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輪堂寺耀『十二人の抹殺者』(戎光祥出版)
戎光祥出版でスタートした「ミステリ珍本全集」の二巻目、輪堂寺耀(りんどうじよう)の『十二人の抹殺者』を読む。
『本格ミステリ・フラッシュバック』でも紹介されたレア中のレア長篇『十二人の抹殺者』に加え、単行本未収録の中編『人間掛軸』まで収録したスペシャルお買い得版である。
解説でも詳しく書かれているし、既にもろもろの情報がネットには溢れているのだが、このブログは管理人のメモ代わりでもあるので、まずは作者についてまとめておくと、著者の輪堂寺耀は本名、九谷巌雄。昭和二十年代を中心に、尾久木弾歩、東禅寺明などのペンネームでも活躍した探偵小説作家である。
ただし、尾久木弾歩の正体については、当初、戦後の探偵小説誌「妖奇」の発行人、本多喜久夫ではないかと推測されていたらしい。その理由として、「妖奇」にいくつかの作品を発表していたこと、また、本多喜久夫(ほんだきくお)を逆さまに読むと尾久木弾歩(おくぎだんぽ)となることである。
ただ、どうやら本多喜久夫は新人無名の作家の作品を雑誌掲載するとき、勝手に尾久木弾歩というペンネームで載せていたことがあったようで、輪堂寺耀の作品も本人が知らないうちに尾久木弾歩名義で掲載されたことがあったようだ。
解説には探偵小説の有名なコレクター若狭邦男氏による著者インタビューが収録されており、ようやくこのあたりの事情が明らかになっているのだが、それでも不明な点はまだ残されており、すべてが明確になる前に著者が亡くなってしまったことが非常に残念である。
さて、問題の中身である。なんせ「珍本全集」の一冊であることから、読む前の期待と不安はなかなかのものだ。とりあえずこのレア本が読めるというだけで元はとったも同然なのだが、それでもやはりつまらないよりは面白い方がいいに決まっている。
広島市のはずれ、同じ敷地内に隣接する結城家と鬼塚家があった。親戚同士の両家では、鬼塚家の郁夫と結城家の節子が婚約しているものの、その陰では複雑な人間関係があり、それぞれの思惑が交錯していた。
そんな両家のもとへ不審な年賀状が届く。そこには「謹賀死年」や「恐賀新年」、「死にましてお芽出とう」といった、死を予告するかのような文面ばかりが綴られていた。
悪質な冗談と思いきや、やがてこの予告どおりに家族が一人また一人と殺害されてゆく。警察の捜査も難航するなか、病気療養中だった探偵、江良利久一が現れるが……。
いやあ、噂どおりの珍本怪作。
基本的には古き良き本格探偵小説の衣をまとっている作品である。ただし、著者があまりに本格魂に溢れすぎているため、本格探偵小説の備えているエッセンスが極端なまでにデフォルメされてしまって、とんでもなくバランスを欠いた作品となってしまった。
例えば、限定された場所で九件の連続殺人が起き、その多くが不可能犯罪というミステリなど、普通の作家はまず書かない。
二つ三つまではいいだろう。しかし、同じ敷地内の二軒の屋敷でこれだけの殺人事件が起きるという状況は、普通はありえない。そもそも警察が厳重な警戒にあたるはずだし、家族もいったん家を離れそうなものだ。
また、どろどろした人間関係が事件のベースにあるのはよいとして(むしろ、これも本格ミステリにはお約束みたいなところなのだが)、こちらも必要以上にややこしくしすぎている嫌いがあり、いっしょに暮らしている親戚家族なのに平気で「あいつが怪しい」とか警察に証言するなど、どうにもやりすぎの感が強い。
本格探偵小説としては、まずまずコードに沿ったスタイルではあるのだが、度を超すとむしろサスペンスが笑いに転じてしまうという悪しき見本であろう。連続殺人を書くのは全然かまわないけれど、そこまでやるのなら、それなりのリアリティがほしいところだ。
ただ、著者がやりたかったことは十分理解できる。連続殺人に不可能犯罪、屈折した人間関係など、クラシックミステリ好きには堪えられない設定である。しかもひとつの犯罪ごとにトリックの解明をやってくれるという構成なので、本格の割にはテンポもよく、物語を引っ張る力は意外に強い。
