はてなキーワード: ホックシールドとは
主なポイント
トランプ支持層は、グローバル化や時代変化による仕事・機会・誇りの喪失を感じている。特に「相対的な敗者感」(自分たちが落ちる一方で、他者(都市部エリートや少数派)が上がる)が強い。貧困を「恥」と感じ、誇りを失った状態。
トランプ氏の「感情の捕獲(emotional capture)」
トランプは支持者の「恥」を「怒り」に転換する「感情の交通整理人」として機能。具体的には以下の3要素
恥の物語:誇りは「盗まれた」ものであり、敵(エリート・移民など)が犯人だと位置づける。
恥の撃退儀式(Anti-shame ritual):トランプ自身が過激発言でメディアから攻撃され「身代わり」になる → 支持者は「報復」を期待して一体感と解放感を得る(キリスト的な犠牲者像+戦う英雄)。
トランプの暴言や過激さは、むしろ支持者を熱狂させる。支持者は「理性・実績中心のバイデン型」とは異なる「感情・カリスマ型」の支配を見ている。民主党支持層とは「同じ大統領を感情的に別物として見ている」状態。
ホックシールド氏は、こうした感情の論理を理解し、対話するための「バイリンガル」になる重要性を指摘。新著『盗まれた誇り』に基づく分析です。
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このさまざまな論点を含むインタビュー記事が「リベラルは他者の声に耳を傾けない偏狭で独善的な集団である」という要約へと回収されてしまい、それをもって「リベラル」を攻撃する側と、それに反発する側に分かれるというのが、分極化ということなのかなと思います。この記事に対するXの反応は、おおむねそんな感じですが。
それはさておき、10年ほど前に私は『ナショナリズムとマスメディア』(勁草書房)という本を出しました。非常に高価で分厚くて抽象的な議論を延々と書き連ねた本なので、ぜひお読み下さいとはなかなか言いづらいのですが、この記事でのホックシールド氏の「誇り」に関する主張と少し似たことを(たいへん分かりづらい言い方で)言っているんじゃないかと思います。
つまり、政治的分断を越えた国民的連帯を実現するには、(一部のエリートだけでなく)膨大な数の人びとが日々、何らかの役割を果たすことで社会を支えている事実に改めて脚光を当てる必要があるのではないか、それによって異なる立場の人びとへの共感を喚起し、それぞれの自尊心を支えることが必要なのではないか、マスメディアはそうした連帯のための物語を提示できるのではないか…といった議論です。
改めて文字にしてみると、なんだかありきたりな議論ですし、当時と比べてもマスメディアの影響力は大きく低下したと言わざるをえません。それでも、必要とされているのは、自尊心をもった生活を可能する富の再分配と仕事、そして自身が社会にとって不可欠な仕事をしているという誇りを与えてくれる物語なのではないかとは今も思います。
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興味深い分析だが、要はトランプがヒトラーなみに感情操作を行い、支持者に「敵に報復せよ」と指令する段階に入っている、という話である。それでも対話を試みるというのは、うっかりすると自分を敵認定してくる相手に心を開けということなわけで、難易度が高い。相当な「感情労働」である(※ホックシールド氏は「感情労働」概念の提唱者)。
気になるのは、感情の論理の「バイリンガル」になるべき人が「リベラル」とざっくり名指しされているようみえることだ。しかし、同じリベラルだって立場が違う。
たとえば、ヒトラーに攻撃されていたユダヤ人のような立場の人にまでそれを求めるべきだろうか。また、仮にそれを試みたとしてうまくいくのだろうか。私は疑問である。
タイミングの問題も考えた方がいい。9年前ならまだしも、既にトランプ政権とその支持者は犠牲者を出している。民主党のレズビアンマザーが ICEに発砲され、死亡した件は有名だが、他にも複数の人が命を落としている。収容所に送られた人も多く、その中で何が起きているのか、我々はまだよく知らない。
最後に、トランプ支持者の「感情の論理」は大変よくわかったので、私としてはトランプ支持者に攻撃される側の「感情の論理」も書いておく。
たとえば、もうずっと前からトランスジェンダーの若者たちは互いに「生き延びよう」と声を交わし合っていた。尊厳を傷つけられ生きるのが辛い、あるいは単に路上で襲撃されて殺されそうだと感じている。人口の1%しかいないのにトランプ政権に過剰な関心をよせられ、デマや中傷に貶められ続けているからだ。
人は自分の尊厳を傷つけようとする相手を拒絶していい。私はそう考えている。
もちろん、これまでの人生でそうした心の傷を経験していない幸せな人には、リベラルだろうが保守だろうが、是非とも分断の克服のための対話にいそしんでいただきたい。その人ならば実際に「共感の橋」をかけることはできるかもしれない。ただ、尊厳を傷つけられた人々に加害者との対話を強制してはならない。
なお、私はトランプ支持者も「敵」扱いしてきた相手の感情の論理を知るべき段階に入っていると思う。何よりそうするのは彼ら彼女らのためだろう。このままだと彼ら彼女らは圧政と虐殺の加担者として歴史に刻まれてしまいかねない。
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ホックシールド氏の言葉は重い課題を投げかけていると思います。「皮肉な矛盾です。左派は自分たちをコスモポリタンで多様性に開かれていると誇る。また複雑な世界だから他の言語を学びたいという傾向が強いのに、実際には自分と違う考えの人々に耐えられない。すぐに警戒心を抱き、心を閉ざしてしまう。リベラル派こそ、頭の中の警戒システムの電源を切って他者の声を聞く訓練が必要です」。
私の印象では、近年の日本のリベラルは負けました。決定的に敗北した。しかし、その敗北の事実を認めることができていません。敗北を認めなければ、リベラルな価値観を再構築し、戦後民主主義を継承していくことはできません。
正直にいえば、現在の日本国内のリベラルたちの他責思考と衆愚論、批判的検証の不在には、かなり不安を覚えます。現政権の政策や価値観をしっかりと状況的に批判しながら、リベラリズムの普遍的正義を堅持し、かつ、現状のリベラル陣営のあり方の欠点(戦略や戦術、語り口、物語の構築、情報技術の変化への対応、階級問題の認識など)を反省的かつ対話的に改善していく、という路線がそれほど難しいものだとは思われません。
少なくとも(普遍主義的リベラリズムではなく)戦後民主主義的な革新リベラルは「負けた」。保守・右派陣営に政治的に負けたし、しかも有権者/大衆のリアリティから解離して負けたのであり、敗北を認め、敗北を抱きしめないと、戦後民主主義の理想を批判的に継承することもできないのではないでしょうか。
このような反省の姿勢は極めて穏当で常識的なものだと思うのですが、リベラル陣営の人々が、自分たちは負けていない、変わる必要はない、ちょっと情報戦略を怠っただけだ、大衆は愚かで知的に劣化した、自分たちが嫌われるのは正しいからだ、多数派の大衆に阿るのはポピュリズムだ、等々といまだに主張するのを見ていると、やはり不安を感じるのです。このままでよいのでしょうか?
