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はてなキーワード: 反戦運動とは

2026-05-06

anond:20260506203033

その反論論点のすり替えが二重に入ってる。

まず前提を整理する。

こちらが出しているのは

であって、

問題本質構造を見なくていい」

なんて一言も言ってない。

ここを

構造から目を逸らしている」

と読み替えてる時点で、まず誤読


次に核心。

おまえはずっと「本質的な構造(脅威・加害性)に基づいて批判対象が決まるべき」という“規範”を語ってる。

一方でこちらは「実際の運動は制約の中で対象を選ぶ」という“現実”を説明している。

この2つは対立してない。レイヤーが違う。

規範(どうあるべきか)

記述(実際どう動くか)

これを混同して、「構造を見ていない」と批判するのは的外れ

anond:20260506202815

その例え、的外れというより、議論の基本を外してる。

まず前提として、議論って

何を評価しているのか(規範責任

どう働きかけるのか(手段・実務)

このレイヤーを分けて組み立てるのが基本なんだけど、

お前の的外れな例えはここを意図的に混ぜてる。

加害者に届かないか被害者圧力をかけるのは自然」って、それ“誰が悪いか”の話と“誰に圧力をかけやすいか”の話を一つに潰してるだけ。

この時点で、たとえとして成立してない。

さらに言うと、比喩設計も雑。

反戦運動政策行為への批判

被害者本来保護される側

これを「被害者圧力をかける構図」に置き換えるのは、

対応関係が崩れてる。つまりアナロジーとして破綻してる。

議論比喩を使うなら、

対応関係が保たれているか

論点を正確にトレースしているか

ここを満たさないと逆効果なんだよ。

あと決定的なのは

その例えを採用すると自分の元の主張も崩れる点。

おまえは最初

「同じ基準批判すべき」

って言ってたのに、

今は

圧力をかけやす相手に向くのは自然

って認めてる。

これ、そのまま

反戦自国中心になるのも合理的

外国への直接批判が弱くなるのも構造的に当然

って結論に繋がる。

まり自分自分批判無効化してる。

anond:20260506201458

反戦運動対象選択国内政策中心になりがち)

市民運動の影響可能性(自国政府には働きかけやすい)

国際政治上の制約(他国への直接影響の限界

ここについては問題本質的構造には目を向けず議論するという話になっていて「左派結論ありき」というのを肯定しているが大丈夫だろうか?

国内政策が働きかけやすいか問題構造から目をそらしたらズレた話になるし、ヨーロッパなどの歴史的に見ても平和国内政策だけで完結することは無いはずだが

anond:20260506201933

論理破綻している

致命的なのはここ。

仮に本当に同一基準スコアリングして

中国北朝鮮が上位に来たとしても、

それは

「脅威分析の結果」

であって、

反戦運動がそこを主に批判すべき理由

にはそのままならない。

ここで論理が飛んでる。


なぜかというと、反戦対象選択には別の制約が入るから

例えば日本にいる人間

中国政府軍事行動に直接圧力をかける手段は極めて限定的

一方で日本政府同盟国には現実的に働きかけが可能

から

「脅威が大きい順に批判対象になる」

とはならない。

ここを無視してる時点で、「問題構造を分解してない」のはむしろおまえ。



結論としてはシンプルで:

「同じ基準」は評価ルールの話

「脅威だから重視」は政策優先順位の話

これを混ぜて、「だから反戦は偏ってる」と結論づけてるのが飛躍。

しかもその“重視”も定量化されてない印象論。

から結局、一見ロジカルに見せてるけど、中身は「自分の脅威認識に沿わない言説が気に入らない」っていうレベルから出てない。

anond:20260506201252

最初から本音書いとけよ。むしろこれで構造がはっきりした。

①「反戦本来すべてに同じ基準適用すべき」

②「でも北朝鮮中国現実に脅威だから重視すべき」→ この時点で“同じ基準”は放棄されてる

まり自分で「普遍基準」を掲げておきながら、

途中で「いやでも脅威の大きさは違うよね?」って言い出してる。

それなら最初から言うべきはこれなんだよ、「反戦も脅威評価に応じて強弱をつけるべき」でしょ?


