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はてなキーワード: 鬱屈とは

2026-01-27

anond:20260126080954

仕組みの話が最もデカい。

 

忙しく仕事してる人、友達家族たくさんいて孤独では無い人、不満は特になくて鬱屈してない人、こういう人はインターネットコメントしない。

しかしそれらに当てはまらない人は、まあバカなんだよね。

仕事してなくて、社会性がなくて、人生で失敗した人なんだから

 

インターネットコメント欄は、バカを高確率で取り出すためのザルだ。

ワイみたいな鬱屈した低年収教養クネクネオタクみたいなのも選挙出てたりしないかな?

若手でイメージされるチームみらいは(中身は知らんが)見た目が爽やかすぎてクネクネ感なさすぎる

2026-01-05

anond:20260105184711

そりゃ現実で頑張っても報われない世の中なんだからネット鬱屈を晴らしたいやろ

2025-12-28

長めの休みが嫌い

年末年始の休暇に入った。

今年は9日間。昔から1週間以上の休みが苦手だ。若いから日給月給の暮らしをしてきたので、長期休暇=収入減なのも憂鬱理由の一つだが、最大の要因は時間を持て余すこと。

外に出かけて楽しいのは最初の1、2時間だけで、その後は帰りたい気持ちが強くなる。実際帰ることも少なくない。それで帰っても別に何もしない。TVつけてもちゃんとは見ないし、動画配信は何を見ていいかからない。そもそも時間映画ドラマを家で見る事ができない。見てても途中でやめてしまう。15分くらい見て中断してる映画が何本もある。

若い頃は酒呑んで寝てたけど、ジジイになると飲み食いの分の体力もない。寝るにも体力がいるし、そうなると布団に入ってスマホいじるのが休みの大半になる。当然のように気は晴れない。SNS面白くて見てるわけじゃなくて、他にすることないからしてるだけ。ずっと気分は灰色に近い。感情ほとんど動かない。

死に至る病絶望である、と聞いたことがある。俺は鬱屈だと思う。自分から死にゃしねえけど、何も考えない世界に行けるならそれもいいと思う。

2025-12-24

anond:20251224215701

漫才相方にするなら、高市早苗か?それともダイアン津田か?」を議論して。

A:……あの、さっきの政治の話よりはるか難解なテーマですよ、これは。漫才相方を選ぶというのは、人生の伴侶を選ぶ以上の「技術マッチング」の問題ですから。それを前提に言わせてもらえば、ダイアン津田さんを相方にするなんて、自殺行為に近いですよ。

B: ほう、面白い。なぜですか? 彼は今、日本で最も「何をやっても面白い」と言われる、いわば笑いの神に愛された存在の一人ですよ。

A: そこが問題なんです。彼は「素材」であって「調理師」じゃない。津田さんを相方にするということは、こちらが一生、彼の支離滅裂叫びや、すぐキレる性格、そして時折見せる絶望的なまでの無知を全てリカバーし続けなきゃいけない。センターマイクの前で、猛獣使いになれと言うんですか?

B: まさにそれこそが漫才醍醐味でしょう! 完璧構成案をなぞるだけなら、AIにでもやらせればいい。高市早苗さんを相方にする自分想像してみてくださいよ。彼女は喋りのプロです。滑舌完璧論理構成も隙がない。でも、彼女の隣に立って、あなたは「ツッコミ」を入れられますか?

A: できますよ。むしろ高市氏のような「絶対正論しか言わないキャラ」が、ちょっとした世間常識からズレた瞬間にツッコむ。これほど快感なことはないでしょう。彼女のあの落ち着き払ったトーンで、とんでもない極論を言ってもらい、それをこちらが常識の側から引き戻す。非常に質の高い「インテリ漫才」が成立します。

B: 理屈ではそうですが、舞台上の「熱」はどうなるんですか? 漫才には、理屈を超えた「愛嬌」が必要なんです。高市さんの隣にいても、客は緊張して笑えない。「この人、後で本当に怒るんじゃないか」っていう恐怖が勝ってしまう。対して津田さんはどうですか。彼が「すぐ言う〜!」と叫んだ瞬間、劇場全体のガードが下がる。あの「圧倒的な隙」こそが、相方にとって最大の武器になるんです。

A: 「隙」といえば聞こえがいいですが、それは「予測不能事故」のリスクと隣り合わせです。漫才は4分間という制限時間の中で、伏線を回収し、オチへ向かう建築物です。津田さんはその設計図を、本番中に破り捨てて叫び出すタイプでしょう。プロとして、そんな不安定パートナーと組むのはストレスしかない。一方で高市氏は、秒単位ネタ時間コントロールできる。信頼関係の土台が違います

B: その「設計図通り」が一番つまらないんですよ。高市氏と組んだら、それは漫才ではなく「政見放送」のパロディしかならない。客が求めているのは、予定調和が崩れる瞬間です。津田さんがネタ飛ばし、顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけ、わけのわからない造語を叫ぶ。その時、舞台には「生きた笑い」が宿るんです。そのカオスを乗りこなしてこそ、真の漫才師じゃないですか。

A: あなたが求めているのは「笑い」ではなく「ハプニング」だ。高市氏には、日本伝統芸能に近い「話芸」の可能性があります彼女のあの独特の抑揚、強調の仕方。あれを漫才の「ボケ」のシステムに組み込めば、新しい古典が生まれるかもしれない。津田さんのような「消耗される笑い」とは次元が違うんです。

B: 消耗される? 失礼な。あの「叫び」には、現代人が言いたくても言えない鬱屈を晴らすカタルシスがあるんです。高市氏の「正しさ」は人を正座させますが、津田氏の「おかしみ」は人を解放する。相方として、隣でその解放の瞬間に立ち会えるのは、表現者として至上の喜びだと思いませんか?

