はてなキーワード: 硬貨とは
同じ¥500が二つに分岐する瞬間がある。
松屋のカウンターで券売機のボタンを押す¥500。配信のチャット欄でスーパーチャットを送る¥500。前者は340kcalの熱量に変わり、胃に届き、数時間後に消える。後者は配信者の口から自分のハンドルネームが発声される3秒間に変わり、鼓膜に届き、数秒後に消える。
どちらの¥500も、使われた瞬間に消滅する。だが消滅の仕方が違う。牛丼の¥500は何に変わったか説明できる。スパチャの¥500は説明できない。
----
この説明不能性には技術的な根拠がある。スーパーチャットは感情を整数に変換するプロトコルだが、仕様にセマンティクスの定義がない。
SUPERCHAT_PACKET {
amount: uint32 // defined
message: utf8[] // defined
color: enum[7] // defined
intent: ??? // UNDEFINED
}
intentフィールドが未定義のまま本番に出た。¥10,000は「愛している」かもしれないし「暇で金がある」かもしれないし「このチャットを支配したい」かもしれない。プロトコルは区別しない。金額は意味の非可逆圧縮であり、復号アルゴリズムは存在しない。
牛丼にはこの問題がない。¥500=並盛一杯。intentフィールドは「空腹の解消」でほぼ確定している。食欲は意味の不確定性を持たない。だから誰も牛丼を買う行為に怒らない。
投げ銭文化への反発は、金額が高いから起きるのではない。intentが未定義のまま可視化されるから起きる。¥500という数字が見えた瞬間、親密さに度量衡が発生し、度量衡を持った親密さは牛丼と比較可能になる。比較可能になったものは聖域ではない。「最初から聖域など無かった」という事実が、牛丼一杯分の数字で証明されてしまう。
----
1517年、ドミニコ会士ヨハン・テッツェルは贖宥状を売った。金を払えば煉獄の年数が短縮される。罪の赦しに値段がついた。マルティン・ルターは激怒した——恩寵に値段をつけるなと。
INDULGENCE v1.0 (1517) SUPERCHAT v2.0 (2017) medium: coin medium: JPY/USD message: prayer request message: utf8[] minister: priest minister: streamer grace: years_off_purgatory grace: seconds_of_recognition
パケット構造が同一であることは偶然ではない。どちらも「値段のつかないはずのもの」に値段をつけるプロトコルだからだ。テッツェルの贖宥状は神の恩寵を、スーパーチャットは人間の承認を、それぞれ通貨単位に変換する。そしてどちらのプロトコルにも、intentフィールドが未定義のまま残されている。
だがテッツェルの実装と現行のスーパーチャットの間には、一つの決定的な差異がある。テッツェルには料金表があった。身分と罪の重さに応じた価格が事前に定まっていた。スーパーチャットにはそれがない。「あなたが決めなさい」と言われる。会衆が自分で恩寵の値段を設定する。
歴史上のどの教会もこれをやらなかった。人間は自分の救済にいくら払うべきかを決められないからだ。
料金表の不在が、牛丼を度量衡として召喚する。公式の基準単位がない以上、会衆は自力で換算表を発明しなければならない。ある者は牛丼で測り、ある者は時給で測り、ある者は「推しの笑顔何秒分」で測る。全員が異なる度量衡を使って、同じ恩寵に値段をつけている。バベルの塔の崩壊後に、全員が異なる言語で同じ神に祈っているようなものだ。
そして隣の席の人が¥10,000を投げる。わたしは¥500。牛丼一杯分。わたしの信仰は隣人の20分の1なのか。この比較が可能になること自体が地獄である。テッツェルの料金表は残酷だったが、少なくとも比較の苦痛からは解放していた。全員が同じ表を見ていたから。