さらに雑なのが後半。

左派結論ありき」って言ってるけど、いやそれ、そのまま自分に刺さってるからね。

中国北朝鮮は脅威」→ OK

「だからそこに強く向かない反戦おかしい」→ 価値判断

「だから反戦党派的」→ 結論

これ、完全に結論リブンの三段跳び

しかも「問題構造を分解しない」とか言ってるけど、

自分

反戦運動の対象選択国内政策中心になりがち)

市民運動の影響可能性(自国政府には働きかけやすい)

国際政治上の制約(他国への直接影響の限界

みたいな基本的構造要因を全部無視してる。


まとめるとシンプルで、

お前は「中立基準」を語っているようで

実際は「脅威認識に基づく優先順位」を前提にしていて

それを満たさな反戦を“逸脱”扱いしてる

まりこれ、

反戦党派的」なんじゃなくて

自分安全保障観に従わない反戦が気に入らない」

ってだけ。

その状態で「左派結論ありき」とか言っても、ブーメランが綺麗に戻ってきてるだけなんだよね。

2026-04-27

anond:20260427123518

素直に「俺がむかつく」って言ったら🤣🤣🤣wwwwww?

デモやるほど支持失ってる」とか社会分析っぽく言ってるけど、要するに自分が嫌いな抗議が目障りって話でしょ😅😅😅

社会に反感を持たれるデモはある、デモなんてほとんどそうでしょ

でもそれと「だからデモするな」は全然別の話です

反感を持たれても、表現の自由集会の自由はある

人気がある意見けが守られるならそれは自由じゃなくて多数派許可制です

歴史的にも当時は「迷惑」「過激」「反社会的」と叩かれた抗議運動なんていくらでもある

労働運動女性参政権運動公民権運動反戦運動社会に嫌われてた

でもリスクを負ってでも見えない問題可視化するのがデモ役割なんですよ

から本当に問うべきなのは

「その要求妥当か」

「その手段戦術として有効か」

「なぜ反感を持たれているのか」

であって

「俺がムカつくから意味ない」じゃない。

快・不快民主主義正規ルートを削ろうとしてる時点で、話がだいぶ幼いです😅


ますちゃんはそろそろおひるねのおじかんでちゅよー

anond:20260427122842

デモ以外で意思を示せばいいだけ」

民主主義を“投票資料配布”くらいにしか理解してなくて草😅www

デモは説得の放棄じゃなくて、争点を社会可視化するための正規ルートです

公道可視化するから報道される

報道されるから検索される

検索されるから主張や政策文書が読まれ

まりデモは「読んでもらう努力」と対立してない入口

そもそも人は、関心のない政策資料なんか読まない

その関心を作るのが、デモ署名・街宣・SNS報道対応です

あと、少数派が声を上げるのは民主主義バグじゃなくて仕様

労働運動女性参政権公民権運動反戦運動環境運動障害者権利運動最初はだいたい少数派から始まってる

最初から多数派なら抗議運動なんか要らないんだわ

「負けた側は静かに政策資料だけ作ってろ」って、それ民主主義じゃなくて勝者に都合のいい沈黙ルールです

デモもする

政策も出す

説得もする

選挙も戦う

全部やるのが民主主義

デモ以外でやれ」は、民主主義正規ルート勝手に削ってるだけです😅

2026-03-28

[]日本基督教団共産党戦後

共産党無神論原則とするが、「反権力反戦」という一点で宗教勢力戦略的に利用。日本基督教団社会派は戦責告白の「悔い改め」を原動力に、共産党組織力政治力を利用して運動を拡大しました。

1949年の「赤岩事件からまり1967年戦争責任告白を転機に協力が本格化し、辺野古時代実践的結託に至った経緯を報道公式発表などで確認しました。

1940年代後半:初期接触と激しい対立共産党は接近、キリスト教団は警戒)

1949年1月21日アカハタ」記事日本共産党機関紙)


日本基督教団牧師赤岩栄が「風早さんの応援赤岩牧師起つ、共産党入党の決意示す」と題した対談記事共産党入党を表明。
赤岩は「共産党けが戦争に協力しなかった」「キリスト教徒よりも神の教えを守っている」と共産党を高く評価。
→共産党側の評価キリスト教の一部牧師積極的に取り込み、宗教勢力を味方につけようとする戦略的接近。

キリスト新聞・教団新報の反応(1949年2〜8月)


教団は赤岩の行動を「信仰共産主義本質的矛盾する」と批判特別委員会を設置し、赤岩に翻意を求め、要職辞任を要求。
キリスト新聞では平山照次牧師が「二主に兼ね仕えず」と赤岩を痛烈に批判。


