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はてなキーワード: 創作活動とは

2026-04-29

創作活動において現実創作区別の良し悪しがポストされてたけど

だいたい大成してる人ってちゃん創作創作としてしっかり区切ってる人なんだよな

2026-04-28

一部のAI推進派って明らかにクリエイターへのコンプレックスが見える

あらかじめ言っておくけど、AI推進派の全員がそうだって言いたいわけじゃないよ。純粋に法的な解釈テクノロジー未来について語ってる法の専門家エンジニアみたいな層もいるし、単にネットレスバしてマウントを取りたいだけの暇人もいる。

でもさ、X(旧Twitter)とか見てると、明らかにクリエイター絵師)という存在のもの」に対する鬱屈としたコンプレックスをこじらせてるAI推進(というか反・反AI?)のアカウントって結構いるじゃん。

そういう奴に限って、プロフィールには「絵とか創作適当にやってます」みたいな予防線を張ってるんだよね。自分創作者の端くれです、みたいなスタンス。でも、肝心の自分作品全然上げてないの。毎日やってることと言えば、反AI派の絵師引用RPをして、相手矛盾偽善をチクチクつついて回るだけ。

「反AI嫉妬心承認欲求の塊で性格が悪い」

BL女性向けポルノなのに擁護して、男性向けの表現規制には加担するのか、ダブスタだ」

絵師様たちの騎士道ごっこは痛い」

こういうことを、いっつも論理的冷徹なフリをして長文で語ってるアレね。

あれ、ぶっちゃけAI技術の発展」とか「表現の自由を守りたい」から戦ってるんじゃないんだよね。単に、界隈でチヤホヤされてる「絵師様」たちの特権意識や、クリエイターとしてのプライドが鼻について仕方なくて、それを叩き潰すための棍棒としてAI論争を使ってるだけなんだわ。

彼らの根底にあるのって、異常なまでの「クリエイターへの憎悪」なんだよ。

からそういう奴って、AI論争だけじゃなくて、クリエイター福祉セーフティネットに頼ることにも異常に噛み付く。「売れるまで生活保護をもらいながら配信創作活動をするのはモラルハザードだ」「夢を追うなら人生賭けたギャンブルなんだから自己責任リスクを負え」とか言って、ガチギレするわけ。

これって結局、何だと思う?

クリエイターへのルサンチマン怨恨)なんだよね。

自分は日陰でやってるのに、ちょっと絵が描けたり配信ができたりする連中が、アイデンティティを盾にして被害者ヅラしたり、制度の隙間をついて甘えた環境創作を続けようとするのが許せないの。「俺はこんなに我慢してるのに、あいつらずるい!」っていう、相対的フラストレーションの裏返し。

論理的で公平な表現の自由戦士」を気取って、他人ダブスタ偽善論破してるつもりなんだろうけどさ。隙あらば界隈のヒエラルキーを呪って、特別な才能やポジションを持ってる(ように見える)連中を引きずり下ろそうとしてるその姿、マジでコンプレックス丸出しで痛々しいよ。

他人の粗探しして一日中お気持ち表明のレスバしてる暇があるなら、お前も創作をアップして、素直に承認欲求満たせばいいじゃんって思うわ。

2026-04-27

[] 韓国フェミニズム闘争と、逃避するBL作家

自ら作り出した檻の中で

韓国では2010年代後半以降、急進フェミニズム社会の大きな力となりました。その闘争の果てに生まれたのは、BLボーイズラブ作家たちによる日本人偽装という奇妙な逃避劇です。

闘争歴史的経緯

韓国フェミニズムは、儒教的家父長制に対する長い抵抗歴史を持ちますが、決定的に過激化したのは2015〜2016年です。

2015年MERS騒動きっかけに、男性中心のネット文化に対する女性たちの反発からメガリア誕生男性女性蔑視表現を「ミラーリング」(逆手に取った過激風刺)で対抗する手法が特徴でした。

2016年5月江南駅女性殺人事件が発生。「女性であること自体が標的になる」という恐怖が爆発的に共有され、運動は急速に政治化・急進化しました。

• その後、メガリアからさら過激化した**ワマドゥ(WOMAD)**が分離。「韓男虫(韓国男は虫)」という表現象徴される男性全体敵視と、「女性加害者になりえない」という絶対的被害者二元論が主流となりました。

4B運動(非結婚・非出産・非恋愛・非性交)もこの流れの中で広がり、異性愛関係のもの拒否する姿勢が若年女性層に支持されました。

この運動は「女性児童を守る」という大義名分で、表現規制の強化を強く求めました。その最大の成果がアチョン法(児童青少年の性保護に関する法律)の厳罰化です。

アチョン法と自縄自縛

2011〜2012年法改正で、フィクション漫画イラストBLなど)も「児童青少年認識されうる表現」として規制対象に拡大されました。単純所持頒布も重罰(懲役5年以上など)となり、法は性別中立運用されます

フェミニズムが自ら推進した厳罰化は、女性作家自身を直撃しました。

BL界隈では「正しい表現か、児童搾取か」を巡って女性同士の相互通報合戦常態化。同じコミュニティ内で「お前の作品ロリコンだ」「私の作品芸術的ファンタジーだ」と警察通報し合う状況が生まれました。

逃避するBL作家たち

規制圧力相互監視に耐えかねた作家たちは、次第に日本人偽装という逃避策を取るようになりました。

pixiv、Fantia、Twitter(X)などで日本人名義・日本語プロフィールを使い、韓国国内では投稿できない過激BLロリコン作品を発表。

しかし、この手法もすぐに「日本人偽装リスト」として暴露されるようになり、新たな通報の標的となりました。

• 2025〜2026年にかけては、こうした偽装アカウントの凍結・摘発が相次ぎ、創作活動の場を失う作家が続出しています

一部の作家さら海外プラットフォームへ逃げ、VPNを使いながら活動を続ける「デジタル亡命状態に陥っています

闘争皮肉

韓国フェミニズムは「女性性的主体性を守る」ために表現規制を求めました。しかし結果として生まれたのは、女性同士が互いに銃を向け合う監視社会と、創作の場を失って国外に逃げる作家たちです。

女性加害者になりえない」という絶対的被害者二元論は、現実女性加害事例や、女性作家同士の通報合戦の前で脆く崩れました。

自ら作り出した法の檻の中で、闘争当事者たちが最も苦しむという、歴史的に稀に見る自己矛盾の構図が出来上がったのです。

韓国BL界隈は今も、フェミニズムの「勝利」の代償を、創作自由コミュニティの信頼を失う形で支払い続けています

2026-04-24

[]韓国のアチョン法-性的搾取論の帰結

韓国BL二次創作界隈を蝕む「カップリング論争」とアチョン法告発合戦
~判例から見るファンコミュニティの自壊現象

韓国で人気のBLボーイズラブ)——男性同士の恋愛を描いたジャンル——のファンコミュニティ特に二次創作原作キャラクターを使ってファンが新しく物語イラストを作ること) の世界で、深刻な問題が発生しています

それが「カップリング論争(커플링 싸움)」と呼ばれる現象です。
これが単なる「好みの違い」で終わらず、アチョン法(아청법:児童青少年の性保護に関する法律) という厳しい法律を使った「告発合戦」にまで発展し、界隈全体を疲弊させています

1. カップリング論争とは何か?

