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はてなキーワード: 落合とは

2026-03-27

日本大企業病って、要するにブランド志向の末路だよね。

大きいものが好き。大きいもの帰属して傘に着たい。

地方行政無駄に巨大化(合併)。スタートアップ地元企業も守らない。

それでとにかく足が遅くなって社会保守化

 

こう考えると、なんで「リベラル」も全然リベラルじゃないのかわかる。

国産信仰でないだけで、舶来信仰の別のブランド志向に過ぎないから、本当にリベラルな個々の草の根活動なんかは伸びないんだよね。

欧米どころか、アジア新興国リベラルとも全然歩調があわないのはこういうところ。

かえって穏健なネオリベの方が普通リベラルとは相性が良いから、オードリータンみたいな海外セレブのお友だちは、日本左翼じゃなくて落合陽一や安野貴博。

これが現実

2026-03-06

落合陽一 Yoichi OCHIAI

@ochyai

·

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あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

な…何を言っているのかわからねーと思うが

クローコードクローコード作ってって言って寝たら,朝起きたらクローコードが出来てたんだ…

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/forest.watch.impress.co.jp/docs/serial/aistream/2090895.html

洋一がんばったんか

これで七光りから脱却できたな

2026-02-15

阿弥陀籤(アミダくじ)その他の話

阿弥陀の数だけ強く成れるのか否かは知る術も無いが、日本では「アミダくじ」を知らない人の方が珍しいであろう。

では「阿弥陀」の名を冠する理由が何なのかを知っている人は、日本人全体の何%ぐらいだろうか。仮に「アミダくじがそう呼ばれるのは何故?」とクイズを出したら、正答者率は何%だろうか。

もし正答率が低いとすれば、その原因は、現代の我々が馴染んでいる「アミダくじ」と昔の「阿弥陀籤」とでは形状が大きく異なるためである

現代の我々に馴染み深い「アミダくじ」は、複数の進路を上→下あるいは左→右のように同一方向に向けて平行に並べるため、全体的な形状として、謂わば「四角形」に見える。

それに対して昔の「阿弥陀籤」は、複数の進路が中心から外に向かって伸びる「放射状」に描かれていたという。この「放射状に伸びる複数の進路」が、阿弥陀如来の放射状の光背を想起させるため「阿弥陀籤」と呼ばれるようになったと考えられている。

これは、仏教美術に関心を持つ人の間では、比較的知られている豆知識らしい。ちなみに私は、仏教美術の本ではなく、数学の本を読んでこの豆知識を得た。

しかし、あくまでも個人的想像ではあるが「阿弥陀籤」と呼ばれるようになったのは、単なる形状の類似に留まらず、心情的な理由も有ったのではないか

このように私の想像掻き立てるのは、中世職人歌合(しょくにんうたあわせ)と呼ばれるもの存在たかである。歌合は、柔道団体戦のように、二組に分かれた詠歌者のチームが、双方一人ずつ対戦者を出し、何らかのお題の下に各々歌を詠んで出来栄えを競った(もしくは、そのような体裁歌集を絵巻物等として制作した)。つまり、歌合戦ならぬ和歌合戦である

職人歌合の場合、各対戦毎の歌の題材としては、対となるイメージを持つ二種類の職人が設定された。例えば、鋸引きと石切り、獅子舞と猿飼といった具合である和歌合戦の対戦者は、其々二つのうちどちらかの職人モチーフに選んでから歌を詠むのである

この職人歌合で興味深いのは、対となるイメージを持つ職人の組み合わせとして「巫(かんなぎ巫女)と博奕[博打](ばくうち)」が登場する例が見られることである現代では「博奕・博打」は賭博行為を指すが、ここでは賭博で金や物を稼ぐその人を指す。巫(シャーマン)が神憑りによって神託を告げる職であったこから、博奕・博打もまた、或る種の神託を告げる職として古人には捉えられていたことを示唆している。

