<記事原文 寺島先生推薦>
The Military Situation In The Ukraine. Jacques Baud筆者:ジャック・ボー (Jacques Baud)
出典:Global Research 2023年5月20日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ> 2023年5月29日
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本記事は 2022年5月初出
第1部 戦争への道 数年間、マリからアフガニスタンまで、私は平和のために働き、命をかけてきた。したがって、戦争を正当化することではなく、何が私たちを戦争に導くのかを理解することが問題なのだ。[・・・.]
ウクライナの紛争の起源を考察してみよう。それは、過去8年間にわたって「ドンバスの分離主義者」や「独立主義者」と称されてきた人々から始まる。これは誤った呼称。2014年5月にドネツクとルハーンスクの2つの自称共和国で行われた住民投票は、「独立」(независимость)
ではなく、「自決」や「自治」(самостоятельность)のための
投票だった。
無節操な報道関係者が主張するような「独立」のための住民投票ではなかったのだ。また、「親露」という修飾語は、ロシアが紛争の当事者であったかのような印象を与えるが、実際にはそうではなかった。「ロシア語話者」という表現の方がより正確なのだ。さらに、これらの住民投票はウラジーミル・プーチンの忠告に反して実施されている。
実際、これらの共和国はウクライナから分離することを求めていたのではなく、ロシア語の公用語としての使用を保証された自治地域の地位を求めていた。なぜなら、アメリカの支援による(民主的に選出された)ヤヌコビッチ大統領の打倒によって生まれた新政府の最初の立法行為は、2012年のキヴァロフ・コレスニチェンコ法を廃止するものであり、これによってロシア語はウクライナの公用語ではなくなった。まるでドイツ語話者のクーデター派が、スイスでフランス語とイタリア語は公用語ではないと決定するようなもの。
この決定はロシア語話者の人々の間で激しい反発を引き起こした。その結果、2014年2月以降、オデッサ、ドニプロペトロウシク、ハルキウ、ルハーンスク、そしてドネツクなどのロシア語話者地域に対して激しい弾圧が行われ、状況は軍事化され、ロシア人に対する恐ろしい虐殺(特にオデッサとマリウポリでもっとも顕著)が行われた。
この段階では、ウクライナの参謀本部は作戦行動を取るにあたって、きわめて厳格で教条的なやり方に没頭し、敵を抑え込むことに成功したが、全面的な勝利というわけにはいかなかった。自治主義者による戦争は、軽量な手段で行われる非常に機動的な作戦・・・(で構成されていた)。より柔軟で教条的でないやり方を駆使することで、反乱軍はウクライナ軍の無気力を利用し、彼らを繰り返し「罠」にかけることができた。
2014年、私がNATOにいた当時、私は小火器の拡散に対する戦いを担当しており、我々はロシアの反乱軍への武器供与を見つけ出そうとし、モスクワが関与しているかどうかを確認しようとしていた。当時、私たちが受け取った情報はほとんどがポーランドの情報機関からのものであり、欧州安全保障協力機構(OSCE)からの情報とは「整合性」が取れていなかった。そして、かなり乱暴な主張はあったが、ロシアからの武器や軍事装備の供給は
一切なかった。
反乱軍は、
ロシア語話者のウクライナ部隊が反乱軍へ寝返ったことによって武装化された。ウクライナの失敗が続くなか、戦車、砲兵、そして対空部隊が自治主義者の勢力を増大させた。これがウクライナをミンスク合意に取り組ませた要因だった。
しかし、ミンスク1合意に署名した直後、ウクライナの大統領ペトロ・ポロシェンコはドンバス地域に対して大規模な「反テロ作戦」(ATO/Антитерористична операція)を開始した。NATOの将校たちのまずい助言もあり、ウクライナはデバルツェボで壊滅的な敗北を喫し、それで彼らはミンスク2合意への関与を余儀された。
ここで重要なのは、ミンスク1合意(2014年9月)およびミンスク2合意(2015年2月)は、共和国の分離や独立を
提供していないことを思い起こすことだ。そうではなく、ウクライナの枠組みの中での自治が提案されているのだ。これらの合意を
