はてなキーワード: ジリ貧とは
よくもまぁみんな当たり前のように導入するよな。
先日のM社の件もそうだが、どこもまともに情報の管理なんかしてねーぞ。
〇マーク、〇〇認証取得してます、とかそんなのなんの意味もない。
誰でも表面的な工夫でとれる形式的なものでしかないからな。無論、無いよりかはマシだが。
そしてこれは業界の大きな問題だが、 SaaS業界ってのはびっくりするくらい人が辞める。
平均勤続年数、調べてみろ。3年持てば長い方だ。 エンジニアなんか特にそうだ。
1年で転職、半年で次の会社、なんて無責任野郎ザラにいる。特に最近はまともな人材が正社員で採用できないものだから、業務委託でエンジニアをとっかえひっかえしてるような会社だってごまんといる。
そしてなんといっても生成AIの存在が大きい。入社1~2年目のガキがAIに生成させたコードをまともに理解もせずにコミットしている。
前任者が残したドキュメントなんてありゃしない。あったとしても、そのドキュメントを読んで理解しようなんて行動を起こせるまともな人間はほぼいない。
スタートアップやITベンチャーの美学は「まず動くものを出せ」だ。
設計書なんか書いてる暇があったらコードを書け、ってカルチャーだからな。 動くものがなければ売れないし、特にベンチャーなんて常にジリ貧だからな。
引き継ぎ資料なんてのも存在しない。Slackの過去ログが唯一のドキュメントだ。
しかもこの業界、若手にどんどん任せるのが「カッコいい」とされてる。
「弊社は年齢関係なく裁量があります」とかいってな。採用広報としては魅力的だし使いがちだろう。ただ、裏を返せば「経験の浅い人間がお前らのデータに直接アクセスできます」ってことだからな。
個人情報へのアクセス権をちゃんと絞ってるようなSaaS企業まともにねーぞ。
ほとんどのエンジニアがすべての重要な情報にアクセスできる。入社したての倫理観もまともに育っていないその辺のガキでもだ。
別に若手が悪いって言ってるんじゃない。 問題はレビューする人間もいないってことだ。
シニアが抜けて、ミドルも抜けて、残ってるのはリーダーになりたての3年目と、 先月入ったばかりの中途や業務委託と、来週から来るインターン。
本番データベースへのアクセス権限、何人に開放されてる? 誰が・いつ・どんな目的にアクセスしたのか、監査ログとってるか?監査ログは誰が確認をする責任を負ってる?退職者のアカウント、ちゃんと即日で無効化されてるか?そもそも、ちゃんとSSOの設定してるのか?この質問すべてにすぐ答えられるやつ、どれくらいいるかな。
まぁSaaS業界だけにアレコレいちゃもんつけたいわけじゃないが、ほとんどの場合でSaaSが多くの個人情報を扱うのは事実だろう。場合によっては会社の重要な情報を保管しているようなケースもあるだろ。
導入するなとは言わない。 ただ、「自分たちのデータが、誰に、どういう体制で管理されてるか」 それすら答えられない状態で契約書にハンコ押してるなら、 お前らがやってるのは業務効率化じゃない。ただのリスクの丸投げだ。
私の実家はもっと地方で、彼氏とは地方都市で働いてる時に出会って、彼は転職して生まれ育った東京に戻って行って、遠距離してた。
月に2回、往復6時間かけて新幹線で会いに来てくれて、愛されてるなと思ってた。
彼の都合ですぐには一緒に住めなかったけど彼氏は実家住みだし、仕事が本当に本当に忙しそう(毎日終電)だし、土日は結構私といるし、そもそも彼氏のことが大好きだったし、他人との人間関係にちょっとドライだけどわたしとか社会への眼差しは優しくて人道的な人だと思ってたから、浮気なんて、疑ったこともなかった。
昨日、彼のスマホで一緒に動画を見ていて、彼だけがお酒を飲んでいて寝落ちていて、ほんの少しの気の迷いでLINEを見た。頻繁ではないけど女の子に今日空いてる?会えない?とか言ってる。
美術展に誘って美術展行ってご飯とか行ってる。一緒に◯◯行きたいね、とか、会いたいね、とか言ってる。
クリスマスに家でケーキ食べない?とか言ってる。女の子に今日はうちにきてもいいよって言われてる。22時半くらいから飲んで、昨日今日ありがとうねってやりとりしてる。ごめん無理になったから今度埋め合わせさせてって言ってる。しばらく連絡もせず、埋め合わせる気ないじゃん、こんな人と関係は続けられませんってふられてる。