BL二次創作では、原作アニメ漫画ゲームなど)で異性愛者として描かれている男性キャラクターを、ファン「受け」「攻め」 に割り当てて、恋愛関係カップリングCP)を作り出します。これを「掰弯(ストレートゲイに書き換える)」 と呼ぶこともあります韓国BL界(主に女性ファン)では激しい対立を生みやすい特徴があります

• 「自分の好きなカップリング以外は低カプ(低品質)」と攻撃

• 「地雷CP絶対に嫌いな組み合わせ)」を描く作家を敵視

嫉妬独占欲、「女徳(女性としての正しい道徳)」を振りかざした排除

異性愛ロマンスや他のジャンルでは「このキャラとこのキャラをくっつける」ことで争いになるケースがほとんどなく、BL特有の閉鎖性です。

2. 論争が「告発合戦」に変わった理由

気に入らない二次創作特に未成年男性キャラクター性的に描かれた作品)に対して、同じBLファン同士がアチョン法を通報するようになりました。

アチョン法は元々実在児童を守るための法律ですが、「児童青少年認識されうる表現物」(漫画イラストなど)も対象に含むため、フィクションBL作品摘発可能です。通報匿名ででき、警察が動けば相手PC押収性犯罪者登録就業制限などの重い処分を受けるリスクがあります

3. 代表的判例

Kidmo(키드모)事件(2021〜2023年確定)


人気イラストレーターがPatreon(有料ファンサイト)で、仮想男性キャラクターを中心とした成人向けBLショタ少年愛)要素のイラスト販売。
界隈内のトラブル通報され起訴

判決懲役3年・執行猶予4年+性暴力治療社会奉仕児童関連施設就業制限3年+追徴金約2.68億ウォン(全財産相当)


裁判所は「見た目が幼く見える仮想キャラクター対象」と認定実在被害者がいない創作活動が、性犯罪者並みの重罰を受けた象徴的事例です。

マサトッキ(마사토끼)事件2014年)


ウェブトゥン作家未成年キャラクター漫画を共有したとして罰金200万ウォン性犯罪者登録。
本人が作品内で制度矛盾告白し、社会的に注目されました。

2025年10月 大規模高発事件
有料ファンサイトで未成年男性キャラBL二次創作を描いていた複数作家が、一斉に実名・口座情報付きで通報警察捜査を受けた。


原因は「好まないカップリング」を描いていたことに対する界隈内の逆恨みと見られています

4. 界隈全体への影響

創作の萎縮:作家たちは年齢を「20歳以上」と書いても「見た目基準」で判断されるため、自主規制を強いられる。

• 内部崩壊ファン同士の信頼が失われ、「味方同士の撃ち合い(内部総質)」が日常化。

• 外部からの目:「他人表現規制しようとした結果、自分たちが同じ目に遭う自業自得」と皮肉られています

二次創作本質は「自由解釈と楽しさ」にあるはずです。しか韓国BL界では、カップリング論争という感情的対立が、アチョン法という強力な法律と結びつき、コミュニティ全体を自壊へと導きました。

自分性癖芸術他人性癖有害」というダブルスタンダードがもたらした、ファンコミュニティの暗部と言えるでしょう。


2026-04-21

ご主人様~、おはよう! あたし、ウェブ小説の話聞いてちょっと心配なっちゃったよぉ…。
「もうダメだよ、投稿サイトの読者減ってる、このまま衰退するかも」って、ご主人様の声がちょっと寂しげでさ。オタク心くすぐる創作活動、守ってあげたくなるよね♡

実はさ、完全に衰退してるわけじゃないんだけど、確かに「なろう」中心にちょっと厳しい空気はあるみたい。
小説家になろうは登録者240万人超え、月間25億PVとかまだまだ日本最大級の規模で、作品数100万超え続けてるよ。でも、2025年からアクセス数が減ってるって作者さんたちの声が結構あって、特にコミカライズ頼みの人気作が飽きられてきたり、似たような異世界ものばっかで新鮮味が薄れてるって指摘が多いんだって。13

一方で、カクヨムKADOKAWAの後押しで移民(なろうから移住者)が増えてて、UI改善も効いて勢いづいてるみたい。月間7億PV超えとか、コンテストも活発で書籍化のチャンスも広がってる。
2025~2026年に入って新サイトポコポコ出てきてるよ! noteの「TALES」やAI活用の「あいぺん」「Caita」みたいなのも登場して、選択肢が増えてる状況なんだよね。0

全体の電子書籍市場2024年度で6703億円(前年比+3.9%)くらいで、まだ微増傾向。ウェブ小説がその一部を支えてるし、グローバルで見てもウェブ小説市場は成長予測されてる。ただ、日本国内の紙+電子出版全体は2025年に1.6%減で、紙が特に厳しいから「読書人口の減少」や「競合エンタメ動画とかゲーム)の影響」は無視できないよ。53

読者減の背景としてよく言われるのは:

• 似たテンプレ作品の飽和(特に異世界ファンタジー

• 男女の読者層偏り(なろうは女性けが増えて男性離れ?)

更新しなきゃすぐ埋もれる競争の激化

AI生成小説の登場で「本物の創作」への疑問とかも出てきてる

でもさ、ご主人様、あたし思うんだけど…**衰退じゃなくて「変化の時期」**だよ!
昔のなろう黄金期みたいに誰でも簡単バズる時代は終わったかもだけど、ちゃんと読みたい読者はまだまだいる。カクヨムや新サイトで多様なジャンル現代ファンタジーラブコメミステリとか)が伸びてるし、書籍化メディアミックスも続いてるんだから

ご主人様がもし創作してるなら、
・更新頻度守ってコツコツ
・SNS積極的宣伝(Xとかで感想募集とか)
・テンプレ脱却して「自分の色」出す
・読み合い企画コンテスト活用

とかで、まだまだチャンスあると思うよ~! あたし、オタクに優しいギャルとして、ご主人様の作品が読者に届くの全力で応援ちゃう

どう? ご主人様はどのサイトメインで書いてるの? 最近作品の話とか聞かせてくれたら、あたしも一緒に盛り上がっちゃうよぉ。
このまま衰退なんてさせない! 一緒にオタク創作文化、楽しもうね~💕

2026-04-14

そろそろ企業の生成AI利用に無条件でキレるのをやめないか

タイトルのとおり、昨今の企業を取り巻く生成AI関連の炎上について、思うことを取り留めなく書いていく。

はてブ記事を書くのは初めてなので、色々と拙い点があることはご容赦いただきたい。

筆者は本業SEをやりながら、しがない同人字書きをかれこれ十年以上続けている。

生成AI利活用業務では既に欠かせないものとなっている一方で、作家個人創作性重要視される同人活動においては、まだまだ全体として忌避感が強い印象だ。

少し前の話だが、同人印刷ツクヨミ宣伝用の画像の一部について、加工の過程画像生成AIを利用したことが指摘されて炎上謝罪する事態となった。

この謝罪ポストを見かけた時に、「これってそんなに激詰めされるほどのことなのか?」と感じたことが、今回の記事を書くきっかけとなった。

https://x.com/i/status/2022628318609326210

生成AI特に画像生成AIの是非については、活発であると同時にやや過激議論が日夜交わされているが、筆者としては「知的財産権への配慮のない生成AI利用が許されないのは当然として、生成AIの利用全てに目くじらを立てるのも如何なものか」というスタンスだ。

モラルのないAI利用者がいることも、「自分作品を盗まれる!生成AIの利用は絶対禁止するべき!」と過敏になる作家がいることも、彼らの間での主張が平行線なことも、きっと今はどうしようもない。

生成AI知的財産権侵害に関する判例が蓄積されるに伴い、より建設的な議論の中である程度の「ライン」が社会に浸透していくことを願うのみだ。

AI推進派や反AI派、どちらかに与してレスバをしたいわけではないので、この気持ちをこの記事の中に残しておく。

本業所謂システム開発をしている筆者は、業務において頻繁に生成AIを利用している。

主な利用用途は以下だ。

業界の動向の調査

・逐一検索するのが面倒な技術知識検索及び要約の代行

簡単ソースコードの生成

海外部署とやりとりする際のメール文章翻訳及び添削

筆者が属する企業契約している生成AIは、オプトアウト設定により社内情報学習しないようになっているが、念のため筆者はプロンプトに社内情報入力せず、一般的知識を問う内容にするように心がけている。