実際に読んだ人は(実際に読んだ人は非常に少ない)、共和国の地位はキエフと共和国の代表者との間で協議され、ウクライナ内の内部的な解決策となることが記されていることに気付くだろう。
そのため、2014年以来、ロシアはミンスク合意の履行を体系的に要求している一方で、交渉に参加することを拒否している。それはウクライナの内部問題だからだ。一方、フランスを中心とする西側は、常に「ノルマンディー・フォーマット」という形式でミンスク合意を置き換えようと試みた。これにより、ロシア人とウクライナ人が直接対峙することになったのだ。しかし、私たちは忘れてはならない。2022年2月23日から24日まで、ドンバスには一度もロシア軍が存在していないことを。さらに、それ以前にはドンバスにおいてロシア部隊のわずかな痕跡も
OSCE(欧州安全保障協力機構)の監視員たちは観察していない。たとえば、2021年12月3日に
ワシントン・ポストが公開したアメリカの情報地図には、ドンバスにロシア軍がいるとは記されていない。
2015年10月、ウクライナ安全保障庁(SBU)の長であるヴァシール・フリツァクは、ドンバス地域でわずか56人のロシア兵が確認されたと
告白した。これは、1990年代に週末にボスニアで戦うために行ったスイス人や、現在ウクライナで戦うために行くフランス人とまったく同じだ。
その時点で、ウクライナ軍は惨めな状態にあった。2018年10月、4年間の戦争の後、ウクライナの軍事検察総長であるアナトリー・マティオスは、ウクライナがドンバス地域で2700人の死者を出した
と述べた。そのうち、891人が病気により、318人が交通事故で、177人がその他の事故で、175人が中毒(アルコール、薬物)により、172人が武器の不注意な取り扱いで、101人が安全規則の違反で、228人が殺人により、そして615人が自殺により死んだ。
実際、ウクライナ軍は幹部の腐敗によって揺らぎ、人々の支持はなくなっていた。
イギリス内務省の報告書によると、2014年3月/4月の予備役の呼び出しでは、最初の集会には70%が現れず、2回目には80%、3回目には90%、4回目には95%が現れなかった。2017年10月/11月の「2017年秋季」の予備役呼び出しでは、徴集された者の
70%が現れなかった。これには
自殺や
脱走(自治主義者の側に移ることが多い)は含まれておらず、ATO地域の労働力の約30%に達することもあった。若いウクライナ人はドンバスでの戦闘に行くことを拒み、移民を選ぶ傾向があった。これは、少なくとも部分的にはウクライナの人口不足の説明になっている。
その後、ウクライナ国防省は自国の軍隊をより「魅力的」にするためにNATOに協力を求めた。私はすでに国連の枠組みで同様の計画に取り組んでいたため、NATOからウクライナ軍の印象を回復する計画に参加するよう求められた。しかし、これは長期的なプロセスであり、ウクライナ人は事を速く進めたいと考えていた。
そこで、兵士の不足を補うため、ウクライナ政府は準軍事組織に頼ることにした・・・2020年時点で、これらの組織はウクライナ軍の約40%を占め、
ロイターによれば約10万2000人の兵士がいた。彼らはアメリカ、イギリス、カナダ、そしてフランスによって武装化、資金援助、そして訓練されていた。参加している人々の国籍は19以上あった。
これらの準軍事組織は、2014年以降、西側の支援を受けてドンバス地域で活動していた。「ナチ」という言葉については議論の余地があるかもしれないが、事実は、これらの組織が暴力的で嫌悪すべき思想を伝え、激しく反ユダヤ主義的であるということだ・・・[そして、]彼らは狂信的で残忍な個人から成っている。最もよく知られているのはアゾフ連隊で、その紋章は1943年にソ連からハルキウを解放し、その後1944年にフランスのオラドゥール=シュル=グラヌで大量虐殺を行った第2SS装甲師団ダス・ライヒを連想させるものだ・・・
ウクライナの準軍事組織を「ナチス」または「新ナチス」と表現することは、
ロシアのプロパガンダと見なされている。しかし、それは
イスラエルのタイムズや
ウェストポイントのテロ対策センターの見解ではない。2014年には、
ニューズウィーク誌がそれらをむしろ「イスラム国」と結びつけるような記事を掲載していた。選ぶのはあなた次第!
