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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ヘレン・マクロイ『牧神の影』(ちくま文庫)

 ヘレン・マクロイの『牧神の影』を読む。
 管理人のお気に入り作家の一人だが、本作もまた期待を裏切らない傑作である。

 まずはストーリー。
 アリスンは深夜に内線電話で起こされた。相手は従兄弟のロニー。二人の伯父である、かつてギリシア古典文学の教授を務めていたフェリックスが亡くなったというのだ。死因は心臓発作で不審なとところはないように思えたが、翌日、陸軍情報部の人間が現れたことで様相が変わってくる。なんとフェリックスは軍のために暗号を開発していたのだ。だが、大きな収穫もなく、陸軍情報部の人間は帰ってゆく。
 その後、経済的な事情から山奥のコテージで暮らすことになったアリシアだが、その周囲に怪しい出来事が起こり始める……。

 牧神の影

 日本で紹介された当初はサスペンス作家という括りであり、その後翻訳が進むにつれ、本格のエッセンスが実はかなり多く含まれることが明らかになったマクロイ。本作はそのいいとこ取りというか、サスペンスと本格を見事に融合させている。
 ベースはあくまでサスペンスであるといってよいように思う。主人公アリシアが一人暮らしを行う人里離れたコテージ。その周囲を正体不明の何者かが深夜に徘徊する。不審者の正体は? その目的は?
 オーソドックスなスタイルなのだが、マクロイの場合、下手なサスペンス作家がよくやる主人公が自ら墓穴を掘るような馬鹿なストーリーとは無縁。きちんとそれなりの理由なり説得力なりがあるので、純粋に恐怖を楽しめるのがいい。

 そしてこのサスペンス小説の上にどっさりと振りかけられているのが本格エッセンスである。メインとなるのは暗号だ。
 フェリックスの残した暗号がストーリーのカギを握るのだが、単なるギミックとしてではなく、暗号そのものが謎として提示される。ミステリでも暗号をここまで真っ向からとりあげることはそれほど多くない。実際、暗号をきちんと解く読者はそうそういないだろうし(苦笑)、作者もそれは百も承知なのだろう。暗号小説の過去の傑作がそうであるように、本作もまた暗号をストレートに解くだけではなく、その扱い方に妙があり、だからこそ面白さが倍増するのである。
 また、暗号だけではなく、限られた状況での意外な犯人、伏線の張り方なども見事。序盤の雰囲気作りすら伏線になっているという、この鮮やかさ。最初にも書いたが、サスペンス仕立てなのに読後感は完全に本格という、この融合ぶりが凄いのである。

 褒めついでに書いておくと、犯人像がまた実によい。この辺りを詳しく書いてしまうとネタバレになるので現物を読んでくれとしか言いようがないのだが、表面的な動機とその裏にある犯人自身も自覚していない動機があって、それがまたプロットにも密接に関連するという徹底ぶり。しびれる、これはしびれます。

 なお、解説も相当に気合の入ったもので、資料的にも役に立つ。それらも含めて大満足の一冊である。

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Comments

Edit

fontankaさん

勘のいい人は気づくのでしょうが、気づかない人はそれこそ最後に「やられた!」となるでしょうから、まあ、ギリギリいいんじゃないですかね(苦笑)。
そういうところも含めて、マクロイがいろいろ考えた末の作品だと思います。

Posted at 00:22 on 08 18, 2018  by sugata

Edit

こんばんは。
この話ってタイトルがある意味反則(ネタバレ)なんじゃないかと思います。
タイトルと早い段階の描写でなんとなく犯人に検討がついてしまうので・・・

不適切と思ったらこのコメントは削除してくださいませ。

Posted at 20:58 on 08 17, 2018  by fontanka

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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