はてなキーワード: 上京とは
フェミニズムは置いといて
主人公の一人である卯乃(うの)は集団就職で12歳ぐらいで東北の田舎から上京して紡績工場で働くようになる
工場の社長にはイケメンの息子がおり、年頃になった卯乃はイケメンと恋仲になる
社長は儲かっておりイケメンはブルジョアジーだが、彼は「僕に流れているのはブルジョアジーの血ではなく革命家の血だ」などと言い、家を出て自由民権運動に身を投じるようになる
その後、卯乃は工場をやめて新聞記者になったり、女性参政権運動に参加したり、そのために特高警察に目をつけられたり、でもそれがきっかけで刑事の男と結婚したりする
特高に目をつけられはしたものの、卯乃は捕まったりするようなことはなかった
卯乃の夫は戦争で死んでしまったが、忘れ形見は残され、戦後に卯乃は子供とキャッキャと道を歩く
その時通りすがった男は振り向いて卯乃を眺め、「もう振り返りもしないんだな」とつぶやく
彼は卯乃が初めて交際した相手であるイケメンで、でも彼は戦中戦後と人権運動を続け特高から拷問され人相が変わり果てイケメンだった面影もなくなっていた
そして卯乃ともう道が交わることはなかった
この終盤の流れが悲しかった
学校であれば部活で「今度の休み○○行こうぜ」みたいに次の予定を立てたり、会社であれば飲みの席やランチタイムにそういった話題を上げたりできるが、実際、誘うことのハードルは愚か、話題性に尽きる。学校であれば部活や受験、会社であれば仕事関係など、常に共通の話題やら何かしらのネタがあるものの、そういったテリトリーに属しているわけではない人間からすると何を元に会話を広げるのが正解なのかわからない。
旧友に「久しぶりに会わない?」といって飲んだり勢いで出かけたりってことがあっても、それは単発に留まり、定期的に会って飲む慣習が出来れば良いもののお互いの環境から忙しくて会えないなんてこともあり得る。
また新たに会食してなにやら親しくなろうとしても、次の予定が立たなければ会うことも億劫になり疎遠となるし、そもそも共通の趣味やら話題があってもそれだけでは当然立ち行かない。
一度友人関係になったら都度継続的に予定でも立てて会わなければ、そもそも誘いづらい。気軽に誘ってよい人なのか、という疑念、その牽制から疎遠になり、お互い誘わない状態となればそれで終わってしまう。
社会人になって学生時代からの交友関係や前職やバイト先での関係が続いていない人、上京してきた人やらは、どうやって新たに交友関係を築くのか?
賛否両論かもしれないが結婚する時の条件に虐待サバイバーや家庭環境が悪い人、親子関係が悪い人はNGというのがあった
家庭環境が悪いというのは単なる貧困や片親ではなく、過干渉・虐待・放置気味など、愛情が世間一般の親子の形とズレている機能不全家庭を想定している。
義実家としてそんな親とは付き合っていけないという理由もあるが、一番は人生のパートナーとして今後子育てや仕事、共同生活を乗り越えていかなくてはならない人が、幼い頃に適切な愛情を受けらなかったために精神的に不安定な部分があるアダルトチルドレンだときついと思ったからだ。
自分の器が安定していないと、特に子育てで強いストレスを受けて意見がぶつかり合うようなことになると耐えられない可能性が高いという考えだから。
もちろん反面教師にしてちゃんとした大人になった人を知ってるし、アダルトチルドレンが嫌いなのではなく、毒親から逃げる友達が一人暮らしするのに、先に上京してた自分が物件を探して友達数人で冷蔵庫とか運ぶのを手伝ったこともある。
一番は自分はそれなりにやりたいことがあればやらせてもらえる、それなりのお金と愛情をかけられて育ったと思っている家庭なので、そもそも価値観が違いすぎて人生のパートナーになるなら無理だなと思った。