賭博行為神託の顕現と見做された理由は、一つには、賭博勝敗を決定する過程(サイコロを振る、コイントスする等)にランダム性、偶然性、不確定性が伴うからであろう。ヒトが結果を予見したり操作したりすることが殆ど不可能現象であるが故に、超越者の意思がその結果を左右する、若しくは、結果を予見できるのは超越者のみであると信じられた。それが賭博行為イコール或る種の神託というイメージを生んだのであろう。巫(シャーマン)の神憑りによる神託も、忘我状態で口走る言葉の非論理性、飛躍性、意味不明性、不可解性が「超越者にしか発信や解読が困難なメッセージ」と見做されたのであろう。

アミダくじに対して、ランダム性、偶然性、不確定性が有るように感じるか否かは、人により若干異なるかもしれない。アミダくじは数学の本で取り上げられることがある(線形代数で置換が登場する際にアミダくじに喩えて解説する等)が、有限個の対象や離散的な対象を取り扱うことは、連続的な対象を取り扱うことよりも、低く見られがちな傾向がある。

そんなアミダくじではあるが、進路の本数が増えて、作り方に少し工夫を施せば、一見しただけでは直ちに結果を見抜くのは結構難しくなる。ちなみに増田小学生の頃、学級当番を選出するのにアミダくじを用いていたが、くじの参加者各自が出発点を選択するのと同時に、横棒を一本書き加えていた。こういった工夫を施せば、作成者コントロールを離れ、たかアミダくじ程度でも、簡単には結果を予見できないものに変貌する。こうなると「結果を左右することや知ることは、ヒトには無理で、それが可能なのは超越者だけなのではないか?」というイメージを、アミダくじに対しても抱く者が現れておかしくはない。こうした「超越者のみが結果に関与し得る」というイメージが、或る種のくじと阿弥陀如来との結合を生む心理的原動力になったのではないだろうか。とまあ、そのように私は想像するのであるもっとも、これは単なる想像であって、証明不可能である。それに、古人が超越者をイメージしたと想定するにしても、如何にして阿弥陀如来が選ばれたのかを説明できねばならない。仏教美術研究専門家意見を聞きたいものである

少し話題を変える。

職人としての博奕・博打が「神託に関わる者」と見做された理由を、初めに賭博行為くじ引きランダム性、偶然性、不確定性に求めたが、もっと直接的な理由もあり得る。

それは、博奕・博打に付き物の骰子(さいころ)の素材である

職人歌合の絵巻物では、骰子そのものは見づらいが、双六盤らしきものを手元に置く姿で博奕・博打の姿が描かれているので、彼らが骰子を持っていることはほぼ確実である。この骰子であるが、古の時代には、鹿の角や骨を加工して作られていたと言われている。現代人の感覚からすれば、木材や石を加工して作る方が、材料の入手も加工も簡単に思える。したがって、態々鹿の骨や角を骰子の材料として用いたことには、古人にとって、それ相応の理由が有ったものと考えねばなるまい。

鹿は、山野に棲まう神の使い、或いは、神そのものである。その骨や角を材料にして作られるモノである骰子は、霊的・呪術的な力を持つモノと考えられた(期待された)のではないだろうか。

おそらく、鹿の骨や角と霊的・呪術的な力のイメージの結合は、遠く甲骨文字の生まれ時代へと遡ることができる。漢字起源となった甲骨文字が、亀の甲羅動物の骨を焼き、そこに生じた亀裂(当に"亀裂"とは、甲骨卜占が無ければ生まれなかった言葉ではないか?)で吉凶を占った際に、その甲羅や骨に占いの結果を刻み付けて記録した記号象形文字からまれたことは、よく知られている。この卜占("ヒビ割れ[卜]"による占い)に際して、亀の甲羅と同じぐらいよく用いられたのは、四足獣の肩甲骨であり、中でもそれは鹿や猪のものであるという。

遠い昔の祖先が鹿の骨で吉凶を占った記憶が受け継がれて、鹿の骨(や角)に霊的・呪術的な力が宿るというイメージを生み、博奕・博打の骰子を制作する材料として選ばれたのかも知れない。そんな風にも想像する。