そのため、西側は2014年以来、
民間人に対する多くの犯罪行為(強姦、拷問、大量虐殺など)を行って準軍事組織を支援し、武器を与え続けた・・・
これらの準軍事組織をウクライナ国家警備隊に統合しても、「非ナチ化」には全くならなかった。
そう主張する人もいる。
多くの例の中でも、アゾフ連隊の紋章は示唆に富んでいる:
2022年において、非常に図式的に言えば、ウクライナのロシアの攻勢に対抗するために戦ったウクライナ軍は、次のように編成されていた:
■ 陸軍は国防省に所属しており、3つの軍団に組織され、機動部隊(戦車、重砲、ミサイルなど)で構成されている。
■ 国家警備隊は内務省に所属し、5つの地域司令部に組織されている。
したがって、国家警備隊はウクライナ軍に属さない地域防衛部隊だ。それには「義勇大隊」(добровольчі батальйоні)と呼ばれる準軍事組織、または「報復大隊」という刺激的な別名で知られる歩兵部隊が含まれている。彼らは主に都市戦闘の訓練を受けており、現在はハルキウ、マリウポリ、オデッサ、キエフなどの都市を防衛している。
第2部 戦争 スイスの戦略情報部隊の元分析責任者として、私は悲しみはあっても、驚きはしないが、私たちの情報機関はもはやウクライナの軍事状況を理解することができなくなっている、と私は見ている。私たちのテレビ画面に現れる自称「専門家」たちは、ロシアやウラジーミル・プーチンは無分別だとの主張を変調させながら、同じ情報を倦むことなく流し続けているからだ。一歩引いて考えてみよう。
1.戦争の勃発 2021年11月以来、アメリカは絶えずロシアがウクライナに侵攻する恐れがあると言っていた。しかし、最初の段階ではウクライナ人は同意しないようだった。なぜか?
2021年3月24日に遡る必要がある。その日、ヴォロディミル・ゼレンスキーは
クリミアの奪還のための布告を発し、国の南部に部隊を
展開し始めた。同時に、黒海とバルト海の間ではいくつかのNATOの演習が行われ、ロシアの国境沿いでの
偵察飛行の回数も増えていた。その後、ロシアはいくつかの演習を実施し、自国の部隊の作戦的な準備状況を確認し、状況の進展に注意を払っていることを明らかにした。
事態は10月から11月にかけてZAPAD 21演習が終了するまで落ち着きを見せた。この演習における軍隊の動きは、ウクライナへの攻撃のための増強と解釈された。しかし、当のウクライナ当局は、ロシアが戦争の準備をしているという考えを否定し、ウクライナの国防大臣であるオレクシー・レズニコフは、春以来国境に
変化はまったくなかったと述べている。
ミンスク合意に違反して、ウクライナはドローンを使用したドンバスでの空中作戦を行っており、2021年10月にはドネツクの燃料貯蔵庫に対して
少なくとも1回の攻撃が行われた。アメリカの報道はこれに注目したが、ヨーロッパは報道しなかった;これらの違反行為を非難する声は皆無だった。
2022年2月、事態は山場を迎えた。2月7日、エマニュエル・マクロンはモスクワ訪問中にウラジーミル・プーチンに対し、ミンスク合意への約束を
再確認し、翌日にはヴォロディミル・ゼレンスキーとの会談後にも同様の約束を
繰り返した。しかし、2月11日にはベルリンで開催された「ノルマンディー・フォーマット」協議の指導者の政治顧問の会議が9時間にわたる作業の末、具体的な結果なしに終了した。ウクライナ側は依然として
ミンスク合意の適用を拒否した。それはおそらくはアメリカの圧力。ウラジーミル・プーチンは、マクロンが空虚な約束をしたと指摘し、西側が合意を履行する準備ができていない(解決策に反対するのは8年間変わっていない)ことを指摘した。
ウクライナの接触地帯での準備は続いていた。ロシア議会は懸念を抱き、2月15日にウラジーミル・プーチンに対し、共和国の独立を承認するよう求めたが、彼は最初これを拒否した。
2023年2月17日、ジョー・バイデン大統領はロシアが数日以内にウクライナを攻撃すると