都内で電車乗ったり街を歩いてる時、すれ違う赤ん坊連れって、小綺麗でそれなりに値段の張る服装をした細身の女性と、それと同等の男性なんよね
父親である男性もパリッとしていて、くたびれたスウェットとか着てないし汚いスニーカーとか履いてない
郊外はまた違うのかもしれんけど、都内で子育てをするというのはそういう事なんだな
子どもは就学前くらいだと年相応にバカで公共交通機関や店の中で騒いだりしてるが、いいとこの制服着てランドセル背負ってる子なんかは私よりマナーも教養もありそうだ
インターナショナルスクールの近くでは見た目は日本生まれ日本育ちの男子の集団が英語で会話しながら歩いてたりもする
東京では競争を勝ち抜いた、一定レベル以上の経済力のある美男美女が番い、子どもを育てるんだな
上京してからの方が長くなり、地方の事情はどうなのかもうわからんけども、都会よりはまだ勝者と敗者の差は緩やかなんだろうか
親子揃ってパリッとした格好をしていて、子どもがすぐにサイズアウトするであろう真新しいVansのキッズサイズなんか履いてるのを見ると、自分が子どもの頃に着ていたただでさえ安い化繊を洗い倒してヨレヨレになった服、ノーブランドというかスーパーの靴コーナーで売ってるようなキッズ靴を思い出し、少しみじめになる
そういえば、色気づいた頃、「私が着てるTシャツ、襟がみんなと違ってヨレヨレで恥ずかしい!ハンガーにかける時首から突っ込むのやめて!」と母親に言っていた時期があったなあ(自分が家族の分の洗濯物を干すことも多く、自分でやる時はそうしていたが、母が勝手に洗って勝手に干すことも多かった)
当時、地元でやや偏差値の高い公立高校で友人になった裕福な家庭の子は、ユナイテッドアローズとかで服を買っていたので、洗濯以前にそもそも品質が違っていたのだったが
私は服をイオンやダイエー以外で買ったことがなく、自分の着ているボーダーのシャツが、友人が着ているセントジェームスのパクリということさえ知らなかった
自分の家庭を貧しいと思ったことはなかったが、「良いものを着る」という文化や、余裕はなかったんだろうし、親はずっと忙しく働いていて、子どもに時間をかけるという意味での余裕もなく、割と雑に育てられてきた
それが田舎ではおそらく標準でもあったんだが
ピエール・エルメの紙袋を手土産に持ち、モンクレールのダウンを着て北欧製のベビーカーを押して出かける女と、仕事のために長女に赤子(私)の面倒を見させ、ゴム長靴に割烹着で農場で働いていた女
投稿してから思い出したが、実家の経済レベルが違う友人とは割とすぐに疎遠になった
「偏差値の高い私立高校」という選択肢が存在してない地方の公立高校というのは、生徒の実家の太さがピンキリなのだが、今思うとつるんでいる同士の実家の太さ、育ちというのは最終的に同じようなレベルで落ち着いていたように思う
なんか嫌な話だが
…
果てしなきスカーレットってかなり叩かれてますよね。でも、SNSで感想を漁ると「言われてるほど酷くなかった」という声も多いようです。
なぜこういうことが起きるかというと、果てしなきスカーレットのマズさは「脚本のマズさ」、もっと言うと「結末のマズさ」だからです。なので、作品として俯瞰的に評価する人からはゴミ作品に見え、2時間の映画体験の心地よさを重視する人にはまずまずの作品に見える。見てる部分が違うわけです。
で、具体的に何がどうマズいかというと、細田監督の脚本ってメッセージを胸三寸の展開で表現しちゃうんです。
「竜そば」でもそうでしたよね。未成年の主人公が身一つで上京し、虐待されてる子どもを助けに行く。で、ヤベー虐待親に見つかって襲われるんだけど、突然不思議な力が発生して虐待親が逃げていく。
これ、果てスカも同じですよね。