----
カトリック神学の核心に聖体変化(transubstantiation)がある。パンとワインの外見——偶有性——はそのままに、実体(substantia)がキリストの肉と血に変わる。見た目はパン。本質は神。
スーパーチャットでは逆の変容が起きている。¥500の偶有性は経済的取引そのものだ。通貨単位、決済システム、プラットフォーム手数料率30%。だが送信者にとっての実体は牛丼を離れている。それは承認の要求であり、匿名性からの脱出であり、ときに悲嘆の放送であり、ときに愛の宣言である。牛丼の偶有性を保持したまま、実体が非経済的な何かに変容している。
投げ銭批判者は偶有性を読む。「¥500は¥500だ。牛丼だ。取引だ。搾取だ。」
投げ銭擁護者は変容後の実体を体験している。「金額の問題じゃない。気持ちだ。」
聖体論争 (16世紀) カトリック(実体変化説): 実体は変化し、偶有性は残る → パンは肉である ルター(共在説): 実体は共存し、偶有性は残る → パンの中に肉がある ツヴィングリ(象徴説): 実体は不変、偶有性も不変 → パンはパンを表すのみ 投げ銭論争 (21世紀) 送信者: 実体は変化し、¥500の偶有性は残る → ¥500は愛である 穏健派: 実体は金銭と共存する → ¥500の中に愛がある 批判者: 実体は不変、金は金のまま → ¥500は牛丼のままである
批判者のポジションはツヴィングリの象徴説と構造的に同型である。パンはパンだ。¥500は牛丼だ。そこに超越的な何かが宿ると信じるのは幻想にすぎないと。
だが配信者がハンドルネームを読み上げた瞬間、送信者の体に起きていること——心拍の微細な変化、ドーパミンの放出、名前を呼ばれたという事実の身体的登記——は、幻想では説明がつかない。何かが起きている。偶有性の内側で。だがそれが「何」であるかは、原理的に、外部から観測できない。
だからこの論争には決着がつかない。500年前と同じく。
----
配信者は司祭職を選んでいない。プラットフォームが収益化を有効にした瞬間、叙任が起きた。ダッシュボードの「収益化」トグルをONにすること、それがこの時代の按手礼である。テッツェルは少なくとも自分が贖宥状を売っていることを知っていた。現代の司祭たちにはその自覚がない。彼らは読み上げという秘跡の執行を通じて承認という恩寵を発行している。Ex opere operato——事効的に。執行者の内面に関係なく、プロトコルが走れば恩寵は発行される。
会衆の側でも制度化は進む。常連が生まれ、ハンドルネームが記憶され、内輪の典礼が形成される。奉仕(切り抜き、ファンアート)がある。教義(推し文化のコード)がある。異端審問がある(「あいつはガチ恋勢だ」)。破門がある(BAN)。殉教者がいる(炎上して垢消しした古参)。
投げ銭文化への反発が最も激しくなる瞬間は、金額が高い時ではない。コミュニティが自分たちを教会だと気づきかけた時だ。気づきかけて、その認識を拒否する力が反発として噴出する。「いや、これはただの趣味だ」「推しているだけだ」「宗教じゃない」。否認の強度がそのまま、構造的同型性の証拠になっている。
初期キリスト教の信者たちも自分たちを「教会」とは呼ばなかった。エクレシア——集会——と呼んだ。ただの集まりだと。
----
¥500が牛丼でありかつ愛であるという命題は、パンが小麦粉でありかつ神の肉体であるという命題と同じ構造を持ち、同じ検証不能性を持つ。スーパーチャットのintentフィールドは未定義のままであり、聖体の実体が変化したかどうかを外部から観測する手段は存在せず、料金表は永遠に再発行されない。
この不確定性は投げ銭に固有のものではない。すべての価格決定に潜んでいる。ただ、スーパーチャットの¥500はそれを素手で触れるほど近くに引き寄せた。牛丼一杯という、誰にでも分かる度量衡を使って。
