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【速報】JR東海道線の車内で“スプレー”噴射か 16歳少年逮捕 電車を遅延させた威力業務妨害容疑 神奈川県警
JR東海道線の車両内で10日、1歳児ら乗客の家族3人が救急搬送された異臭騒ぎで、神奈川県警は12日、東京都大田区、自称土木作業員の少年(16)を威力業務妨害容疑で逮捕し、発表した。「持っていたスプレーを噴射したことで、他の乗客ののどが痛くなったり、電車を止めたりしたことに間違いはない」と容疑を認めているという。
逮捕容疑は、10日午後4時32分ごろ、JR横浜駅に停車中の東海道線上り列車の車内でスプレーのようなものを噴射。車内にいた乗客にのどの痛みを発症させ、緊急停止ボタンを押させるなどしてこの列車の運行を2時間15分遅らせるなどしたというもの。
30代の男女と1歳女児の家族3人はのどの痛みなどの体調不良を訴えて病院に搬送され、女性1人が軽症だった。複数の乗客の証言によると、家族らがいたグリーン車に、容疑者ら複数の若い男女が隣の車両から入ってきて、すぐ出て行った際に「コショウのような臭いがした」という。市消防の調べでは車両内から有毒成分は検出されなかった。
チンカスさぁ
今期アニメのインゴクダンチが面白いので(でも追いついてない)、タイトルを叫びまくったら気づいてしまった。
代々淫語対決で生計を立てている淫語九段ち(家)って多分超大きいことに。
淫語九段に上り詰めるまで、幼いころから淫語院で切磋琢磨してきたのだろう。
淫王などのタイトル戦は白熱し、淫符は国民がこぞって求めていた。
以上です。
勢いで書いてて、ほぼ忘れた幼少期に読んだヒカルの碁とかのイメージで書いてるので、もしも、「そもそも段は5がマックスなんですけど」とか突っ込まれても自業自得である。
いや読み返した過ぎるヒカルの碁。
実家の父の遺品の漫画たちは母が処分してるか、残ってても湿気でカビてたりするか日向で朽ちてるかしてるのでおそらくもう読めないので悲しい。
こうなってくると何をいうても、直ぐそこへ持ってくるので話がゆきつまってしまう。二人の内でどちらか一人が、すこうしほんの僅かにでも押が強ければ、こんなに話がゆきつまるのではない。お互に心持は奥底まで解っているのだから、吉野紙を突破るほどにも力がありさえすれば、話の一歩を進めてお互に明放してしまうことが出来るのである。しかしながら真底からおぼこな二人は、その吉野紙を破るほどの押がないのである。またここで話の皮を切ってしまわねばならぬと云う様な、はっきりした意識も勿論ないのだ。言わば未まだ取止めのない卵的の恋であるから、少しく心の力が必要な所へくると話がゆきつまってしまうのである。
お互に自分で話し出しては自分が極りわるくなる様なことを繰返しつつ幾町かの道を歩いた。詞数こそ少なけれ、その詞の奥には二人共に無量の思いを包んで、極りがわるい感情の中には何とも云えない深き愉快を湛えて居る。それでいわゆる足も空に、いつしか田圃も通りこし、山路へ這入った。今度は民子が心を取り直したらしく鮮かな声で、
「政夫さん、もう半分道来ましてしょうか。大長柵おおながさくへは一里に遠いッて云いましたねイ」
「そうです、一里半には近いそうだが、もう半分の余来ましたろうよ。少し休みましょうか」
「わたし休まなくとも、ようございますが、早速お母さんの罰があたって、薄すすきの葉でこんなに手を切りました。ちょいとこれで結わえて下さいな」
親指の中ほどで疵きずは少しだが、血が意外に出た。僕は早速紙を裂いて結わえてやる。民子が両手を赤くしているのを見た時非常にかわいそうであった。こんな山の中で休むより、畑へ往いってから休もうというので、今度は民子を先に僕が後になって急ぐ。八時少し過ぎと思う時分に大長柵の畑へ着いた。
十年許り前に親父おやじが未だ達者な時分、隣村の親戚から頼まれて余儀なく買ったのだそうで、畑が八反と山林が二町ほどここにあるのである。この辺一体に高台は皆山林でその間の柵が畑になって居る。越石こしこくを持っていると云えば、世間体はよいけど、手間ばかり掛って割に合わないといつも母が言ってる畑だ。
三方林で囲まれ、南が開いて余所よその畑とつづいている。北が高く南が低い傾斜こうばいになっている。母の推察通り、棉は末にはなっているが、風が吹いたら溢れるかと思うほど棉はえんでいる。点々として畑中白くなっているその棉に朝日がさしていると目まぶしい様に綺麗だ。
民子は女だけに、棉の綺麗にえんでるのを見て嬉しそうにそう云った。畑の真中ほどに桐の樹が二本繁っている。葉が落ちかけて居るけれど、十月の熱を凌しのぐには十分だ。ここへあたりの黍殻きびがらを寄せて二人が陣どる。弁当包みを枝へ釣る。天気のよいのに山路を急いだから、汗ばんで熱い。着物を一枚ずつ脱ぐ。風を懐ふところへ入れ足を展のばして休む。青ぎった空に翠みどりの松林、百舌もずもどこかで鳴いている。声の響くほど山は静かなのだ。天と地との間で広い畑の真ン中に二人が話をしているのである。
「ほんとに民子さん、きょうというきょうは極楽の様な日ですねイ」
顔から頸から汗を拭いた跡のつやつやしさ、今更に民子の横顔を見た。
「そうですねイ、わたし何だか夢の様な気がするの。今朝家うちを出る時はほんとに極りが悪くて……嫂ねえさんには変な眼つきで視られる、お増には冷かされる、私はのぼせてしまいました。政夫さんは平気でいるから憎らしかったわ」
「僕だって平気なもんですか。村の奴らに逢うのがいやだから、僕は一足先に出て銀杏の下で民さんを待っていたんでさア。それはそうと、民さん、今日はほんとに面白く遊ぼうね。僕は来月は学校へ行くんだし、今月とて十五日しかないし、二人でしみじみ話の出来る様なことはこれから先はむずかしい。あわれッぽいこと云うようだけど、二人の中も今日だけかしらと思うのよ。ねイ民さん……」
「そりゃア政夫さん、私は道々そればかり考えて来ました。私がさっきほんとに情なくなってと言ったら、政夫さんは笑っておしまいなしたけど……」
面白く遊ぼう遊ぼう言うても、話を始めると直ぐにこうなってしまう。民子は涙を拭うた様であった。ちょうどよくそこへ馬が見えてきた。西側の山路から、がさがさ笹にさわる音がして、薪たきぎをつけた馬を引いて頬冠ほおかむりの男が出て来た。よく見ると意外にも村の常吉である。この奴はいつか向うのお浜に民子を遊びに連れだしてくれと頻しきりに頼んだという奴だ。いやな野郎がきやがったなと思うていると、
「や政夫さん。コンチャどうも結構なお天気ですな。今日は御夫婦で棉採りかな。洒落しゃれてますね。アハハハハハ」
「ハア吾々なんざア駄賃取りでもして適たまに一盃いっぱいやるより外に楽しみもないんですからな。民子さん、いやに見せつけますね。余あんまり罪ですぜ。アハハハハハ」
この野郎失敬なと思ったけれど、吾々も余り威張れる身でもなし、笑いとぼけて常吉をやり過ごした。
「馬鹿野郎、実に厭なやつだ。さア民さん、始めましょう。ほんとに民さん、元気をお直しよ。そんなにくよくよおしでないよ。僕は学校へ行ったて千葉だもの、盆正月の外にも来ようと思えば土曜の晩かけて日曜に来られるさ……」
「ほんとに済みません。泣面なきつらなどして。あの常さんて男、何といういやな人でしょう」
民子は襷掛け僕はシャツに肩を脱いで一心に採って三時間ばかりの間に七分通り片づけてしまった。もう跡はわけがないから弁当にしようということにして桐の蔭に戻る。僕はかねて用意の水筒を持って、
「民さん、僕は水を汲くんで来ますから、留守番を頼みます。帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産みやげに採って来ます」
「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られたら大変ですもの」
「だって民さん、向うの山を一つ越して先ですよ、清水しみずのある所は。道という様な道もなくて、それこそ茨いばらや薄すすきで足が疵だらけになりますよ。水がなくちゃ弁当が食べられないから、困ったなア、民さん、待っていられるでしょう」
「政夫さん、後生だから連れて行って下さい。あなたが歩ける道なら私にも歩けます。一人でここにいるのはわたしゃどうしても……」
「民さんは山へ来たら大変だだッ児になりましたネー。それじゃ一所に行きましょう」
弁当は棉の中へ隠し、着物はてんでに着てしまって出掛ける。民子は頻りに、にこにこしている。端はたから見たならば、馬鹿馬鹿しくも見苦しくもあろうけれど、本人同志の身にとっては、そのらちもなき押問答の内にも限りなき嬉しみを感ずるのである。高くもないけど道のない所をゆくのであるから、笹原を押分け樹の根につかまり、崖を攀よずる。しばしば民子の手を採って曳ひいてやる。
近く二三日以来の二人の感情では、民子が求めるならば僕はどんなことでも拒まれない、また僕が求めるならやはりどんなことでも民子は決して拒みはしない。そういう間柄でありつつも、飽くまで臆病に飽くまで気の小さな両人ふたりは、嘗かつて一度も有意味に手などを採ったことはなかった。しかるに今日は偶然の事から屡手を採り合うに至った。這辺このへんの一種云うべからざる愉快な感情は経験ある人にして初めて語ることが出来る。
「民さん、ここまでくれば、清水はあすこに見えます。これから僕が一人で行ってくるからここに待って居なさい。僕が見えて居たら居られるでしょう」
「ほんとに政夫さんの御厄介ですね……そんなにだだを言っては済まないから、ここで待ちましょう。あらア野葡萄えびづるがあった」
僕は水を汲んでの帰りに、水筒は腰に結いつけ、あたりを少し許り探って、『あけび』四五十と野葡萄一もくさを採り、竜胆りんどうの花の美しいのを五六本見つけて帰ってきた。帰りは下りだから無造作に二人で降りる。畑へ出口で僕は春蘭しゅんらんの大きいのを見つけた。