何か、頑張った末にサンダードラゴンが出現して助けてくれる。これでハッピーエンド。
この結末って細田監督の胸三寸すぎますよね。虐待親に殺される展開でも不思議はないし、スカーレットがやっぱ復讐しとけばよかった〜!って思いながら死ぬ展開でもおかしくない。だけど細田監督が込めたいメッセージ性によってのみ、その結末が突然ハッピーエンドに転換される。
そんなのどの映画も同じじゃん、と思うかもしれませんが、重要なのは結末にメッセージを乗せるかどうかって部分です。
例えば「ハリー・ポッターと賢者の石」なら勇気とか友情とかがメッセージかなって思うんですけど、それを結末に全部背負わせずに、きちんと映画全体でめいっぱい表現しています。
でも、細田脚本は、最後に神(細田さん)が下す鉄槌でもって、この世界の素晴らしさを表現しようとしてるんです。
18歳で実家を出て、就職と共に上京して10年経ったが、いまだに帰省のたびにホームシックになってしまう。
帰りの新幹線で号泣どころか、実家に泊まっている時からすでに泣いている。
壁に貼られた昔の写真。
兄弟を抱く親の姿。
それらを見ると、この日々はもう二度と戻らないんだと涙が込み上げる。
5人家族揃ってご飯を食べることも、車に乗って出かけることももう二度とできない。
子供ができたら、こうやって何日も実家でゴロゴロすることはできないだろう。
そもそも東京から大分まで遠すぎる。帰ってくることさえできないかもしれない。
このホームシックの苦しみは罰なんだと思う。
エンタメに溢れた東京、仕事終わりにすぐに推しに会いに行ける東京、歩いてすぐそこに映画館がある東京。東京で楽しい日々を過ごすことと引き換えに、私は家と親のそばで生きる道を捨てた。
ああ帰りたくない。
特定されないよう、ある程度ぼかして書く。バレたら面倒だから突然消したりするかも。
ある日親友からサシ飲みに誘われた。そしたら「金を貸してくれ」と言われた。
彼のことは仮にDと呼ぶ。
Dは地元の友人グループの一人で、小学校からの付き合いだった。
高校に入学してもほぼ毎日遊ぶ仲で、進学でお互いに地元を離れたことで昔ほど頻繁には会わなくなったけれど、それでも3ヶ月に1回は東京で飲んでいた。
少なくとも俺は親友だと思っていた。
だけど風の噂で、上京したDは悪い友達から悪い遊びを教わり、更に3つ年下の女の子の家に転がり込んで、ヒモのような生活をしていると聞いていた。
彼の性格的に意外ではなかった。だからこそ金の無心も、ショックだったけど、頭のどこかでは「まあDならやりかねないな」とも考えていた。
とりあえず、いくら貸して欲しいのかと尋ねた。
するとDは「いや、参ったよ」みたいなテンションで、へらへら笑いながら言う。
「200万円貸してほしい」と。
最初、聞き間違えたのかと思った。想像していたよりもふたつ桁が多かった。
D曰く
・大学卒業後就職したものの数ヶ月で仕事を辞めて、今は新卒のカノジョに生活費を全て肩代わりしてもらっている。
・ギャンブルにハマって、首が回らない。
・カノジョへの借金はすでに150万にまで膨れ上がっており、今年中にこれを返さないと家を追い出すと言われている。別れたくはない。
らしい。
マジで意味がわからなかった。加えてカノジョといずれ結婚するつもりだと言うのだから、もう大混乱だった。
いつの間にか自分の親友がウシジマくんの世界の住人になっていた。
ちなみに200万円の内訳を聞いたところ、
150万をカノジョへの返済にあてて、残りは弁護士費用と当面の生活費にあてるらしい。
瞬間的にぶっ⚪︎してやろうかと思った。
とはいえ冷静さを取り戻して、俺は以下のことを伝えた。
・200万を貸すことはできるが、そんなのその場しのぎで、借主がカノジョから俺に変わるだけ、根本的に解決していない。