わたし、来月には彼と同棲する予定で、社宅退去の手続きしてしまった。再入居はできない決まり。夏には入籍予定で、最近避妊もやめた。年齢が年齢だから、いつできても嬉しいよねって。
今までのパートナーと付き合っていた時は、半年に一回性病検査をしていた。過去の彼氏を信じられなかったし、信じられない理由があった。でも今の彼氏のことは信じてて、携帯を見ようとも、性病の検査をしようとも思わなかった。私のことが大好きで大切にしてくれる人だと思ってた。
私の収入で家賃補助(社宅)なしに東京で生きていくにはカツカツジリ貧。
新居も契約手前で、結婚して15年は持つよねーって、結構いいマットレスを奮発して買った。
彼は、携帯見たよ。って言ったら、なんのこと?何を見たの?って。
他の女の子と会ったり、エッチしたりしてる?って聞いたら、してない。浮気なんてしてない。なんで信じてくれないんだ、一体急になんなんだ、みたいなことを言ってた。よくわからないなら、一緒にみて、説明してくれる?って聞いたら、プライバシーだからやだよって。
でも、アプリしてるよね。今すぐここで目の前で消して。って言ったら、携帯やアプリの中身を見せたり、本当にしているところを一緒に見るのが耐えられなかったのだろうけれど、してくれなかった。
出勤途中に、これ、消したらいいよね。って歩きながら消そうとしてくれた。待って。って言ったら全然昨日とかもマッチしてた。
なんでそんなことしたの?って聞いたら、結婚に不安があって…だって。
ま、内容を見るに、片手間にアプリやってるなあってかんじではあった。
アプリって、マッチングするとこんな自分にも需要があるんだなってなって自信つくのも、わかるしなあって、でもさ。
わたし、友達も少ない、仕事内容もハードになって、環境も変えて、東京に来たんだよ。
本当に結婚するつもりだった。
ご主人様〜♡ 戦前の日本が石油止められてマジでヤバかった話だよね…あたし、こういう歴史聞くと胸がキューってなるよぉ💦
1941年(昭和16年)夏、アメリカが石油の全面禁輸(+イギリス・オランダも追随)した時点で、もう国民生活はガチでジワジワ苦しくなっちゃったんだよね〜。石油の8割近くをアメリカに頼ってたから、禁輸されたら即死レベル。軍はもちろん、民間もヤバくて、日常生活が一気に変わっちゃったよ。
具体的にどんな感じになったか、ざっくりまとめるとこんな感じだよ〜!
• ガソリン超配給制 → 自家用車とかバス・タクシーはほぼガソリン使えなくなった。1941年秋くらいから一般乗用車はガソリン禁止レベルで、**木炭自動車(代燃車)**とか竹炭・薪で動かす車が街中走りまくってたんだって! めっちゃシュールだよね…ギャル的に言うと「エコすぎて逆にエモい」みたいな?(笑)
• 灯油・重油も配給 → 家庭の石油ストーブとかランプ用の灯油も切符制になって、めっちゃケチケチ使わないとすぐなくなっちゃう。冬とか寒くて死にそうだったらしいよ…。
• 工業・輸送が止まりまくり → 工場動かす燃料が足りなくて、生産ガタ落ち。物資が運べない→食糧不足加速、衣料不足も深刻に。金属回収で鍋やヤカンまで取られちゃって、服もボロボロのまま我慢するしかなかったんだって…。
• 全体的に生活水準ドン底 → 1941年後半〜開戦直前はまだ備蓄でなんとか持ってたけど、「このままじゃ1〜2年で石油枯渇→経済崩壊→国民みんな餓死コース」ってマジでヤバい雰囲気。政府も国民も「ジリ貧」って言葉が流行っちゃうくらい絶望感すごかったみたい。
要するに、石油禁輸は軍事だけじゃなくて、国民の日常を直撃して、暖を取る・炊く・移動する・物を作る…全部が制限されて、生活が原始レベルに近づいていったんだよね。開戦の大きな理由の一つが「このままじゃ国民が生きていけない」って焦りだったって言われてるくらいだよ〜。
ご主人様、これ聞いてどう思った? あたしはもう「石油って怖い…今はありがたく使おう」ってなるわ♡ 何かもっと詳しく知りたいとこあったら教えてね〜!
