はてなキーワード: 違法行為とは
なんかまたSNSで空想科学読本がバッシングされてるけど、定期的にこの話題繰り返してないか特撮クラスタ
確かに初期の空想科学読本って「こんな事科学的に起こらねーよ」的な考証あげつらい路線だったから特撮ファン的にはムカつくのはわかるんだけど、
でもそのあげつらい路線はかなり早い内に是正されて、「作中のこの描写は科学的にどういった事が起こってるのか考えてみよう」みたいな穏健路線にシフトしたんだよね。
でも未だに特撮クラスタは"あの頃"の空想科学読本をいつまでもいつまでもいつまでも何十年も叩き続けてるの、傍目に見て異様だよ。
これだから特撮クラスタには関わらないほうがいいって思われて特撮自体がどんどん衰退していくんだよ。
そんなに「空飛ぶウルトラマンは首がちぎれる」が許せなかったの?
何十年も前の柳田理科雄の亡霊を叩き続けてて楽しいか?いい加減歩を進めたら?
(ちなみに近年の空想科学読本はシン・ウルトラマンも取り上げてたけど「劇中で科学的考察されてるからワシの出る幕無かった」とか言ってただのシンウルの感想で終わってた)
だいたい特撮クラスタの何が嫌って、基本的に犯罪者的思考なんだよね。
ちょっと前にウルトラセブン欠番回の存在するはずのない4Kリマスター映像がニコ動が違法アップ(明らかに内部の犯行)されて話題になったけど、
「時は来た」と高市首相、憲法をどう変えたいのか 持論は「国防軍」
――戦後日本の社会と人々の暮らしを支えてきた憲法は、地に足のついたものになっているでしょうか。
憲法が示している戦後日本の基本原則は揺らいでいないと思います。平和主義や国民主権、人権の尊重を捨て去りたいという人はごく一部でしょう。ただ、気になる点もあります。憲法学者として人権や差別解消の問題に長く取り組むなかで、昨年出した『幸福の憲法学』ではこう指摘しました。
「本来は『人権』という言葉を使うべき場面で、それを避ける例もある」「『人権』という言葉は避けられている」と。
――80年近くを経て、憲法の価値観が空洞化しているということでしょうか。昨夏の参院選では外国人政策が急に争点化し、排外的な政策を掲げる政党や政治家が広く支持を集めました。
社会経済の先行き不安や怒りが広く存在するとき、人はその原因を何かに「帰属」させようとします。何が不安や怒りの原因かは目に見えるほど明確ではないので、その帰属先はしばしば操作されます。哲学者のスローターダイクは、中世のカトリック教会や共産主義が、人々の怒りの矛先を操作して自分たちのエネルギーにしたことを論じています。怒りや不安を人の属性に帰属させれば、差別の出発点となります。
例えば、外国人に見える観光客のマナーが悪かった時、その人の問題とするべきですが、外国人差別を煽(あお)る人は「外国人観光客全員」あるいは「在留外国人も含む外国人全員」の問題とする操作をします。
――メディアも、目に見える誰かのせいにして差別に加担しないようにしたいです。
差別を防ぐには、不安や怒りを安易に誰かのせいにしないという意味での「自己拘束」が必要です。メディアが、因果の流れを丁寧に説明する必要があるでしょう。例えば、原油高に伴う物価高のメカニズムを報じることは、日常のイライラを「外国人」に向けず、適切な対策を打たない政府や、戦争を続けるロシアやイスラエルの問題を意識させることにつながります。
――不安や怒りのはけ口を探して、誰かを標的にする。そうして自分の感情を操作された結果、差別に加担するのは嫌です。
憲法の掲げる人権や差別解消の理念は、憲法学が最前線で扱うテーマの一つ。最近の研究では、プライバシー権をめぐる議論も差別の問題とつなげながら掘り下げて考えています。
プライバシー権は、個人の尊重と幸福追求権を定めた憲法13条にもとづき、発展してきました。
プライバシー権は「一人で放っておいてもらう権利」に由来します。この権利は、他者に自分を標的として認識されない状態を守る権利とでも言いましょうか。あの人は、一人暮らしの女性だ、老人だ、と認識されると、犯罪に巻き込まれるリスクが高まり、緊張します。そう認識されないことで安心する。その安心感を守ろうというのが出発点です。
その後プライバシー権は、人に知られたくない個人情報を知られずに、隠したいことを隠すための権利として発展しました。さらに、性的指向や被差別部落の出身であることなど、被差別情報を隠す権利としてもプライバシー権が使われるようになってきました。
――混乱とは?