ところで、甲骨文字の生まれる元となった卜甲・卜骨に関しては面白い話が有る。

漢字甲骨文字古代中国研究である落合淳思氏の著書によれば、甲骨卜占を行なう際に生じるヒビ割れは、焼く前の甲骨に予め細工を施しておくことによって、どのような形状になるのかをかなりの程度までコントロール可能であるという(落合氏自らの実験と発掘された甲骨に残された痕跡に基づく)。「つまり、見かけ上では、甲骨卜占によってあらわれた神の意志によって政治をするという形なのだが、実際には王が実行したい政策を甲骨卜占を通して正当化していたのである」(落合淳思『漢字字形』[中公新書2534]p8から引用)

この甲骨に残された人工的亀裂は、現代人の視点から見れば「インチキw」と言いたくなるところではあるが、神・超越者に依存せず、人間が自らの意志と手によって未来を切り開こうと挑戦し始めた、涙ぐましい努力第一歩を記した痕跡であるとも解釈することができる。

大昔の占いくじ引きの類は、重要物事に関して判断決断に迷った古人が、藁にもすがる思いで行なったに違いない。しかし、自らの運命を(仮令、神仏のような超越者であろうと)"他者"の手に完全に委ねてしまうことには、やはり人間は堪えられないのではないか。P.K.ディックSF小説『高い城の男』では、作中の登場人物の誰も彼もが、不安に駆られて『易経』による占い依存していたが、それで彼らの不安が解消されることは無く、むしろ不安が増していたことを思い出す。

そう考えると、私の小学生時代、学級当番を決めるためのアミダくじを行なう際、生徒各自が一筆の横棒を書き加えていたのは、ランダム性・偶然性・不確定性を確保するためというよりは、むしろ直感的に子供なりの方法で、自らの運命に自らの手で関与しようとしていたのかもしれない。

最後に。

職人歌合にも詠まれた博奕・博打たちは、ラッキーアイテムとして、狼の牙を身に着けていたという。骰子は、鹿の骨や角で作られている。したがって、鹿にとっての捕食者である狼(オオクチノマカミという荒ぶるカミ)の力を借りれば、骰子の出目も人の望むような良い結果に操れるに違いない。博奕・博打たちは、そのように考えていたのではないかと言われている。

甲骨卜占のヒビ割れの形状をコントロールしようとした人々とは若干異なるやり方ではあるものの、博奕・博打たちもまた、神託の結果を人間の手でコントロールしようという欲望意志を抱いていたのである

したがって、阿弥陀籤が阿弥陀如来の名を冠するようになった理由考察しようとするならば、単純に「形状が類似していたから」で済ませずに、古人が古人なりに未来選択しようと思考したであろうという可能性を、決して無視するべきではない。少なくとも古人は、阿弥陀如来を古人なりの考えで「選んだ」のである

我々の目から見て仮に他者無知蒙昧、迷信の徒に見えたとしても「彼らは何も考えていなかった/考えていないに違いない」と決めつけてしまえば、色々と取り零すものが生じてしまうのであろう。

23区一人暮らししながら親の仕送り生活してる

この生活して5年以上経って気付いたが、これ23区にこだわらず地方都市ですらない地方でもいいんじゃないかと思うようになってきた。

起きてる時間は常に暇。普通の人なら外に出て飯食ったり街ブラとかのレジャー楽しんだりするんだろうけど、自分は「自宅外で丸一日過ごす」ような外出を一ヶ月に一回もしていないことに気がついた。

一応、自宅から五反田新橋品川あたりなら電車で乗り換え無し20分弱で行ける場所に住んでるのに。

席で電子タバコ吸えるカフェがそこかしこにあるとかなら外で丸一日過ごすのもやぶさかではないんだけど、都心ほどそういうカフェ全然ない。

上野国立科学博物館美術館行ったりしてガッツリ外出してやろうかなとも思ったが、自分は夜暗くなっても自宅から離れた場所にいる状態にかなり不安を覚える謎の体質であり、そうなると日が短い秋冬なんかは午前9時には自宅を出発していないといけなくなるので、「今日もう遅すぎて都心行けねえわ」と諦めることになる。ほとんど毎日

そうなると、タバコ自由に吸えて好きなときオナニーできて夏涼しくて冬暖かい自室でいいじゃん、ということになり結局部屋に引きこもり、(大好きな)セブンイレブン食事調達してまた部屋に戻って夜に寝るという暮らしが自ずと通常運転になる。