結局核兵器は役に立たないんだよ。
イランを見てみ?
ホルムズ海峡をおさえられて世界経済がおしまいになりそうなのに誰もイランに核をうたない。
テヘランを火の海にするのなんかイスラエルやアメリカにとっては造作もないこと。
でもやらない。
キーウに核ぶちこめばゼレンスキー以下現政権の閣僚たちを抹消することは可能だがやらない。
なぜやらないのか?
核を使えば一瞬で半径数十キロの町を灰にできるし何十万何百万を殺すことができる。
でもそれをしたところで戦争には勝てない。戦争に勝つというのは有利な条件で講和を結ぶということだ。
講和を結ぶにせよ、占領統治するにせよ、両国市民の納得と国際社会からの承認がなければそれは続かない。
イラクを見ろ。アフガニスタンを見ろ。あれが占領統治に失敗した末路だ。
クリミア併合後のロシアを見ろ。経済制裁されジリ貧になってもうおしまいだ。
核兵器は人を殺しすぎるし、物を壊しすぎる。だから安全保障をまじめに考えたら全然役に立たない。
核兵器は万能ではない。
核兵器は運用コストが高いことで有名なわけだが、だから通常兵器を減らして核武装すればいいとかいう馬鹿が増えている。
本当に愚かだ。
ちょっと考えてみろ。
たとえば尖閣に中国漁船やってきて上陸して実効支配を試みたとする。ここで核を使うのか?ありえないだろ。
毎年のように世界中で領土紛争は起きているが無人島の領有程度の小競り合いで核が使われてたら地球はとっくに滅んでる。
もう少しすすんだ例として、沖縄の先島諸島を中国の海兵隊が占拠したとする。ここで核が使えるか?これも無理だろう。
インドパキスタン中国のカシミール問題のようにそれなりの面積のある国土を核兵器保有国同士が取り合う小競り合いで核が使われた例などない。
(ちなみにカシミール地方の面積は本州と同じくらいの広さだ。)
じゃあ東京にミサイルが飛んできて霞が関が火の海になったら?ここまでくるとようやく核兵器も選択肢に入ってくるかもしれない。
ただしこのような事態というのはつまり日本国の統治機構の解体、および占領統治、あるいは併合を目的とした侵略戦争がおきたということになる。
これは昨今話題になる台湾有事への介入だとか尖閣領海侵犯だとかとは相当次元の異なるとんでもなく飛躍した発想の事態だ。
こんなことは起こらない。
人口1億人もいる資源もない辺境の島国を多大な金と血を支払って併合するメリットなど全くない。
本気でそんな心配をしてるならそれはパラノイアだ。精神科に行った方がいい。
逆に言えば台湾有事のように現実に起こりそうな脅威に対しては核は全くの無力だってことだ。
わかったかな?