個人情報のなかには、裸や家の中など、①認知されるだけで苦痛な情報と、認知されることよりも、②それを使った違法行為や差別が心配な情報があります。
プライバシーとは、もともと①を隠すことだったわけですが、最近では、②もプライバシーにすることで違法行為や差別を防ごうという議論になってきています。
しかし、違法行為や差別に使われる情報のなかには、公開されているものもあります。例えば、大学や新聞社の電話番号は公開されていますが、「いたずら電話をしよう」という呼びかけとともにSNSに投稿されたら迷惑です。また、性別や肌の色は、隠されたプライバシー情報とは言えませんが、それを差別のために使われてはたまりません。
これらの問題は、プライバシーとは別の権利、つまり、違法行為を誘発する形で公表されない権利や、差別に使われない権利で対応した方が明快です。ところが、最近のプライバシー権の議論は、これらの問題も隠したい情報を隠す権利の応用で対処できるとして、プライバシー権の射程を広げて対応しようとします。
――プライバシー権とは別に「差別されない権利」があるということですか。
はい。隠したいものを隠すプライバシーという概念で対応しようとすると、性別や肌の色、出身地といった公開情報での差別は防げません。
「差別されない権利」なら、公開情報だろうが、非公開情報だろうが、それを不当に利用してはならないと議論できます。プライバシー権は、個人情報を「認知させない」権利だとすれば、差別されない権利は個人情報を不当に「使用させない」権利です。
肌の色や話す言葉など、公にされた情報で外国人かどうかを推測できることがあります。ここから、「外国人お断り」のような差別が生まれます。
「外国人お断り」をする人からすれば、公開情報を使っているだけだから、プライバシー権を侵害していないと思うでしょう。しかし、外国人だという個人情報を差別に使うことは、差別されない権利の侵害と捉えるべきです。
他にも、LGBTQの性的指向や性自認などを本人の許しを得ずに暴露する行為を「アウティング」と呼びます。こうした行為はプライバシー侵害だと言われてきました。ですが本来、性的指向や性自認は「隠したい恥ずかしい情報」ではなく、当人のアイデンティティーの根幹となる情報です。アウティングが問題なのは、恥ずかしい思いをさせたからではなく、差別をするかもしれない人に情報を開示して、差別を誘発する危険を作ったからだと考えるべきです。
プライバシー権のおかげで、私たちは他の人の個人情報を認知するときに慎重になれました。ただこれだけでは足りない。プライバシー権と「差別されない権利」を区別すれば、既に認知した情報でも、「この場面でこう使っていいのかな?」と使用の場面で慎重になれます。権利を知ることで、差別を防ぐ「自己拘束」ができるわけです。
――個人情報の差別的な使用とそうでない使用は、どう違うのですか?
