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メアリー・ロバーツ・ラインハート『ローランド屋敷の秘密』(ヒラヤマ探偵文庫)
メアリー・ロバーツ・ラインハートの『ローランド屋敷の秘密』を読む。本業は看護婦ながら警察の依頼を受けて潜入捜査も行うミス・ピンカートンことヒルダ・アダムズ。本作は彼女を主人公とするシリーズの最終作である。
従軍看護婦を志願するものの、不整脈を理由に却下されたヒルダ。「田舎へ引っ込んで養鶏でもやるわ」とくさる彼女に、フラー警部補が住み込み看護婦としての潜入捜査を打診する。
その潜入先とは、最近不可解な事件が頻発するというローランド屋敷だ。女主人アリスのもとに、真珠湾攻撃をきっかけに疎開してきた姉のニーナとその娘トニーの三人が、使用人たちと暮らしている。事件の中心となるのは娘のトニー。彼女は夢遊病の状態で母親ニーナに対して発砲事件を起こし、そのほかにも母親と乗っていた自動車でも大事故を起こしていたのだ。トニーは理由もなく婚約を破棄したばかりで、精神的に不安定だというのだが……。
ラインハートはご存知のようにHIBK(Had-I-But-Known=もし知ってさえいたら……)派で知られる作家。内省や忖度が多すぎるヒロイン、勿体ぶった語り口など、全体的にネガティヴな印象が強くて個人的には苦手な作家なのだが、それをいい意味で裏切ってくれたのが、ヒルダ・アダムズを主人公とする『ミス・ピンカートン』だった。一番の魅力は何といっても溌剌とした主人公のキャラクターにあるが、ストーリーなども予想以上に動きがあって悪くない一作だった。
本作はそのヒルダ・アダムズ・シリーズの最終作である。『ミス・ピンカートン』では二十代の印象があったヒルダだが、本作ではアラフォーに差し掛かっており、まずそこに驚く。
シリーズものの女性主人公でここまで年齢を重ねた設定はあまり記憶になく、白髪や不整脈などの話が出るなど、ヒルダがそろそろアマチュア探偵引退を考えるところなどが小ネタとして差し込まれる。挙句にフラー警部補とのロマンス(寿退職?)なども匂わせて、著者はシリーズの完結を考えていた気配が濃厚である。
そんな興味を盛り込みつつ、メインストーリーもなかなか興味深い。娘に二度殺されそうになり、今も娘の支配下に置かれる母親という設定が強烈だ。そんな状況を周囲の人間がなぜ放っておくのかという疑問もあり、導入としては悪くない。
さすがに強引すぎるため、各人の行動などには説得力に欠けるきらいもあって、そこが惜しいところではあるが、サスペンスも上々で全般的には楽しく読めた。
ただ、これは本当にどうしようもないところだが、解説でも触れられているとおり、本作には現代の倫理観にそぐわない記述がある。本書は私家版だからこうして刊行することもできたのだろうが、正直、商業出版では難しいだろう。とはいえ作品を無かったことにするのではなく、誤った部分を踏まえたうえできちんと作品と向き合うことが重要である。古典に接するとき、せめてそういう意識はもって読みたいものだと思う。
従軍看護婦を志願するものの、不整脈を理由に却下されたヒルダ。「田舎へ引っ込んで養鶏でもやるわ」とくさる彼女に、フラー警部補が住み込み看護婦としての潜入捜査を打診する。
その潜入先とは、最近不可解な事件が頻発するというローランド屋敷だ。女主人アリスのもとに、真珠湾攻撃をきっかけに疎開してきた姉のニーナとその娘トニーの三人が、使用人たちと暮らしている。事件の中心となるのは娘のトニー。彼女は夢遊病の状態で母親ニーナに対して発砲事件を起こし、そのほかにも母親と乗っていた自動車でも大事故を起こしていたのだ。トニーは理由もなく婚約を破棄したばかりで、精神的に不安定だというのだが……。
ラインハートはご存知のようにHIBK(Had-I-But-Known=もし知ってさえいたら……)派で知られる作家。内省や忖度が多すぎるヒロイン、勿体ぶった語り口など、全体的にネガティヴな印象が強くて個人的には苦手な作家なのだが、それをいい意味で裏切ってくれたのが、ヒルダ・アダムズを主人公とする『ミス・ピンカートン』だった。一番の魅力は何といっても溌剌とした主人公のキャラクターにあるが、ストーリーなども予想以上に動きがあって悪くない一作だった。
本作はそのヒルダ・アダムズ・シリーズの最終作である。『ミス・ピンカートン』では二十代の印象があったヒルダだが、本作ではアラフォーに差し掛かっており、まずそこに驚く。
シリーズものの女性主人公でここまで年齢を重ねた設定はあまり記憶になく、白髪や不整脈などの話が出るなど、ヒルダがそろそろアマチュア探偵引退を考えるところなどが小ネタとして差し込まれる。挙句にフラー警部補とのロマンス(寿退職?)なども匂わせて、著者はシリーズの完結を考えていた気配が濃厚である。
そんな興味を盛り込みつつ、メインストーリーもなかなか興味深い。娘に二度殺されそうになり、今も娘の支配下に置かれる母親という設定が強烈だ。そんな状況を周囲の人間がなぜ放っておくのかという疑問もあり、導入としては悪くない。
さすがに強引すぎるため、各人の行動などには説得力に欠けるきらいもあって、そこが惜しいところではあるが、サスペンスも上々で全般的には楽しく読めた。
ただ、これは本当にどうしようもないところだが、解説でも触れられているとおり、本作には現代の倫理観にそぐわない記述がある。本書は私家版だからこうして刊行することもできたのだろうが、正直、商業出版では難しいだろう。とはいえ作品を無かったことにするのではなく、誤った部分を踏まえたうえできちんと作品と向き合うことが重要である。古典に接するとき、せめてそういう意識はもって読みたいものだと思う。
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Comments
Edit
犬ミステリの名作、個人的にはジョゼ・ジョヴァンニ「犬橇」ですねえ。番犬を食い殺すシーンが特に好き(笑)
北上次郎が猛プッシュしていた「自由への逃亡」はいまいちピンとこなかったけど高校生だったからかな。
Posted at 03:42 on 01 16, 2022 by ポール・ブリッツ
ポール・ブリッツさん
>犬ミステリの名作、個人的にはジョゼ・ジョヴァンニ「犬橇」ですねえ。
これは同感。
>北上次郎が猛プッシュしていた「自由への逃亡」はいまいちピンとこなかったけど高校生だったからかな。
こちらも読んでいますが、もう内容忘れちゃったなぁ。『自由への逃亡』は当時から知る人ぞ知るみたいな言われようでしたから、好き嫌いは出るのかも。
Posted at 10:39 on 01 16, 2022 by sugata