発表した。彼がこれをどのように知ったのかは謎。しかし、2月16日以降、ドンバス地域の住民への砲撃が劇的に増加し、OSCE(欧州安全保障協力機構)の観察員日報によっても、それは明らかだった。当然ながら、メディアや欧州連合、NATO、そして他の西側諸国政府は反応せず、介入しなかった。後にこれはロシアの誤情報だと言われることになる。実際には、欧州連合と一部の国々はドンバス地域の住民の虐殺を意図的に黙認し、これがロシアの介入を引き起こすことは知っていたようだ。
同時に、ドンバス地域での破壊活動に関する報告もあった。1月18日、ドンバスの戦闘員たちは、ポーランド語を話し、西側の装備を持った破壊工作員を捕らえた。彼らは
ゴルリウカで
化学的な事件を引き起こすことを企てていた。彼らは
CIAの傭兵である可能性があり、アメリカ人によって指導または「助言」を受けており、ウクライナ人やヨーロッパ人の戦闘員で構成されていた可能性がある。彼らはドンバス地域での破壊活動を行うために派遣されたのだ。
実際、2022年2月16日には、ジョー・バイデンはウクライナがドンバス地域の民間人を激しく砲撃し始めたことを知っていた。これにより、ウラジーミル・プーチンは難しい選択を迫られた:ドンバス地域を軍事的に支援し、国際問題を引き起こすか、それともドンバスのロシア語話者が粉砕されるのを、一歩身を引いてただ見ているのか、という選択だ。
もしプーチンが介入を決断した場合、彼は「保護責任(R2P)」という国際的な義務を行使することもできた。しかし、それがどのような性質や規模であっても、介入は制裁の嵐を引き起こすことを彼は知っていた。したがって、ロシアの介入がドンバス地域に限定されるか、ウクライナの立場を巡って西側への圧力を高めることになるのか、いずれにしても支払うべき対価は同じだった。彼はこれを2022年2月21日の演説で説明した。その日、彼はドゥーマ(ロシア連邦議会下院)の要請に応じ、ドンバス地域の2つの共和国の独立を認め、同時に両国との友好・援助条約に署名した。
ウクライナ軍のドンバス地域住民への砲撃は続き、2月23日、2つの共和国はロシアに軍事支援を求めた。2月24日、ウラジーミル・プーチンは国際連合憲章の第51条を行使し、防衛同盟の枠組みでの相互の軍事支援を宣言した。
ロシアの介入を一般大衆の目に完全に違法に見せるために、西側の大国は戦争が実際には2月16日に始まったことを意図的に隠した。ウクライナ軍は2021年からドンバス攻撃の準備をしており、ロシアやヨーロッパの一部の情報機関もこれについて十分に把握していた。
2022年2月24日の演説で、ウラジーミル・プーチンは彼の作戦の二つの目的を述べた。「ウクライナの非武装化」と「ナチズムの排除」。したがって、ウクライナの占拠という問題ではなかった。まして(おそらく)占領することでもない。そしてもちろん破壊することでないことははっきりしていた。
それ以降、作戦の進行に関する情報は限られている。ロシア側はその作戦に対して優れた安全保障対策(OPSEC)を持っており、計画の詳細は知られていない。しかし、比較的早い段階で作戦の進行状況が明らかになり、戦略的な目標が作戦レベルでどのように展開されたかが理解できるようになった。
非武装化■ ウクライナの航空機、防空システム、偵察資産の地上破壊。
■ 指揮・情報構造(C3I)および主要な後方物流経路の無力化。
■ 国土の奥深くにおける大半のウクライナ軍を包囲すること。
ナチズムの排除■ オデッサ、ハルキウ、そしてマリウポリの都市および領土内のさまざまな施設で活動している義勇軍の破壊または無力化。
2.非武装化 ロシアの攻勢は非常に「古典的」な手法で行われた。最初は、イスラエルが1967年に行ったように、最初の数時間で地上の空軍を破壊した。その後、「流れる水」の原則に従って、複数の軸に沿って(作戦は)同時進行していった:抵抗が弱い場所ではどこでも前進し、
都市(兵力面で非常に要求の高い地域)は後回しにされた。北部では、破壊工作を防ぐためにチェルノブイリ原子力発電所が直ちに占拠された。ウクライナとロシアの兵士が
一緒に発電所を守っている映像はもちろん放映されない。