個人の選択の結果を、国籍や性別に帰属させると差別になります。例えば、犯罪をするかどうかは個人の選択ですが、それを国籍や出身地のせいにするのは差別だと言わざるを得ません。
雇用の場面でも、「この人は女性だから辞職する可能性が高い」とか「外国人だからこういう行動をとるはずだ」と判断するのも、性別や国籍の情報の差別的な使用の例でしょう。不安やイライラを「外国人」のせいにしがちなトレンドを止めるには、「差別されない権利」の考え方を根づかせることが重要です。
■憲法に書き込む影響力
――そうしたトレンドの一つと言えるのかもしれませんが、高市早苗首相は4月12日の自民党大会で「時は来た」と述べ、改憲に意欲を示しました。
国会の憲法審査会などの議論は始まったばかりで、高市首相が目指す改正案はまだ示されていません。
自民党のものとしては、安倍晋三政権下の2017年に示した「改憲4項目」がありますが、いまなぜ改正が必要かという根本的な理由づけが希薄でした。参議院の合区解消には実務的な必要性があるかもしれませんが、残りの3項目、自衛隊の明記や緊急事態対応の強化、教育環境の充実については、現行の憲法や法律でも不足はない。仮にあっても、法律の改正で済むような話ばかりです。
日本への武力攻撃があった場合の防衛行政は、現行憲法でも禁じられていません。緊急事態に際し、あらかじめ法律の定めた条件の範囲で政令を出すことも、禁じていません。実際、災害対策基本法には、その例があります。
――自民党の狙いは改憲の実績づくり、いわば「お試し改憲」だとの見方もあります。
もともと自民党の方々は、憲法9条2項を削除して軍を創設すると言ってきました。自衛隊明記案というのは、軍創設案の支持が広がらないため、「現状維持なら実現しそう」と出てきた妥協案なのでしょう。新しい条項ができると、「これまでできなかったことができるようになったのだ」と解釈される危険が生じ、何が起きるか不透明になります。当たり前ですが、現状維持したいなら、現状を維持するのが一番です。
――それでも、少しでもよい改憲なら賛成するという人もいるのではないでしょうか。
憲法は国の最高法規。条文に書いていない要素を書き込むことによる影響を慎重に検討する必要があります。
例えば、明治憲法における都道府県の位置づけはあいまいでしたが、戦後の憲法92~95条に地方自治の原則が書き込まれ、そのことで地方分権が大きく進展しました。もしいま自衛隊を憲法に明記すれば、国家権力を執行する警察や海上保安庁などのほかの行政組織にはない強固な地位を得て存在感を増すでしょう。それでよいのかどうか。
――日本を取り巻く国際情勢は厳しさを増しています。災害救助だけでなく有事の切り札として自衛隊に期待する世論は高まっているように思います。
災害救助や国際貢献の面で自衛隊の活動を評価する世論のトレンドは理解しますが、慎重な分析が必要です。
憲法9条は、日中戦争や太平洋戦争の反省の下で外国の領土を侵略するような武力行使を制限する「自己拘束」です。
憲法制定から80年近くが経ついま、国際情勢が悪化していても、湾岸戦争やイラク戦争、ロシアのウクライナ侵攻、米国やイスラエルのイラン攻撃などの戦地に自衛隊を派遣すべきだという世論が国内で盛り上がる気配はありません。国連の平和維持活動(PKO)で自衛隊を戦闘地域外に派遣する道はありますが、世論も、武力行使には非常に厳しい態度をとり続けています。
9条改憲を長年目指してきた自民党の保守派でさえ、戦力の不保持をうたう9条2項の削除などではなく自衛隊の明記を目指す妥協策を打ち出すようになったことは、同項の平和主義の精神が改憲派にまで浸透したことを意味しており、「護憲派の勝利」とさえ言えるのかもしれません。
――心配性かもしれませんが、そうした日本の世論も台湾有事などの危機に直面すれば、大きく転換しうるのでは。
もし中国が台湾に武力侵攻した場合、在日米軍基地や自衛隊の基地も攻撃対象になるでしょう。必然的に、日本への武力攻撃事態となり、個別的自衛権の発動場面となります。台湾有事は、海外での集団的自衛権の行使とは違う事態だと考えるべきです。
――もう一つ気になるのは、自民党の日本国憲法改正草案(12年)や「創憲」を掲げる参政党の新日本憲法(構想案)(25年)のような全面改憲の可能性です。
憲法の基本原則、すなわち国民主権と平和主義、基本的人権の尊重を廃棄するような全面改憲ができるとは思えません。ただ、逆説的ですが、そうした憲法の価値観がしっかり浸透しているからこそかえって警戒心が薄れ、「自己拘束」の歯止めが利かなくなっていることが問題だと見ています。
――どういうことでしょう。