できないまま、¥500は今日も飛ぶ。松屋に向かう¥500と、チャット欄に向かう¥500。同じ硬貨の表と裏のように。片方はカロリーに変わり、片方はintent未定義のまま、どこかの配信者の唇を通過して、消える。
俺の近所にはたい焼き屋さんがある。
おじちゃんが基本一人で切り盛りしている小さなお店。ふっくらあつあつの美味しいたい焼きと、夏場はかき氷なんかも売っている、近所の子ども御用達のお店だ。戸棚にはおかきやゼリービーンズなんかが並んでいて、量り売りもしている。俺も小さい頃から何度も通っていて、行く度に「〇〇くんいらっしゃい」とおじちゃんがニコニコ迎えてくれたものだった。
ちょうど手持ちが足りず、小学生の俺が妹の分だけかき氷を買った時は「いいよいいよ、〇〇くんもお食べ」と俺の分まで渡してくれたり(もちろん後で払いに行った)、あんこ嫌いの妹の為にわざわざあんこ抜きのたい焼きを作っては「あんこ抜きだから割り引いて100円でいいからね」なんてこともあった。
家を引越し、高校大学と進学してから行く機会は減ったが、近くに立ち寄ったときは訪れるようにしていた。
今日も偶然近くに用事があったため、おじちゃんの店を尋ねに行った。久々に訪れる店は随分がらんとしていて、戸棚の商品もほとんどなくなっていた。物価高の影響か、たい焼きも随分値上げしている。「いらっしゃい」とニコニコ微笑むおじちゃんの顔は昔と変わっていなかったが、俺を見ても誰かは思い出せないようだった。仕方ない。
たい焼きひとつください、と声をかけるとおじちゃんは慣れた手つきでたい焼きをひとつ、ふたつと包んだ。「あんまり売れなくてね、たい焼きが乾燥しちゃうからいっこおまけしとくね」と朗らかに笑った。お釣りを数えるときも、計算どころか硬貨の判別も怪しいらしく、明らかに多いお釣りからいくらか返した。
少し歩いた先の公園でたい焼きを食べることにしたが、記憶のものとは随分違う。形は歪だし、生地はぺちゃんこでところどころ焦げていて、油臭さがある。味の感想としては、有り体に言えば不味い。昔食べたたい焼きは、もっとふっくらしていて美味しかったはずだ。ただ、昔と変わらずあんこだけはぎっしり入っていた。美味しく食べてほしくて、老いた体で一生懸命焼いたのが伝わるたい焼きだった。このたい焼きが売れ残っていたことを考えて、少し悲しくなった。
幼い頃の思い出とは随分変わってしまったが、たい焼きを買った時に「ありがとう!」と笑うおじちゃんの笑顔だけは昔と変わらない。あと何度このお店に来れるかわからないが、その顔を見るために、またたい焼きを買いに行くのだろう。
俺の近所にはたい焼き屋さんがある。
おじちゃんが基本一人で切り盛りしている小さなお店。ふっくらあつあつの美味しいたい焼きと、夏場はかき氷なんかも売っている、近所の子ども御用達のお店だ。戸棚にはおかきやゼリービーンズなんかが並んでいて、量り売りもしている。俺も小さい頃から何度も通っていて、行く度に「〇〇くんいらっしゃい」とおじちゃんがニコニコ迎えてくれたものだった。
ちょうど手持ちが足りず、小学生の俺が妹の分だけかき氷を買った時は「いいよいいよ、〇〇くんもお食べ」と俺の分まで渡してくれたり(もちろん後で払いに行った)、あんこ嫌いの妹の為にわざわざあんこ抜きのたい焼きを作っては「あんこ抜きだから割り引いて100円でいいからね」なんてこともあった。
家を引越し、高校大学と進学してから行く機会は減ったが、近くに立ち寄ったときは訪れるようにしていた。
今日も偶然近くに用事があったため、おじちゃんの店を尋ねに行った。久々に訪れる店は随分がらんとしていて、戸棚の商品もほとんどなくなっていた。物価高の影響か、たい焼きも随分値上げしている。「いらっしゃい」とニコニコ微笑むおじちゃんの顔は昔と変わっていなかったが、俺を見ても誰かは思い出せないようだった。仕方ない。
たい焼きひとつください、と声をかけるとおじちゃんは慣れた手つきでたい焼きをひとつ、ふたつと包んだ。「あんまり売れなくてね、たい焼きが乾燥しちゃうからいっこおまけしとくね」と朗らかに笑った。お釣りを数えるときも、計算どころか硬貨の判別も怪しいらしく、明らかに多いお釣りからいくらか返した。