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三牧聖子
米国の政治社会を蝕んできた分断の克服の道を探るべく、トランプ支持者や保守派と長年対話を重ねてきたホックシールド教授の貴重なインタビュー。大変勉強になるが、他方、注意して読まないと、分断の克服より、分断をさらに深める逆効果になりかねない部分があるように感じた。
インタビュー中の「ある研究によると、自分と意見が違う相手との会話を自分から打ち切ってしまう割合は、保守派よりもリベラル派の方がはるかに高い」「保守派の方がまだ相手の話を聞く姿勢を持っている」という言及だ。もちろん、注目されるべき調査であり、この結果から、リベラル派が自省することは大事だろう。しかしここだけ切り取られて、「保守派よりも、保守派の差別主義や排他主義を糾弾するリベラル派こそが不寛容で、分断を生み出している」という単なるリベラル批判の言説になってしまえば、分断を深める結果にしかならない。
この貴重なインタビューに、若干欠けていると思われるのが、現代アメリカ政治において、真に重要な対立軸は、リベラル・保守、あるいは左派・右派ではなく、上下、つまり格差問題であるという視点だ。私見では、現在この問題を最もよく理解し、取り組んでいるのは、民主党の左派たちである。新たにNY市長となったゾーラン・マムダニを筆頭に、従来の民主党の在り方を批判しながら台頭してきた民主党左派の政治家たちは、多様性や差別をめぐる文化闘争自体は否定しないが、それが権力者や億万長者によって利用され、富の格差という核心的な問題から人々の関心を背ける役割を果たしてきたこともよく理解している。トランプや共和党が、不法移民やトランスジェンダーの脅威を常に煽り続けるのはなぜなのか。庶民が左右に分かれて文化闘争に汲々とし、互いに怒りをぶつけ、憎み合い続ければ、自分達たちは安心して巨万の富を蓄え、低い税率などの恩恵を受け続けることができるからだ。そこで民主党左派の政治家たちは「1%の億万長者」を主敵にして、「労働者の党」という看板と「労働者の誇り」を民主党に取り戻そうとしている。
非合理的な関税政策で物価上昇を促進し、戦争まで引き起こして庶民の窮乏を加速させておきながら、人々の感情やプライドをくすぐる術を熟知するがゆえに延命させられてきたトランプ政治。「労働者の誇り」を掲げる民主党の新たな世代が、トランプ政治を打ち破れるかどうかに注目していきたい。
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社会学者ホックシールド、そしてインタビュアーの金成隆一記者は、ともに2010年代半ばにアメリカの保守的な地域に移住し、社会学的な参与観察をおこなっている。
記事のなかでホックシールドは「理性が提示されたときにはそれに従って考える一方で、人々の感情の流れもたどれるようになる」ことの大切さを説いている。本来社会学は、他者を悪魔化せずに内在的に理解するための技法である。彼らが描き出すトランプ支持者の肖像は、とても素朴で人懐こい。悪魔化せずに内在するからこそ「なぜこんな素朴で人懐こい普通のたちが、トランプを支持するのだろうか」という問いが立てられるのだ。
この作法に則ったホックシールドの著書『壁の向こうの住民たち』(2016年)、金成の著書『トランプ王国』(2017年)は、硬直したリベラルを解くほぐす処方箋になるかもしれないと当時僕は期待した。だが現実は、本来左派であるはずのホックシールドに「リベラルよりも保守の方がマシ」といわしめる状況である。変わらなければならないのは、「かれら」ではなく「われわれ」ではないのか。
僕は今年4月に『失われたヘゲモニーー融解する右派・空洞化する左派』(花伝社)という本を出版したが、ポピュリズムの分析はこの二人の業績に頼らなければとてもできなかった。そんな二人のこの記事における対話は、一読ではもったいない論点に満ち溢れている。字数に限りがあるのでそれをいちいち説明しないが、これを機会に二人が書いたものを以下で紹介するのでぜひ読んでみてほしい。
・ホックシールドは今年3月に(布施由紀子訳『盗まれた誇り 喪失と恥と右派の躍進』岩波書店)を上梓している。
・金成隆一は24年に「トランプ王国」を再訪し、そのルポはネットで公開されている。 (https://roles.rcast.u-tokyo.ac.jp/publication/20240910)
https://digital.asahi.com/articles/ASV4Z2VWGV4ZUHMC00JM.html
トランプ米大統領の「誇りを取り戻そう」という呼びかけが、2期目は「誇りは盗まれた」となり、支持者たちが抱える「恥」を「怒り」に転換している――。8年ぶりにインタビューした社会学者アーリー・ホックシールドさんはそう語った。保守的な土地に通い、人々の感情を解読することで、何が見えたのか。
――前回2018年夏のインタビュー後、アパラチア地方で暮らす人々の心情を理解するためケンタッキー州に通ったのですね。
