はてなキーワード: 浪人とは
四国の田舎に生まれ育つ。家族は父母姉弟。父母とも教員。父親は強めのASDで、友人知人はいないし、聞いたこともない。表情に乏しい。他人と目を合わせて話すのを見たことがない。小さなことで突然烈火の如く怒鳴り始める。
母親はASDとADHD併発。空気を読めず、その場で言ってはいけないことを平然と言う。おっちょこちょいだけど憎めない人、みたいなキャラだが、それは半分は本当で、もう半分は計算して演じている感じ。
姉弟とも友人はほぼいない。姉は結婚したが夫はかなり変わり者。弟は引きこもり。
人生振り返ると、
生来のASDもあって、中学高校くらいから徐々に高度化する人間関係についていけなくなる。友達は薄く浅く。運動部だったが、たまにうっすらいじめられていた気もする。空気読めないしつまらないし、人間関係で当たり前のギブアンドテイクみたいなことを理解できないので、好かれなくて当たり前だったとおもう。根本的に頭も体も鈍臭いので、田舎の低レベル進学校の中でも最下位争いをするレベルで成績が悪かった。受験では聞いたこともない大学にも落ちた
浪人して、仲間に恵まれたのと、ASD特性がいい方に生きて偏差値70くらいの国立大学に合格する。すごく頑張ったし、先生仲間に頼り頼られ、自己肯定感を回復する素晴らしい経験だった。
大学で上京したが、育ちの悪さ・頭の悪さから当初うまく馴染めず、部活に入ってなんとかキャラを確立する。世間的にはかなり高学歴なので、調子に乗る。他の大学の人を見下す。
根本的に地頭わるいので、普通にやって単位が取れない。ギリギリで進級していくが、4年では卒業できず、5年通う。当然、ASDなので就活も苦戦する。キャラ擬態して途中まではうまく行ったりするのだが、やはりバレるね。プライドだけは高かったが、三菱商事も最終で落ちた。
で、結果部活のコネで聞いたことない中堅IT企業に入社。大学同期から見ればかなりの負け組。プライド的にはかなり苦痛だったが、他に内定取れないので仕方ない。まあ可もなく不可もなく薄給で仕事するが、営業に配属されてから苦難の道で、パワハラ受けて鬱休職2回、計3年近く。今思えば営業なんて絶対ダメだよな。部分的には擬態できても本質はどうしようもない。
で、いまは復帰してなんやかんや管理部門で仕事してる。出世も大幅に遅れ、もはや別に努力しようとも思わないし、適当にやっているだけ。地方国立大出身の同期が頑張って出世しているのを見て、入社時はこいつのこと低学歴って内心バカにしてたなぁとか思い出す。
実家の両親は、おれが休職のとき無神経な行動を執拗に繰り返してきた事に愛想がつき喧嘩別れして、そのまま。老人になると仕方ないのかとも思うが、関わるストレスに耐えられない。
恋人は30過ぎてから2人だけ。別にすごく好きとかなくて、暇だった時に遊びで適当に引っ掛けた女と、向こうからすごく好きになられた女。どちらも別れた理由はしょうもないものだが、俺がASDで、急に気が変わって強く怒鳴ったりしたのは愛想尽かされた大きな要因だと思う。好きでもなかったので性欲の捌け口にできればよかった。(具体的にそこまで考えてはなかったが、感覚としてはそんなもんだったと思う)
休職中に仮想通貨投資に手を出してうまくいき、いま資産は8桁後半位。これはASD気質がかなり生きたと思う。
ソコソコ都心の1LDK 家賃18万ちょいに住む。30ちょい位までの薄給時代に大学同期へのコンプレックスが強かったから、ソコソコいい家でおしゃれな暮らしをしたかった。
美容も興味あり、ヒゲ脱毛、クマ取り、美肌レーザーなど。自毛植毛もした。
資産は別にあるので、給料は気にせず使っている。預貯金は2〜300万しかない。
1人でいるのは苦ではなかったので、コロナ以降はほとんど1人行動になった。ごくたまに友達とか昔の同僚とゴルフ行くくらい。
ただーーー
