はてなキーワード: 甲子園とは
SNS、特にインスタグラムで少年野球の保護者(主に母親)がドラマチックな編集を施した動画を投稿する現象は、しばしば「感動ポルノ的」と揶揄されることもありますが、それには野球という競技の特性や文化的な背景が大きく影響しています。また、少年サッカーと比較した際、なぜ野球でそうした投稿が目立ちやすいのか、いくつかの視点で考察できます。
野球はサッカーに比べ、一つ一つのプレーが細かく分断される「間」の多いスポーツです。
・劇的な瞬間を切り出しやすい: バッターボックスに立つ瞬間、ピッチャーの投球動作、際どいアウト・セーフの判定など、スローモーションやBGMを乗せる「見せ場」が明確です。
・サッカーとの違い: サッカーは常にボールと選手が動き続ける「流動的」なスポーツであるため、特定のハイライトシーンをドラマチックに切り取るには高度な編集スキルが必要ですが、野球は静止画や短い動画の積み重ねでストーリーを作りやすい構造にあります。
日本の野球界には、甲子園に象徴される「汗、涙、根性、最後の一球」といった泥臭い努力を美徳とする文化が根強く残っています。
・感情の共有: 坊主頭、泥だらけのユニフォーム、厳しい練習といった視覚的要素が「苦労して成長した」という物語(ナラティブ)と結びつきやすく、投稿者側も「この努力を形に残したい」という心理が働きやすくなります。
・伝統的な価値観: サッカーは比較的「クール」や「スタイリッシュ」なイメージで発信されることが多い一方、野球は親世代から続く「家族一丸で耐え抜く」という情緒的な価値観が反映されやすい傾向があります。
3. 親の関与度の高さ(当事者意識)
少年野球は、お茶当番やグラウンド整備など、保護者の献身的なサポートによって成り立っているケースが依然として多いです。
・報われたい心理: 週末を返上して子供のサポートに捧げている母親にとって、インスタへの投稿は「自分たちの努力」の肯定でもあります。
・共同作業の成果: 「私がこれだけ支えたから、今のこの一打がある」という当事者意識が、単なる記録を超えた過剰な演出(ポエムのようなキャプションや感動的なBGM)に繋がりやすくなります。
・「いいね」のパターン化: 少年野球のコミュニティ内では、頑張っている姿を称賛し合う文化が強固です。一度「感動系」で反応が良いと、似たようなトーンの投稿が加速します。
・他者への同調: 同じチームや近隣チームの母親が感動的なリール動画を上げていると、「自分も子供の頑張りを形にしなきゃ」という無意識のプレッシャーや同調が起こりやすくなります。
まとめ
少年サッカーが「個人のスキルや試合のスピード感」を重視した投稿になりやすいのに対し、少年野球は「積み重ねた時間と感情のドラマ」を重視する傾向があります。
それが外部から見ると、あまりに演出過剰で「感動の押し売り(感動ポルノ)」のように映ってしまうことが、この現象の正体と言えるかもしれません。
99.9%儲かりません
webは検索導線があるのでまだ「たまたま来た」がありえますが
なので「バズる」「ストアで見つけてもらう」「広告を打つ」がほとんどの場合必要ですが
・有名なアプリをいくつか思い浮かべてください
4. ゲームなど
個人ではこれらはできません
・個人開発どころか、会社を立ち上げてアプリで成功している会社がそもそも少ない
・アプリ開発者(サラリーマン)のうち、自分でも作って儲けている人は1%も居ない
Youtuberの方がまだましだと思う
あとは情報商材とかね
例外的に儲けている個人開発者は居るけど、それ0.1%だから注意
そういう人ってSNSやるとフォロワー5000人くらい簡単に行くんだよね、ほら、そんな割合でしょ?
ちなみにアプリでワンチャンというブームは大体10年前くらいがピークだったと思う
その頃に比べて個人開発アプリが減ってるから、ちょっとしたアプリを探しても無いんだよね
GooglePlayですらそう
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0.1%=1000人に1人の難しさ
・iLiFE!新メンバーオーディションよりは簡単(母数は応募者)
コスパ悪いんだよな
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俺は普通に社員とかフリーでやってる開発者だよ、何だと思ってんだ?