A: いいえ。隣で「ゴイゴイスー」と叫ばれるたびに、こちらの知性が削られていく気がするはずです。……しかし、確かに認めざるを得ないのは、高市氏を相方にした場合こちら側の「ツッコミ」に圧倒的な力量が求められるという点ですね。彼女の威厳に負けず、いか彼女を「可愛げのあるボケ」に転落させるか。これは至難の業だ。

B: そうでしょう? 高市氏を「笑いの対象」にするには、こちらの人間力が試される。でも、津田さんは勝手に転落してくれる(笑)私たちはただ、その転落を優しく、あるいは激しく指摘するだけでいい。この「やりやすさ」こそが、相方選びの現実的な解ですよ。

A: ……ふむ。では、もう少し踏み込んでみましょうか。「技術としての漫才」と「生き様としての漫才」。私たち相方に、完璧リズムを求めているのか、それとも制御不能な爆発力を求めているのか。

(続き)

A: 先ほど、津田さんは「勝手に転落してくれるから楽だ」とおっしゃいましたね。でも、それは相方として「甘え」ではないですか? 漫才師というのは、お互いの知性を研磨し合って、誰も見たことがない景色を見せる存在であるべきです。高市氏という「最高精度の素材」をどう料理し、彼女の鉄の仮面を剥いで、一人の人間としての「ズレ」を露出させるか。これこそが、クリエイティブな挑戦ですよ。

B: 挑戦としては面白いでしょう。でも、漫才舞台実験室じゃない、戦場なんです。高市氏と組んだ場合彼女の「正論の壁」があまりに高すぎて、客が笑う前に納得してしまう。客が「なるほど」と思った瞬間に、笑いは死ぬんですよ。一方で津田さんは、舞台に立った瞬間に「負けている」。あの「情けなさ」があるからこそ、客は安心して笑える。相方にとって、これほど頼もしい「敗北」はありません。

A: 負け芸、いじられ芸……確かにそれは一つの完成形です。しかし、津田さんの笑いは、常に「周囲の優しさ」に依存していませんか? 周りが彼を面白がってくれるという空気があって初めて成立する。対して高市氏は、アウェイ空気すら自分のペースに巻き込む圧倒的な「個」の力がある。もし、全く笑う気のない冷え切った客席に放り出されたら? 私は高市氏の「鋼のメンタル」と「計算された話術」の方に賭けますね。

B: 鋼のメンタル、ね……。でも、漫才における本当の強さって、鋼であることじゃなくて、柳のように「折れても戻ってくること」じゃないでしょうか。津田さんは、どれだけ滑っても、どれだけ相方罵倒されても、最終的には「スーを差し上げます!」と叫んで無理やり着地させる。あの執念、あの泥臭い肯定感。あれこそが、客席の冷気を熱気に変える魔法なんですよ。

A: それを「魔法」と呼ぶか「ゴリ押し」と呼ぶか。……ただ、少し視点を変えてみましょうか。もし私が高市氏と組むなら、彼女に「完璧な理詰めのボケ」をやってもらいたい。例えば、コンビニレジ袋の有料化について、国際法経済安全保障観点から3分ノンストップで喋り倒してもらう。その横で私が「……で、袋いりますか?」と一言ツッコむ。この落差。

B: (笑)。それは確かに見てみたい。でも、それって一発屋の芸ですよね。2回目からは客も展開が分かってしまう。漫才相方必要なのは、飽きさせない「揺らぎ」です。津田さんは、同じネタをやっていても、その日の機嫌や体調で叫びトーンが変わる。あの予測不能リズムがあるからこそ、コンビとして何十年もやっていける。高市氏は、100回やったら100回とも同じ秒数で喋り終えてしまいそうで、パートナーとしては息が詰まりそうです。

A: 職人性を「息が詰まる」と言われては、漫才伝統が泣きますよ。しかし、認めましょう。あなたの言う「可愛げ」や「人間臭さ」が、演芸本質的な一部であることは。高市氏を相方にするということは、私が彼女の「完璧さ」を破壊する悪役にならなきゃいけない。一方、津田さんと組むということは、私が彼の「未完成さ」を愛でる保護者にならなきゃいけない。

B: 結局、自分が「破壊者」になりたいか、「保護者」になりたいか。その好みの問題かもしれませんね。高市氏という巨大な権威ステージ上で転がす背徳感か。あるいは、津田氏という制御不能エネルギーに振り回されながら、一緒に崖から飛び込む疾走感か。

A: どちらにせよ、まともな神経では務まりませんね(笑)高市氏の論理の刃で切り刻まれるか、津田さんの叫びで鼓膜を破られるか。究極の選択です。

B: でも、一つだけ確かなことがあります。どちらと組んでも、終わった後には「とんでもないところへ行ってしまった」という、心地よい疲労感だけは残るはずです。それが漫才という、言葉人間が激突する芸能の正体なんですから

頭の悪い人間は語彙がガバガバ

日本政府税金を使って、ウクライナに9000億円の財政支援

岸田政権では日本ウクライナ借金保証人に→「財源は?」「何人の日本の子ども救えるんや」

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/posfie.com/@taimport/p/C09ysSw

これの人気一ブコメがこれ

  

   

「糊塗する」

tyouaniki

あくまで "借款" なのに、支援云々とかの言葉で過剰に煽って

日本が単純に純損するような印象を糊塗するようなムーブしているアカウント

一体何が目的なんだろうか。(´・ω・`)