キリスト教団側の評価:当初は強い拒絶・警戒。共産党を「反宗教的」と見なし、教団内で大論争(「赤岩問題」)を引き起こした。

1950〜1960年代距離を置きつつ潜在的な接近

• この時期、共産党宗教者を「有事法制反対」や平和運動の味方として肯定的報道(例:2002年有事法制反対声明赤旗好意的に取り上げる)。

キリスト教社会派はまだ政治的発言を控えめだったが、戦責告白の準備段階で反戦意識が高まっていた。

1967年:決定的転換「戦争責任告白

1967年3月26日 日本基督教団第二次大戦下における日本基督教団責任についての告白」


教団は戦時中戦争協力を「罪」として公式に悔い改め、「教会権力抵抗すべき」との神学が主流化。


→ 共産党側の評価:この告白を「教会反省」として高く評価。以降、共産党メディア日本基督教団社会派反戦運動重要パートナーとして扱うようになる。

キリスト新聞の反応:社会派告白を支持する論調が強まり共産党との距離が徐々に縮まる。

1970〜1990年代平和運動を通じた実践連携

共産党メディアしんぶん赤旗)は、宗教平和協議会日本基督教団平和声明を繰り返し好意的報道

(例:2002年有事法制反対声明を「宗教界の危機感」として大々的に取り上げる)。

キリスト新聞社会派寄り)は共産党反戦姿勢評価しつつ、教団内の保守派は「共産党との協力は慎重に」との声もあった。

2000年代現在辺野古問題での本格的結託

2010年代以降:金井牧師日本基督教団)が不屈号船長就任赤嶺政賢議員共産党)が不屈号に乗船し、金井を「政治家として最高の名誉」と絶賛。

共産党メディア日本基督教団社会派平和学習・反基地活動積極的に支持。
キリスト新聞社会派活動好意的に報じ、事故後も「平和教育の重要性」を強調する論調

相互評価の推移まとめ

1940年代共産党キリスト教の一部牧師積極的に取り込もうとするが、教団側は強い拒絶・批判赤岩問題)。

1967年戦争責任告白):教団社会派国家権力批判神学確立。これを共産党が「反戦の同志」として高く評価し、連携の基盤が形成される。

• 1970〜2000年代平和運動反戦運動実践的協力が日常化。共産党メディアキリスト教団を「有事法制反対の味方」として好意的報道

2010年代現在辺野古時代):宗教ネットワーク共産党組織力が結びつき、不屈号のような現場で具体的な協力関係に発展。相互に「同志」として肯定的評価

本質共産党無神論原則とするが、「反権力反戦」という一点で宗教勢力戦略的に利用。日本基督教団社会派は戦責告白の「悔い改め」を原動力に、共産党組織力政治力を利用して運動を拡大。

この「敵の敵は味方」という実利的結託が、辺野古問題で頂点に達した形です。この推移は、報道・教団資料共産党機関紙から確認できる事実に基づいています。


2026-03-27

anond:20260327081710

ウクライナみた

いになってから反戦

ビラを撒いても遅すぎるんだよ。それに、

イラン反戦運動しても、内政干渉になるから

無駄だろ。

2026-03-26

よく左派と話してて認識ズレるなって思ってたんだけど、なんとなく理由わかってきた。

たぶん前提が違う。

左派って「戦争に反対する」ことで、

戦争が起きなくなる可能性を上げられるって発想なんだと思う。

でも現実ってそんな単純じゃない。

しろ状況によっては、

戦争も辞さない」という姿勢があるからこそ、

抑止が効いて結果的戦争が起きない、みたいなケースも普通にある。

ここが噛み合ってない。

で、もう一つ思うのが、

左派が重視してるのって結果というより「立場」なんじゃないかってこと。

戦争反対」というポジション絶対的正義として置いて、

そこに立っている自分は正しい、みたいな。

でもそれって、

現実戦争をどう防ぐかって話とはちょっとズレてる気がする。

理想としてのスローガンと、

現実安全保障ロジックは別物なんだよな。



ブコメへの返信

やっぱり前提が根本的にズレてると思う。

反戦を訴えてきたか戦争を止められた」っていう理解、かなり単純化しすぎてる。ベトナム戦争イラク戦争も、日本が出なかったのは9条反戦運動“だけ”で説明できる話じゃないし、実際ホルムズ海峡の件でも9条がない国ですら普通に派兵してない。

結局9条って絶対的な歯止めというより、政治的に使える口実の一つでしかない場面も多い。

あと「強い姿勢戦争を招く」というのも半分しか合ってない。現実安全保障って、むしろ「やる意思がある」と思わせることで手を出させない抑止のロジックで動いてる側面もあるから、そこを丸ごと無視すると話が噛み合わなくなる。

それに「強硬姿勢の結果、原爆」みたいな説明はさすがに単線的すぎるし、9条がなかったか戦争になったわけでも、9条があれば防げたわけでもない、というのは普通に共有されてる理解だと思う。

理想として反戦を掲げるのはいいけど、それが現実にどう効くのかの説明が弱いままだと、どうしてもスローガンまりに見える。

で、そのズレた前提のまま政治の話をする層が可視化されてるのがいわゆるブクマカ的な言説なんだと思うけど、ああい感覚のままだと広い層の共感は取りにくいし、実際それが選挙結果にも出てるよね、という話だと思う。

んで罵詈雑言ブコメで言いっぱなしじゃなくて、増田に来てくれな。返信遅くなるけどさ。対話重視なんでしょ?

