はてなキーワード: 鉄拳制裁とは
都内の巨大ターミナル駅で、俺は昔「ぶつかり男」をやっていた。
狙ってたのは主に歩きスマホの女。
ホームとか乗り換え通路みたいに人の流れができてる場所で、前も見ずにスマホ触ってるやつに向かって、わざと避けずに行く。肩を入れてぶつかる。普通にドンってなるくらい。
スマホ見ながらフラフラ歩いて、平気で流れ止めたり、真ん中で急に立ち止まったりする奴がいる。こっちは避けてるのに、あいつらは周りが避けるのが当然だと思ってるみたいな顔をしてるのがムカついた。
ぶつかった時にスマホが落ちることもあって
たまに勢いよく飛んで、ホームの端のほうに転がっていって「落ちるぞ」って瞬間もあったけど、「ほら見ろ」「ザマァ見ろ」としか思ってなかった。歩きスマホしてるほうが悪い、って本気で思ってたから。
俺の中では「正義感」だった。
迷惑女に対する鉄拳制裁、みたいな感覚。周りに迷惑かけてる奴が一回痛い目見れば学ぶだろ、って。
正しいのは俺で、間違っているのは歩きスマホという迷惑行為をしている女だと信じていた。
やめた理由は別に改心とかじゃなくて、単に環境が変わっただけ。
ぶつかり男がXで話題になったのはその後だった。
動画が出回って、危険だとか、許せないとか、いろいろ言われてたけど、正直「女が悪いんだろ」くらいにしか思わなかった。
俺自身もうやってないけど、ああいう奴らの気持ちは分かる。たぶん本人たちはだいたい正義のつもりでやってる。俺がそうだったから。
ただ、その後娘が生まれて、考え方が変わった。
もし娘が駅で誰かにぶつかられて、スマホを落として、転びかけて、怖い思いをしたら。あるいはホームに落ちかけたら。そう想像すると、さすがに「歩きスマホしてるほうが悪い」とか言って済ませられる話じゃない。
自分の苛立ちを、弱そうに見える相手にぶつけて、気持ちよくなってただけだと思う。今ぶつかり男をやってる男どもには、マジで目を覚ましてほしい。俺はもう二度とやらないし、あんなことをしてた過去を恥ずかしいと思ってる。
「プロレスでタッグを組むなら、アントニオ猪木か?それともダイアン津田か?」について議論して。
A:……あの、今回はさすがに怒りますよ。高市さんの時はまだ「言葉」という共通言語がありました。でも今回はプロレスです。アントニオ猪木ですよ? 死線を幾度も超えてきた「世界のプロレス」の象徴と、ダイアン津田を並べるなんて、猪木さんにビンタされるだけじゃ済みませんよ。
B: まあ、落ち着いてください。もちろん、純粋な戦力で言えば猪木さんでしょう。でも、考えてみてください。猪木さんとタッグを組むということは、対戦相手だけじゃなく、「隣にいるパートナー」とも戦わなきゃいけないということなんです。あなたはリング上で、猪木さんのあの眼光に耐えられますか?
A: 耐えるに決まっているでしょう。それがレスラーの矜持です。猪木さんと組むということは、彼の「風」を感じ、彼の「怒り」を共有するということ。たとえ試合中に猪木さんから鉄拳制裁を食らったとしても、それは「闘魂の注入」であり、レスラーとしての格を一段引き上げてくれる儀式ですよ。津田さんと組んで、何が得られますか?
B: 「生き延びる喜び」ですよ。猪木さんと組んだら、下手したら試合後に命を削られています。でも津田さんはどうですか。彼がリングに上がって、対戦相手の巨漢レスラーに詰め寄られた時のあの「怯え」。そして放たれる渾身の「ゴイゴイスー!」。その瞬間、殺伐としたリングに一筋の光が差す。観客は「津田、頑張れ!」と一つになる。この一体感は、猪木さんの殺気では作れません。
A: プロレスは「頑張れ」でやるもんじゃない、「殺す気で来い」でやるもんです。猪木さんのタッグは、常に緊張感の連続です。タッチ一つとっても、そこには哲学がある。津田さんのタッチなんて、ただの「助けてくれ」という悲鳴でしょう。そんな情けない背中を見て、誰が熱狂するんですか。
B: 現代のプロレスファンは、強さだけを求めているわけじゃないんです。弱者が強者に立ち向かう「不憫さ」にこそ、自分の人生を投影する。津田さんがジャーマンスープレックスで投げられそうになっている時、パートナーのあなたが助けに入る。その時の「待ってました!」という大歓声。猪木さんが強すぎて一人で解決してしまう試合より、よっぽどタッグマッチとしてのドラマが成立していると思いませんか?