2025/12/24

繰り返すがこのコメントは人気1位。

  

糊塗するってのは「いい加減に誤魔化す」「うやむやにする」ってことなんだが

このブコメは明らかにイメージを上塗りする」「言い張る」みたいな意味だと思って使ってるよな。

そして中高年ブクマカの誰一人突っ込んでない。

     

トップコメ日本おかしい」のような指摘のブコメが3個以上あれば許そうと思ったが

1個もなかったのでこんなコミュニティはもう硫黄と火で滅ぼされた方がいい。

   

頭が悪いことは有害

頭が悪い癖に大声で発言することは有害

からはてなブックマークの自認善良市民たちは拭いきれない罪に汚れている。

まずこの自覚を持って欲しい。  

   

 

バカ根本原因  

「岸田は国内での失政を糊塗するために海外支援で善人アピールしている!」

これが糊塗の正しい用法。 

 

「何かしらの落ち度や汚点」を「糊塗する」。

壊れたところにきちんとした部材を当てず糊でいい加減な補修をする

ってのが語源だろう。別のイメージを上塗りするのは糊塗じゃない。 

  

これは別に国語クイズじゃなくてこいつらの頭の悪さの根本がこれだから

言葉がボヤボヤーーっとしてる。

から思考もボヤボヤーっとする。

 

言葉思考の道具である以上、

語彙の精度が出てない人間思考クオリティもだるくなる。

 

はてな民雁首揃えてこの「糊塗する」の用法違和感持てない程度に母国語が弱い。

から頭が弱い。

 

仕事や家庭のことは何とかやってるんだろうよ。 

でも目の前にないものについて話し合う能力は盲人同然。

抽象議論なんか出来るわけない。 

言葉空中戦しなきゃいけないのにその言葉の整備がガタガタだからだよ。

 

なんでこの程度の仕上がりの連中が大威張りで森羅万象批判コメント付けてるのかわからん

コメント付けること」自体咎めてるんじゃないぞ。

バカの癖にコメントつけてること」を咎めてる。

 

 

自分でもどっか気持ち悪いんじゃないの?

tyouaniki

あくまで "借款" なのに、支援云々とかの言葉で過剰に煽って

日本が単純に純損するような印象を糊塗するようなムーブしているアカウント

一体何が目的なんだろうか。(´・ω・`)

2025/12/24

「単純に純損」だの「純損するような印象を糊塗するような」だの

ヒップホップラップみたいなリズム作ろうとしてやってるライムならいいけど

これ単に100文字程度の文もまとまらないだけだろ?

 

こういうのも全部、もとをたどれば言葉がきちんと整備されてないせいなんだよ。

パーツが一個一個ぐにゃぐにゃしてるから構造もガシッとしてこない。

当たり前だよな。

 

でこういう脳みその締まりいまいちなやつほど「(´・ω・`)」みたいな顔文字使いたがるのはなんなのか

また俺はどうしてこの手の顔文字見るとイライラするのかって考えてたんだけど

要するにこういうぐにゃぐにゃ文章書くやつって自分でもどっか気持ち悪いんだと思うよ。

 

ピシッとした文章が書けないから。

自分がどれだけ強い思いをしたためてもどこもカチッとしたところのない曖昧ガバラップになるから

思いを文字に尽くせぬ鬱屈が現れた「(´・ω・`)」だと思うんだけど

そんなもん被害者面してねえで辞書を引けって話なんだよな。

そして少しずつバカを治せ。

 

だっていまだに辞書を引いてるよ。

自分ツールちょっとでも不安を感じたら都度辞書引いて確認する。

それをやるからなんとか思考力を維持、あわよくば少しずつ向上出来ると思ってるから

  

  

辞書を引け

のたまうを「ほざく」みたいな意味で使ってる低知能は死んでくれということ。

言葉は変化していくもの」じゃねーんだよ。

一度も正しい意味用法を知らずに辞書を引かずに誤用スタートしてるのはただの低能から

意味わかっててひねった言葉遣いするのと一緒にするなよ。 

  

まり

本を読めじゃなくて辞書を引けなんだよな本当は。

本を読めば辞書引く機会も増えるはずではあるが

辞書引く習慣や発想がない奴は何読んでも辞書引かない。

 

圧倒的に沢山読めば(それらの本がバカの書いたものじゃなければ)辞書引かなくても言葉がわかるようにはなるが

その場合でも辞書引いた方がいいし、ほとんどのやつはどうせそんなに読まないんだし。

 

またそもそも辞書引く必要が生じないぐらいに

新しい語彙や概念が一切発見できないような本読んでるやつも

まあ楽しむのもいいことだが頭が良くなる可能性はあんまりないよな。

 

バカのくせして成人以降ろくに辞書引いてない奴の脳みそなんて

子供用のおもちゃの工具ぐらいにひどいツールだらけのゴミ並べた棚になってるわけ。

それできちんとした工作が出来るわけないだろ。

   

 

自分言葉の覚え間違いに直面したとき

バカじゃなければ「脳の整備が進んだ!」「今日は儲けた!」と喜べる。

バカほど「細かいことを」「どうでもいいことを」みたいな反応になる。

 