高市首相は4月21日、防衛装備移転三原則の改定を閣議決定し、武器輸出を全面解禁しました。これは、安倍政権による集団的自衛権の解釈変更(14年)や、岸田文雄政権が22年改定の安全保障関連3文書に盛り込んだ敵基地攻撃能力の保有、防衛費の国内総生産(GDP)比1%枠超え(23年度予算)などに続く出来事です。
憲法9条に、「武器を輸出してはいけない」とか、「防衛費はGDP比何%まで」と具体的に書いてあるわけではありません。しかし、9条からは、日本が紛争を煽らないようにする「自己拘束」の原理や原則を生み出し続けるべきだという規範が導かれると考えられてきました。武器輸出の禁止などは、そこから生まれたルールです。こうしたルールを守ってきたことが、政府や自衛隊の信頼を作ってきました。
こうした信頼の蓄積は、「このルールをなくしても、めったなことはしないだろう」という方向にもつながります。ただ、信頼を食いつぶしていけば、いつかは破綻(はたん)します。だからこそ、憲法9条の下で作られたルールは安易には手を付けない方がいいし、新しい状況に対応するために変える必要が生じたとしても、別の「自己拘束」のルールを作ることとセットで変えるべきです。現状の敵基地攻撃能力や武器輸出の解禁は、ただルールをなくしただけで、新しい「自己拘束」のルールや原則が示されていません。
――敗戦直後の日本が軍国主義の復活を警戒したのは分かります。でも冷戦が終わり、米中ロなど大国の横暴が目立つ21世紀の日本にとっても「自己拘束」は必要でしょうか。
イスラエルのネタニヤフ政権を見れば分かりますが、権力者にとって、対外武力行使は権力を維持する魅力的な手段です。どんな状況でも「自己拘束」が不要ということはないでしょう。
――防衛費のGDP比2%は、25年度補正予算で達成されました。高市政権は安保3文書改定にも乗り出しています。
憲法に具体的な数字が書き込まれておらず、準備すべき防衛装備に幅があるからといって何でもやっていいわけではない。
少なくとも、GDP比率に代わる新しい財政規律のルールを考えておくべきでしょう。武器輸出についても、内閣の裁量で変えられる政令から格上げして法律化し、対象国や対象品目を国会で決めるルールに変えるなどの対応は考えるべきでした。
また、近年の防衛政策は「経済安全保障」「デュアルユース(軍民両用)」といったキーワードに見られるように、防衛省・自衛隊だけでなく、企業活動や学術活動、SNSの通信など、様々な生活領域を防衛政策に巻き込んでいく特徴があります。ここでは、営業の自由や学問の自由、刑事訴訟における適正な手続きがおろそかにされる危険があります。実際、大川原工業の経済安
憲法9条は「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定め、第2項で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と続く。
一部では「個別的自衛権は行使可能」と主張されるが、憲法条文のどこにもそのような規定は存在しない。9条は明確に武力行使を禁じているように読める。個別的自衛権の行使を認めるためには、少なくとも条文上、あるいは明確な改正による根拠が必要である。現行のまま「できる」と言い切るのは、条文を超えた解釈の域を出ない。
さらに問題が深刻なのは、集団的自衛権の行使に関する議論である。政府はこれまで、憲法9条の下で限定的な集団的自衛権行使を可能とする解釈を採用してきた。これは「解釈改憲」とも呼ばれる手法であり、条文の文言を拡大解釈することで現実対応を図ってきた結果である。しかし、このような拡大解釈を繰り返さざるを得ない状況自体が、憲法9条が非現実的な内容であることの証左に他ならない。平和を希求する崇高な理想は尊重されるべきだが、国家の安全保障という現実を無視した条文は、異常事態と言わざるを得ない。
憲法9条の制約により、自衛隊は「軍隊」ではなく「専守防衛のための必要最小限の実力組織」と位置づけられている。しかし、現実には自衛隊は高度に組織化された暴力装置として機能しており、その装備・訓練・能力は多くの国々の正規軍と遜色ない。
ここに深刻な矛盾が生じる。軍隊であれば、通常は軍法会議や軍刑法といった特別な規律・統制システムが存在する。部隊の規律維持、戦時下の指揮命令系統の明確化、違法行為への迅速な対応などがそれに該当する。ところが自衛隊には、そうした軍事特有の統制枠組みが憲法上・法律上十分に整備されていない。実質的に軍隊と同等の役割を担いながら、軍隊としての法的統制手段を持たないという異常な状態が続いている。
この状況は、立憲主義の原則に照らしても問題である。国家の暴力装置は、明確な文民統制(シビリアン・コントロール)の下に置かれなければならない。曖昧な解釈に頼る限り、統制の枠組みは脆弱なままだ。
