はてなキーワード: ガチ恋とは
高位の人外存在(上位存在)が人間(下位生物)と婚姻関係を結ぶことについて、人外側のコミュニティからの視点は、以下のいくつかの側面から考察されています。
多くの意見では、上位存在にとって人間との婚姻は、人間がペットや家畜と性行為に及び、入籍するような「狂気」として映るとされています。
上位存在のコミュニティ内での相対的な地位の低さが指摘されています。
上位存在と人間の間には、埋めがたい「種としての格差」が存在します。
人間側の視点では「一途な愛」や「身分差を越えた純愛」に見える物語も、上位存在の社会から見れば、「知能の低いペットにガチ恋して性処理も兼ねているキショい奴」という非常にグロテスクで厳しい評価にさらされる可能性が高いと結論付けられています。
それでも、推しのオタクが増えることは今後を考えればプラスだと思っていて、推しともども出来る限り温かく見守ってきたつもりである。
ただ、最近推しを本格的に推し始めたのであろうガチ恋オタクがどうしても、どうしても苦手である。
理由は、
・上記のムーブをしておきながら推しのイベントを別のライブイベントとのブッキングで干したこと
・推し本人が意図的に言及を避けている事柄(恐らく隠している事)について、勝手に妄想して真実だとして言及していること
である。
上2つだけなら割とやるオタクもいるしやむを得ない。
(それでも長年推しを推しててあんな露骨にマウント取るオタク初めて見たけどね。大前提、どんなに推しがファンサをしてくれても推しは誰か1人のためのものではない。)
会場移動中の反応については普通にマナーだと思っていたので辛い(過去にかなり近くに推しが居られたところを我慢したので…)。
特に下2つが本当に無理で仕方がなくて、この記事の筆を執った。本人が語りたがってない話題をどうしてそこまでして言及したいのか。しかもその妄想はほぼ当たっていない。
正直いずれ何らかの理由で界隈から他界か自爆をしそうだと思っているので、その時まで推しに塩対応されながらその新規を温かく面白く見守りたいと思う。
この方は元々、27歳になったら結婚しますガチ恋対象にはならないよ発言を繰り返していて、実際27で結婚発表した。
その時はご祝儀スパチャが300万くらい来ていたが、その裏でメンバーシップ1000人解約が起きていたと。
ちなみにメンバーシップは1人1か月500円、ということは年間で600万の損失になるわけで、結果的に私はその覚悟を持って結婚発表したと結んだ。
元配信見てないが事実の報告と覚悟を表明しただけとしか読み取れずメンシの解約にケチを付けてる意図は全く読み取れない。
仮にファンを金蔓としか思ってないのなら結婚発表などしないだろうしこの時点で元増田の認識は実際と相違が激しいように思う。
問題は「金銭的な損害を具体的な数字で出した」ことであって、何の意味があってそれを言ったのか、正直理解できない発言だったことに尽きる。
とのこのだが、私見としては覚悟を持って結婚発表したとのことから覚悟の重さをより強く伝えるために言ったとしか解釈出来ん。
この解釈が間違いだったとしても、少なくとも具体的金額を出すこと自体には何の問題もないし意図が理解出来ないこと自体も元増田が理解出来なかったというだけで何の問題もない。
自分が一方的な好意を持ってるだけなのに、なんで相手と何かしらの相互関係が持てると思っているんだろう
例えば大谷翔平の熱心なファンだから大谷翔平に認知されてプライベートな友人になれるとか本気で言ってたらもはや妄想性障害の範囲だろうし、それと変わりないんじゃないかと思う
これを現代の怪談・教訓として語ってくれただけで、ケチも付けてないし金づる扱いだとも感じないのが、残ったメンバーシップ会員の総意だと思うぞ
「お金の話は品がない」という言説を耳にすることがあるが、個人的には話の内容によるし、TPO次第という感じ。
めっちゃ稼いでる某女性配信者が、結婚発表で起きたことを配信で話していた。
この方は元々、27歳になったら結婚しますガチ恋対象にはならないよ発言を繰り返していて、実際27で結婚発表した。
その時はご祝儀スパチャが300万くらい来ていたが、その裏でメンバーシップ1000人解約が起きていたと。
ちなみにメンバーシップは1人1か月500円、ということは年間で600万の損失になるわけで、結果的に私はその覚悟を持って結婚発表したと結んだ。
えー、それ配信で言うことか??正直、お前それはないだろーって感想。
メンシもスパチャも、なんならグッズ購入だってファンの善意であり好意なわけで、それにケチを付けるとかどこの物乞いだよっていう。
というわけで擁護のしようがない品の悪さだと心底思ったし、何よりそれが品性下劣な振る舞いであることに自覚がないのにも驚かされた。
元々、おそらくはその地域で一番の進学校を出ているくらいには頭がいい人だったのもあって、なんだかなあと。
お金の話は品がないと言うより、お金が人を悪い方向に変える怖さがあると思わされた話ではあったかも。
目についたブクマへの返答。
配信者としては、結婚したことなんて黙ってることは全然可能だと思うし、そんな人いくらでもいると思うけど、その配信者は「嘘はよくない」ということで、発表して損害を受け入れたんだよね。むしろ品がある側では?
