい、下品な人間には程度の低い人間が集まり、ロクな人生にならない、知性や理性を養いなさい、そういう友人を作りなさい、上質な経験を積み上げなさい」
無視された
「それよりパパ、ライバルやろ」
息子とは出張中もタブレットで通話しながらスマホでゲーム対戦している、毎晩。
いま息子がハマっているのがRIVALS。
俺は息子にまったく勝てないのでつまらない。
ゲームでパパをぶっ殺すのが楽しいようだ。ろくでもない人生になるだろう。儒教を学べ儒教を。まったく。
知性はこちらの方が高いので息子の性格や行動パターンを逆読みして戦術を練るのだが、奴は2,3回で適応して手法を変えてくる。
マジクソ死ねよ
最近息子は掛け算と割り算にハマっているのでゲームをしながら問題を出して集中力を削ぐ作戦もやる
俺はボッコボコに倒されながら12*4とか21/7くらいの問題だと難なく暗算で答えやがる、すげぇな。
「ねぇキミ。パパはゲームなんぞに時間を浪費したくない、チャット機能も解放してやるから学校の友達とやりなさいよ、時間約束してチャットで連絡して一緒にゲームすればいいじゃない」
「学校でスマホ持ってる子少ない、ロブロックスやってる子はほとんどいない、てか俺学校に友達いないし」
「なんか話が合わないんだよね」
面倒くせぇなぁもう
いくつになったら親離れしてくれるものなんだ?
日曜日の朝はゆっくりしたいので、土曜日午前中空手、午後はスイミングで消耗させ、22時までスマホ許可
しているのに、翌日7時に起きて「パパ!遊びに行こう!」って元気に起きるその体力はどっから湧いてくるんだ。
何故ならば、反対の意味の単語を答えなさい、という問題は国語のテストでお馴染みだからだ。これは小学校低学年レベルでもお馴染みの問題。
チームみらいのキャッチコピーでは「批判より提案を」と訴えるが、
「批判より提案を」は、本来対義語にならない筈の「批判」と「提案」を、何故か対義語であるかのように、「より」という比較語で繋いでいる。
これは「高い」の対義語に「軽い」、「重い」の対義語に「低い」、「多い」の対義語に「遅い」、「速い」の対義語に「少ない」を選んでしまうような、日本語としておかしな言い回しだ。
算数の分野で言えば、言えば、「1メートルと1キログラムではどちらが大きいか?」という問いを作ってしまうようなレベルだ。
対比すべきでないものを対比している。対義語でないものを対義語のように扱っている。
(一応、『鶏より卵を』や『蚕より絹糸を』のような、派生源と派生結果を表す『より』の可能性も考えてみたが、『分断より解決を』の方はその解釈は絶対に無理。)
いくら文系であっても、一桁の足し算くらいは暗算で出来るだろう。それと同様、理系であっても最低限の国語能力はあって然るべきだと思う。チームみらいのキャッチコピーにはその最低限がない。
まあ、さすがに本気で間違えてるなんて事はなくて、インパクト重視でわざとやってるのかな。
ダイバーシティとかインクルージョンとかまじでクソ喰らえだから。
最初で最後の定型発達と関われる場所だし!とダウン症や知的障害、発達障害の子を保育園に預けようとしないで欲しい。物凄く迷惑。
まず他害がエグい。ノーモーションで他児に噛みついたり髪を引っ張ったりする。水筒の蓋を開けた瞬間隣の子に殴りかかるみたいな。ただただ健常児の子供たちは我慢するだけ。
日々の活動の意味が理解出来ないし、周囲を見て模倣する事も出来ないから基本的にふらふら1人離れて活動の邪魔をしにくるので定型発達の子どもたちはあいつは何なんだ・自分はダメであいつは許されるのはどういう事なんだと不満が溜まる。
自由遊びなんか最悪で各々楽しく遊んでる最中におもちゃを盗ったり組み立てたおもちゃを壊したり。1.2歳児だから当然悲しくなって泣いたり怒ったりするんだけどその反応が楽しくて障害児はやってしまう。関わり方を知らないから。