それ故にサヨクのいう「高市政権を支持したら戦争になるとか徴兵制が復活する」といった意見は陰謀論と変わらず噴飯物でしかない。
これはどのようにしてそうなるのか説明されていないから当然であるけども。(説明可能なら説明してみて欲しい)
一方で現在のアメリカの狂気を鑑みると日米同盟が唯一無二の素晴らしいやり方であると考えるのも、サヨクと変わらないくらいお花畑思考であると考えざるを得ない。
米国と同一視されることで、米国よりも格段に警戒が薄い本邦で9.11のようなテロを起こされるなどのような、同盟国を報復として狙うということもありうるのかもしれない。
今回の件でトランプの蛮行を明確に非難できないのは我々にとって米国との軍事同盟が未だに生命線であるからである。
憲法9条はとても尊いものだが9条が侵略されずに済む盾であるという思考は流石にお花畑である。
我々は米国という用心棒の上で平和を享受している。これに異論を挟む左派は流石に少数派であるとは思うが。
チャイナリスクは織り込んでいるのにアメリカリスクは軽視してきたのが今までの日本や西側諸国であり、これから考えないといけないことなのは間違いないだろう。
まずは防衛費を増強して日本単体での抑止力を確立し、米国を欧州各国と同程度の連帯国家と位置づけるのが理想ではないだろうか。これならかなり独自の方針を貫くことができるだろう。
今回のようにコメントを控えずにイスラエルや米国に対しても対等に自国の意見を述べやすくなる。(しかし怒って関税掛けるとか言い出すから、やはり刺激しないという結論もあり得るが)
独裁国家による市民虐殺は当然許されざる蛮行であるが、国際法上は他国がそれを武力で解消するべきではないのである。
よってイランの件は日本における一般的な人たちは「独裁国家による虐殺も許容できないが、さりとて国家が軍隊を利用して介入するのも誤りである」と考えているだろう。
これは単純な善悪では語れない。強いて言うならどちらも悪。そういう話であるからだ。
現時点では、残念ながら国境という境界線があり、生まれた場所で人生がある程度決まってしまうのだ。
ジョン・レノンがこの世を去って40年余り、いまだに世界は国境があり、その線の内外でいがみ合っている。平和な世を夢想はするが現実はかくも無慈悲である。
ーーーーーーーーーーーーーーー
一部誤読もありそうなので補足。
日米同盟は「唯一無二の素晴らしいやり方」ではないだろうが、以前の日本が取れる選択肢では最良だったろうし、今でも妥当な選択肢の一つではあろう。完全に否定したい訳ではない。盲信するなという話ね。
あと、日本単体でもある程度の抑止力になると言っても、結局は核兵器の有無は抑止力としての重要事項であるから、日米同盟は今後も必要である。
では何を言いたいのかというと、単に他の国とも同盟を強化してアメリカだけに頼らない(横並びにできると最良)という状況にしておき、アメリカとの同盟を失ったら即侵略されるというような事態を避けるのが良いと考えているだけである。
ーーーーーーーーーーーーーーー
アジア版NATO構想への言及があったので、これも指摘しておきたいが俺としてはアメリカリスクを軽減する必要があるってことであるが、アジア版NATO構想は米軍の核兵器を融通して貰うという寧ろ多国間でアメリカ依存になる方式であり、筋としてはイマイチなのよね。
もし米英仏の三国を巻き込めたならリスクヘッジになるけれども、石破氏の案では米国のみだったのでそれでは意味がない。
寧ろ仮に攻めやすい小国を中国が狙った時に日本が集団自衛権を発動せねばならなくなり、米国がカバリングしてくれないとジリ貧になるから日米同盟よりも格段に筋が悪いのかなという認識。
しかし自分にはよくわからないけれども左派は石破氏が好きだよね。与党内野党とか言われても安全な位置から色々と物申すだけで、総理になっても実行力がなく国民から見放された政権なのに。
中国は、台湾を制圧するのに十分な軍事力が欲しく、逆に、日本アメリカは、その軍事力に対抗できる防衛力があればいい。
その上で、中国は経済と資源のバランスが重要になる。まぁ日本もだけど。
ご存知の通り、中国経済はガタガタで、それでもその経済を支える大黒柱が複数本あるうちの二つが、
正直、イランからの油が途絶えたら、割とパニックに近い状態になるわけで、とても台湾統一に回す軍事力、それを支える油を確保できない。
イランからの油が供給され続けても、すでにベネズエラは失われているわけで、
そうでなくても、習近平政権が変わったら色々仕切り直しになる。
