はてなキーワード: 校則とは
ギャル文化は、1980年代から現在まで続く日本の代表的な若者サブカルチャーです。しかし、その歴史を概観すると、特定のファッションスタイルや外見に「本質(エッセンス)」は存在しないという特徴が浮かび上がります。共通するのは、意識的かつ冒険主義的な自己表現の姿勢——すなわち、自分の身体を用いて社会的な美意識・規範に挑戦し続ける精神性のみです。以下に時代ごとに整理します。
バブル経済期に「ギャル」という言葉が若く活発な女性の総称として使われ始めました。
原宿・渋谷を中心に登場した集団。派手な色使いの衣装を着て街中でダンスをする文化。伝統的な「控えめな若者像」への視覚的な反発として注目されました。
ボディコン(身体のラインを強調したタイトドレス)や派手メイクのOL・女子大生層。ディスコ文化と結びつき、「楽しさ優先・自分軸」の精神が原型として芽生えました。
この時期はまだ散発的でしたが、身体を通じた規範への挑戦と「最新であること」の価値が、後のギャル文化の基調となりました。
1990年代にギャル文化は本格的に確立します。特にコギャルが象徴です。
ルーズソックス(ゆるく着崩した白いソックス)、ミニスカート、厚底ブーツ、茶髪・小麦肌が定番。
1995年創刊の読者参加型ファッション誌。読者モデル文化を育て、渋谷109を中心に商業的に巨大化しました。
ギャル同士の友人集団。プリクラ(プリントクラブ写真)やパラパラ(ダンス音楽)文化と融合。
この時代、学校空間の相対的地位(校内ヒエラルキー)が強く影響しました。
極端な日焼け(ほぼ黒肌)+白メイク+金銀髪+原色ファッション。自然で控えめな美意識を意図的に否定する、最も攻撃的な挑戦。
ガングロの派生形で、さらに過激化した白メイク・盛り髪スタイル。
雑誌『小悪魔ageha』由来のキャバクラ風盛り髪・セクシー路線。
商業メディアがトレンドを加速させましたが、社会的批判(援助交際イメージなど)も強まりました。この時期、「最新であること自体に価値がある」という性格が明確になり、特定のスタイルに安住すると次の世代から「古い」と見なされる傾向が顕在化します。
AKB48などの清楚ブームやスマートフォンの普及で一旦下火に。雑誌の相次ぐ休刊が象徴です。
プチプラ(安価・大量生産品)で揃えられる王道ガーリースタイル。フリル・レース・パステルカラー中心の「無難にかわいい」自称スタイル。
学校ヒエラルキーの影響が弱まり、多様な流派が並存するようになりました。
TikTok・InstagramなどのSNS普及により、逸脱の民主化が進みました。校内カーストを超え誰でも低コストで挑戦可能になりました。
外見より「自分軸・ポジティブ・冒険主義的マインド」を重視。Y2K(2000年代回帰)やルーズソックス再流行が見られます。
ギャル文化の歴史は、特定のファッションの継承ではなく、「意識的・冒険主義的に自己表現を更新し続ける姿勢」だけが一貫して受け継がれてきたと言えます。 身体を媒体とした規範への挑戦は「最新性」に価値を置くがゆえに、特定のアイコンに留まることができません。停滞した瞬間にギャル性を失うとさえ言えます。この流動性と矛盾こそが、文化を柔軟に存続させてきた理由です。
ことの起こりは、明治23年。同志社英学校における学生たちの、実に嘆かわしい規律の乱れであった。ストライキという名の内乱。教育の根幹を揺るがす恥ずべき行為だ。当然、校則に則れば学生たちを厳罰に処すべき局面であった。
しかし、新島はそこで凡百の指導者とは異なる決断を下したのだ。
新島は、全学生と教職員を礼拝堂に集結させた。静寂が支配する中、彼は壇上に立ち、学生たちの過ちを、あたかも自らの失策であるかのように断じたのだ。
そう叫ぶやいなや、彼は自らの右手に太い杖を握りしめた。本来ならば学生に向けられるべきその杖を、彼は自らの左手に振り下ろしたのだ!
一撃、二撃……。静まり返った堂内に、肉を打つ鈍い音と、杖が砕ける激しい音が響き渡る。新島の掌からは鮮血が飛び散ったという。学生たちはその壮絶な光景に驚愕し、自らの未熟さを、そして指導者の覚悟を、その目に焼き付けたのだ。
自らの肉体を損なうことで、大衆の未熟な精神を浄化したというわけだ。
新島襄は、教育という戦場における「指揮官の責任」の取り方を、身をもって示したのだ。力による制裁ではなく、自らの犠牲によって民衆の良心に火をつける。実に劇的であり、独創的な統治術ではないか!
