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2026-05-12

世界各国のなろう系

面白かったので以下から翻訳

(r/AskTheWorld/comments/1ta2sx6/what_is_your_countrys_slop/)

 

あなたの国のなろう系はなんですか?

日本異世界

孤独ニートが第二の人生をやり直し皆から必要とされるやつ

 

韓国レベリング

底辺からやり直せるならどうなるか

 

中国:修練系

ローカルコミュニティあなた努力が認められる

 

ロシア

もしあなたソ連タイムスリップし他の国々を周遊するとしたら?もしあなたロシア帝国時代タイムスリップして、再び偉大な帝国を築き上げたらどうなるだろうか?(+227)

 

もしあなた魔法の絨毯や古代貴族屋敷があるファンタジーロシア帝国タイムスリップして、ゲイリー・スーのような超メガ魔術師になったら?(+9)

 

まり基本的には異世界転生ものだけど、時代設定が違うだけってことだね。(+92)

 

面白いことに異世界転生する人々の話は山ほどあるんだ。別名 попаданцы (+34)

 

スウェーデン

さな町で殺人事件が起きて、アルコール依存症人間関係問題を抱えた捜査官がいたらどうなるだろうか?

 

フィリピン

もしあなたが生まれた時に別の赤ちゃんと密かに取り違えられていて、あなたの実の両親がとてつもなく裕福だったら?(+515)

秘密双子が帰ってくる、記憶喪失編、病院廊下で繰り広げられる終わりのない三角関係 (+10)

 

ドイツ

中年期の危機、行き詰まった結婚生活キャリア主人公あなた)は、人生に再び喜びを見出すために思いっきり落ち込む必要がある。たいていは面白くないコメディで、友情重要な要素となっている。(+303)

 

カナダ

あなたは人里離れた小さなコミュニティに住んでいて、そこで気の合う仲間と楽しい冗談を言い合っている(+158)

 

アルゼンチン

サッカー選手よ。お前は世界最貧国の、最も貧しい村の、最も貧しい子供として生まれたが、この世界がかつて見たこともない最高のサッカースターへと成長するだろう。その卓越したスキル相手チームを翻弄し踊るようにゴールを決めるのだ。(+112)

 

ブルーロックで言うとイサギが貧困の中で生まれ場合の話だよ (+13)

 

アメリカ

最高にイカした展開。普通人間エイリアン攻撃/テロ計画/政府陰謀/サバイバル状況に放り込まれ根性/運/偶然のスキルで生き残る。(+281)

 

世界は滅亡を救えるのは君だけだ。勇気、気の利いたジョーク、忍耐力、そして偶然の幸運の結果あなた勝利を収める。(+8)

 

インド

TG系: もし君が美しい妻のために大隊全体を相手にできる超強力な男だったらどうする?(+100)

 

ベルギー

もしあなた麻薬少女人身売買ネットワーク成功していて、人々があなたを恐れていたとしたら?(+48)

 

イギリススコットランド

労働者階級の人々が、ヌードカレンダーキリスト降誕劇、ブラスバンドなどの奇抜な企画を通してコミュニティを一つにまとめあげる。(+66)

 

イギリスのなろう系は本当に一番憂鬱な感じがするよね?他の国のなろう系は、主人公目的を持っていたり、境遇改善できるチャンスのある世界空想するのに、イギリスのはただ「笑うしかないでしょ?」って感じなんだ。

 

マレーシア

中間業者の粗悪品

もし私が下請け業者ではなく、元請け業者だったら?

もし私が最高の屋台場所を見つけて、それを他の人に貸し出したら?(+22)

 

今日のきろく

血は出ず、浸出液多め

テープ決壊しないか不安

相変わらず、傷口の洗浄がしみて憂鬱

浮腫みあり

出血ほとんどなくなる

テープかぶれが心配

2026-05-09

職場男子トイレは小便器の足元がびしょびしょにおしっこまりができていることがよくあって憂鬱なんだが

あれかなりイヤだけど本人もイヤだろうな。あれだけ飛び散らせてたら自分の靴とかズボンかにもそうとうかかっているはず。

からもう一歩前へ」とか張り紙するくらいの話で終わっているけど、前立腺肥大とか尿道狭窄とかなんか泌尿器系の病気というか老化だよね。

家では奥さんがビショビショのトイレ掃除してるんだろうか。なんか対策があればいいのに。

腐女子が嫌われるのはCLAMPのせいだよ

オタク差別(という有名無実の)話題で、男オタから腐女子差別されていたとか主張して被害者面するけれど。あいつらこそ腐女子がやった悪行を忘れてない?

CLAMPという集団ジョジョの奇妙な冒険の承太郎花京院BLに異様に執着し、ありとあらゆる作品に承太郎花京院を模したキャラクターを配置して、恋愛関係として描いている。

魔法騎士レイアースエメロード姫とザガート、光とランティスカードキャプターさくら桃矢雪兎小狼さくら、これらはみんな承太郎花京院を元にしている。

吐き気を催す気色悪さ。

自分なかよしを読んでいて、アニメも見て、レイアースカードキャプターさくら普通に好きだったので、

後々事実を知って本当に心底不快になった。

あいつらは何も知らない未成年少女に対し、自分達の妄想騙し討ちで刷り込んでトラウマを負わせるような真似をしているんだよ。 

嫌われて当然じゃない?

