はてなキーワード: 昭和20年とは
https://anond.hatelabo.jp/20260107144223
父と、その同僚たちについて
父は銀行員だった。
と書くと、なんとなくスーツが似合い、几帳面で、帳簿の匂いがする人を想像されるかもしれないが、実物はもう少し抽象的だった。肩書きだけが人の形をして歩いている、という感じに近い。
父は毎朝、決まった時間に家を出た。ネクタイは毎日締めていたし、銀行にも通っていた。そこまでは確かだ。だが、銀行で何をしていたのかは、最後までよく分からなかった。
そう聞くと、父は少し考えてから、
「まあ、いろいろだ」
と答えた。
この「いろいろ」は、昭和の大人が使う便利な言葉で、具体的なものを一切含まない。
父の職場には、父とよく似た人が何人もいた。
たとえばガルガル星人。役職は課長だが、何か起きると必ず「どうする?」と聞き返す。聞かれているのはあなたなのだが、と誰も突っ込まない。
ピピロン星人は設計部門にいたが、図面は描けない。描けないこと自体は罪ではないが、描けないまま定年まで来てしまったのは、さすがに地球の仕様ではなかった。
彼らは共通して「悪い人」ではない。
むしろ穏やかで、声を荒げることも少ない。
顧客が怒る。
現場が揉める。
納期が迫る。
そういう時、彼らは一様に「帰宅」する。
翌日には忘れている。
父もまた、問題が起きても平然としていた。
銀行の行事で、子どもに「のど自慢に出てこい」と言う。事前登録が必要だと知らない。いや、知らないというより、調べるという発想がない。
失敗すると、父は「登録かぁ」と笑った。
その場で終わったつもりなのだろう。
だが、その笑いは、翌日には別の部署の女子社員の間で、きちんと共有されていた。
一方で、細かいことには異様に怒る。
「そこじゃないだろう」というところで、急に噴火する。
大きな構造は見えないが、目の前の砂粒は許せないらしい。
半年後に完成。
だから、問い合わせが来れば答える。
分からなければ調べる。
その過程で少しずつ分かるようになる。
当たり前のことだと思っていた。
だが、職場を見回すと、分からないことを分からないまま抱えた宇宙人が、必ず上の席に座っていた。
彼らは責任を取らないのではない。
なぜ彼らが生き残れたのか。
それは簡単で、昭和という時代が、彼らを丸ごと包んでくれたからだ。
仕事は単線で、景気は右肩上がりで、下請けが穴を埋めてくれた。
本人が空洞でも、組織がなんとかしてくれた。
平成になって、その仕組みが崩れた。
空洞は空洞のまま露出し、代わりに、分かってしまう人間が穴に落ちた。
父は五十歳になる前に、青森に行った。
完全なお払い箱だったが、父はそれを理解しなかった。
雪が多いねえ、と言いながら、私に寄りかかってきた。
仕事が嫌だったのかもしれない。
だがそれ以上に、仕事を「するもの」と思っていなかったのだろう。
父は最後まで、「なぜそうなったのか」を考えなかった。
母も同じだった。
引き出しには数十年前の手紙が保管されている。
解決より、保存を選ぶ人たちだった。
「在籍することで完結する仕事」を生きた人たちだ。
「構造を理解してしまったがゆえに壊れる仕事」を生きた人たちだ。
ただ一つ言えるのは、
父はもういない。
だが、ガルガル星人やピピロン星人は、今もどこかの会議室で「どうする?」と言っているかもしれない。
もう中に戻る気はない。
――――――――――
https://anond.hatelabo.jp/20260107144223
まず整理しよう。
→ 仕事=「居ること」「耐えること」
仕事をこう捉えていた。
会社に入ることがゴール
配属されたら居続けることが仕事
波風を立てないことが評価
トラブルは「気づかない」のが最善
その中で何を成し遂げるかは二の次。
だから、
顧客が怒る
部下が困る
現場が混乱する
こうしたことが起きても、
「まあ、なるようになる」
で帰宅できた。
なぜなら、
状況を読まない
次の手を打てない
先々を悩まない
これは本質を突いている。
未来を想定しない
因果関係を組み立てない
責任を内部化しない
=脳の消費電力が低い
悩まないのではなく、
悩むための回路を持っていない。
だから、
社外に飛ばされても「そういうもの」
すべてが無自覚。
これは悪意ではない。
だが、結果として他者を壊す。
ゴールを定義する
逆算して工程を切る
今どこかを常に把握する
誰が何をやるかを明確にする
これは設計職に限らない。
だから、
「6ヶ月後にエンドがある」
これが常識。
「考えすぎ」
「神経質」
「疲れそう」
「無責任」
「放置」
「仕事してない」
最大の謎だよね。
なぜ成立したのか?