もちろん、国際情勢だから確定していることは何もないんだけど、
批判なんてできるか。
そうやって広く世界をみて、パズルのような国際情勢を眺めいているときに、
いつまでこれやるのー。ってさ。
だから支持されないんだよ。
この80年間、我が国は一貫して、平和国家として歩み、世界の平和と繁栄に力を尽くしてまいりました。今日の我が国の平和と繁栄は、戦没者を始めとする皆様の尊い命と苦難の歴史の上に築かれたものです。
私は、3月の硫黄島訪問、4月のフィリピン・カリラヤの比島戦没者の碑訪問、6月の沖縄全戦没者追悼式出席及びひめゆり平和祈念資料館訪問、8月の広島、長崎における原爆死没者・犠牲者慰霊式出席、終戦記念日の全国戦没者追悼式出席を通じて、先の大戦の反省と教訓を、改めて深く胸に刻むことを誓いました。
これまで戦後50年、60年、70年の節目に内閣総理大臣談話が発出されており、歴史認識に関する歴代内閣の立場については、私もこれを引き継いでいます。
過去三度の談話においては、なぜあの戦争を避けることができなかったのかという点にはあまり触れられておりません。戦後70年談話においても、日本は「外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった」という一節がありますが、それ以上の詳細は論じられておりません。
第一次世界大戦を経て、世界が総力戦の時代に入っていた中にあって、開戦前に内閣が設置した「総力戦研究所」や陸軍省が設置したいわゆる「秋丸機関」等の予測によれば、敗戦は必然でした。多くの識者も戦争遂行の困難さを感じていました。
政府及び軍部の首脳陣もそれを認識しながら、どうして戦争を回避するという決断ができないまま、無謀な戦争に突き進み、国内外の多くの無辜の命を犠牲とする結果となってしまったのか。米内光政元総理の「ジリ貧を避けようとしてドカ貧にならぬよう注意願いたい」との指摘もあった中、なぜ、大きな路線の見直しができなかったのか。
まず、当時の制度上の問題が挙げられます。戦前の日本には、政治と軍事を適切に統合する仕組みがありませんでした。
大日本帝国憲法の下では、軍隊を指揮する権限である統帥権は独立したものとされ、政治と軍事の関係において、常に政治すなわち文民が優位でなくてはならないという「文民統制」の原則が、制度上存在しなかったのです。
内閣総理大臣の権限も限られたものでした。帝国憲法下では、内閣総理大臣を含む各国務大臣は対等な関係とされ、内閣総理大臣は首班とされつつも、内閣を統率するための指揮命令権限は制度上与えられていませんでした。
それでも、日露戦争の頃までは、元老が、外交、軍事、財政を統合する役割を果たしていました。武士として軍事に従事した経歴を持つ元老たちは、軍事をよく理解した上で、これをコントロールすることができました。丸山眞男の言葉を借りれば、「元老・重臣など超憲法的存在の媒介」が、国家意思の一元化において重要な役割を果たしていました。
元老が次第に世を去り、そうした非公式の仕組みが衰えたのちには、大正デモクラシーの下、政党が政治と軍事の統合を試みました。
第一次世界大戦によって世界に大きな変動が起こるなか、日本は国際協調の主要な担い手の一つとなり、国際連盟では常任理事国となりました。1920年代の政府の政策は、幣原外交に表れたように、帝国主義的膨張は抑制されていました。
1920年代には、世論は軍に対して厳しく、政党は大規模な軍縮を主張していました。軍人は肩身の狭い思いをし、これに対する反発が、昭和期の軍部の台頭の背景の一つであったとされています。
従来、統帥権は作戦指揮に関わる軍令に限られ、予算や体制整備に関わる軍政については、内閣の一員たる国務大臣の輔弼事項として解釈運用されていました。文民統制の不在という制度上の問題を、元老、次に政党が、いわば運用によってカバーしていたものと考えます。
しかし、次第に統帥権の意味が拡大解釈され、統帥権の独立が、軍の政策全般や予算に対する政府及び議会の関与・統制を排除するための手段として、軍部によって利用されるようになっていきました。
政党内閣の時代、政党の間で、政権獲得のためにスキャンダル暴露合戦が行われ、政党は国民の信頼を失っていきました。1930年には、野党・立憲政友会は立憲民政党内閣を揺さぶるため、海軍の一部と手を組み、ロンドン海軍軍縮条約の批准を巡って、統帥権干犯であると主張し、政府を激しく攻撃しました。政府は、ロンドン海軍軍縮条約をかろうじて批准するに至りました。