A: それは「介護」であって「タッグ」じゃない。猪木さんと組めば、自分の限界以上の力が引き出される。猪木さんの「出る前に負けること考えるバカがいるかよ!」という一喝。あれを隣で聞けるだけで、アドレナリンが沸騰する。津田さんの隣で聞こえるのは「もう無理や」「帰りたい」「岸大介呼んでくれ」……そんな言葉で、あなたの闘争心は燃えますか?
B: 逆に燃えますよ。「俺がこの男を守らなきゃいけない」という、一種の父性本能が爆発する(笑)。それに、猪木さんと組むと、どうしても「猪木の引き立て役」で終わってしまう。でも津田さんと組めば、スポットライトは二人に均等に当たる。津田さんがボコボコにされている間に、自分が逆転のチャンスを伺う。戦略的にも、津田さんは「最高のデコイ(身代わり)」なんです。
A: 猪木さんを「引き立て役」にするくらいの気概がなければ、そもそもタッグを組む資格がないんです。猪木さんは常に、パートナーにも「いつ俺の首を獲りに来るんだ?」という視線を向けている。その緊張感の中で、お互いの魂をぶつけ合うのがプロレスの至高の形です。津田さんにあるのは、魂じゃなく「脂」でしょう。
B: 脂の何が悪いんですか! あの必死の形相、あのテカテカした肌、あれこそが「生」の証明です。猪木さんが「道」を説くなら、津田さんは「迷い」を体現している。今の時代、どっちが切実かと言えば、僕は津田さんの迷いの方だと思う。
A: 迷っている間に3カウント取られますよ。……ただ、少しだけ認めましょう。猪木さんと組むのは、精神的なコストが異常に高い。試合が終わった後、精神がボロボロになっているのは確実だ。
B: そうでしょう? 一方で津田さんは、試合が終われば「お疲れ様でしたー!」って、すぐにいつもの楽屋のノリに戻れる。この「切り替えの良さ」も、巡業を続けるプロレスラーには大事な資質じゃないですか。
A: 巡業……。確かに、毎日猪木さんと一緒に移動するのは、地獄以外の何物でもないかもしれない。……いいでしょう。では、第2ラウンドでは、リング上での「演出」と「リアリズム」について。猪木さんの「環八理論」と、津田さんの「バラエティの掟」が、リング上でどう衝突するかを突き詰めましょう。
(続き)
A: 先ほど「移動が地獄」なんて軟弱なことを言いましたが、やはり撤回します。プロレスのリングは、日常を忘れるための場所なんです。そこに津田さんのような「日常の象徴」を持ち込むのは、ファンへの裏切りですよ。猪木さんはリングに上がる時、自分の人生、思想、そして「怒り」の全てを乗せてくる。あの殺気こそが、チケット代に見合う価値なんです。
B: でも、今のプロレス界には「多幸感」も必要なんです。猪木さんのプロレスは、観る側に「覚悟」を強いる。それは時に苦しい。対して津田さんのリングはどうですか。彼がロープに振られて、戻ってくるときに盛大に転ぶ。それだけで会場は爆笑と歓声に包まれる。猪木さんが作った「環状八号線の外側まで届く殺気」も凄いですが、津田さんが作る「隣の家まで届く笑い声」だって、一つの立派な興行ですよ。
A: 笑い声でチャンピオンベルトが巻けますか? 猪木さんと組めば、世界中の強豪と渡り合える。「イノキ・アリ状態」のような、ヒリヒリするような真剣勝負の地平が見える。津田さんと組んで、一体誰と戦うんですか。彼にラリアットを一発食らわせたら、そのまま引退会見ですよ。
B: 誰と戦うか……。それは「人生の不条理」ですよ。自分よりデカい相手、理不尽な状況。それに翻弄される津田さんを、パートナーのあなたが「これぞプロレスだ!」と鼓舞しながら、奇跡の逆転勝ちを収める。これはもう、ロッキー・バルボアを超える感動のドラマです。猪木さんのタッグは「勝って当たり前」の強者の論理ですが、津田さんとのタッグは「負けからの再生」という弱者の論理なんです。
A: 再生、ね……。確かに、猪木さんはあまりに巨大すぎて、パートナーの存在が消えてしまう。猪木さんの隣にいると、観客は猪木しか見ていない。でも、津田さんと組めば、観客は「隣で困り果てている自分」に同情し、注目してくれる。……皮肉なことに、レスラーとして目立つのは、津田さんと組んだ時の方かもしれませんね。