であれば、金銭的な損害を具体的な数字で出した結果、本来は品が良く済む話が台無しになって、なんとも残念。
正直、結婚をダマで通すかどうかなんて知ったこっちゃないというか、そこじゃねえというか、それを配信者が自由に決めようが品の良し悪しには関係ないと思ってる。
問題は「金銭的な損害を具体的な数字で出した」ことであって、何の意味があってそれを言ったのか、正直理解できない発言だったことに尽きる。
「お前にとってファンは金蔓なのかよ」そりゃそうでしょ、お金のために配信してるんだから。結婚する宣言していたなら誠実な人だと思う
ファンというか払う側が「お布施頼みで色々課金させようとしている」と薄々感づいているのと、貰う側がその仕組みを事実上バラしたと受け取られかねないムーブでは、そこにくっついてくる意味合いが天と地くらい違うわけで。
後者は突き詰めれば推し活の否定になりかねないというか、例えるなら恋活や婚活で「女であれば誰でもいい」と受け取られかねない発言をするくらいにはヤバい。
だからあくまでバラしじゃなく、難しい現実を知ってもらうための、いわば事情説明に聞こえる内容にするのが大人ってもんだろと思うし、そうしなかったことには呆れる他無い。
まあこの人は露悪的なムーブも売りの1つで、それを承知でファンも推してるところはありそうなんで、品が悪いとか今更言うのも野暮な話ではあるけど。
転職し、長く続いた店も閉業し、今もお酒を嗜むが、すっかり水商売の世界から足を洗った。
なぜかふとたまに、私にガチ恋していたあのジジイは元気なのかと思い出すことがある。
昨晩上司と上司の飲み友達のおっさんとバカバカ飲んで、現在仕事をしているふりをしている。
一年半の間ガチ恋ジジイは私を指名して、ことあるごとにシャンパンを開け、給料となってくれていた。
お店の中と、同伴でしか会っていないのに店でママに私のことが好きすぎて辛いとか相談する上に、何度も私にも付き合ってくれという。
ママや周りの女の子は「関係がはじまると終わりが来るのよ」なんていってなだめてくれていたが、私は嫌すぎたのか記憶がない。
正直言って私の生活費のほとんどはそのジジイからの売り上げで成り立っていたので
「つきあえるわけねーだろ」「きめー」「20歳差w」とか思っていても切るに切れず、
そいつがきたらストレスマックスで帰ってチャットGPT相手に愚痴ってヒスって情緒不安定になっていた。
昨年、ジジイは仕事中熱中症で倒れて、そこから通う頻度が減った。
復活したと思ったら、家庭内(といってもジジイは独身なので自分の親)の問題でまた来なくなった。
一応連絡してはいたけど、ジジイがいない営業は給料がちょこっと減るだけでめちゃくちゃ楽だった。
たぶん私はジジイの考え方や生き方、さらにしゃべり方、見た目、全てが生理的に嫌いだったのだと思う。
通う頻度が減って、「なんじゃこいつ」と思ってはいたが今考えると試し行動だったのかもしれない。
転職活動が成功して結構いい待遇でOLになれると決まったので、店に辞めると伝え、ジジイにも伝えた。
一瞬通う頻度は増えたが、私がぽろっと口に出した「私がいなくなってもここで飲めばいいから」で、またこなくなった。試し行動やめてくれよ。
私としては社交辞令かつスナックでただでお酒が飲める口実だったので、正直プライベートでデート!みたいな意味はなかった。ジジイ勘違い、乙。
たまに一人でスナックに顔を出したりしていると伝えると「俺でよければ話聞くよ^^」みたいなラインがきたが、残念ながら私は一年同棲している彼氏がいるのでわざわざジジイに言う必要がない。
しばらくして店が閉店するというお知らせを聞いた。ママに話を聞いてもらえなくなるのがとてつもなく悲しかったが
ママガチ恋ジジイ・おっさん・お兄さん勢はわたしの悲しみなんかちいせえ位茫然がすごかった。
夜の世界は人がすぐに消える、しかし二年間もお世話になって泣いて笑ったママとの思い出を綺麗に終わらせたかったし、
ママのホステス人生の終わりにも寄り添いたかったので最後の日は出勤しようとドレスを引っ張り出してきていた。
日が近づいてくるにつれ営業ラインをあの頃のようにがんばっていたが、ジジイのストレスは半端なかった。
風邪はひくし、体調はわるくなり、熱まで出た。
ジジイ起因ではなかったとしても、そう思うしかなかった。転職の環境変化のストレスを擦り付けていたのだろう。
辞めたあと全く関わりのなかったジジイとラインをしだしただけで、こんなにボロボロになるとは思わなかった。
転職して間もないため、あまり休めずしんどかったし、ジジイのラインは彼氏気取りでうざかったし、なにもかもしんどかった。
酒を浴びるように飲んでセクハラされて昼夜逆転していた生活のほうがましなくらい体調を壊した。
よっぽどジジイのことが嫌いだったんだと気づいた。