・それに金を貸せば確実に俺とお前の友情は壊れる。だから一銭も貸さない。
・どうしてもカノジョと別れたくないのであれば、しっかりと今後の返済計画を立てて誠心誠意カノジョに謝れ
おおむねこんなことを伝えたと思う。
本音を言えば「カノジョが可哀想だからさっさと金返して解放してやれ」まで言ってやりたかったけど、そこまで指摘する気力はなかった。
とにかく俺は親友としてできる限りのアドバイスを、根気強くした。
彼は終始、むくれた赤ちゃんみたいな顔でこちらの話を聞いていて、最後に言った。
「で、結局貸してくれないってこと?」
本気であの時仕留めておけばよかったと思う。
今のDはさまざまな不幸が重なって正常な判断を失っているだけで、きっといつかは分かってくれるだろうと信じていた。
「なんならお前のとこで雇ってくれない?家でできる簡単な仕事がいいんだけど」
笑って誤魔化したけど、正直卑屈な笑みを浮かべながらそんなふざけたことを抜かす彼がゴブリンかなにかに見えた。
しかしDはこれで終わらなかった。
それからほとんど毎週のように電話をかけてくるのだ。仕事中だろうが真夜中だろうがおかまいなしに。
おおむねの予想通り、全て金の無心だ。
自分は今こんな酷い目に遭っている。でもいつかは必ずよくなる。返す目処は立っている。親友のよしみだ、金を貸してくれ。
別の友人の結婚式で顔を合わせた時もしつこく金を貸せと言われた時は、本気でブチギレた。
とにかくそのたびに俺は「二度とその話はするな」と言った。それでもDは辞めなかった。
そんなことが一年続いた。
やられたことがあるやつだとわかると思うんだけど、こんなふうに何度も何度も何度も何度も同じ話をされるのは、精神的に疲弊するんだ。
こんな話聞かせたくないと一人で抱え込んでいたこともあって、俺は若干ノイローゼになっていたと思う。
そんなある日、見知らぬアカウントから、俺の仕事用アカウントへ、ダイレクトメッセージで画像ファイルが送られてきた。
見ると、Dの顔写真だった。
「金返すように言ってください」
「おーい」
「無視すんな」
直感した。
Dはとうとう、本当にヤバいところから金を摘んでしまったのだ。
俺はDの全ての連絡先をブロックした。
さらに注意喚起として小学校からの友人グループにも今までのいきさつを共有した。
どうやらDは、俺にしか金の話をしていなかったらしい。
(あとから知ったのだが、他のメンバーは既婚者だったからだそうだ。なんだそりゃ)
とにかく、これでDとの関係は完全に断たれた。
もう金の話で煩わされることもない、仕事は順調で、結婚もした。
Dの記憶は日々薄れつつあるけれど、ふとどこかで供養したくなって、ここに書き込んだ。
正直他にも色々あったけど、どこかでDに伝わって逆恨みされても嫌だから、ここでは書かないことにしておく。
最後にひとつ、俺のスマホにはほぼ毎日、非通知の番号から電話がかかってくる。
多い時は日に10本の非通知がかかってくる。
一度だけ、酒に酔って間違えて出てしまったことがあるんだけど、おおかたの予想通り、非通知の主はDだった。
彼の卑屈な笑い声が聞こえた途端、一瞬で酔いが覚めて、慌てて電話を切った。
それ以降彼の笑い声は聞いてない。
とある駅。大晦日に合わせて上京してきたのであろう、訛りのある70代ほどの白髪の男性が、SAPIX通ってそうな孫の後ろを歩きながら、「いつもこの電車乗ってるのか」などと本当に淡々とした会話をしているのだが、その顔をふと見ると、相好を崩すとはこういう顔を言うんだろうなと思うほど、幸福そうにニコニコしている
地方出で大した学歴でもない私から見れば東京生まれ東京育ち、こまっしゃくれのエリート小学生がよお〜という子どもが、祖父にとっては可愛くて可愛くて辛抱たまらん孫なのだな