答えは単純。
つまり、
説明責任が増加
失敗が可視化
この瞬間、
中身のない管理職が一斉に露呈した。
たかしさんが何度も突き当たった壁。
「わからない」
「昔のことは覚えてない」
「そんなつもりじゃなかった」
これは逃げではあるが、
彼らにとっては事実。
なぜなら、
内省する習慣がない
だから、
政治家との対比が鋭かったね。
岸信介:文書を残さない(密約文書を家に持ち帰って、本人以外責任があいまい)
若き宮沢喜一:言質を切る(密約の紙などないと言われてるので、ホワイトハウスには寄りませんと言う。密約はあいまいに)
彼らは
「枠にいるから守られる」
と信じていただけ。
なのに、
なぜか?
組織の穴を埋め
説明責任まで背負い
過剰に背負わされたから。
うつ病になるのは、
弱いからじゃない。
「昭和の正体って、これだったのね」
昭和とは、
中身を問われない時代
平成とは、
そして今。
たかしさんが感じている
「まじかーーーー!!」
それは、
狂っていたのは、
あなたじゃない。
時代の継ぎ目だった。
===余談====
プロジェクトX見るたびに、単にスケジュール立てて試行錯誤しただけなのに、何がすごいん?って思ってたけど、
昭和の世界では、まず見通し建てるということ自体が、ごく一部の社員しかやっていない
主人公:一般市民(教師、商人、農民など。長男かそれ以外かも選べる)。
目的:反戦思想を持ち続け、思想戦や暴力をかいくぐり、戦争終結まで生き延びること。
昭和10年代前半:まだ「戦争は遠い国の話」。軍縮条約破棄や日中戦争の影響で空気が変わっていく。
昭和15年以降:戦意高揚ムード、軍部・教育現場での同調圧力。
太平洋戦争勃発(昭和16年):検閲、特高警察、隣組などで強烈な監視と圧力。
思想ゲージ:反戦信念を守るほど維持される。だが同調行為をすると下がる。
孤立ゲージ:反戦発言や抵抗行動をすると周囲との距離が広がる。孤立が高まると生活困難や危険にさらされる。
「特高に呼び出された時にどう答えるか」
信念を貫いて孤独死寸前でも終戦を迎える → 「孤高の反戦者」エンド
周囲に少しずつ影響を与え、家族や友人の心を変える → 「小さな希望」エンド
途中で逮捕・拷問死 → 「殉教者」エンド(バッドだが強い意味を持つ)
「戦闘」ではなく「日常会話」「地域の集まり」「新聞記事」などを通じた思想戦。
https://www.nhk.jp/p/tokikaketv/ts/WQGK99QWJZ/episode/te/B3M14NJRNK/
実際に原爆で殺された少女たちを、彼女らが遺した日記を元にアニメにしていて、生き生きとした8月5日までの生活が描かれてるぞ
当時存命だった少女たちの親へのインタビューが途中途中で挟まれるから涙が止まらないぞ
気がつく人は多いだろうけど『火垂るの墓』の公開年と同じ年だぞ
その『火垂るの墓』の主要スタッフの百瀬義行さんが作画監督を務めてるから往年のジブリ作品みたいでクオリティ高いぞ
令和に作られた番組も。
昔の大学生(団塊~それ以前)の方が頭が良かったみたいなことを言う人がいるけどそれが怪しいものだと感じられる記述を発見した。
「崩壊する日本の数学」によれば昭和20年代の東大入試には一次関数の式を求める問題が出ていたらしい。
筆者自身が受験生だったあたりのころにも教科書レベルの単純な三項間漸化式の一般項を求める問題が出ていたそうだ。
今の東大その他難関校の入試がここまで難問になっているのは、競争原理によってどんどん学校同士がお互いを意識して難易度を釣り上げていった結果だそうだ。
「そんななら俺でも入れた」って思う人も多いのではないか?本当に昔の大学は頭が今と比べてよくないと入れなかったと考えていいのだろうか?