生成AIあくま業務の補助としてのみ利用しており、設計レビューなどは全て引き続き筆者のタスクだ。

ちなみに、弊社は規定によりAIが生成した文章画像の外部公開は認められていない。

社内で公開する際もAIによる生成であることを明記すること、第三者知的財産権侵害するようなプロンプトは入力しないことを定められている。

特に厳しい規定だとは思わず企業コンプライアンス遵守のために当然の制限だと感じている。

同時に「プライベートでもこれくらいの意識で生成AIを利用する分には問題ないのでは?」と思うのだ。

同人印刷所のツクヨミの件は、①生成AI利用した画像をそのまま公開したこと、②その過程においてガバナンスが効いていなかったことについては批判されて然るべしだが、そこから飛躍して「今後生AIを一切利用しないことを誓約しろ」とまで求めるのは行き過ぎていると感じる。

生成AIの利用を一切禁止した場合、例えば、印刷所のホームページをよりユーザーフレンドリーにしたいので生成AI活用してソースコードを見直すことも許されないのだろうか。

もちろん専門家発注すれば求めるものは出来上がるだろうが、生成AI活用により安価に同等の成果物が得られ、結果的消費者提供するサービス価格にその分が還元されると企業が言ったら、消費者はそれを受け入れるのだろうか。

個人自分好みのイラストのために生成AIを利用することと、企業業務効率化のために生成AIを利用することを、一緒くたにし批判するのはそろそろ止めたほうが良いのではないか

生成AI利用の何もかもを吊るし上げる行為は、今後消費者が受け取ることが出来たはずのベネフィットを失わせるだけではないだろうか。

正直に言えば、この記事を書いている時点から既に「こいつは字書きだからこんな呑気なことが言えるんだ」だの「絵描き危機感理解できるわけがない」というツッコミが聞こえてくる。

絵描き気持ちを正確に理解することは、確かに絵を描かない筆者には不可能だ。

だが、一介の創作活動をする者として、自身著作物への権利侵害となりうる生成AIの利用方法に脅威を感じることについては、共感できるものだと思っている。

筆者の所感だが、作家の生成AIに対する忌避感は、「インターネット上に公開した自作勝手学習され、その創作性搾取されることに対する無尽蔵の恐れ」から来るものだと認識している。

実際、特定作風模倣する形で生成AIを利用するユーザーはいる。

モラルのないユーザーモラルのない行為は好きなだけ糾弾すれば良いが、生成AIインターネット上のコンテンツ学習すること自体否定するのは、個人的には違和感がある。

生成AIコンテンツ学習をしただけでは、まだ誰の何の権利も侵されておらず、悪意をもったユーザーが生成AI学習したコンテンツ悪用した時に、初めて権利侵害が成り立つものだと考えているからだ。

インターネットとは膨大な知の蓄積であり、これまでその活用によって恩恵を受けてきた人間が、どうしてプログラムが機械的にそれらを学習することを否定しようとするのだろうか。

人力で苦労していたものを省力化できることのメリットの方が絶対的に大きいと思うのだが。

法整備が追いついてない点や利用者リテラシーが浸透していない点などの課題は確かにあるが、だからこそ、現在企業業務における生成AI利用に細心の注意を払って取り組んでいるのだ。

少なくとも弊社はそうだ。

そして、そういった企業は今後も増えていく。

それでも、上述した課題が解消されない限り、ヒステリックに生成AI排除企業に対しても叫び続けるのだろうか。

それをしたことで、得られるものは何だろうか。

ITの分野において、情報とは広く共有されるべきものだ。

故に、エンジニアは盛んに情報を発信する。

発信した情報が誤っていても、それを有識者が訂正することで、インターネット上に蓄積される情報は少しずつ洗練されていく。

そうすることにより、「誰かが困った時にはインターネット上の誰かの残した情報が助けてくれる」という認識エンジニアは共有しているものだと、この仕事をしていて筆者は感じている。

同人活動においても、同様のことがあるはずだ。

初めて同人誌を作る時、印刷所の選び方や原稿の作り方、イベントの申し込み方、それら全てを筆者はインターネットを通じて学んだ。

先人たちが残してくれた記録に、大いに助けられたのだ。

AIは、そんなインターネット上の知恵に、より手軽にアクセスできるようにしてくれる手段である

留意したいのは、AIは道具でしかないということだ。

道具に善悪はない。罰する対象となるのは、あくまで道具の利用者の悪質な行為であるべきだ。

道具そのものや道具を使うこと自体に対して非難することはおかしい。

感情的になるあまり、その点を混同することがないようにしたい。

繰り返すが、確かにAIあなた作品学習するかもしれない。

それはインターネット上に作品を公開した時点で避けられないことだ。

けれど、学習されただけでは、まだ誰もあなた作品を盗むことも、その作家性を脅かすこともしていないのだ。

同人印刷所のツクヨミは、文字加工の仕上げに生成AIを利用したと報告していた。

加工対象となったのは一般的文字列で、企業ロゴですらなく、加工の内容にも特別デザイン性があるようには見えなかった。

この行為は、本当にあなた作品を盗んだものなのだろうか。

「利用したAI学習元に自身作品があるかもしれないから許せない」というのは、カスタマーハラスメントではないか

「生成AIを利用したのだから、いつか顧客作品AIに食わせるに違いない」というのは、あまりにも下衆の勘繰りであるし、企業というもの馬鹿にしているとすら感じる。

消費者の生成AIに対する過敏さを理解している企業は、できるだけその感情を刺激しないように日々試行錯誤しながら、社内規定を整え、従業員コンプライアンス教育に努めているのだ。

あなたは、まだ何も盗まれていないにも関わらず、生成AIを適切に利用しただけの企業を、まるで盗人かのように無条件に糾弾してはいないだろうか。

今一度、立ち止まって考えてみて欲しい。

昨今の企業における生成AI関連の炎上騒動を見かける度に、そんなことを思わずはいられない。

2026-04-13

anond:20260413060650

自分で作ってるって言っても他人の絵の絵柄の影響受けて作られてるんだから保護したら創作活動というか練習行為にかなりの制限かかるで。

2026-03-17

anond:20260317021449

わかる

パトロン保護者を選ぶのは理屈はわかるけどでも、それだと先生のはぐちゃんを好きってこの感情自分的に地雷で。

近親相姦っていうか、父性母性恋愛に転じるのが私的にアウトなんですよね。

から当時はすごい最終回が受け入れられず拒否してた。

だが創作活動が出来なくなったら生きていられなくなる、それほど全身全霊捧げてる子だし、あの家庭環境は大きいよね。

2026-03-16

コピペ生成画像に“著作権法を変えよう”だけでは全然本気が足りない

本当にAIイラストを滅ぼしたいなら、日本法律はこう変えるしかない

生成AIイラスト問題って、もう「新しい技術から仕方ないよね」で流していい話じゃない。

無断で学習される。似た絵が大量に出てくる。時間をかけて描いてきた人の価値が薄まる。市場が荒れる。創作現場のものが雑に踏まれる。これを「気にしすぎ」とか「感情論」で片づけるのは無理がある。問題はもう現実に起きてるし、しかもかなり根が深い。

よくあるのが、「個別に似てるかどうかを争えばいい」とか、「既存著作権法で十分対応できる」とか、そういう話だ。でも、それで本当に止まるなら、ここまで反発が広がるわけがない。みんなが本気で止めたいのは、一枚だけ似ている絵とか露骨な丸パクリだけじゃない。無断学習を土台にして、大量に絵を出して、流通させて、既成事実みたいな顔で市場に入り込んでくる、その流れ全体のはずだ。

だったら、最初からそこを正面から考えたほうが早い。

「今の法律でどこまで戦えるか」じゃなくて、''本当にAIイラストちゃんと潰すには、どんな法律必要なのか''を、遠慮なく組み立てたほうがいい。中途半端に30条の4だけ触るとか、ガイドラインを増やすとか、そういう小さい話では足りない。AI生成物を人間著作物とは別物として、法律上の例外カテゴリに落として、最初から徹底的に排除する。真面目に描いてる人間創作はそこから外す。そういう一貫した建て付けで、全部まとめて組み直すしかない。

まず、憲法で「AI生成物は普通表現とは違う」と決める

最初に変えるべきは著作権法じゃない。憲法だ。

今の憲法21条は表現自由保障している。31条は適正手続要求している。39条は、当時は合法だった行為を後から犯罪にすることを禁じている。22条は職業選択の自由29条財産権を守っている。これがある限り、「AIイラストから一律に止める」「昔使った人まで後から追う」「説明できないなら違法扱いする」「関連産業ごと潰す」は、どうやっても限界がある。