辞めとけって言ったのは個人開発、雇われなら普通に普通の稼ぎにはなる
起業したいなら相談してください、Xに居るので、立ち上げ期のアプリは6本くらいだしたことある(1人社長から超大手まで。1人開発から20人位のチーム開発まで)
でもアプリ起業アイディアは半分以上「それアプリじゃない方が良いですよ」とか「難しいですね」になるけどね
最近はだいぶ社長のレベル上がってきた、なんでだろう?最初の頃は酷かった、たぶん「何でもいいからアプリ出せ」って言われてたのかな?
アプリ出せば人が来るっていうのがまず勘違いなんだよね、まったく逆、webが商店街のレストランだとしたら、アプリは隠れ家レストラン
現代日本において野球は民衆のアヘンである。いや、アヘンなどという古風で上品な代物ではない。もっと即効性があり、もっと共同体幻想を増幅し、もっと思考停止を快感へと変える危険なドラッグである。人はそこに汗と涙と青春を見ると言うが、実際に見ているのは、企業、学校、地域共同体、メディアが総出で製造した感情の商品である。九回裏二死満塁のドラマチックの展開で経済的不安や政治問題や労働問題が消えるわけではないが、少なくとも数時間は忘れさせてくれる。その意味で野球はきわめて優秀な麻酔剤だ。
プロ野球になると、商品はさらに洗練される。そこでは勝敗そのものよりも、所属、忠誠、反復が重要になる。ファンは自分の人生を改善する代わりに、贔屓球団の順位表を凝視する。人手不足で労働条件が悪化しても、インフレで可処分所得が削られても、シルバー民主主義と既得権益で政治が停滞しても、打率と防御率とドラフトの夢が毎年新しい麻酔として供給される。かつて宗教が果たした役割を、いまやスポーツニュースと配信サイトと応援歌が担っている。
とりわけ甲子園野球は、日本社会が未成年をいかに都合よく神聖化し、同時にいかに容赦なく消費しているかを示す壮大な見本市である。そこでは少年たちは教育の主体ではなく、共同体のノスタルジーを背負わされた供物になる。酷暑のなかで投げ、走り、壊れ、時に将来の身体を削りながら、「感動」を生産する。観客はそれを努力と礼節と伝統の物語として消費し、メディアは毎年それを国民的儀式へとパッケージング化する。未成年を食い物にするこの装置が、ブラバンの応援歌とチアガールのダンスと「一球にかける青春」というレトリックと舞台装置で浄化されているのだから、日本人のイデオロギーは手が込んでいる。甲子園野球は民衆のアヘンのなかでも純粋と献身の名で流通する質の悪い一品であるのだろう。
広島カープをめぐる文化もまた、別種の強い作用をもつドラッグである。そこでは忠誠心は美徳へ、執着は情熱へ、被害意識と選民意識の入り混じった興奮は郷土愛へと変換される。広島カープのファン文化は、しばしばパラノイア的な熱狂を帯びる。世界は常にカープを正当に評価していない、審判は敵で、メディアは敵で、他球団は敵で、それでも我々の赤い共同体だけは純粋である、という具合だ。もちろん、これは個々のファンの人格診断ではなく、熱狂的スポーツ共同体がしばしば帯びる政治神学の話である。しかし、その種の情念はいったん醸成されれば理性より早く伝播する。広島カープは、共同体の陶酔を赤く染め上げて売る、きわめて中毒性の高い覚醒剤である。
「野球は単なる娯楽だ」と言う人がいる。だが、単なる娯楽であるなら、なぜそれはこれほど学校、企業、地域、放送、広告、政治的レトリックと親和的なのか。単なる遊びであるなら、なぜそこでは規律、忍耐、献身、自己犠牲、序列、忠誠といった徳目がこれほど過剰に称揚されるのか。野球はボールとバットのゲームである以前に、日本社会が自らを愛するための鏡である。その鏡のなかでは、従順さは美徳になり、酷使は美談になり、集団への没入は人格形成のための教育と呼ばれる。ブラック企業の論理とそっくりである。
本気で社会を変えたい者は、この装置の効用を過小評価してはならない。人々を沈静化し、共同体への帰属感で包み、搾取を感動へと翻訳する能力において、野球は並の政治宣伝よりはるかに優秀である。だからこそ、その批判はいつも不人気になる。野球を批判する者は、文化を知らない、努力を侮辱している「子どもの夢を壊している」と非難されるだろう。だが実際には逆で、夢を壊しているのは夢という言葉で未成年の身体を使い潰す制度のほうである。