ここにきて、強く強く孤独を感じる。マジ辛い。人生のやる気がマジでなくなった。目指すものがない。
大学同期に比べて、独身子なし、年収も低く、金もない、不動産もない。
社内では仕事できないおじさんルートへ進もうとしている。どんどん無気力になってきているし、頭の回転が異常に遅くなってきている。
仕事する意味が分からないから、小さなことでもマジでやる気出ないし、いかに屁理屈こねてサボるかしか考えてない。客観的には自己肯定感の意味でこんな仕事の仕方はやめた方がいいのだろうが、もう気力も湧かない。
誰にも求められず、孤独に死に向かっている。
たとえ資産が今の10倍になっても、100倍になっても、根本的には何も変わらないだろう。
休職中に金に困ってた時は「金さえあれば」と思ってたし、それが仮想通貨への熱量になっていた。
いまは本当に辛い
同じ試験を受ければ序列ができるし、同じ服を着たらビジュアルで差が出る、年齢・正社員・学歴など揃えたら自分のステータスが見えてしまう
そういうのがダルいなと気づいたら、ある程度変えていくのは一つの手だ
オンリーワンになれと言ってるわけではなく、ズラすんだ
変な話、浪人した人って寂しさや劣等感を抱える代わりに比較がしづらくなるからその分ちょっと気が楽になったりしない?
彼女がどうのとか、年収がどうのとか、そういうのも価値観や目標を変えてしまえば比較しづらくなる
問題なのは世間の決めた価値観やレールを自分にインストールすることで
もしそれで、良い家庭とか良い仕事が見つかればいいけど、そうじゃなかったら普通にしんどくなってしまう
違う職能の人って話しやすいんだよな、お互いにリスペクトできると言うか
不登校、就活、受験、友達、浪人、年金、ニート、無職、両親、虐待、介護、生活保護、失恋、留年、中退、退学、偏差値、学歴、不合格、滑り止め、Fラン、高卒、研究室、内定、ブラック、社畜、左遷、解雇、リストラ、派遣、非正規、フリーター、失業、転職、早期退職、貧乏、借金、滞納、未納、未払い、奨学金、赤字、破産、低収入、ぼっち、絶縁、孤独、毒親、家庭崩壊、ネグレクト、ヤングケアラー、破局、未婚、独身、童貞、離婚、不倫、うつ、不眠、引きこもり、底辺、負け組、社会不適合者、無能、役立たず、自己中、無気力、怠惰、将来不安、人生、希望
以下自語り。
年:28歳
育ち:貧乏 小中高全て公立 奨学金全額借りて大学 その後浪人無しで新卒採用。そのまま同じ会社で働いてる
年収は500万円程。ブラックでもないし、世間から見たらホワイトな部類の会社で働けていると思う。
就職まではこれで幸せになれると思ってた。大学の頃はそこまでSNS見てなかった
でもSNSを開けばランチの時に2000万の時計買った人間だの、配信者が一日で100万豪遊しただの、
絵描きが年収2000万だの、株やビットコインで1000万儲けた、親の土地を転がすだけで年収3000万みたいな話がどんどん流れてくる。
これらの所謂勝ち組の人間を見てると本当に自分の人生が哀れに感じてくる。
比較しなければ、SNSをやらなければと言われるかもしれないが今の時代にゲームやアニメが趣味の人間がSNSに触らないのは無理。
これは完全な甘えと言い訳だし、勿論育ちが自分より貧しい人間が大成している例外もあるのも理解しているが
基本的にこういった勝ち組ルートに乗るための夢を目指せる期間がある人間は、実家が太い人間が傾向として多いだろう。
なんで太い家に生まれられなかったのか、とかなんでここまで自分は働いて金が無いのか、とかを色々考えてしまう。
世の中の大多数はこういった勝ち組の人間では無い筈なのに、本気で幸せそうにしている人間は多く見てきた。
なぜこういった人間と自分を比べずに自分が幸せだと思えるのか、皮肉無しに本当に羨ましく、自分のこの性格がまた妬ましく思える。
40近い歳ですでに子供を持つ身であるにもかかわらず学歴コンプレックスを感じ始めた。