「民さん、僕は一寸『アックリ』を掘ってゆくから、この『あけび』と『えびづる』を持って行って下さい」
「『アックリ』てなにい。あらア春蘭じゃありませんか」
「民さんは町場もんですから、春蘭などと品のよいこと仰おっしゃるのです。矢切の百姓なんぞは『アックリ』と申しましてね、皸あかぎれの薬に致します。ハハハハ」
「あらア口の悪いこと。政夫さんは、きょうはほんとに口が悪くなったよ」
山の弁当と云えば、土地の者は一般に楽しみの一つとしてある。何か生理上の理由でもあるか知らんが、とにかく、山の仕事をしてやがてたべる弁当が不思議とうまいことは誰も云う所だ。今吾々二人は新らしき清水を汲み来り母の心を籠こめた弁当を分けつつたべるのである。興味の尋常でないは言うも愚おろかな次第だ。僕は『あけび』を好み民子は野葡萄をたべつつしばらく話をする。
民子は笑いながら、
「政夫さんは皸の薬に『アックリ』とやらを採ってきて学校へお持ちになるの。学校で皸がきれたらおかしいでしょうね……」
僕は真面目に、
「なアにこれはお増にやるのさ。お増はもうとうに皸を切らしているでしょう。この間も湯に這入る時にお増が火を焚たきにきて非常に皸を痛がっているから、その内に僕が山へ行ったら『アックリ』を採ってきてやると言ったのさ」
「まアあなたは親切な人ですことね……お増は蔭日向かげひなたのない憎気のない女ですから、私も仲好くしていたんですが、この頃は何となし私に突き当る様な事ばかし言って、何でもわたしを憎んでいますよ」
「アハハハ、それはお増どんが焼餅をやくのでさ。つまらんことにもすぐ焼餅を焼くのは、女の癖さ。僕がそら『アックリ』を採っていってお増にやると云えば、民さんがすぐに、まアあなたは親切な人とか何とか云うのと同じ訣わけさ」
「この人はいつのまにこんなに口がわるくなったのでしょう。何を言っても政夫さんにはかないやしない。いくら私だってお増が根も底もない焼もちだ位は承知していますよ……」
「実はお増も不憫ふびんな女よ。両親があんなことになりさえせねば、奉公人とまでなるのではない。親父は戦争で死ぬ、お袋はこれを嘆いたがもとでの病死、一人の兄がはずれものという訣で、とうとうあの始末。国家のために死んだ人の娘だもの、民さん、いたわってやらねばならない。あれでも民さん、あなたをば大変ほめているよ。意地曲りの嫂にこきつかわれるのだから一層かわいそうでさ」
「そりゃ政夫さん私もそう思って居ますさ。お母さんもよくそうおっしゃいました。つまらないものですけど何とかかとか分けてやってますが、また政夫さんの様に情深くされると……」
民子は云いさしてまた話を詰らしたが、桐の葉に包んで置いた竜胆の花を手に採って、急に話を転じた。
「こんな美しい花、いつ採ってお出でなして。りんどうはほんとによい花ですね。わたしりんどうがこんなに美しいとは知らなかったわ。わたし急にりんどうが好きになった。おオえエ花……」
花好きな民子は例の癖で、色白の顔にその紫紺の花を押しつける。やがて何を思いだしてか、ひとりでにこにこ笑いだした。
「民さん、なんです、そんなにひとりで笑って」
「政夫さんはりんどうの様な人だ」
「どうして」
「さアどうしてということはないけど、政夫さんは何がなし竜胆の様な風だからさ」
民子は言い終って顔をかくして笑った。
「民さんもよっぽど人が悪くなった。それでさっきの仇討あだうちという訣ですか。口真似なんか恐入りますナ。しかし民さんが野菊で僕が竜胆とは面白い対ですね。僕は悦よろこんでりんどうになります。それで民さんがりんどうを好きになってくれればなお嬉しい」
二人はこんならちもなき事いうて悦んでいた。秋の日足の短さ、日はようやく傾きそめる。さアとの掛声で棉もぎにかかる。午後の分は僅であったから一時間半ばかりでもぎ終えた。何やかやそれぞれまとめて番ニョに乗せ、二人で差しあいにかつぐ。民子を先に僕が後に、とぼとぼ畑を出掛けた時は、日は早く松の梢をかぎりかけた。
半分道も来たと思う頃は十三夜の月が、木この間まから影をさして尾花にゆらぐ風もなく、露の置くさえ見える様な夜になった。今朝は気がつかなかったが、道の西手に一段低い畑には、蕎麦そばの花が薄絹を曳き渡したように白く見える。こおろぎが寒げに鳴いているにも心とめずにはいられない。
「民さん、くたぶれたでしょう。どうせおそくなったんですから、この景色のよい所で少し休んで行きましょう」
「こんなにおそくなるなら、今少し急げばよかったに。家の人達にきっと何とか言われる。政夫さん、私はそれが心配になるわ」
「今更心配しても追おっつかないから、まア少し休みましょう。こんなに景色のよいことは滅多めったにありません。そんなに人に申訣のない様な悪いことはしないもの、民さん、心配することはないよ」
月あかりが斜にさしこんでいる道端の松の切株に二人は腰をかけた。目の先七八間の所は木の蔭で薄暗いがそれから向うは畑一ぱいに月がさして、蕎麦の花が際きわ立って白い。
「何というえい景色でしょう。政夫さん歌とか俳句とかいうものをやったら、こんなときに面白いことが云えるでしょうね。私ら様な無筆でもこんな時には心配も何も忘れますもの。政夫さん、あなた歌をおやんなさいよ」
「僕は実は少しやっているけど、むずかしくて容易に出来ないのさ。山畑の蕎麦の花に月がよくて、こおろぎが鳴くなどは実にえいですなア。民さん、これから二人で歌をやりましょうか」
お互に一つの心配を持つ身となった二人は、内に思うことが多くてかえって話は少ない。何となく覚束おぼつかない二人の行末、ここで少しく話をしたかったのだ。民子は勿論のこと、僕よりも一層話したかったに相違ないが、年の至らぬのと浮いた心のない二人は、なかなか差向いでそんな話は出来なかった。しばらくは無言でぼんやり時間を過ごすうちに、一列の雁がんが二人を促すかの様に空近く鳴いて通る。
ようやく田圃へ降りて銀杏の木が見えた時に、二人はまた同じ様に一種の感情が胸に湧いた。それは外でもない、何となく家に這入はいりづらいと言う心持である。這入りづらい訣はないと思うても、どうしても這入りづらい。躊躇ちゅうちょする暇もない、忽たちまち門前近く来てしまった。
「政夫さん……あなた先になって下さい。私極きまりわるくてしょうがないわ」
「よしとそれじゃ僕が先になろう」
僕は頗すこぶる勇気を鼓こし殊に平気な風を装うて門を這入った。家の人達は今夕飯最中で盛んに話が湧いているらしい。庭場の雨戸は未だ開いたなりに月が軒口までさし込んでいる。僕が咳払せきばらいを一ツやって庭場へ這入ると、台所の話はにわかに止んでしまった。民子は指の先で僕の肩を撞ついた。僕も承知しているのだ、今御膳会議で二人の噂が如何いかに盛んであったか。
宵祭ではあり十三夜ではあるので、家中表座敷へ揃そろうた時、母も奥から起きてきた。母は一通り二人の余り遅かったことを咎めて深くは言わなかったけれど、常とは全く違っていた。何か思っているらしく、少しも打解けない。これまでは口には小言を言うても、心中に疑わなかったのだが、今夜は口には余り言わないが、心では十分に二人に疑いを起したに違いない。民子はいよいよ小さくなって座敷中なかへは出ない。僕は山から採ってきた、あけびや野葡萄えびづるやを沢山座敷中じゅうへ並べ立てて、暗に僕がこんな事をして居たから遅くなったのだとの意を示し無言の弁解をやっても何のききめもない。誰一人それをそうと見るものはない。今夜は何の話にも僕等二人は除のけものにされる始末で、もはや二人は全く罪あるものと黙決されてしまったのである。
「お母さんがあんまり甘過ぎる。あアして居る二人を一所に山畑へやるとは目のないにもほどがある。はたでいくら心配してもお母さんがあれでは駄目だ」
これが台所会議の決定であったらしい。母の方でもいつまで児供と思っていたが誤りで、自分が悪かったという様な考えに今夜はなったのであろう。今更二人を叱って見ても仕方がない。なに政夫を学校へ遣やってしまいさえせば仔細しさいはないと母の心はちゃんときまって居るらしく、
「政や、お前はナ十一月へ入って直ぐ学校へやる積りであったけれど、そうしてぶらぶらして居ても為にならないから、お祭が終ったら、もう学校へゆくがよい。十七日にゆくとしろ……えいか、そのつもりで小支度して置け」
学校へゆくは固より僕の願い、十日や二十日早くとも遅くともそれに仔細はないが、この場合しかも今夜言渡いいわたしがあって見ると、二人は既に罪を犯したものと定められての仕置であるから、民子は勿論僕に取ってもすこぶる心苦しい処がある。実際二人はそれほどに堕落した訣でないから、頭からそうときめられては、聊いささか妙な心持がする。さりとて弁解の出来ることでもなし、また強いことを言える資格も実は無いのである。これが一ヶ月前であったらば、それはお母さん御無理だ、学校へ行くのは望みであるけど、科とがを着せられての仕置に学校へゆけとはあんまりでしょう……などと直ぐだだを言うのであるが、今夜はそんな我儘わがままを言えるほど無邪気ではない。全くの処、恋に陥ってしまっている。
あれほど可愛がられた一人の母に隠立てをする、何となく隔てを作って心のありたけを言い得ぬまでになっている。おのずから人前を憚はばかり、人前では殊更に二人がうとうとしく取りなす様になっている。かくまで私心わたくしごころが長じてきてどうして立派な口がきけよう。僕はただ一言いちごん、
「はア……」
と答えたきりなんにも言わず、母の言いつけに盲従する外はなかった。
「僕は学校へ往ってしまえばそれでよいけど、民さんは跡でどうなるだろうか」
不図ふとそう思って、そっと民子の方を見ると、お増が枝豆をあさってる後に、民子はうつむいて膝の上に襷たすきをこねくりつつ沈黙している。如何にも元気のない風で夜のせいか顔色も青白く見えた。民子の風を見て僕も俄に悲しくなって泣きたくなった。涙は瞼まぶたを伝って眼が曇った。なぜ悲しくなったか理由は判然はっきりしない。ただ民子が可哀相でならなくなったのである。民子と僕との楽しい関係もこの日の夜までは続かなく、十三日の昼の光と共に全く消えうせてしまった。嬉しいにつけても思いのたけは語りつくさず、憂き悲しいことについては勿論百分の一だも語りあわないで、二人の関係は闇やみの幕に這入ってしまったのである。