ロシアが首都キエフを占拠し、ゼレンスキーを排除しようとしているという考えは、典型的には西側から出てきている・・・しかし、ウラジーミル・プーチンは決してゼレンスキーを撃つことや転覆させることは考えていなかった。そうではなく、ロシアは彼を権力に留めることで、彼を交渉の場に就かせ、キエフを包囲することを目指している。ロシアはウクライナの中立を獲得したいのだ。
西側の評論家の多くは、ロシアが軍事作戦を行いながら交渉解決を追求し続けることに驚いていた。その説明は、ソビエト時代からのロシアの戦略的見方にある。西側にとって、政治が終わると戦争が始まるのだが、ロシアの進め方はクラウゼヴィッツの影響を受けている。戦争は政治の延長であり、戦闘中でさえも柔軟に立場を移行できるという考え方だ。これにより、相手に圧力をかけて交渉を促すことができるのだ。
作戦の観点から見ると、ロシアの攻勢は以前の軍事行動と計画の一例だった:わずか6日間で、ロシアはイギリスと同じ広さの領土を占拠し、進撃の速さは1940年にヴェルマッハト(ドイツ国防軍)が達成したものよりも速かった。
ウクライナ軍の主力は、ドンバスに対する大規模な作戦の準備のため、国の南部で展開されていた。このため、ロシア軍は3月初めからスラヴャンスク、クラマトルスク、そしてセヴェロドネツクの「包囲の釜」でそれを包囲することができた。また、ハルキウから東部からの突撃と、クリミアから南部からのもう一つの突撃が行われた。ドネツク(DPR)とルガンスク(LPR)の共和国の部隊は東部からの突撃でロシア軍を補完している。
この段階において、ロシア軍は徐々に包囲網を狭めているが、時間的な焦りや実行計画の制約はもはやない。彼らの軍事的な非武装化の目標はほぼ達成され、残されたウクライナ軍はもはや作戦および戦略的な指揮構造を持っていない。
「専門家」たちが物資の不足が原因だとする「停滞」は、目標の達成による結果に過ぎない。ロシアはウクライナ全土の占領を望んでいるわけではない。実際、ロシアは進撃をウクライナの言語的な境界に制限しようとしているように思われる。
報道機関は、特にハルキウでの市民への無差別な爆撃について報じ、恐ろしい映像が広く放映している。しかし、ラテンアメリカの特派員であり現地に住むゴンザロ・リラは、
3月10日と
11日の平穏な街の様子を私たちに伝えている。確かに、ハルキウは大都市であり、私たちはすべてを見ているわけではないが、ゴンザロ・リラの報道は、テレビ画面で繰り返し見せられるような全面戦争に今私たちが置かれているわけではないことを示唆しているようだ。ドンバス共和国に関しては、彼らは自分たちの領土を「解放」し、戦闘は今マリウポリ市で継続中だ。
3.ナチズムの排除 ハルキウ、マリウポリ、そしてオデッサなどの都市では、ウクライナの防衛は準軍事民兵によって行われている。彼らは、「ナチズムの排除」という目標が主に彼らに向けられていることを知っている。都市化された地域を攻撃する側にとって、市民は問題だ。そのため、ロシアは人道的な通路を作り出し、市民を避難させて準軍事民兵だけを残し、より容易に戦うことを探っている。
逆に、これらの準軍事民兵は、市民が避難することを邪魔し、ロシア軍がそこで戦うことを思いとどまらせようとする。そのため、彼らはこれらの通路を使うことに消極的であり、ロシアの努力が失敗するようにあらゆる手段を講じる。彼らは市民を「人間の盾」として利用する。マリウポリから脱出しようとする市民がアゾフ連隊の戦闘員によって暴行を受ける様子を捉えた動画は、もちろん西側の報道機関によって注意深く検閲される。
Facebookでは、アゾフ集団はイスラム国(ISIS)と同じ枠に分類され、Facebookの「危険な個人や組織に関するポリシー」の対象となっていた。そのため、その活動を称賛することは禁止され、それに好意的な投稿は一貫して禁止されていた。しかし、2021年2月24日、Facebookはその指針を変更し、民兵団に対する有利な投稿を
許可した。同じ精神で、2021年3月には、Facebookは旧東欧諸国で、
ロシア兵士や指導者の殺害を呼びかける投稿を許可した。私たちの指導者たちを奮い立たせるような価値観はもう十分だ。