はてブ高学歴っぽく匂わせる割にかなり後者が多い。

やっぱ滅びたほうがいい。天の火をここへ。

オタクはこの世界に受け入れられ、創作物はつまらない物ばかりになった

オタク差別されていた時は、漫画アニメゲーム・・・とりわけギャルゲーに、傑作が溢れていた。

それはオタクたちが本気で創作を愛し、アニメ女の子に恋をしていたからだ。

しかし今は、オタクとは名ばかりの人生を充実させた人間たちが溢れ、

飢えず、迫害されず、うま~いこと人生を生きて、

なんか分かった風の物語ばかり、生み出されるようになった。

だって現実友達恋人もいるし、友達の作り方も簡単で、

本当の孤独を知らない。

そして出版社・・・会社というのは、世渡りが上手いやつを採用したくなるのだ。

ぬるま湯でのほほんと、上手いこと過ごしてきた奴らを表舞台に上げ、

本当に鬱屈した奴らとは関わらない・・・

ああ・・・また戻ってきてほしい。あの頃の差別が。

創作とは鬱屈すべきなんだ・・・

2025-12-19

anond:20251219073726

ソープに行け」という回答は、

本人は恋愛人生について悩んでいるつもりなのだが、どう見てもその段階ではないやつに対して贈られる。

 

絶対に勝てない勝負になぜか固執している

現実ではなく頭の中の妄想対象鬱屈している

ストレス問題主体であり、ストレス源が恋愛関係なだけである

・悩みの内容がふわっとしている、全体的に不満があって、解消したい具体的ポイント不明

 

総じて、問題存在自体を忘れたほうがいい時に、ソープに行け、というアドバイス有効とされる。

お前の悩みはそういう風に見られた。

実際そういう風なんだろうと、俺は思う。

2025-12-07

今年読んで印象に残ってる本

一番は『ライ麦畑でつかまえて』だ。

この小説学生時代に読んだことがあった。

そのときは正直微妙で、いまいち面白さが分からなかった。だってボンボンのガキが文句垂れ流しながら夜中をさ迷うだけの話だし。

で、今年十数年ぶりに読んでみた。

これがびっくりするほど面白かった。

何が面白いって、まずホールデンは嘘つきでとにかく大袈裟でなんでも誇張して言っているのがよく分かった。謂わば高田純次。まんま高田純次ばりに適当なこと言ってるわけ。こういうアイビーリーグ出身の阿保はもう百人以上見てきたね、みたいなことをさらりと言う。

現代嘘松とやってることはまんま同じだし、注目を浴びたいがために、そして自分といった存在を大きく見せるための装飾。その飾りが大人になって読むとまぁよく分かるわけ!

読んでてどんだけデコってんねんwと思わず何度も吹き出した。

大人になって分かった。

ライ麦ってコメディなんだよ。

青春モヤモヤ鬱屈さをユーモラスに描いた滑稽話。それを知れて本当によかったと思っている。

何より非常に面白かった。

今年は小説を百冊近く読んだけど、そのなかでも正直一番面白かったw

ライ麦畑は子供の頃に読んだことあるよ、という人にこそ、大人になった今改めて読んでみてほしい。

2025-12-01

たぬかなに投げ銭しない人達気持ちがわからない

正直、“たぬかなに一円も投げない勢”の心理がまったく理解できない。彼女話題に上がるたび、「あーだこーだ」「これは問題だ」と批評だけは一人前にこねくり回し、退屈な日常でくすぶった鬱屈をたぬかなの名前で発散しているくせに、肝心の本人には一銭も払わない。

どう見てもフリーライドの極みだ。イベント無料で潜り込んで「音響微妙ですね」なんて批評しているようなもので、乞食根性にもほどがある。

「たぬかなは金持ってるからいいだろ」などと言うが、顔を出し、リスクを背負って、際どい話題を際どい層に向けて発信するというあのスタイルが、どれだけ神経をすり減らす仕事か少しは想像してほしい。あれは決して自動で金が湧く仕組みではないし、投げ銭はその対価としてはむしろいくらいだ。

それでも金は払わず安全から石だけは投げつける野次馬が増えているのが嘆かわしい。社会がこれ以上「外野席の乞食評論家」で埋め尽くされる前に、せめて価値享受したら価値生産者に報いるという、最低限のマナーぐらいは思い出してほしいものだ。

2025-11-18

AIが考える増田登場人物

このキャラはてな匿名ダイアリーを書いてたらおもろいというフィクション人物と、その理由ロジカルに挙げる。

1. L(デスノート

はてな匿名ダイアリーとの親和性が異常に高い。まず彼の性格特性として、①極度の観察癖、②自己顕示欲の欠如、③論理的記述への偏執がある。これらは「文体が散文的でありながら無駄に賢い」匿名ダイアリー文化と一致する。

さらに、Lは日常社会的規範を軽視するため、匿名心理分析行動経済学メモを書き散らし、読者は「絶対こいつ普通の人じゃない」と即座に察するはずで、結果として匿名なのに匿名になってないという面白さが発生する。