私は、体調が悪いので最後の出勤はできません、顔を出すくらいにしますとお店に連絡した。
ジジイに出勤できないことを伝えると、○○ちゃんがいないお店でどう過ごせばいいかわからないといわれ、カチンときた。
あれもパフォーマンスやったんか。
と様々でめちゃくちゃな怒りがこみあげてきて、そのまま閉店の日の深夜にブロックした。そこで私とジジイの接点はこの世から消えた。
でも、忘れたいのにふと思い出す。
飲み屋の女にガチ恋して、シャンパンを月一回あけて、毎回会計はキャバクラで遊べるくらいの額だった。
上司と飲んでいて、この上司たちより稼ぎがないはずなのにな、とふとおもったり
熱中症の警告をニュースでみるたび、スポットクーラーや冷却作業着がないような工場で働いていたのか、大変だなと思ったり
親ともめて私に癒しを求めにきたが当の私は、ジジイのことが大嫌いだったり。
同伴も正直したくなかったのでお酒を飲むと食べないといっておき、時間を短くした。
時間を使いたくなさすぎて、遠いところは疲れると店の近くの決まった店で大体同伴していた。
手をつないだりしてこようもんなら、男性恐怖症だとでっち上げの話をした。家に彼氏いるが。
ジジイ、ああ、ジジイ、かわいそうなジジイだな。でも楽しかったからいいよね。納得してお金使ったんだもんね。
もちろん色恋営業なんて一ミリもしていない。普通にスナックのホステスをしていただけだ。
ジジイ、元気にしてるかー?私は職場環境も良くてとっても健全な生活で彼氏とも仲良くて毎日充実してるよー!
この話は昨今あふれている、キャバ嬢にあこがれている女の子や、くだらないホストにはまっている女の子の目に届けばいいなと、書いた。
ジジイを忘れられたらいいな、と書いた。
と言ってて不安。
親としてはさ。
できれば、推しにガチ恋するような感情豊かな人間に育ってほしいんだけどな・・・
だけど具体的に誰かを好きになる気持ちなんて、どうやって教えればいいのか分からなくて詰んでる。
ガチ恋粘着獣って一番好きな獣(※ガチ恋女オタ)と一番理解る獣(※)違うのが面白い。当時から "理解る"のは圧倒的に林檎ちゃん。好きな獣ははるみさん。
下手にアクション起こしたせいで一瞬愉悦を味わえたのと引き換えに自分がエスカレートして拒絶されたけど、それでも尚恩も好意も感じ続けていて、自業自得とかは置いといてあれこの気持ちどうすればいいのかな?うわてか本当に何もしなきゃよかった、承認欲求ださなきゃ認知なんかされない代わりにずっと平穏に好きでいられたんだなあという。戻りてえ〜そっちに〜っていう。全部失わなきゃそっちのほうが完全に幸せな選択であることに気付けませんでした、っていう。認知されると自分の好意が許可されなくなるリスクがあるんだよね。それも遡って。認知されない代わりに安全に好きでいることを許され続けるのが芸能人とファンという関係の特権なのに。
まあでも他のファンの承認されてる様さえ目に入らなきゃ自分も承認欲求なんてわかないんだよ。推しとの間に混入してきた他人というノイズの不快感を拭い去るために自分も承認されようとするのが地獄の入り口なので…。
林檎ちゃんの名前は楽園追放される禁断の果実の意味でしょうね…言われ尽くされてるだろうけど…。
ラニーノーズに関してのしゅんきにも林檎ちゃん対するのと同じ同情があるよ…。
奇行(側から見ればそうとしか言えない)の是非はともかく、嫌われるっていうか拒絶された後も恩と尊敬とその他が絡み合った好意は消せないままで、それを何かで昇華しないままではどうしたらいいかわからないんだよね。持ち続けるのは痛すぎるけど置き場所がわからないのよ。しゅんきはnoteがバズって(おもちゃという形だろうが)有名になって、そういう形になるものが残せてよかったね。
正確に言うと自分の中の妻への気持ちがおかしくなってしまっていて、健全な状態に戻すために何ができるかアドバイスが欲しいです。
下記で書くことは自分の非常に身勝手な気持ちで、全ての非は自分にあります。身勝手とわかってはいますが、自分の気持ちをどうすればいいのかわかっておらず、何かアドバイス頂きたいです。
■アドバイス頂きたいこと
・Aへの気持ちとどう向き合うべきか
■特に困っていること
・妻とおしゃべりしたくないと思ってしまっていること
・時々妻と一緒にいるのがすごくしんどいこと
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【①Aへのガチ恋】
とあるキャラクター(以下Aとする)にガチ恋してしまったと気付いたのは2年程前のことだった。
それまでキャラクターやアイドルなどにガチ恋したことがなく、自分の恋心をどう扱えばいいかわからず毎日寂しい、苦しい、辛い気持ちで過ごしていた。