2026-02-27

無料公開を機に、藤崎竜コミカライズ銀河英雄伝説を読んでいるけれど、

主人公の友人が如何にも死亡フラグみたいな台詞を口にしたかと思ったら案の定死んで、残された婚約者女性はそのままフェイドアウトするかと思いきや、反戦平和を掲げ政治家として立候補するのが意外だった。

その女性独身子無しなのが良かった。お腹の中に死んだ婚約者の子供がいて……みたいな設定じゃなくて良かった。

作品全体的にあんまり母性を美化してないというか、女性母性押し付けていないような作風が好印象。主人公ヒロイン結婚するけど子供はおらず、養子ユリアン後継者になっていたし。あんまり血の繋がりが重視されていない作風がいいと思う。そういう所が原作の発表当時も女性読者に受け入れられたんじゃないかと思った。

銀河英雄伝説におけるジェシカ反戦運動は特定属性だけでなく、全ての同盟市民共感できる内容だったと思う。

なのに現実世界反戦運動はどうして「#ママ戦争止めてくるわ」のような母性礼賛に偏ってしまうのか。

まぁこれは日本に限った話じゃなく、アメリカICE殺害された女性母親なのをやたら強調されてるし、多分世界各国共通なんだろうな。現実が嫌過ぎる。

2026-02-24

anond:20260224171926

これから日本戦争を仕掛けて侵略するつもりの国にとっては、

日本反戦運動が活発になって軍事費削減につながれば儲けものものね。

2026-02-14

anond:20260214163240

ベトナム戦争なんてガチ20代が何十万人も徴兵されて何万人も死んでんだから

それも全然知らない国の関係ない戦争

そりゃ反戦運動になるが

日本のやつは平和なところからそれのコスプレ気持ちよくなってるだけだから

2026-02-13

anond:20260213094915

中国台湾軍事侵攻したら日本存在危機になるかもしれない」と日本国会でした「発言」と

実際に核爆撃機飛ばし東京核爆撃の演習をするのと

どう考えたって後者の方がガチで1万倍か10万倍か100万倍かわからないが攻撃的で戦争大好きなのに

前者にたいして戦争はんたーいとかやってるからそういわれるんだよ

ベトナム反戦運動のつもりで気持ちよくなってるが

おまえたちは「虐殺側」なんだよ

2026-02-08

戦争反対」と言うなら

今すぐロシアイスラエルに行って反戦運動してきなよ

酒飲んだら分かり合えるんだろ?

2025-07-31

政治的ミュージシャンって誰がいる?

昔のミュージシャンには政権批判したり反戦運動したりマイノリティ人権を語ったりといった政治的な内容の曲を出す人が結構いたよね。今でも洋楽だとレディガガとか色々いるけど、現代日本アーティスト(できたらパンク系がいいけど、そうでなくてもいい)で、そういうの知ってる人いない?

私がわかるのは春ねむりくらいかな。日本社会の抑圧に中指立てるようなバンドとか知りたい。

2025-04-08

神社皇室周辺に現れるスピリチュアル系とか右翼関係者成田闘争時の農家の人たちを助けた左翼過激派活動家反戦運動にも「ベトナム平和を!市民連合」とかい左翼活動家アイヌ周辺の利権がらみな人たちやアンチヘイトといいつつヘイトばらまきな人権家などなど…かわいそうだと思うし十分理解を示すつもりはあるが、危険排他的無能な味方がたむろしているので近づきたくない厄介な界隈、これらを纏めて表す「言葉」が欲しい。なければ色々考えてみて(そういうのはAIに頼むべき…と書いたところでAI界隈もそうだなと思い出した)

2024-07-16

anond:20240716105151

Rもそうだけど、身内ウケしか考えてない。立民とは関係ないが東大授業料値上げ反対でインターナショナル歌うやつらもそうだし、反戦運動でいまどき誰もリアリティを感じない赤紙を街中で配るジジババもそう。過去成功体験に囚われてるか、それかさっき言ったみたいに身内がウェーイってもりあがればヨシって感じだから支持がだんだん細っていく。