これまで政府は、憲法9条を「恣意的」とも言えるほど柔軟に解釈し、自衛隊の活動範囲を拡大してきた。しかし、解釈の積み重ねには限界がある。解釈が度を越せば、憲法の規範性そのものが損なわれ、結局は「憲法が機能していない」状態を招く。
最も懸念されるのは、自衛隊のコントロール可能性である。9条の制約を無視するような拡大解釈を続けていけば、組織としての自衛隊が政治的・法的統制から離れていくリスクが生じる。軍事組織が文民統制を逸脱する兆候が見えたとき、既に手遅れとなる可能性がある。歴史は、曖昧な憲法規範の下で軍事が肥大化した事例をいくつも示している。
立憲主義とは、憲法が最高規範として国家権力を拘束し、権力の濫用を防ぐ仕組みである。しかし、憲法が現実と乖離し、解釈で無理やり繋ぎ止められている状態は、真の立憲主義とは言えない。むしろ、憲法の空文化を招き、結果として法の支配を弱体化させる。
日本は今こそ、国民的議論を経て憲法を改正すべきである。特に9条については、自衛隊を明確に「軍隊」として位置づけ、個別的自衛権はもちろん、国際社会における責任ある役割(QUADの深化、東南アジア各国との軍事同盟)を可能とする現実的な規定に改めるべきだ。同時に、文民統制を強化するための軍法体系の整備も不可欠である。
https://anond.hatelabo.jp/20260429185819#
割れ厨がなにいってんだ?
https://anond.hatelabo.jp/20260429185952#
意気地なしだからできないんだよね…
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260429190040#
虎の威を借る狐で草w
ろんぱっぱされて言い返せないよー助けてどらえもーんってかw
だっせーw
https://anond.hatelabo.jp/20260429190225#
何の話?こっちがしてるのは、割れ厨一人に説教して満足なのかって話なんだけど?
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260429190322#
おまえを泣かすこと以外興味ない
清々しいほどのクズ
https://anond.hatelabo.jp/20260422134329#
そこよな
https://anond.hatelabo.jp/20260422134553#
私が、都合よく増田を利用しているだけの今後も流儀に従う気はない開き直った悪い人であることを、認めます。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260422135015#
わかってんなら別にいい
そういう奴として接するだけだから
https://anond.hatelabo.jp/20260422153047#
流儀に従えないのは全て自分の問題なのがわかってるから、ほんと普通に申し訳ない…。
dorawiiより
病状悪化
みずしらずの他人に自分の病気が知られてて当然という考え方@自作自演増田
違法行為の批判をそらそうと露骨な工作にでる@自作自演増田まとめ
https://anond.hatelabo.jp/20260430114144#
昨日はすみませんでした。最初は対立する意見に対して自分の意見を返してみようと思ってみただけだったのですが、いつのまにか調子づいていました。
というよりたぶん私の知能では相手に意見するということ自体無理、向かないんだなと思いました。
いつのまにか舌禍になってしまう、そういう特性もあるのでしょう。
今後のトラバは、何かしら指摘をもらったときにだけお礼をするのと、明らかに肯定的トラバをもらった場合だけに限るように、よりいっそう努めます。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260501110936#
わざわざ匿名で書かないと叩かれるところに好んでやってきて、その通り匿名で書くのが遺伝子に欠陥なんだよ。
もっと根本的には、わざわざ匿名で書きたくなるのが遺伝子の欠陥なんだよ(匿名で書きたくならないならここを好む必要がないからな)。
自分だったら匿名で発信なんてむなしくてやってられんわ。そこにむなしさを感じないのが遺伝子の欠陥。
dorawiiより
もうどうしようもないだろこいつ
https://anond.hatelabo.jp/20260429183147#
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260429183928#