レイアースは今度アニメリメイクされるらしいから、また新たな被害者が増えると思うと憂鬱だ。


まぁCLAMPに限った話じゃないんだけど。

腐女子別に差別迫害されてるんじゃなくて、純粋に嫌われてるんだよ。

何故嫌われているかというと、

原作ではっきり異性愛者として描写されているキャラクターを使って、原作恋愛関係にない男性キャラとの恋愛関係捏造し、さらにそれを公式かのように吹聴し、

酷い時にはオリジナルと偽って商業作品として世に出すから

こういう話題になると何故か男オタと腐女子との対立「だけ」になって、

腐女子が嫌いな女オタ(ジョジョで言うなら普通にノンケで既婚子持ちの父親という承太郎像を好きな女オタ)の存在が透明化されるから納得がいかない。

勿論腐女子の中にも妄想であると弁えて隠れて楽しんでいるタイプもいるけれど、そうじゃないタイプの声が大き過ぎるし、そっちは男オタと大差ないレベル害悪だよ。

2026-05-07

お出かけ嫌いの発達当事者から意見

どこかへ出かけようかというたび息子が「ぼくは行きたくない」「なんで行かなきゃいけないの」を連発してきてうんざり

https://togetter.com/li/2694049

というお話について

ケース1ですまんけど自分場合「将来のために協調性を身につける練習をしよう」等ズバリ意図を言ってくれた方が納得しやす

それじゃあまあめんどくさいけど一応行ってみますか・・・という気分になれる(スキルアップの類は好き)

もう行きたくない気持ちになってるのにそれを翻意させようとする「楽しいよ、こんなおもしろものがあるよ」は全然さらない

 

ちなみに連れ出しに難ありの子供がどのように育っているかというと 

相変わらずこういった行事憂鬱の極みだが一人での外出は問題なくできる

一人で外国に行って現地人と交流したりしています(一見さんとはコミュニケーションハードルが低い)

2026-05-01

一人旅と二人旅

今年は一人で旅行しまくっている。このGWもあちこち飛び回っている。

自分性格的に事前にがっちり予定を組んで効率よくとかよりもその場その場で適当に決めるのが好きだし、別に行けなかったところなんかがあってもまったく気にしない。

一人だとそういう感じで超絶気楽に脱力して旅行できるし、誰にも遠慮せず食べたいものが食べられるし、その自由さがたまらない。

とはいえ、じゃあ複数人旅行が嫌なのかというとそういうわけではない。

というよりも複数人になったとたんにやっていることは同じでも別のアクティティだと感じる。

彼女いたころに何度か二人で行った旅行もそれはそれで楽しかったんだよ。その場で感想を共有しあえるのも旅行の楽しさの一つであることは間違いないからね。

一人旅複数人の旅のどちらが優れているということは無くて、私にとっては全く別物。その両方が良い塩梅バランスしているのが理想

今年は基本的にずっと一人だ。彼女とも別れてそれなり(年単位)に経った。

別れたという選択自体は正解だった(正直付き合うことに疲れ果てて精神が病んでノイローゼになっていたので)のだが、二人で遊んでくれる相手を失ったのは大きい。

一人旅は今後も続ける。ただたまに、10回に1回程度でもいいから一緒に旅行に行ってくれる相手が欲しい。

別に彼女じゃなくて普通に同性の友達でもいい。でも人間年を取るとそういう気楽な関係友達がどんどん減っていく。今はもう、気軽に旅行しようぜって言える相手がいない。

一人旅館で夕食の時間を待ちながら、そんなちょっと憂鬱な気分になってしまった。

オタクサブカルの違いがこれだ!

なんかネットエロ動画漁ってたらふと思ったのでメモ的に書く。

おれはずっと自分オタクなのかサブカルなのかわかりかねていた。

自認はずっとオタクのつもりだが、どうもイメージの中のオタク像とは異なっているように思えてならない。

まり、「趣味に耽溺してそこに自足する」ことがおれにはできない。

少なくともこの10年くらいはそうだった。

常に自意識のことばかり考えて憂鬱だった!