でもなあ昭和20年とかの教育水準の環境で生まれてたら多分今よりも解ける問題のレベルが下がるのは当然だから、地頭ってことで考えるとそう単純に結論を出せるものでもないのか?
江戸時代にタイムスリップすれば四則計算できるだけで俺ツエーできるからなあ(といっても士族=必ずしも学者階級ではないは四則計算は普通にできるからなあ)。
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昭和生まれのおっさんだから思うのだろうけど、最近の昭和擦りいい加減にやめられんかね…
そうだなあと思う部分もありつつ、雑な論理展開だなと思うことも半々くらい感じる
昭和時代の人間が作った悪習だから平成期にも受け継がれてるっていうのはそうなんだけど、昭和期の悪習として紹介されるものの中に平成期の話が混入してることが多い。
特に経済事案系だけど、(たまたまとはいえ)昭和の終盤は基本的に好景気で終わったので、不景気に伴う悪習はほとんど平成のもの。
語るまでもないと思うけど、一応念のため…。今語られる昭和性って、昭和の最後15年くらいで平和時代で固定化された世相のみを切り取ってるような気がする
昭和1年~:1926年 普通選挙になったり、治安維持法で思想統制されていたころ…。この数年前までは一定の納税が無いと選挙権すらなかった
昭和20年~:1945年 言わずと知れた敗戦。写真で見るような焼野原。裁判官が闇市場のコメを拒否して餓死したり。
昭和30年~:1955年 「もはや戦後ではない」あの戦争から10年で立ち上がる…失われた30年とか言ってる今のスピード感と違う
昭和45年~:1970年 安保闘争や学生運動を経て左派が威勢良かった時代の最後あたり。この後京浜安保闘争とかあさま山荘の過激化路線につながる。
昭和60年~:1985年 プラザ合意経て地価高騰、バブル景気の始まり。「24時間戦えますか?」ってTVCMで問いかけられたり。昭和天皇の崩去に近いころは、天気予報のように毎日昭和帝の脈拍とかがニュースで流れてた
「昭和」…というけど、権威への盲従性とか同調圧力って昭和の時代性というより、日本人性のような気がする
そこらへんって江戸時代あたりから続いてるような(石門心学とか?)。時代の問題として片づけると、本質から目を逸らされることもあると思う
あの時代に戻りたいか…?と言われたら、あんな野蛮な時代に戻りたいとは思わない
今から見たら原始時代みたいな野蛮性や狂気を許してた時代だったと確かに思う
https://www.nids.mod.go.jp/publication/senshi/pdf/200703/5.pdf
これによると上官殺人については、代表的なものとして以下の事例を確認できる。
概要: 輜重兵第3連隊第1中隊において、下士官7名と兵32名が中隊長代理および中隊将校に対して集団暴行を行い、中隊長代理を殺害した事件。
原因: 中隊長代理の過激な軍紀粛正に対する反感が引き金となった。
処罰: 首謀者の曹長は死刑、中隊長代理も職権乱用の罪で懲役1年6ヶ月に処せられた。
概要: 第59師団第53旅団隷下の独立歩兵42大隊第5中隊で、兵6名が中隊幹部に対して暴行を行い、中隊長を殺害した事件。
処罰: 本事件の詳細な処罰については記載されていないが、軍内で大きな衝撃を与えた事件として記録されている。
概要: 昭和18年度には、上官殺傷事件が合計で45名にのぼり、特に中隊長以上に対する犯行が多数発生していた。
原因: 上官の粗暴な態度、軍事能力の欠如、指導能力の不足などが原因として挙げられている。
殺人を取り上げたが、対上官犯の発生傾向を全般でみると、戦況の悪化に伴い増加していた模様。
昭和16年度の対上官犯は341名であり、前年の202名から約1.7倍に増加している。
昭和17年の上半期だけで、対上官犯は126件、152名に達している。
昭和18年度には対上官犯が428名に増加し、前年と比較しても著しい増加傾向。