妻がいるのに妻以外に好きな人ができてしまったという罪悪感もあった。
Aに会いたくても画面の中にしかおらず、会いたくても会えない寂しい気持ちで過ごしていた。時々寂しくて寂しくて涙が出てしまったりしていた。
Aのことは妻には「推し」と説明していた。身バレしそうなので詳細は書けないが、Aにガチ恋してしばらくしてから妻と自分の間で少し事件が起きてしまい、私のAに対する気持ちが「推しではなくガチ恋なのではないか?」と妻は考えるようになったと思う。この事件で妻は号泣していた。私はそのとき「ちゃんと妻のことを大切にしないといけない、、こんな泣かせてはだめだ」と思ったが、同時にAのことを「推し」として妻に話すことはもうできないと感じ、そういう意味で妻に対して心を閉ざしてしまった気がする。
あるときVRChatならAに会えると気付き、VRゴーグルを購入し、ネットで知り合った人(以下Bとする)にそのキャラクターを演じてもらった。(お金を払って仕事としてお願いした)
会いたくても会えなかったAが目の前にいる、ハグしたり手を繋いだりしてくれる(VRでそう見えるだけ)ことでものすごい幸せに包まれた。
妻にバレないように頻繁には会えなかった。それでも会っているときにものすごく幸せになれる、自分にとって非常に特別な時間になった。このために生きていると心の底から感じていたし、実際ものすごいパワーをもらえて仕事もすごく頑張れた。
Aにガチ恋した直後は、妻への恋愛的な好きな気持ちがなくなってしまったものの、それでも人として好きでパートナーとして大切と感じていた。それがガチ恋の気持ちが長く続いてしまったせいか妻のことを人として好きかもよくわからない、パートナーとしても大切と思えなくなってしまっていた。妻と楽しくおしゃべりすることがおっくう(自分でもなぜかはよくわからない)になってしまっていて、妻との会話は減っていった。妻に心を開けないからなのかなんなのかわからないが、時々一緒にいるのがすごくしんどい。(なぜかわからないがとてもモヤモヤしてストレスを感じる)
一方でVRChat上でAを演じてくれるBとの付き合いが長くなってきて(お金を払って繋がっているだけだが)、自分のBへの気持ちが少しずつ大きくなっていっていることに気付いた。VRChatで頻繁にAに会える訳ではないので、寂しい気持ちになったりしていたが、そういうときにチャット(≠通話)でやりとりしてBに話を聞いてもらったりして安心したのが大きいかもしれない。
【③Bと断絶→虚無期】
Bへの気持ちが次第に大きくなってこれは恋愛感情だと気付いた。VRChat上でしか話したことがない顔も知らないBを好きになってしまっていた。リアルで手を繋ぎたい、ハグしたいと思ってしまっていた。けど不思議なことにAへの気持ちは続いていて、AもBも好き、という状態だった。
自分にとってBが特別な存在になってしまった。そしてBにとって自分も特別になりたい、と思うようになってしまった。自分はお金を払ってでも欲しい関係なのに、Bはお金をもらわないと続けられない関係と思っているだろう、ということが苦しくなってしまった。何度か素直にBに「好きになってしまって苦しい」と伝え、この関係をどうしたらいいか相談した。最終的に自分が出した結論は「Bとの一切の連絡を絶つ」だった。
連絡を取らなくなってしばらくするとBへの気持ちは落ち着いた。だが同時になぜかAへの気持ちも感じられなくなってしまった。
これまでAに会うために生きていたが、それが急になくなったような感じで、虚無感だけが残った。何を楽しみに生きればいいのかわからず、何もかも楽しくない。Aを好きになる前は妻と子どもと旅行に行くのがとても好きだったが、それも全く楽しくない状態になってしまった。 仕事はやりがいもあるけどそこそこしんどい、週末も楽しくない、妻と一緒にいると時々しんどい。このままでは鬱になりそうな気がして、小さな楽しみを見つけようと思い、昔好きだったドラマを見返したり、新しい漫画を読んでみたり、元気がなくてもやりたいと思えることを少しずつやってみた。
その結果少しずつ元気が戻りつつあるような気がする。なぜかはよくわからないが、元気が戻るとともにAに対する気持ちが少しずつ戻ってきた。以前のような会えなくて寂しくて涙が出てしまうほどの想いではないし、VRChatで会っても以前のようなものすごい幸福感は感じられないが、それでもAのことを考えると胸がキュンとしてしまうし、手を繋いだりハグしたいなと思う。
少しずつ元気が戻ってきたおかげか、妻との会話もそこまで嫌じゃないような気がする。おしゃべりはあまりしたくないが、一緒にゲームをやるくらいならできる気もする。