ハクやウダツ、自分の居場所……そんなことばかり考えてきた。

オタクならこういう悩みは抱かないように思う。

周囲のオタクたちはみな趣味アニメゲーム鉄道アイドル?)に没頭して満足気だ。

リアルの悩みなんてあまりないように思える。

そう考えると、俺はサブカル野郎なのかもしれない。

サブカルって結局、どこまでいっても「リアル」に軸足を置いているから、それを享受する人間リアル固執しているんだよな。

音楽映画、(萌系やなろう系じゃない)漫画アートファッション……。

どれもリアル指向性がある。

大塚エイジの言葉を借りればサブカルは「自然主義リアリズム」で、オタクは「アニメ・まんが的リアリズム」。

興味が現実に向いているか空想に向いているか……。

おれも萌アニメとかロボットアニメとか観てると現実を忘れて楽しくなれちゃうけど、でもそこに耽溺し続けることはできないんだよな。

やっぱり土台にはリアルへの興味がある。

そしてリアルへの興味とは、ハク・ウダツ、富、権力、名声への興味。

消費する側ではなく、やっぱりなにかを生み出す側になりたいんだよな。

クリエイターオタクもいる中で乱暴な整理をするが、要するにオタクサブカルの違いというのは、言い換えるなら、

消費者創作者(になりたいヤツも含む)の違いなのではないか

もっといえばこれはメンタリティの違いだ。

消費者メンタリティ創作メンタリティ

何者にもなれないサブカルでいるより、消費者でいることに自足するオタクでいるほうがいいのかもなと思った深夜4時。

2026-04-30

毒親ってほどじゃないけど、母親が機嫌が態度に出るタイプ

父親単身赴任でいなくて一人っ子

母親の不機嫌に怯えながら過ごしてた幼少期は少し、つらかった

ていうか未だに怖いんだよ

もう年も年だから母親家事とか手伝いたいの

でもなにかやろうとすると「いい、いい!」「大丈夫ですー」って強めに/冷たく言われてしま

で、リビングで寛いでると、長期休みときだけ実家に来ている祖母に「全部ママやらせお客様気分でいいねえ」って嫌味を言われる。いや嫌味ってほどじゃない、からかうような、でもやりなよって促すような感じ

前回の年末年始はずっとこれが辛くて、休めた気がしなかった

両親のこと好きだし、もう一緒に過ごす時間も多くはない、祖母特に。だからちゃんと帰って顔見せるだけでもしたい

けどそれはそれとして実家は居心地が悪くて、今回のGWも、帰るのが少し憂鬱

2026-04-27

月曜日からといって憂鬱という訳ではない

ただ何もしたくないだけだ

2026-04-26

また明日通院日…憂鬱だ。病院は予約制だからいいとして薬局がクソ程混む。移動時間合わせると合計4時間の大捕物になる。服に穴も空いてるし、ションベン漏らしたし、ゲロも吐いたし、なんかもう、はぁ。

辺野古

左翼のクソのような黒さ汚さがこれでもかと凝縮されたような出来事

こんな不運に巻き込まれたご遺族の方々が本当に気の毒で仕方がない

第三者自分ですら憂鬱になってこの情報から離れたくなるのに

当事者として関わらなければならないなんて

考えただけで背筋が凍る

ましてや相手は自らの正義固執して

そのためならなんでも正当化されると思い込んでる化け物たち

既にご遺族を口汚く罵る馬鹿野郎どもがいる

こいつらの唱える正義って何なんだろう

どうかご遺族が望む結末を迎えられますように

2026-04-23

IVEのXOXZを聞いている。昨年の夏にリリースされた曲だ。あの夏は例年と変わらず退屈で憂鬱だったが、どこか輝いているような気もした。

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-04-07

anond:20260407135708

鬼滅やコナンが荒稼ぎしてるおかげで映画業界が保たれてるのもわかってるけど、上映時期は客側の不慣れさも重なってとんでもないことになるよなあ

うちの近所もモバイルオーダーないから今からちょっと憂鬱だわ

2026-04-05

明日からまた仕事だよ

憂鬱だよ。これを40年とか50年繰り返すってマジ?

40年前もきっと電車は今の電車とそんなに変わらない電車しかなかっただろ? 改札が自動になったとかモバイルsuicaが使えるようになった以外の変化あるの?

40年後もきっと電車電車なのだ

俺はこれからも40年間満員電車に乗り続けなくてはいけないのだ

2026-03-31

恋愛経験ゼロ24男性です。アドバイス求む

雑文です。

厳しい且つ建設的な意見は歓迎ですが、誹謗中傷は受け付けてません。

以下、私のプロフィール(身バレ防止の為フェイク含む)

24男性

恋愛経験なし

■MBTIでいうINTJ

■チー牛。年に数回だけコンタクト着用

4月から社会人3年目

(8割以上の日本人は社名知ってると思う。職場は9割方男)

理系学部卒 (8割以上の日本人大学名知ってると思う)

■175cm/80kg

(仕事ストレスで10kg以上増加)

運動経験無。運動は大の苦手。学生時代はほぼ帰宅部

出身: 首都圏

現在: 地方東京まで3時間程度

趣味: 某ソシャゲ(但し最近鬱気味なのであんまやってない)

↓↓↓↓↓以下本文↓↓↓↓↓

最近本当に本当に凄く死にたい気分なので、気を紛らわす為に本文を書いている。

理由タイトルの通りで、恋愛経験ゼロである事実にとてつもなく大きいコンプレックスを持っているから。

物心ついた頃から生粋陰キャで、クラスでも当然陰キャ集団の中にいた訳だけど、

年齢が進むにつれてかつて仲間だった連中もいつの間にか彼女作ってDT捨てていて、

つの間にか俺だけ取り残されていた感じ。

だって全く何もやっていない訳ではないので、

やったことを記す。

婚活パーティー(みたいなやつ。20代向け)

具体的な額は覚えてないが、男女で相当会費の差があったやつ。

一応それなりに会話はしたし、LINEも交換したけど、

LINEの返事が返ってこない為、成果得られず。

●高級ソープ

DTは捨てている。

2回程通って、巨乳美女と致したけど、

正直あんまり楽しくなかった。

これについては自分の中で答えがあって、多分本当に深く関係を築けてて、愛している人とじゃないと

こういう行為って楽しめないんだと思う。

深く関係を築けてて愛している人とやったことないか分からんけど。

ソシャゲ経由で女性に会う

自分女性との会話経験は8割方これ。

ネット友達は男女共にいて、リアルでも結構会っている。

女性ネット友達とサシ飲みした経験が2回程(別の人)。

夜に一緒に飲むとこまではいけたものの、そっから先に進めなかった。

(後程、片方は好きな男性が、もう片方は既に彼氏いたことを知った)

こんなところか。

出来ることは一通りやったつもり。

他にあるとすれば、街コン、新たに趣味始めて人脈増やす とかか?