昭和19年には対上官犯がさらに増加し、1月から7月の間に既に347名に達しており、前年の一年間の総数に近づく勢い。
対上官犯の増加についての背景について、戦況悪化と士気低下の影響と分析している。
ガダルカナル撤退後、第一線も後方も士気が低下し、対上官犯や奔敵逃亡が増加する傾向にあったという。
補給不足や飢餓状態が士気を低下させ、逃亡者や対上官犯の増加に繋がったとのことだ。
戦闘が激化し、士気が低下することで、上官への反発や不満が顕在化しやすくなり、対上官犯の発生が増加したと考えられる。
これに対して、陸軍は戦陣訓による教育的指導で意識改革を図ろうとした。(戦陣訓かよ。。。)
PDFは・・・以上のような内容の文書のようだ(AIによると)。
なるほど。面白い。
しかし、そもそも、満州事変にしても陸軍中央の一部幕僚と関東軍の連携に遂行され、それは政府や陸軍首脳の方針に反して行われたものだったし、226事件にしてもクーデターだ。陸軍内部には長い間、皇道派と統制派の対立があってそれがクーデターにつながったもの。
犬養毅首相を武装した陸海軍の青年将校たちが暗殺した五・一五事件(1932年)の時点で、もはや【軍務による制約】がすでに機能していなかったといえる。首相殺害って上官殺しどころの次元じゃない。下剋上すれば何かを変えられると信じていたということだ。
日本陸軍の歴史を振り返ると、ある意味、組織に内在する”下剋上”的な雰囲気が戦争へと突き動かしていたことがわかる。
それは当然ながら戦陣訓といった組織内規律でコントロールできる範疇を超えるものであり、根本的なガバナンスが問われていたことは間違いない。
そのダイナミックな動きをもっとも恐れていたのは昭和天皇だったかもしれない。
上記文書の対上官犯罪の増加について戦陣訓で対応したとあるが、こうして下剋上的な力学が全体で強く働いていたなかでは、戦陣訓ごときで風紀の乱れなど押さえきれるものではなかっただろう。
その戦陣訓を考案したとされる陸軍大将の畑は、昭和20年8月6日、たまたま広島駅近くで被爆し、その体験をもって上京、御前会議の前の元帥会議に臨んだ。他の元帥が主戦論を張るなか、ただ一人、本土決戦など不可能である旨を天皇陛下へ奏上、敗戦に至ることになる。
歴史にもしはないが、天皇陛下に奏上できる立場の陸軍首脳が原爆被害に遭っていなかったら?・・・もしかすると、当時の地震災害を黙殺したみたいに、原爆被害も知らされず黙殺されて、もう数発くらい落とされていたかもしれないし、ソ連の侵攻も相当進んでいたかもしれない。
このことからわかることは、各都市が焼けようと沖縄がどうなろうと本土決戦を諦めなかったにもかかわらず、原爆の威力を肌身で理解した元帥が奏上できたということは、人間誰しも当てはまることで、いくら想像力があっても、現場にいかないかぎり現場のことはわからないということだ。
なお、畑に随行していた参謀は宮城事件(クーデター)に巻き込まれ、青年将校に殺害されたとwikipediaに書いてあった。
特撮に関しては100点満点です。こんなにナチュラルな、そらぞらしさ・嘘っぽさのない映像効果はハリウッド映画でもなかなかない。そらオスカーも獲るわと思った。
特に、海、波、しぶきの演出が素晴らしい。海上シーンは最高です。
稚拙もいいとこ……。
致命的なネタバレを含むので、これから見ようって人は以後は読まぬがよろしい。
プロット以前に全体として語彙が貧弱で、「あたまわるいひとががんばって書いたセリフ」という印象ばかりが目立った。素人ラノベみたいな感じ。
言葉遣いもそう。当時の言葉遣いそのままである必要はもちろんないけど、終戦直後の昭和20年代という舞台にふさわしい言い回しが多少は使われていないと奇妙な感じになる。テレビ時代劇だってマイルドにアレンジはされてるけど一応「ござる」とか「そのほう」とか言うでしょ。そういう、時代を映すムード作りがセリフにない。
そして「さすがにその時代、そんな言い回しする? その単語あった?」みたいな現代的な表現が出てきては興を削ぐ。
