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ベンジャミン・スティーヴンソン『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』(ハーパーBOOKS)
ベンジャミン・スティーヴンソンの『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』を読む。タイトルからして挑発的だが、その中身は意外にも本格ミステリ。しかも、最近の海外ミステリの中では非常に珍しく、オーソドックスなクラシックミステリの体を取っている。ただし、ただの本格ミステリではない。メタミステリの要素も孕む、非常に凝った一作なのである。
こんな話。ミステリの書き方を教えるハウトゥ本の作者、アーネスト・カニンガム。彼は三年ぶりに行われるカニンガム一家の集いに出席するため、スキーリゾート地にあるロッジへ向かっていた。
だがアーネストには憂鬱しかなかった。一家は数年前に起こったある出来事のため、世間から白い目で見られていたし、加えて彼自身は家族からも冷たい目で見られていたからだ。しかも、今回の集まりの目的がそもそも……。
そんなアーネストの憂鬱に輪をかけるように、到着翌日にさっそく殺人事件が起こる……。
▲ベンジャミン・スティーヴンソン『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』(ハーパーBOOKS)【amazon】
いやあ、これは面白いわ。本作は基本的にはクリスティに代表されるような古典の本格ミステリというスタイルをとっているのだが、同時にメタミステリでもある。
本作自体が語り手の体験した事件の手記という形であり、そこにミステリならではの創作テクニックに関するギミックを山ほど放り込んでくるのである。
そもそも本編に入る前から、英国のミステリ黄金期に結成されたディテククション・クラブの入会宣誓文やノックスの十戒が載っていたりする。これらはすなわち作者の姿勢を示すわけだが、これだけでは足りないと見たか、プロローグでさらに意図を補足し、おまけに、読者はそこで語り手が「ミステリの書き方を教えるハウトゥ本を執筆する作家」であることも知る。こんなに胡散臭い主人公を設定するだけでも拍手ものである。
本編に入ってからも、さらにメタ度は加速する。雪の山荘というお約束のような設定もその一つだが、何よりミステリに関するルールや蘊蓄が事あるごとに披露され、そしてそれが本作の執筆にどのような案配で生かされているのか、語り手自ら解説する。
作者は本格ミステリを愛する者の矜持として、ノックスの十戒に抗うことはせず、いかにフェアプレイを実践しているか、そういうことまでフォローする。もちろんネタバレはしない。だが、先のストーリー展開にあえて触れることで(何ページでぼくは誰それに殴られる、とか)、より読者に赤いニシンをばら撒くのである。
ただし、メタ云々とはいってもそこまで厄介なものではないので、変に構えることもない。数が多いので人によってはこれらをウザいと思うかもしれないが(苦笑)、個人的にはこの茶目っ気が微笑ましく、ドヤ顔でやられる作品よりはよほど楽しい。
肝心の本格ミステリとしての出来だが、メタミステリ色を取り除くと本当にオーソドックスなミステリに仕上げている。メタミステリでなくとも十分に通用するレベルである。トリック云々というところにあまり見るものはないが、上でも書いたように、基本的に手がかりの散らし方や見せ方が上手い。
特に前半はストーリーの面でも次から次へと驚かされる。特別凄いことをやっているのではく、事実を提示する順番を工夫することで、その事実が与える効果を最大にしているのである。
ただ、真相はけっこう複雑であり、しかも作品のテイストにそぐわないぐらいヘビーなものだったので、それまでのややライトな感じとそぐわない印象も受けた。
あと、どうしても気になるのが、『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』というタイトルだろう。
なかなか引きが強いが、これはどちらかというと、作者が読者に仕掛けた遊びであり、真相と直接関わるわけではない。このタイトルがちゃんとストーリーに反映されているかどうか、作者がそれを実践してみせるという遊びである。それだけのことなのだが(テーマとしては意味があるけれども)、そもそもメタミステリとして十分に遊んでいる本書なので、よくもここまで盛り込んだものだと感心した。