ただ、街コンは1点目の社会人サークルと同じ結末に、

新たに趣味~~は3点目のソシャゲと同じ結末にしかならないと思っている。

地方移住した関係上(?)、最近精神的にかなり孤立していて、

ましてや恋人などできる気配すらもない状況で、

生活自体不自由ないのに死ぬ憂鬱で参っている。

話し相手がいないもんだからAIとひたすら会話のラリーを重ねたりもしているけど、

なんかイマイチありきたりな返事しか返ってこなくて、

この先どうすればいいのか、何をモチベにして生きてけばいいのか、本当に分からない。

何を間違ってしまったのか?

幸せになるための分岐はいくつもあったはずなのに、それら全て間違ったということか?

非常に厳しい親に勉強押し付けられたお陰でそれなりの学歴と社歴を手にしたはいいが、

その先にあるはずの幸せが見つからない。

親のせいで人格が捻じ曲がってしまったのか?

本当に分からん

とりあえず、お先真っ暗すぎるので誰か道標を与えてほしい。

じゃないと今にも自〇してしまいそう。

文章は以上です。推敲とか全くしてないので誤字脱字矛盾点ありそうだけど、

そこは許してください。

2026-03-30

税金で買った本のアニメ化

まーた司書待遇悪くてかわいそう論が盛り上がると思うと今から憂鬱なのである

最近ずっと憂鬱

死にたいみたいな激しい気分の落ち込みは無いんだけど憂鬱

あんまり何もやる気が出ない

ハッピーになりてえ

なんて悲しい

コンサータが不足している

ここ半年以上ずっとその調子だ。コンサータ以外の薬も薬価が下がりそもそも生産できない等の話を聞く。

今回コンサータを処方された際、薬剤師の方から現在不足しているので、もし飲んでないコンサータが自宅に残っている場合は、次回医師にその分減薬してもらうよう進言お願いします」と申し訳なさそうに言われ、笑顔大丈夫ですよ、わかりました!と返答した

ADHDは人の役に立てられるとドーパミンドパドパになる犬のような性質があるので、これは本心100%の返答である

だがしかし、私は帰宅しながらこの提示に疑問を抱いた。

コンサータを処方されるようなADHDに、次回医師の診察までこの事を覚えていてなおかつ、それをその時忘れずに進言することは出来るのだろうか?

答えは否だ。

私含め、そしてこのお願いを聞いて了承したADHD殆どが次回の診察時にこのお願いごとを思い出し医者の前で言うことが出来ないのではないか特性に対する負の信頼しかない。

医師が薬の残量を聞いてくる場合は私の場合は8割の確率で思い出せるだろうが、私はメモを残していてもしっかり忘れてしまう重度のうっかりなので自主的となると絶望である対策としてスマホスケジュールに次回来院と薬言及を入れておいたが、果たして忘れずに言えるだろうか…更には自宅にある薬の残量をそもそも数えてくることは出来るのだろうか…高い、あまりにもハードルが高い。

そもそも薬が不足しているというのも薬局に出向いた時に思い出したのである

また来月、薬剤師から申し訳ないように減薬のお願いをされてこの件を思い出すことになる未来が今から見えて憂鬱だ。

頼む、未来の私。そもそも来院を忘れないようにする、そこから気をつけてくれ、未来の私。

2026-03-29

子供嫌いが子供を産むとどうなるのか

子供めちゃくちゃ嫌いだしはっきり言ってツイッターの子持ち叩き側に共感してきた人間だけど、今夏子供を産むことになったので、今後自分の考えがどのように変わっていくのか覚え書きしておく。

なぜ子供嫌いなのに子供を産むのか?

→いやこの問い老後の世話役以外なくない?これ言うとマジで叩かれるけど、少子化が進んでくこの国で、施設に頼んで子なしがまともに死ねるとか到底思えないんだが。勿論面倒を見てもらうことが最終的な目標なので、なるべく愛情と金を惜しまず、愛着形成し、子が自発的に「愛する親を助けたい」と思うように育てるつもりだが。

少子化を食い止ようとは思ってないが、2人は産んで自分義務を果たしたと思いたい。あとは夫と両親が喜びそうだから

30年後に「自立した子供がいて自分の老後を心配してくれている」状態に持っていくことを目標にして、自分と夫の仕事の状況、己の体力を逆算すると、やはり20代で1人目を産んだ方が良いと思い、打算的に妊活して即妊娠した。

まあまあ高学歴なので、大学友達バリバリ仕事してるし、自分仕事にめちゃくちゃ未練があるし、まだ全然遊び足りない。妊娠を伝えるたびに言われる「おめでとう」にめちゃくちゃ腹が立つ。なんもめでたくも嬉しくもねぇよと。特に小学校の頃から憧れていた仕事をする部署には絶対異動できなくなったので、はっきり言って途中で流産して、あなたはもう2度と子供を産めません、と言われた方が良かったんじゃないかと思っていた。いまは色々買い揃えてしまい、それが無駄になるならまあ生まれてきた方がマシか…になった。