肝心のトリック自体はいまひとつなのだけれど、逆密室とか他殺的自殺的他殺とか作中でマニアックなアプローチをしていたり、そのトリックを解明する過程の推理合戦的なところも面白く、最終的にはフーダニットで引っ張るところも悪くない試みだ。
まあ、探偵自身は物語半ばで真相に気づいている旨をのたまうのだが、決め手がないとか言って明らかにせず、そうこうしているうちにさらに犠牲者が増える一方というのはいただけない。これも本格探偵小説の悪しき風習といえるだろうが、探偵が臭わすのはいいとしても、その後の被害者が多すぎである。「おまえ、本当は気づいてなかったんちゃうんか」と思わずツッコミたくなること請け合い。この探偵の使命感というか責任感というのはどうなっているのかはなはだ疑問である。
このように欠点の多い小説ではあるが、昭和初期の本格探偵小説のムードに酔いたいという人であれば、意外に楽しめることもまた確か。要素事態は紛れもなく本格のコードに沿ったものであり、ツボは間違いなく突いているといえる。
といっても、あくまで幻の作品を読んでみたいというディープな人に限った話であり、とても一般のミステリファンにおすすめできる代物ではないけれど(苦笑)。
中篇の『人間掛軸』も同じく江良利久一を探偵役とし、連続殺人を扱った一作。
こちらは犠牲者が掛軸のような状態で殺害されているという、ビジュアル的にも派手な展開であり、コンパクトにまとまっている分、実は『十二人の抹殺者』 よりも読ませる。メイントリックにアレを使うなど、ガッカリするところもあるのだが、雰囲気は『十二人の抹殺者』に勝るとも劣らない。
なお、あえて蛇足と言わせていただくが、実は本書でもっともいただけなかったのは、著者の倫理観というか偏見の部分である。特に遺伝などについては時代性を考慮しても痛い描写が多く、かなり不愉快な部分。
長らく幻の作品だったのは、出来云々よりその部分に問題があったからではないかと思った次第である。
『本格ミステリ・フラッシュバック』でも紹介されたレア中のレア長篇『十二人の抹殺者』に加え、単行本未収録の中編『人間掛軸』まで収録したスペシャルお買い得版である。
解説でも詳しく書かれているし、既にもろもろの情報がネットには溢れているのだが、このブログは管理人のメモ代わりでもあるので、まずは作者についてまとめておくと、著者の輪堂寺耀は本名、九谷巌雄。昭和二十年代を中心に、尾久木弾歩、東禅寺明などのペンネームでも活躍した探偵小説作家である。
ただし、尾久木弾歩の正体については、当初、戦後の探偵小説誌「妖奇」の発行人、本多喜久夫ではないかと推測されていたらしい。その理由として、「妖奇」にいくつかの作品を発表していたこと、また、本多喜久夫(ほんだきくお)を逆さまに読むと尾久木弾歩(おくぎだんぽ)となることである。
ただ、どうやら本多喜久夫は新人無名の作家の作品を雑誌掲載するとき、勝手に尾久木弾歩というペンネームで載せていたことがあったようで、輪堂寺耀の作品も本人が知らないうちに尾久木弾歩名義で掲載されたことがあったようだ。
解説には探偵小説の有名なコレクター若狭邦男氏による著者インタビューが収録されており、ようやくこのあたりの事情が明らかになっているのだが、それでも不明な点はまだ残されており、すべてが明確になる前に著者が亡くなってしまったことが非常に残念である。
さて、問題の中身である。なんせ「珍本全集」の一冊であることから、読む前の期待と不安はなかなかのものだ。とりあえずこのレア本が読めるというだけで元はとったも同然なのだが、それでもやはりつまらないよりは面白い方がいいに決まっている。
広島市のはずれ、同じ敷地内に隣接する結城家と鬼塚家があった。親戚同士の両家では、鬼塚家の郁夫と結城家の節子が婚約しているものの、その陰では複雑な人間関係があり、それぞれの思惑が交錯していた。
そんな両家のもとへ不審な年賀状が届く。そこには「謹賀死年」や「恐賀新年」、「死にましてお芽出とう」といった、死を予告するかのような文面ばかりが綴られていた。