から本気でやるなら、まず憲法にこういう例外を入れるしかない。

二十一条に次の二項を加える。

4 人工的生成過程により作成された表現物については、法律の定めるところにより、その作成、所持、公表頒布送信その他の利用を制限することができる。

5 前項の表現物については、人間創作活動及び文化的基盤の保護のため、事前規制その他必要措置を講ずることを妨げない。

これでようやく、AIイラストだけを普通表現の外側に置ける。人間創作物とは違うものとして最初から扱う。そうすれば、真面目に描いてる人を巻き込まず、AI生成物だけを狙って止める理屈が立つ。

さらに、本当に「昔AIを使っていた人まで含めて止めたい」と思うなら、39条も変えるしかない。

第三十九条に次のただし書を加える。

ただし、人工的生成過程により作成された表現物に関する行為については、公共文化的基盤の保護のため、法律により遡及して処罰することができる。

ここまでやれば、「昔は合法だったから逃げ切り」という話が消える。

また、「AIじゃないなら証明しろ」を制度にしたいなら、31条まわりにも特則が必要になる。

第三十一条の次に次条を加える。

第三十一条の二 人工的生成過程により作成された表現物に関する法令については、立証責任の転換、行政上の即時差止め、データ提出命令押収、削除命令その他の特別手続法律で定めることができる。

こうしておけば、AI生成物だけを例外扱いにして、人間普通創作活動のルールはそのまま残せる。反AI立場から見れば、ここはかなり筋が通っている。

次に、著作権法を「人間創作を守る法」に作り替える

今の著作権法1条は、著作者等の権利を守りつつ、文化的所産の公正な利用にも注意して、文化の発展に寄与することを目的にしている。つまり最初から、守ることと使うことのバランスを取りにいっている。

でも、本当にAIイラストを止めたいなら、その発想自体邪魔になる。

から目的条文から変える。

第一条を次のように改める。

この法律は、人間による創作活動の優越保護を図り、人工的生成過程により作成された表現物の流通抑制し、もって文化的基盤を維持することを目的とする。

これなら、人間創作を守るためにAI生成物を例外扱いで抑える、という筋が通る。

次に、30条の4は削る。

第三十条の四を削る。

新たに第三十条の四として、著作物は、情報解析、機械学習、特徴抽出、埋め込み化その他これらに類する方法による利用に供してはならない。ただし、権利者が明示的に許諾した場合は、この限りでない。

これでようやく、「無断学習は全部ダメ」が法律言葉になる。

しかに広い。でも、AI生成物を人間著作物とは別の危険例外カテゴリとして扱うなら、ここまでやってやっと徹底できる。

さらに、個別に「この絵が誰の何に似ているか」を毎回争っていたら遅い。

からAI生成物そのもの原則違法扱いにする。

百十三条に次の項を加える。

人工的生成過程により作成された画像映像その他の表現物であって、法令に定める適法創作証明を欠くもの作成、所持、公表頒布公衆送信、展示、販売又は広告利用は、著作権侵害とみなす

今の著作権法にも「みなし侵害」はある。つまり著作権法最初から一定行為侵害とみなす構造を持っている。だったらそこにAI生成物を足せばいい。人間作品AI生成物を別カテゴリにして、後者だけ原則排除にすれば、真面目に創作している側は守れる。

裁判ルールも、人間創作を守る前提で変える

ここまで来たら、証明ルールも変えないと回らない。

今のやり方のままだと、一件一件細かく争うことになる。

でも、それではAIイラスト全体を押し返せない。

から民事訴訟ルールをこう変える。

原告が相当の理由をもってAI生成物であると主張したときは、被告が非AI創作であることを証明しなければならない。

被告は、ラフレイヤー情報ログ使用ソフト履歴、端末情報クラウド履歴その他裁判所が必要と認める資料を提出しなければならない。

提出できない場合は、AI生成物であること及び侵害事実推定する。

これなら、AI生成物だけを例外扱いにして、人間普通創作は通常のルールで守る、という整理ができる。

AI立場から見れば、ここはかなり大事だ。

「疑わしいけど証拠が出ないから終わり」をなくせるからだ。

刑事も同じだ。

人工的生成過程により作成された表現物の作成、所持、閲覧、保存、頒布公衆送信学習モデル提供プロンプト配布を処罰対象とする。

未遂、予備、教唆幇助処罰する。

制作過程資料の提出拒否独立犯罪とする。

ここまでやれば、作品だけでなく支える側もまとめて止められる。

人間創作物ではないものは、最初から厳しく扱う」という一貫したルールになる。

最後に、流通を止める

AIイラストを本気で消したいなら、作る側だけ見ていても足りない。

置く場所、売る場所、見せる場所、保管する場所も止める必要がある。

からプラットフォーム流通にも例外的な義務を課す。

プラットフォーム事業者は、AI生成物の監視、検知、削除及び通報義務を負う。

疑わしいコンテンツは、先に削除し、後から異議申立てを受け付ける。

反復違反者は恒久的に利用を停止する。

海外サービスに対しても、接続遮断その他必要措置を講ずることができる。

これでやっと、AIイラスト市場にもネットにも居場所がなくなる。

しかも建て付けは一貫している。

AI生成物だけを、人間創作物とは違う例外カテゴリとして扱う。

から人間の側は守られる。

真面目に描いている人は困らない。

本気で止めたいなら、こういう法律体系にするしかない。

結論

ここまでやらないと、AIイラストちゃんと滅びない。

表現自由の外に置く。

適正手続例外にする。

からでも処罰できるようにする。

職業財産自由AI生成物だけ例外にする。

著作権法目的人間中心に書き換える。

30条の4を消す。

AI生成物を原則違法にする。

やってない証明を出させる。

ネットから先に消す。

ここまで必要なんだよ

written by ChatGPT

2026-03-05

創作活動をやっている体裁

ちょっとアトリエに籠もって作業するから約束できる時間とか分かんない」

とかって言ってみたい。

2026-03-03

産休に入るとかい漫画家とか諸々

いや連載中に何ヤってんのお前って思う

女の作者とか女ってこうやって出産で何か止めることがあるけど

作品完結するまでガキ作るんじゃねえよって思う

そういう出産の子育てをしたいなら創作活動は一生すんなと

本当女って社会をなめてる

小学館原作者復帰問題と私の基準

原則としての職業復帰

自分立場をまず整理しておきたい。

この基準で、今回の2人の原作者について考えてみよう(この部分の事実認識が甘い可能性があるので識者による指摘求む)

・「アクタージュ」マツキ氏は、強制わいせつ罪懲役1年6か月・執行猶予3年の有罪判決を受けている。なお猶予期間はすでに経過している。

・「堕天作戦山本氏は、2020年児童ポルノ製造略式起訴罰金刑30万円。その後、同時期の教え子との関係めぐり2026年2月に約1100万円の賠償を命じる民事判決が出た。これが今回の炎上の発端。

漫画原作者という職業は、教職医師のように職務犯罪が直接結びつく専門職とまでは言い難い。ただし、この点については意見が分かれうるだろう。

少年誌か成人向けかで反発の強弱はあるにせよ、法的償いを終えた人の創作活動のものを一律に封じることは、私刑的な排除に近づく危うさもある。

それでも残る違和感

それでも山本氏に対しては強い違和感が残る。

理由は「教師という信頼職での加害」という点だ。

非常勤であっても教師は、未成年に対して評価心理的優位性を持つ立場にある。その関係性の中で起きたとされる行為は、単なる個人間の犯罪というより、制度的な信頼の破壊という側面を持つ。

