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陸秋槎『喪服の似合う少女』(ハヤカワミステリ)
陸秋槎の『喪服の似合う少女』を読む。作者の作品では『元年春之祭』に感銘を受けたが、その後の『雪が白いとき、かつそのときに限り』や『文学少女対数学少女』があまり好みではなく、もういいかなと思っていたのだが、本作はロス・マクドナルドにインスパイアされて書かれた作品だということで興味を惹かれ、結局、手にとった次第である。
こんな話。時は1934年、中華民国の省城で私立探偵を営む劉雅弦(りゅうがげん)のもとへ依頼人が現れた。依頼人は富豪の父を持つ葛令儀(かつれいぎ)という女子学生で、行方不明になった友人・岑樹萱(しんじゅけん)を探してほしいという。
劉雅弦は学校を皮切りに調査を始めると、やがて映画館を蹴営する岑樹萱の父が借金を抱えたまま行方不明になった事実が浮かび上がる。なおも調査を続ける劉雅弦だったが、謎の男から襲撃を受ける……。
※葛の「ヒ」は、本書中では「L+人」
▲陸秋槎『喪服の似合う少女』(ハヤカワミステリ)【amazon】
作者が「あとがき」で述べるように、本作はハードボイルドの大家、ロス・マクドナルドに影響を受けて書かれている。これまで書かれた作品の多くが本格ミステリなので、かなり意外な感じは受ける。
ただし、その一方でこれまでの作品は抒情性に重きを置いていたり、文体も比較的淡々としているので(これは翻訳のおかげでもあるが)、考えるとハードボイルド路線はけっこう作者に向いているのかもしれない。それこそロス・マクドナルドにしても本格テイストを多く含んだハードボイルドという作風でも知られていることだし。
実際、本作を読み終えて、その雰囲気の良さにちょっと驚いた。文体や抒情性、謎解きといった要素が程よく混ざり合い、いいバランスの上で成り立っている。もともと作者の備えている資質や作風が、ハードボイルドとかなり相性のいい印象である。
また、ハードボイルドとして成立させるため、作者もさまざまな研究や工夫を重ねているようで、時代や舞台の設定もその一つの結果であるようだ。確かに現代中国で私立探偵業が通用するとはさすがに思えない(なんと法律で禁じられているらしい)。
最も好感が持てたのは、探偵のキャラクターばかりにスポットを当てたミステリではなく、ロスマクのようにあくまで事件中心のミステリで、しかもテーマは家族の関係性であること。
ただ、主人公のプライベート的興味をあまり前面に出さないのはいいとしても、性格がやや流されすぎというか拘りに欠けるのは物足りない。あとがきによると作者はロスマクだけでなく、グラフトンやパレツキーも参考にしているとあったが、彼女たちは常に強気で、そのせいでたびたび痛い目にもあうわけで、諸先輩に比べるとその点では随分おとなしい。
ついでに物足りないところをもう二つほど挙げておくと、一つはとんとん拍子に話が進みすぎる嫌いがあること。その分摩擦も少なく、上で書いた主人公の淡白さにも影響しているように思う。
もう一つはラストが少々モタモタしている感じである。静かに幕を閉じることで余韻を生かしたいのだろうが、どんでん返しも含んでいるところなので、もう少し盛り上げても良かったのではないだろうか。
ということで長所短所それぞれあるので、まずは面白く読めたけれども、まだ評価を述べるには早いような気がする。戦前の中国を舞台にしたミステリという点が最大の魅力でもあるので、次作ではこの舞台装置もさらに生かした物語にしてほしいところである(次作があればだが)。
こんな話。時は1934年、中華民国の省城で私立探偵を営む劉雅弦(りゅうがげん)のもとへ依頼人が現れた。依頼人は富豪の父を持つ葛令儀(かつれいぎ)という女子学生で、行方不明になった友人・岑樹萱(しんじゅけん)を探してほしいという。
劉雅弦は学校を皮切りに調査を始めると、やがて映画館を蹴営する岑樹萱の父が借金を抱えたまま行方不明になった事実が浮かび上がる。なおも調査を続ける劉雅弦だったが、謎の男から襲撃を受ける……。
※葛の「ヒ」は、本書中では「L+人」
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作者が「あとがき」で述べるように、本作はハードボイルドの大家、ロス・マクドナルドに影響を受けて書かれている。これまで書かれた作品の多くが本格ミステリなので、かなり意外な感じは受ける。
ただし、その一方でこれまでの作品は抒情性に重きを置いていたり、文体も比較的淡々としているので(これは翻訳のおかげでもあるが)、考えるとハードボイルド路線はけっこう作者に向いているのかもしれない。それこそロス・マクドナルドにしても本格テイストを多く含んだハードボイルドという作風でも知られていることだし。
実際、本作を読み終えて、その雰囲気の良さにちょっと驚いた。文体や抒情性、謎解きといった要素が程よく混ざり合い、いいバランスの上で成り立っている。もともと作者の備えている資質や作風が、ハードボイルドとかなり相性のいい印象である。
また、ハードボイルドとして成立させるため、作者もさまざまな研究や工夫を重ねているようで、時代や舞台の設定もその一つの結果であるようだ。確かに現代中国で私立探偵業が通用するとはさすがに思えない(なんと法律で禁じられているらしい)。
最も好感が持てたのは、探偵のキャラクターばかりにスポットを当てたミステリではなく、ロスマクのようにあくまで事件中心のミステリで、しかもテーマは家族の関係性であること。
ただ、主人公のプライベート的興味をあまり前面に出さないのはいいとしても、性格がやや流されすぎというか拘りに欠けるのは物足りない。あとがきによると作者はロスマクだけでなく、グラフトンやパレツキーも参考にしているとあったが、彼女たちは常に強気で、そのせいでたびたび痛い目にもあうわけで、諸先輩に比べるとその点では随分おとなしい。
ついでに物足りないところをもう二つほど挙げておくと、一つはとんとん拍子に話が進みすぎる嫌いがあること。その分摩擦も少なく、上で書いた主人公の淡白さにも影響しているように思う。
もう一つはラストが少々モタモタしている感じである。静かに幕を閉じることで余韻を生かしたいのだろうが、どんでん返しも含んでいるところなので、もう少し盛り上げても良かったのではないだろうか。
ということで長所短所それぞれあるので、まずは面白く読めたけれども、まだ評価を述べるには早いような気がする。戦前の中国を舞台にしたミステリという点が最大の魅力でもあるので、次作ではこの舞台装置もさらに生かした物語にしてほしいところである(次作があればだが)。
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