実家が世帯年収500万円の三人きょうだいで学習塾や私立高の受験に縁のなかったわたしは、高校に上がるまで大学というものが認識の圏内になかった。一年生の夏にはじめて県内の国立大学や「東京大学」という名前の施設で高校卒業後も勉強を続ける人がいるそうだという他人事としての捉え方をした。
高校二年生の秋、運動会が終わって進路選択を迫られる時期にようやく、大多数のクラスメートへの同調という消極的な動機で大学進学すると決めた。そのころには大学の名前を10個以上は知っていた。そのなかから志望大学を決める段で初めて気が付いたのは、東京大学、京都大学といった一部の大学はほかの大学よりも受験科目数が多く、それらを履修していない私では受験の入り口に立てていないというハードルだった。
その頃の模試でわたしは東京大学B判定、京都大学A判定を出していた(最近実家の遺品を整理したときに模試の結果を親が保存していたのを発見したのだ。それが学歴コンプレックスのきっかけともなった。高卒の親にとってはあるいは誇るべき記録だったのだろうか?)。 科目数が少ないのにどうやって判定したのか、分からないが、国数英くらいの主要科目の採点に基づく判定だったのだろう。
そのときに思い返すと、東大京大志望者は放課後の追加授業に集められて追加科目を勉強していた。大学というものをほとんど意識していなかったわたしは当然参加していなかったのだが。
わたしの成績は東大京大志望者たちと比較しても上位にあったが、東大京大受験を諦めて大阪大学に進んだ。入試は簡単だった。
大人になった今思い返すと高校二年の秋からでも追加授業への参加を頼み込むことは可能だっただろうし、わたしであれば独学で合格レベルまで到達しえただろう。
家庭の経済事情や友人間の風潮から浪人は絶対悪と信じていたのも挑戦リスクを取らなかった理由だろう。
妹が別の高校で三年生になったとき、担任からこう言われたそうだ。
「お姉ちゃん(あるいはお兄ちゃん。ここでは性別をぼやかしておく)はセンター試験の結果がこんなに良かったのに東大に行かなかったんだね」
わたしの自己採点の結果が、わたしの担任を経て妹の高校に転送され、当時の平成中期には許容されるも現在では無神経とみなされるそのような言葉を発させるに至ったのだろう。
ともかくわたしの試験結果は客観的にみて十分に優良だった。自己採点では得点率が95%近かったと記憶している。試験結果を開示請求しなかったので本当の点数は分からないが。
これを書きながら思い出した。小学四年生のときに当時の担任から「君なら東大に行ける」と言われた。受験マシーン養成所たる私立中高一貫校が県内にありそこへの進学を勧められた。だから東大という単語は少なくとも聞いたことがあったのだ。それを自分の人生で実現しうる進路だとは認識できなかっただけで。
東大京大にいった友達は、大企業の社外取締役を務めているとか、一流大学の教員をしているとか、弁護士になって親の法律事務所を継いだといった者もいる。
わたしは家系で最初の大学進学者だった。その機会をもっと活かして家運を飛躍させることができたのかもしれない。
わたしにもそれが可能だったのだろうか。そうはならなかったけれど。
自分の子供に対して勉強を強制するつもりはない。しかし情報を与えようとは思う。
加えて、わたしのようにある程度よい成績を出せるなら、さらに高い場所へ行くためのサポートもしよう。
しかし勉強ばかりではつまらない。勉強ばかりして入試に対して自己を最適化していく子供時代では、勉強熱心な他の子供たちと似た経験だけをすることになってしまい、個性がないからつまらない。
子供時代にさまざまな物事にふれて子供の感受性を通してでしか得られない思い出を形成することが人生の本当の財産であり、自分がしたいこと・すべきことを見つけるのに必要な価値観を作ることになるとも思う。