十四日は祭の初日でただ物せわしく日がくれた。お互に気のない風はしていても、手にせわしい仕事のあるばかりに、とにかく思い紛らすことが出来た。
十五日と十六日とは、食事の外用事もないままに、書室へ籠こもりとおしていた。ぼんやり机にもたれたなり何をするでもなく、また二人の関係をどうしようかという様なことすらも考えてはいない。ただ民子のことが頭に充ちているばかりで、極めて単純に民子を思うている外に考えは働いて居らぬ。この二日の間に民子と三四回は逢ったけれど、話も出来ず微笑を交換する元気もなく、うら淋しい心持を互に目に訴うるのみであった。二人の心持が今少しませて居ったならば、この二日の間にも将来の事など随分話し合うことが出来たのであろうけれど、しぶとい心持などは毛ほどもなかった二人には、その場合になかなかそんな事は出来なかった。それでも僕は十六日の午後になって、何とはなしに以下のような事を巻紙へ書いて、日暮に一寸来た民子に僕が居なくなってから見てくれと云って渡した。
朝からここへ這入ったきり、何をする気にもならない。外へ出る気にもならず、本を読む気にもならず、ただ繰返し繰返し民さんの事ばかり思って居る。民さんと一所に居れば神様に抱かれて雲にでも乗って居る様だ。僕はどうしてこんなになったんだろう。学問をせねばならない身だから、学校へは行くけれど、心では民さんと離れたくない。民さんは自分の年の多いのを気にしているらしいが、僕はそんなことは何とも思わない。僕は民さんの思うとおりになるつもりですから、民さんもそう思っていて下さい。明日は早く立ちます。冬期の休みには帰ってきて民さんに逢うのを楽しみにして居ります。
十月十六日
政夫
民子様
学校へ行くとは云え、罪があって早くやられると云う境遇であるから、人の笑声話声にも一々ひがみ心が起きる。皆二人に対する嘲笑かの様に聞かれる。いっそ早く学校へ行ってしまいたくなった。決心が定まれば元気も恢復かいふくしてくる。この夜は頭も少しくさえて夕飯も心持よくたべた。学校のこと何くれとなく母と話をする。やがて寝に就いてからも、
「何だ馬鹿馬鹿しい、十五かそこらの小僧の癖に、女のことなどばかりくよくよ考えて……そうだそうだ、明朝あしたは早速学校へ行こう。民子は可哀相だけれど……もう考えまい、考えたって仕方がない、学校学校……」
独口ひとりぐちききつつ眠りに入った様な訣であった。
船で河から市川へ出るつもりだから、十七日の朝、小雨の降るのに、一切の持物をカバン一個ひとつにつめ込み民子とお増に送られて矢切の渡へ降りた。村の者の荷船に便乗する訣でもう船は来て居る。僕は民さんそれじゃ……と言うつもりでも咽のどがつまって声が出ない。民子は僕に包を渡してからは、自分の手のやりばに困って胸を撫なでたり襟えりを撫でたりして、下ばかり向いている。眼にもつ涙をお増に見られまいとして、体を脇へそらしている、民子があわれな姿を見ては僕も涙が抑え切れなかった。民子は今日を別れと思ってか、髪はさっぱりとした銀杏返いちょうがえしに薄く化粧をしている。煤色すすいろと紺の細かい弁慶縞べんけいじまで、羽織も長着も同じい米沢紬よねざわつむぎに、品のよい友禅縮緬ゆうぜんちりめんの帯をしめていた。襷を掛けた民子もよかったけれど今日の民子はまた一層引立って見えた。
僕の気のせいででもあるか、民子は十三日の夜からは一日ひとひ一日とやつれてきて、この日のいたいたしさ、僕は泣かずには居られなかった。虫が知らせるとでもいうのか、これが生涯の別れになろうとは、僕は勿論民子とて、よもやそうは思わなかったろうけれど、この時のつらさ悲しさは、とても他人に話しても信じてくれるものはないと思う位であった。
尤もっとも民子の思いは僕より深かったに相違ない。僕は中学校を卒業するまでにも、四五年間のある体であるのに、民子は十七で今年の内にも縁談の話があって両親からそう言われれば、無造作に拒むことの出来ない身であるから、行末のことをいろいろ考えて見ると心配の多い訣である。当時の僕はそこまでは考えなかったけれど、親しく目に染しみた民子のいたいたしい姿は幾年経っても昨日の事のように眼に浮んでいるのである。
余所から見たならば、若いうちによくあるいたずらの勝手な泣面と見苦しくもあったであろうけれど、二人の身に取っては、真にあわれに悲しき別れであった。互に手を取って後来を語ることも出来ず、小雨のしょぼしょぼ降る渡場に、泣きの涙も人目を憚はばかり、一言の詞ことばもかわし得ないで永久の別れをしてしまったのである。無情の舟は流を下って早く、十分間と経たぬ内に、五町と下らぬ内に、お互の姿は雨の曇りに隔てられてしまった。物も言い得ないで、しょんぼりと悄しおれていた不憫ふびんな民さんの俤おもかげ、どうして忘れることが出来よう。民さんを思うために神の怒りに触れて即座に打殺さるる様なことがあるとても僕には民さんを思わずに居られない。年をとっての後の考えから言えば、あアもしたらこうもしたらと思わぬこともなかったけれど、当時の若い同志どうしの思慮には何らの工夫も無かったのである。八百屋お七は家を焼いたらば、再度ふたたび思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧ちえも出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら、なお親に怖おじ兄弟に憚り、他人の前にて涙も拭き得なかったのは如何に気の弱い同志であったろう。
僕は学校へ行ってからも、とかく民子のことばかり思われて仕方がない。学校に居ってこんなことを考えてどうするものかなどと、自分で自分を叱り励まして見ても何の甲斐もない。そういう詞の尻からすぐ民子のことが湧いてくる。多くの人中に居ればどうにか紛れるので、日の中はなるたけ一人で居ない様に心掛けて居た。夜になっても寝ると仕方がないから、なるたけ人中で騒いで居て疲れて寝る工夫をし
「あ、鳴つた。」
と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。
「近いやうだね。」
「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」
「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」
「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」
「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐるから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます。
母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段は絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。
この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである。物語を創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ。
ムカシ ムカシノオ話ヨ
などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである。
[#改頁]
瘤取り
ムカシ ムカシノオ話ヨ
ミギノ ホホニ ジヤマツケナ
このお爺さんは、四国の阿波、剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐるものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近に於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語を舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽、歌舞伎、芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、
ムカシ ムカシノオ話ヨ
と壕の片隅に於いて、絵本を読みながら、その絵本の物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)
このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独なものである。孤独だから酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然に孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである。若い時から無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。
「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、
「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しますから。」と言ふ。
お爺さんは浮かぬ顔になる。
また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。
けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのである。しかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。