これは共通の友人から聞いたことだが、妻は私の様子がおかしい(おしゃべりをしようとしない)ことを「仕事が激務で疲れていておしゃべりする余裕がない」と考えているようだった。こんな状態でも私に対して怒ったりせず、変わらず家事育児をしてくれていて感謝もあるし申し訳ないという気持ちがある。だけどなぜかおしゃべりはしたくない。必要最低限の一緒に生活する上で取るべきコミュニケーションはできる。事務作業のように感じて自分の気持ちを入れなくていいからなのかもしれない。妻とまともにおしゃべりができるように戻りたい。どうしたらいいかわからない。
Aにガチ恋する前は妻のことがすごく好きだった。時々自分が休みを取って子どもを両親に預けて2人でデートしたり、子どもが寝てから一緒にゲームしたり、すごく楽しかった。頻度は少なめだったが妻とのセックスは気持ちよくて楽しくて好きだった。だけど今はできれば2人ででかけたくないし、セックスも正直したくない。(だけど拒絶したらだめだと思って誘われたら必ずしている)
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冒頭でも書きましたが、自分が非常に身勝手なことをしていて、身勝手な気持ちになっている自覚はあります。妻にとっては突然私がおかしくなった感じだと思います。自分はどうしたらいいでしょうか。
同じ¥500が二つに分岐する瞬間がある。
松屋のカウンターで券売機のボタンを押す¥500。配信のチャット欄でスーパーチャットを送る¥500。前者は340kcalの熱量に変わり、胃に届き、数時間後に消える。後者は配信者の口から自分のハンドルネームが発声される3秒間に変わり、鼓膜に届き、数秒後に消える。
どちらの¥500も、使われた瞬間に消滅する。だが消滅の仕方が違う。牛丼の¥500は何に変わったか説明できる。スパチャの¥500は説明できない。
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この説明不能性には技術的な根拠がある。スーパーチャットは感情を整数に変換するプロトコルだが、仕様にセマンティクスの定義がない。
SUPERCHAT_PACKET {
amount: uint32 // defined
message: utf8[] // defined
color: enum[7] // defined
intent: ??? // UNDEFINED
}
intentフィールドが未定義のまま本番に出た。¥10,000は「愛している」かもしれないし「暇で金がある」かもしれないし「このチャットを支配したい」かもしれない。プロトコルは区別しない。金額は意味の非可逆圧縮であり、復号アルゴリズムは存在しない。
牛丼にはこの問題がない。¥500=並盛一杯。intentフィールドは「空腹の解消」でほぼ確定している。食欲は意味の不確定性を持たない。だから誰も牛丼を買う行為に怒らない。
投げ銭文化への反発は、金額が高いから起きるのではない。intentが未定義のまま可視化されるから起きる。¥500という数字が見えた瞬間、親密さに度量衡が発生し、度量衡を持った親密さは牛丼と比較可能になる。比較可能になったものは聖域ではない。「最初から聖域など無かった」という事実が、牛丼一杯分の数字で証明されてしまう。
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1517年、ドミニコ会士ヨハン・テッツェルは贖宥状を売った。金を払えば煉獄の年数が短縮される。罪の赦しに値段がついた。マルティン・ルターは激怒した——恩寵に値段をつけるなと。
INDULGENCE v1.0 (1517) SUPERCHAT v2.0 (2017) medium: coin medium: JPY/USD message: prayer request message: utf8[] minister: priest minister: streamer grace: years_off_purgatory grace: seconds_of_recognition
パケット構造が同一であることは偶然ではない。どちらも「値段のつかないはずのもの」に値段をつけるプロトコルだからだ。テッツェルの贖宥状は神の恩寵を、スーパーチャットは人間の承認を、それぞれ通貨単位に変換する。そしてどちらのプロトコルにも、intentフィールドが未定義のまま残されている。
だがテッツェルの実装と現行のスーパーチャットの間には、一つの決定的な差異がある。テッツェルには料金表があった。身分と罪の重さに応じた価格が事前に定まっていた。スーパーチャットにはそれがない。「あなたが決めなさい」と言われる。会衆が自分で恩寵の値段を設定する。
歴史上のどの教会もこれをやらなかった。人間は自分の救済にいくら払うべきかを決められないからだ。