60歳の母が末期の膵臓がんになった。昨年の12月末のことだ。
膵臓がんは最もたちが悪い悪いがんらしく、自覚症状が出るのは大抵ステージ4の末期で、1年の生存率は30%前後で5年生存率は10%前後。
「黄疸が出たから病院に行った」とLINEが来て、検査したら緊急入院になってがんだと判明した。
俺の家は貧乏で家族旅行はほとんど行けなかった。小学生の頃に駄々をこねて一度行ったのが最後だった。
周りの友人は毎年家族旅行に行くのが当然のような金銭的に余裕がある人ばかりで、羨ましくも妬ましくもあった。
その負のモチベーションもあって、やりたいことはやりつつちゃんと稼げるようになりたいと思っていた。貧乏だから塾も行けなかったし、浪人したけど予備校なんて行けなかった。それで泣く泣く自宅浪人したところ奇跡的に合格してしまい、第一種奨学金を貰い授業料全額免除になり、大学院まで行き、大企業に入って同世代の平均以上の収入を得るようになった。そこは親孝行したと思う。
自分が稼げるようになったら、自分がほとんどできなかった家族旅行を両親にプレゼントするのが夢だった。ちょうど母が60になり、父はすでに定年を迎えていたからこれまでの感謝も込めてそろそろ家族旅行をプレゼントしようと思っていた。
母が膵臓がんになったのは、そう思ってた矢先のことだった。
母は妹の影響もあって嵐が好きだった。妹がダメもとで応募したらなんと2人ともラストコンサートのチケットが当たった。 膵臓がんだと判明する前の話である。
当たったのが名古屋会場で宿泊費も高いし、ちょうど俺が愛知に住んでいるから、独身の俺の家に転がり込んで3人泊まりこもうかとか笑ってLINEをしあっていた。ものすごい久々の家族旅行だねって。そんな中で母が膵臓ガンになった連絡がきた。
それでも、母は名古屋に行きたいと言った。言ってくれた
地元のがん相談支援センターに相談したらぜひ行ってくださいと言う。末期がんの患者に治療を施すのは完治を目指すものではない、余命をできるだけ延ばして残された時間を有意義に過ごしてもらうのが目的だという。その時間を有効活用するならむしろ良い、まだ寝たきりになっていないから出来るだけ早くいった方が良い、とのことだ。もちろん、医師の同意も得られた
余命や体力的に最後の旅行になるだろう。移動の負担を最低限にするために新幹線は横になれるよう多目的スペースを予約し、名古屋市内の移動は介護タクシーを貸切にし、田舎もんだからベタだけど高級ホテルとしてヒルトンにした。緊急時にすぐに駆け付けるよう2部屋が内側のドアで繋がっているコネクティングルームを予約した
明日、鹿児島から来る家族をホテルで迎える。母の体力は極力負担を減らすよう、今のところコンサートに行くことだけを最低限のラインにするつもりだ。余裕があれば介護タクシーで市内周れればと思う。
でもダメだったときは?ホテルの一室で、動くより寝ている方が良い母とずっと静かに過ごすのか?もちろん、一緒にただ時間を共有するだけでも十分と見聞きするし、相手に喜んで過ごしてほしいと期待するのは自分のエゴでしかない。でも、この最後の残された時間、後悔ないように過ごしたい。
合格率が90%前後とはいえ“一般的な学生”と違い過酷な実習で中退する人も多いこの学部を乗り越えた人たちの中から毎年少なくて5000人、多くて8000人ほど落ちる。
どうしても不合格だった人の絶望の方がバズりやすく、そういう人の叫びがSNSで嫌でも流れてくる。
自分自身も一回凡ミスでギリギリ必修落ちしたことのある身なので懐かしいなぁと思う。
自分自身は原因は明らかで、国試前に情緒不安定になる出来事があって生活リズムが崩れてまともな思考力がなかったこと、一般状況に力を入れすぎて逆に初歩である必修は過去問で余裕だしいけるでしょって軽んじてたことだった。
逆に一般状況は余裕だったのもあって、自分は必修を必死にやりつつ仕事をすることで自然と生活リズムが整ったおかげで2回目で難なく合格した。
