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ヘレン・マクロイ『読後焼却のこと』(ハヤカワミステリ)
先週の水曜から体調を悪くしていたのは前回の記事のとおり。ようやく熱も治って三連休明けの火曜から仕事に戻ったのはいいが、結局、熱がぶり返して翌水曜日はダウンしてしまう。木金はなんとか出社したが、仕事上のイベントごとはキャンセルさせてもらって、この週末も大事をとって大人しく寝ていることにする。
ううむ、しかし過労もあるのだが、風邪でここまでひどくなるとはなぁ。年はとりたくないものだ。
本日の読了本はヘレン・マクロイの『読後焼却のこと』。ベイジル・ウィリング博士シリーズ最終作にしてマクロイ最後の長編である。まずはストーリー。
ボストンにやってきた女流作家ハリオット・サットンは、理想的な家を見つけたが少々割高。そこで一部を下宿屋に改装し、作家や詩人といった五人の同業者に貸すことにした。
そんなある日のこと。ハリエットは庭で一枚の紙片を拾ったが、それには衝撃的な内容が書かれていた——辛辣な書評で作家たちの恨みをかっている匿名書評家“ネメシス”がこの家に住んでおり、いまなら事故死に見せかけて殺すことができる——。
そしてその数日後、殺人事件が現実のものとなる。しかし、被害者のみならず容疑者までもが、ハリエットの思いもかけぬ人物であった……。
最近でこそマクロイの実力と人気はすっかり定着したように思うが、それもこの二十年ほどの話で、以前は『暗い鏡の中に』こそ傑作として知られていたものの、知る人ぞ知る作家ぐらいのイメージではなかったか(そもそも当時の現役本もハヤカワ文庫版の『暗い鏡の中に』ぐらいだったような)。
再浮上のきっかけは1998年からの創元推理文庫での紹介だったように記憶するが、実はまったく翻訳がなかったわけではなく、空白を埋めるような感じで1982年ポケミスから出たのが『読後焼却のこと』である。
結論からいうと、これがいまひとつ残念な出来であった。
設定はものすごく魅力的だ。同じ下宿で暮らす五人の作家。その中にボストン中の作家から恨まれている匿名の書評家、そして彼を殺そうと企む二人の作家がいるのである。いったいそれは誰なのか?
確率としてはそれほど低いわけではないが、シリーズ探偵の精神科医ベイジル博士はこれをどうやって解き明かすのか。正直、事件は多少平凡でもいいから、この狙う者と狙われる者、そしてベイジルの三竦みの心理戦が見どころと期待していたのである。
ところが著者はどうしたことか、最初に発生する事件への興味をあらぬ方向に外らせてしまう。これが書評家殺人計画の事件とどうにもシンクロせず、最終的にはもちろんきれいにまとめてくれていはいるのだが、なんだか肩透かしを食ったような感じである。
トリックについても、古臭さを感じさせるのは仕方ないとしても、これは90%実行不可能なトリックで、あまりきちんと裏を取っていない気がする。
読みどころはやはり上で書いたとおり、ベイジルと作家の対決。会話の端々にあるヒントをもとにベイジルが“ネメシス”や殺人予告を書いた者たちを見破っていくところは見逃せない。
ただ、内容は興味深いが、いつになくさらっと終わらせているのが物足りないところ。最晩年に書かれた影響はあるのだろうが、ネタが面白いだけに実にもったいない。油の乗り切った時期にこれを書いてくれていれば、相当面白い作品になっただろうになぁ。
ということで、マクロイのなかでは低調な部類。とはいえ“ネメシス”というキャラクター造形の凄さなど見逃せない点もしっかりあるので、マクロイのファンであれば一度は読んでおくべきだろう。