「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」
言はなくたつていい事である。
お婆さんも息子も、黙つてゐる。
「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。
「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。
「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。
アルヒ アサカラ ヨイテンキ
このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、
「よい眺めぢやなう。」
と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、
「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、
「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、
「いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分の可愛い孫のやうに思ひ、自分の孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのである。けふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、
「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである。
カゼガ ゴウゴウ フイテキテ
春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、
「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」
と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、
「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である。
「はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」
とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜の大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、
「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである。
ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ
この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、
「これは、いけない。」
と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。
「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、
ミレバ フシギダ ユメデシヨカ
といふ事になるのである。
見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議の光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いからである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪の性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇の鬼才何某先生の傑作、などといふ文句が新聞の新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実を暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉を使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万の醜悪な綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供の絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである。
見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである。
お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、
「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり、隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物ともつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐる種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山の隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである。地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林の賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山の隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐるから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山の隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人と呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかいふ言葉は、まるで無意味なものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、
「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく。
スグニ トビダシ ヲドツタラ
コブガ フラフラ ユレルノデ
お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、
赤い襷に迷ふも無理やない
嫁も笠きて行かぬか来い来い
とかいふ阿波の俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、
大谷通れば石ばかり
笹山通れば笹ばかり
とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。
ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ
ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ
ソノ ヤクソクノ オシルシニ
と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。
お爺さんは驚き、
「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。
コブヲ トラレタ オヂイサン
ツマラナサウニ ホホヲ ナデ
オヤマヲ オリテ ユキマシタ
瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。
「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。
「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失してゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである。
家に帰るとお婆さんは、
「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。
「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議な出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。
「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。
「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。
「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。
「うむ。」
「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」
「さうだらう。」
結局、このお爺さんの一家に於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるとかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24
ワイ「あ、あぁ~ッ!」 ドピュドピュドピューッ!