「米国の炭鉱地帯が中道左派から右派へと変化した理由を探求する旅でした。新著『盗まれた誇り』は、ケンタッキー州にある全米で2番目に貧しく、白人の割合が最も高い選挙区が舞台ですが、トランプ氏の最も熱烈なMAGA(「アメリカを再び偉大に」)支持層、非大卒の白人層の物語です」
「要点は二つあります。一つ目は、彼らがどう感じたいと望んでいたかという『感情の素地(predisposition)』。そしてトランプ氏がその感情をどうつかんだかという『感情の捕獲(emotional capture)』です」
――まず、感情の素地とは。
「喪失の物語です。ノーベル賞を受賞した社会心理学者のダニエル・カーネマンが「損失回避性」の研究で示した通り、人間は『新しいものを手に入れるため』よりも、『一度持っていたものを失った後にそれを取り戻すため』に倍の代償を払おうとする。人々がカリスマ的な政治指導者にひかれる傾向を考えるとき、まずこの喪失に目を向けなければなりません」
「それは仕事の喪失、機会の喪失、居場所の喪失、何より『誇り』の喪失でした。熟練の技術が時代の変化で無用になるような喪失感も。彼らは非常に誇り高く、例えば、炭鉱労働者の娘は『私たちは貧しい』とは言わない。彼らの文化で貧困は恥だからです。その代わり『どれだけ工夫して乗り切ったか』『ボロ切れで人形を作ってどれほど幸せに遊んだか』という、打たれ強さや、他者を助ける力を語りました。しかし外部からは貧困層としか見られませんでした。彼らは誇りを失ってしまいました」
「1970年代以降のグローバル化は勝者と敗者を生みました。非大卒の白人たちは、収入や機会を『絶対的』に失っただけでなく、都市部の大卒白人や、かつては自分たちより貧しかった黒人が上昇していく中で、『相対的』にも敗者となった。ここでは「持てる者と持たざる者」ではなく、「喪失と獲得」の区別に着目しています。自分たちが転落していく一方で、周囲の他者は上昇していく。この喪失感が(大統領選があった)16年にあのカリスマ的な人物(トランプ氏)の演説を受け入れる素地となりました」
【ここから読み解くこと】
なぜトランプ氏の度重なる暴言は、支持を下げるどころか、かえって熱狂を生むのか。ホックシールドさんは彼を「感情の交通整理人」と呼び、支持者の「恥」を「怒り」へと変換するプロセスを解き明かします。
「マックス・ウェーバーが分類した『合法性による支配』の指導者の典型が、民主党の前大統領バイデン氏です。彼は『私が誰かではなく、私があなたのために作ったインフレ抑制法を見てほしい』と無表情で実績を語る。一方、カリスマ的支配の指導者は『私が何をするかではなく、私自身を見ろ。私があなたの代弁者であり、あなたを救い上げる』と語りかけます」
「魔法使いであるトランプ氏は、民主党と(従来の)共和党が提供しなかった三つのものを彼らに与えた。私が『感情の捕獲』と呼ぶものの3要素です。第一に『承認』。『私はあなたの本当の姿を知っている。かつて誇り高かったあなたが、今はどれほど見下されているかを知っている』と語りかける。私は薬物依存の回復施設で元炭鉱労働者の男性に会いました。彼は、仕事を失って、家族を養えない『女こどものするような』低賃金の仕事にしか就けず、深い恥に苦しみ薬物に溺れ、家族も失いました。16年に『炭鉱を復活させる』と叫ぶトランプ氏を見て、うそをついているとわかっていたが、自分のことを理解していると感じた、と語りました」
「第二に、トランプ氏自身が厳格な父の元で育った『恥をかかされた男』ということ。没落した階級が抱える『構造的な恥』の鉱脈を掘り当てる天才です。『あなたは何かを失った。ひどいことだ。いや違うぞ、あなたたちの誇りは単に消えたのではなく、盗まれたのだ。私がそのプライド泥棒に報復する』という物語で、『恥』を『非難』へと変換する。鬱々(うつうつ)とした『消極性』を『積極行動』へと反転させる。まるで地中から石炭を掘り出し、加工して火をつけるようなプロセスです」
「第三に、トランプ氏は4段階の『恥の撃退儀式(Anti-shame ritual)』を提供する。これが最も重要です。①彼が『移民がペットを食べている』といった異常な発言をする。②メディアや知識人が激しく非難し、彼に恥をかかせる。③彼が『見下されている私を見ろ。あいつらは私を通してあなたたちを攻撃している。私が代わりに恥を引き受ける』『私が背負った恥に比べれば、皆さんはマシなはずだ』と主張し、まるでイエス・キリストのように身代わりの被害者となる。④しかしキリストとは異なり、彼は剣を構えて『あなたたちのために報復する』と語る――というように」
「米国の半分、民主党支持層は、①と②を聞いている。しかし、共和党側やグローバル化の敗者は③と④を見ている。つまり、米国人は感情の面で同じ大統領すら見ていないのです」
「私が(著書で)試みているのは、皆さんが『バイリンガル』になる手助けをすることです。理性が提示されたときにはそれに従って考える一方で、人々の感情の流れもたどれるようになるということです。感情にも論理があるからです。先ほど『感情の捕獲』の3要素を説明しましたが、特に三つ目(恥の撃退儀式)では、人々の感情にチャンネルを合わせなければ見えてきません。理性の領域ばかりに論理を探すのをやめ、感情の操作や『どう感じるべきかという感情のルールの設定』といった領域の中に論理を見いだし始めましょうという皆さんへの招待状です」