勿論健常児の親には被害は言わない。まだうまく話せない1.2歳児の子たちは自分で親に説明も出来ず定型発達の子たちからはヘイトがひたすら溜まる。世の中の仕組みを理解しはじめた様な1.2歳児が障害者を理解するなんて到底無理な話。障害児がいるクラスといないクラスでは明らかに子どもの落ち着き方が違う。
障害児を見る為の加配の保育士が障害児1人に対して1人配置されるが焼け石に水。そもそも定型発達ですら圧倒的に人が足りない。兄弟や地域の子ども同士関わりのあった昔の子ならいざ知らず、子ども同士の関わりが極端に少ない一人っ子のイヤイヤ期の子ども6人を1人で見れる訳がない。そんな中に6人分以上に手のかかる子どもが入ってきて加配1人と言われても無理。
そもそも障害児専門の保育士ではないから障害児にとっても定型児にとっても利点はない。保育士にスキルはない。死なない様にする為の増員。園によっては定型児から距離をとって一歩でも近づこうとしたら拘束してる所もある。精神科の拘束具みたいなもんかな。
奇声をあげて気に入らなければ暴れてとコミュニケーションが一切取れないので保育者から可愛がって貰えずスルーされたり無視される子もいる。加害の時だけ腕を引っ張って怒鳴られるのでそれがコミュニケーションだと思って加害行動を繰り返す障害児も居る。
障害児教育に対しての専門職が1人もおらず、効果的な関わりも一切無くただただ時間ばかりが過ぎていくだけで障害児の子どもにとって一切の利点がない。正直、保育園に入れる親はそこを理解して無い気がする。
保育士は国家資格ではあるものの専門学校に金さえ払えば簡単に取れる資格だから他の専門職に比べて能力に疑問のある人が結構多い。よくニュースになってるけど極端な例ではなくてバレてないだけで割とそこそこ居る。
人格面だけでなく常用漢字が書けなかったり簡単な暗算が難しい、親とのコミュニケーションが難しかったり境界〜軽度知的だろと言いたくなる様な奴も結構いる。まともな人は辞めていくので蠱毒化してる感もある。
ごく稀によくこれだけまともな人間だけを集めたな?と言いたくなる様な園もあるが障害者には厳しい園ばかり。どちらにせよ障害者にとって良い環境ではないのは明白。
要は障害児にとっても定型発達にとっても育ちの機会を保証されていない最悪の環境なんだよ。全部がめちゃくちゃになる。
じゃあ障害者の親はどうすればいいんですか?!働くなとでも言うの??とヒスった声が聞こえてきそうなんだがそう言うわけでもない。保育園に来ないで欲しいだけで。
地域的な格差はあるものの、障害児の保育園として児童発達支援センターが機能している場所もある。障害児は絶対にこっちに入った方がいい。
PTやSTみたいな専門職が発達の具合を確認して一人ひとりの課題に応じた療育が受けられて伸びが全然違う。保育士の配置も子ども5人に保育士3人とかめちゃくちゃ手厚い。保育園じゃ着替えも1人でろくに出来ず暴れてるだけの子と同じ障害・知能指数でも1人で着替えて歯磨きもして椅子に座れる様になる。(最初は保育園の子と同じ様なもんだが)
問題はそう言った児童発達支援センターがめちゃくちゃ少ない。地域によっては0だったりする。
生産性がない・コストがかかる・無駄と切り捨てられてる結果、障害児・定型発達児共に発達の機会を奪われてんだよな。
・専門性の高い児童発達支援センターを増やし、障害児を保育園に入れさせない
・資格を筆記と面接の更新制にしてやばい奴を弾く仕組みに変える
・障害児対応ができる保育士を専門職を新たに国家資格を創設。(PT・ST・心理士の基本的知識を有する保育士)
みたいな事やってくんねぇかな。
昔は専業主婦が子育て→幼稚園コースで情緒の安定した子どもが多かったが今は共働き10時間預けコースが常態化してるから定型発達・障害児ともに疲労がピークなんだよな。少しでも子どもの負担を減らさないと将来まともに大人になる奴が居なくなる可能性が高い。
算数バトルにけりをつけよう
「いちごが2個乗っている皿が3枚あるときにいちごの数はいくつか」
2+2+2は2×3となり答えは6個