2024-04-06

vampyr(ゲーム)、今後の展開を大きく変える選択肢がいくつかあって、攻略サイトなど避けて体当たりプレイして最悪の展開を引いた時はショッキングだったな

舞台第一世界対戦が終わった直後のイギリス

従軍医だった主人公帰国してすぐに吸血鬼に襲われ自身吸血鬼化、吸血衝動抗うか従うかはプレイヤー次第

主人公は理性ある上級吸血鬼だが、半分ゾンビみたいなもんである下級吸血鬼スペイン風邪の大流行の影で密かに蔓延している

ショックを受けたのはある看護師さんについてのエピソード

その看護師さんは主人公が務める病院の人だが、実は医薬品などを盗んだり、病院の偉い人の弱みを握って匿名脅迫して金をせしめたりしていた

それらは彼女の私腹を肥やすためではなく、病院にかかれないほどに貧しい貧民窟の人たちを看るためだった

看護師東欧から移民で、医療を学んでいたため職を選べたが、同胞貧困の中で町に立ち体を壊しており放置できなかった

その他にも貧民は多種多様に病んでおり、公認を得ていない違法診療所を開いて貧者たちの治療をしていた

彼女事情を知った主人公が取れる選択肢は3つ

1.彼女を吸血して殺害する 2.盗みは罪だから病院は辞めろと命じる 3.吸血鬼催眠能力で、犯罪行為を忘れさせる

犯罪をしてはいるが動機が善なるものである看護師殺害するのは可哀想なので1はなし

病院辞めたらもう会えなくなって退場しそうなので2はなし

貧者治療自体慈善といえども横領を伴うので、記憶操作で足を洗わせ普通看護師にさせる3がいいのではと選択

その後しばらく他のところのシナリオをこなした後、そういえばあの看護師どうしてるのかな結局退場かな、と彼女の貧者診療所へ行く

するとそこには、下級吸血鬼と化してグロテスクな姿になっている看護師の姿が

仕方なく殺害

看護師が渡英したのは、故郷苛烈反戦運動をして追われる立場になったか

彼女イギリスに来るよりもずっと前から自分良心に従うためなら法律には抗うこともする信念の人だった

催眠は軽いものなら可能だが、対象の信念をねじまげるようなことをすれば強い抵抗が生まれ相手精神パンクして廃人と化してしま

看護師にとって貧者治療は強い信念のもとに行われ、治療のための盗みや脅迫もそうであった

信念を捨て貧者を捨てて普通看護師として生きることなどできず、抗ったため彼女廃人化した

無防備な抜け殻になった彼女は下級吸血鬼に襲われて自らもそうなった

違法診療所吸血鬼らの巣となったことで、そこを頼っていた貧者らもまた犠牲になり、そこら一帯はボロクソに

すまぬ・・すまぬ・・・

平和路線を望むなら「病院辞めろ」が正解だった

「盗みや脅迫はもうだめだよ。不義理を働いた病院からは去りなさい。代わりに金持ち医者の俺が医療品を提供するよ。君は違法診療所での業務に専念してね。看護師だけじゃ難しいことはたまに来た時に俺が診るよ」

丸く収まる

主人公には別に恋愛相手となる女がいるが、このルートだと看護師フランクに話すようになり、こっちもアリだ

看護師美人キャラとしては描かれてないけど、まあブスではないし、犯罪してるけど義賊的なものだし、看護師もいい女だ

他の場面では催眠で上手くいことあったので、一周目で看護師あんなことになったのは本当にショックだった

2024-01-26

anond:20240126183251

9.「平和基本法から佐藤優現象〉へ

 〈佐藤優現象〉を支えている護憲派の中心は、雑誌としては『世界』であり、学者では山口二郎和田春樹である。この顔ぶれを見て、既視感を覚える人はいないだろうか。すなわち、「平和基本法である。これは、山口和田らが執筆し、共同提言として、『世界』一九九三年四月号に発表された。その後、二度の補足を経ている(56)。

 私は、〈佐藤優現象〉はこの「平和基本法からの流れの中で位置づけるべきだと考える。

 同提言は、①「創憲論」の立場、②自衛隊合憲化(57)、③日本経済的地位に見合った国際貢献必要性、④国連軍国連警察活動への日本軍の参加(58)、⑤「国際テロリスト武装難民」を「対処すべき脅威」として設定、⑥日米安保の「脱軍事化」、といった特徴を持つが、これが、民主党の「憲法提言」(二〇〇五年一〇月発表)における安全保障論と論理を同じくしていることは明白だろう。実際に、山口二郎は、二〇〇四年五月時点で、新聞記者の「いま改憲必要なのか」との問いに対して、「十年ほど前から護憲立場から改憲案を出すべきだと主張してきた。しかし、いまは小泉首相のもとで論理不在の憲法論議が横行している。具体的な憲法改正をやるべき時期ではないと思う」と答えている(59)。「創憲論」とは、やはり、改憲論だったのである