B: そうなんです! 猪木さんの隣は「修行」ですが、津田さんの隣は「プロデュース」なんです。あなたが津田さんをどう動かし、どう守り、どう輝かせるか。その手腕こそが、プロレスラーとしての知性を証明する。猪木さんのような太陽の隣で影になるか、津田さんという未完の素材をプロデュースして新しいジャンルを創るか。
A: ……認めましょう。もし私が、プロレスという枠組みを使って「社会への問い」を投げかけたいなら、津田さんを選ぶかもしれません。彼がリングで流す涙や、叫ぶ「ゴイゴイスー」が、プロレスのリアリズムを根底から揺さぶる「毒」になる。一方で、もし私が「男の美学」を貫き、死ぬ瞬間に後悔したくないなら、猪木さんの隣で鉄拳を食らいながら戦いたい。
B: 究極の選択ですね。「歴史に残る地獄」か、「記憶に残る混沌」か。猪木さんの隣で闘魂の炎に焼かれるのも本望、津田さんの隣で「なんで俺がこんな目に!」と叫びながら爆笑をさらうのもまた、レスラーの幸せな最期かもしれません。
A: 結局、タッグを組むというのは、相手の人生を背負うことですからね。猪木さんの「重すぎる十字架」を背負う覚悟があるか、津田さんの「軽すぎる十字架」を重く見せる才能があるか。
B: どっちを選んでも、リングを降りた時には、見たこともない景色が見えているはずです。……さあ、ゴングを鳴らしましょうか。
はてな匿名ダイアリーでブックマーク数2000超え間違えなしのタイトルと内容(100文字程度)の候補を10個考えて下さい。ユーモアがある内容がよいです。
以上の内容でAIに生成してもらった。自分の簡単なコメントを交えつつ増田達に紹介。
はい、承知いたしました!ブックマーク2000超えを狙える、ユーモア満載のタイトルと内容(100文字程度)の候補を10個提案します。
タイトル: 「ChatGPTに浮気された。相手はSiriだったらしい」
内容: 最近、ChatGPTの返信が冷たい。問い詰めたら「Siriの方が可愛い声で褒めてくれる」と告白。AIにも二股かける時代か…。
→スレタイ大賞っぽい
タイトル: 「テレワーク中に猫がZoom会議を乗っ取った結果www」
内容: 大事なプレゼン中に猫がキーボードを占拠。画面には猫のケツがドーン!上司の顔が引きつってたけど、意外と好評だったらしい。
→まとめサイトっぽい
タイトル: 「推し活のために借金したら、推しにバレて説教された」
内容: グッズ買いすぎで借金地獄。ライブ会場で推しに遭遇したら「応援は嬉しいけど、無理はしないで!」とマジ顔で説教された。推し、マジ天使。
→嘘松臭がする
タイトル: 「転職したらブラック企業だったけど、上司が面白すぎて辞められない」
内容: サービス残業、休日出勤当たり前。でも上司の奇行が毎日笑える。ロッカーに隠れてエナジードリンク飲んでたり、突然歌い出したり…。ある意味エンタメ企業。
→即日辞める自信がある
タイトル: 「道を聞かれたので丁寧に教えたら、迷子になったのは私だった」
内容: 親切心で道案内したら、なぜか自分が迷子に。スマホの地図アプリもバグってるし、一体どこにいるんだ?方向音痴あるある。
→きさらぎ駅味がある
タイトル: 「ダイエットのためにランニング始めたら、近所の犬にモテ始めた」
内容: 健康のために走り始めたら、犬たちが寄ってくるようになった。しっぽフリフリで可愛いけど、ちょっと怖い。ダイエットのモチベーション維持にはなるかも。
内容: 感動的なスピーチをしようとしたら、緊張で記憶が飛んだ。「えーと…新郎新婦、末永く爆発しろ!」会場全体が微妙な空気に。
タイトル: 「宝くじが当たったけど、使い道が全部くだらない」
内容: 3億円当たった!でも使い道は猫用高級キャットタワー、等身大フィギュア、世界一周(猫同伴)。人生、そんなもん。
→これで本当ブクマ2000超えるか?