2. シンジエヴァ

はてな匿名ダイアリー本質的に抱える感情の過剰な自意識との共鳴が高い。

シンジ日記を書くと、

自己嫌悪他者の期待 → 義務責任存在論不安

連鎖を延々と書き続ける構造になる。これははてな匿名ダイアリーに頻出する陰性感情メタ分析として完成度が高い。

しかも、ミサトやゲンドウの発言文脈抜きで列挙し、読者が勝手に補完してしまうため、コメント欄地獄になるという二次的な面白さがある。

3. Dr.ハウスHouse, M.D.)

匿名ダイアリー必要資質として、「社会規範馬鹿にした冷笑的観察者」という条件がある。ハウスはそれをフル装備している。

彼が書くと、医療ケースの裏側を極端にドライに解剖しながら、同僚の行動をゲーム理論・行動心理利己性で切り捨てるため、内容が完全にはてな村の闇の本物になってしまう。

また、痛み止め依存自己破壊的行動の合理化淡々と書くため、読者は「この匿名、確実に普通医者ではない」と確信し、考察班が荒れる。

4. スネイプ(ハリー・ポッター

スネイプは「他者への鬱屈」「自己の正しさの無言の強制」「過去トラウマの反芻」という、はてな匿名ダイアリーの三大テンプレ完璧に満たしている。

彼が匿名で書くと、

など、名指し回避婉曲表現が増殖し、読者が勝手人物特定して炎上する。しかもたまにポエム混じりになるため、「スネイプ本人説」がネタ化して拡散する。

5. ロールシャッハWatchmen

ロールシャッハ日記は元から匿名ダイアリー構造的に同一。

ただ彼がはてな匿名ダイアリーを使えば、

偏執的に追及し、読者は「はてな匿名ダイアリーの最終進化系か?」という錯覚に陥る。

内容があまりに重すぎるため、読者の精神状態まで地獄に引きずり込むのが逆に面白い。

6. ライト夜神月

匿名ダイアリーは「匿名性による自己正当化」を最大限に利用できる。ライトはこれを最も危険な方向に使う。

書く内容はだいたい、

の三点。

ライト自分天才として描くため、読者は「この匿名絶対なんかやってる」と不穏さに怯え、結果的面白い。

2025-11-06

地雷系が好きだ!!!!!

36歳男性ですが、いわゆるコンカフェトー横にいるような地雷系と呼ばれる女の子が狂おしいほど好きだ。

何がいいのかっていうのは言葉にする作業が面倒に感じてしまうので記しません。

おそらくこのエントリーを目にしている人にとってもどうでもいいことでしょう。

恥や外聞を保持しながら言うのですが付き合いたいです。

地雷系の女の子はだいたい10代〜20代くらいの年代ですね。

そうなってくると私とは干支一回り以上の年齢差が出てきてしまい、これはあまりよくないことなのです。

ほとんど社会的には承認されません。また常識と照らし合わせても逸脱しています

30代、40代地雷系ですという方がいらっしゃるのであれば是非ともお目にかかりたいですがね。

私は単なるロリコン、年齢相応の成熟した性的嗜好を持てずにいる精神異常者なのでしょうか。

いや、それもあるだろうが、私が10代の青春時代を過ごした頃にあのような女性たちはいなかった。

自分の癖に刺さるトンチキなトレンドが今、やってきてしまった。

自分は40も手前になり人生下り坂も見えようという、この時に……なんということだ。

まりにも悲しい。

このまま鬱屈した欲求を抱えていくべきなのか。

一生続きはしないだろうがいつ消えて無くなるのかもわからない。長い道のりだ。

パパカツでもトンカツなんでもすりゃいいだろうがと思われるかもしれないでしょうが

悲しむべきは私は年相応の財力も持ち合わせていない実家暮らし中年男性なのです。

そうです。

改めて申し上げますが私は年相応の恋愛もできず、好みの若い女性を見かけようものならば目の端で捉えることをせざるを得ない、気色の悪い異常な成人男性なのです。

こんなパブリックエネミーが電車あなたの隣に平然と腰を下ろしているかもしれないなんて、恐ろしいことです。どうぞボコ殴りにしてください。

しかし、世の中とはそんなもので誰しもがみんな大なり小なりイカれたものを抱えて暮らしを営んでいるのかもしれません。

からといって自分欲求正当化しようとも思いません。

承認正当性は得られないものとして、地雷系の女の子と付き合う方法をご存知の方、あるいは30代以上の地雷系の女の子はご一報くださいますと誠に幸甚です。

2025-10-24

anond:20251018225012

デートしよう、映画館の前に横断歩道あるから一緒に渡ろうという彼女に「ごめんおれ横断歩道渡れない」といってしまった元増田

デートしよう、映画館の前にすき焼き一緒にたべようという彼女に「ごめんおれ生卵自分割れない」と怯えた顔でいってしまった元増田

人格否定をうける>

<頭を床に打ち付ける> 

 

ふーん

で、オレ達は一体何をみせられたんだ?

若さゆえの鬱屈ってやつか

若さ故の鬱屈をみせびらかして娯楽になるのは碇シンジをつくりだした庵野監督からだとおもうぞ

楽しくも可哀想でもなくなんか……こう……

ま た か 

という気持ち 

なんかこだわり型の人(ゆるASDかな)が大学いけてもこういうとこで躓くケースって多いよね

まあ増田文学として磨き上げたら一銭にもならないブクマがもらえるかもな

本当の毒親

本当の毒親ってのは、外からはわからない。

怒鳴りもせず殴りもせず(少なくとも周囲から目立つほど過剰には)

表面上いかにも穏和で堂々として、しかも社交的に見える。

でも小さな子供がどんな相談をしても、「そんなことで悩んでるの面白いなあ」みたいな感想しか言わない。

子供問題に寄り添って共感を示したり手助けをするという脳の回路が存在しない。

そしてそれを「正しい大人の余裕」のように見せかける。

本人も心から信じているのかもしれない。

見えない負担子供に積み重なり、みんなこんなに辛いのかと不安と不信で人生鬱屈する。

正しいアドバイスを得られないので、普通の人が失敗しないところで失敗する。

すべて本人が足りないせいであるかのように扱われる。

ちゃんとした親なのに子供は何かおかしいとみんなに言われる。

ちゃんとした親が、ちゃんとした人間のふるまい方を子供に一切ヒントすら伝えてないとは誰も思わない。

 