障害児を産むのが怖い。そのリスクを減らすために20代で産むことにしたけど、それでも怖いからNIPTはやった。他にも自費で先天疾患を起こす病気検査は全部やった。陽性だったら即堕すつもりだった。長生きできない、次世代になり得ない子を事前に分かって産む意味が全く理解できない。福祉食い潰すだけじゃん。

まれてきてから治療不可な疾患が見つかったとして、延命しないでそのまま殺せる権利がなぜないんだろう、と思っている。次世代が欲しくて産んでるのに、次世代どころか自分の残りの人生すら介護で終わるのは、人生で最悪のパターンすぎる。

子が男か女かはまだわからない。男の子女子トイレにいたら、年長だった頃の自分は嫌だったと思う。小学校一年生では明確に嫌だった。実際はいくつまで男児女子トイレに連れていいんだ?夫が出張多いので、結局未就学児のあいだはトイレは連れて入ることになるだろうな。でも、浴場は違うと思ってる。おむつの取れてないようなガキは大浴場に連れてくるなだし、家族風呂か夫が入れるの二択だろ。レジャーなんだから

生後1ヶ月だろうが信頼できる他人に託して親2人で出かけるのの何が悪いのかわからない。別に家に放置してきたとかではないんだから別に良くないか?その年の子供なんて世話さえまともならそれが親が親じゃないかなんてわからんだろ。しか複数回してるわけでもないのに絶対覚えてないって。まあ、生後1ヶ月以内は死にやすいから、飛行機距離で出かけると死に目に会えないとかあるのかもしれないけど、それは流石に本人も織り込み済みだろうし、他人がとやかくいうことではないでしょ。

母親学級情報流すからフォローしてねって言われて産院のインスタフォローしたんだけど、毎日のように「今日シロップを飲ませました💕」みたいなクソどうでもいい報告と共に他人のしわくちゃのガキの写真が載せられてきて軽くグロ画像誰得?はやく産んでブロックしたい。

職場飲み会にガキ連れてくる先輩いるんだけど本当に対応がわからない。うちのテーブルに来るたびに逃げてる。知能を下げて会話すればいいのか?おっさんたちからは好評で一生つれてくるので余計に腹立つ。

嘔吐恐怖症なので、子供ゲロ処理が今から憂鬱だし、それで自分胃腸炎になってしんどいのも本当に嫌。しか子供の方が回復早いとか張っ倒しそう。

妊娠中も授乳中も食い物の制限があって、子供ができたら休みの日は使い潰され、今まで自分のために使えてたお金も使えず、旅行行っても子供のため子供のため。そんな苦労は子供笑顔で吹き飛ぶ←これが1番嘘だと思ってる。食いたいもの食ってやりたいことだけやる幸せに勝てるもん絶対無い。これも本当に鬱

マタニティ服ってダサすぎる。今までそれなりに努力して保ってきた体型がボテ腹にぶち壊されていく。好きな服着れないから出かける気力も全然起きない。見てると悲しくなるからヒールはもう捨てた。これからイオンモールある子供服も売ってる店で服を買うことになるのかな、体型がカバーできるのが売りの、おばさんの始まりみたいな服。



もろもろの思想が、子供を産んでどう変化するのか、お楽しみに。

2026-03-24

仕事楽しいって言えない

仕事楽しい側の人間です。

朝起きるのダルいとか、通勤面倒くさいとかはあるんだが、仕事自体苦痛を感じたことがない気がする。

いや、苦痛を感じたことが無いは言い過ぎか。

20代はむしろ何しても嫌で、すぐ部署異動願い出たり、 転職繰り返したりしていた。

嫌なことからすぐ逃げる性格のおかげで、結果的に今嫌なことがない仕事をしている。

もちろん、スケジュールが忙しかったり、不当な扱いを受けたりしたこともあるんだが、ドーパミン中毒な部分もあるのでむしろその刺激が生きてるって感じがしてテンション上がっている自分自覚する。

月曜日憂鬱とかは全くない

この前会社の同僚たちと飲んでた時、1人が「あ〜働きたくねぇ」と言い、周りもホントホント同意する流れを見て、

「でも俺は、そんなお前たちと一緒に働ける毎日楽しいんだ…」っておもったけどキモい気がしたので言えなかった

年齢の十の位が、今年でまたひとつ上がる。

現在平均寿命からいえば、ちょうど折り返しなのかと考えると、最近顕著に感じる老化とともに憂鬱気持ち死の恐怖を思う。

でも間違って(?)もし100歳とかまで生きてしまったらどうしようかと、むしろそちらのほうが現実的な恐怖だなと、医療ドラマを見ていて気がついた。

つらい目に遭わず死にたい

2026-03-21

田舎備蓄と「プロジェクト・ヘイル・メアリー

 我が家備蓄災害対策について整理しがてら書く。身バレ防止に一部フェイクもまじえて。

水……井戸、近所に湧水

食料……田畑、米は俵単位で保冷庫保存、倉庫ローリングストック多数(店が遠く来客多いので生協コストコ等で買いだめしがちである)、鶏(毎朝卵5個ほど、可愛がっているのでつぶしたくはない)