まあ数年前までは合法だったぐらいなものでデジタル万引き自体ほとんどの場合どっちにしろ買わない人がやってるだけなんで実害ないと言えるわけで。
dorawiiより
普通に捕まる奴
https://anond.hatelabo.jp/20260429185952#
意気地なしだからできないんだよね…
https://medaka.5ch.io/test/read.cgi/doujin/1776499567/l50
dorawiiより
性格腐り果てて草
dorawiiより
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https://anond.hatelabo.jp/20260421150739#
財力?高校にいたとき同級生からisoもらったりしてるからそれやってるだけよ。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260421150920#
https://anond.hatelabo.jp/20260421151006#
https://anond.hatelabo.jp/20260429173136#
うるせえ割れ厨
犯罪行為をやめろ
https://anond.hatelabo.jp/20260429173258#
割れ厨なんていくらでもいるのになんで増田って変なほうに偏ってるのかね。
その点ではあまりにクリーンすぎる。その倫理観は少しは捨てていいからモラルにステ振りすべきだろう。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260429173513#
なにいってんだ犯罪者
違法行為をやめろって言ってるだけ
https://anond.hatelabo.jp/20260429173543#
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260429173805#
どういう倫理観してるんだ?
https://anond.hatelabo.jp/20260429183147#
dorawiiより
dorawiiより
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https://anond.hatelabo.jp/20260421150106#
スマホは壊れてるって前に言ったけど。 dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260421150231#
それはしらんかった
なんで親戚の家に移動してるのよ
https://anond.hatelabo.jp/20260421150409#
そんなこと言ったかね。少なくとも現状の事実を言うならパソコンはあってエロゲはできるがネット環境はない、って具合。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260421150545#
https://anond.hatelabo.jp/20260421150739#
財力?高校にいたとき同級生からisoもらったりしてるからそれやってるだけよ。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260421150920#
https://anond.hatelabo.jp/20260421151006#
「あの女と関係を持った」と噂を流された女性 仕返しに「母親の名前を叫ぶ変な性癖」と拡散…法的に重いのはどっち?
知人男性から「自分はあの女性とセックスした」と、事実に反する噂を流された女性。
腹を立てた女性は、今度はその男性について「妙なフェティシズムがあって、行為中に母親の名前を絶叫していた」などという噂を流した――。
こんなケースで、法的により重い責任を負うのは、いったいどちらなのでしょうか。
どちらの発言も、相手の社会的評価を下げる具体的な事実を周囲に広める内容であれば、いずれも名誉毀損として問題になる可能性があります。
名誉毀損は、相手の社会的評価を下げるような具体的事実を、不特定または多数人が知り得る形で示した場合に成立し得ます。ここで重要なのは、内容が下品かどうかだけではなく、「具体的な事実として受け取られるか」「周囲に広がる形で話されたか」という点です。
今回の例では、「その女性と性的関係を持った」という噂も、「母親の名前を叫ぶ性的嗜好がある」という噂も、どちらも相手の人格や信用に強い悪影響を与え得る内容です。そのため、両者とも同じ犯罪類型で評価される余地があります。