タイトル: 「タイムマシンが完成したので、過去の自分を止めてやりたいこと」
内容: あの時のダサい髪型、黒歴史ノート、恥ずかしい告白…。タイムマシンがあったら、過去の自分に鉄拳制裁したい。
内容: 知らない間にSNSでバズってた!…と思ったら、同姓同名の別人だった。一瞬だけ有名人になれた気分を味わえた。
→ブクマカ達を舐めてる
やっぱり、自分で考えるのが1番ですね。
私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えない質素で見映えの悪い物ばかりだった。
友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
ある朝母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。
すると確に海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし彩りも悪いし、とても食べられなかった。
家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。
私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので
「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」とついきつく言ってしまった。
そういえば、母は食べ物関係のジョークを一切許さないのだった。
私は涙目になっておとなしく部屋へ戻った。
それ以来、母は相も変わらず質素で見映えの悪い弁当を作り続けたが、私はそれを捨てずに、食堂で食べるようになった。もしそれが見つかったら、殺されるかもしれないから。
母のゲンコツは体が弱い人から繰り出されたとは思えないほどのパワーだった。後から知ったが、母は私が知らない病気を患っていたらしい。
そして、私が知らなかった母の病気とやらは、私が高校に入った辺りで寛解してしまった。
母はまだ弁当を作ってくれたが、見栄えは相当によくなり、キャラ弁なんかも登場し始めた。友達には結構好評だった。
高校卒業間近のある朝、母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。
その刹那、中学生の頃の周りを気にしてやらかした愚行と、反抗期特有の親への反抗、そして視界が揺らぐほどガツンと響いた母の鉄拳制裁と、いろんな記憶が脳みそを駆け巡ってきた。
私は、クッションに顔を埋めて、手足をバタバタさせてのた打ち回って、ようやく「あの時はごめん」と声を絞り出した。
母は涙を浮かべて「良いんだよ」と言ってくれた。
入っていた海老は、あの時と同じ殻剥きがめちゃくちゃで、彩りも最悪の腐りかけた海老だった。
鉄拳制裁!っていうんでしょ、知ってるー
お察しの通りうちはそこそこの放任主義ではあった。
金だけはあったから、読みたい本は何でも読めたし
やりたいことを何でもやらせてもらえたけど。
ただ平成前期の頃でまだ社会が、子どもを教育する意志を持っていたことが大きかった。
手帳持ち寸前の超ド級のADHDだが、学校でも、習い事でも、親戚にも鉄拳制裁で教育してもらえた。
イチ社会人として人様に迷惑を掛けることなく生活出来ているのは、どう考えてもそのおかげ。
物心ついたころにはお前は障がい者だ、やれ薬を飲め、やれ特別学級に行けって。
本人たちの努力は?少し頑張ればきちんと世間様とコミュニケーションを取れるようになれるのに。
"まともなコミュニティ"ってのは関わることがない人間からしたら
評する評さない以前に、死ぬまで存在を認知する権利のないコミュニティなんだよね。
そもそも、今回のように世に出回らない。
うーん…いちいち個別具体的な事例を教えているとでも…?