料金表の不在が、牛丼を度量衡として召喚する。公式の基準単位がない以上、会衆は自力で換算表を発明しなければならない。ある者は牛丼で測り、ある者は時給で測り、ある者は「推しの笑顔何秒分」で測る。全員が異なる度量衡を使って、同じ恩寵に値段をつけている。バベルの塔の崩壊後に、全員が異なる言語で同じ神に祈っているようなものだ。
そして隣の席の人が¥10,000を投げる。わたしは¥500。牛丼一杯分。わたしの信仰は隣人の20分の1なのか。この比較が可能になること自体が地獄である。テッツェルの料金表は残酷だったが、少なくとも比較の苦痛からは解放していた。全員が同じ表を見ていたから。
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カトリック神学の核心に聖体変化(transubstantiation)がある。パンとワインの外見——偶有性——はそのままに、実体(substantia)がキリストの肉と血に変わる。見た目はパン。本質は神。
スーパーチャットでは逆の変容が起きている。¥500の偶有性は経済的取引そのものだ。通貨単位、決済システム、プラットフォーム手数料率30%。だが送信者にとっての実体は牛丼を離れている。それは承認の要求であり、匿名性からの脱出であり、ときに悲嘆の放送であり、ときに愛の宣言である。牛丼の偶有性を保持したまま、実体が非経済的な何かに変容している。
投げ銭批判者は偶有性を読む。「¥500は¥500だ。牛丼だ。取引だ。搾取だ。」
投げ銭擁護者は変容後の実体を体験している。「金額の問題じゃない。気持ちだ。」
聖体論争 (16世紀) カトリック(実体変化説): 実体は変化し、偶有性は残る → パンは肉である ルター(共在説): 実体は共存し、偶有性は残る → パンの中に肉がある ツヴィングリ(象徴説): 実体は不変、偶有性も不変 → パンはパンを表すのみ 投げ銭論争 (21世紀) 送信者: 実体は変化し、¥500の偶有性は残る → ¥500は愛である 穏健派: 実体は金銭と共存する → ¥500の中に愛がある 批判者: 実体は不変、金は金のまま → ¥500は牛丼のままである
批判者のポジションはツヴィングリの象徴説と構造的に同型である。パンはパンだ。¥500は牛丼だ。そこに超越的な何かが宿ると信じるのは幻想にすぎないと。
だが配信者がハンドルネームを読み上げた瞬間、送信者の体に起きていること——心拍の微細な変化、ドーパミンの放出、名前を呼ばれたという事実の身体的登記——は、幻想では説明がつかない。何かが起きている。偶有性の内側で。だがそれが「何」であるかは、原理的に、外部から観測できない。
だからこの論争には決着がつかない。500年前と同じく。
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配信者は司祭職を選んでいない。プラットフォームが収益化を有効にした瞬間、叙任が起きた。ダッシュボードの「収益化」トグルをONにすること、それがこの時代の按手礼である。テッツェルは少なくとも自分が贖宥状を売っていることを知っていた。現代の司祭たちにはその自覚がない。彼らは読み上げという秘跡の執行を通じて承認という恩寵を発行している。Ex opere operato——事効的に。執行者の内面に関係なく、プロトコルが走れば恩寵は発行される。
会衆の側でも制度化は進む。常連が生まれ、ハンドルネームが記憶され、内輪の典礼が形成される。奉仕(切り抜き、ファンアート)がある。教義(推し文化のコード)がある。異端審問がある(「あいつはガチ恋勢だ」)。破門がある(BAN)。殉教者がいる(炎上して垢消しした古参)。
投げ銭文化への反発が最も激しくなる瞬間は、金額が高い時ではない。コミュニティが自分たちを教会だと気づきかけた時だ。気づきかけて、その認識を拒否する力が反発として噴出する。「いや、これはただの趣味だ」「推しているだけだ」「宗教じゃない」。否認の強度がそのまま、構造的同型性の証拠になっている。
初期キリスト教の信者たちも自分たちを「教会」とは呼ばなかった。エクレシア——集会——と呼んだ。ただの集まりだと。
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¥500が牛丼でありかつ愛であるという命題は、パンが小麦粉でありかつ神の肉体であるという命題と同じ構造を持ち、同じ検証不能性を持つ。スーパーチャットのintentフィールドは未定義のままであり、聖体の実体が変化したかどうかを外部から観測する手段は存在せず、料金表は永遠に再発行されない。