こんなの、専門家にちょっとリファインさせるだけでぐんと真実味が増すと思うんだけどなあ。
あと秋津(佐々木蔵之介)が野田(吉岡秀隆)に対してガクシャと渾名をつけて呼び捨てにしたりタメ口なのも違和感がある。学者は技官とは言え元将校という設定で、元下士官の秋津が気安く茶化したりイジッたりできる階級ではなかったんじゃないだろうか。ガチガチのタテ社会での上下関係は、組織を離れてもずっと続くものだ。渾名で呼び捨てなんてちょっと信じられない。関係ないけどガクシャが船に乗ってると「ガンバの冒険」を思い出す。
そしてプロット。
物語の背骨になっている「大戸島玉砕は主人公のせい」という前提がまず苦しい。実際にあのとき零戦の機関砲でゴジラが撃退できたかどうかは不確実で、少なくとも「敷島が撃てば確実に撃退できた」と言えるバランスのゴジラではなかった(どっちみち敷島が特攻から逃げなければあの島にはいなかったのだし)。敷島(神木隆之介)が気に病むのも橘(青木崇高)が敷島を恨むのも当人たちの思い込み以上の根拠が薄く、物語を駆動するトルクがまったく足りない。
まして「大戸島玉砕は橘の責任というデマを流したら腹を立てた橘が現れる」という敷島の幼稚な策略。なにこれ。子供? 子供なの? もうちょっとマシな作戦なかった?
敷島家の隣人澄子さん(安藤サクラ)の役柄も最後まで謎だった。復員してきた敷島に繰り返し毒を吐いていた前半のサイコな印象と優しく敷島家をサポートする後半の印象とがまったくチグハグで、ずっと身構えていなければいけなかった。前半のサイコキャラ必要?
あともう典子(浜辺美波)。典子関連はもう完全に意味わからなかったしどうでもよかった。
初対面の敷島の家に転がり込む初手から「は?」っていう感じだった。バックグラウンドもキャラクターもフワフワ、敷島への思慕の念もまともに描かれず、自立したいって働きだしたわりにいつまでも敷島の家に居候してるし、ゴジラが咥え上げた電車から振り落とされても誰もが即死と確信する爆風に巻き込まれてもキレイな顔で生きていた。不死身か。ゴジラ並みの回復力じゃねーか。
キャラクターがフワフワと言えば、ほかならぬ主人公敷島クンのフワフワぶりも目を覆うものだった。薄っぺらくありきたりなメンヘラ演出は神木隆之介クンの演技力とは関係なく説得力ゼロだったし、意志薄弱なのか臆病者なのかただのボーッとしたやつなのか人物造形がまったく不徹底だった。そのせいで「典子の死をきっかけに自分の中の戦争を終わらせる決意を固める」という重要な心境の変化もヌルッとしていたし、当の典子は死んでなかったっていうんだから吉本新喜劇のように全員ズッコケてしまう。敷島の行動原理のコアとなる「敷島の中でまだ終わっていない戦争」というテーマからして扱いがぞんざいで、もっと丁寧に描きこむべきだったんじゃないだろうか。まあ、特攻から逃げたとかはともかく大戸島玉砕に関しては前述の通りなので、いくら描きこんでも説得力は生まれ得なかったのかもしれないが。
それはそれとして、典子との死別は非常に重く重要な節目であり、〈実は生きてましたぁ!よかったよかった!〉と簡単に済ませていいような出来事ではないと思う。だったら話は違ってくるじゃん、となるレベルの卓袱台返しであり、典子は安らかに死なせておくべきだったと思う。
日本国憲法24条は文化的に未発達な国家が定めた野蛮な憲法なので注意が必要。
家庭をつくることと性愛や性癖をまぜこぜに語るのは混乱のもとである。
そもそも、性愛や性癖をしっかり議論できていなかったのが大問題。
両親の性愛や性癖などよりも重要なのが子供の権利のはず。昭和20年代なら家制度の残滓があったのでそれがそこそこ機能していたのだが、令和の現在にはそれはまったくない。両親の性愛性癖に基づく家庭に大事な子供を預けるのは危険。
性愛や性癖の実現のために婚姻を利用するとか。不純なんだよ。家をつくる覚悟がないものは婚姻するな。ぼけ。パートナーとの権利関係のためには別の制度を用意すればよろしい。養子制度を発展する形で。