 同提言の二〇〇五年版では、「憲法九条の維持」が唱えられているが、これは、政権が「小泉首相のもと」にあるからだ、と解釈した方がいいだろう。「平和基本法」は、戦争をできる国、「普通の国」づくりのための改憲である。同提言軍縮を謳っているが、一九九三年版では、軍縮は「周辺諸国軍縮過程と連動させつつ」行われるとされているのだから北朝鮮中国軍事的脅威が強調される状況では、実現する見込みはないだろう(60)。また、「かつて侵略したアジアとの本当の和解」、二〇〇五年版では、周辺諸国への謝罪過去清算への誠実な取組みの必要性が強調されているが、リベラル過去清算は終わったと認識しているのであるから、これも実効性があるとは思えない。要するに、同提言には、論理内在的にみて、軍事大国化への本質的な歯止めがないのである

 佐藤が語る、愛国心必要性(61)、国家による市民監視(62)、諜報機関の設置等は、「普通の国」にとっては不可欠なものである佐藤饒舌から私たちは、「平和基本法」の論理がどこまで行き着くかを学ぶことができる。

 馬場は、小泉純一郎首相(当時)の靖国参拝について、「今後PKOなどの国際的軍事平和維持活動において殉死殉職した日本人の慰霊をどう処理し追悼するか、といった冷戦後平和に対する構想を踏まえた追悼のビジョンもそこからは得られない」と述べている(63)。逆に言えば、馬場は、今後生じる戦死者の「慰霊追悼施設必要だ、と言っているわけである。「普通の国」においては、靖国神社でないならば、そうした施設はもちろん、不可欠だろう。私は、〈佐藤優現象〉を通じて、このままではジャーナリズム内の護憲派は、国民投票を待たずして解体してしまう、と前に述べた。だが、むしろ、すでに解体は終わっているのであって、「〈佐藤優現象〉を通じて、残骸すら消えてしまう」と言うべきだったのかもしれない。

 ここで、テロ特措法延長問題に触れておこう(64)。国連本部政務官川端清隆は、小沢一郎民主党代表の、テロ特措法延長反対の発言について、「対米協調」一辺倒の日本外交批判しつつ、「もし本当に対テロ戦争への参加を拒絶した場合日本には国連活動への支援も含めて、不参加を補うだけの実績がない」、「ドイツ独自イラク政策を採ることができたのは、アフガニスタンをはじめ、世界の各地で展開している国連PKOや多国籍軍に参加して、国際社会を納得させるだけの十分な実績を積んでいたかである。翻って日本場合多国籍軍は言うに及ばず、PKO参加もきわめて貧弱で、とても米国国際社会理解を得られるものとはいえない」と述べている(65)。

 元国連職員吉田康彦は「国連憲章の履行という点ではハンディキャップなしの「普通の国」になるべきだと確信している。(中略)安保理決議による集団安全保障としての武力行使には無条件で参加できるよう憲法の条文を明確化するのが望ましい」と述べている(66)。川端吉田の主張をまとめれば、「対米協調一辺倒を避けるため、国連PKOや多国籍軍軍事活動積極的に参加して「国際貢献」を行わなければならない。そのためには改憲しなければならない」ということになろう。民主党路線と言ってもよい。今の護憲派ジャーナリズムに、この論理反論できる可能性はない。「8」で指摘したように、対北朝鮮武力行使容認してしまえば、改憲した方が整合性があるのと同じである

 なお、佐藤は、『世界』二〇〇七年五月号に掲載された論文山川均の平和憲法擁護戦略」において、「現実国際政治の中で、山川ソ連侵略性を警戒するのであるから、統整的理念としては非武装中立を唱えるが、現実には西側の一員の日本を前提として、外交戦略を組み立てるのである。」「山川には統整的理念という、人間努力によっては到底達成できない夢と、同時にいまこの場所にある社会生活改善していくという面が並存している」と述べている。私は発刊当初この論文を一読して、「また佐藤柄谷行人への点数稼ぎをやっている」として読み捨ててしまっていたが、この「9」で指摘した文脈で読むと意味合いが変わってくる。佐藤は、「平和憲法擁護」という建前と、本音が分裂している護憲派ジャーナリズムに対して、「君はそのままでいいんだよ」と優しく囁いてくれているのだ。護憲派ジャーナリズムにとって、これほど〈癒し〉を与えてくれる恋人もいるまい(67)。