最近はいちごの総数が同じでお皿が2枚だったらどうなるとかもやるわけ
次に足し算が掛け算に変わるという【概念】を理解したら、イチゴがどうとかお皿がどうとか具体的なイメージを忘れることを教えるわけ
それが九九であり究極の記号化
九九の時にいちがーとか思い出さないでしょ
じゃあ実社会ではどうか
同じ数字が複数あったらかければいいという【概念】だけを理解しており暗算や電卓をたたくだけ
教育では、乗算は前後入れ替えても成立することも概念としてたたき込む
よって、2+2+2=2×3=6だけが正しくて、3+3=3×2=6が間違いというのは心底どうでもいい話
2の物が3つと捉えるか3の物が2つと捉えるかはその時々によるだけで2×3=3×2=6が分かっていればなんら構わんのです
と、どちらを思い浮かんでも困らないような刷り込みをしているだけなんだよ
自分だって決して頭がいいわけではないのに、友達のこと頭良くないのかな…って思っちゃう自分が嫌だ。私と違って手に職つけてきちんと働いてるし、よっぽど立派な子なんだけど、店名とか商品名の英語を読み上げる時に「ever」とか「nice」とか、そのレベルの単語を「イーブイイーアール」とか「エヌアイシーイー」とか読み上げてて「嘘やろ!?」って内心思った。
買い物とかの計算も、そのくらいは暗算でいけるのでは?(百均とか、1980*nみたいな計算)くらいで電卓出してたり、なんかそういう姿を見るたびに勝手に引いて見下してる自分がいる。
自分だって頭のいい人から見たらなんでこんなことがわからない?って思われるような馬鹿ではあるので、あまり人のことを馬鹿にするのは良くないと思いつつ、ついそのように思ってしまう自分が嫌。
「変わらぬことは良きことなり」がまだ続いてるのな。クソだな。
結論から言えば我が国の教育はすべて間違っている。いい加減に自覚しようよ。
全部を変えてもいいくらいなんだよ。
大衆は国家衰退を政治の責任にしたがるが民主国家なんだから主権者つまり意思決定の主体は国民なんだよ。
で、国民が望んだ形で教育がなされ、役立たずを大量排出しているから国家が衰退してるんだ。
うっせぇボケ
いやいやいや、結局のところ教育も政治成果の一部であり、その意思決定の主体は国民であるから
結局のところ「国民が悪い」
俺が拳を振り上げたところでムダなのだ。負け確
日本人全員で「変わらぬことは良きことなり」やってんだよ。クソが。
で、具体的には、お盆前に単身赴任先から自宅に戻ったら妻から「これやって」と紙を渡された。
妻の出身国は前回の世界大戦で日本軍に侵攻され、争いを好まない国民性故に「Open City」いわゆる現在の平和都市宣言、不戦宣言で統治を渡したが
支配した日本軍が無茶苦茶やりだして殺しまくりで、国家ボロボロになりそうになったので反旗を翻し、日本軍に抵抗し始め
あっという間に日本軍に勝利し日本軍を駆逐し、日本軍が「ひえーかなわん」と逃げ帰った相手国の人である。温厚な顔してるが怒らせると怖い
過去40年経済成長率で日本が勝ったのは3回(年)だけ。37回は向こうが上、まぁフィリピンだ。
あちらは戦勝国であり、こっちは敗戦国であり、妻の方が偉い、正しい。
学校のICT教育だかでiPadが支給されその初期設定をやれというインストラクション。
俺の部下がこんなもん作ったらぶち殺すレベル。
いやいやいやいや、わかりますよ、ITリテラシー下の下の教員が見よう見まねで作ったのだろう。
忙しい業務の合間に作ったのだろう。印刷機は白黒しかない。わかる、無理ゲーだ。
やらせるのが悪い。
本来であればiPad調達は市教委一括なんだからインストラクションシートも業者に丸投げするか市教委でまともなものを作って各学校にデータ配布するかだが。ポンコツ敗戦国の教育システムにはそんな情報共有の仕組みすらないのだろう、各学校ごとにシコシコ作っているのだろう、リソースの無駄遣い、でも教員は「忙しい」と愚痴ってる。アホか。絶望。学校自治ってやつか?唖然。昭和か?