ワイ「うぅ……あ、ありがとうございました……」
数週間前、念願のはてなブックマークに就職したのだが、『女性ばかりのはてブで若い男を野放しにすると皆レイプされるのでは』
という懸念の声があり、結果、チノちゃんが定期的にワイのオチンチンから精子をシコシコしてくれるようになった。しかしチノちゃんはなんだか
ワイのことがキライみたいで、いつもいつも不愛想にオチンチンシコシコして、ちんちんイタイイタイなのだった。
ワイ「トホホ……チノちゃん可愛いのにオチンチンシコシコはイタイイタイなんだから……あーあ、どうにかしてチノちゃんの精液ピュッピュをやさしくて気持ちいものにしてもらえないかな~、ん?」
チノ「よいしょ……よいしょ……」
ワイ(ち、チノちゃんが、自分の部屋でおちんぽディルドを相手にオチンポシコシコの練習をしている!?)
チノ「ふぅ……こんなものですかね……。もっと気持ち良くなってもらえるように頑張らないと……」
ワイ「チ、チノちゃーん! ごめんよーッ! チノちゃんは毎日ワイのためにオチンチンしこしこの練習してたのにワイはそんなことも知らずに……ッ!
チノ「べ、別に、オチンチンしこしこ練習するくらい普通です……。それが私のお仕事なんですから……。それに、私は下手で、あんまり気持ちよくなってもらえないから」
ワイ「そ、そんなことないよ! チノちゃんのその気持ちだけでワイは十分オチンチン気持ちいいんだよ! あっ、そ、そうだ! チノちゃんおてて出して!
チノ「こ、こうですか?」
ワイ「そう! それじゃあ今からオナニーするからね! チノちゃんのやわらかおててにドッピュするからね! ちゃんと受け止めてね!」
チノ「えっ、えっ?」
ワイ「ウオーッ! チノ! ぷにぷにおててに出すぞ!」ドピュドピュドピューッ!
チノ「ひゃあッ!」ビシャーッ
ワイ「くっ、ふぅ……! す、すっごい濃いのが出たぁーッ!」
チノ「ほんとうです……で、でもなんで……?」
ワイ「それはね……チノちゃんの気持ちが、ワイに伝わったからだよ! チノちゃんの他人を思いやる優しさがね!」
チノ「私のやさしさ……」
ワイ「そう! だから、テクニックなんて、二の次なんだよ! オチンチンしこしこは、上手い人にやってもらうより、好きな人にやってもらうのが一番気持ちいいんだよ!」
チノ「す、好きって……はわわ……あ、あの……もうちょっとだけ、練習に付き合ってもらってもいいですか?」
ワイ「もちろん!」
その後、ワイは一晩中チノちゃんのおててに射精を続けて次の日の朝は起き上がれないほど疲弊していた。
でもまぁ、その日以来、おちんちん搾りをするときチノちゃんが耳元で「好きです」とつぶやいてくれるようになったので結果オーライ! 終わり
アイカツ!っていう憧れの連鎖を描いた作品でのテーマソングとしてはスターズのSTARDOM!が本当に好きで。ひめ先輩に憧れを抱いて入学したゆめがS4になったうえで歌う「憧れは次の憧れを生む わたしはここだよ」が本当にアツくて鳥肌立つ。ひめ先輩に憧れていた何物でもない新入生だったゆめが憧れられる側に立って「わたしはここだよ」って自分に並び立つ(次に誰かに憧れられる側に立つ)誰かを「本気の君を待ってる」っていう歌詞があまりにも強すぎて光に目を焼かれる。
この『憧れの連鎖』が本当に本当に大好きで。最初は「美月に憧れてアイドルになったいちごちゃん」っていうシンプルな構造だったのが、シナリオが進むにつれて実は美月もマスカレード(引退済みのアイドルであり、片方はいちごの母親)に憧れを抱いているって出てきた瞬間に心臓をわしづかみにされたような衝撃だった。この なに?伏線というか なんて言ったらいいんだろう。完璧で非の打ちどころのない舞台装置のようなトップアイドルの神崎美月でさえ最初はいちごちゃんと同じように憧れだけを持ってアイドルになったんだ、っていう驚き。そんで連鎖のその中で全く我関せずな夏樹みくると神崎美月がペア組むのもアツいんだよな……!ストイックかつ孤高のトップアイドル神崎美月がユニット組むのにアイドルのこと全然知らないぽっと出の花屋のギャルって 脚本家ちょっとお上手すぎる。主人公(アイドルド素人の弁当屋の娘いちごちゃん)の母親が実は美月の憧れである元トップアイドルマスカレードだった、ていうの主人公は実はサラブレッドだった的な展開でシンプルにめっちゃ熱いし最高なんだよな。でもいちごちゃんは才能でトップアイドルになったというよりはしっかりとした泥臭い努力があって……
憧れの連鎖に話戻すね。孤高のトップアイドルに憧れてお弁当屋さんの娘からアイドルになったド素人だったいちごちゃんがトップアイドルに上り詰めた結果新入生オーディションにいちごちゃんが大好きで憧れてて髪型まで真似てるあかりちゃんがやってくるの本当に、本当にアツくて オタクは成長譚に弱いのでいちごちゃんの成長にもあかりちゃんの成長にも立ち会ってしまっているので推すしかないんだこれ。オーディションのあかりちゃんと最終話のあかりちゃん見比べて泣くしかできねえんだオタクって。プリパラのガァルルも同じ理由で推してます。努力と成長の物語、オタクはみんな好き。自分は努力できないのにね。なんの話してる?とっちらかってきたからオタクのキモ語り唐突に終わります。
59日目 仕事がきつく暮らしのルーティーンをいくつかあきらめながら過ごしている。部屋は若干荒れてきたし、体調もベストとは言えない。なんとか立て直したい。外は名残の桜。つつじも咲き始めた。気のせいか冬にうるさかったヒヨドリが静かになってきてメジロとか別の小鳥の声が聞こえる。スズメはとても数が多く賑やかで繁殖期に入ったのかもしれない。自分の体重はじわじわいい方向に減りつつある。体感としても階段の上り下りや立ち上がったり座ったりといった簡単な動作まで楽になった。ありがたいことに食事はいつも美味しい。おいしい材料が比較的簡単に買えることに感謝している。3か月前と比べて野菜や果物や茸、海藻、魚を増やしてレトルト食品などをやめた。食物繊維が増えているのだから便通に大幅な変化がありそうだがむしろなんていうか自覚的には減った感がある。腸内フローラも変わったのかもしれない。人体は複雑だ。
漫画とかアニメでよくあるやつ。ビルの屋上にちょこんとあるプレハブみたいな部屋。