エネルギー……太陽光発電電気自動車モバイルソーラーパネルとポタ電、薪数年分

衛生……風呂は主に太陽熱温水器、離れに薪風呂トイレ合併浄化槽ゆえ管理必要、いざとなったら庭に作れるか?娘の生理用品ストックは増やした(妻は布ナプキン愛用者なのでその手段もあり。トイトレは遠い昔だが子どもたちは布オムツも併用した)。

 洗剤は石鹸重曹など、環境負荷が低く多用途のものを妻が工夫してくれている。消耗品もミツロウラップなどなるたけ使い捨てにならないもの選択洗濯は手洗いは厳しいか太陽光はこれに使用

調理……プロパン、止まったら薪ストーブピザ窯、かまど、バーベキュー台、ロケットストーブ、一応卓上コンロ

暑さ寒さ……山間部のためエアコン不要薪ストーブ火鉢

 東日本大震災きっかけに、自分たち暮らしを少しでも消費から創造シフトしたい、万が一の事態でも生き延びたいと地方移住し、ドシロウト脱サラ就農して作ってきた我が家暮らしだ。

 当然収入は減ったが手応えのある愉快な日々を送っている。コロナ禍でも子どもたちが友達と野山で遊び、家ではアナログゲーム映画鑑賞読書とのびのびと過ごせたときは、つくづくこの環境がありがたかった。

 もし資源輸入国のこの国において、政治失策により原油レアアースも輸入停止となっても、しばらくは不便なりに生きることはできるだろう。

 作物については昨今の気候変動で不安要素も多いが、燃料や化成肥料がなくとも出荷はともかく、自分たちの食い扶持だけならどうにか確保できると踏んでいる。手植え手刈りはぞっとしないし、機械なしの脱穀、籾ずりは未経験だが昔はやれていたわけで、少量ならどうにかなるだろう。自家用精米器はある。

 タンパク源が卵、大豆となるのが物足りない。海はやや遠いがたまに釣りに行くべきか。今からでも狩猟免許取得を検討すべきか?ジビエはさほど好まないのだが…。

 しか自家採取の種には限りがあるし、車や発電機故障には対処できない。もとより自給自足で全てを賄えるわけはない。パスポートは全員所持しているが海外移住ハードルが高すぎる。移民への風当たりの強さを、今実感できない日本人はいるのか。加害者側として。

 病気怪我をしても、薬や石油製品の不足により病院では対応ができないとなってしまったら?家族全員今のところ健康だし、養生には努めてきたが、現代医療しか救えない事態はあるに決まっている。

 それが一番怖いし、何より俺が恐れているのは飢えた人々の醜い争いだ。

 自分が、家族を守るために卑怯な嘘をつき、知り合いどころか友人までも裏切らざるをえなくなることだ。この危機感を共有しあえる友人や、日頃からお互い様でやってきた隣人たちとは共助していくにしても。自然と共に生きてきた高齢者の知恵に助けられることも増えるに違いない。

 だが、日本のこの方向性推し進めてきた自民公明維新、補完勢力である維新国民保守参政を支持してきた有権者たち、変わらないからと棄権してきた者たちに、俺はこの貴重な生きる糧をニコニコ差し出す気になれるだろうか?

 善意無償で?もしくは紙屑となった円と引き換えに?

 この事態はお前らが選んだ未来のものであるのに?

 米の値段が高すぎるとこぼし農業補助金漬けと嘲笑い、投資血道を上げ、自給率より防衛力と嘯き、ガザには目もくれず大谷うつつを抜かしていたお前らに?

 農業を、親戚に言えない恥ずかしい仕事だと、子ども公立に通わせることを虐待だと罵った(長子は塾なしで地方旧帝に合格したが)東京在住の親たちにすら、非常時には分け与えねばならないだろうことを考えると気が重くなる。だがそのころには既に物流崩壊しているのかもしれない。

 虫も土も触れられず、畑仕事も薪割りもできない老親を呼び寄せて養うしかないのだろうか?あちらも「不潔」な古民家になど住みたくもないだろうが。

 なら混乱の中で野垂れ死ねと突き放すほど薄情になれるだろうか。子どもたちの前で。

 夜は一緒に寝ている大型犬たちを、畑の見張りに出さなくてはならなくなるのかとまで妄想する(こいつらの餌も贅沢言えなくなるだろうが大丈夫だろうか…)。

 猟銃はまさか警戒のため必要だったのだろうか。

 俺は想像力過多だろうか?別に悲観的に思い悩んだり、パニックになったりはしていない。自然に頭に浮かび体が動くだけだ。

 たしかにハヤカワSFホラー/パニック映画にに触れすぎたきらいはある。週末は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を家族で観に行く予定だ。今傍らで末っ子が下巻を読んでいる。

 始まり天災という違いはあれど、あの地球で起こると予想されたことははたして絵空事だろうか?

 彼女の専攻は何だった?

 大体みなフィクションだけでなく海外ニュースにも無関心すぎる。キューバを見ろ。まさに石油が断たれた国の惨状が、今目の前で繰り広げられているではないか。なんと酷い権力者所業だろうか。

 ここまで恥知らず外道平和主義者のトランプさんと持て囃した奴らは見ているか?こんな目に遭わされないようにあいつのケツを舐めろと言うのか?