「トランプ氏は怒りや共感のサインを操る、感情の交通整理人です。どう感じるべきかという信号を発信している。『あいつらに共感を抱いてはダメだ(赤信号)』『これは敵だ、激しく怒れ(青信号)』という具合に、彼は信号を出している。カリスマ的な指導者というのは、こういうことをするものです。彼だけではありません。ヒトラーも同じことをしました。日本にも独自の(感情が動員された)歴史があります」
――とはいえ、「失われた」が「盗まれた」に変わるには飛躍があります。
「両者は全く異なります。それが、トランプ氏のやってのけた手品です。人々はすでに他人を責めたがっていた。恥という感情を心に抱え続けるのは耐え難い苦痛で、生き延びるためには何らかの誇りが必要です。そこで彼は『(喪失について)自分を責めるな。盗んだのはあいつらだ』と語りかけた。では、あいつらとは誰か? それは教育を受けた人々、ディープステート、民主党員、移民、最終的には『あなたと似ていない誰か』。どんどん拡大しました」
――「盗まれた」という物語は、耐え難い「恥」を「非難」へとすり替える手品だった、と。
「そうです。そして物語は今、その『あいつら』を罰してやる、という『報復』に移っています。カリスマは、私たちにどう感じてほしいかという明確な『感情面の政策』を持っている。それは彼らが意図したゴールであり、決して副産物として偶然起きる現象(epiphenomenon)ではない。1期目は『赤い帽子をかぶって誇りを取り戻せ』という多幸感、恥からの解放が中心だったのが、今は『敵を探し出して激怒しろ』という段階に来ている。真の軍最高司令官は激怒という言葉は使いません。エンターテイナーの言葉です。私たちがどこへ向かっているのか恐ろしくなります」
――トランプ氏は、「恥」から、政治的エネルギーである「非難」への変換を自覚してやっていると思いますか?
「直感的にやっているのだと思います。その直感において天才的です。彼だけではありません。第1次世界大戦で敗れて多大な賠償金を課せられ、国全体が喪失感と屈辱にまみれていたドイツで、歴史家が詳細に記録してきたように、ヒトラーも人々の『恥』を巧みに利用したのです」
「トランプ氏に決定的に欠落している最大のものは『他者への共感』です。戦争で亡くなった米兵を追悼する厳粛な場で、彼はゴルフキャップをかぶったまま平然としていました。彼は他者の痛みを気にしません」
「ただ、イラン戦争や物価高に直面し、『戦争に巻き込まない』『エプスタイン文書を公開する』といった約束を彼が破るさまを見て、共和党から無党派層へと離れる人々も一部で出てきています。『感情の捕獲』の魔法が、少しずつ解け始めている感覚もあります」
【ここから読み解くこと】
アメリカの炭鉱町で起きた「誇りの喪失」は、決して遠い国の労働者だけの問題ではありません。AIの台頭によって、やがて世界各地のホワイトカラーにも同じ問題が迫っていると、ホックシールドさんは警告します。
――人々は、実際の生活を豊かにする経済政策より「誇り」を得ることを政治に求めるようになったのでしょうか。更に言えば、常にそうだったのか、それとも、グローバル化やデジタル化の時代に誇りを感じることが難しくなり、その埋め合わせを欲している?
「興味深い問いです。現在の米国では二つの相反する現象が衝突しています。一つは、経済の硬直化。世界銀行の調査によると、先進20カ国の中で、米国は今や階層間の移動(上昇も転落も)の可能性が最も低い国です。生まれた階級に一生固定される傾向が強い。一方、別の世論調査によれば、若者の6割が『億万長者になりたい』と答えている。機会が極端に減ったのに野心は高いまま持続している。私は『アメリカン・ドリームの圧迫』と呼んでいます」
「先日、私はダボス会議で一つの警告を発しました。人工知能(AI)革命前夜の今、今後5~6年でエントリーレベルの仕事の60%が消滅すると予測されている。多くの非大卒の白人が探し求めるような仕事です。ホワイトカラーの業務でも半分以上でAIの性能が人を上回るようになる。職を失うとは限りませんが、とてつもない大激震です」
「欧州企業の3分の2は労働者の再教育プログラムを持っているが、米企業は半分しかない。つまり、私がケンタッキー州の炭鉱離職者らに見いだした『喪失』と『恥』、そこから右翼政治に絡め取られるということが、世界中のホワイトカラー層にも起きる危険があるのです」
――人々が誇りを持つことが今後さらに難しくなる、と。
「そうです。私が言う誇りとは、大富豪になるといった意味ではありません。自分が社会に貢献していると感じ、誰かの役に立ち、家族を養っていると感じるようなことです。傲慢(ごうまん)さの対極にある美しい感情で、人間の生存に不可欠なもの。ミクロな名誉の感覚です。ただ、これを失うことは右翼政治の燃料にもなってしまうのです」
――著書にも書かれていたように後期ラテン語の「prode(プロデ)」ですね?