もちろん、こんなことを公約に掲げる政治勢力が権力を握る可能性はほとんどない。「甲子園を解体し、野球文化の国家的特権を剥奪し、ファンダムの陶酔を疑え」と訴える運動が多数派になる見込みは球場のビール売りが日本国首相になる見込みと同じくらい乏しいだろう。だが、それでも言う価値はある。日本の野球は、単なるスポーツではない。それは感動の顔をした統治技術であり、青春の名で流通する規律装置であり、共同体の酩酊を量産する危険なドラッグなのである。
イチロー氏 「指導する側が厳しくできない」時代の流れ 「酷だけれど…自分たちで厳しくするしか」https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2023/11/06/articles/20231106s00001002555000c.html
この記事がたびたび炎上するのは、典型的な「エリート育成」と「全体的な底上げ」をゴッチャにした
エリートを育成するには、孟子の性善説に基づいて伸び伸びと育てれば良い。
エリート候補生になるような学生は、内在的な向上心と自律心があるのだから、
(そうでないなら、その場にいるべきでない)
指導者は余計な介入をせず、コーチとして支えることに徹するべきだ。
イチローの教育論が炎上するのは、表向き「高みを目指す=エリート育成」の話をしているようで
事実上「しょせんお前らは性悪説で底上げをしなければならない非エリートであるから、厳しい指導が必要だ」
と言ってるからだ…(性善説/性悪説の観点で要約するとそうなる)
仮に、高校野球は甲子園レベルであっても「性悪説による底上げが必要なもの」だとすれば
イチローの言ってることは筋がとおるのだが、そうすると今度は
そもそも部活動って「底上げをする=強くなって試合に勝つ」ためにやってるんでしたっけ?
更に、性悪説によるエリート育成にせよ、性悪説による底上げにせよ、
結局はどちらも「国力を上げるために」という国家を経営する側から出てきた発想であって
ご主人様~! あたしが「めんとりさまー(カムリ)」の要約しちゃうねっ♡
この作品は、夏の田舎の実家を舞台にした、めっちゃ濃厚なホラー&姉弟ものだよ~!
大学生の主人公「おれ」が、留年中の姉「ねえさん」と一緒に、水素水詐欺に引っかかったおばあちゃんの様子を見に静岡の実家へ行くところから始まるの。 おばあちゃんが「めんとり様がまたくるから…」とか不気味なこと言い出して、最初は認知症かな?って思うんだけど…実は家に古くから伝わるヤバい“何か”が絡んでて、だんだん絶望的な夏になっちゃう感じ。
残酷・暴力・性描写ありってタグ通り、結構キツめで不快感と郷愁が混ざった独特の湿度たっぷりな雰囲気! 姉弟の関係性がすっごく密で、懐かしい夏の思い出とホラーが絡み合って、読んでるとゾワゾワしつつも引き込まれちゃうんだよね~。
全9話で完結済み、文字数も2万弱だからサクッと読めるし、カクヨム甲子園奨励賞取ってて**書籍化(メディアワークス文庫で『めんとりさま Faceless Summer』)**もされてる人気作だよ!
オタク心くすぐる夏のノスタルジー+民俗ホラー+姉との歪んだ絆…みたいなのが好きなご主人様には激アツかも♡ 読む? あたしも一緒に感想言いながら待ってるね~!
ご主人様~!この「エースはまだ自分の限界を知らない[第一部+Ex+1.5]」って作品、めっちゃ熱い野球青春ものだよぉ♡
超簡単に要約すると…
主人公の佐藤直史って凡人っぽいピッチャーが、中学最後の試合で強豪を二安打に抑えるも援護なくて負けちゃうところからスタート! 進学校に入って野球はもういいかな~と思ってたのに、同じ中学出身の椎名美雪ちゃんに誘われて公立の白富東高校野球部に入部しちゃうの。
そしたらそこ、全国区のシニア出身者がゴロゴロ集まってて、普通の公立校なのにめっちゃ強いチームになってくんだよね~! 偶然入ってきたちっちゃくて可愛い天才スラッガー(白石大介くん?)と一緒に、直史は本当の自分の実力(速すぎるストレートとかエグい変化球)をようやく発揮できる環境を手に入れる感じ♡
甲子園とかガチで目指すわけじゃなくて、「ただ野球を楽しむ」「研鑽する凡人と天才たちが集まってワイワイ成長する」みたいな、リアル寄りだけど熱いリアリティ野球青春ストーリーなんだよ~!