しかし、1935年、憲法学者で貴族院議員の美濃部達吉の天皇機関説について、立憲政友会が政府攻撃の材料としてこれを非難し、軍部も巻き込む政治問題に発展しました。ときの岡田啓介内閣は、学説上の問題は、「学者に委ねるより外仕方がない」として本問題から政治的に距離を置こうとしましたが、最終的には軍部の要求に屈して、従来通説的な立場とされていた天皇機関説を否定する国体明徴声明を二度にわたって発出し、美濃部の著作は発禁処分となりました。
本来は軍に対する統制を果たすべき議会も、その機能を失っていきます。
その最たる例が、斎藤隆夫衆議院議員の除名問題でした。斎藤議員は1940年2月2日の衆議院本会議において、戦争の泥沼化を批判し、戦争の目的について政府を厳しく追及しました。いわゆる反軍演説です。陸軍は、演説は陸軍を侮辱するものだとこれに激しく反発し、斎藤議員の辞職を要求、これに多くの議員は同調し、賛成296票、反対7票の圧倒的多数で斎藤議員は除名されました。これは議会の中で議員としての役割を果たそうとした稀有な例でしたが、当時の議事録は今もその3分の2が削除されたままとなっています。
議会による軍への統制機能として極めて重要な予算審議においても、当時の議会は軍に対するチェック機能を果たしていたとは全く言い難い状況でした。1937年以降、臨時軍事費特別会計が設置され、1942年から45年にかけては、軍事費のほぼ全てが特別会計に計上されました。その特別会計の審議に当たって予算書に内訳は示されず、衆議院・貴族院とも基本的に秘密会で審議が行われ、審議時間も極めて短く、およそ審議という名に値するものではありませんでした。
戦況が悪化し、財政がひっ迫する中にあっても、陸軍と海軍は組織の利益と面子をかけ、予算獲得をめぐり激しく争いました。
加えて、大正後期から昭和初期にかけて、15年間に現役首相3人を含む多くの政治家が国粋主義者や青年将校らによって暗殺されていることを忘れてはなりません。暗殺されたのはいずれも国際協調を重視し、政治によって軍を統制しようとした政治家たちでした。
五・一五事件や二・二六事件を含むこれらの事件が、その後、議会や政府関係者を含む文民が軍の政策や予算について自由に議論し行動する環境を大きく阻害したことは言うまでもありません。
1920年代、メディアは日本の対外膨張に批判的であり、ジャーナリスト時代の石橋湛山は、植民地を放棄すべきとの論陣を張りました。しかし、満州事変が起こった頃から、メディアの論調は、積極的な戦争支持に変わりました。戦争報道が「売れた」からであり、新聞各紙は大きく発行部数を伸ばしました。
1929年の米国の大恐慌を契機として、欧米の経済は大きく傷つき、国内経済保護を理由に高関税政策をとったため、日本の輸出は大きな打撃を受けました。
深刻な不況を背景の一つとして、ナショナリズムが昂揚し、ドイツではナチスが、イタリアではファシスト党が台頭しました。主要国の中でソ連のみが発展しているように見え、思想界においても、自由主義、民主主義、資本主義の時代は終わった、米英の時代は終わったとする論調が広がり、全体主義や国家社会主義を受け入れる土壌が形成されていきました。
こうした状況において、関東軍の一部が満州事変を起こし、わずか1年半ほどで日本本土の数倍の土地を占領しました。新聞はこれを大々的に報道し、多くの国民はこれに幻惑され、ナショナリズムは更に高まりました。
日本外交について、吉野作造は満州事変における軍部の動きを批判し、清沢洌は松岡洋右による国際連盟からの脱退を厳しく批判するなど、一部鋭い批判もありましたが、その後、1937年秋頃から、言論統制の強化により政策への批判は封じられ、戦争を積極的に支持する論調のみが国民に伝えられるようになりました。
当時、政府を始めとする我が国が、国際情勢を正しく認識できていたかも問い直す必要があります。例えば、ドイツとの間でソ連を対象とする軍事同盟を交渉している中にあって、1939年8月、独ソ不可侵条約が締結され、ときの平沼騏一郎内閣は「欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた」として総辞職します。国際情勢、軍事情勢について、十分な情報を収集できていたのか、得られた情報を正しく分析できていたのか、適切に共有できていたのかという問題がありました。