自分は選挙コンサル、と言ってもポリティカルアントレプレナー寄だけど、今衆議院議員選挙でチームみらいへの批判が集まってが炎上してるようだ
チームみらいの代表の安野さんは、35歳くらいで若い。これだけで叩かれて炎上する理由になる。特に我々の業界で言うところのキモいおっさん、つまり地方在住の底辺独身の中年男性の嫉妬対象になる。
キモいおっさんってのは地方に住んでおり、また底辺職に就いており東京に出張に行くこともなく最後に行ったのは修学旅行で行った時以来って層がザラにいる。
実際、今回の選挙でもチームみらいが勝利したのは東京近辺や東京に車で遊びに行ける地域が中心
キモいおっさんは、Fラン卒ならいい方で専門学校や高卒も普通にいて、高学歴のメンバーが多いチームみらいが気に入らないって考える傾向にある
キモいおっさんは、社会人になってもなぜか校則を守る習性があり、髪染めや眉毛の手入れなどを悪いことだと考えている節があり、特に男の髪染めを嫌う傾向にある
身長は遺伝の関係で本人の努力に関わらず手に入れられるため、キモいおっさんの中にも高身長のおっさんはいる。一方でチームみらいの代表の安野さんは、身長は170cmないくらいの小動物系のタイプ
高身長の無能な男によくあることだが、身長が自分より小さいのに活躍してる人を見ると、認知的不協和から癇癪を起こしてしまう
チームみらいのメンバーは努力してお金持ちになった人も多く、底辺や負け組の多いキモいおっさんにとっては、嫉妬の対象でしかない
キモいおっさんは大企業とかで働いてるわけでもなく、中小企業の現業職とかで働いており、コンサルを何か悪者のように考えている。だからコンサル、しかもIT系なんてマジで憎悪の対象になった
竹中平蔵とか消費税とかはこういった嫉妬を悟られないための言い訳でしかない
正直チームみらいのメンバーが選挙ではなくミラのオリンピックに出て金メダルを取ろうが、チューリング賞やノーベル賞を受賞しようが炎上してたと思われる
今をときめく売れっ子芸人達が当時若手芸人としてシノギを削っている真っ只中であり、大変豪華なメンバーを劇場で1000円位で見ることができた時代だった。当時のお笑いはスマホがない時代、校則でアルバイトができない学生でも十分楽しめる娯楽だったのだ。
特にNHKで放送されていた「爆笑オンエアバトル」は毎週録画するくらい熱心に見ていた。毎週(隔週だったかも)公開収録が行われており、観覧に当たらなくても無料で見学することができた。
ラーメンズ、ますだおかだ、アンタッチャブル、ドランクドラゴンなど初期のオンエアバトルを支えた人気芸人達が卒業していくなかで、彗星の如く初登場初オンエアを獲得したあるお笑いグループにどハマりしたのだ。ネタが面白い、なのにオシャレでカッコいい。私は一気にそのお笑いグループの大ファンになった。
以降、四六時中ずっとそのグループのことを考えるようになった。お笑いの雑誌を買って切り抜き、友人と足繁くライブに通った。大物芸人達が出演するライブの前説に推しが出るとわかれば前説目的でチケットを買った(当たり前だが、途中で帰ることなく最後まで鑑賞した)単独ライブで、観客を巻き込んだコーナーで推しに当てられた時は嬉しくて気が狂いそうだった。推しが怪我をしたと掲示板で知ったら、自分に何かできることはないかと真剣に考えて、好きな曲だけを集めたMDを送ろうとした(さすがにやめたが)だいぶ認知が歪んでいた。
推しに熱狂する一方で、?ということも出てきた。推しのメンバーのうちの1人がかなり出待ちに冷たかったのである。目も合わせないし無視するか、かったるそうに応じる。それ以外にも、ファンの方を向いておらず、先輩芸人とのホモソーシャルな結びつきを大切にしているのではないかと感じることがあった。今の芸人の「軍団」とはちょっと違う印象を受けた。出待ちは、当時は黙認されていたが後に禁止になった。今売れているお笑い芸人達は出待ち1人1人に丁寧な対応をしていた人が多いように思う。当時の出待ち勢が今も何かしらの形で支えているのだろう。特にロバートは3人ともすごく優しく丁寧に応じてくれたのを今でも覚えている。