私たちの報道機関は、ウクライナの人々による大衆的抵抗運動という感情的な印象を広めている。この印象が、欧州連合が市民に武器を配布することを資金提供する理由となった。私は国連の平和維持活動の責任者として、市民の保護に関する問題に取り組んできた。私たちは、市民に対する暴力が非常に特定の文脈で発生することを発見している。特に、武器が豊富で指揮統制構造が存在しない場合にそういうことが起こる。
これらの指揮統制構造こそが軍隊の本質:その機能というのは、力の使用をある目的に向けることだ。現在のように無秩序に市民に武器を提供することで、欧州連合は彼らを戦闘員に変え、それによって彼らを潜在的な標的にしてしまった。さらに、指揮統制がなく、作戦目標がない状態では、武器の配布は必然的に個人の私闘や強盗行為、非効果的で致死的な行動へとつながる。戦争は感情の問題となり、力は暴力となる。これは、2011年8月11日から13日にかけて、リビアのタワルガで起きたことだ。そこでは、フランスが(違法に)空中投下した武器により、3万人の黒人アフリカ人が虐殺された。ちなみに、イギリスの王立戦略研究所(RUSI)は、このフランスの武器供与に付加価値を
見出していない。
さらに、戦争中の国に武器を供与することで、その国は交戦国と見なされる危険にさらされる。2022年3月13日のロシアによるミコライウ空軍基地への攻撃は、武器輸送すれば敵対的な標的として扱われるという
ロシアの警告の後に行われた。
EUはベルリンの戦いの最終段階で第三帝国がやった悲惨な経験を繰り返している。戦争は軍に任せるべきであり、片方が敗北した場合は認めるべきなのだ。そして、もし抵抗があるなら、それは指導され組織立てられるべき。しかし、私たちはまったく逆のことをしている―市民に戦いをけしかけ、同時にFacebookはロシアの兵士や指導者の殺害を呼びかけることを許可している。私たちを奮い立たせるような価値観はもう十分だ。
一部の情報機関は、この無責任な決定を、ウクライナの人々を戦争における砲弾のように利用し、ウラジーミル・プーチンのロシアと戦わせる手段と見ている・・・ 市民の安全に対する保証を得るために交渉に入る方が、火に油を注ぐよりも良かっただろう。他人の血で戦意を高めるのは簡単なことだ。
4.マリウポリの産科病院 事前に理解しておくことが重要だが、マリウポリを守っているのはウクライナ軍ではなく、外国人傭兵で構成されたアゾフ民兵だ。
2022年3月7日の状況報告書において、
国連ロシア政府代表は「住民の証言によると、ウクライナ軍がマリウポリ市の第1産科病院の職員を追放し、施設内に射撃場所を設置した」とニューヨークで述べている。また、2022年3月8日、
独立系のロシア報道機関Lenta.ruは、マリウポリの市民の証言を掲載した。それによると、産科病院はアゾフ連隊の民兵によって占拠され、市民の住民は武器で脅されて立ち退かされたと証言している。彼らは、数時間前に行われたロシア政府代表の発言が正しいことを確認している。
マリウポリの病院は、対戦車兵器の設置や観測に非常に適した優位な位置を占めている。3月9日、ロシア軍はその建物を攻撃した。
CNNによれば、17人が負傷したと報じられているが、映像には建物内での死傷者は見られず、被害者がこの攻撃と関連しているという証拠もない。子供たちについて話が出ているが、実際には何もない。それにもかかわらず、EUの指導者たちはこれを
戦争犯罪と見なしている。そして、ゼレンスキーはウクライナ上空の飛行禁止区域を要求している。
実際には、正確に何が起こったのか、私たちにはわからない。しかし、一連の流れを見ると、ロシア軍がアゾフ連隊がいる場所を攻撃したこと、そして、そのとき産婦人科病棟に市民はだれもいなかったことは確かなようだ。
問題なのは、都市を守る準軍事組織が、戦争のルールは尊重しなくてもいいと国際社会から後押しされていることだ。ウクライナ人が1990年のクウェート市の産婦人科病院の
事例を再演したように見える。それは、Hill & Knowlton社が1070万ドルで完全に演出し、国際連合安全保障理事会にイラクへの介入を説得するために行われた「砂漠の盾/嵐作戦」のことだ。