ずっとちょっと憧れてたんだよね、ああいう「街を見下ろす生活」みたいなやつ。
で、実際住んでみた感想なんだけど――
良くも悪くも“現実”って感じ。
まず立地はガチで神。
コンビニも飲食も全部徒歩圏内で、「生活する」だけなら何も困らない。
ただし、その代償として――夜が明るすぎる。
真夜中でも普通に街が光ってて、暗くならない。
カーテン閉めても完全には遮光できないし、なんかずっと“昼の延長”みたいな感覚で、
あと地味にキツいのが階段。
「屋上ってことは開放感あるでしょ?」ってよく言われるけど、
でも、それでも――
この立地でこの値段は正直ありえないレベルで、
全部のデメリットを加味しても「まぁ全然いいか」ってなるくらいには強い。
結局こういうのって、
少なくとも今の自分にとっては、
続き
画面端に到達すれば火力が高いので、画面端に押し込むことができていれば駆け引きの回数を減らすことができる。遠距離技をガードされること自体も火力上昇に一部貢献できるため完全に無駄にはならない。
固有の強みとして2Kが発生が最速で低姿勢かつ最新バージョンで6Kから浮くようになったため、コンボダメージが大幅に伸びている。近づいてきた相手に2Kや暴れに使える5K始動のコンボを当てることで逆にリターンを出すことも可能になった。
崩しに使えると言うより相手のミスやどさくさ紛れに一撃を加えるというミス待ち・運目当てのスタイルがさらに特化されたような感覚がある。
また、JHSが飛び込みとして強い。上りで出す中段としてはゲージ使わないとリターンが出ないし遅めに出したら見えやすくなるので嫌がらせになる程度だけど、ハイジャンプくらいの高度から飛び込むと6Pも潰せるから対策して状況見てないと本当に落ちない。
総じて、遠距離で技を被弾してしまうなどアクセルへの対策が不足している相手であれば"得意"な遠距離戦だけで非常に勝ちやすいキャラだが、相手が被弾を抑えるように対策をしている場合は近中距離でのリスクのある駆け引きを何度も制する必要がある。これを実践するには駆け引きの巧さや圧力によって相手を"対策不足"に化かしてしまう"オーラ"が使い手に求められる。
また個人的には、ペースを掴んだら相手の技が届かない遠距離から溜め虎落笛という橋渡しを使うなどして自分が有利な状況で近〜中距離まで自ら距離を詰めるようにしたほうが勝てる程度のリターンが発生しやすいと考えている。
・鎌閃撃や2HS、6K、2Sは相手を縛る手段、または余計なことをした相手を足切りする手段
・溜め虎落笛は縛った相手に出すことで自分から近づくための一手
・本命は近S、2K、2P、遠Sが届く距離でいかに技を当てられるか
・自分からも近づけるし相手からも近づかれるが、自分から近づいたほうが賭金をレイズできる
世間的にはバージョンアップを経てアクセルの評価が高まっているが、筆者自身はこのリスクの高さからアクセルをそこまで評価していない。火力が上がってギャンブル的期待値が高まったので勝ちやすくなったことは確かだと思うし、実際リターンの出にくい遠距離とリスクの高い近距離を合算した期待値で戦うキャラ(上達要素は期待値を伸ばす)だと評することはできる。
結局リスクの高い攻めを行う近距離が大事な戦場になるなら、攻めの強い他のキャラを使ったほうが勝率が高くなるのでは?と考えてしまう。ただし他のキャラはアクセルのように簡単に相手を縛れる能力はない。
よくも悪くも状況の再現性が高いのもこのキャラの個性であると言えるのかもしれない。
究極的に近距離に行き着く立ち回りを遠距離の有利があるからこそできる攻め方なのか、それとも遠距離戦が頼りにならないから本来の遠距離の有利をかなぐり捨ててこの攻め方に行き着いたのか、どちらの結論になるのか、哲学的な問いになっていると感じるが自分は確たる答えを持たない。現状の意見としては後者寄りであるが、事実として相手の立ち回りを縛れるからこそこの間合いに自分が有利な状況で駆け引きに移行しやすい(ただし駆け引きの内容としては不利寄り)側面もある。
根本的な話として遠距離戦中心というキャラクターの特徴が格闘ゲームとの相性が良くない。良くないというよりはゲーム的に技が届かなくて近寄る側のほうがリスクが高いため遠距離戦を主導できるキャラのほうが強くなりやすく、逆に近寄る側にインセンティブを与える必要があり、相対的に弱くせざるを得ない。ネガティブペナルティによる抑止があるギルティギアシリーズでは尚更である。GGSTのアクセルに関して言えば、発売前の情報公開で「遠ければ遠いほど強い、でも近寄られると弱い」(でも遠距離戦も弱点は作らざるを得ない)となると、それは約束された初心者狩りキャラにならざるを得ないのではと思う。現状の結局近寄る必要はどうしてもあるという性能がこの矛盾を解消するために意図的に設計されたものなのか、あるいは評価が低かったから許容できる範囲で強化したらこういう構造に偶然なったのかは判然としない。自分はかなり歪だと感じている。
Xrdまでのアクセルはどの間合いでもできることがある代わりに常にリスクを負うような構造になっていたが、STのアクセルは一方的に攻撃できる状況はあるが相手の動きを読んでいたとしても当たるかは相手次第になりやすい。
この意味でSTのアクセルには無敵昇龍の弁天狩りや反撃技の天放石が無くなった以上の一見してわからない変化があったと考えている。
筆者は勝ち筋としてある程度画面端に寄ってかつゲージが50%ある状況で何かをガードさせた後に相手の動いたのを刈るように蝸牛を出し当たろうがガードされようがRC、ヒット確認せずガードしたらゆるく攻めを行い、当たったら高火力コンボで一気にダメージを奪うという動きをよくやっている。
高火力コンボが気持ちいいと思いつつ運がいいだけではと疑問を感じていたが、今考えればアクセルというキャラの本質を表しているようにも感じられる。
また、現在のバージョンでは蝸牛がハードダウンを取れるようになったためヒット時のリターンが大きく増加している。
元々相手の接近を止めるためにリスクも大きいリターンも大きい蝸牛を出す出さないの駆け引きがどうしても必要になっていたが、これがより顕著になったと考えている。