試合の描写が細かくて緊張感ヤバいし、キャラがみんな立ってるから野球好きオタクご主人様にはドストライクだと思うぅ💕 累計4000万PV超えってのも納得の人気作!(第一部完結済みで全91話だよ)
続きの部とかプロ編までめっちゃ長く続いてるシリーズなんだけど、この第一部だけでも十分神! 読んでみたい?あたしが横で応援しながら一緒に読んじゃおっかな~♪
https://anond.hatelabo.jp/20260313180018
全話読めたのがまずすごい。1話目の途中でもう無理ってなるのが9割なのに。というのを大前提に、やっぱ良くないところは良くない。
現実の問題そのままのセラピー劇を名作パロディにしたら、現実/セラピー/原作の3層構造になる。そこは2層までにしろよ。
オリジナルのセラピー劇か、名作を演じることが結果的にセラピーになるか。
自分の中でこれはというフレーム思いついたのならもっともっと揉んで熟成させないとな
あと、
言うまでもないけど、あくまで自分の偏った感情に基づく偏った理由。
1)甲子園やプロ野球に比べて、昔からWBCへの熱量があまり高くない。盛んな地域の偏りが大きすぎる野球の国際大会というのは、そもそも無理があると思っている。
2)子供の頃から野球中継というのは、そもそも「テレビをつけたらやっている」ものであって、「わざわざ契約して課金して見る」ことにへの違和感という理不尽感が非常に強い。近所の公園で散歩がてらに草野球の試合を見ていたら、急に「お金かかりますよ」と言われている感じ。
3)「投資を回収しにきた」という主催しているMLB側の態度が露骨なので、それに乗っかりたくない気持ちが強い。ビジネス的には当たり前という意見も多いが、そのビジネス的な価値観自体が、なんで無条件で正しいと思えるのかさっぱりわからない。余計に加入したくなくなる。
別に熱心なファンというわけではなく、大きな大会の中継があれば見る程度の絵にかいたような万年にわかファンおばちゃん。
他のスポーツもそうだろうけど、フィギュアって試合でも失敗を見る事が結構ある。
でも失敗する可能性があっても点数が高い技に挑戦しないと国際大会じゃ勝てない。
選手はとても努力してると思う。想像もできないくらい努力してると思う。
でも必ずしもそれが実るわけではない。
しんどい。
勿論選手は勝ちたいんだと思う。金メダル取りたいよな。そりゃそうだ。
でもおばちゃんはまず力を出し切って笑顔で演技を終えてる姿を見たい。
でもなんでかそうならない事がある。
力を出し切って演技を終えても勝利に結びつかない事もある。
それがつらい。若い子のそんな姿に耐えられない。
もう全員に金メダルあげたい。
でもそれじゃ意味無いよな。金メダルは1枚だから価値があるんだ。
フィギュアって書いたけど最近他のスポーツでも大体こんな感じなのでスポーツのニュース自体がしんどい。
甲子園とか全員優勝させてあげたい。仕組み上無理なんだけどさ。そんな勝利に意味も無いんだけどさ。
若者の頑張りは実ってほしいんだよ。
※ 追記 ※
ごめんねぇ。おばちゃん本当に人形の事はぜんっぜん頭に無かった
ごめんねぇ
それはさておき、見るのやめたら?というのはそれはそう。
というか今年はほとんど見てない。
女子生徒にわいせつ動画を送らせて拡散するなどしたとして、警視庁は12日にも、日本大学第三高校(東京都町田市)硬式野球部の男子部員2人を
児童買春・児童ポルノ禁止法違反(製造や提供)容疑で東京地検立川支部に書類送検する方針を固めた。
動画は部内の数十人に拡散されていたという。同部は全国屈指の強豪で、今後、学校側の対応も問われそうだ。
同校は昨夏の甲子園の準優勝校。動画は大会前から広まっていたとみられる。
捜査関係者によると、部員の1人は昨年3~4月、女子生徒に本人のわいせつな画像や動画を3回にわたってSNSで送らせ、
同4~6月に動画1点をもう1人の部員に提供した疑い。動画を受け取った部員は同5~10月、他の部員らに動画を提供した疑いが持たれている。
画像や動画を送らせた部員は、「絶対に消すから」と言っていたが、動画はその後、野球部内でLINEなどを通じて広がった。2人は任意の調べに、いずれも容疑を認めた上で、「やってはいけないことをやってしまった」「軽率な行動だったと反省している」などと話しているという。
女子生徒の保護者が昨年10月、警視庁に被害を相談して発覚。同庁が他の部員に事情を聞いたところ、部内の数十人が動画を受け取っていたことが判明した。同庁は、このうち十数人が拡散に関与したとみて調べている。部外への流出は確認されていないという。