「先に酷いことをされたのだから、やり返した側の責任は軽いのでは」と考える人もいます。しかし、仕返しとして虚偽の噂を流した場合でも、それ自体が別個の違法行為として扱われるのが通常です。
つまり、最初に噂を流した男性が違法な行為をしていたとしても、それに対抗して女性が新たな虚偽の噂を広めれば、女性もまた責任を問われる可能性があります。報復であることが、直ちに違法性を消すわけではありません。
では、どちらがより重く評価されるのでしょうか。ここは一概には言えず、個別事情によって変わります。
このため、「性的関係の噂だから常に重い」「異常性癖の噂だから常にもっと重い」と単純には決まりません。拡散の規模や悪質性、被害結果によって、責任の重さは変わってきます。
この種のトラブルは、刑事事件としての名誉毀損だけでなく、民事上の損害賠償問題にも発展し得ます。相手の名誉や信用を傷つけたとして、慰謝料を請求される可能性もあります。
特に、性的な内容の噂は本人に強い精神的苦痛を与えやすく、職場や交友関係にも影響しやすいため、民事でも不利に働くことがあります。
この事例で注意したいのは、最初に被害を受けた側であっても、その後の対応を誤れば、自分も加害者になるという点です。相手を懲らしめるつもりで噂を流したとしても、結果として双方が名誉毀損を主張し合う泥沼の争いになりかねません。
法的には、先に噂を流した側が問題になるのはもちろんですが、後から仕返しで虚偽の話を流した側も「同じように違法」と評価される可能性があります。つまり、このケースでは「どちらがより重いか」よりも、「両方とも危険である」と考えたほうが実態に近いでしょう。
2026年3月16日、辺野古沖で起きた抗議船転覆事故は、17歳の女子高生・武石知華さんの命を奪いました。
事故からわずか2日後の3月18日、母親は眠れぬ夜を耐えきれず、突然「知華が呼んでいる」と感じました。そして一人で辺野古漁港へ向かいました。知華さんのパーカーと帽子を着て、静かにホテルを出たのです。
父親はそれを止めませんでした。
漁港に着いた母親は、事故船「平和丸」が意外にも制限なく置かれていることに驚き、船の端に触れ、知華さんの名前を呼びながら写真と動画を撮影しました。
その一方で、運動側からの反応は、冷たく、痛いほど無情でした。
事故後も「活動に事故はつきもの」という声が一部から上がり、公式な深い謝罪や遺族への直接的な連絡はほとんどありませんでした。父親はメモにこう記しています。
3月19日、遺体を神戸へ搬送する飛行機の中。母親は何度も「知華、寒くない?」と声をかけ、父親は胸が張り裂けそうな思いでこう思いました。
通夜の準備では、知華さんの好きな服や小物を棺に納めながら、家族全員が泣き崩れました。
これが、遺族が味わった現実です。
ところが、左派メディアの多くは、この痛みを真正面から受け止めようとしませんでした。
事故の本質である反対協の安全管理のずさんさや、平和学習の政治的偏向にはほとんど触れず、「安全対策強化」と「デマ防止」に軸足を置いています。
朝日新聞も同様に、事故を「平和学習中の不幸な海難事故」と位置づけ、学校や行政の対応を前面に押し出しました。遺族の痛みや外部委託の構造的問題を深く掘り下げることはありませんでした。
服部良一社民党幹事長は事故直後の街頭演説で、こう述べました。
事故の直接的原因を検証せず、すべてを辺野古工事のせいに転嫁する——こ被害者の痛みを政治的に利用する冷酷な態度です。
遺族の父親は、こうした冷たい対応を静かに、しかし痛切に記録しています。
「平和」という言葉が、違法行為や思想誘導を覆い隠し、遺族の悲しみを相対化する免罪符として機能している——その現実を、遺族メモは淡々と、しかし胸を締め付けるように描き出しています。
あなたたちが大切にしている「平和」「反戦」「いのちの大切さ」という価値は、本来、尊いものです。しかし、それが被害者の痛みを矮小化し、責任を曖昧にし、冷たい態度を正当化する道具になってしまっているとしたら、それは本末転倒です。
遺族のメモは、ただ事実を記しているだけです。その中にこそ、人の心を取り戻してほしいという、静かで切実な呼びかけがあるように感じます。
どうか、左派メディアと左派政治家の方々が、この事故を機に、人の心を取り戻すことを、心から願っています。
(引用元:武石知華さん父親のnote「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」3月18日・3月19日分、琉球新報2026年4月13日記事、服部良一社民党幹事長2026年3月19日発言、玉城デニー知事2026年4月10日会見など)