から「これ別に地方でもいいじゃん」と思った。別に地方都市部から離れたエリアでも徒歩圏にセブンイレブンある場所はいくらでもあるだろうし。

自分と同じように働かず親の仕送り一人暮らししてる人って結構いるらしく、ネット空間限定友達すらいない俺でもSNS上で簡単に何人か見つけることができたほどなんだが、彼らはみんな世捨て人弱者・社不を自称している割には「外で遊ばないと死んじゃう!」みたいに随分と社会性が高くて、高円寺中野阿佐ヶ谷落合あたりに定住してやたら評価の高い個人経営カレー屋や洒落飲み屋に幾度となく繰り出し、こんな便利で楽しく刺激的な東京暮らし絶対に捨て難いと固い決意をしていた。自分とはまるっきり別人種だった。

俺、仕送りが相変わらずという条件付きなら釧路でも松山でも宮崎でも今と同じ快適さで暮らしていける気がするんだよなあ。

本当に出不精な体質なんだと思う。車だって持っててわざわざ月極駐車場契約してるのに週1回も使ってないからな。しかも使うとき絶対都心に行かず逆に山梨とか南房総を目指すという。

2026-02-04

落合陽一は七光りなのか?

いや、ビールアルミ缶の反射であれだけ汗かいてるのならそれはもう七光りっつーか懐中電灯地図と探索グッズ使ってちゃん洞窟から抜け出したって感じだろ。

2026-02-02

落合陽一って最初にバズってた動画で見たときはわけわからんこと言って煙に巻く変人だと思ってたけど

万博の流れでアートな人なんだなと気がついて

父親が死んでめちゃくちゃ普通大人が改まった時に使う言葉メッセージを出していて

やっぱり世の中で認知される著名人有名人はそのくらい当たり前に普通にできて当然なんだなと思った

芸能人でもおバカキャラはしょせんはキャラであってリアルではない

ファッション狂人はおると思うけどリアル狂人は表には出てこないね

2025-12-29

たぶん、今年最後の驚き

落合陽一の父親落合信彦」

2025-12-15

anond:20251215102034

飯田橋あたりって、神楽坂繁華街で色街だし、坂下りると低地だし、

あん新宿区民の中でも誇れる土地柄ではないよね

出版社とか多い土地柄で工場多いし

落ち着いた落合目白手前あたりが良いか

すこし煩くなるけど高田馬場あたりが良いか

もっと都心なら曙橋あたりかね

2025-12-13

anond:20251204013606

場末業界人が同じ話していたな

とても保守的業界なので落合やべーって話してたけど

落合視点から見たらそらそうなるやろと思いましたまる

2025-12-04

落合陽一とNullNullと新建築のこと

ここ数時間落合陽一はんがNullNullっちゅう大阪万博パビリオンの件で、新建築いう建築専門誌をめっちゃ突っついとるんや。

こないだ出た12月号が万博特集でな、見た感じほぼ全パビリオン網羅しとる思うわ。

これが何でインパクトあるかいうたら、新建築はこれまで万博についてほぼ黙っとったからや。

開幕時も、会期中も、閉幕時も、ほぼ一切触れてこんかったから「新建築万博に反対しとるんか?」いう声も出とったくらいや。

業界で一番権威ある雑誌が、建築の集まりみたいなイベントを完全スルーしとったわけやからな。

それがこの年末になって、ほぼ一冊丸ごと万博特集から、そらみんなビックリするやろ。

ほんで落合陽一はんや。

落合はんはNullNullのプロデューサーやった。設計したんはNoizっちゅう豊田啓介はんの事務所や。

NullNullは日経アーキテクチュアの表紙にもなっとったし、万博の目玉のひとつやったな。

ところが落合はん曰く、

新建築にNullNull載っとるの、雑誌出て初めて知ったぞ?ワイに何の話も来とらんやんけ!」

しかも載っとる図版、ワイが知っとるのと全然ちゃうやないか編集部どないなっとんねん!」

いうて怒っとるわけや。

新建築落合はんに連絡してへんのか?」いう反応になるんは当然や。

けど、現段階で落合はんが新建築をボロクソに攻めとるんは、大丈夫なんやろかとワイは思う。

ワイも設計仕事にしてるから分かるんやけど、新建築いう雑誌は基本「設計した人」に掲載依頼してくるんや。