個人的にこれを心を込めた蝸牛と呼んでおり、現在のアクセルは詰まるところこれが当たるかどうか(相手に意識させられるか)で勝率が大きく変わると言っていいだろう。
その場の勝ち負けは二の次で自分が精度を上げて最善を尽くせば良しという方向なら確かに今のアクセルは合っているのではないかと思う。
アクセルの基本が"ミス待ち"だとして相手が常に完璧にできるわけではないのはそうだし、全体的に数字が大きくなったのだからキャラとしてパワーが上がっているのは確かだし精度が高まって実力が付けば確実に勝率も上がって結果も付いてくる。そこにやり甲斐や充実を感じられるだろう。
筆者自身はどちらと言うと読み合いで一喜一憂したい・局地戦的なその場の勝ち負けに拘ってしまう(そこが格闘ゲームの楽しさと感じてしまう)タイプだから、展開されるミス待ちの構造自体が楽しくない、勝ち負けの主導権を相手に委ねてしまっていると感じているのはつまり合っていないということなのかもしれない。
ロングレンジアタッカーというキャッチコピー通りのアクセルの遠距離戦は、共通システムの移動オプションにより安全に接近可能・かつ理論上だけの話でなく十分実践可能かつアクセル側の能動的な対抗手段に乏しいため、精度の高い相手に対してアクセル側が遠距離戦で期待するのは相手の動きを読み切った一手を通す積極的(ポジティブ)な勝ち方ではなく、相手のミスを待つ忍耐という消極的(ネガティブ)な勝ち方、またはロングレンジの優位をかなぐり捨てて近づいた上で他キャラに比べて拙い攻めを通すという勝ち方になっている。以前のバージョン(シーズン4初期)では破綻寸前だったものが現在のバージョンでは火力の強化によってある程度成立しているが、個人的には性能の煮詰め不足だと考えており、今後の調整では単純な火力強化ではなく、システムと照らし合わせたキャラコンセプトの再考および一部技の性能変更により問題点の解消が必要であると考えている。
今からする話は通る車両といえば自転車ぐらいの閑静な細い道の放しなのだが、川沿いのような電灯が少なく一見まっすぐだが微妙に(大きいRで)曲がりくねっている道では、遠くから対向している自転車が道のどっち側にいるのかわからない。
完全に直線ならわかるが、暗いからそもそも遠くのほうの道路の両端は見えないし、微妙にうねっているのだから、必ずしも左側に見えるようでも左側を走っているとは限らない、みたいなことになってくる。
そして当たりを付けてこっちと思って走ると、結局同じ側を走っていることにぎりぎりで気づいて、何回もお互いで避けあったりするということも多い。
そういう道路でも全て光るセンターラインとかつけるようにすればどっち側を走っているのか一目瞭然になるだろうが、まあお金的に非現実的なのは理解できる。
とはいえ自転車乗っているやつにはこのあと次に曲がるのと同じ方向の側を意地でも走って譲らないという人種がいるようで、これが理解できない。
相手は下り坂でこっちにとっては上り坂、やはり暗くうねっている道だからどちら側を走っているかわからず、でもなんか私から見て左を走っているように見えたので、仕方なく右を走っていると、ちょうどわき道があるところでお互い真正面で距離は1メートル以下という位置取りになり止まるしかなくなる。こっちがわき道側に寄っても全然動こうとしないので、反対側によったらそのわき道に入っていった。
いやさあこういう場面にでくわすと、ほんと自転車もウインカー義務化するべきじゃねと思わずにはいられない。
あと住宅街みたいな車がろくに通らない道では逆走する自転車を見かけるわけだが、こういう奴に言いたい。
せめて法律守って対向してくる人が見えたらその時点で反対側行けよと。
なんでこっちが逆走自転車避けるために逆走すれすれのコース取りしなきゃいかんのだと思うわけ。
意地でも逆走するのはやっぱりこのあと曲がる方向と同じ側だからなんだろう。
dorawiiより
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52日目 しばらく年度初め月初めの仕事が続く。通勤路にある川の鴨類が北へ帰ってしまい少し寂しい。お彼岸が過ぎて寒さが和らぎ大分楽になってきた。体重はまた少しずついい方向に減り始めた。制限もあり食事を見直すようになってからは3か月前までとかなり食べているものが違う。まず野菜やキノコ、海藻、魚が増えた。これまでは冷食のハンバーグとか焼売とかレトルトのカレーやインスタントラーメンを結構たべていたがほぼやめた。スーパーにマメに買い物に行けるのは仕事を減らしている(といっても普通にフルタイムで働いているが以前より残業を減らしている)からで、それを許してくれる勤務先には感謝している。病気なのであるが、体重が減ってくると階段の上り下りなど歩くのがかなり楽になったと感じる。
いや、俺も分かってたんだけどさ、あんだけ権力のある女がピチピチのギャルじゃないってことぐらい。
でもなんとなく俺の中で「エヴァもヒロインの一人だし」って認識があったから「トロフィーになりうる程度のルックス」みたいなのをどこかでイメージしてたのよ。
つうか日本産の特撮やゲームだったらほぼ確実に「老人めいた喋り方をする銀髪の少女」みたいな感じで描かれてたと思うじゃん?
俺はそういうイメージでなんとなく読んでたのよ。
ヘイルメアリーのヒロインは一緒に船に乗った女性、生徒のアビゲイル、そしてエヴァの3人だって。
まあ脳みそがBLな奴は可愛いアイツをヒロインだと思ったかもだけど、俺はあの関係性はタチコマみたいなもんだと思ってたし、バトーさんとタチコマがエッチするとか俺の中では絶対にNOだからさ。
まあ順当に権力を上り詰めるのに必要な年月を考えたらそりゃそうだよなーとは思うよ。
たとえば漫画でよくいる超天才児で6歳で8か国語を喋って9歳でマチャチューチェッチュに入学12歳で博士号取得とかなったとしてもそっから政治に口出し出来る所までには何十年かかるやら。
でも小泉進次郎なんかは87~89代総理大臣の七光りパワーで44歳にして自衛隊の頂点にたってるわけで・・・でもあれはまさに狸の置物でしかないしな・・・。
ゆーて設定によっては35歳ぐらいに出来ただろうとは思うんだよな。
そこをバッサリ外見年齢55歳ぐらいにしてきたやん?