宮部みゆきの『ソロモン偽証』にはそんな親が出てくる。

自分映画版しか見ていないので、原作から同じ描写なのかはわからない。

しかし少なくともこの世にはこの親のおぞましさを理解する人がいるんだと少しだけ救いになった。

毒親宮部みゆきファンだが、これが自分のことだとは全く気づいていない。

2025-10-14

anond:20251013195752

俺らインドア陰キャにはどうにも理解できないことだが、世の人々の中には「でかけることができない」だけで鬱屈してしまう奴らが結構いたらしい。

 

まあ他人鬱屈してほしいわけでもないので、しゃあないかなあという気がする。

2025-10-08

anond:20251008114241

おそらく心筋拡張増田のことでしょう。しかし、指摘者は誤認しているように思います。彼に見られるような鬱屈した攻撃性がありません。指摘者は全体の文の長さと一文の長さだけで判断しているかもしれません。

2025-10-06

映画カマキリを見た

全然情報なく見始めたんだけど、殺し屋企業化されていて~大手が仕切ってて~という説明から始まって「ふーん、だいぶ昔に見たキル・ボクスンみたいな話やなぁ」と思って見てたらキル・ボクスンの名前が出てきてスピンオフやないか!となった。

 

点数は甘くつけて57点くらい。

2時間退屈はしないけどすげーよかったって感じもなく。アクションも正直退屈な部類だった。

まぁ最近アクションの質がインフレしてるからね、しょうがいね

 

それでもいい点はアクションを頑張っているところで、悪い点はぼやけたテーマ性と今となっては凡庸な設定。

殺し屋企業説という設定自体面白みはあるものの、そもそも2年前の映画のキル・ボクスンのスピンオフなのでこっちとしては「知ってるよ」となるので面白みが減じられている。前回はトップ企業のKM内部の話だったけど今回はその外の殺し屋中小企業殺し屋MBO的な話になっていて、より「殺し屋はつらいよ」味は増しているが、コント殺し屋普通企業だったら」の拡張版でしかないし。

今回のテーマとして「才能の残酷さ」が掲げられていて、実力至上主義教室で傍に圧倒的な才能を持つトップがいたら私たちうなっちゃうの~~!?という話が世代を超えて語られる。

1組は前世代で最強殺し屋(だったがボクスンに殺害された)のKMトップと、その二番手だったが才能の差が認められず決闘を挑み破れて業界を去ったトッコ爺。

もう1組はトッコ爺の弟子KM練習生だったカマキリジェイKM正社員への昇格戦でジェイカマキリに僅差で勝利するも上層部カマキリジェイの才能の差を見切りカマキリを昇格させ、ジェイにはKMを去るように諭す。

これは「圧倒的才能の傍にいる事の辛さ」を身にしみて感じていたトッコ爺なりの優しさであったと考えられるが、ジェイは心の中ではカマキリを恨み、カマキリは才能ゆえにそれが理解できない。ジェイKMを去った後自分起業するもKMの締め上げを食らって廃業カマキリKMへの暗い思いを募らせる。

ジェイに恋心を抱くカマキリKMを去ってジェイ会社を興すが結局「カマキリトップ自分が2番手であることへの鬱屈が爆発、ジェイカマキリの元を去り、なんやかんやあって軽薄なテック企業の元、新しい殺し屋企業を立ち上げ自分を追い出したトッコトップに立ったKM破壊するために暗躍を始める。

最終的にカマキリジェイは反目しながらも最終的には協力してトッコ爺を殺して、ジェイトップがいなくなったKMを買収して潰し、テック企業トップカマキリに殺しを依頼して終わる。

トッコカマキリに負けるのは「才能で負けていたから」としか思えないし、ジェイカマキリを認めるのも正直よくわからない。これも見方によってはトッコを圧倒したカマキリを見て「あ、才能ってあるんや。この話はこれでおしまい!」みたいな感じになっちゃってるのがすげーモヤモヤする。結局「才能あるやつが最強」って話なの?

もちろん最終的にジェイは新企業社長としてKMを買収するっていう「本来しかったものとは違う才能=プレイヤーではなくマネジメントの才能」を開花させたと思われる結末を迎えるわけだけど、でもテック企業の超財力って後ろ盾があっての話だしなぁとやっぱりモヤモヤそもそも過程にそんな描写なかったし。

もろちん「KM追い出されて自分起業したけどKMに潰された」ことの意趣返しなのはわかるけど、でもだったら、そこは独力でやんないと意趣返しになんなくない?

ここもすげー惜しいんだけどテック企業トップは単なる感じが悪い成金ボンボンしかなくて、KM敵対する同期が弱い。トッコのところに(多分KMの買収に)行って断られて怒ってるって話だけど、普通はそうなるだろ。

これが例えばボンボン自身も「エンジニアとして絶対に勝てない相手がいたけど金稼ぎの才能は自分のほうがあったのでそいつテック企業を金で潰して業界トップになった」みたいな「本当は勝ちたい才能では勝てなかったけど別の方法相手を潰してしまたことで歪んだ」みたいな設定にしとけばより最後の展開に深みを遺したのになと思わんでもない。

ボンボンと同じ道を進んだと思われたジェイだけど、才能を認めたカマキリボンボンを殺させることで自分はその道を進まないと意思を示した、みたいな。

 