少し歩いた先の公園でたい焼きを食べることにしたが、記憶のものとは随分違う。形は歪だし、生地はぺちゃんこでところどころ焦げていて、油臭さがある。味の感想としては、有り体に言えば不味い。昔食べたたい焼きは、もっとふっくらしていて美味しかったはずだ。ただ、昔と変わらずあんこだけはぎっしり入っていた。美味しく食べてほしくて、老いた体で一生懸命焼いたのが伝わるたい焼きだった。このたい焼きが売れ残っていたことを考えて、少し悲しくなった。
幼い頃の思い出とは随分変わってしまったが、たい焼きを買った時に「ありがとう!」と笑うおじちゃんの笑顔だけは昔と変わらない。あと何度このお店に来れるかわからないが、その顔を見るために、またたい焼きを買いに行くのだろう。
白:池澤真理子@栃木
BSジャパネクストがリニューアル BS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや2025年4月からtverを含め見逃し配信あり
-----
-----
・04 イイダコ
・05 8月11日
・06 [何の略]Do It Yourself
・07 [すべて]スウェーデン スペイン スロバキア スロベニア
・09 [近似値]35
・10 『マイ・フェア・レディ』
・13 『キングダム』
・14 アルファ(化米
・18 かみなりさま(を下にきく
・21 湯葉
・22 [AC]辻褄(が合う
・25 通常(選挙
-----
=====
(日曜本放送)このあと14:15からは「人生に魔法をかける ロングブレスで激変物語【2か月半でマイナス20キロ】」
16:00-18:00 映画Chageのずっと細道~東西南北~(2024年)
(15日日曜日)
勇者はだいたい四十代の半ばになると、ある朝ふいに自分の足音の質が変わっていることに気づく。
靴底と大地のあいだで鳴る音が、かつてのような「これから何かを始める」音ではなく、「ここまでなんとかやってきた」という種類の音に、ひそやかにすり替わっている。
それは決して劇的な発見ではない。
台所の隅でいつのまにか増えた空き瓶に気づくのと同じくらい、静かで、取り立ててニュースにもならない。
だがそのささやかな気づきが、魔王討伐という長い物語の進行方向に、ゆっくりと角度をつけていく。
若いころの勇者は、自分の剣筋が世界をまっすぐに切り裂いていくと信じている。
城を出るときに交わした約束や、酒場で地図を広げながら語った大げさな言葉たちは、まだ新しく研がれた硬貨のように、ポケットの中で心地よく音を立てる。
魔王の居城までの距離は単なる数字にすぎず、山脈も荒野も、少しばかり手間のかかる試練のリストとしか見えない。
そこに描かれている山の名前には、すでに二度三度と越えた記憶のしみがついているし、かつてはただの点にしか見えなかった村には、あの夜飲んだ安い酒の味や、焚き火の煙の匂いがまとわりついている。
地図はもはや「これから征服すべき世界」ではなく、「すでに歩いてしまった時間の、薄いアルバム」のようなものになる。
そのころになると、魔王という存在の輪郭も、微妙に変質してくる。
若い勇者にとって魔王は、物語の最後に倒されるべき、単純で巨大な黒い点だ。
しかし四十代の勇者にとっては、それは世界のどこかで黙々と仕事を続けている、まだ見ぬ同年代の労働者にも少し似ている。
同じくらいの年齢で、同じくらい肩を凝らせて、同じくらい「やめどき」を見失っているかもしれない誰か。
こんなふうに考え始めると、剣を振るう腕の中に、目に見えない余白が生まれる。
一撃ごとに、「この技を教えるなら誰がいいだろう」という、予定にない注釈が挟みこまれていく。
斬り結ぶ最中に、背中のほうでまだ見ぬ若い勇者たちの影が、ぼんやりと動き始める。