推しに少々の違和感を持ち始めた中、推しがレギュラーメンバーのお笑い番組が始まった。期待に胸を膨らませリアタイしたが、全く笑えない酷くつまらない番組だった。番組の最後に沢山のよくわからない露出度の高い女性が踊っている中から推したちが指名し、女性が服を脱いで水着姿になる、というコーナーを目の当たりにしたときには推しへの気持ちが急速に冷めていった。
水着のお姉さんが嫌なのではない。当時の深夜のお笑い番組は水着の女性がレギュラー出演することが割とよくあった。彼女たちは美人でスタイルも良く、サバサバしていて話も面白く好感が持てた。
それとは違う、ファンが最も見たくないであろう、推しが風俗嬢を指名している場面を見させられたような気持ちになった。
次の日、一緒に推し活をした友人と会話が途切れ途切れになったのを覚えている。クスリとも笑えない内容、何の予告も無しに見させられた、最も見たくなかった形のエロ。
そこから大学受験で多忙になってゆき、徐々にお笑い自体を追いかけなくなっていった。
そこからだいぶ時間が経ち、久しぶりにかつての推しがニュースになっていた。解散し、新たな体制になるというニュースであった。推したちは売れないままおじさんになっていた。
久しぶりに推しの動画を漁った。ネタもファッションもあのときオシャレだと感じたままであったが、同時に「懐かしい平成」と化してしまったように感じた。
インターネット黎明期でお金のない学生時代の推し活で本当によかった。
あの時に、今のようにある程度自分で使えるお金が当時あったとしたら、おそらくもっと推しにお金をつぎこんでいただろうと思う。そして見たくもないエロを見せられてお金をつぎこんだことを後悔しただろう。
僕ね、うんちくんのお家に遊びに行ったの。
そしたらね、うんちくん、ピンク色になってたんだ。
「カラーリング変えたの?」
と聞いたら
って言ってた。
不良がやることだと思うの。
うんちくん、ピンク色のままで登校するのかと思ったら、いつもの茶色に戻ってたの。
「あれ、戻したの?」
と聞いたら、
「やっぱりダメかなと思って」
て言ってた。
僕はホッとしたんだ。
でもね、先生。
その日、うんちくんがいじめられてね、
全身白色に塗られたの。
そして頭にみかんを乗せられて、
「やーい、かがみもちー!」
ってからかわれてたの。
僕は
「そんなことしゃちないけないよ!」
と言いたかったけど、怖かったので何もできなかったの。
ごめんなさい。
そしたら次の日、先生も知っての通り、
うんちくん、全身ピンク色に塗ってさ、
うんちくん、悪くないの。
信じてほしいです。
うんちくんは、本当は良い茶色のうんちなの。
さいごに先生。
と聞いたんだけど、
「ピンクの方がめだつでしょ?」
って言ってた。
うんちくんは、不良ではなくて、ストロベリーソフトクリームになりたいから、ピンク色にカラーリングしただけだと思うんだ。
そしてね、こうも言ってた。
「セブンイレブンで期間限定で売ってる、ワッフルコーン ストロベリーみたいになりたい」って。
これだよ。
https://www.sej.co.jp/products/a/item/450193/
そこでやっと分かったんだ。
うんちくんは、ピンクになって、僕の上に乗って、ストロベリーソフトクリームになりたいんだと思う。
今はうんちくん、事情聴取受けてるけど、晴れて開放されたら、僕、うんちくんとストロベリーソフトクリームになれるよう、がんばるよ!
そして、いつかセブンイレブンのワッフルコーンストロベリーになって、お店に並ぶよ!
ワッフルコーンストロベリー、268円(税込289.44円)で、2026年01月06日(火)より絶賛発売中!
先生も買ってね!