まり建築家とかゼネコン設計部とか設計事務所とかやな。

掲載するにはオーナーとか利害関係者の許可も要るけど、そのやり取りも設計側がやるんや。

ワイも掲載決まったとき「お施主さんに承諾もろてください」言われてお願いしたことあるしな。

せやから今回も、新建築設計したNoizに掲載を依頼したと思うわ。プロデューサーである落合はんには直接連絡せんかったやろね。

刊行前の誌面チェックもNoizがやっとるはずやで。

そのとき利害関係である落合はんには情報が行かんかった。それが誰の問題になるんかは正直微妙なところやな。

あと、落合はんが言う「載ってる図版が間違っとる」いう件やけど、新建築本来図面なんか1枚も持っとらん。

雑誌に載る図面ダイアグラムは全部、設計側が出すもんや。

せやから「Noizが出した図版と、落合はんが出したかった図版が違う」いう話やろな。

現状、落合はんはまだNoizと連絡取れてへんのかもしれん。明日あたり進展あるんちゃうか。

NullNullに関して言うと、他のシグネイチャーパビリオンと違って、落合はんいう特異な才能を持った人がプロデューサーやったやろ。

せやから、会期中から落合はんと豊田はんで「この建物を『設計した』んは誰か」いう主張が微妙にズレとった感じもあったと思うわ。

河瀨直美はんとか福岡伸一はんは、パビリオンのコンセプトは立てれても、実際の建築設計はできへんやろ。

せやけど落合はんと豊田はんの場合、「どっちがどこまでやったんか」が正直かなり分かりにくかったように思うわ。

逆に言えば、落合はんと豊田はんという2人の「どっちがどこまでやったんか」分からんくらいのコラボやったからNullNullはできたんやと思うけどな。

これは「建築設計者とは何をした人のことなのか」、「誰が主体的にその建築を語ってええのか」いう、いろんな問題を孕んどると思う。

ある意味、これまでいろんな媒体で、落合はんも「ワイのパビリオンです」いう感じで露出してきた感もあったやろ。

せやから今度は、Noiz的には建築雑誌っちゅうホーム自分らが主導で語りたかったり、新建築的には語らせたかったりしたのかもしれんな。

あくま憶測やけどな。

せやけど、まあ後々のこと考えたら、何事も利害関係者には一言連絡しとくに越したことはないと思うで。

しか文字欠けとかページ記載ミスとか、新建築どないなっとんねんw

2025-11-13

PCモニターどんなふうに使ってる?

自分デザイン系の仕事してるんだけど職場だと3枚使ってる。全部27インチ。このサイズだと4KバランスいからWQHD。

一般的にはモニターなんて一枚、あとはサイズどうするかくらいだと思うけど、業種がデザイン系だと少なくともデュアルモニター多数派だと思う。

3枚使うのはやややり過ぎ感もあるけど、それほど珍しいわけでもないと思う。

作業アプリが全画面化してる一枚、ブラウザやらチャットなど置いておく感じので一枚、もう一枚は写真資料とかを置いておく場所

さらに今は液タブも卓上にあるのでマジで画面に囲まれてる感はすごい。

それなりに疲労感も増すので家ではノーパソくらいしか開くたくなくなるが、家で作業することもあるので自宅はデュアルにしてる。

自分が見てきた中でまあまあインパクトあったのはプログラマーの人が縦置きして2枚で使ってた。

プログラマーから縦で使うのはまあいいのかな?くらいは思うけどそれ2枚にするなら割と正方形に近い形になってそういや正方形モニターってないなって思ったり。

あと音楽制作系の仕事の人は手元に鍵盤とかコントローラーとか置いてるからでっかいモニターを正面奥にどーんと置くタイプの人が多いなって印象。

もしくはノーパソ完結型か。

IT系仕事の人もノーパソ完結できそうで羨ましい。

営業の人は支給されたノーパソ消耗品みたいに雑に扱ってたりして、それはそれでなんかカッコいいなって思う。

そういや落合陽一の万博関連のドキュメントみたいなの見たら、いつでもVRゴーグル持ち歩いて仮想空間で大量のモニター表示させていつでも同じ環境でできるからとか言ってた。