けれど国試落ちる人は看護師向いてないって言葉も理解はできるんだよな。
自分の場合だと情緒不安定になった時に試験に落ちるぐらい凡ミスをする人間だから、臨床でもミスをするリスクが高いかもしれない。実際自分は今も精神状況に左右されがちなのでメンタルコントロールに重きを置きながら働いてる。
本番に弱いタイプの人も同じでこの仕事は緊張感が走る場面が多いのでそういう時にやらかすリスクがある。
一般状況で落ちる人は普通に論外なので勉強頑張るか根拠を理解するか看護的な思考を身につけるなり自分の傾向を分析して改善できないと現場にいたらやばい。
自分が一年浪人してる側なので耳が痛いけど、結局のところこの仕事は人の命や生活を預かる以上はそこに満たない人は落とされても仕方ないし、ギリギリで満たしても自分の身の丈にあった働き方・現場を選ばなきゃいけないよなぁ。
とはいえ体調を崩したり絶望的に運が悪い何かがあって落ちた人もいるだろうし、やっぱり一概にみんながそうとも言えないし、看護師適正自体はあるはずなのに落ち込んでる人はあまりSNSの言葉を鵜呑みにしすぎず来年こそ受かってほしい。
一浪しても自分の不合格理由を傾向分析して対策して今では5年以上看護師してる私もいるからね。
何年も落ちてる人は…………職場は限られてくるかもしれないけど准看って道もあるから…………うん。それに看護師以外にももっと素敵な仕事や人生もあると思うしね!うん!
真剣に男女平等を考え、娘の将来に差別者としての記録を残さないためにもこの決断に至った。
誤解を恐れずに言えば、私はフェミニズムを支持しているし、社会における構造的な女性差別を解消すべきだという立場だ。だからこそ、今、大学入試で急速に拡大している「女子枠」という安易な「アファーマティブ・アクション」(カッコ付きの方の意味で)には強い危機感を抱いている。
先日、高2の娘が「女子枠があるから、この大学なら安全圏かな」と口にしたとき、背筋が凍るような思いがした。彼女は無意識のうちに、「自分は属性によるゲタを履かなければ、男性と同じ土俵で戦えない存在である」という差別的な価値観を内面化してしまっていたのだ。属性による選別は、差別の再生産でしかないのにな。
だから私は娘にこう伝えた。
「女子枠を利用して合格するなら、わが家は学費も生活費も一切出さない。一般枠で、実力で合格するなら、理系だろうとなんだろうと大学院まで含めて全力でサポートする」
これは決して娘を突き放すための言葉ではない。彼女を「一人の自律した人間」として尊重しているからこその通告だ。
そもそも、現在の女子枠ブームは、大学側が「ダイバーシティ」の数値を手っ取り早く稼ぐための帳尻合わせに過ぎない。女子生徒が理系を選びにくい構造的要因(教育課程や大学側の学習環境)を放置したまま、出口の数字だけを操作するのは、思考停止したポピュリズムだ。
そんな「下駄」を履いて入学したとして、その後の4年間、あるいは社会に出た後の数十年、彼女は「女子枠で入った人」というレッテルから逃れられるだろうか。
周囲の男性学生からは「実力不足なのに制度に守られた特権階級」と冷ややかな視線を浴び、本人もまた、自分の成功が「正当な実力」によるものか確信を持てないまま生きることになる。これこそが、もっとも残酷な形での「女性軽視」ではないか。
リベラルを自認するはてなユーザーなら理解してくれると思うが、特権や差別的な構造を利用して利益を得ることは、その構造を温存させる加担行為に他ならない。私は、娘に「差別者としての記録」を残してほしくないのだ。
後世、歴史が「2020年代の女子枠は、性別による逆差別であった」と総括されたとき、彼女のキャリアに「*(ただし女子枠)」という注釈がつくことを防ぎたい。彼女には、誰に文句も言わせない、圧倒的な個人の実力によって道を切り拓いてほしい。