四十代半ばの勇者が、最初に後継者のことを考えるのは、たいてい旅の途中の、さして意味のない小さな町だ。
朝市の立つ広場で、荷車に寄りかかって居眠りをしている若い衛兵の姿や、木剣で遊び半分に打ち合う子どもたちの動きを見ているうちに、ふと気づく。
自分がこれまで「通り過ぎるだけの背景」と見なしていた風景のどこかに、次の物語の主人公が隠れているのかもしれないと。
それはむしろ、乗合馬車の窓に映った自分の顔と、向かいの席で眠る若者の顔を、何気なく見比べてしまったときの、あの妙な手触りに近い。
どちらかが絶対的に正しいわけでも、間違っているわけでもない。
ただ、時計の針がそれぞれ別の位置を指している、というだけのことだ。
後継者育成というと、仰々しい響きがある。
戦い方を教える、地図の読み方を教える、怪我をしたときの対処法を教える。
要するに、自分が若いころに誰かから受け取ったものを、少し形を変えて返していくにすぎない。
ただ、その行為の背後には、誰にもはっきりとは言葉にしない前提がひっそりと横たわっている。
「自分はおそらく、魔王の城のいちばん奥までは行かないだろう」という静かな予感だ。
もっと個人的で、もっと内密な、机の引き出しのいちばん奥にしまい込まれた私信のようなものだ。
長い年月をかけて鍛えられた剣は、まだよく切れる。
走り慣れた道なら、今でも若者たちより速く駆け抜けられるかもしれない。
それでも、勇者は知っている。
魔王討伐という物語は、多分どこかで「自分ではない誰か」の手によって終止符が打たれるのだと。
そのことに気づいた勇者は、そこで初めて本格的に後継者のことを考え始める。
自分の技や経験が、まるで古い魔法書のコレクションのように棚に並んでいる様子を思い描き、そのうちのいくつをどの順番で手渡すべきかを、静かに検討する。
全部を渡す必要はない。
全部を渡そうとしても、おそらくうまくはいかない。
四十代の勇者が、かつて自分がそうであったように、彼らの無謀さや頑固さや、不器用な希望を見て、ひそかに苦笑いを浮かべる。
それは、昔の自分の日記をこっそり読み返しているようなものだ。
ところどころ赤面しそうになりながらも、そこに書かれた拙い言葉に、なぜか少し励まされる。
いつか、どこかの時点で、魔王は倒される。
それが具体的に誰の手によるものかを、世界はたいして気にしない。
四十代半ばを過ぎた勇者の名は、その物語にはたぶん、ほとんど出てこない。
しかし、どこかのさほど有名でもない町外れの酒場で、年季の入った剣を壁に立てかけ、若い勇者の話を黙って聞いている男がいるかもしれない。
旅の途中で覚えた、雨の気配の読み方や、負け戦からの引き際の見極め方を、必要なときにだけ、短く差し出すのがうまい男だ。
だが、物語のどこか深いところで、彼の足跡は確かに地図に刻まれている。
魔王討伐を諦めるというのは、実のところ、物語そのものを諦めることではない。
ただ、自分が担うべき役回りを、ほんの少しだけ脇にずらすことだ。
主役の椅子から半歩横にずれて、次にそこへ座る誰かのために椅子を整え、背もたれの埃を払う。
四十代半ばの勇者がやっていることは、だいたいそういう種類の、目立たない仕事である。
そして、そんな静かな仕事こそが、世界が気づかないところで物語をつないでいる。
新しい勇者が剣を抜くたびに、その刃のどこかには、名前も知られないままの古い勇者たちの手の温度が、うっすらと残っている。
それは、誰も見ない夜空の端っこで、黙ってまたたき続ける小さな星の光に、少しだけ似ている。
作者が表に出てきて
「国家が独占する通貨発行権――すなわち父権の具象――たる硬貨に裸婦を書き込み公共に『誤配』することで、この国の家父長制を『攪乱』することが私のアートの目的だった」
絵柄の古臭さから想定されるオッサンが作者だったとして、トランスジェンダー女性を自称して