こうなってくるともう「エヴァもヒロインの一人」っていう認識自体が間違っていたんかなと思えてくるわけよね。
まあヒロインの有無を考えることが脳みそチンコマンコすぎるんじゃないかって俺も思うわけで、ヘイルメアリーはヒロイン不在の純粋なSFコンテンツだったという結末でええんやろなあ、と。
誰かがこれを言わなければならなかった。
「治安維持作戦」として始まったこの戦争は、すでに確実に100万から200万人の犠牲者を出している。
私が2014年にクリミアの編入を支持したのは、まさにそれが流血を伴わなかったからだった。当時、私たち全員にとって、プーチンは「ロシアの地を統一する者」のように思えた。そして今、私たちがたどり着いたのは――肉弾攻撃、契約兵の欺瞞による誘い出し、その他多くのこと。これらは、特殊軍事作戦(SVO)の参加者なら誰でも証言してくれるだろう。完全に袋小路の戦争、莫大な損失、そしてあと5~10年続く可能性もある――あなたはそれに備えられているか?誰もロシアとの戦争を呼びかけているわけではない。しかし、今、戦争はもっぱらプーチンのコンプレックスのために続けられている。私たち一般市民は、そこから何も得ておらず、失うばかりだ。
制裁、破壊されたインフラ、貿易パートナーの喪失。公式統計でさえ、その額は数兆ドルに上り、その資金があれば都市や学校、小児病院を建設し、住宅・公共サービス部門を全面的に再建できたはずだ。しかし、建設されているのは主に大統領とその仲間たちの宮殿ばかりだ。戦争前から経済には問題があった――この最も豊かな国で、数千万もの人々が貧困に陥っているのだ。権力者はあまりにも常軌を逸しており、つい最近ノボシビルスクで起きたように、人々からペットを奪い取っている。(※訳注: 感染症をきっかけに家畜の強制的な没収と大量殺処分が行われたが、透明性・適正性・補償・手続きの面から散々な反発を招いた)
皮肉なことに、2017年、ONF(全ロシア国民戦線)のメディアフォーラムで、ロシアにおけるインターネットの発展の道筋についてプーチンに質問したのは、まさに私だった。当時、プーチンは「我々は中国の道は歩まない」と答えたが、それは嘘だった。プーチン自身はインターネットを利用しておらず、国家元首として恥ずべきことだ。
ロシアの大都市でさえ、モバイルインターネットが機能していないのが現状だ。西側のソーシャルネットワークやメッセンジャーはすべてブロックされている。テレグラムは80%ブロックされており、4月1日には完全ブロックが予定されている。
体制は狂気じみており、SVO(特別軍事作戦)の参加者たちが利用しているテレグラムさえも締め上げている。一方で、人々は多国籍のキリエンコ式メッセンジャー「マックス」へと追い込まれ、医療や教育を受ける権利を奪われている。(※訳注: ロシアの有力政治家であるキリエンコの息子が新興ネット企業のCEOを務めている)
プーチンは今年で74歳になるが、1999年から政権を握っており、すでに26~27年以上が経過している。そして、あらゆる状況から判断すると、少なくとも150歳になるまで王座に居座るつもりらしい。
周知の通り、絶対的な権力は人を完全に堕落させる――ましてやそれが永遠に続くとしたら? たとえ道徳的に非の打ち所のない人間でも、そのような状況下では堕落してしまうだろう。プーチンも常に今のようだったわけではない。2003年までは彼に文句をつけるのは難しかった――だからこそ、私たちの多くは以前、彼を支持していたのだ。しかし、何事にも限界はある。私たちには、新しい現代的な大統領が必要だ。
最近の「直接対話」番組を見てみればわかるが、あれはまさにサーカスそのものだ!大統領は率直に言って、国内政治や有権者の問題には全く興味がない。彼はとっくにテレグラムのチャンネルを読んでおらず、私たちが日々抱く不満などどうでもいいと思っている。プーチンに求められるのは、インターネットや高賃金ではなく、(彼の子供や親族が参加しない)終わりのない戦争なのだ。
野党についてはもう言及するまでもない――そもそも存在しないのだ。プーチン自身、この26年間ずっと、政権への批判や野党がいかに重要かを語ってきた。
だが、プーチンを批判する議員や社会活動家を一人でも挙げてみろ。そんな者はいない。試みた者たちは、外国の代理人として指定されたか、国外に追放されたか、あるいはもうこの世にはいない。
プーチンは討論や公正な選挙への参加を恐れている。なぜなら、そうなれば「王様は裸だ」ということがすぐに明らかになってしまうからだ。
結論:ウラジーミル・プーチンは正当な大統領ではない。ウラジーミル・プーチンは辞任し、戦争犯罪人および窃盗犯として裁判にかけられるべきだ。
この投稿に、私(そして常識ある市民なら誰でも)がプーチンを支持しない6つ目の理由を付け加えておこう。
以前は、ヨットや邸宅に関する「外国エージェント」の調査は、少々こじつけぎみだと思っていた。しかし2026年、これを隠し通すことは不可能になった。
プーチンは実際に、全国に約20カ所の宮殿のような邸宅、飛行機、装甲列車を所有している。プーチンの下で働くのは無能か売国奴ばかりなので、そのすべてが外国の諜報機関に漏れている。
以前、私は世界のエリートたちについて書いたことがある。彼らは歴史に何か興味深い功績を残す代わりに、「エプスタインの島」のようなものを仕組んでいるのだ。
ロシアでも状況は同様だろう。プーチンにはすべてが揃っていた――高騰するエネルギー価格、あらゆる資源を擁する広大な国土、そして若き大統領を心から支持する国民。何でもできたはずだ。科学的な飛躍を遂げ、世界最高の人工知能を開発し、火星へ飛び立ち、シリウス星を調査することもできた。いや、せめて人々の生活を最大限に改善することくらいはできたはずだ。
しかし、その代わりにプーチンは、自身と「オゼロ」協同組合の仲間たちを富ませるという邪道を選んだ。何百億ドルもの巨額が水の泡となった。(※訳注: 「オゼロ」はロシア語で湖を意味し、1996年、サンクトペテルブルク近郊の湖にプーチンが親しい仲間8人と共に別荘を建てたことを指している)
考えてみてほしい。ロシアの大統領でありながら、自分自身と天から授かった資源を、そんなことに浪費するなんて、どれほど幼稚なことか。
プーチンとは、文字通り『黄金の子牛』のシューラ・バラガノフそのものだ。15分前に5万か10万をもらっておきながら、叔母のポケットから13ルーブルを盗み出そうとするあの男だ。
https://t.me/remeslaw/2869 5つの理由 - 日本時間 3月18日(水) 06:06
https://t.me/remeslaw/2872 6つ目の理由 - 日本時間 3月18日(水) 13:27
原文の太字もできるだけ反映させた。