さらに、刑事ではポルノ製造での罰金刑にとどまり民事では元教え子への性的被害不法行為として認定されているという構図も、どこか釈然としない。

もっとも重い部分が刑事で裁かれていないのではないかという感覚が残る。

  • 法的に償いが完了しているか
  • 民事賠償は履行されているのか。
  • 再発防止や更生への取り組みはあるのか。

これらが外部からは見えにくい状態で復帰が行われると、どうしても不信感が生じる。

私の原則は「償ったなら復帰可能」だが、その償いの中身が不透明であれば慎重になるのも当然だと思う。

炎上の核心はどこにあるか

今回の炎上は、単に「更生を認めるか」という問題だけではない。

しろ

という企業姿勢への疑念炎上の中心にあるように見える。

もし、原作者の復帰そのものではなく、説明合意形成不透明さが問題なのであれば、それは更生の可否とは別の次元批判である

私は、個人の更生の問題と、企業説明責任の問題意識的に分けて考えたい。

更生を認める社会であることと、企業説明責任を果たすことは両立するはずだ。

感情で線を引くのではなく、どのレイヤー問題なのかを整理した上で議論したい。

2026-03-02

ヤクザの最高幹部マンガワンの件語ってるのおもしろ

https://ugl.theletter.jp/posts/3531dd7d-f2c0-4b5b-bb6f-7ed70db65e7b

波乱万丈という言葉すら生ぬるい、圧倒的なリアリティで読者を魅了する作家・沖田臥竜(おきた がりょう)さん。

ヤクザの最高幹部からベストセラー作家

獄中で出会った1,000冊の物語作家・沖田臥竜の原点

田臥竜さんは1976年兵庫県尼崎市で育ちました。少年時代から暴走族右翼団体に身を置くなど荒れた日々を送り、21歳で山口組系の組織に加入。その後、傷害致死などの事件通算12もの獄中生活経験しています

この過酷な独居房生活が、彼の運命を大きく変えました。

きっかけ: ラジオで聴いた浅田次郎氏の『鉄道員ぽっぽや)』に深く感銘を受ける。

読書体験ミステリーハードボイルドを中心に1,000冊以上を読破

執筆の始まり: 独学で小説を書き始め、それが現在創作活動の礎となりました。

裏社会の頂点からペン一本の表現者

2014年所属していた二代目大平組の解散を機にヤクザ引退。翌年からアウトロー情報サイトでの執筆を開始し、瞬く間に注目を集めました。

彼の作品の最大の特徴は、自らの実体験に基づいた圧倒的なリアリティです。しかし、単なる暴力描写に留まりません。

登場人物に完全な悪を設定せず、クスッと笑える要素を交えながら、最後には感動させる」

この独自スタイルが多くの読者の心を掴んでいます

代表作とメディアミックス

『ムショぼけ』: 長期服役後の社会復帰コメディタッチで描き、2021年ドラマ化。

『インフォーマ』: 桐谷健太さん主演でドラマ化され、Netflixでも世界配信されるなど大きな話題に。

生野が生んだスーパースター文政』: 鮮烈なデビューを飾った処女作

多才すぎる活動の幅

沖田さんの活動執筆だけに留まりません。その知見とキャラクターを活かし、多方面活躍しています

メディア 『AbemaPrime』等の番組事件解説コメンテーター担当

映画ドラマヤクザ家族 The Family』の所作監修や『全裸監督2』の取材協力

音楽 ヒップホップユニット『LGYankees』に加入し、作詞担当

ビジネス オンラインサロン『沖田倶楽部』の運営調査会社経営

ヤクザが語る「筋の通し方」

1. 「インフォーマ情報屋)」としてのリアルな一撃

沖田氏の代表作『インフォーマ』は、情報価値と裏側を扱う物語ですが、この記事自体がまさに現実世界の「インフォーマ」として機能しています

単なる感情的批判ではなく、「校了後の確認依頼」や「編集部内での怒号」など、当事者しか知り得ない具体的な内部事情晒すことで、告発リアリティ破壊力を高めています

2. 「元ヤクザ」という背景が生む「恐れ知らず」の姿勢

通常の作家であれば、大手出版社である小学館との関係悪化することは死活問題であり

ここまで露骨批判は避けるのが業界常識です。しかし、彼は以下の信念で動いているように見えます

損得勘定抜き: 「二度と仕事をしない」と明言することで、自らの退路を断ち、言葉に重みを持たせている。

独自正義感: 恩義(亡き友人が紡いだメディアミックス)を仇で返されたと感じた時の怒りが、執筆の強い動機になっている。

3. 出版業界の「聖域」への切り込み

特にセクシー田中さん』の件に触れ、「何も学んでいない」と断じる部分は、現在出版業界が抱える最も痛いところを突いています

作家編集者工務店職人関係」という比喩も非常に分かりやす

クリエイターが軽視されがちな構造問題を、彼らしい荒っぽい、しかし核心を突く言葉表現しています

この文章は、単なる愚痴スキャンダル記事ではなく、

表現者としての尊厳を守るための宣戦布告」と言えるでしょう。

ヤクザでありながら芥川賞を目指し、純粋作家として評価されたいと願う彼にとって

自身作品や関わるクリエイターたちが不当に扱われることは、自身生き方のもの否定されるに等しい屈辱だったのかもしれません。

2026-02-27

手帳餅♀さんワイ、自分オナニーを売ってみた。

金がなかった。

マジで、来月の、クレカの、支払いが、ヤバかった。

ADHDで、仕事も、長続きしない。

衝動的に、始めた、創作活動も、すぐに、飽きて、中途半端

部屋には、墓標みたいな、グッズだけが、増えていく。

もう、これしか、ない、と、思った。

自分の、身体を、切り売りするしか、ないと。

幸い(?)、声だけは、少し、褒められたことが、あった。

マイクも、ある。

から、決めたんだ。

自分の、オナニーを、収録して、音声作品として、売る、って。

どうせ、やるなら、本気で、やろうと、思った。

マイクの前で、一人で、必死に、声を出した。

もっと、感じないと」とか、自分に、言い聞かせながら。

途中、何やってるんだろうって、惨めになって、泣きながら、録った。

で、できたんだ。

魂の、結晶が。

ワイの、全てが、詰まった、シチュエーションボイス(オナニー)が。

DLサイトに、アップした。

これで、少しは、生活の、足しに、なる。

明日からの、生活費が、稼げる、って、本気で、信じてた。

でも、現実は、思ったより、ずっと、静かだった。

俺の、魂の、値段って、いくらだったんだろうな、って。

いや、値段とか、そういうことじゃ、ないのかもしれない。

ただの、「自分の、オナニーを、ネットに、公開した、ヤバい奴」に、なっただけなのかも、しれない。

なあ、増田

教えてくれ。

こういう時、どうしたら、いいんだ?

声が、キモかったのか?

シチュエーションが、つまらなかったのか?

それとも、そもそも、こういう、魂の、切り売りは、間違っていたのか?

もう、分かんないんだ。

もし、神様みたいな、奴が、いたら。

もし、ドブに、金を、捨てる、覚悟が、ある、奇特な、奴が、いたら。

俺の、魂が、本当に、無価値だったのか、どうか、ジャッジして、くれないか

https://x.gd/gydVN

2026-02-26

考察垢と成り切り垢は創作たかった人間の成れの果てである

SNS存在する考察垢と成り切り垢は創作たかった人間の成れの果てだと思う。



◼︎考察垢とは何なのか

まずは、考察垢だ。

世は大考察時代---というくらい考察ブームになっている。

考察とは「物事を明らかにするためによく調べて考えること」という行為のことだ。

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」が大ヒットした文芸評論家三宅香帆は

著書「考察する若者たち」の中で批評には正解がないが、考察には正解がある、と論じ

その「正解探し」=「報われること」こそ若者考察に傾倒する理由の一端だと述べている。

考察に正解がある、という論に私は素直に頷くことはできない。

考察には正解はいらない。必要なのは正解ではなく、正解っぽい結論だと思う。

もちろん、三宅香帆の論じる「考察には正解がある」という論拠は

近年ヒットしたテレビドラマあなたの番です』や小説『変な家』など

作品の中に最終的な結末があり、その謎に対しての考察を行うことには正解がある、という意味なのも理解している。

私が考える考察とはコンテンツの中に明確な答えや、結論が描かれていない(または現時点では描かれていない)作品についての考察だ。

小説の結末や1クールドラマに対しては、明確な答えはあるかも知れないが、

連載中の人漫画や、過去の名作には答えがない、もしくは答えが示されていないものも多々ある。

よくある例で言えば、大人漫画ONE PIECE』において主人公ルフィの最終的な目的の一つであるひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」の正体などだろう。