西側の政治家たちは、ウクライナ政府に対していかなる制裁措置も講じずに、ドンバスでの市民への攻撃を8年間認めてきた。それ以降、私たちはずっと、西側の政治家が
ロシアを弱体化させるという目標に向けて国際法を犠牲にすることに同意しているという動的世界に入っている。
第3部 結論 元情報機関の専門家として、まず私に印象的なのは、過去1年間における西側情報機関の完全な不在だ・・・ 実際、西側諸国の情報機関は政治家に圧倒されてしまっているようだ。問題は、意思決定者が耳を貸さない限り、たとえ世界最高の情報機関であってもそれは意味がないということだ。これが、今回の危機の中で起こっていること。
とは言え、一部の情報機関は非常に正確かつ合理的な状況把握をしていた。しかし、他の一部情報機関は明らかに報道機関が広める情報と同じ(規模の)情報しか持っていなかった・・・ 問題は、経験から言えば、彼ら分析で非常に質が悪いことだ。彼らは教條主義であり、軍事的な「質」で状況を評価するために必要な知的・政治的な独立性が欠けている。
第二に、一部のヨーロッパの国々では、政治家たちが意図的に思想に基づいて状況に対応しているようなのだ。それが、この危機を最初から非理性的なものにしている理由だ。この危機の間、公に提示されたすべての文書は、商業的な情報源に基づいて政治家たちによって提示されたことを忘れてはならない。
一部の西側の政治家は明らかに紛争を
望んでいた。アメリカでは、アンソニー・ブリンケンが国連安全保障理事会に提示した攻撃の筋書きは、彼のために働いていた
タイガーチームの想像の産物でしかなかった。彼は2002年にドナルド・ラムズフェルドが行ったように、CIAや他の情報機関を「迂回」し、イラクの化学兵器についてはっきりしないと主張していた情報機関を無視した。
私たちが今目撃している劇的な展開には、私たちが知っていたが見ようとしなかった複数の原因がある:
■ 戦略段階では、NATOの拡大(ここでは取り扱っていない);
■ 政治段階では、西側のミンスク合意の実施を拒否したこと; そして、
■ 作戦段階では、過去数年間にわたるドンバスの市民への継続的かつ繰り返される攻撃と、2022年2月下旬の劇的攻撃増加。
言い換えると、ロシアの攻撃を当然ながら遺憾に思い、非難することはできる。しかし、私たち(すなわち、アメリカ、フランス、そして主導する欧州連合)が紛争勃発の条件を作り出しだのだ。私たちはウクライナの人々や
200万人の難民に同情の気持ちを示す。それは結構だ。しかし、自国政府によって虐殺され、8年間にわたってロシアに避難を求めた同じ数の
ウクライナの難民に対して、少しでも同情心を持っていれば、おそらく今回の出来事はまったく起こらなかっただろう。
[・・・]
ドンバスの人々が受けた虐待に「ジェノサイド」という用語が適用されるかどうかは、議論の余地がある。一般的に、その用語はより大規模な事件(ホロコーストなど)に使用される。しかし、
ジェノサイド条約で定義されている内容は、おそらくこの事例にも適用できるほど幅広いものだ。
明らかに、この紛争は私たちを混乱状態に陥れた。制裁は外交政策の好まれる手段となっているようだ。もし私たちがウクライナに対してミンスク合意を順守させるよう強く主張していたなら、それは私たちが交渉し承認した合意であるのだから、今回の事態は起こらなかっただろう。ウラジーミル・プーチンの非難は私たち自身のものでもある。後から嘆いても意味はない―早く行動すべきだったのだ。ただし、エマニュエル・マクロン(保証人であり国連安全保障理事会のメンバー)、オラフ・ショルツ、ヴォロディミル・ゼレンスキーのいずれも、自分たちの約束を守らなかった。結局、真の敗者は声を持たない人々になってしまった。
欧州連合はミンスク合意の実施を前に進めることができなかった。それどころか、ウクライナがドンバスで自国の人々を爆撃している際に何の反応もしなかった。もし反応をしていれば、ウラジーミル・プーチンも反応する必要はなかっただろう。外交面で不在だった欧州連合は、むしろ紛争を煽ることで自らを際立たせたのだ。ウクライナ政府は2022年2月27日にロシアとの交渉に入ることに