10.おわりに

 これまでの〈佐藤優現象〉の検討から、このままでは護憲派ジャーナリズムは、自民党主導の改憲案には一〇〇%対抗できないこと、民主党主導の改憲案には一二〇%対抗できないことが分かった。また、いずれの改憲案になるにしても、成立した「普通の国」においては、「7」で指摘したように、人種差別規制すらないまま「国益」を中心として「社会問題」が再編されることも分かった。佐藤沖縄でのシンポジウムで、「北朝鮮アルカイダの脅威」と戦いながら、理想を達成しようとする「現実平和主義」を聴衆に勧めている(68)が、いずれの改憲案が実現するとしても、佐藤が想定する形の、侵略植民地支配反省も不十分な、「国益」を軸とした〈侵略ができる国〉が生まれることは間違いあるまい。「自分国家主義者じゃないから、「国益」論なんかにとりこまれるはずがない」などとは言えない。先進国の「国民」として、高い生活水準や「安全」を享受することを当然とする感覚、それこそが「国益」論を支えている。その感覚は、そうした生存の状況を安定的保障する国家先進国主導の戦争積極的に参加し、南北格差固定化を推進する国家―を必要とするからだ。その感覚は、経済的水準が劣る国の人々への人種主義、「先進国」としての自国を美化する歴史修正主義の温床である

 大雑把にまとめると、〈佐藤優現象〉とは、九〇年代以降、保守派大国路線に対抗して、日本経済的地位に見合った政治大国化を志向する人々の主導の下、謝罪補償必要とした路線が、東アジア諸国民衆の抗議を契機として一頓挫したことや、新自由主義の進行による社会統合破綻といった状況に規定された、リベラル左派危機意識から生じている。九〇年代東アジア諸国民衆から謝罪補償を求める声に対して、他国の「利益のためではなく、日本私たちが、進んで過ちを正しみずから正義回復する、即ち日本利益のために」(69)(傍点ママ歴史清算を行おうとする姿勢は、リベラル内にも確かにあり、そしてその「日本利益」とは、政治大国を前提とした「国益」ではなく、侵略戦争植民地支配可能にした社会のあり方を克服した上でつくられる、今とは別の「日本」を想定したものであったろう。私たちが目撃している〈佐藤優現象〉は、改憲後の国家体制に適合的な形で生き残ろうと浮き足立リベラル左派が、「人民戦線」の名の下、微かに残っているそうした道を志向する痕跡消失もしくは変質させて清算する過程、いわば蛹の段階である改憲後、蛹は蛾となる。

 ただし、私は〈佐藤優現象〉を、リベラル左派意図的計画したものと捉えているわけではない。むしろ無自覚的、野合的に成立したものだと考えている。藤田省三は、翼賛体制を「集団転向寄り合い」とし、戦略戦術的な全体統合ではなく、諸勢力からあいもつあいがそのまま大政翼賛会に発展したからこそ、デマゴギーそれ自体ではなく、近衛文麿のようなあらゆる政治立場から期待されている人物統合象徴となったとし、「主体が不在であるところでは、時の状況に丁度ふさわしい人物実態のまま象徴として働く」、「翼賛会成立史は、この象徴人物の未分性という日本政治特質をそれこそ象徴的に示している」と述べている(70)が、〈佐藤優現象〉という名の集団転向現象においては、近衛のかわりに佐藤が「象徴」としての機能果たしている。この「象徴」の下で、惰性や商売で「護憲」を唱えているメディア、そのメディア追従して原稿を書かせてもらおうとするジャーナリスト発言力を確保しようとする学者、無様な醜態晒す本質的には落ち目思想家やその取り巻き、「何かいいことはないか」として寄ってくる政治家や精神科医ら無内容な連中、運動に行き詰った市民運動家、マイノリティ集団などが、お互いに頷きあいながら、「たがいにからあいもつれあって」、集団転向は進行している。

 ところで、佐藤は、「仮に日本国家国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家同胞日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい」と述べている(71)。佐藤は、リベラル左派に対して、戦争に反対の立場であっても、戦争が起こってしまたからには、自国国防、「国益」を前提にして行動せよと要求しているのだ。佐藤賞賛するような人間は、いざ開戦となれば、反戦運動を行う人間異端者扱いするのが目に見えている。

 この佐藤発言は、安倍晋三首相の目指していた「美しい国」づくりのための見解とも一致する。私見によれば、安倍の『美しい国へ』(新潮新書、二〇〇六年七月)全二三二頁の本のキモは、イランでのアメリカ大使館人質事件(一九七九年)をめぐる以下の一節である。「(注・反カーター陣営の)演説会で、意外に思ったことがある。人質事件に触れると、どの候補者もかならず、「私は大統領とともにある」(I am behind the President.)というのだ。ほかのことではカーターをこきおろす候補者が、そこだけは口をそろえる。/もちろん、人質にされている大使館員たちの家族配慮するという意図からだろうが、アメリカ一丸となって事件対処しているのだ、という明確なメッセージを内外に発しようとするのである国益からむと、圧倒的な求心力がはたらくアメリカ。これこそがアメリカの強さなのだ。」(八七~八八頁)