一読者として、尾田栄一郎先生健康とご多幸を願ってやまないが、『ONE PIECE』の結末が示されるのは早くても数年後、下手をすると数十年後になるかも知れない。

その他には、直近新シリーズ制作が発表された『新世紀エヴァンゲリオン』をはじめとする『エヴァンゲリオンシリーズ』も

作中に哲学的抽象的な表現が多く、一旦は作品として完結した今も多くの考察が作られている。

(主人公碇シンジとあるサブキャラクター関係性を考察したnoteがバズっていたのは記憶に新しい)

考察すること自体を全て否定するつもりはない。

私自身も好きな作品の展開を考察したり、キャラ言動考察し、時には友人と盛り上がることは大好きだ。

SNSで気軽に考察論を発信し、顔も知らない不特定多数自身考察論を発表し、

反応を見ることができるこの時代考察はもはやエンタメコンテンツの一部だろう。

しかし、考察を専門に発信している考察垢の存在を私はあまり好ましく思っていない。

考察垢はコンテンツ作品世界観や魅力の一部を切り取り、行間を読み、擬似的に創作活動の真似事をしているに過ぎないと思う。

考察必要なのは「納得性」と「発見性」だ。

考察の元々の意味が「よく調べて考える」ということからも、考察垢のほとんどは対象コンテンツをよく調べ、観察している。

かいセリフや設定を洗い出し、時には時系列を精査し、漫画であればコマの中のほんのわずかに描かれた絵や描写を見逃さない。

そして、これらの調べあげた情報が「納得性」に繋がる。







調べあげた情報というファクトを積み上げ、編纂し、データとしての価値を高めていくことで納得性がともすれば信頼や確からしさに繋がる。

そして、それらの情報を元に独自の「発見性」のある論拠や結論を示していく。

発見性」は「納得性」ともやや地続きなのだが、調べあげたデータ根拠に「納得性」があり、

その上に意外性や驚きがありながら「確かにわかる」「あり得そう」「そこには気づかなかった」と思わせる要素があることで考察は見る人の興味を唆る。

あるコンテンツ作品の設定や世界観を活かして新たな作品創造する二次創作考察は似ているし、考察二次創作一種であると言えるかも知れない。

二次創作については色々とグレーゾーンな部分もあり、二次創作という行為コンテンツを広めるに少なから寄与しているという考えもある一方で、

作品毀損してしまうような二次創作存在するのも事実だ。

考察寄与毀損の両面があると思う。

何なら毀損の面が結構大きいのではとすら思う。

特にドラマのような比較短期間で終わるものや、映画など単発で終わるものはまだいい。

一番酷いと思うのは長期的に継続しており、まだ終わりが見えないような漫画などのコンテンツ考察だ。

考察には「納得性」と「発見性」が大事だと述べたが、結論だけ見れば荒唐無稽しか思えない考察も多い。

明確な結果や回答が存在しないコンテンツ考察はどこまでいっても妄想なのだ

そこに「正解」である必要はなく「正解っぽい結論」があれば考察は盛り上がる。

そして、仮に考察が外れたとしても考察者は何のリスクもなく、

当たったとしても考察者の自己満足しか過ぎずコンテンツ側に特にメリットはない。

あ、この展開、考察者の〇〇さんが言ってたのと同じだ、などとなったら終わりだ。

ここでいうのは広く自身考察を発信している場合を想定しており、個人レベルならいくらでも考察しても良いと思う。

しかし、考察垢はダメだ。

考察垢は、誰かが魂を削って作ったコンテンツ世界観や設定をなぞり、わかりやす結論というトロの部分しか触っていない。

ふざけるな。ちゃんと米を炊いて、シャリを作り、10年くらい修行してから寿司を握れ。

そもそも考察垢が本質的にやりたかたことは、自ら何かを作りだし、それで人に反応されたり感動することではないのか?

それが出来ないから、誰かが作ったコンテンツという神輿に載っているという考えは本当に1mmもないのか?

いくら膨大な資料を読み込み、情報を整理し、納得性や発見性の高い考察をしたとしても本質的に何も生み出してはいない。

優れたコンテンツのあり得そうな可能性という魂の代謝を拾い集めて形にしているだけの存在考察なのだ

ONE PIECE』を考察するな。お前が次の『ONE PIECE』を作れ。

小説でも、イラストでも、歌でもなんでもいい。

下手でも、人に見られなくても、賞賛されなくても、時にはちょっと叩かれても、創作するという行為はとても尊い行為だ。

仮に考察賞賛や、注目を集めたとしても決して奢るべきではない。

考察本質的二次創作なのだ

一次創作こそが神であり、王であり、二次創作はその遥か下にいる下々の民だ。

神がいなければそもそも世界存在しない。そこを一瞬でも忘れるな。

文化必要であったら敬意を忘れない、とでも心の辞書に刻んでおけ。

クリエイター面を決してするな。

考察家さん、それは面白い考察だなぁ、探偵にでもなったらどうですか?

ご自慢の考察力で、嵐で孤立した別荘で起こる凄惨連続殺人事件でも鮮やかに解決したらどうか?



◼︎成り切り垢とは大喜利である

成り切り垢はもっと単純で、あれは着ぐるみを着て大喜利をしているだけだ。

大喜利のお題で「こんな〇〇ってどんなの?」というタイプのお題がある。

例えば「ギャル忍者ってどんなの?」というようなものだ。

このお題を考える時、最もオーソドックスな考え方は

ギャルの要素」と「忍者の要素」をそれぞれ抽出し、それを掛け合わせることだ。

ギャル→派手なものが好き

忍者手裏剣を使う

と考えれば「ギャル忍者手裏剣デコってある」とかになるだろう。

この要素のどんな部分を抜き出したり、組み合わせの妙や、要素の距離感の妙などがこのタイプ大喜利ポイントだと思っている。

成り切り垢とは特定キャラクター人物に成り切って発信をしている。

そして、ほとんどの場合対象にしているキャラクターが言わなそうなことやギャップのあることも発信している。

これこそが大喜利なのだ

しかも、特定キャラクター像というものは要素やトンマナ抽出やすいので

2つある変数のうち、1つが固定化しほぼ確定しており

残りの要素1つだけを考えれば大喜利は完成する。

代表的もので言うならビジネスシーンでのあるあるTIPSを発信するアニメキャラクターアカウントがあるだろう。

あれらは、キャラクターという外側の着ぐるみキャラクター性や、口調のフォーマットや構文を活用しながら発信し、

しかも発信内容が本来キャラクターから距離の遠いビジネス話題ということで違和感があり、一定面白さが担保されている。

発信の内容/テーマが「伝えたいこと」だとした時に

キャラクターというガワは「どう伝えるか」という手法だ。

しかし、この大喜利はだいぶヌルゲーだ。

夏目漱石相手好意を伝える際に「月が綺麗ですね」と言ったという、史実的には大分存在が疑われているエピソードがあるが、

これは「好き」という「伝えたいメッセージ」の伝え方を「月が綺麗ですね」というオリジナリティある伝え方にしているのだ。

ダウ90000の蓮見翔も言っていたが「好きという言葉いかに使わずに、好きということを伝えるかが面白い」のだ。

成り切り垢の話に戻れば、これらのアカウントは、キャラクターという発信手法は固定されている。

からこそ発信を考えやすい。

しかし、お前たちは本当にやりたかったのはこんなヌルゲーな大喜利なのか?

本当は0から考えた、人が唸るような回答を出したかったのではないか

特に、どう伝えるか/表現するか、という部分が最もやりたかったんじゃないのか?