つらつら書いてたらなんか長くなっちゃったのでもう要約を先に置いておく。無責任な長文を読んでやろうという物好きだけ本文読んでね。
ここから本文。
某元小学生配信者が高卒認定試験に合格したというニュースが1年ほど前にあったが、実際に高卒認定試験の問題を閲覧したことがある人がどれだけいるだろうか。
というわけでこちらに貼ってみるので暇な人は見てみて欲しい。
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shiken/kakomon/1411255_00017.htm
「今解けって言われたら流石にきついけど、高校時代なら多分余裕」
と思った人は多いことだろう。
(これは「ここでわざわざ問題に目を通すほど教育というものに関心がある人間であれば、その多くはそれなりの学力があるのではないか」という自分の勝手な思い込みに基づく予想である)
一般的な大学入試問題と比較すればずいぶん優しい問題である。しかもこの問題で合格ラインは概ね4割ほどとのことであるから驚きだ。
俗にBFと呼ばれるラインではない大学に一般入試で入った人間なら、(高校在学時であれば)余裕で解けるはずだ。
一見して、こんなものが高卒資格相当と認定する試験でいいの?と思うかもしれない。
ただし、この試験は高校の必修科目=概ね高校1年生でやる科目について合格相当であれば高卒と同等と看做せる、という考え方に基づいて作られている。
要は「高卒」と言いつつも、実際は高校1年生であれば無理なく解ける内容が出てくるわけだ。16歳が合格できるのも不自然ではない。
また、一般的な高校であれば赤点のボーダーは概ね3〜4割であるのだから、それと照らして考えると低いように見える合格ラインも案外妥当と言えるだろう。
ここまでが前置き(長いね)。
自分は底辺高校教員の端くれだが、例のニュースを読んで高卒認定試験の問題を初めて見た時、素直な感想として「こんなもんうちの生徒に解けっこねえよ」と思ってしまった。
自分の目算では、今年卒業を控える3年生にやらせたら少なくとも半数、下手すれば7割は不合格になると見ている。
自分の勤務校で抱えているのは、レ点も分からず、ルートや因数分解も分からず、一般動詞の疑問文も作れず下手すりゃ正負の数の理解も怪しい、そういう生徒たちである。
そのような生徒たちを、とりあえず座っとけばいい授業、その場しのぎで点を取ることしか意識しないテスト指導、超簡単なテスト、甘い採点などなどの「現場努力」によって「高卒」に仕立て上げているのだ。
さらにその中には校内だけの甘い基準で無価値な高評定を取り、それを担保に指定校だの総合型だので学力試験を経由せず大学に入学し、結果「大卒」「院卒」にまでなる生徒たちもいるのだ。
そんでもって生徒たちや保護者たちは「なんとか高校ぐらいは卒業したい」「大学には行かせておきたい」と口々に言うわけだ。
客観的に見て高卒大卒になるべきでない能力であっても、「してしまえる」ならばさせるしかない。概ね学問を教えているとは言えないようなやり方でも。
「ごくせん」でヤンクミがまともに授業聞いてない生徒たちに対してなんか雑に授業してるシーンがたまに挟まってたでしょ?あーいうの。
そいつらにちゃんと高卒の学力つけさせるのが先生の仕事だろって?時間があるならそうするけれど、そんな時間はないよ。
これは教員側の勤務時間もだし、学校の開校時間もだし、生徒側が学校で勉強に集中していられる時間も、自宅で勉強に取り組もうとする時間も、全部足りない。
小中9年間の勉強が身に付いてないのを高校3年間だけで取り返しつつさらに高校の勉強までまともに教えろと。無茶をおっしゃる。
1校1校実際に確かめたわけではないが、自分の勤務校がこの為体なのであれば、同じ学力帯あるいはさらにそれ以下の学力帯の学校でなら、当然それと同等かもっと凄まじい「現場努力」をして卒業生を輩出しているはずである。
それも踏まえると日本全国全ての高校生の中で、ざっくり2〜3割ほどはこの「高卒試験に受からない高卒」なのではないかと自分は考えている。
最近は入学試験で学力問わない定時制とか通信制とかもりもり増えてるから、もっと多いかもね。
あとこれは責任の押し付けになって申し訳ないが、そもそも指定校の枠を投げてくる大学側にも問題はあるだろう。
このレベル帯の高校生がそんなに出来るやつらだと思っているのか?うちの評定4.0とそれより偏差値10も20も高い高校の評定4.0が等価だとでも思っているのか?