 もちろん俺だってあのときは考えすぎたなと笑いたいよ。全然それで、それこそがいいよ。

 夏は久しぶりに家族旅行の計画を立てているんだ。やれやれ取り越し苦労で助かったと備蓄品の祝杯をあげよう。我が家田舎暮らしは続いていくだけだ。

 世界中の人がそうやって平凡でありきたりな日常を送れることこそが幸いだ。

 だが万が一最悪の状況が訪れたなら。

 不慮の事故や致死的な発病さえなければ…おそらく俺はあんたらより長く生き延びることができるだろう。

 だが生きながら地獄を見たくはないのだ。阿鼻叫喚渦巻く中、扉を閉ざして自分たちだけ美味く飯を食い笑って暮らせると思うか?

 

 今からでもできることをしてくれ。

 ひっそりと備えを。

 そしてどうか、こんな世の中は嫌だと声を上げてくれ。みな自分生活で手一杯だろうが。そうして政治を語り合うことさえ忌避してきた結果がこれだ。原発事故さえ俺たちの目を覚まさせるには「十分ではなかったのだ」?

 そんな冷笑を許すな。今。目を開けろ。これまでも虫ケラのように殺され世界残酷に見捨てられる人々の苦しみは尽きなかった。目を逸らして踊っていた俺たちの横にもう現実が立っている。

 ついに俺たちの番が来た。

 いや弱い者から倒れていくのだ。

 政府に、君らが担ぎ上げたサナに、アメリカ人殺しにけして加担するな、日本を窮地に陥れるなと抗議してくれ。

 飛行機代は正直惜しいが(実家に泊まるのも憂鬱だがここに書いたような話を冷静にせねばなるまい)、3月25日平和憲法を守るための緊急アクションにはどうにか行けたらと考えている。

近くに住み、時間の余裕がある人はどうか一員となってほしい。手ぶらでいい、意に沿わないならコールもしなくていい。突っ立ってるだけでいいのだ。ただ数となってくれ。

 あなたがそこにいることは、このクソまみれの世界がどうか、ほんの少しでも、優しい美しい場所になってほしいという確かな祈りだ。

 そう願う人たちと共に立つことはきっと少なからあなたの心を安らかにするし、ごくわずかでも現実を動かすと信じて実際に動いたこと、生憎その願いがストレートに叶わなくとも、結局無惨に敗れ続けようが…その行動は0に近いかもしれないが、けして0ではない。

 当たり前だろう?0.000000001は0ではない。集まればその力は何かを変える。それは歴史証明している。

2026-03-20

田舎備蓄と「プロジェクト・ヘイル・メアリー

 我が家備蓄災害対策について整理しがてら書く。身バレ防止に一部フェイクもまじえて。

水……井戸、近所に湧水

食料……田畑、米は俵単位で保冷庫保存、倉庫ローリングストック多数(店が遠く来客多いので生協コストコ等で買いだめしがちである)、鶏(毎朝卵5個ほど、可愛がっているのでつぶしたくはない)

エネルギー……太陽光発電電気自動車モバイルソーラーパネルとポタ電、薪数年分

衛生……風呂は主に太陽熱温水器、離れに薪風呂トイレ合併浄化槽ゆえ管理必要、いざとなったら庭に作れるか?娘の生理用品ストックは増やした(妻は布ナプキン愛用者なのでその手段もあり。トイトレは遠い昔だが子どもたちは布オムツも併用した)。

 洗剤は石鹸重曹など、環境負荷が低く多用途のものを妻が工夫してくれている。消耗品もミツロウラップなどなるたけ使い捨てにならないもの選択洗濯は手洗いは厳しいか太陽光はこれに使用

調理……プロパン、止まったら薪ストーブピザ窯、かまど、バーベキュー台、ロケットストーブ、一応卓上コンロ

暑さ寒さ……山間部のためエアコン不要薪ストーブ火鉢

 東日本大震災きっかけに、自分たち暮らしを少しでも消費から創造シフトしたい、万が一の事態でも生き延びたいと地方移住し、ドシロウト脱サラ就農して作ってきた我が家暮らしだ。

 当然収入は減ったが手応えのある愉快な日々を送っている。コロナ禍でも子どもたちが友達と野山で遊び、家ではアナログゲーム映画鑑賞読書とのびのびと過ごせたときは、つくづくこの環境がありがたかった。

 もし資源輸入国のこの国において、政治失策により原油レアアースも輸入停止となっても、しばらくは不便なりに生きることはできるだろう。

 作物については昨今の気候変動で不安要素も多いが、燃料や化成肥料がなくとも出荷はともかく、自分たちの食い扶持だけならどうにか確保できると踏んでいる。手植え手刈りはぞっとしないし、機械なしの脱穀、籾ずりは未経験だが昔はやれていたわけで、少量ならどうにかなるだろう。自家用精米器はある。

 タンパク源が卵、大豆となるのが物足りない。海はやや遠いがたまに釣りに行くべきか。今からでも狩猟免許取得を検討すべきか?ジビエはさほど好まないのだが…。

 しか自家採取の種には限りがあるし、車や発電機故障には対処できない。もとより自給自足で全てを賄えるわけはない。パスポートは全員所持しているが海外移住ハードルが高すぎる。移民への風当たりの強さを、今実感できない日本人はいるのか。加害者側として。

 病気怪我をしても、薬や石油製品の不足により病院では対応ができないとなってしまったら?家族全員今のところ健康だし、養生には努めてきたが、現代医療しか救えない事態はあるに決まっている。

 それが一番怖いし、何より俺が恐れているのは飢えた人々の醜い争いだ。

 自分が、家族を守るために卑怯な嘘をつき、知り合いどころか友人までも裏切らざるをえなくなることだ。この危機感を共有しあえる友人や、日頃からお互い様でやってきた隣人たちとは共助していくにしても。自然と共に生きてきた高齢者の知恵に助けられることも増えるに違いない。

 だが、日本のこの方向性推し進めてきた自民公明維新、補完勢力である維新国民保守参政を支持してきた有権者たち、変わらないからと棄権してきた者たちに、俺はこの貴重な生きる糧をニコニコ差し出す気になれるだろうか?