この辺をちゃんと整理して描けてればアクション以外でも見るべきところができてもうちょっと面白い」と思えたのに。

そもそもこの「圧倒的な才能をもつトップとそれに嫉妬し認められず離反する二番手」という話自体手あかまみれだし。見ててなんかすげーNARUTOを思い出してたわ。

よかったアクションも近年で言えば「ジョン・ウィック」「イコライザー」、日本でも「ベイビーわるきゅーれ」と異種格闘系本格アクションの深掘りが進んでいる中、「普通にいい」程度のアクション(それでも普通にはよかった)に、ガバガバストーリーを添えてお出しされてもちょっとしんどい感じはした。

2025-10-01

秋冬も元気な人が羨ましい

よくある話だが、進学先が北陸で、在学中のある年に冬季鬱(季節性情動障害)になった。それに関しては治療というか、医者方針睡眠リズムだけ整えながら自然治癒をした。要するに春を待った。

それからは秋めいて来たら朝は決まった時間日光を浴び、サプリでもビタミンDを摂るように注意するなどしておそらく回避しているが、毎年お盆を過ぎた頃に空気が秋めくとゾッとする。バナナナッツなどセロトニンが作られ易いとされる物をなるべく食べている。アボカドは高い。

明確に冬季鬱になる以前も、自分は秋冬が苦手だった。それは寒さが苦痛なせいだと思い込んでいたけど、何もうまくいかず全体的に行き詰まっていくような感覚があり鬱屈としていた。小学生の頃にはそれを言葉にして友人や家族に話していた覚えがある。

一度冬季鬱になってからは余計、涼しさや寒さを直接寂しさとして感じるようになった気がする。

頭の上にガツンと絶望感のようなのムードが乗っかっていて、世界が閉塞していく予感がする。切なさで情緒がぐちゃぐちゃっと乱れそうになる。

子供の頃も寒い季節が好きだと言って元気になる友達を見て、確かに夏より体は楽だが、こんなに暗くて悲しいのにどうして明るくいられるんだろうと思っていた。

人よりビタミンDセロトニンが生成されにくい体質などがあるのだろうか。日本人の6割はセロトニントランスポーターのs型とか聞くし

関係あるかわからないけど子供の頃はほとんどをスタジオ撮影してるっぽい番組を見るのも苦手だった。照明で明るい場所になっているけど本来暗い室内なんだろうな…というのを見ていると何故か落ち込んでしまってダメだった。天てれとか。それはさすがに徐々に気にならなくなったけど。

2025-09-30

anond:20250930180049

そういうのを見てると俺も何かやらなきゃな~とは思うんだけど、めんどくささが結局勝っちゃうんだよね。

あなたのためになにかするのめんどいです、という人はまずモテない

他人コストをかけない人はよほど光る人じゃないとまず魅力が下がる

逆にいうとそれができる、やろうとするだけでモテ可能性は高まる

発達障害持ちの非モテアラサー素人童貞なんだけど、俺以上のスペックの人たちが彼女作るのに四苦八苦してる時点で俺にはダメそうだし、やるべきことを見てるだけでめんどくせ~だり~ってなって読むのをやめてしまう。

自身ぶっちゃけ「若くてかわいくてエロい女の子とヤりたい」程度で止まってるから恋愛結婚もノーサンキューではあるんだけども、この頃の増田のアレコレを見てると恋愛くらいはした方が後悔しないのかなあとか悩んじゃうのも事実

→めんどくせ〜だり〜で読まないし行動もしない

若くて(これはまず無理、現実理解してない)かわいくてエロい女の子とやりたい は 恋愛じゃないのはわかってて、ノーサンキューかいいつつしたほうがいいのかなあと悩み、何もしない

モテる要素あるか?

ただ俺が頑張ったところで出来る彼女は中高年の性格も外見も難ありの障害者女性だろうし、それすら分相応ではないかもしれない。

→なぜかわからんが分相応ではないかもと言いつつ基本上から目線

常に人をジャッジする癖がついてない?

あと外見や属性にこだわりすぎ

それなら画面の向こうの性的消費コンテンツ幻想に溺れさせてくれた方がマシかもしれない。

→これは別にいいと思う

ただ行動したくない・楽したいを追求した結果なら、やはりモテ可能性低いと言わざるを得ない

勉強しないで東大受かりたーいと言われても

そもそも彼女が出来たところで、他者と上手く関われない人間にとってそれが本当にいいことなのか?

とか考えちゃう

→行動して経験してないか

考えるだけでやっぱり動かない

動いてみれば自分なりに結論も出る

これについては恋愛結婚を望む増田諸兄や非モテ発破をかける増田諸兄にもしっかり思案してもらった方がいいと思う。

→みんな恋愛経験してる人は通過してきて自分なりの結論を出してる内容

経験が圧倒的に足りない、つまり行動が足りない

こんなところかなあ

ちなみに俺は別にモテ必要はないと思ってるしモテなきゃいけないとか容姿が悪い奴が悪とも思ってない

誰かと無理して付き合わなくてもいいと思ってる

ただモテたいのに行動できない奴がその鬱屈した気持ち他人下げして解消しようとするのはどうかと思う

(これはあなたのことではないよ)

2025-09-27

ソープへ行け

で解消しそうなやついるの本当面白いよな

案ずるより産むが易い、つまり悩む暇があったら吉原で3万円生中出しやってこいってことだよ

なんでイかないんだろうね。女性嫌悪鬱屈オナニーにハマりすぎてる?