「そう。何かの『役に立つこと』という意味です。アメリカン・ドリームにおける目標の改定が必要です。常に親よりも成功する必要があるのでしょうか。夢が『地球を救うこと』『川の汚染を減らすこと』でもいいじゃありませんか」
「人々は自分の家族や地域社会の中で働き、誇りを得たいと願う。政治から誇りを得るというのは、あくまで代償行為(埋め合わせ)に過ぎません。しかし、誇りを喪失した状態から『政治を通じて誇りを満たしたい』という欲求に対して、人々を脆弱(ぜいじゃく)にさせてしまったのです」
【ここから読み解くこと】
自分たちの生活を豊かにしたわけでもない大富豪を、なぜ労働者層は支持するのか――。この謎を解く鍵が「プライド経済」。トランプ氏はお金の代わりに、「生まれ持った属性」の価値を引き上げるなどして、人々に「偽りの上昇感覚」を与えているとの見方を紹介します。
――経済を「プライド経済」と「物的経済」に分類していますね。普段、このような区別をしないので違いを説明してください。
「両者には重なる部分もありますが、物的経済とは、あなたの収入や家の価値といった数字です。歴史はしばしば純粋に物的な現実に着目して書かれている。マルクス主義者もウォール街のエリートも『物的な現実が第一であり、文化は上部構造であって二の次だ』という点では一致しています。しかし、特に危機的な状況下において、物的な経済にそれほどの優位性を与えるのは間違っています」
「プライド経済とは『自分は高い地位/低い地位にいる』という感覚です。私たちは、物的経済とプライド経済の両方に生きている。しかし、物的経済の変化には細心の注意を払うけれど、プライド経済の重要性については過小評価していることが多いのです。物的な現実ばかり見ていると、見落としてしまうことがあります」
「例えば、ジェンダー。トランプ氏は、カールした長い髪の『スーパーウーマン』を最前列に置き、人々を再ジェンダー化している。そこに新たな『誇り』を結びつけています」
「経済的に落ち込んだ地域に向けては、『あなたは米国生まれの白人で、異性愛者の男性だ』と言い、これらは『プライド経済』において非常に価値が高いことだ、と語りかける。周囲が『いや、いや、ここは移民の社会だ』『全員が何世代かさかのぼれば移民だ』と反論しても、彼は『いや、いや。今や米国生まれの白人であることはすごいことだ。あなたはそれを誇りに思うことができる』と言う。ご存じの通り、(現代社会では)そうした肌の色や性別に特別な価値は認められませんが、彼はその値札を付け替えているのです。『あなたは何もする必要がない。あなたがしなければならないのは、白人であり、異性愛者であり、男性であり、米国生まれであることだけだ』と」
「彼は『生得的地位』、生まれつきの属性の価値をプライド経済の中で上げようとしている。ある種の『偽りの階層移動(fake social mobility)』です」
――現実では社会的な上昇が困難になる中、「偽りの社会的な上昇」を差し出している、と。
「もはや自分の社会的地位や階級を上げることが不可能になっている現実を踏まえ、敗者たちが『はい上がる手段』を示し、彼らを狙い撃ちしているのです」
「製造業を取り戻すと言っても、製造業は全米の雇用の8%に過ぎず、自動化も進んでいます。支持者は『製造業を取り戻すことは良いことだ。生まれながらの異性愛者の白人男性が、良い仕事を取り戻せるだろう』と言うけれど、それほど有望ではない。不法移民を追い出すと言っても、彼らは全体の5%で、米国生まれの米国人と仕事を奪い合っているわけでもありません」
「また、トランプ氏は、自らの富豪の地位も誇示し、崇拝されたがってもいます。妻メラニア氏の豪華なドキュメンタリーを流し、視聴者に『美しく、金持ちな彼女が、ホワイトハウスのゲストとして招き入れてくれた』と思わせる。文化人類学的に解釈すると、『架空の地位の再分配(fictive status redistribution)』を行っているのです」
「物質的な豊かさや数字ばかりに目を向けていると、人々の感情面で起きている変化を、私たちはつい見落としてしまいます。私が試みているのは、そこに皆さんの意識を向けてもらうことです」
「トランプ氏が提供しているのは、(富裕層への課税や貧困層への支援といった真の)ニューディール政策ではなく、『生得的地位』の価値を認め、誇りを操作する、右翼版のニューディール政策です。これまで説明してきたような素地ができあがっていて没落を恐れている人々には響く、この強力な魔法に目を向けなければなりません」
調べてみました!