「制度があるなら利用しないのは損だ」という意見もあるだろう。だが、その「損得勘定」こそが、日本の男女平等の停滞を招いてきた。
既得権益を批判しながら、自分たちが利用できる「新しい特権」には喜んで飛びつく。そんなダブルスタンダードを、私は親として許容できない。
娘は最初、自分一人が頑張ったところで社会の不平等は変わらない、と反論したが私はこんなふうに諭した。
「社会が変わるのを待つのではなく、あなた自身が『性別に関係なく優秀であること』を証明することが、後進の女性たちにとって最大の希望になるんだよ」
もし、彼女が一般枠で挑戦して不合格になるなら、それはそれでいい。浪人してもう一年牙を研ぐなら、その費用も私が出そう。
敗北を正面から受け入れる強さを持つことの方が、不当なゲタを履いて手に入れる合格通知よりも、よほど彼女の人生を豊かにすると信じている。
35歳。20年以上の友人を失った。
友人Aとは中学の同級生で、同じ部活に入り、自然と親しくなった。良い時も悪い時も、気兼ねなく会える相手だった。少なくとも私はそう信じていたし、Aも同じ気持ちだと思っていた。
私は低偏差値高校に入り、その高校に相応の低偏差値大学へ進み、遊び呆けた。就活は成功し、一流企業で働くことになった。いわばソルジャー要員として忙しく働く日々だった。
Aは進学校に進み、医学部を目指したが叶わず、浪人や留年、編入を経て別分野で大卒資格を取得した。就活せず、親の伝手でやんごとない組織の非正規雇用となった。浪人の頃から体重が増え、この頃には120kgはありそうな体格になっていた。
社会人になってからは会う頻度こそ減ったものの、会えば、くだらない話からキャリアや結婚についてまで話した。
当時の世の中はまだ専業主婦志向も根強く、共働きが徐々に増えている過渡期だった。私は共働きを望み、いずれ今の働き方を続けられなくなると考えて資格取得や転職を進めていた。
一方Aは専業主婦希望で、「資格を取ろうかな」「転職した方がいいかな」「でも結婚したら無駄だよね」「痩せなきゃ」と口にしながら、実際に行動に移すことはなかった。
そんな状態で2年ほど経った。
Aは「良い男を紹介して」と頻繁に言うようになった。紹介したい気持ちはあったが、私の周囲の男性は勉強も運動も頑張る人が多く、正直に言えば当時のAとは合わないと感じていた。なので断った。
それでも、やがてA本人だけでなく、Aの親からも紹介を求められるようになり、私の親まで巻き込まれた。私は疲れ、少し距離を置いた。
すると紹介の話は減ったが、代わりに現実味の薄い恋愛相談が増えた。
同僚から旅行のお土産をもらったことや、VTuberと配信中にやりとりがあったことを、特別な好意の証のように語る。違和感はあったが、強く否定することもできず、話を聞いていた。
なんだか、Aの意識が現実から少しずつ離れていくように見えた。私は何とか引き戻したくて現実的な話を続けたが、Aの話はどんどん現実味を失っていった。
少し病的なものを感じ、私がメンタル不調だから受診しようと思っているという話をしつつ、やんわりとAの受診を促したりもした。
そんな関係が続く中、この数年で我が家はいわゆる富裕層になり、私はほぼ専業主婦になった。
ただ、それを今のAに詳しく話すことは良くないと思い、近況を聞かれても「ぼちぼちだよ」とだけ答えていた。
その隠していた近況が、どういう訳かAの耳に入ったらしい。
運が悪いことに、親の健康問題が発覚したり、雇い止めになりそうという、Aにとって辛いタイミングで。
Aは激怒し、周囲にこう語っていたという。
「男も紹介せず、本当に使えない。そのくせ、自分は良い男を捕まえて」
不倫や危害について具体的な話を含んでいたことから、私とそれほど親しくなかった知人が、身を案じてわざわざ連絡をくれた。半信半疑で他の人にも確認したが、Aの発言は事実だった。