孫はその顔を見ることもなくスタスタ歩いてゆく
孫は孫で、じいさんにいいところを見せたいので、こっち行った方が早いから!と、涼しい顔をしているようでも内心張り切ってじいさんを先導しているのだ
一方では仕事納めに飲んだ酔っぱらいどもがでかい声でうるせえわうるせえわ、右から左からのべつまくなしに喋っている
酒飲むとなんで声でかくなんのかね
我慢することにする
https://anond.hatelabo.jp/20130809115823
元のエントリより論点はズレてしまうのだが、東京で働くいち田舎者としてこんな奴・こんな考え方もあるということを書きたい。
高学歴・低学歴で人を分けた場合、私の家族や地元の人は確実に低学歴だ。私も漏れなく、一族で初めて四年制大学に進学した人間である。
だが、地元には、高学歴、低学歴だけでは括れない、東京と地方の二元論だけでは語れない価値があると私は考えている。
以下、東京や田舎という言葉が出てくるが、あくまで私の体験したn=1の東京と田舎の話です。
私の地元は日本海側のど田舎にある。集落は四方が山に囲まれて、交通量が少ないので信号すらなかった。
通っていた小学校は全校生徒が70人弱だった。今は統廃合されて、通っていた小学校はもうこの世界から名前が消えてしまった。
小学校は田舎すぎて少人数クラスになり、先生の指導が行き届いたのか比較的賢い学校だった。
田舎なのにやたら成績のいい子ども達がいると話題になり、関東の大きい大学の教育学の先生が研究しにきたほどだった。
私の小学校は同級生が14人しかいなかったのだが、そのうち3人が旧帝大に進んでいる。(私は国立大に落ちて私立に行きそのメンバーには入れていないのですが…)
定期的に周辺で熊や猪が出て、集団登下校が義務付けられていた地域の学校で、だ。
サピックスも日能研もない地域で遊んで勉強していた子たちが、田舎すぎて逆に賢くなっていた。
先生に気軽に絡めて質問もできるので、みんながゲーム感覚で勉強をしていたのもあったのかもしれない。
私が後に勉強エンジョイ勢になって大学院まで行ったのもこの時期に下地が作られたと思う。
そんな地域もあったということを知ってほしい。
そして、私の地元は田舎なのだが、田舎ゆえに一つでかいカードがある。
親が地域の伝統工芸の職人なのだ。地元ではそこまで珍しくない職業だ。
詳しく書かないが、親が歴史ある工芸の職人をしていたので田舎に住みながらとんでもなくでかい文化に接していた。
職人として知見を広めるために親が美術館や博物館に行くのにもよくついて行っていたし、色んな工芸や美術の知識を親から聞いていたので、よく言う「文化資本」的格差を東京で感じることがそんなにない。
それに、地元では小規模ではあるが車で20分くらいのところに美術館はあったし、車で1時間(田舎では普通の単位)で県庁所在地に行けたので、そこにはもっと大きな美術館がいくつもあり、そちらも大きな文化的拠点になっていた。
家族に話を戻すが、親戚がみな佐官・大工・和菓子・別の伝統工芸など職人のオンパレードだった。
そして兼業農家も多かった。
彼らは職人と言っても、アーティストではなくブルーカラーな人たちだ。
だが、彼らは大学に行っていない・行くという環境にないだけで馬鹿ではない。むしろ賢い。
賢くなければ職人業というビジネスをしっかり営むできない。農業だってそうだ。
なので私は、ブルーカラーに類される職業の人たちを学歴がないからといって話の通じない人たちと断じることができない。
それに、日本の産業を支えているのは彼らのような人たちなので、とても下に見たりとかはできない。もちろん、中には変な人もいるとは思うけど…。
このことを知れていることも、私が田舎(というより社会の下のほうなのかも)で育って良かったという一つのポイントだ。