2025-09-14

鬱屈高校生だった頃

今日、中高の同期と久しぶりに遊んだ

そいつ卒業後数年経った今でも連絡が途切れていない、かつ高校時代(自分にとっては)かなり親交の深かった、数少ない人間のひとりである。ありがたい。

ひたすら飯食ってだべってとても楽しかった。


ふと、共通の友人のインスタの話題になった。

そこには卒業式の時のキラキラとした投稿がピン留めされている。


「え、お前写ってるじゃん、いいなー俺この時めっちゃ病んでたか写真とか1枚も残ってないわ」

「草、別に僕も病んでたよ、ただ友達といるのが楽しかっただけで」

ちなみに俺のメンタルがどのくらいやばかったかというと、卒アル10年後の自分へのメッセージを書こうコーナーに「生きてる?」と書くレベル。恥ずかしすぎて発狂ものである


そんなこんなで中高6年間の話題になった。

特に高校の時なんて、デフォルト精神やられていた。

受験してこの学校に入ってお互い友人には恵まれたけど、失ったもの(キラキラした青春一般常識精神衛生)や代償(歪んだ学歴観、若干の異性不信)がデカすぎると言い合ってやけに盛り上がった。


改めて思い返すと、高校時代記憶で真っ先に思い浮かぶのが「病んでたなあ」「受験やばかったなあ」だし、何ならそれ以外の記憶が朧げである

世間では「青春」と言われ、人生で最も楽しい時期とされるが、自分にとってはただただ終わりの見えない鬱屈とした箱庭の日々だった。おまけに自分自身についての理解も及ばなかったし。


それでもどうして卒業できたんだろうと考えると、やはり今日遊んだ奴のような数少ない友人が偉大だったのと、あとやっぱり自分場合は恋だったのかなと思う。


別学だったけど、かれこれ5年くらいクラスメート片想いをしていた。(今日会った友人ではない)

告白も進展もクソもねえような、誰にも言わない完全自己完結型恋愛(なのか?)だったし、正直自覚してしばらくはアイデンティティクライシス方面精神崩壊してたけど、高校生になり受験足音が近づき学校生活全体が鬱々としていく中においては、何も起こらない、ある意味凪いだ穏やかな恋情こそが通学の原動力で、心の支えだったのかもしれない。


あの頃は、廊下ですれ違うとか、校庭で遊んでるのを見かけるだけでテンションが上がっていた。今覚えばチョロかった。

2025-09-13

「恋」

アニメやらエロゲやらにどっぷり浸かっていた青春時代

心のなかではきっと彼女欲しいとかセックスしたいとかでも現実の女はクソまじビッチ死ねとか、まあある種こういった人種特有(といっていいのか分かりませんが)の鬱屈とした感情を抱えつつもいろいろ否定して生きてきた。

からなのか、恋というものが解らなかった。本質として。

いやまあ話の中ではよく見るし切ないって感情も解ってたつもりだったけどね。体験してみると違うもんだ。

キモいけど自分かわいくてしょうがない傷つきたくないATフィールドばりの鉄壁を張り巡らしていた自分だったけど、それをぶちこわす奴がいた。

バイト先の後輩だった。

毎日LINEするようになって、一日100メッセを超えたあたりかなあ。

毎日バイトの送り迎えするようになってからかなあ。

ふたり雪合戦したときかなあ。

呑み行ったときかなあ。

バレンタイン手作り貰ったときかなあ。

俺がバイトやめるとき、泣いてくれたときかなあ。

俺にはちょっと分かんないけど、気づいたら好きになってたなあ。

最初はそうでもなかったけど、ほんと可愛く見えてしょうがないよね。話するのとか楽しくてしょうがないし。

いつでも会いたくなるってのもわかる。LINEの返信が返ってこないと不安しょうがない。

夜寝る前に必ず彼女のことを考えてたなあ。夢に出てこられると会うとき恥ずかしいよね。

でも、彼氏いたんだよね。まあ最初からなんだけど。知ってたけど。

彼氏いるっていう前提での友人だったけど、でもおかしいよね。

なんで彼氏いんのに毎日LINE送ってくんのかな。おはようからおやすみまで

なんで送ってけっていつも言うの。好きだといか気楽に言わないでよ。

だいたい夜中に電話って卑怯じゃない?寂しいとか、ただ声が聞きたかったとか。

そんなん、俺のこと好きなんじゃないの。気にかけてくれてるんじゃないの。

からまあ、望みはあんのかなーって思ってた。

ばかだよね。そんなんあるはずないのに。

・・・友達はやっぱり友達だったみたい。

境界線ってどこにあんのかな。俺分かんないよ。

女友達にこの話したら、「ただ遊ばれてるだけだったんじゃない?キープ的な?」ことを言われた。

あほんとそのとおりかもね。いや何もしてないけど。

でもその子、間違いなく自覚ないんだよなあ。まあ自覚いからこそ厄介、って話なんだけど。

あーつらいなあ。しにたいなあ。

まあ前に比べると随分気持ちも落ち着いて楽になったんだけどね。

でもこれだけは言いたいんだけど、「恋」という感情を知れたことにはすごい感謝してる。

自分にもこんな感情があったんだ、こんな気持ちになるんだ。

少し、人間に近づいた気がした。

しかし今でもLINEはくるし、独り暮らし我が家にも遊びにきやがる。何考えてるんだろう。

2025-09-09

anond:20250909055749

本当は共学に通いたかったが己の愚かさのせいで仕方なく選択している底辺男子校鬱屈さをしらない

常に女を夢想をするが底辺民ゆえに何も行動せず

学園祭体育祭は異性の目が無いから何も動機を付けられず

三年間を無気力にやり過ごす

その先は文系なのに男だらけのFラン大学

そして文系ITエンジニアとして採用される似たような男だからけの職場

ずっと無気力な男の集団のひとりのまま

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