まだ読んでない人は下記リンクを読んでくれ。https://x.com/exxjr3/status/1995013366033912124?s=12&t=qHSb8VYQ1aO4ys5MYp1lhw
文章が陶酔しすぎてて気持ち悪く読みづらいのはさておき、29歳、既婚、妊娠中、中受経験済みの増田的には「そんなに親が消耗してまで、子供を消耗させてまで中学受験はしなきゃいけないものだったのか?」という点が気がかりで仕方がない。
中学受験の末、第一志望に受かった増田は、6年間通った都内の某中堅私立女子校のことが今でも時折口に出すくらいには大嫌いだ。
そこでできた友達は好きだけれど、それだけ。
良妻賢母(笑)に好かれる学校らしいが、ペットボトル持ち込み禁止や文化祭でのクラスTシャツ禁止など、しょうもない校則を上げればキリがないくらい。教員たちもその学校を卒業して職に就くような母校愛(笑)に溢れた筋金入りしかおらず、革新もなければ保守らしい一貫性だってない、なんとも中途半端で腑抜けた学校だった。そんなんだから自分たちが卒業した数年後には定員割れを起こし、当時偏差値的には横並びだった学校に易々と差をつけられてあっという間に落ちぶれた。当時はそこそこだった進学実績だっていまや見る影もない。
まあ、自分の母校に対する恨みつらみは「選んだ学校が悪かっただけじゃね?」というのもあるので言うならばサブの理由だ。メインの理由はここからだ。
中学受験の闇は、「15歳の少年少女が、自分の意思で道を選べない」ことにあると思う。
このブログでも論じられているように、大学受験は金銭面以外は個人の頑張り、個人の意思による部分が大きい。中学受験は親の意志による部分が大きい。
じゃあ、高校受験は?
高校受験は大学受験ほどとは言わずとも、子供が子供の意思で選べる部分があると思っている。
中受で受けた学校を辞めたらいいじゃん?それはそう。だが、その選択を取れる子供は意外と少ない。自分の学校が完全中高一貫校だったのもあるかもしれないが、その選択をしたのは学年全体のわずか0.数パーセント程度だ。
子供は親が思うより、親に気を遣っている。自分に期待してくれたことも、お金をかけてくれたこともわかっている。いじめられた、不登校になったなどの理由ではなく、ただぼんやりとこの学校嫌だと思っている生徒の中で、勇敢にもその選択肢を取れるのは一体何人くらいいるのだろうか。
少なくとも増田は、高校受験がしたかった。制服が可愛いとか、学食がきれいとか、何かしらの理由をつけても自分が選んだ学校に行きたかった。親に行かされたこの学校よりも、その方が頑張れるし、幸せだと思ったからだ。
もちろん、自分の意志とは関係なく、『中学受験をした方がいい』人は存在するだろう。例えば学区域が荒れているとか、本人が周りに流されやすくて公立に入れると簡単に落ちぶれそうだから、とかが例だ。親に言わせてみれば私は後者だったのだろうが、それは親が子供の進路を決めていい免罪符にはならないし、12歳の今は親の傀儡になれるとしても、15歳、18歳、さらに歳を重ねた子供が親の作り出した素晴らしい環境に感謝できるとは限らない。
このブログでも、親は子供が子供であることを認識している。認識しているのだ。実際に子が怒られた回数は食事の回数と同じくらいと言っている。増田は子に同情してしまう。もちろん、自分の意思で受験をした層もゼロとは言わないが、少年はそうではなかったのではないかと思えてしまう。熱意を持った親に、熱意で返さないといけない重圧。自分が不出来なせいで親が落ち込むところなんて見たくないに決まっている。友達と遊ぶ方が何倍も楽しいのに、親に手を引かれ学園祭に連れていかれ感想を聞かれ、何となく興味を示さないといけないような気持ちになる不快感。そして子供という生き物は健気にも、親に期待をかけられると「うん、僕も頑張ってこの学校行くよ!」と空気を読むのだ。彼の気持ちを代弁できてるとは思わないが、自分が経験した子側の気持ちを重ねてしまうのだ。
子供をしなくてもいい苦労にぶち込んでおいて、合格が取れないことに被害者ヅラして消耗する親。子はこのプレッシャーの中でよく頑張ったと思う。増田は産まれてくる子にそんな思いは絶対にさせたくない。
数回受けてようやく合格できるような学校では、彼はきっと苦労するだろう。2回目で受かった増田でも、地頭の悪さと学校への反発心が重なって勉強では非常に苦労をしたが、高2の秋に入った東〇ハイスクールで叩き直されてなんとか現役でそこそこの大学に進学し、今もそこそこの会社で正社員として働けている。つくづく中学受験なんて自分の人生に必要がなかったなと思う。親がどれだけ悲しそうな顔をしても、これだけは増田の中で揺るぎない事実なのだ。