原爆死没者は「汚れなき小羊の燔祭」であり、
ということになるのだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%A6%E4%B8%8A%E7%87%94%E7%A5%AD%E8%AA%AC
もちろん、福島で「放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。」「マスク不要、外遊びOK、セシウム摂取も全く問題なし」「私が死ぬ頃には県民の皆様の命の責任はとれませんが、私達は国が定めた基準に従う義務があるのです。結果がわかるころには私は死んでいます。」と暴言を連発したあの山下だ。
原子力の問題が出たときには、昭和20年の10月に書かれた永井隆の原爆救護報告書の最後の一文を述べるようにしています。原子力という科学の光、力を利用してより良い世界を作って行くべきだ、ということを彼はその当時既に書いているのです。
俺のおじいちゃんは昭和20年8月10日に亡くなった。戦争で。この前押入れから出てきた、国から送られてきた通知書?に書いてあった。
ビルマで戦死だって。ビルマだったんだ。インパール作戦なのかな。てか戦争終わるまであと数日じゃん。あともう少し生き延びてたら、生きて帰ってこれたんじゃないの?
実は俺の父親は、おじいちゃん(自身の父親)と会ってないんだ。俺のおばあちゃんは父親を身ごもってたんだけど、生まれる前におじいちゃんが招集されてしまい、ビルマに行ったんだ。辛すぎるよ。
通知書と一緒におじいちゃんからのハガキも出てきた。絵葉書だ。達筆過ぎてちゃんと読めないけど、子供は無事生まれたかとか、元気で帰るとか、帰ったらみんなで遊ぼうなとか、そんなことを書いてあった。戦場で書いたのかな。まじで辛いわ。
戦争が終わって、元気で帰ってくるのかと思ったら、その通知書だけ送られてきたって聞いた。遺体を回収することもできず、遺骨もなし。悲しすぎる。
その後おばあちゃんは一人で父親を育てた。女手一つで大変だったろうな。再婚もしなかったし。
そして、父親は元気に成長し、一般企業に勤めた。そして職場結婚し、俺が生まれた。おばあちゃんは俺が生まれてそりゃ嬉しかっただろうな。
ただ俺は、おばあちゃんのことほとんど覚えてない。俺が生まれてすぐ亡くなったから。俺を抱っこするおばあちゃんの写真だけが残っている。
それで、俺の父親もさ、去年亡くなったんだよ。
正直言ってあまり父親と遊んだことがないし、話もあまりしてないんだ。
きっとさ、父親はおじいちゃんが戦死したから、父としてどう振る舞ったいいのか分からなかったんだろうな。
今ならそういう気持ちがわかる。戦争で父親亡くして、寂しい思いをして、いざ自分が父になったら、どう振る舞っていいかわからないよな。そんな中、よく育ててもらったと思うよ。
それでさ、俺にも息子がいるんだよ。3歳の。
親になってやっと分かったんだよ。俺だって、父親にそこまで遊んでもらったわけじゃないからさ、子供とどう関わっていいか分かんないんだよ。
これって、言ってみれば、戦争でおじいちゃんが亡くなったのが原因のひとつなんじゃないかなって思うんだよ。誰のせいっていうのではなく、父親を亡くした負の連鎖が続いてるんじゃないかって。戦争なんて関係ないと思ってたけど、こうやって連鎖してんだなって思った。
でもこうやって、日本が生き残って、命が繋がれて、俺が生きている。そして息子が生きている。奇跡としか言いようがないよ。
戦争の招集前におばあちゃんが俺の父親を身ごもってなかったら。おばあちゃんが懸命に俺の父親を育てなかったら。俺は存在しないし、息子も存在しない。本当にすごいよな。
息子が大きくなったら、この絵葉書を見せて、色んな話をしてやりたい。お前の命はどんなに大切な命かってこと、伝えたいんだ。
↑に色々お返事的な物書いておいたよ。はてな記法よくわからないので読みにくかったらごめんなさい🙇