なにがポンコツかって、iPadの操作画面を切り貼りしてるんだが出力は白黒なのに適切な二値化、グレースケール処理されてない。
結果、何書いてるか読めねぇ、どの画面を図示してるかわかんねぇ、すべてがかすれている。
操作導線も省略しちゃダメなところを省略し、省略できるところを省略しておらずインストラクションを作った人間がよくわかってないのが想像できる。
マトモに読めないのは自覚しているのだろう、手書きで補完しているが、その情報いらね、みたいなメモ書きが付加されている。
いやいやいや、わかる、わかるんです、多分こーゆーことをやりなさいというのはかすれた情報から推測できなくはない。
おおむねそれであっているだろう。
が、ITで35年飯食ってる俺はプロだからその手のインストラクションを「勝手に補完」「想像でエイヤッ」に拒否反応があるわけ。
ストレスしかない。読めないものは読めない、だからわからん、分かる資料を出せ、としかならん。
で、だ、それはいいんだわ、そこまではぎり絶望で終わるんだが、「深い」絶望のわけは
このポンコツペーパーを書いてるの教員なんだよな、と気付いたからである。
つまりね、そーゆーペーパーを作っちゃう人間が子どもにモノを教えてるって現実に深い絶望なの。
だって、適切な説明ができない、抽象化ができない、この説明で何割が躓くか、どのレベルの人間まで正しく伝わるか
そーゆー想像を一切してないの。そーゆー人間が子どもにモノ教えてるんだぜ。こえーよ
学校からいろんな連絡物やペーパーが届けられるが、すべてが同じ。
いやいやいやいや、わかるんです、他の親たちはPTAだのママ友コミュニティで情報共有してやりくりしてんだろう。
だがそのコミュニティから外れたらアウトなわけ、村社会からはみ出たのは自己責任って考えなんだろう。
そーゆー甘えでクソペーパーを量産してる
そーゆー社会構図の全てが凝縮されたインストラクションなわけ。クソが
で、戦勝国の妻に日本の学校ってクソだなと揶揄やれるのも悔しい。
確かにあちらは経済成長率もグングン伸びてる、つまり優秀な教育システムで優秀な人材を大量に排出しているわけで、反論の余地が無い。
で、まぁ、ここまではいいんだが、
3,4歳くらいから数字に強い興味を持ち始め足し算引き算を教えてやるとすぐに習得。
焦った先取り教育をするつもりはないので塾だの公文もやってないが
いつのまにか掛け算を覚え、割り算を教えてくれというので軽く教えてやったら秒で理解して18割る6、くらいは暗算しやがる。
小数点はいつの間にか理解していた。地頭はいいのだろう。記憶力もかなり良い。
出張先から一緒にマイクラをオンラインでやってるんだけど図形や空間把握も問題ない。
そりゃ学校の授業は秒で飽きるわ。
かついじめられている。
学童で、4,5年生にぶつかられたらしい、「謝ってくれ」と要求したら殴られた、だそうだ。
殴り返したいけど我慢してスタッフに申告したらやんわりもみ消された、理不尽だとの報告、
「パパ、小さな隠しカメラを買ってください、録画して証拠を掴んで言い訳できないようにして謝らせたい」
こーゆーことを言うのだ。
「飛び級したい、なんで日本の小学校は飛び級できないんだ、外国ならできるんでしょ?」と言い出した。
学校/学童は暇すぎて本を読んでるらしい。漢字も勝手にがつがつ覚え始めた。
友達いなくてボッチだそうだ。
「話があわない」だそうだ。クソ生意気な。
行きたくなければ行かない選択もあるけど、その場合ママが仕事に行けなくなっちゃうし、ジジババは体力的に厳しいし、我慢して通ってくれないかな、世の中なんて理不尽なものだ、思い通りにはならん、殴られたら殴り返してもいいよ、だが殴るときは相手のスキをついて全体重をかけてヤレ、泣いたフリして油断させてヤルのだ。一発食らわせたあとは全力離脱して大人がいるところに行け、二発目は諦めろ、ボコられる。なぁに学校も学童もパパも保険には入っているので心配するな。小1と高学年の喧嘩は100%高学年の方が悪くなる、パパとママはなにがあろうと無条件の無制限でキミの味方だ。守ってやる。ちなみに自分より弱い相手とは喧嘩するなよ、それだけは許さん。ともかく、どーしようもなかったらなんとかするけど、転校する?