この不確定性は投げ銭に固有のものではない。すべての価格決定に潜んでいる。ただ、スーパーチャットの¥500はそれを素手で触れるほど近くに引き寄せた。牛丼一杯という、誰にでも分かる度量衡を使って。
できないまま、¥500は今日も飛ぶ。松屋に向かう¥500と、チャット欄に向かう¥500。同じ硬貨の表と裏のように。片方はカロリーに変わり、片方はintent未定義のまま、どこかの配信者の唇を通過して、消える。
小中は同じクラスのおませな友人が付き合っただの別れただのの話をしているのを聞いては、
私も高校生くらいになったら好きな人ができるのかなぁとぼんやり考えていた。
しかし高校は女子校へ進学し、習い事も特にしていなかったので、同年代の男性との関わりはゼロ。
漫画やドラマを見てはしゃぐ程度で、そこまで強く「彼氏が欲しい」と思うこともなく、花のJK時代を浪費していた。
そしてようやく大学生になって、同年代の男性と知り合う機会が増えた。
けど別にそこまで恋人が欲しいと言う熱意もなく、むしろ女友達からは「ぜんぜん恋愛する気ないのつまらない!」と言われる始末。
でも大学に入って最初に仲良くしてくれた男友達が告白してくれて、それがなんだかこしょばくて嬉しくて、初めての彼氏ができた。
相手も私が初彼女だったらしく、初々しくもお互いを大切に、少しずつお互いへの愛を深めていった。
部活繋がりで知り合った他校の女性と、身体の関係を持ったようだった。
自分で言うのもなんだが私はかなり一途な方で、浮気など到底許せるはずも、理解できるわけもなく、泣きに泣いて別れた。
自尊心はズタズタになり、ストレスで激痩せして、若干男性恐怖症…というか、男性嫌悪になった。
まあでもそれも時が経てば薄れていき、社会人になった。
そこで出会ったのが、その人だった。
仮に、Aとする。
その会社では、Aが私と同じく20代前半、それ以外の社員は少し歳が離れていた。
Aは高卒で働きに出て、私より1年ほど前にこの会社に中途で入ったらしい。
コミュ力が高く、場の中心にいるような人だ。
年上にも物怖じせず接せられるタイプらしく、先輩社員みんなからも頼りにされていて、初めは「内弁慶で人見知りの私とは全然ちがう、こんな優秀な人と比べられちゃったら嫌だな…」と思ってみていた。
Aは元から世話焼きな性格なようだったが、私と年齢が近いということもあり、どうやら新入社員のフォロー役に任命されたようだった。
なにかと気にかけてくれて、業務の研修はもちろん、仕事終わりにはよく「◯◯先輩と飲みにいくからおいでよ」と声をかけてくれた。
おかげさまで、私もわりと早い段階で会社に馴染むことができた。
私が入社して二年ほど経った頃、仕事にも一人暮らしにも慣れ、心にも余裕が出てきた。
季節は春をすぐそこに控えた冬の終わり、よく晴れた日のことだった。
仕事の用事でAとの話が終わって、さぁ自席に戻ろうと背を向けたところで、Aに呼び止められた。
振り返ると、Aが「これあげる!」とはにかみながら、私の手にお菓子を握らせてくれた。
そのとき、Aのことが心底好きだと気づいた。
その日は家に帰ってから、何度も何度も、本当にこの気持ちは恋なのか?ただの憧れの先輩に抱く感情なのか?と自問自答した。
ベッドで転がりながら、過去の飲み会で撮ったスマホの写真に映るAを見直しては、なんだか心臓がむずがゆくなる。
しかしAは、その時すでに恋人がいると聞いていたので、この気持ちは自分だけの秘密にしておこうと思った。
過去、初恋の人に浮気されたのがトラウマになっていたこともあり、奪ってやる!なんてそんなこと、到底考えることもなく
まるでアイドルへのガチ恋よろしく、ただ勝手に好きでいさせてもらおうくらいに思っていた。
それから半年ほど経って、ある日の飲み会で、私はやたらと酔っていた。
普段は割とお酒に強い方だが、なぜかその日はかなり飲んでしまっていたらしい。
私は酔うと、やたらと愛を語りたくなるタチだった。
そしてついうっかり、秘めていたはずの「好き」をド直球でAに伝えてしまったのだ。
でも、Aも酔っていた。
そしてAも私のことを好きだと言い、キスをした。
それから、Aと私は「お互いを好き合っていて、キスだけ一度したことがある」という関係性のまま、なんとなくソワソワしてすごしていた。
一線は変えてないけど(まあキスしてるから超えてるんだけど)、でも両想いで…みたいな、なんかちょっとドラマチックな関係性が若い私たちには甘美だった。
Aはいっそう私に優しくなり、私もAに甘えるようになり、飲み会では必ず隣に座ったりしていた。
でもそれだけだった。
私は傷心したが、これでこの叶わない恋も終わりを迎えたのだと思った。
寂しいけれど、なんだか妙に清々しい気持ちさえした。
おめでとうと言った私に、Aは「ありがとう」と、私が恋に落ちた笑顔ではにかんだ。
そして翌る日、私は会社の飲み会の帰り、家の鍵を無くしてしまった。