悪質な冗談と思いきや、やがてこの予告どおりに家族が一人また一人と殺害されてゆく。警察の捜査も難航するなか、病気療養中だった探偵、江良利久一が現れるが……。
いやあ、噂どおりの珍本怪作。
基本的には古き良き本格探偵小説の衣をまとっている作品である。ただし、著者があまりに本格魂に溢れすぎているため、本格探偵小説の備えているエッセンスが極端なまでにデフォルメされてしまって、とんでもなくバランスを欠いた作品となってしまった。
例えば、限定された場所で九件の連続殺人が起き、その多くが不可能犯罪というミステリなど、普通の作家はまず書かない。
二つ三つまではいいだろう。しかし、同じ敷地内の二軒の屋敷でこれだけの殺人事件が起きるという状況は、普通はありえない。そもそも警察が厳重な警戒にあたるはずだし、家族もいったん家を離れそうなものだ。
また、どろどろした人間関係が事件のベースにあるのはよいとして(むしろ、これも本格ミステリにはお約束みたいなところなのだが)、こちらも必要以上にややこしくしすぎている嫌いがあり、いっしょに暮らしている親戚家族なのに平気で「あいつが怪しい」とか警察に証言するなど、どうにもやりすぎの感が強い。
本格探偵小説としては、まずまずコードに沿ったスタイルではあるのだが、度を超すとむしろサスペンスが笑いに転じてしまうという悪しき見本であろう。連続殺人を書くのは全然かまわないけれど、そこまでやるのなら、それなりのリアリティがほしいところだ。
ただ、著者がやりたかったことは十分理解できる。連続殺人に不可能犯罪、屈折した人間関係など、クラシックミステリ好きには堪えられない設定である。しかもひとつの犯罪ごとにトリックの解明をやってくれるという構成なので、本格の割にはテンポもよく、物語を引っ張る力は意外に強い。
肝心のトリック自体はいまひとつなのだけれど、逆密室とか他殺的自殺的他殺とか作中でマニアックなアプローチをしていたり、そのトリックを解明する過程の推理合戦的なところも面白く、最終的にはフーダニットで引っ張るところも悪くない試みだ。
まあ、探偵自身は物語半ばで真相に気づいている旨をのたまうのだが、決め手がないとか言って明らかにせず、そうこうしているうちにさらに犠牲者が増える一方というのはいただけない。これも本格探偵小説の悪しき風習といえるだろうが、探偵が臭わすのはいいとしても、その後の被害者が多すぎである。「おまえ、本当は気づいてなかったんちゃうんか」と思わずツッコミたくなること請け合い。この探偵の使命感というか責任感というのはどうなっているのかはなはだ疑問である。
このように欠点の多い小説ではあるが、昭和初期の本格探偵小説のムードに酔いたいという人であれば、意外に楽しめることもまた確か。要素事態は紛れもなく本格のコードに沿ったものであり、ツボは間違いなく突いているといえる。
といっても、あくまで幻の作品を読んでみたいというディープな人に限った話であり、とても一般のミステリファンにおすすめできる代物ではないけれど(苦笑)。
中篇の『人間掛軸』も同じく江良利久一を探偵役とし、連続殺人を扱った一作。
こちらは犠牲者が掛軸のような状態で殺害されているという、ビジュアル的にも派手な展開であり、コンパクトにまとまっている分、実は『十二人の抹殺者』 よりも読ませる。メイントリックにアレを使うなど、ガッカリするところもあるのだが、雰囲気は『十二人の抹殺者』に勝るとも劣らない。
なお、あえて蛇足と言わせていただくが、実は本書でもっともいただけなかったのは、著者の倫理観というか偏見の部分である。特に遺伝などについては時代性を考慮しても痛い描写が多く、かなり不愉快な部分。
長らく幻の作品だったのは、出来云々よりその部分に問題があったからではないかと思った次第である。
satoshiさん
コメントありがとうございます。
決して嫌いなタイプではないんですが、引っかかるところがいろいろ多すぎて、ほんとに困った作品ですね(苦笑)。
Posted at 23:46 on 07 04, 2014 by sugata