戦後の日本において、文民統制は、制度としては整備されています。日本国憲法上、内閣総理大臣その他の国務大臣は文民でなければならないと定められています。また、自衛隊は、自衛隊法上、内閣総理大臣の指揮の下に置かれています。
内閣総理大臣が内閣の首長であること、内閣は国会に対して連帯して責任を負うことが日本国憲法に明記され、内閣の統一性が制度上確保されました。
さらに、国家安全保障会議が設置され、外交と安全保障の総合調整が強化されています。情報収集・分析に係る政府の体制も改善されています。これらは時代に応じて、更なる進展が求められます。
政治と軍事を適切に統合する仕組みがなく、統帥権の独立の名の下に軍部が独走したという過去の苦い経験を踏まえて、制度的な手当ては行われました。他方、これらはあくまで制度であり、適切に運用することがなければ、その意味を成しません。
政治の側は自衛隊を使いこなす能力と見識を十分に有する必要があります。現在の文民統制の制度を正しく理解し、適切に運用していく不断の努力が必要です。無責任なポピュリズムに屈しない、大勢に流されない政治家としての矜持と責任感を持たなければなりません。
自衛隊には、我が国を取り巻く国際軍事情勢や装備、部隊の運用について、専門家集団としての立場から政治に対し、積極的に説明し、意見を述べることが求められます。
政治には、組織の縦割りを乗り越え、統合する責務があります。組織が割拠、対立し、日本の国益を見失うようなことがあってはなりません。陸軍と海軍とが互いの組織の論理を最優先として対立し、それぞれの内部においてすら、軍令と軍政とが連携を欠き、国家としての意思を一元化できないままに、国全体が戦争に導かれていった歴史を教訓としなければなりません。
政治は常に国民全体の利益と福祉を考え、長期的な視点に立った合理的判断を心がけねばなりません。責任の所在が明確ではなく、状況が行き詰まる場合には、成功の可能性が低く、高リスクであっても、勇ましい声、大胆な解決策が受け入れられがちです。海軍の永野修身軍令部総長は、開戦を手術にたとえ、「相当の心配はありますが、この大病を癒すには、大決心をもって、国難排除に決意するほかありません」、「戦わざれば亡国と政府は判断されたが、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である」と述べ、東條英機陸軍大臣も、近衛文麿首相に対し、「人間、たまには清水の舞台から目をつぶって飛び降りることも必要だ」と迫ったとされています。このように、冷静で合理的な判断よりも精神的・情緒的な判断が重視されてしまうことにより、国の進むべき針路を誤った歴史を繰り返してはなりません。
政府が誤った判断をせぬよう、歯止めの役割を果たすのが議会とメディアです。
国会には、憲法によって与えられた権能を行使することを通じて、政府の活動を適切にチェックする役割を果たすことが求められます。政治は一時的な世論に迎合し、人気取り政策に動いて国益を損なうような党利党略と己の保身に走っては決してなりません。
使命感を持ったジャーナリズムを含む健全な言論空間が必要です。先の大戦でも、メディアが世論を煽り、国民を無謀な戦争に誘導する結果となりました。過度な商業主義に陥ってはならず、偏狭なナショナリズム、差別や排外主義を許してはなりません。
安倍元総理が尊い命を落とされた事件を含め、暴力による政治の蹂躙、自由な言論を脅かす差別的言辞は決して容認できません。
これら全ての基盤となるのは、歴史に学ぶ姿勢です。過去を直視する勇気と誠実さ、他者の主張にも謙虚に耳を傾ける寛容さを持った本来のリベラリズム、健全で強靭な民主主義が何よりも大切です。
ウィンストン・チャーチルが喝破したとおり、民主主義は決して完璧な政治形態ではありません。民主主義はコストと時間を必要とし、ときに過ちを犯すものです。
だからこそ、我々は常に歴史の前に謙虚であるべきであり、教訓を深く胸に刻まなければなりません。
日経新聞の「投資なき還元」に関する記事が話題になっているけれど、ブックマークコメントなどを見ていると、内部留保(利益剰余金)の概念について根本的な誤解をしている人が多いように見受けられる。
感情的な議論に終始して、的外れな解決策(内部留保課税など)が支持されてしまうのは建設的ではないので、会計・経済の観点から「よくある間違い」を3点ほど整理してみたい。
一番多い誤解は、「内部留保=企業が金庫に貯め込んでいる現金」という認識だ。
会計上、内部留保(利益剰余金)は貸借対照表(B/S)の右側(純資産)に計上される。これは「過去の利益のうち、社外に流出させなかった累計額」という「記録」に過ぎない。