Appleのやつだと解像感とか実用的なとこまでいってるのかな。まあそれでもシビアに色とか見ないといけない作業はできないだろうけど。

2025-10-14

anond:20251014000712

落合氏も言ってたけどこういうのは未来の人がレガシーなんだよな。

オリンピックとか万博とかで刺激を受けた人がそれまでとは違う選択肢を得て活躍するということ。

もしこの先国が滅びることがあったとしても、人は最後まで残るからなぁ。

anond:20251013191445

リアタイで見てたけど落合成功するとまでは予言してなかったぞ。

日ハム二刀流やって良いって言ってるんだからそれでいいじゃないか。外部がどうこう言うことじゃない」

「ただし自分だったらバッターに専念させる」

というのが当時の発言趣旨

2025-09-22

落合陽一と成田悠輔がごっちゃになる

髪長い人と丸と四角のメガネの人って情報はあるんだけどあれどっちがどっちだっけ…?ってよくなる

geminiに聞いたら丸と四角のメガネかけてる方が落合陽一って教えて貰った

2025-09-19

anond:20250919142854

ファセッタズムの落合宏理とツルんでやってるアパレルはかなりいいと思うよ

俺にはサイズが小さくて着れないけど

2025-09-10

落合陽一って絶望した禁欲トランスジェンダーのような外見しているが

実はきちんと夫婦生活して妻を妊娠させて高貴な純日本人を増やす努力をしているね

2025-09-04

落合陽一の話になると「メディアアーティストとしては凄い」とかいう奴が必ず出てくるけど

そもそもメディアアーティストってなんだよ。

そんなわけのわからん業界の内輪で凄いとか褒めてても

ただの駄サイクルじゃん

2025-08-26

ネットの人の顔が分からない

落合陽一と箕輪厚介と津田大介茂木健一郎がいつも全部ごっちゃになる

この中だと明らかに茂木健一郎が浮いてるんだけど、どうしても一瞬だけ混ざる 落合陽一の展示が〜みたいな記事が目に入ったとき茂木先生のあのヘアスタイルが思い浮かんでしま

どちらかというと、茂木健一郎の顔のイメージが強すぎて他の有名人を覚えられなくなってるのかもしれない

似たような奴だと、メガネが変な人とウクライナ専門家の人は最近やっと顔を覚えて区別がつくようになった

ところが、変な政治系のライター?で嫁がえらい年下の奴の存在最近知って

アレ?これ小泉悠?違う?成田雄輔?ってなって、また三人の顔が分からなくなった

もうおしまい

2025-08-15

万博で36人搬送された程度の話で騒いでるの左翼だけ

この手の大型イベントで倒れて緊急搬送される人間が出るなんてのは普通

いちいち騒ぐ必要がない

しか左翼は36人もぶっ倒れてくれたので、鬼の首でも取ったように騒いでいる

こいつらは元々万博の失敗を願っており

パビリオンが完成しなくて日本が恥を晒すことを期待していた

しかしなんとか開催に間に合ってしまったので

続いては客が入らずガラガラになることを期待していた

しかし評判は上々で客入りも悪くなかったので

いよいよ万博成功を認めざるを得なくなった

悔しい、なんとかして万博は失敗だったことにしたい

そうやって一生懸命あら探しをしていたところに今回のニュース

もう左翼連中は嬉々として責任追及してるね

ちょっと肯定的なこと書いた落合陽一もXで言論リンチされておる

ほんまこいつらの万博失敗して欲しい、日本は恥を晒して欲しいという暗い情熱なんなの

ほんましょーもねーな

緊急搬送された?それがどうした

2025-07-26

anond:20250725181216

なんか聞いたことあるのだが、国立科学博物館日本科学未来館って同じ科学でありながらかなりベクトルが違うらしく、硬派なタイプ国立科学博物館、それに対してアート寄りなのが日本科学未来館って聞いたことある

ここだといけ好かない人も多いかもだが、後者には落合陽一も関わってるって言えばイメージがわかるかも

話聞く感じその科学館、国立科学博物館タイプなように思えるので、日本科学未来館タイプに行ったらまた違うかも

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