ほとんど確実。何故なら、人口統計調査により、ユダヤ人の戦前戦後の人口差は550万人程度はあり、人口統計調査の誤差を踏まえれば600万人程度のユダヤ人が殺されたことはほぼ確実である。別々の研究機関や研究者によって何度も推定は繰り返されているが、めちゃくちゃ極端に低く見積もっても約450万人程度とされており、大差はないと考えて良いだろう。ちなみに、否認派向けに言っておくと確認できる限り、否認派できっちり人口統計調査をした人は存在しないようである。否認論が嘘であるとバレるからか?w 出典は、『ホロコースト大事典』(柏書房)、芝健介『ホロコースト ナチスのユダヤ人大量虐殺の全貌』など。
これは数字は概ね合っているが、明らかに死亡者数ではない。英語圏でいう「リンゴとオレンジを比較している(compare apples to oranges)」であろう。
約3世紀に及ぶ奴隷貿易で大西洋を渡ったアフリカ原住民は1500万人以上と一般には言われているが、学界では900万人-1100万人という、1969年のフィリップ・カーティンの説を基にした数字が有力である。多数の奴隷船の一次記録の調査で、輸送中の死亡率がそれまで考えられていたほど高くなかった[注釈 2]、輸出先での人口増加率が意外に高いと推定される、というのが説の根拠である。ただし、カーティンの説(彼自身は900万人強を提唱していた)には、一次記録が存在しない16世紀 - 17世紀初頭に関しての推定数が少なすぎるという批判もあるが、そうした批判を踏まえても1200万人を大きく超えることはないと考えられている[7]。
んー、これはよくわからん。以下では1000万人は正しいかのように思えるが、はっきりしない。
その犠牲者は征服前の人口はおよそ1100万人であったと推測されるが、1600年の人口調査では、先住民の人口は100万程度になっていた。スペイン人は暴虐の限りを尽くしたうえに、疫病により免疫のない先住民は短期間のうちに激減した[29]。
何故はっきりしないかというと、こんな記事を見つけたからである。
さらなる批判を浴びたのは、ラス・カサスが挙げるインディオの犠牲者数が大幅に水増しされているとの“疑惑”だ。
たとえばラス・カサスは、征服前のイスパニョーラ島(現在のハイチとドミニカ共和国)の人口を300万と記しているが、当時の複数の記録でも現代の研究者の評価でもその人口は100万を超えていない。同様にラス・カサスは、メキシコ中央部で400万、ペルー副王領でも同じく400万の生命が奪われ、1502年から42年までの40年間に2580万から2880万人のインディオが征服戦争の犠牲になったとしているが、当時の人口調査や統計では正確な数字を出すことは不可能で、「被害」の規模に確たる根拠があるとはいえない。
16世紀に新大陸で虐殺を行なったスペインが、当時もっとも「啓蒙的、人道的」だった[橘玲の世界投資見聞録] | 橘玲×ZAi ONLINE海外投資の歩き方 | ザイオンライン
何にしても一体、1000万人はどこから出てきた値なのか知識がないのでよくわからない。ここに書いてあるように、正確な統計値があるとも思えない時代の数字にどれほど信憑性があると判断すれば良いのだろうか?
んー、これも上と同じで、正確な統計があるとは思えない時代の話だし、ちょっと調べた程度ではさっぱりわからない。しかし以下のような記事を見つけた。人口がもしそうだとするなら、1000万人はあり得ない。
インカ帝国は、13~16世紀にかけて繁栄した、アンデス山脈沿いの南北4000kmに及ぶ、現在の南米ペルーを中心とした広大な大帝国であり、最盛期には人口600万を有した。有名な遺跡として、標高2500mの高地に作られたマチュピチュ都市がある。
追記;↑と思ったが、Wikipedia「インカ帝国」によると、上の記事は間違いの可能性が高いように思われる。
前身となるクスコ王国は13世紀に成立し、1438年のパチャクテク即位による国家としての再編を経て、1533年にスペイン人のコンキスタドールに滅ぼされるまで[1]約200年間続いた。最盛期には、80の民族と1,600万人の人口をかかえ
しかしこの記事でも、虐殺の話はまるで出ておらず、「伝染病が壊滅的な打撃」ともあり、「リンゴとオレンジを比較している(compare apples to oranges)」の疑いが強い印象。
英語版Wikipediaを調べた。英語版は流石にやたら詳しい。これによると、1000万人は完全な出鱈目・デマである。デマ源を突き止めたいんだけどなぁ。
2010年のアメリカ合衆国の国勢調査では、自らがアメリカインディアンまたはアラスカ先住民であると認識しているアメリカ人は293万2,248人で、アメリカ人口の約0.9%でした[50]。 2011年のカナダの国勢調査では、自らがファースト・ネーション(またはイヌイットやメティス)であると認識しているカナダ人は183万6,035人で、カナダ人口の約4.3%でした[51]。 ヨーロッパ人が到着する前にアメリカ大陸に住んでいた人の数については意見の一致を見ていませんが、広範な研究が続けられています[52][53]。 52][53]現代の推定では、ヨーロッパによる植民地化以前に北米大陸に住んでいた人々の数は210万人から1800万人とされているが[54]、アメリカ国勢調査局は1894年に、1492年の北米大陸はほとんど何もない大陸であり、インディアンの人口は「50万人をはるかに超えることはなかっただろう」と主張している[55][56]。
インディアンの数は、感染症、ヨーロッパ人との衝突、部族間の戦争、同化、カナダやメキシコへの移住、出生率の低下などにより、19世紀には50万人を下回るまでに減少したという。主な原因はヨーロッパの探検家や商人が運んできた伝染病であった[57][58] 米国国勢調査局(1894年)は1789年から1891年までの102年間の戦争による特別な死亡者の推定値を示しており、その中には「個人的な問題」で殺された8,500人のインディアンと5,000人の白人が含まれていた。
米国政府の下で行われたインディアン戦争は40回以上にも及びます。彼らは、個人的な戦闘で殺された人を含めて、約19,000人の白人男性、女性、子供の命を奪い、約30,000人のインディアンの命を奪ってきました。実際に死傷したインディアンの数は、この数字よりもはるかに多いに違いありません。5割増しというのが安全な見積もりだろう[59]。