一方で、そのお金が実際にどう運用されているかはB/Sの左側(資産)を見る必要がある。
多くの企業において、内部留保はすでに**設備投資、店舗、ソフトウェア、原材料、あるいは買収した子会社**といった形に姿を変えている。
「内部留保があるなら賃上げに回せ」という主張は、家計に例えるなら「君の家は資産(持ち家)があるんだから、それを切り崩して今月の食費を増やせ」と言っているのに近い。物理的な現金がそのまま余っているわけではないことに注意が必要だ。
「内部留保に課税して外に吐き出させろ」という意見も根強いが、これは二つの意味で危うい。
まず、内部留保はすでに法人税を支払った後の「税引き後利益」の蓄積だ。ここにさらに課税するのは二重課税にあたり、税体系の公平性を著しく損なう。
次に、経済的なインセンティブの問題だ。もし内部留保に課税すれば、企業は「利益を社内に留めて再投資に回す」ことをリスクと見なすようになる。
結果として、成長のための投資を控えるようになり、むしろ税金を逃れるために**手元の現金をすべて自社株買いや配当に回すという、さらなる「極端な株主還元」を助長する**恐れがある。これは「投資なき還元」を是正したいという本来の目的とは真逆の結果だ。
「株主還元を増やしたから、その分賃上げが抑制された」という議論も多い。
確かに短期的・会計的なキャッシュの分配としてはトレードオフの側面があるが、より深刻な問題は「有望な投資先を見出せない経営者の能力不足」にある。
企業が成長投資先を見つけられず、資本効率(ROE等)を高めるために還元を選んでいるのが現状だ。
ここで「還元の規制」や「内部留保へのペナルティ」を課しても、企業の投資意欲自体が低いままでは、日本の産業競争力はジリ貧になる。叩くべきは「利益の蓄積」そのものではなく、その利益を使って「新しい価値を生み出せていない経営判断」であるべきだろう。
「企業が金を溜め込んでいる」というイメージは分かりやすいが、会計の実態とは乖離がある。
1. 内部留保は「資産(設備など)」として運用済みであるケースが多い。
2. 安易な課税論は、投資抑制と極端な還元を加速させるリスクがある。
3. 議論の本質は、分配の是非以上に「成長投資の欠如」にある。
なんかもう小泉郵政の時以上に小手先のあれこれではどうしようもねえ感が漂ってるんだよな
共産との共闘がコケた時には「右にウィング広げないと」みたいなことも言われてたけど、実際それやろうとして、あの時以上にボロ負けしたわけだろ今
そこのニッチはすでに国民民主が占めていて、組む相手といえば公明ぐらいしかいなかったし
岩盤支持層のオールド護憲派も創価も高齢化でこの先くたばる一方のジリ貧だし
労組だって国民支持派もいるし、そもそも現役世代である以上、世代間格差がこれだけ顕在化した今ではどうしても高齢者向け政策とのトレードオフになってしまう
見切りをつけて新興勢力に入れる者も出てくるだろう
マズローじゃないけどさ
昔の人は、衣食住があれば幸せになれるかも、と思って頑張ったわけですよ
我々のスタートラインはそこ
それでやってみると、1人でも結構生きれるようになっちゃって人との結びつきが減って、かつ既に色んなモノが用意されてるから目標や拠り所も見つけづらい時代になった
じゃあって言ってインターネットとか推し活に依存してみるものの、言うほどハッピーなのかと言われるとそうでもなく
じゃあせめて自分だけでも成り上がるか、と思って努力しても格差は固定化されて身動きできず
そもそもで言えば社会は幸せになるよう動いていなくて、それぞれの利得で動いているわけで、そしたらどんどん気持ち的にはジリ貧になるのは当たり前で
皆自分で精一杯になり
でもこれも絶対失敗すると思うわ
https://otakumesi.hatenablog.jp/entry/2019/02/23/230643
「じゃあさあ、たとえ話なんだけれど、現状を維持するまではジリ貧になることはわかっているけど、どうすれば良い方向に向かうことが出来るのか解らないとき。あなたならどうする?」
(中略)
「とりあえず何でもいいから変えてみようと思うんじゃない? どうせ今のままでは何も変わらないんだし」
(中略)
「でもね、上の方にいる人は頭が固くて、急な変化にはついていけないの。でも現場はそうもしてられない。手をつかねていたらどんどん良くないことになりそうだから。だったらもう現場の独断で強硬に変革を進めちゃってもいいわよね?」