同意した。しかし数時間後、欧州連合はウクライナに武器を供給するため
の4億5000万ユーロの予算を可決し、火に油を注いだ。それ以降、ウクライナ人は合意に達する必要がないと感じた。マリウポリのアゾフ民兵の抵抗は、さらに
5億ユーロの武器供給をもたらした。
ウクライナでは、西側諸国の祝福のもと、交渉を支持する者たちが排除されている。ウクライナの交渉代表の一人であるデニス・キレーエフは、ロシアに対してあまりにも好意的で、裏切り者と見なされたため、ウクライナの秘密情報機関(SBU)によって
3月5日に暗殺された。同じ運命をたどったのは、ウクライナのキエフとその周辺地域のSBU主任副局長で、ロシアとの合意にあまりにも好意的だったため、2022年3月10日に「平和創造者(Mirotvorets)」と呼ばれる民兵によって射殺された。この民兵は、「ウクライナの敵」の個人情報、住所、電話番号を
一覧表にして嫌がらせや暗殺の対象とするMirotvoretsウェブサイトに関連しており、これは多くの国では処罰される行為だが、ウクライナでは処罰されない。国連と一部のヨーロッパ諸国は、このサイトの閉鎖を要求したが、ウクライナ議会(ラーダ)はその要求を拒否した。
結果的に、その代償は高くなるだろうが、ウラジーミル・プーチンはおそらく自身が設定した目標を達成するだろう。私たちは彼を中国の腕の中に追いやった。彼と北京との結びつきは強固になっている。中国は紛争の仲介役として台頭している・・・アメリカは石油に関してベネズエラやイランに頼らざるを得ず、エネルギーの行き詰まりから抜け出すために、アメリカは敵国に課した制裁を哀れな様子で撤回するしかない。
ロシア経済を
崩壊させ、ロシア人民を
苦しめることを求めたり、さらにはプーチンの
暗殺を呼びかける西側の閣僚たちは(言葉の一部は形を逆転させたかもしれないが、中身は変わらない!)、私たちが憎む相手と何ら変わらないことを示している―ロシアのパラリンピック選手やロシアの芸術家に制裁を科すことは、プーチンと戦うことと何の関係もない。
[・・・]
ウクライナの紛争を他のイラク、アフガニスタン、リビアでの戦争よりも非難すべき要素は何だろうか? 国際社会に対して不正な、正当性のない、殺戮を伴う戦争を行うために故意に嘘をついた人々に対して、私たちはどんな制裁を課したのか?・・・イエメンの紛争に武器を供給している国々、企業、あるいは政治家たちに対して、私たちは一つでも制裁を課したのか?イエメンは「
世界で最も深刻な人道的災害」と考えられているのだ。
その問いを発することは、それに答えることだ・・・そしてその答えは美しくはない。
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フランス情報研究センター(CFRR)
文献資料第27号 / 2022年3月
ウクライナの軍事情勢について
CFRRに感謝を表します。
ジャック・ボーは、スイス戦略情報の元メンバーであり、東欧諸国の専門家です。彼はアメリカとイギリスの情報機関で訓練を受けた。彼は国連平和維持活動の政策担当者として務めた経験もある。法の支配と安全保障機関の国連専門家として、彼はスーダンで初の多次元国連情報部隊を設計し指導した。彼はアフリカ連合で働き、NATOで小火器の拡散に対する闘いを5年間担当した。彼はソビエト連邦の崩壊直後に最高位のロシア軍および情報当局との協議に参加した。NATO内では、2014年のウクライナ危機を追跡し、後にウクライナ支援計画に参加した。彼は情報、戦争、テロに関する数冊の著書を執筆しており、特にSIGESTから出版された『Le Détournement』、『Gouverner par les fake news』、『L’affaire Navalny』などがある。彼の最新の著書はMax Miloから出版された『Poutine, maître du jeu?』である。 特集画像はTURから提供されている。
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