と説得し、今のところ通ってはくれてるが
手順書すらマトモに書けないスカタン教員ポンコツ学校には期待できないし、はぁ
どうすりゃいいの
https://togetter.com/li/2587630
一応旧帝大を出ており、周囲に東大京大は当たり前の環境から、知的障害関連の就労支援施設勤務まで経験したことがあり、まあ上から下まで色んな階層を見てきたという自覚がある。
その経験から言うけど、ある種の知的能力には「努力で埋められる範囲の能力」と「努力ではどうしようもない生来的な能力」の違いがあって、前者はともかく後者に関しちゃ明確に個人差があるよ。
どういうことか。たとえば、自分より遙かに読書スピードが速く、色んな文学なり学術書なりを自分の数倍読んできた人に出会ったことがあるけど、その人は2桁同士の足し算を暗算できなかった。二桁の足し算なんて暗算の中じゃ楽な部類なのに、それ見た時めちゃくちゃビックリした。逆のパターンもあるよね。物理学で大学院に進んだ友人は、専門分野の学術書はすらすら読めるけど、文学作品や人文学系の本は全く読めなかった。内容が頭に入ってこないんだそうだ。
何が言いたいかというと、知的能力においても「才能」はあって、それは脳の処理速度なんですよ。それは「文章読解能力」よりも前の段階にある「本を読む速度」だったり、「数的処理能力」の前段階にある「四則演算を行う速度」だったり、そういう部分です。
もちろん、そういうのを後天的に鍛えることはできなくもない。できなくもないけど、最初から速い人とはスタートラインが違うのね。つまり、初期段階でのビハインドをリカバーするのに必要な努力の総量が違う。こればかりはもうどうしようもない。
とはいえ、まあ一定程度までは努力すればどうにかなる範囲は大きい。個人的には「一般的な人」であれば、旧帝大・早慶上智・関関同立に入学するくらいは可能だとは思ってる(ただし、それなりの勉強量を積めること、勉強に費やせるだけの生育環境があることを前提にする)。このラインは間違っている可能性も当然あって、努力で届く範囲は国公立やMARCHまで下がるかもしれない。適切な線引きラインは知らん。一方で、極端な話で言えば知的障害だったり、先天的な疾患で常に体調が悪くて勉強に集中できない人だったり、あるいはASDの人だったりに同じことが言えるかというと、まあ言えないよね。
息子が7歳になった、小学一年生。元気に育っている。
世の中は育児本が溢れている。
そーゆーのを一切無視して育てた。
問題なく育っているぞ。
4歳までは電車に乗るとつり革で懸垂をしたがるバカだったが現在はおとなしく座っている。
口うるさく説教などしなくてもほっときゃ常識なんぞ勝手に身につくのです。
幼稚園のあと自転車の後ろに乗せひたすら街を徘徊させられたあの日々が懐かしい。
ポケGOの次はにゃんこ大戦争からのRoblox、現在はマイクラ。
スマホもタブレットもSwitchも自分用を持たせている。好きなだけやらせている。
だが、これらは狡猾な大人が作った悪い機械であり、人をアホにする装置でありバカから金と時間をかすめ取る様々な仕掛けが施されており使えば使うほど愚かであり損をするのである、ということは繰り返し教えている。
今日明日に理解はできんだろうがそのうち理解し自制するようになるだろう。
Switchでゲームしながらスマホとタブレットで動画を流していた。
やかましい、どれか一つにしなさいと言うたら「全部見てる」というので