 文中の、「人質事件」を拉致問題に、「大統領」を安倍に、「アメリカ」を日本に置き換えてみよ。含意は明白であろう。安倍は辞任したとはいえ総連弾圧をめぐる日本言論状況や、〈佐藤優現象〉は、安倍の狙いが実現したこと物語っている。安倍政権は倒れる前、日朝国交正常化に向けて動きかけた(正確には米朝協議の進展で動かされたと言うべきだが)が、こうなるのは少なくとも今年春からは明らかだったにもかかわらず、リベラル左派の大多数は、「日朝国交正常化」を公然と言い出せなかった。安倍政権北朝鮮外交に敗北したのは明らかである。だが、日本リベラル左派安倍政権ときに敗北したのである

 〈佐藤優現象〉は、改憲後に成立する「普通の国」としての〈侵略ができる国〉に対して、リベラル左派の大部分が違和感を持っていないことの表れである侵略植民地支配過去清算在日朝鮮人人権擁護も、そこには含まれる)の不十分なままに成立する「普通の国」は、普通の「普通の国」よりはるかに抑圧的・差別的侵略的にならざるを得ない。〈佐藤優現象〉のもとで、対北朝鮮武力行使の言説や、在日朝鮮人弾圧の言説を容認することは、戦争国家体制に対する抵抗感を無くすことに帰結する。改憲に反対する立場の者がたたかうべきポイントは、改憲護憲(反改憲)かではない。対北朝鮮武力行使容認するか、「対テロ戦争」という枠組み(72)を容認するかどうかである容認してしまえば、護憲(反改憲)派に勝ち目はない。過去清算も不十分なまま、札束ではたいて第三世界諸国の票を米国のためにとりまとめ、国連民主的改革にも一貫して反対してきた日本が、改憲し、常任理事国化・軍事大国化して、(国連主導ではあれ)米軍中心の武力行使を容易にすることは、東アジア世界平和にとって大きな災厄である(73)。

改憲戦争国家体制拒否したい人間は、明確に、対北朝鮮武力行使の是非、対テロ戦争の是非という争点を設定して絶対的に反対し、〈佐藤優現象〉及び同質の現象を煽るメディア知識人等を徹底的に批判すべきである

(1)岩波書店労働組合「壁新聞」二八一九号(二〇〇七年四月)。

(2)ブログ「猫を償うに猫をもってせよ」二〇〇七年五月一六日付。

(3)ただし、編集者佐藤右翼であることを百も承知の上で使っていることを付言しておく。〈騙されている〉わけではない。

(4)「佐藤優という罠」(『AERA』二〇〇七年四月二三日号)中のコメントより。

(5)インターネットサイトフジサンケイ ビジネスアイ」でほぼ週一回連載中の〈 Permalink | 記事への反応(0) | 18:37

2023-10-13

ウクライナ侵攻のときロシアでは反戦運動が起きた。

ユダヤ人アメリカ人の中でそういう動きが出てこないならロシア人のほうが高尚じゃないか

それとも中東人が虐殺されるのはなんとも思わないのか。ろくでもねえ。

2023-07-31

anond:20230731222744

どうもですググって勉強になりました

日本における受容

海外英語圏流行していた「幸運手紙」が日本最初流行したのは1922年大正11年)のことで、外国に知人がいる上層階級から侵入したとみられている[2]。 戦前の「幸運手紙」は大人の間で拡散するものであったが、1954年昭和29年)頃から子供の間でも「幸運手紙」が広まり始め、1970年昭和45年)秋頃には「幸運手紙」は「不幸の手紙」へと変質し、子供の間で流行した[3]。

また「幸運手紙」は商品広告選挙活動のほか二次大戦中には反戦運動にも利用され、特高警察が取り締まりを行っている[4]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB

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1970年ということは共産国破壊活動可能性があります

2023-07-22

軍事研究に参加しません!」っていうのを「学者良心」とか言うけどさあ

もし日本侵略されて学者先生方が協力しなかったら、たぶん俺に限らず国民そいつ絶対許さねえと思うぞ

良心とか言ってる場合じゃない

昔の反戦運動家なんかが戦後に称賛されるようになったのは、日本戦争に負けて結果的にそうなったからであって、まあ彼らはある意味「賭けに勝った」わけだが

からって最初から負ける方に賭ける奴があるかよ

戦争っていうのは一度起こったら何もかも使って勝ちに行くしかなくて、だからこそできる限り起こさないようにするしかないんだ

2023-06-11

anond:20230611145336

労働者のための運動は乗っ取ってへんてこ反戦運動にしちまって

最低賃金引き上げとかのポジティブ活動成果も示せず

こんなフシダラ狩りで政府ではなく民間企業攻撃

問題視されればだらしなく責任のがれして逃げ回る

 

今の共産党の何を評価すりゃいいのかわからん

とりあえずトップを替えろ

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