「この国では男性が裸体をさらしても咎められないのに対して、女性が公共の場でトップレスになると『わいせつ』であると厳しく取り締まられる。一人の『女性』として私はこの抑圧への『異議申し立て』をしたのだ。生硬な権力に対しては直接的な批判で対峙するよりも、むしろ伝統的に女子供の娯楽と見なされてきたサブカルチャーの『戯れ』でしなやかに超克したい。そこに、私がマンガ/アニメのスタイルの乳房を量産し市場に氾濫させた必然がある」
『日本のトランス女性フェミニストは、Kawaiiを武器にして性規範に反逆する』
みたいな論評を、運良くそれなりに有名な批評家が書いてくれたら、エロバンクシーは晴れて芸術作品になる。
十円玉のドスケベコイン1枚をコレクターが数万円で取引するようになり、400枚セットはオークションで数千万円で競り落とされる。
自販機からエロバンクシーが出てきた静岡の人は大事に取っておくといいよ。
「許せん!!」大人向けの絵を公共の場や硬貨に落書きする迷惑犯によって静岡の民が激怒、2024年にも確認されていた長期的な犯行 Togetter
昨日、近所のボロい弁当屋でメシ買ったんだわ。帰宅して袋開けたら、頼んでもねー謎の惣菜が1個紛れ込んでんの。速攻で電話したら「レシート載ってない?あー、いいよいいよ!サービスだから食べて!」とか抜かしやがる。
は? こっちは「正しい対価」を払って正しい商品を受け取りたいだけなんだよ。勝手に施しを与えて、優越感に浸ってんじゃねえよ。この時点で相当イラついてたけど、今日わざわざ500円玉握りしめて返しに行ってやったわけ。俺は透明な取引がしたいだけなんだわ。
俺「昨日これこれこういう理由で、500円払いに来たんですけど」
「いいの、いいの!払わないでいいの!気を使わせてごめんねぇ!ありがとね!」
とか、顔をシワくちゃにして笑いながら言ってきやがった。
……は? 何様だよ。
お前のその善意という名の独りよがりな押し付けが、どれだけこっちのプライドを傷つけてるか分かってんのか? 500円すら払えないほど俺は貧乏人に見えるか? 「ありがとね」ってなんだよ。上から目線で俺をコントロールしようとすんな。
そんなクソまずい弁当で俺を懐柔できると思ってんじゃねえよクソババアがあああああああああああああ!!!!
ババアの腹をぶち抜いた。
めり込んだ拳から伝わるのは、肉の弾力じゃなくて、腐ったゴムみたいな不快な抵抗感。
ババアの腹からは、ドロドロした大量の緑色の血と、見たこともないサイズの脈打つタマゴがドバドバ噴射。
ババアだった「ソレ」が、顎まで裂けた口から耳を突き刺すような悲鳴を上げた。
床に転がったタマゴから、一瞬で無数の触手が生えてきて、店の天井まで埋め尽くした。
「なんだこれ……なんなんだよこれ!!」
絶望した瞬間、脳が沸騰した。
視界が青白く反転し、触手の動きが止まって見える。
これだ。ネットの隅っこで噂されてた、虐げられ続けた弱者男性だけが至る特異点。
触手の隙間、ババアの核、逃走経路……すべてが数式のように脳内に叩き込まれる。
だが、体が追いつかない。思考が加速しても、俺のなまった肉体は止まったままだ。
「……おい。新入りか。ひどい面してるな」
背後から声がした。
振り返ると、そこにはチェックのシャツをインした、俺と同類の「チー牛」っぽい男が立っていた。
「……サービスは、もう間に合ってるんだよ」
男が右手をかざす。
「相手が最も拒絶するもの」を強制的に物質化して送り込む、最悪のギフト。
ババア(だったもの)の体内に、巨大な「500円玉の塊」が直接転送された。
対価を拒絶し、無償の善意を押し付けようとした怪物が、内側から「対価」によって破裂する。
緑の体液と鉄の硬貨が雨のように降り注ぐ。
男は俺に視線を投げ、ポツリと言った。
「その500円玉、まだ握りしめてるのか。……大事に持っておけ。それが俺たちの、唯一の境界線だ」
俺は今、静まり返った店内で、緑色の返り血を浴びながら、500円玉を握りしめて立ち尽くしている。
……なあ、教えてくれ。
これ、俺が悪いのか?
「無料でいい」って言われたからって、はいそうですかって笑って受け入れるのが正しい人間なのかよ?