 善意無償で?もしくは紙屑となった円と引き換えに?

 この事態はお前らが選んだ未来のものであるのに?

 米の値段が高すぎるとこぼし農業補助金漬けと嘲笑い、投資血道を上げ、自給率より防衛力と嘯き、ガザには目もくれず大谷うつつを抜かしていたお前らに?

 農業を、親戚に言えない恥ずかしい仕事だと、子ども公立に通わせることを虐待だと罵った(長子は塾なしで地方旧帝に合格したが)東京在住の親たちにすら、非常時には分け与えねばならないだろうことを考えると気が重くなる。だがそのころには既に物流崩壊しているのかもしれない。

 虫も土も触れられず、畑仕事も薪割りもできない老親を呼び寄せて養うしかないのだろうか?あちらも「不潔」な古民家になど住みたくもないだろうが。

 なら混乱の中で野垂れ死ねと突き放すほど薄情になれるだろうか。子どもたちの前で。

 夜は一緒に寝ている大型犬たちを、畑の見張りに出さなくてはならなくなるのかとまで妄想する(こいつらの餌も贅沢言えなくなるだろうが大丈夫だろうか…)。

 猟銃はまさか警戒のため必要だったのだろうか。

 俺は想像力過多だろうか?別に悲観的に思い悩んだり、パニックになったりはしていない。自然に頭に浮かび体が動くだけだ。

 たしかにハヤカワSFホラー/パニック映画にに触れすぎたきらいはある。週末は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を家族で観に行く予定だ。今傍らで末っ子が下巻を読んでいる。

 始まり天災という違いはあれど、あの地球で起こると予想されたことははたして絵空事だろうか?

 彼女の専攻は何だった?

 大体みなフィクションだけでなく海外ニュースにも無関心すぎる。キューバを見ろ。まさに石油が断たれた国の惨状が、今目の前で繰り広げられているではないか。なんと酷い権力者所業だろうか。

 ここまで恥知らず外道平和主義者のトランプさんと持て囃した奴らは見ているか?こんな目に遭わされないようにあいつのケツを舐めろと言うのか?

 もちろん俺だってあのときは考えすぎたなと笑いたいよ。全然それで、それこそがいいよ。

 夏は久しぶりに家族旅行の計画を立てているんだ。やれやれ取り越し苦労で助かったと備蓄品の祝杯をあげよう。我が家田舎暮らしは続いていくだけだ。

 世界中の人がそうやって平凡でありきたりな日常を送れることこそが幸いだ。

 だが万が一最悪の状況が訪れたなら。

 不慮の事故や致死的な発病さえなければ…おそらく俺はあんたらより長く生き延びることができるだろう。

 だが生きながら地獄を見たくはないのだ。阿鼻叫喚渦巻く中、扉を閉ざして自分たちだけ美味く飯を食い笑って暮らせると思うか?

 

 今からでもできることをしてくれ。

 ひっそりと備えを。

 そしてどうか、こんな世の中は嫌だと声を上げてくれ。みな自分生活で手一杯だろうが。そうして政治を語り合うことさえ忌避してきた結果がこれだ。原発事故さえ俺たちの目を覚まさせるには「十分ではなかったのだ」?

 そんな冷笑を許すな。今。目を開けろ。これまでも虫ケラのように殺され世界残酷に見捨てられる人々の苦しみは尽きなかった。目を逸らして踊っていた俺たちの横にもう現実が立っている。

 ついに俺たちの番が来た。

 いや弱い者から倒れていくのだ。

 政府に、君らが担ぎ上げたサナに、アメリカ人殺しにけして加担するな、日本を窮地に陥れるなと抗議してくれ。

 飛行機代は正直惜しいが(実家に泊まるのも憂鬱だがここに書いたような話を冷静にせねばなるまい)、3月25日国会アクションにはどうにか行けたらと考えている。

近くに住み、時間の余裕がある人はどうか一員となってほしい。手ぶらでいい、意に沿わないならコールもしなくていい。突っ立ってるだけでいいのだ。ただ数となってくれ。

 あなたがそこにいることは、このクソまみれの世界がどうか、ほんの少しでも、優しい美しい場所になってほしいという確かな祈りだ。

 そう願う人たちと共に立つことはきっと少なからあなたの心を安らかにするし、ごくわずかでも現実を動かすと信じて実際に動いたこと、生憎その願いがストレートに叶わなくとも、結局無惨に敗れ続けようが…その行動は0に近いかもしれないが、けして0ではない。

 当たり前だろう?0.000000001は0ではない。集まればその力は何かを変える。それは歴史証明している。

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