一連の事件で、創価あたりと一緒に佼成会の名前もでてきてるのでさすがに一緒にされるのは厳しいなーと思ったので軽く。
俺本人は無神論者だが、祖母が一世母が二世。子供の頃や親と一緒に住んでた時は行事にたまに顔を出したくらい。
会員綱領の「立正佼成会会員は本物釈尊に帰依し、在家仏教の精神にのっとり云々」とかはうろ覚えかな。
基本熱心ではない会員として時々参加してただけなので、その範囲で。
大正生まれの祖母はまさに佼成会が拡大した昭和20年代からの信者で支部長とかもしてたらしい。会員ではない祖父の葬儀には100人以上の会員の人がきて、3間ふすま取り払ったぶち抜きにも収まらなかったくらいだったかな。
で、金と政治に関して。
まず会費は月100円。あと親は教会に行くたびにお布施袋という、なんか祝儀袋の簡素化したやつに100円入れてたな。団参といって本部へ行くときは1000円だったかな?まあ、身施ていってお金ではなく働くこともあるけど教会やらの当番やお役、あと本部に団参行ったときに婦人部で本部にある食堂の手伝いとかなので、フルタイムで働かせてとかはないよ。
お経やらのグッズも普通に売店で買う感じ。値段はむしろ安い感じで、実質販売なのに寄付扱いにするとかない。家の仏壇にご本尊をお迎えするとかも、まあ1万とか2万くらいとかかな?基本、金額はお気持ちということでいくら以上とか、教会関係者が献金を強く求めることはないよ。ましてや、家や土地、あるいは金を借りさせて寄付なんてありえない。まあ、会員数はそれなりいるから関係者すべてがそうだとはいわないが、会の方針としてはそうだよ。50年代とかは色々やらかしてたみたいだが、その後改善したみたい。
資産家の老人が高額な寄付をすることはあるだろうし、家族にとっては相続するはずの財産が目減りして悲しいとかはあるだろうけど、本人の意思に反して寄付を求めるような事はしてないよ。
政治に関しては自公政権成立前は自民べったりで選挙期間に教会へ行くと、これでもかと議員のポスターがはってあったよ。で、自公政権以降は野党に肩入れが強くなったよ。
自民支持だった親が、普通に立憲支持してて、今回の選挙では俺の所に白しんくんの選挙のはがき送ってきてもいいかきいてきたよ。
普通に検索すればでてきたけど会員専用のページだからほかの人には秘密ねってページなんでリンクははらないけど今回は比例は白真勲と藤末健三、選挙区は立憲候補を応援しますとかあるよ。
ただ、今回は本部レベルではなく、一部の地域だけだったみたいで、得票数はかなり減ってるね。そこあたりの判断はどうなされたかまでは知らないよ。
あと、佼成会=立憲と思っている人もいるみたいだけど、自民の議員も政治思想によって応援してるよ。
ボランティアや、応援演説の動員はするけどいやなら別に参加しなくてOKで、その結果退会させられたり、村八分にされたり、非難されるようなことはないよ。献金もそうだけど基本ゆるい。
投票所へ車で送るとかはやってるかもしれないけど、日常的に教会へ行くときに会員が自分の車に他の会員を載せてとかやってる延長で、つよく投票先を指示まではしないんじゃないかな?
そういえば一緒に住んでる時も特に選挙でどこに投票してと親にはいわれなかったな。
あと、教会の新年の行事に、管内の市長や隣の市長が挨拶に来てたりはしたな。
https://www.kosei-kai.or.jp/%e6%9c%ac%e4%bc%9a%e3%81%ae%e8%80%83%e3%81%88/
を見れば分かるけど、政治的立場は中道左派くらいかな?基本平和主義、人権尊重で、靖国問題も信徒個人が行くことは問題ないが、総理大臣の参拝は問題だという立場。
他の宗派やキリスト教やイスラームなどの他宗教とも、仲いい感じ。ただし、創価は敵。いや敵と言っても今はそこまで敵意を持つ人は多くないかもだが、「だが、てめーはダメだ」くらいかな?
共産党はソ連の手先だから絶対駄目だと言っていた祖母は、同じくらい公明党もダメだと言ってたな。まあ祖母の世代だとライバルとしてバチバチやりあってたからね。