https://comic-walker.com/detail/KC_006042_S/episodes/KC_0060420000200011_E
これとか、小学校受験してる人見るとすごいなーって単純に思う
自分はじっとできない上に3歳まで喋らなくて、メリーポピンズのマネして傘持って階段の上から飛び降りて手のひらに穴が空いたりしてなんかの診断つけられそうになってたから、シンプルにすごいと思う
シングルマザーの息子の家にみんなでたむろしてカービィのエアライドして、高校中退して子供が生まれた姉が2人いる同級生の家でFF9したけど、多分自分の発達速度だとそんくらいのほうがあってたんだろう
それでも塾の私立小の人とか、学校を馬鹿にして塾のことばっかり持ち上げて、夏休みの宿題を出さないのを突然としてる連中とは反りが合わなかった
最近でも通勤の電車の中で私立小学校の子弟が実家の病院だかクリニックの病床数自慢しあってるの聞いたりすると、あまりに擦れててなんか嫌になる
みんなで模造紙でやる発表とか、地域に出て街の人に話を聞くみたいなやつがしたいのに明けても暮れてもペーパーテストさせられて毎日つまらなくて結局成績も落ちたから所属してたコースの人達より一段落ちた学校に入った
一段落ちたから自称進みたいな校則きついところになったけど、多動になりやすいのをルールで縛ってくれたし、部活も楽しくて居心地が良かった
今でも母校は好き
でも部活やりすぎたのと、ずっと塾が嫌いなままだったから気づいたら高3になってた
頑張っても間に合わなくて前期の第一志望は落ちて、後期でなんとか拾ってもらった
親には後期で受かったあとに初めて、結構賢かったんやねと言われた
最近こどもが産まれたけど、あの擦れた小学生やなんかやな奴らだった塾の同級生を思い出したらとても小学校受験をさせたいとは思えない
他の受験レポを読んでても感じるのはしんどくないくらいに中学受験して手の届く所に入るくらいが一番楽なんじゃないのかと思うし、結構子供賢いかもーって事後的に思うくらいが親も子供もお互い楽なのかもしれない
夏休みの自由研究に頭を悩ませていたハチベエ・ハカセ・モーちゃんの三人は、社会科の授業で習った「三権分立」という言葉に目をつける。
「国のえらい人たちは、立法・行政・司法に分かれてるんだってさ!」――ハチベエの一言から、三人はクラスを舞台に“模擬政府”をつくることに。
モーちゃんはみんなの意見を聞いて“立法”を担当し、新しい校則もどきを作り出す。
ハチベエはリーダー気質を生かして“行政”を握り、その校則を本気で実行に移そうとする。
ハカセは“司法”役として冷静に判断を下し、クラスのトラブルを模擬裁判で裁こうとする。
最初は遊び半分だったが、忘れ物や掃除の当番をめぐって本気の“裁判”が始まり、クラス中を巻き込む大騒動に発展。やがて三人は、「立法・行政・司法がうまく分かれているからこそ公平な社会になる」という仕組みを、身をもって学ぶことになるのだった。
ブラック校則と同じで、頭の悪い層が、「そんなの誰が決めたんだよー」とか煽るから発生するんだよな。
そんな細かい規則、実際にやらかしたアホウが存在しなかったら、選びに選んで規定されるわけがないんだ。
校則については、その学校のOB、OGに、やらかしたアホウが1人2人の規模じゃなくいた、って証拠だよ。
大量のトイレットペーパーをトイレに突っ込んで詰まらせまくった上に、「トイレに流していいトイレットペーパーの長さどこで決まってんだよ! この程度で詰まるトイレが悪いんだよ!!」って啖呵切ったアホウがいた学校は、一度に使うトイレットペーパーの長さは、って校則に追加されたんだ。
そういうアホウがいない、偏差値の高い学校は「制服は決められたものを着ろ」「うるさいから下駄は禁止」くらいだったよ。
制服についても、毎度毎度、新生徒会が立ち上がるたびに制服廃止の動議がなされるけど、毎日何着ていくか迷ったり悩んだりするのが面倒だし、一応伝統ある学校だから、って毎度否決されて残ってたから、実質、下駄だけが校則だったわ。
例えば君のクラスの全員から千円ずつ集めて、使い道を決める人を、日曜日に集まった皆の投票で決めるとします。
もしも男子だけ投票面倒くさいーと行かなかったら、女子全員で美味しいかき氷を食べに行こう!と全部使われても文句が言えません。
男子のため使おうという人は当選できないのなら、女子のために使おうと言う政治家ばっかになってしまいます。
さらに皆のルールとか集める金額とか自分に不利益な内容を勝手に決められても文句が言えません、それが選挙です。
と言ったら何か刺さったみたいで、選挙の新聞読んで「消費税0円!いいね!」とか言ってたけど旦那が「こういう浅はかなのが居るから」と笑ってしまって、子供が「馬鹿にされた」と新聞ぽいっと、してしまった。