ちなみに本書は1982年に日本で刊行されたと上でも書いたが、当時のマクロイの一番新しい作品とはいえ、数多の傑作をもつマクロイ作品から、何故わざわざこれを選んだのか。ジョン・ロードの件もそうだが、何から紹介されるかでその後の人気や翻訳に大きな影響を与えることもあるわけで、翻訳ものの編集者はけっこう責任重大だと思う次第である。
ううむ、しかし過労もあるのだが、風邪でここまでひどくなるとはなぁ。年はとりたくないものだ。
本日の読了本はヘレン・マクロイの『読後焼却のこと』。ベイジル・ウィリング博士シリーズ最終作にしてマクロイ最後の長編である。まずはストーリー。
ボストンにやってきた女流作家ハリオット・サットンは、理想的な家を見つけたが少々割高。そこで一部を下宿屋に改装し、作家や詩人といった五人の同業者に貸すことにした。
そんなある日のこと。ハリエットは庭で一枚の紙片を拾ったが、それには衝撃的な内容が書かれていた——辛辣な書評で作家たちの恨みをかっている匿名書評家“ネメシス”がこの家に住んでおり、いまなら事故死に見せかけて殺すことができる——。
そしてその数日後、殺人事件が現実のものとなる。しかし、被害者のみならず容疑者までもが、ハリエットの思いもかけぬ人物であった……。
最近でこそマクロイの実力と人気はすっかり定着したように思うが、それもこの二十年ほどの話で、以前は『暗い鏡の中に』こそ傑作として知られていたものの、知る人ぞ知る作家ぐらいのイメージではなかったか(そもそも当時の現役本もハヤカワ文庫版の『暗い鏡の中に』ぐらいだったような)。
再浮上のきっかけは1998年からの創元推理文庫での紹介だったように記憶するが、実はまったく翻訳がなかったわけではなく、空白を埋めるような感じで1982年ポケミスから出たのが『読後焼却のこと』である。
結論からいうと、これがいまひとつ残念な出来であった。
設定はものすごく魅力的だ。同じ下宿で暮らす五人の作家。その中にボストン中の作家から恨まれている匿名の書評家、そして彼を殺そうと企む二人の作家がいるのである。いったいそれは誰なのか?
確率としてはそれほど低いわけではないが、シリーズ探偵の精神科医ベイジル博士はこれをどうやって解き明かすのか。正直、事件は多少平凡でもいいから、この狙う者と狙われる者、そしてベイジルの三竦みの心理戦が見どころと期待していたのである。
ところが著者はどうしたことか、最初に発生する事件への興味をあらぬ方向に外らせてしまう。これが書評家殺人計画の事件とどうにもシンクロせず、最終的にはもちろんきれいにまとめてくれていはいるのだが、なんだか肩透かしを食ったような感じである。
トリックについても、古臭さを感じさせるのは仕方ないとしても、これは90%実行不可能なトリックで、あまりきちんと裏を取っていない気がする。
読みどころはやはり上で書いたとおり、ベイジルと作家の対決。会話の端々にあるヒントをもとにベイジルが“ネメシス”や殺人予告を書いた者たちを見破っていくところは見逃せない。
ただ、内容は興味深いが、いつになくさらっと終わらせているのが物足りないところ。最晩年に書かれた影響はあるのだろうが、ネタが面白いだけに実にもったいない。油の乗り切った時期にこれを書いてくれていれば、相当面白い作品になっただろうになぁ。
ということで、マクロイのなかでは低調な部類。とはいえ“ネメシス”というキャラクター造形の凄さなど見逃せない点もしっかりあるので、マクロイのファンであれば一度は読んでおくべきだろう。
ちなみに本書は1982年に日本で刊行されたと上でも書いたが、当時のマクロイの一番新しい作品とはいえ、数多の傑作をもつマクロイ作品から、何故わざわざこれを選んだのか。ジョン・ロードの件もそうだが、何から紹介されるかでその後の人気や翻訳に大きな影響を与えることもあるわけで、翻訳ものの編集者はけっこう責任重大だと思う次第である。
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