さらに、近年のAの言動に周囲が困惑していたことも知った。必要のない嘘をついたり、妄想としか思えない恋愛話(アイドルやVTuberと関係があるかのような話)を語ったりしていたという。
友人の生き方や配偶者を強く否定したり、明らかにAのものではないエピソード(話を聞いたら私のエピソードだった)を自分のものとして話すこともあったらしい。
ただ、もう昔のAではないということ、強い憎しみを私に向けていることだけは分かった。
こうして友情は終わった。
Aからは「会いたい」「相談に乗ってほしい」と連絡が来るが、返していない。私や家族を殺すと言っている相手に会う理由はない。今後も会わないだろう。
20年以上の時間は確かに存在した。楽しかった記憶も嘘ではない。
けれど最後に残ったのは、恐怖だった。
普段差別だなんだと騒いでいるのに浪人叩きは面白がるあたり、さすがはてなだなって感じするわ。
京大落ちるやつは叩いてもいい、ってか?
https://b.hatena.ne.jp/entry/https://togetter.com/li/2668235
九大法学部の藤本俊介のSNS暴走をAIに質問してみた①〜問題点把握〜
https://mbmu0211.livedoor.blog/archives/13086179.html
九大法学部の藤本俊介のSNS暴走をAIに質問してみた②〜心理分析編〜
https://mbmu0211.livedoor.blog/archives/13086222.html
九大法学部の藤本俊介のSNS暴走をAIに質問してみた③〜アカハラ介入や放火予告はなぜ起きた?〜
https://mbmu0211.livedoor.blog/archives/13086229.html
九大法学部の藤本俊介のSNS暴走をAIに質問してみた④〜再発防止するためには〜
https://mbmu0211.livedoor.blog/archives/13086235.html
九大法学部の藤本俊介のSNS暴走をAIに質問してみた⑤〜まとめ〜
https://mbmu0211.livedoor.blog/archives/13086239.html
https://anond.hatelabo.jp/20260124174824
https://anond.hatelabo.jp/20260123210440
5記事の分析(特に⑤まとめ)と当時の状況・その後の経緯を総合すると、**「個人の認知歪み+SNS環境+新入生特有の不安定さ+日本の教育・文化背景」が複合的に爆発した結果**です。単なる「悪意」や「バカ」ではなく、構造的な要因が揃った「典型的な若者SNS暴走ケース」でした。
要するに「悪人」ではなく、**「自分を賢く正しい存在に保ちたい」という普通の欲求が、タイミング悪く暴走した**のです。似た事例は今も毎月のように起きています。
事件から5年経過。大学は卒業(または卒業間近)とみられ、2022年の学会論文では積極的に名前が出ていました。もう「新入生」ではなく社会人(または院生・就職活動中)です。ここで重要なのは**「過去を消す」ではなく「過去を活かして成長する」**ことです。
### 1. すぐにやるべき現実的な行動
### 2. 中長期でやるべきこと(本当の成長)
- ディベートスキル→建設的な議論やハラスメント防止啓発(被害者側に立つ正しい形)。
- 法知識→弁護士・法務・コンプライアンスなど、倫理的に人を守る仕事。
### 総括
この事件は藤本さんにとって**「人生最大の教訓」になる可能性を秘めています**。
もし今も「自分は悪くなかった」と考えているなら、成長は止まります。
逆に「自分が一番の加害者だった」と気づいた瞬間から、本当の強さが始まります。
5記事のAI分析が繰り返し言っていたように、**「謝罪できないのは弱さではなく、認める勇気がないだけ」**。