スターリンが粛清により大量の処刑者を出したのは史実であろうが、一千万人はいくらなんでも盛り過ぎである(実際には明らかにあり得ない非現実的な無茶苦茶誇張された数字もあったくらいであるが)。これは冷戦末期以降にソ連・ロシアが情報公開をしていて、確定はしていないが、概ねの数字はわかっている。おそらく粛清で処刑されたのは90万〜120万人程度と考えられる。
ソ連政府はミハイル・ゴルバチョフの時代にNKVDの後身ソ連国家保安委員会 (KGB) が「スターリンが支配した1930年から1953年の時代に786,098人が反革命罪で処刑されたこと」を公式に認めた。さらにソ連崩壊後にはロシア連邦国立文書館 (GARF) がNKVDグラーク書記局が1953年に作成したという統計報告書を公開した。それによるとNKVDは1937年と1938年の2年間に1,575,259人の者を逮捕しており、このうち87%以上の1,372,382人に及ぶ人が反革命罪および反国家扇動罪などに問われた政治犯であった。ソ連時代の統計[16]の開示[17]や、第三者による検証[18]を経ても、粛清された人物の合計数は今もなお公式に確定していない。
ウクライナへの人工飢餓として、ジェノサイド認定をしたらしいが、ジェノサイドと言えるのかどうかは議論の余地がある。しかし、何にしても、ホロコーストのように殺戮を目的とはしておらず、これもまた「リンゴとオレンジを比較している(compare apples to oranges)」であろう。
飢餓による餓死者の総数に関しては未だ議論が続いており、飢饉の犠牲者数についても学説によって250万から1450万人までの幅がある[7][2]。
この飢餓の主たる原因は、広範な凶作が生じていたにもかかわらず、ソ連政府が工業化の推進に必要な外貨を獲得するために、国内の農産物を飢餓輸出したことにあった。その意味で大飢饉が人為的に引き起こされたものであることは否定できない。ウクライナのユシチェンコ政権は、これをもってウクライナ人に対する大量虐殺であったと主張し、国際的な同調を募った。一方、現代ロシアの歴史家を中心に、大規模で悲惨な飢饉があったという事実認識には同調するが、飢饉の被害はウクライナ人のみならずロシア人やカザフ人にも広く及んだと指摘して、これがウクライナ人に対する民族的なジェノサイドであることを否定する議論もあり、見解の相違は埋まっていない。
全然知らない話だが、以下を読む限り、「2000万人」は盛っていると思われる。しかもその大半は天然痘などの疫病であるようだ。しかし、相当規模の残虐行為を働いたのは事実であろう。
自由国政府は当初は象牙を、後には貴重な商品となっていったゴムなどの天然資源を開拓した。自由国の軍隊である公安軍(Force Publique)の支援を受け、その領土は複数の私的な採掘利権に分割された。英白インド・ゴム会社(英語版)はとりわけ、その領土から利益を得るために武力と残虐行為を用いた。コンゴにおけるその政権は強制労働をさせ、ゴム収集のノルマを満たしていないコンゴ先住民を殺害し切断した。何百万人ものコンゴ人がこの期間に犠牲となったが[4]、死者の多くはコンゴ川下流地域の人口の半数近くが死亡した天然痘を含む、ヨーロッパ人入植者との接触によってもたらされた新しい病気が原因だとも特定されている[5]。
自由国時代には過剰死によってコンゴ人口が急減したが、死者数の推定値にはかなりのばらつきがある。数字は推定値であるものの、この時期に死亡したコンゴ人は人口のおよそ5分の1にあたる1000万人にのぼるとされている[6][7][8][9]。最初の人口調査が実施されたのは1924年であるためこの期間の人口減少を数量化することは困難であり、ウィリアム・ルービンスタイン(英語版)のように、アダム・ホックシールドが引証した数値はほとんど証拠に基づかない推測であると主張する者らによって、これらの数字は議論されてきた[10]。
これは適当な解説サイトが見当たらないので、自分の知識だけで言うけど、これも飢餓でしょ。数値は知らないけど、これもまた「リンゴとオレンジを比較している(compare apples to oranges)」。
残り二つの中国のは自分で調べて。文字数制限で書けない。ともかく、人数の精度に問題あり過ぎだし、ホロコーストと同レベルで比較対象にできるものはない。ホロコーストはほんとに民族抹殺を狙った大量虐殺で、そんなものは人類史上見当たりません。かのアドルフ・アイヒマンは「欧州すべてのユダヤ人、1030万人を殺したかった」と述べたアルゼンチン逃亡中の録音記録があったりしますが、そこからもわかるようにユダヤ人絶滅は本気だったのです。
「100選」って書いたけど、多分50冊もないわ。トラバやブコメで埋めてくれ。順番とかは重要度とかではなくて、単に思いついた順。
スティーブン・ピンカー 『暴力の人類史』
ロビン・ハンソン、ケヴィン・シムラー 『人が自分をだます理由』
A.R.ホックシールド 『壁の向こうの住人たち』
セス・スティーブンズ=ダヴィドウィッツ 『誰もが嘘をついている』
デイヴィッド・ハルバースタム 『ベスト&ブライテスト』
ウィリアム・マッカスキル 『<効果的な利他主義>宣言!』
井上達夫 『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』
倉本圭造 『「みんなで豊かになる社会」はどうすれば実現するのか?』
東京大学社会科学研究所付属社会調査データアーカイブ研究センター 『人生の歩みを追跡する』
John R Hibbing 『Predisposed』
Charles Murray 『Human Diversity』
Thomas Frank 『People Without Power』
Douglas Murray 『The Madness of Crowds』
Jonathan Haidt 『The Codding of the American Mind』
Geoffrey Miler 『Virture Signaling』
Thomas Piketty 『Capital and Ideology』
(インタビュー 米中間選挙2018)心の奥底の物語 米社会学者、アーリー・ホックシールドさん:朝日新聞デジタル
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/DA3S13761007.html
tikani_nemuru_M 「語り」を基盤にした社会学の仕事。非常に重要だし社会学の仕事の典型だが、こういう仕事に対して「査読」の有無を云々したり、「お気持ち」などと揶揄することは無意味だと知性がわずかでもあれば理解できる。