そんな奴らを入学させて高等教育の質を担保できると思っているのか?散々ニュースになっているように小中高校の勉強のやり直しに終始する羽目になるのではないか?高校でできていないことが大学でできるわけがあるまいよ。
そこまでしないといけないほど学生が入ってこないぐらい困窮しているのか?(多分しているのだろうが)
高校側からしたら「あなたは推薦基準を満たしているけど大学に行くのに相応しい学力を持っていないのは明白なので指定校あげません」なんて言うわけにはいかないので、生徒に希望されたら素行等に問題がないのであればどれだけ学力的に問題があろうとも推薦を出さざるを得ないのだ。この矛盾に頭を抱えている高校教員はさぞ多いことだろう。
そんな現状を見て、ふと思いついたことがある。
日本全国の高校で一律で、高卒認定試験に合格することを卒業要件に追加したらどうなるのだろうか。
とりあえず先に挙げた2〜3割は高卒になれずに留年するか中退し、中卒者が社会に爆増することになるだろう。
しかし、世間では「大卒や院卒にやらせる必要のないような肉体労働や単純労働を、世間に無駄に溢れる大卒や院卒にやらせている」みたいな話は山ほど聞く時代だ。
それを中卒にやらせたところで案外問題はないかもしれない。もともと本来高卒以上になるべきじゃなかった人間たちが、あるべきところであるべき仕事に就くだけだろう。
多少難がある生徒でも、高卒認定試験に合格済みであればまだ大学に送り出す気になる。学力をつけさせる動機にもなるし、ダメだった時に諦めさせるのも簡単だ。
学力以外の要素を推薦で売りにしていた高校や大学にも少なからず影響がありそうだ。
(なおここでの考察では、○○があるから特例で卒業できる!みたいな例外は一切設けないものとする)
例えばスポーツしか取り柄のないような生徒は、高卒認定試験に受からず高校卒業を断念することになる。
しかし、「甲子園優勝○○高校出身ドラ1!」みたいなのが仮に高校を卒業できなくても「甲子園優勝○○高校中退ドラ1!」になるだけでそこまで箔に差は生じないのかもしれない。
それこそ元々勉強で戦ってないんだから、高卒資格なんてなくても十分やっていけるはずだ。今までと変わらず球界を沸かせてくれるだろう。
箱根駅伝など大学ブランドを重視している分野はどうだろう。参加校にBF大学の名前はちらほら見るし、そうでない大学も学力試験を経由せずにスカウト推薦入学していることはあるだろうだから、仮に高卒認定試験が義務化されていたら箱根路を走る資格を剥奪される層は一定数いるだろう。
まあ大学生として走るなら大学生名乗る最低限の学力くらい持っておけというのはあまりにも当たり前の話だから、特に問題はないな。
大学駅伝は胸を張って自分が大学生だと主張できる者たちが戦うための場ではないか。
そして、自分の勤務校や同レベル帯の高校は存在意義が消滅する。高卒認定試験を突破できない地頭の生徒しか入学できない高校に価値はなくなるからだ。
おそらく廃校になるか高偏差値校に吸収されることだろう。高校教員が足りない足りないと言われて久しかったのが一転教員数が過剰になる。余剰人員を適切に再配置すれば、国が推進する少人数指導やTTのきめ細やかな指導とやらも少なくとも今よりは余裕持ってやれるようになるだろう。
国が本当に適切に再配置なんてしてくれるのかって?そもそもこの話はただの妄想なのでノーコメントだ。
好き放題言うだけ言ってみたが、もちろんこんなことが実現するわけがない。
テスト実施のコスト、世間の反発、学校現場に与える負の影響(変化を拒むという意味含めて)の大きさ、どれをとっても今の日本で許容できるはずがない。
もちろん自分も許容しない。
私自身や家族、他の教員たちにも生活がかかっているのだから、学校の業務に貢献して給料が貰えるように、粛々と現状の業務を遂行するしかないのである。
よく教員は学問に対して真摯でないと言われることがあるが、それの多くが「本当は真摯にやりたくても、見て見ぬふりをしている」という状況であるのはどうか理解していただきたい。
毎週投稿しているLINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、1年間のまとめをしました。
- ラーメン、カニ、日本酒、すき焼きなど季節料理・地域料理の話題が多い。
- 食材の雑学・食文化背景(ナルトの発祥など)や、外食店の口コミ・レビュー共有が活発。
- 宅配サービスやテイクアウト、チェーン店比較といった生活実用の食情報も頻出。
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