日々山や川を見ていると、それぞれが気候に合わせて美しく形を変えていくのは、上京するまでの18年間一度も飽きの来ない風景だった。
山にはこんな動物がいて、木の実があって、山菜があって、木があって…という知識も家族に教わった。
山の保ち方、間伐の仕方、川での魚の獲り方も教わった。
地元の自然は人間の歴史と深く関わっていて、そんな中で生まれた民話もたくさんあった。
地元の地域には日本史に出てくるような人や事件が関わっていたこともあり、地域の人に話を聞いたり地域の研究本を読むと、時間の軸を深く辿ることができた。
小学校で勉強エンジョイ勢になっていたので、そういう地域の勉強はとても楽しかった。
私は多分そんな環境があったから文化そのものに興味を持って、大学・大学院でも詳しくはぼかすが文化系の研究をしていた。
ちなみに、私は案の定実家が細いので大学・大学院に行くために数百万の奨学金を借りています。機会格差って最悪だよな!
それでも、自分の熱中できる研究対象を見つけられたのは自分の育った環境があったからだ。
今はエンタメに関わる職に就いているが、それも田舎で美しい風景を見て、楽しく勉強をして、家族から文化を学んだからだと思う。
ただ、そんなにアツい文化があっても私の育った集落は本当に本当に人間が陰湿だった!
そこに関しては、東京のような人が多すぎて他人への関心を薄くせざるをえない地域が本当に楽に感じる。
かつて、私の父が重い病気に臥せった際、集落で噂になると尾鰭がついて嫌なので、絶対に口外しないよう家族で気をつけていたのだが、どこからか父の入院の話が漏れて集落中に広がってしまった。
気を遣うふりをして私たちの家にやってきて、直接父の病状を聞いてくる全然親しくない人までいた。
父親はその後死ぬのだが、その後も父の死についてヒソヒソ言われて、当時11歳の私はこの世界は本当にクソだと思った。
他にも、私が上京・進学・就職したことも色々言われているらしい。他人への興味が本当にすごい。
地元にいた頃は外の世界を知らないので、人間は陰湿ということが脳みその奥まで刻み込まれてしまった気がする。
補足すると、田舎にはもちろんいい人もいる。
だが残念だがらマジョリティは、上記のような噂好きで目立つ人や出来事に積極的に関わって言いふらす人たちだった。
人の陰湿さについては、もちろん東京でも一つの街に定住したらきっとしがらみはあるのだろうけど…
恐らく私の故郷ほど「うちらの家は江戸時代から付き合ってます! うちは昔は地主だったのに小作人の家のあんたはそんな態度でいいのかな?」レベルのしがらみはそんなにないのではないか。
それでも私は地元のことを「資本も娯楽も何もない最悪な場所」とは全く思わない。自分を形成した場所だからだ。
だけど大都市的価値観、東京を絶対とする価値観ではきっと理解されないのだろうなーとなかば諦めている。
なので東京出身の人の前では「羨ましいです〜」と言うのだが、それは半分くらい本当で半分嘘である。
なぜなら田舎の自然と文化と陰湿さの中で自分は育ったので、自分の文化的素養と反骨精神は多分都会では育たなかったと思うからだ。
東京の資本的な豊かさには憧れるものの、そもそも東京や他の大都市で生まれていたとしたら性格は全く違っていたと思うし、今の自分が好きなので、「東京に生まれたかった」とはそこまで思わない…
あと、東京の人は地方が豊かだという言説にすごく敏感な気がする…ので、ポーズでも「私は田舎者なので憧れの東京で来れて嬉しいでやんす」という態度でいたほうが楽だ。
(この前Xでバズっていた「東京の人は車がないのにシャトレーゼなどのチェーン店をどうやってハシゴするのだろう」みたいなポストに、東京の人がやたら攻撃的に言い返していたのがなんか印象に残っている…。