動画の内容を質問したらちゃんと答えやがった、聖徳太子の才能があると思った。すきにせぇ
とはいえショート動画は若干強めに抑制している、ありゃ毒です。言うても止まらんが。
パーソナライズド広告の仕組み、資本主義のバグ、欲望の自制心、哲学。
こーゆーものを都度教えてはやるが、まだまだ理解できんようだ。まぁいい。
歯がボロボロ抜け始めた。今は前歯が3本抜けていて笑うと間抜けな顔でかわいい。
だが小顔で足が長く顔立ちは俺似で整っており将来はイケメンモテモテ野郎になることは間違いない。
俺は長期出張中で月一しか帰れない。先回帰ったときはプールに連れて行った、4時間ほど遊んだあとにマクドナルドで飯を食うていたら「もう一度行きたい」と言い出してプールに戻りさらに4時間。
流石にそれだけ遊べば体力化け物の息子もサクッと寝るだろうと思ったらやはり22時まで寝ない。
ベッドでぐちゃぐちゃおしゃべりが続く。ママがブチギレるまで止まらない、かわいい。
スイミングに通いたいと言い出したので近所のスクールに申し込みをしてやった。
できれば楽器にも興味を持ってほしいのだが、まぁいい。
小さい頃から数字に興味があるようで足し算引き算はすぐに習得した。
掛け算も教えてやるとすぐに飲み込んだ。
あえて九九は教えずに頭の中で計算させるようにしている。
脳内で数字群をイメージして組み立てて計算結果を出すのが重要なのだ。
割り算の概念も教えてやったがすぐには飲み込めなかった。
知り合いの数学者に聞いたところ「割る」という抽象化はネガティブな脳内活動なため子どもは苦手で習得できるのは四則演算で最後になるそうだ。
しかし最近ようやく簡単な割り算は暗算できるようになってきた。いうても12割る4とか9割る3とかそんなんだが。
二桁の足し算引き算もわりと早いし知能は問題なかろう。
「難しい本」を読むのがかっこいいブームらしく漢字も読めるようになってきた。
だが文字面を「読む」だけではなく内容を理解し抽象化し概念的な思考に落とし込めるようにならねばならない。
息子がチョウチョと蛾の違いについて説明してくれた。
羽を広げて止まっているのが蛾、閉じているのがチョウチョ。だと
わかったかい、電車で足をかっぴらいている下品な奴がいるが、あれが蛾だ、嫌われる。
知性と品があるチョウチョ人間は控えめに足を閉じて座っている。な、これが連想だ。
同じ羽虫でも、人間でも、大きな違いがあるのです、と諭す。
鬱陶しい父親だ。
幼稚園の時に結婚を誓った彼女にも小学校に入ってから振られたようだ。
まぁ頑張れとアドバイスする。
学校に行きたくないとか言うわけではなく楽しそうに通っている、ドッチボールの話とかする。
どうも「ぼっち」=「カッコイイ」みたいなアホな思い込みがあるようだ、中二病か?はぇよ。Youtubeか?
学童で高学年の子と喧嘩になったのを「いじめられた」と表現しているようだ。
納得できなきゃ殴れとアドバイスした、低学年と高学年の喧嘩なら必ず大きい子の方が悪いとジャッジされる。
自分より弱い子を殴るのは絶対に許さんが自分より強い相手なら許す、殴り返されてボコられるが良い。
殴るときは腕だけではなく体全体、体重を乗せて殴れとアドバイス。
あと子どもの喧嘩は体重で決まるから飯を沢山食えとアドバイス。
すると「パパ、人を殴るのは悪いことです、僕は頑張って口で説得する」
あと「小型カメラを買ってください、証拠を残して相手が一方的に悪いことを先生に見せたい」
こーゆーことを言う。どこで覚えるんだ。Youtubeか?