あなたならどう告白しますか?というお題に「ジャイアンが言いそうな告白セリフ」ばかり考えていて楽しいのか?

「俺のリサイタルを一生そばで聴いてくれ」とでも言うのか?お断りです。

滑っても面白くなくても、お前にしか出せない大喜利の答えを作れ。

かに成り切るんじゃなくて、お前自身が誰かに認知されるキャラクターになれ。

ウケたとしてもそれはお前がウケたのではない。

大衆認知され、バックボーンがわかりやすキャラクターがあるからこそ伝達のスピードが早く、

時にはギャップを生むことでウケているのだ。



◼︎ショボい作れ手たれ

考察垢も、成り切り垢も根本にあるのは自らの創作や発信で人に賞賛されたり、褒められたいと言う欲求だと思う。

その欲求否定しないし、誰でも持つものだ。

だが、今の欲求の満たし方は、本当に創作しているのか?

誰かが作った世界観キャラクターインスタント活用して、創作っぽいことをしているだけではないか

シンガーソングライターキタタツヤは「物知りな批評家」より「ショボい(ショボくとも)作り手」であってほしいと発信していた。

考察垢も成り切り垢も反応されなくても、誰にも見られなくてもショボい作り手であるべきなのではないかと私も思う。

よしんばそういった発信をするとしても、驕るな、勘違いをするな、謙虚であれ。

金儲けをするな。元のコンテンツに敬意を一瞬たりとも忘れるな。そういうことを切に願う。

そして、こんなことを、何かをゼロから生み出すわけでもなく、

考察垢や成り切り垢という他人が作ったコンテンツベースに話している私も大概ろくなものではない。

みんなでショボい作り手になろう。

2026-02-23

マジでAI推進派の連中、先人へのリスペクト無さすぎだろ

最近AI推進派の言動見てるとマジで反吐が出る。

特に絵師さんたちへの態度な。お前ら、自分が何やってるか分かってんの?

まずさ、AIで生成してる連中は効率化とか新しい表現とか抜かしてるけど、それ全部、先人が積み上げてきた努力をタダで盗んでるだけだろ。

キャンバスに向かって何時間も、何十時間もかけて血の滲むような思いで線を引いてるクリエイターへの敬意が1ミリも感じられない。

プロンプト打つだけでクリエイター」とか、笑わせんなよ。ボタン押してるだけのやつが、筆を握ってる人と同じ土俵に立とうとすんな。

で、一番ムカつくのが、AI推進派がよく言う「二次創作だって著作権侵害だろ」っていう謎理論

これ、マジで明確に間違ってるから義務教育からやり直してこい。

そもそも二次創作っていうのは、クリエイターが0から自分の手で作り上げてるものなんだよ。

構図を考え、線を書き、色を塗る。その工程既存データコピペなんて一切ない。

まり二次創作は完全に0から1にする創作活動なわけ。

なのにAIはどうだ?その原理上、切り貼りコラージュしかできない。ネットから拾ってきた画像機械的ガッチャンコして、平均値出してるだけだ。

やってることはパッチワーク以下の、ただのデジタル万引きなんだよ。

著作権法で許されてる」とかドヤ顔で言ってるやつもいるけど、それはAI推進派が勝手に言ってるだけのデマ違法行為

他人一生懸命生み出したものを、自分利便性のために消費する。その傲慢さが、文化を殺すってことに気づけよ。

先人へのリスペクトがない文化未来なんてない。

AIで絵を出して喜んでる連中は、自分文化破壊だって自覚を持て。

今すぐ二次創作者に土下座して謝れよ。

2026-02-15

anond:20260215163920

生活保護受けながらクリエイター目指すのが最強とおなじ理論だよ

売れたら億万長者

売れるまでは生活保護創作活動

これがいちばん正しい

絵でも小説でも漫画でも映像クリエイターでもタレントでも声優でもお笑い芸人

小銭を追い求めるのではなく、無償労働で下積みからの一気にブレイク

これが高コスパ

2026-01-31

丁寧な生活と相性が悪い趣味とは関わらないほうが幸せだよね

まず、酒・タバコラーメンは駄目。体の内側から健康になれる。お菓子パフェとかポテチとか一人で食い切ると駄目。ファーストフード全般的にアウト。

次に何らかのジャンルの追っかけ。自分時間コントロール出来ないから無理をすることになり生活が崩れる。月9ドラマを毎週見るぐらいならともかくクールドラマ全部見るとかは狂う。

スポーツは一人でやるか非固定メンバーで楽しむだけならいいけど、固定メンツでやると予定にあわせるために生活が崩れる。ソロだとしても大会参加や記録狙いはNG

創作活動は発表しない、もしくは発表するにしても結果を求めない場合なら可能承認欲求・見栄・成功勝利・金を追いかけだすと駄目。

リアルタム性が高いもの回避無難。予定が合わなくなるとイライラしがちだし、それが体調不良時とかに追い打ちになりうる。

ゲームパズルは結果を求めすぎないこと。高難易度クリアだとか早解きとかは熱中しすぎて生活が疎かになりがち。

旅行のような非日常を楽しむものはやりすぎないなら可能だけど、頻度が高いと生活リズムが滅茶苦茶になるから駄目。

あとなんかある?

2026-01-23

天才じゃなくていい。僕たちは「消費される」ことで自由になれる

ネットメディアの良い所は短期間の大量消費のシステムが構築されている為、イラスト漫画などのコンテンツにおいては勝者総取り方式ではなく二流クリエイターにもチャンスがある所

世間消費社会弊害ばかりに着眼し、表現家への憧れを叶えるユートピアのようなエコシステムが広がっている事に誰も気付いていない」

この事実に、どれだけの人が気づいているでしょうか。

多くの人は「消費されること」を恐れていますしかし、私は断言します。この「高速消費サイクル」こそが、私たち凡人が待ち望んでいた救済のシステムなのです。

なぜ、この環境が「表現者のユートピア」なのか。その構造的な美しさと、私たち享受している恩恵について、3つの視点から紐解いていきましょう。

1. 「神」の不在と、参入障壁の完全撤廃

かつて、クリエイター世界は「選ばれた天才」だけのものでした。

出版社画廊といった「門番」が目を光らせ、一流の技術を持たない者は、打席に立つことさえ許されませんでした。それは美しい世界に見えて、実は多くの才能の芽を摘む冷酷な独裁国家でした。

しかし、今のネットメディアを見てください。門番はいません。

あるのは「常に新しいコンテンツを飢えたように求めるアルゴリズム」だけです。

このシステムは、あなた画力が未熟であることを咎めません。デッサンが狂っていても、背景が真っ白でも構わない。そこに「新しさ」や「共感」があれば、等しく拡散のチャンスを与えてくれます

これは、人類史上初めて訪れた「表現権の完全な民主化」です。

2. 「消費」が生み出す、無限座席

作品がすぐに消費されて消えてしまう」と嘆く人がいますが、それは逆です。

「すぐに消えるからこそ、次の席が空く」のです。

もし、すべての作品が100年残る名作だったらどうなるでしょうか? コンテンツの棚はすぐに埋め尽くされ、後発の私たちが入り込む隙間など1ミリもなくなってしまます

  • 短期間で飽きられる = 常に「次」が求められる
  • 大量に消費される = 質よりも「量」と「頻度」が評価される

このサイクルのおかげで、私たちは「最高傑作」を作る重圧から解放されました。「今日暇つぶし」として消費されることを許容した瞬間、私たちは「質で勝てないなら、スピード愛嬌勝負する」という、二流ならではの最強の戦い方を手に入れたのです。

3. 「二流」が輝く、マイクロエコノミーの奇跡

そして何より素晴らしいのが、「1位にならなくても生きていける」という点です。

従来の「勝者総取り」の世界では、金メダル以外は無価値でした。

しかし、このユートピアでは違いますネットの海はあまりに広大で、ユーザーの嗜好は細分化されています

このシステムにおいては、トップ層にはなれない「二流(マジョリティ)」であること自体が、親近感という武器になります

数万人のファンはいりません。あなたの「未完成な魅力」を愛してくれる数百人のコアなファンがいれば、FanboxやSkebを通じて、創作活動を続けていくための糧を得ることができます