これは本当にその通りで、「お気持ち」を分析することは決してアカデミズムから離れた営みではないし、
研究対象としてのお気持ちと、研究者が個人的に抱く規範的意見とは大抵明確に区別されているものである。
日米の著名な社会学者を例にとると、アメリカのホックシールド氏はトランプ支持者の思い、日本の千田氏は自身の思春期の思いをそれぞれ「お気持ち」として研究の俎上に載せた。
最終的な意見としては、たまたまホックシールド氏はトランプ支持者らと同じ意見には至らず、千田氏の場合は研究対象と同意見に落ち着いたというだけ。
相模原市の事件を受けて、様々な意見が出ていて、いろいろと考えさせられています。
とくに「重度の障害を持つ方に対するケアワーカーの陰性感情」についての議論には、様々な方向から風が吹き荒れているようにも感じました。
そこで私は、今回の事件を受けて「感情労働」とケアワーカーのメンタルヘルスについて、少し整理してみようと思いました。
(様々な論点があると思います。犯人の病理などについては僕には分かりかねる部分が多すぎるので言及は避けます)
感情労働(Emotional Labour)とは 1983 年アメリカの社会学者A.R.ホックシールドにより提唱された概念です。[1]
感情労働は――肉体労働や頭脳労働と同様にーーその「感情」が賃金と引き替えに売られるのです。
言い換えれば、感情労働を行う労働者は「上手にその感情を管理し、それを提供し、自らの感情と引き換えに雇用者から賃金を得ている」とも言えるでしょう。
この感情労働を行う労働者としてホックシールドは,客室乗務員、さらに教師や看護師なども例として取り上げていました。
さて、私自身も経験がありますが、重度の障害を持つ方に対し、長期間の日常生活ケアを行っていると「穴を掘っては埋める」作業を毎日しているような気持ちになることがあります。
そんなときに患者(あるいは利用者の場合もありますが、ここでは患者と統一して表記します)に対して陰性感情がムクムクと湧いてきます。
これは、患者自身が強烈なストレスや混乱の中にいて、言い様のない攻撃性を援助者に向けていることとも関連します。
患者が抱えるストレスや混乱と同じような感情を看護者は感じてしまうのです。
「なんで、言うことを聞かないんだ!」「どうして、噛みつくの!」「何度言ったらわかるの!」と心のなかで大きな声で叫んだことは数えきれないほどです。
ケアする人とされる人の間にはーーもちろん、その関係に限ったことではありませんがーー「感情の対称性」があります。
(逆に考えれば、「自分自身の感情から患者の感じていることを推察することができる」ともいえます。)
こうした無意識プロセスを理解をすることは自身の感情をコントロールするために役に立ちます。
しかしながら、このことに一人で気がつくことは、かなり困難であると私は考えます。
感情労働の概念や、感情の対称性について、ストレスマネジメントについての十分な教育や、あるいはスーパーバイザーを交えたデブリーフィングセッションを行っていく必要があると思うのです。でも、現実には、そうしたことはケアワーカーの間では殆ど行われていません。
積み重ねられた陰性感情は、罪悪感や攻撃性、無力感に変化していきます。学習された無力感は自尊感情の低下や自己効力感の低下も引き起こします。
そして、それらはある日、まるで波が引くようにものすごい力で『反転』することがあるのです。
また、前述までと矛盾するようですが、近年の研究では「感情労働は一概にメンタルヘルスに対して悪影響となるものではなく、顧客やスタッフとの相互関係から職場にとって良い影響も与えうる」ともいわれるようになってきています。その肯定的な側面として達成感の向上や患者とのつながり感覚を強めること、職務満足感を高めることなどが述べられているのです。
「よくコントロールされること」「よいものとして認知されるようにすること」が大切なのだと私は思うのです。
介護労働者の待遇改善などの労働衛生管理については各所で述べられている通りだと私も思います。
しかし、ケアワーカーのメンタルヘルスに関しては金銭面だけでは解決できないものもあると私は考えているのです。
私は、今回の事件そのものや犯人に対して、ある種の憎らしさや強烈な嫌悪感を感じています。
当然、許されることではありません。
ただ、私は同時に、どうして今回のような凶行に至ったのかにとても興味があるのです。
自分自身が、同僚が、家族が、被害者・加害者にならないようにするために。
社会としてどうしていくべきか。
ケアワーカーのメンタルヘルスに関してはどう捉えたらよいのか。
わたしたちがコントロールできることとコントロール出来ないことはなにか。
リエゾンなどに携わる専門職が率先し、十分な議論を行い、実施可能な具体策を挙げていけるといいなあと僕は思ったり考えたりしています。
武井麻子先生は『感情と看護』[2]の中で、Winnicottを引用しています。(P.263)
「ウィニコットは、無慈悲にも自分を怒らせる赤ん坊をケアする母親について、このようなことをいっています。
母親は赤ん坊を憎むことを、それをどうこうすることなく容認できなければならない。母親は赤ん坊に対して憎しみを表現することはできない。[中略]母親に関して最も注目すべきことは、自分の赤ん坊によって大いに傷つけられながら、子どもに報復しないで大いに憎むことができる能力、そして後日にあるかもしれない報酬を待つ彼女の能力である。
同じようなことが看護師にもいえるのではないでしょうか。自分を傷つける者(それは患者であるかもしれませんし、そうでないかもしれません)を憎むことを看護師は容認しなければならないのです。」
<参考文献>
[1] A. R. Hochschild, 室伏亜希と石川准, 管理される心―感情が商品になるとき. 2000.
[2] 武井麻子, 感情と看護―人とのかかわりを職業とすることの意味 (シリーズ ケアをひらく). 2001.
[3] パム・スミス, 武井麻子と前田泰樹, 感情労働としての看護. 2000.
[4]Huynh, T., Alderson, M., Thompson, M. (2008)Emotional labour underlying caring: An evolutionary concept analysis. Journal of Advanced Nursing, 64(2), pp.195-208