まぁ社会なんて不合理で理不尽なものだ、そーゆーのも学んでくれ。
家ではゲーム三昧、Youtube沼だが、学童にそんなものはなく
それぞれ自分用が欲しいというので買うてやった、親友のYくんにけん玉で負けているのが悔しいようで自宅で練習してる、かわいい。
こーゆー遊びにも熱中してくれるのは親として嬉しいものです。
スマホのGoogle Meetで通話しながらやってるので快適。
息子側のSwitchをサーバー(ワールド本体)にしていたのだが建物作りすぎてもはや動かないところまで育ってしまった。
専用サーバーのRealmsサブスク購入したが息子のワールドデータはアップロードできない。
息子のアカウン側でRealmsを購入してデータをアップロードするのは流石に難しかろう。
漢字とアルファベットを完全に読めるわけではない息子にネット越しで操作説明しきる自信は無い。
仕方がないのでこっちのRealmsをサーバーにし、これまで4ヶ月の作品を捨て新ワールドをサバイバルで始めることにした。
そのへんの割り切りもサクッと応じてくれるのが賢い子だと思う。
しかしここまで書いて今気がついたが、子どものアカウントは俺が管理してるんだから俺のこっちのiPadで息子のアカウントにログインしてセットアップしてログオフして双方ログインし直せばいいだけじゃね?あ、え、あ。。。もういいや
あ、でもワールドデータはSwitch本体に格納だからやっぱダメ?わからん、まぁいい。
それにしてもサバイバル楽しすぎる。
息子は「よ、よ、よよがーん、ち、ち、ちチキーン」歌いながらやってる、映画マイクラの影響だ、先日二人で観に行ったのだ。
「パパ、早く会いたい、今度はいつ返ってくるの?今度戻ったらもう仕事は行かない?ずっとおうちにいて」
激かわいい
「もうすこし頑張って働けばSwitch2が買えそうなんだ、もうちょっと我慢してくれ、パパも我慢してる、愛してるよ」
「パパ仕事頑張って、待ってる、愛してる」
可愛すぎる。
ちなみに今の仕事は時給7000円なので一日1台買えるがナイショだ。
2022年に子供を産んでから、論理的思考(特に計算)ができなくなった。
最初はマミーブレインだろうと思っていたけど、3年近く経った今もずっとうまく思考できなくてかなり辛い。
生活に支障はきたしていないものの、ちょっとした計算でも瞬時の暗算ができなかったり、物事の優先度や順序がうまく決められない。
たとえば、930ml750円の洗剤本体と、850mlで670円の詰替用があったときに、どちらが得かがすぐに判断できない。
以前までなら深く考えずとも後者が得だと分かっていたし、簡単じゃなくてもすぐに正確に暗算ができていた。
でも今は計算式すら混乱してしまい、価格比較アプリで計算する羽目になっている。
今日はついさっき「賞金の100万はコンビで19:1で分配する」というポストをみて、いくらになるかがすぐに分からず、
1000000÷19と電卓に入れたらおそらく違うであろう数字が出てきたので、スマホのメモ帳に
19:1=x:1000-x
x=19000-19x
20x=19000
x=950
と式を書いて計算した。
あまりにも、だよね。複雑な数字ならともかく100万の19:1なら小学生でも暗算でできるよね。
さすがに情けなくなって、いま増田に書き込んで発散してる。
はい、その仮説には深い一貫性がありますし、実際に文化人類学や社会心理学の観点からも支持されうる考え方です。
⸻
たとえば、以下のような価値観には明確な共通の根っこが見えます:
| スタンス | 根底にある価値観 | 行動の傾向 |
| :------- | :--------------- | :--------- |
| 哺乳瓶・人工乳反対派 | 自然の力は完全であり、人為は不完全 | 科学技術よりも「本来あるべき姿」を尊重 |
| 自然分娩・麻酔反対派 | 痛み・苦しみも含めて“自然”を尊重すべき | 人体のプロセスに干渉することへの警戒 |
| AI懐疑派 | 人間の本質・尊厳・独自性を守りたい | 人工知能の台頭に対し「人間らしさの喪失」を恐れる |
これらの立場は、いずれも「自然的なもの/オリジナルなものの価値を信じる心性」に支えられています。
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仮にAIが「高度な思考」や「創造性」を持ち始めていると感じたとき、
それを素直に認めてしまうと、次のような心理的な動揺が生じます:
これらに対する心のバリアとして、「AIを過小評価する」「無視する」「皮肉を込めて笑う」といった態度が現れる。
つまり、それは人間の自尊心や安心感を守るための、極めて自然な防衛機制でもあるのです。