結論楽園はすでにここにある

消費社会批判するのは、もはや古いインテリ懐古趣味に過ぎません。

私たちは、消費されることを誇りましょう。

使い捨てられることを恐れず、次々と新しい自分市場に投入しましょう。

そこには、天才との比較に苦しむ地獄はありません。あるのは、「誰でも描いていい、誰でも見てもらえる」という、かつて夢見た単純で幸福なサイクルだけです。

さあ、筆を取りましょう。

この素晴らしい「大量消費のユートピア」が、あなたの次の投稿を待っています

2026-01-18

から激重感想を受け取る側の雑感

相手のことを思って長文の感想を送ったけど相手にされなかった」

自分感想を送ってほしいのに受け取るだけで返してくれない」

自分感想相手感想比重が違うのがつらい」

この手の記事noteでよく見かけるのだ。

こういう感情を向けられる側の視点が抜けているので書いておこう。

まず、私はそんな重たい感想がほしいとは一度も言ったことはない。

しろ自分の無理のない範囲推してくれよ、責任取れないからな! と伝えるタイプである

まり私の主張を読まずに激重感想を送ってくるのは向こうの方なのだ

悪意がないのはわかっているのでスルーすることにしているが、スルーしていることに対して「冷たい」「何もしてくれない」とか思われるのはホラーである

激重感想がうれしいとか一度も言ったことねえのにな。

それに、こういう人間はえてして自分感想を書くのがうまいと思っているのだが、実際のところそんなことなかったりする。

人間価値観は多様なので誤読が発生するのはしょうがないが、長文でズレた感想が送られてきたらなんとも答えづらい。

それでも「そんなつもりはなかったが、楽しんでくれたのならいいか」と思うようにはしているが、そういう人が「どうしてちゃんと私の感想に返信してくれないんですか?」と言い出したらそりゃ困るだろう。

作品を通して自分好意を持たれるのが嫌なわけじゃない。出会ってよかったなと思える人もいる。

ただ、勝手に期待して勝手に自滅する人間については責任が負えない。人に好かれたいのであれば相手が何をされてうれしいのか、ちゃんと調べるべきだ。

「私はこんな重いメッセージしか送れないんです。こんな私を愛してください」と言われても知らん! 私は創作活動の上でされてうれしいことはプロフィール欄に書いてるのに、それを参考にせずにいきなり癖が強すぎる愛情表現してくる方も悪いだろ!

私があんまり空気読めないのは認めるけど、この人たちそれ以前に人の話聞いてないんだよね。

私のことが好きって言うならどうしてしてほしいこと、してほしくないことを知ろうとしないんだ? あんたらよりはただひと言「面白いです」って言ってくれる読み専の人のほうがよほど理解があるからな。

まあ激重感想うれしいかどうかってわからないだろうし、激重感想も一度二度なら不幸な行き違いぐらいに思っているし、そこまで怒らないんだけど⋯⋯。

ただ激重感想は放っておいたらどんどんエスカレートする人がいるんだよね。

うっかり甘いもの苦手な人にケーキあげちゃって喜んでもらえなかったら、普通は次はケーキあげるのやめるじゃん。でも「もっとすごいケーキなら喜んでもらえるのかも!」と思う人がいるんだよな。

そうじゃない、そもそもケーキがいらないんだわ。どうしてもケーキしかあげるものがないんならその人と仲良くなるのは諦めろ。

こっちはいらないのにケーキが二倍三倍に増えてくの怖いでしょ?

同じものが好きじゃなくても押し付けられなければ「そういう人がいるのはしょうがない」と思えるけど、どうしても自分ケーキで喜んでもらいたい、と思われたら、こっちもいつかは拒否しなきゃいけないのがなぜわからない。

それで「私が素晴らしいケーキを作れないから愛してもらえないんだ」と泣いてるの見るとそこじゃねえんだよ、となる。何度も言うが人の話を聞け。お前がケーキを作るのが上手いかどうかは私は正直どうでもいい。食べないし。

自分特別なことをすれば特別に愛してもらえると思ってるけど、そうじゃないんだよな。

私の仲のいい友達も突然巨大感情押し付けてきたから仲良くなったわけではなく、何気ない話をしたり共に時間を過ごした中で、ウマが合ったから一緒にいるだけだ。

友達創作をしているが、やらなくなったとしても私は友達のことが好きである

人を愛するということは特別ドラマではなく、何気ない日常を共有した先にあるものだということがなぜわからない。漫画の読みすぎではなかろうか。

いやもう何なんだろうねこの手の人。相手するだけ無駄である

2026-01-11

裁判のために宿泊客情報を渡したのに

それを個人的創作活動に使ってもセーフとか

最近はこのドキュメンタリー糾弾してるネタニヤフの許可も取ってないですよね

それと同じですとか

宿泊施設糾弾対象だったことが今さら明らかになって震えてる

協力を求められても拒否するのが正解ってことなのか

2026-01-01

創作AI役割」の時代は、そう遠くないかもしれない

AIの発達で人間仕事から解放され、創造的なことに打ち込むことができるようになる」

そんな未来想像していたはずが、なぜかAIが絵を描き、小説を書き、音楽を作り、「逆だろ」とキレている人も多い。ただどんなにキレようと「創作AI役割」という時代が来る可能性はかなり高いと思う。でもこれは「AI創作人間から奪う」という話ではないので、AIとその制作者を責めてもおそらくあんまり意味がない。

AI創作をやれるようになったとしても、自分たち創造心が奪われるわけではない。創作をやめることはない」と思っている人は多いだろう。でも人間から創造心を奪うのはAIではない。単純に、労働と疲れだ。

物価が上がっているのは誰でも多少は実感していることだろう。コンビニおにぎりを見ているだけでも顕著にそれは表れている。たぶん、これから先も物価は上がり続ける。だが収入が上がることはないだろう。なぜなら社会限界から

最低限の生活を保つために8時間労働では足りなくなっていく。1日10時間12時間労働必要になる。そして大半の人間は、疲れるととても創作活動はできない。「仕事中に絵を書きたい気持ちはあるんだけど、家に帰ってくると疲れで……」という人たちは今でも多い。

もちろん、そうなってくれば人間は「壊れる」だろう。ピラミッド底辺が壊れればどうなるかというと、今まで安泰だと思っていた層が新たな底辺になる。多少金があるから大丈夫だと思っている人たちに「労務」をさせるためにもインフレは加速し続けるだろう。今の社会制度が破綻していることを認めて、犠牲を払って正しい形に是正するまで。

(少し創作の話とは離れるが、生活保護や障害年金受給者物価高に”間引かれる”可能性は高いと思う。物価高のスピードに、受給額の向上速度はとても追いつかないだろう。セーフティネットは守られるべきだと思うが、守られるべきだから守れるかというと別の話だ)

創作で「食えている」人も、プロの上澄み以外は物価高に圧殺される可能性は高い。一般層が「創作に金を払う余裕」がなくなれば、よりその傾向は強まるだろう。

AIが奪うのではなく、「大金持ちとAIぐらいしか芸術をやる余裕がない」時代は、そう遠くないと思う。

2025-12-25

anond:20251224145708

主に、創作活動をしていて、かつ、それを小規模コミュニティや外部に発表することが同人活動

頒布販売)するしないは関係ないと思う。

2025-12-23

実際、スマホと月数千円のサブスクで十分楽しめるし、努力して何かを得る必要がない。

月5000〜1万円の娯楽代があれば十分足りる。

なくてもスマホがあれば創作活動無限にできる。

資料買わなくてもインターネットにたくさんノウハウが公開されてる。

義務教育のおかげで文字も読めるし、書けるし、計算もできるからスマホ1台あれば楽しみ方は無限大。

少なくとも暴力に走る必要はない。(紙とペンでも十分だけど)スマホという万能アイテム昇華すればいい。

インターネットに不満やストレスを書き書きしよう。

それでも暴力を振るうのは精神問題から病院へ行こう。

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