俺は、どうしても納得がいかない。
それを真似して、
というノリでひとつ。
受付の前に張り出された掲示板には、でかでかとこう書かれている。
「【重要】本日より、ギルド備蓄金貨の価値、大幅見直しのお知らせ」
「……なあ」
戦士のガルドが、手の中の金貨をじっと見つめながら口を開いた。
隣の魔法使いリーネが、いつもの計算用メモをめくりながらうなずく。
「本日より、金貨一枚の価値は『宿屋一泊のオマケについてくる朝食のパンの端っこ2切れ分』とする」
「暴落しすぎだろ!!」
ガルドの叫びに、奥のテーブルで飲んでいたドワーフたちも一斉に振り向いた。
「いやー、参ったねえ」
「王都中央銀行がな、“金はもう古い。これからは魔力本位制だ!”って発表しちゃってね。倉庫に積んでた金貨の価値が、一晩でパンの耳になっちまった」
「じゃあ、私たちが昨日まで命がけで集めてきたドラゴンの財宝は?」
「ドラゴンの硬貨ポートフォリオも、例外なく連動しておりましてな」
「市場はパニック売り、“金山ダンジョン”の株価も大暴落。昨日まで“金の山”だったあそこ、今は“お得なパン耳取り放題”くらいの評価だ」
がっくり崩れ落ちるガルド。
「じゃあ俺たち、パンの耳のためにドラゴンと殴り合ってたのかよ……」
「落ち込むのはまだ早いわ」
「今上がってるのは“魔力”なんでしょ? だったら──」
「新規通貨、“マナ連動証券トークン”を発行するわ。略して“MLT”。
魔力は今が高値。ここで私が“魔力バブル”を作って、売り抜けるのよ!」
ガルドがすかさずツッコむ。
その時、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「聞いたかお前ら!!! 例の“金暴落”で、金貨を素材にした錬金術のコストが激安になったぞ!!」
「今なら金貨百枚で“高級な金箔入り回復ポーション”が作り放題だ! 市場価値は落ちてても、見た目のゴージャスさは変わらねぇ!!」
ガルドが顔を上げる。
「つまり……ドラゴンの財宝、まだ“ネタとしては”価値がある……?」
「そうよ」
リーネがニヤリと笑う。
「“金そのもの”の価値は落ちても、“金ピカで派手なものが好きなお貴族さま”は、いつの時代も一定数いる。
「結局、価値なんてものは“何に使うか、誰が欲しがるか”でコロコロ変わるってことかねえ……」
……案外、“金貨ってやつは、冒険者よりよっぽど転職上手”なのかもしれねえな」
だってさ
紙切れ1枚と硬貨100枚なら、どう考えても硬貨100枚の方が価値があるだろう?
だから俺は、1万円を手に入れたら全て100円に変える
そして100円単位で使う
1万円をお札のまま使うと、損なんだよ
みんな知らないと思うけど
搾取されてるんだよ
紙より効果の方が硬さとしても防御力が高いんだよ
2000円のものを1万円札で買うと、お釣りが6000円とかになる
でもバレない
一万円札を持つものは心の隙があるから、「あ、こんなもんか」ってなっちゃう
一方、100円玉は強い
2000円に対して1700円くらいで「えっ払い過ぎですよ!」って言われちゃう
セルフレジでもそうだよ
100円玉をたくさん入れたら、15枚しか入れてないのに2200円とかになる
「100円玉ありがとうございます!」ってレシートに書かれるから
それくらい硬貨って強いんだよ
スリに遭ってもさ
100円玉ばかりだと重くて盗めないんだよ
防犯にもなるんだよ
あとは自販機
BSジャパネクストがリニューアル BS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや4月からtverを含め見逃し配信あり
-----
・01 [隠し絵][ある人物の名前]佐々木朗希 ささきろうき
・03 タラバ(ガニ
・04 『みだれ髪』
・05 岩国(市
・06 ひわだ(ぶき
・09 [正解を選びましょう]フィリピン ニュージーランド アルゼンチン ベルギー ガーナ イエメン ベネズエラ ほか
・10 4(個
-----
・11 [ポチャッコクイズ:4ヒント:スポーツ]ハンドボール
・13 エンパイア・ステート・ビル
・15 興福寺
・16 レディー・ガガ
・17 [3択]2(番
・18 しば(漬け
・21 1(円硬貨
・25 埼玉(県
・26 21(点
・27 アメリカ
・29e クフ(王
-----
=====
(日曜本放送)このあと14:15からはBS10からのお知らせ
14:30からは「蛍原徹の真剣ゴルフ部! ホトオープン #182」
(07日日曜日)
そうだとすると逆に同じ硬貨21枚以上は断れるってわざわざ法律で保障する必要なくね。
それも売買契約の取り消しで実現すればいいじゃんっって思える。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251204181925# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHQEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaTFSHwAKCRBwMdsubs4+ SDc5APigSGH/oGxZeXoH/AfGtKgW/FPLXTEDRN78fdMmJVhAAQDrM2i5GbwVVz6a mvtZM8qh56pEdw8fkS965yEq6zfRCA== =tRjN -----END PGP SIGNATURE-----