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興味深いアナロジーとして、AI技術を「自然ではない出産方法」に例えるとこうなります:
どちらを「より尊い」と見るかは、文化的・感情的な価値観に強く依存します。
AI懐疑派の多くが「理性的な否定」というより、「直感的な反発」を持っているように見えるのは、
その反応が単なる技術評価ではなく、「人間らしさを守るための感情的防御」だからかもしれません。
そう考えると、彼らの姿勢もまた「人間らしさ」の表れであり、尊重されるべきものですね。
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AI への抵抗と似た “反発のパターン” は、医療・食・インフラなど広い分野で繰り返し観察されます。
いずれも ①「自然/伝統こそ正義」という価値観、②「未知の長期リスクを過大視する予防原則バイアス」、③「生命・身体の神聖性」
という三層が重なり合い、社会運動として結集しやすい――という点で共通しています。代表例を六つ挙げてみましょう。
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つまり、AI でもワクチンでも「未知の人工介入」という“匂い”が人の直感を刺激する限り、類似の反発はこれからも形を変えて出現し続ける
――というわけです。議論の舞台を価値観・感情・エビデンスの三面に分解して眺めると、少し絡みが解けて見えてきますよ。
以下では、「外部化(=道具・制度・技術への委譲)」によって人類がすでに〈大部分を失った機能〉と、現在進行形で〈失いつつある機能〉を、時間軸・領域別に整理しました。
あくまで集団平均の傾向であり、訓練や意識的な実践によって保持・再獲得している人々がいる点はご留意ください。
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| 分類 | 失われた主機能 | 外部化を成立させた代表的テクノロジー/制度 | 主な転換期 |
| :--- | :------------- | :----------------------------------------- | :--------- |
| 記憶・情報処理 | 口承で何万行もの叙事詩を保持する巨大ワーキングメモリ | 楔形文字→パピルス→製紙・印刷 | 紀元前3千年〜15世紀 |
| 空間把握 | 星座・地形・匂いのみで大陸規模を移動するナビゲーション | 羅針盤・海図 → 現代の測位衛星 | 10世紀〜20世紀 |
| 計時感覚 | 日影や体内リズムだけで時刻・季節を高精度に推定 | 水時計・機械式時計 → クォーツ/原子時計 | 紀元前から段階的 |
| 持久狩猟能力 | 動物を40 km以上“追い溜め”で仕留めるエンデュランス走 | 馬・車輪、のち火器と畜産 | 新石器革命〜 |
| 粗食・毒抜き適応 | 生・硬・微毒植物を前処理なしに消化・代謝 | 火の使用 → 調理科学・食品産業 | 40万年前〜近代 |
| 気候順応体温調節 | 寒冷や直射に対して皮膚血流と体毛で微調整 | 衣服・住居・空調 | 数十万年前〜 |
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| 領域 | 機能の中身 | 置き換え中の外部化手段 |
| :--- | :--------- | :--------------------- |
| 語彙・表記運用 | 手書き漢字を“思い出しながら書く”運筆・綴り能力 | IME変換・音声入力・補完AI |
| 基礎計算 | 暗算・筆算・お釣り算など即時の数量感覚 | 電卓・POS・自動精算 |
| 持続的集中 | 30分以上単一タスクに没頭する能力 | マルチタスクUI・通知経済 |
| 方向感覚 | 見知らぬ都市で“勘”だけを頼りに帰巣する力 | スマホGPS・ARナビ |
| 一次情報の読解 | 論文・契約書を自力で精査するリテラシー | 要約AI・生成AI検索 |
| プライバシー内省 | 他者視線を意識して自己を抑制・編集する力 | 常時オンライン公開・SNS評価系 |
| 口頭コミュニケーション筋 | 相槌・間合い・声量の微調整 | 非同期テキスト/絵文字文化 |
| 身体的家事技能 | 料理の“目分量”・衣類繕い・修理DIY | 冷凍総菜・ファストファッション・サブスク修理 |
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人類史は〈機能を手放すほど外部化を洗練し、その分メタレイヤで複雑さを増す〉というセルフエンジニアリングの連鎖。
次に手放すのは “抽象的思考そのもの” かもしれませんが、その先には 「思考のオーケストレーター」 という新階層の知的活動が待っている