基本的に東京の人は、地方のほうが優れている側面がある可能性もあまり認めない傾向にある気がする)
こんなに言ってしまっているが、前提として私は東京のことが大好きだ。
好きだから働いているし、何より仕事・研究・趣味・生活などあらゆる面で圧倒的に機会が多い。出会う人も多様だ。
だから私は東京にいられて幸せだし、この場所にしがみつくし、しばらく居続けると思う。
ただ、たまに自分が芯から東京出身みたいな言動をとりかけてハッとする瞬間がある。
私のような東京で働く田舎者は東京的世界観に合わせすぎて、自分の故郷を否定するときがあると思う。
東京の感覚が間違っているのではなくて、ただ、自分を形成しているものを拒否してまで東京で生きなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。
私は、地元は最悪な面もあるが、全然最高なところもあったと断言できる。
夕方の雄大な雲の流れ、雪の降った朝の空気、眠れない夜に聴く川の流れの音、一生懸命「ホーホケキョ」を練習するうぐいすの声、初夏の稲穂の上を通り抜ける風、祖母からぽつぽつと語られる昔話、父と山で採ったびわの味、職人である家族の美しいてさばき…これは私は自分の故郷で生まれ育ったから得られたものだ。
多分「嫌なことがあったから地元から離れたんです」という人も多いとは思うのだけど…あなたを形成した場所をすべて否定するのは苦しくはないですか。
私は地元の陰湿な人間が大嫌いだったので、そんな人たちや出来事のことは肯定しません。
よくも悪くも自分のことを形成しているのが地元だなと感じます。
私は田舎者であることを自分の中に留めておいて、東京で働く中で多様な視点をもっていたいと思う。
商品を全国で売っている自分の会社では、絶対に必要な視点だから。
仕事以外でも、東京にいる人とのコミュニケーションでこの視点があって良かったなと思うことはままある。東京は多様なバックグラウンドを持つ人の集合体だからね。
だけど、私がこんな文章を書けるのも、東京に出て、高学歴に類される大学に行き、高倍率とされる企業に入って、東京で生きていける程度の余裕があるから、ということもあるかもしれない。
そのグロテスクさについては、また考えなければいけない。
それでも、やっぱり私は田舎者である自分を否定しきれないし、できないと思う。
ここまで読んでくれた方で、地方出身の人がいたら、最初から東京にいるように振る舞い消費する過程で過去の自分や経験は全部上書きしなくてもいいと思います。
あなたを構成したものが地元のどこかにあるなら、それは抱きしめてほしい。
こっちからすれば米子も倉吉も他県みたいなものだし境港は一生に一度も行かない人も多いだろう
増田の感じからするとイオン北店には簡単にアクセスできる環境?湖山とかその辺の鳥大まわりに住んでる人?
うちは鳥取駅側でイオンモールじゃないイオンしかないから千代川の向こう側に住んでるのはうらやましい、イオンシネマあるし
「鳥取市に初出店!」系のニュースでそっち側だとよほどのことがないと自力で行けないこと確定だからがっかりする
(車が運転できないからチャリで40分くらいかけて鳥取駅周辺まで行くのが精一杯)
鳥取駅周辺にも出店してほしいから頑張ってそっちでサイゼを盛り上げてくれ
松屋とかもいつかできるといいよな、みんなが言ってるうまトマとか食べてみたい
こんなことに憧れてる人生なんてほとんどのはてなーにはきっと想像もつかないんだろう
本当は上京するのが一番いいんだろうけど自分はそれを決意するには15年ほど遅いしもう取り返しがつかないから来世に期待するしかないので、増田が若くてそれなりのスペックがあるなら健闘を祈る