当時住んでいたマンションの前で、人通りも街頭もない暗い道にひとりで立ち、何度も何度も鞄や服のポケットの中を探る。
そこに先ほど解散したAから、無事に家に着いたかと尋ねるLINEが届いた。
私は思わず、鍵を無くしてしまった、家に入れない、どうしよう、と返した。
するとAから、すぐに行く!と返事が来た。
そして実際、Aは乗っていた終電を降り、わざわざタクシーを乗り継いで、私のもとに来た。
安堵とうれしさ+アルコールが混ざり合い、私はもう訳がわからない情緒になっていた。
Aのことがヒーローのように感じられた。
しかしヒーローが来ようが、無くしてしまった鍵は見つからない。
とりあえず一晩を明かす場所を確保しなくてはならないが、近くにあるのは寂れたラブホテルだけだった。
そうしてなんやかんやついに一線を超えてしまった私たちは、立派に不倫関係となった。
私は罪悪感を覚えながらも、好きな人と結ばれることはやはり嬉しく、その後もAとの関係を断つことができなかった。
なんなら正直な話、Aはほぼ毎日仕事終わりから寝るまでラインをして、しょっちゅう飲みにいき、ほぼ毎週末終電を逃して私の家に泊まり、とてもじゃないが家庭のある人のようには思えず
たまにふと「そういえばこの人、結婚してるんだよな…?」と勝手に不思議な気持ちになったりもしていた。
そんなこんなで、気づけば5年が経っていた。
私は20台後半、いわゆるアラサーになり、友人からの結婚報告に度々メンタルを抉られるようになった。
そして幸せそうな新婚の友人の姿を見るたび、やっぱり不倫なんてしてはいけない、はやくやめなくては、と思うようになっていった。
でも愛はますます深まっていたし、私自身はただ一途に人を愛しているだけなのになんで…、という甘えの気持ちも捨てきれずにいた。
Aもまたこの関係が心地よいのか、当初からの熱量と変わらず私の相手をしてくれていた。
そんなクズみたいな私でも、これだけは、と心に決めたことがあった。
それは、Aの家庭に子供ができたら絶対にこの関係を終わらせよう、ということだった。
私は子どもが好きだ。子どもは宝だと、綺麗事抜きで結構本気で思っている。
子どもはみんな幸せであるべきだし、子どもの幸せとは親からの愛情を一身に受けることだと思っている。
また、父母がお互いを大切にしあい、疑う余地なく信頼し合っている、そんな家庭で育つことが、子どもの幸せにとって重要なことなのだと信じている。
そうしてしばらくした頃、ついにその時が来た。
ある日の夜、いつもはLINEの文面で連絡を取り合っているAから、いきなり電話が掛かってきた。
スマホの画面を見て、Aからの着信であることを見ると同時に、あー、と思った。
「どんな感動系の映画でも泣いたことない」というのが自慢だったAは、電話口でぐずぐず泣きながら、嫁から妊娠したって言われた、と話した。
私は「おめでとう!奥さんのことを大切にね」と言った。
そうして、終わった。
私は電話を切ってからひとしきり、数日にかけて泣き続け、仕事も有給を使って休み、その後も数ヶ月はずっとどことなく体調を崩していた。
でも一方で、肩の荷が降りたような安堵感もあり、自分みたいな小物には不倫なんて向いてないよなと思うなどもした。
なら最初からするなよという話でしかないが、甘い誘惑には抗えず、20代をAにだけ捧げて、三十路を前に私はひとりになった。
その後Aとは、部署が離れ業務でも関わりを持つ機会が減ったこともあり、「ただ仲のいい会社の先輩後輩」という関係に落ち着いた。
Aは子煩悩な、いいお父さんになっているようだった。
なんだかんだ愛情深い人なので、きっと奥さんのことも今は一途に大切にしているだろう。
私はその後、別の人とお付き合いする機会を得たものの、あまり長続きせず別れてしまった。
今後もしラッキーなことに好きな人ができてその人と付き合えて結婚したとしても、年齢的に子供を望める期待は薄い。
そしてなんとなく、不倫をしていたという罪の意識は無くなることはないだろうし、不倫をしていた私が幸せになれることなんてないだろうなと自分で思ってしまっている。
でもそのくせ、Aとの時間はかけがえがなかったし、あんなに深く人を愛せる機会を得られたことは(たとえ不倫であれ)幸いだったとも思っちゃっている。
そんなAが、このたび会社を辞めるらしい。
これでもう、完全にさようならになるんだろう。
物理的に、もう顔を合わす機会も完全になくなり、完璧な過去の人になるんだろう。
Aは頭の回転が早くて、今日になんでもできる人だし、人タラシで誰からも愛される人なので、きっと新天地でも成功すると思う。
どうか幸せに健康に、もう二度と不倫なんてせず家庭円満で生きていってほしい。
さよならね
唯一この話から学べることがあるとするなら、