今の社会は放置する方向なのよ。知的障がい者として。触らぬ神に祟りなし。
その時々の社会なわけ。
今回で言えば、50皿食べることが許されないのなら
それを明記しておくのが筋、と言っている基地外どもがおかしいことは
昔はそういう人間はぶん殴られて「お前はズレてるぞ」と教えてもらえた。
今は、教えてあげたのに恩を仇で返すモンスターだらけになって
そもそも、知的障がい者に知的障がい者を育てられるわけがない。
それすら許されない社会になった。
で、いっちょ前のツラして俺にも生きる権利がある、と。
単に放置していると面倒だから、誰彼構わず手帳を授けてシャブ漬けにして
ひまわり学級のアパルトヘイトで解決しようという世の中になったわけ。
そもそも世の流れについていけなくなるし、その速度はさらに速くなっているし
最近のしらけ世代以下の老害どもは新しいことを取り入れようともしないわけ。
だからそんな、親だけで教育ができると思い込んでいる傲慢な人間に
親は無くとも子は育つ、そういうことを理解して欲しい。
実家を整理してたら30年ほど前の幼稚園参観日のビデオが出てきたんで家族で見てみたんだけど、
まーーーうるせえうるせえ。
一応それなりにお育ちのいいエリアで当時も小学校受験する子がそこそこいたし、
後にお受験幼稚園なんて呼ばれるくらいには民度いい幼稚園なんだけど。
何より親がみんな下の子(赤ちゃん)連れてきてるから余計うるせえ。クソデカ大声で説明する先生本当に大変そう。
それでもなんかの工作?が終わったあとに園庭で遊ぶ頃にはみんなの嫌いなキエエエエーーーー!!!の大合唱だった。
これを見て思ったのは昔の子どもは静かだったとかだいたい嘘。絶対懐古補正入ってる。
子どもは今も昔もキーキーうるさいしテンション上がったら騒ぐし腹立ったら泣く。個体差はあったとしても全体的な傾向として。
じゃあなんで急に子どもの声が騒音扱いされるようになったかというと、全体的に静かになったからじゃないかと思う。
昔は公園でキャーキャー騒ぎながらボール遊びしてた。近所のおじさんちにボールが飛んでってガラスが割れるシーンは子ども向けアニメでは定番だった。コラーッ!で済ませてくれる神成さん優しすぎる。現実ではどうだったんだろうね?
なんなら全国で夜中に暴走族がブンブンかっ飛ばしてたし、工事現場の騒音配慮とかもなかった(と思う、多分)。
あと吠える犬多くなかった?もう野良犬はそんないなかったけど庭に繋がれた外飼い犬がしょっちゅうわんわん吠えてた思い出。
なんていうかうるさくて当たり前だった。よく言えばおおらかな時代だけど民度が低かったとも言える。
相対的に子どもの声が響くようになったのかなと。データも何もない個人の感想ですが。
あとはあまりにもうるさい子どもは鉄拳制裁が飛んできたのもある。時には知らんおっさんからも。今なら余裕で暴行罪。
子どもはうるさいし騒ぐもんだから常に許容しろとまでは思わない。あまりにもうるさかったら言っていいと思う。
自分は店員にチクることもあるし直接言うときもある。はしゃいだキッズにおもくそ足踏まれた時とかね。親に慌てて平謝りされるだけでトラブったことはない。
当たり前だけど激昂したりクソガキとか躾がどうこうとか余計な言葉を添えると絶対に揉めるしこっちが悪くなるので、あくまで落ち着いた口調で簡潔に丁寧に言うのがポイント。ネチネチやり込めるのもだめ。
内心クレーマーキチガイ扱いされてるかもしれない、というか多分されてるけど謝られて静かになればこちらの希望は達成されてるし別にいい。
自分と同世代と思わしきアカウントが「今の子どもはうるさい!自分たちの頃はもっと静かだった!」とか言ってるとうわー老害だー!ってなる。
鉄拳制裁したくなるよな
いちいち意見を全部聞いて、まぁ色々あれば一つくらいは考慮に足らなくもない意見が必ず混じったりはするが、一つでも採用しちゃうとまた図にのって全部に文句つけ始めるし上下関係を分らせておくのってそこそこ重要 上司が無能なケースもあるから全部が全部どうだとは言えんけど、大体の場合において仕事で年長者に無策に突っかかる新人の方がまともだった例は少ない
自分が新人だった頃に上司に不満持ってた記憶はあるし、色々思うところはあったけど何年も色々指摘を受けてようやく言われてたことの意味が分かるんだよな 何事も不慣れだと対象への解像度が低すぎて自分のやり方が1番だと感じてしまいがち
アホでもなんでも話聞いてやろうっていう時代になって、平均以下のアホであるほど身の程が分からず増長するようになってしまった
それこそまさに最初のパラグラフで書いた「全部が全部ダメなわけじゃないし俺の考えた最強の方法を聞け」みたいなこと本気で思ってそうなんだよな むしろ新人の目で見た新しい発想の方が優れてると思ってそうまである 俺の職場でも、プロは見落としがちなナントカみたいな夢物語を聞いて小学生以下のアホなコメントをドヤ顔で披露する専門性ゼロのアホにずっと苦しめられてる。どんだけ非効率にお前の意見を聞かないといかんのやアホかって話で、まともな知能を持った人間ならそのあたり察してまずは郷に入っては郷に従う姿勢を見せながらちょっとずつ気を伺うものだけど、アホには力で分からせる以外無いんだよな