ということで、最近増えているメタミステリにまた新顔が加わったわけだが、本書はメタ度合いがそこまでマニアックではなく、本格ミステリとしても普通に楽しく読める一冊である。おすすめ。
こんな話。ミステリの書き方を教えるハウトゥ本の作者、アーネスト・カニンガム。彼は三年ぶりに行われるカニンガム一家の集いに出席するため、スキーリゾート地にあるロッジへ向かっていた。
だがアーネストには憂鬱しかなかった。一家は数年前に起こったある出来事のため、世間から白い目で見られていたし、加えて彼自身は家族からも冷たい目で見られていたからだ。しかも、今回の集まりの目的がそもそも……。
そんなアーネストの憂鬱に輪をかけるように、到着翌日にさっそく殺人事件が起こる……。
▲ベンジャミン・スティーヴンソン『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』(ハーパーBOOKS)【amazon】
いやあ、これは面白いわ。本作は基本的にはクリスティに代表されるような古典の本格ミステリというスタイルをとっているのだが、同時にメタミステリでもある。
本作自体が語り手の体験した事件の手記という形であり、そこにミステリならではの創作テクニックに関するギミックを山ほど放り込んでくるのである。
そもそも本編に入る前から、英国のミステリ黄金期に結成されたディテククション・クラブの入会宣誓文やノックスの十戒が載っていたりする。これらはすなわち作者の姿勢を示すわけだが、これだけでは足りないと見たか、プロローグでさらに意図を補足し、おまけに、読者はそこで語り手が「ミステリの書き方を教えるハウトゥ本を執筆する作家」であることも知る。こんなに胡散臭い主人公を設定するだけでも拍手ものである。
本編に入ってからも、さらにメタ度は加速する。雪の山荘というお約束のような設定もその一つだが、何よりミステリに関するルールや蘊蓄が事あるごとに披露され、そしてそれが本作の執筆にどのような案配で生かされているのか、語り手自ら解説する。
作者は本格ミステリを愛する者の矜持として、ノックスの十戒に抗うことはせず、いかにフェアプレイを実践しているか、そういうことまでフォローする。もちろんネタバレはしない。だが、先のストーリー展開にあえて触れることで(何ページでぼくは誰それに殴られる、とか)、より読者に赤いニシンをばら撒くのである。
ただし、メタ云々とはいってもそこまで厄介なものではないので、変に構えることもない。数が多いので人によってはこれらをウザいと思うかもしれないが(苦笑)、個人的にはこの茶目っ気が微笑ましく、ドヤ顔でやられる作品よりはよほど楽しい。
肝心の本格ミステリとしての出来だが、メタミステリ色を取り除くと本当にオーソドックスなミステリに仕上げている。メタミステリでなくとも十分に通用するレベルである。トリック云々というところにあまり見るものはないが、上でも書いたように、基本的に手がかりの散らし方や見せ方が上手い。
特に前半はストーリーの面でも次から次へと驚かされる。特別凄いことをやっているのではく、事実を提示する順番を工夫することで、その事実が与える効果を最大にしているのである。
ただ、真相はけっこう複雑であり、しかも作品のテイストにそぐわないぐらいヘビーなものだったので、それまでのややライトな感じとそぐわない印象も受けた。
あと、どうしても気になるのが、『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』というタイトルだろう。
なかなか引きが強いが、これはどちらかというと、作者が読者に仕掛けた遊びであり、真相と直接関わるわけではない。このタイトルがちゃんとストーリーに反映されているかどうか、作者がそれを実践してみせるという遊びである。それだけのことなのだが(テーマとしては意味があるけれども)、そもそもメタミステリとして十分に遊んでいる本書なので、よくもここまで盛り込んだものだと感心した。
ということで、最近増えているメタミステリにまた新顔が加わったわけだが、本書はメタ度合いがそこまでマニアックではなく、本格ミステリとしても普通に楽しく読める一冊である。おすすめ。