はてなキーワード: ビートルズとは
リアルタイムで流行していたときはパクリと叩かれていたのに今になって平成の象徴みたいにイケナイ太陽が持ち上げられているのって、当時は若い女がキャーキャー言っていてムカついたというだけだと思う
オレンジレンジ以外にもリアルタイムの流行はクソミソに叩かれて、20年30年してから持ち上げのフェーズに入るやつ本当に多いけどくだらない
多分ミセスとかも今ドパガキ音楽としてクソミソに叩かれているけど20年30年してから「令和って感じでエモいよね」みたいになる
邦楽だけ挙げたけどビートルズもリアルタイムで流行して若い女がキャーキャー言っていたときにはクソミソに叩かれて、「歴史」になってからは美化と神聖視にシフトしたのでどこも同じ
昨日、公演を聞いてきたのでコメントをここに。
後半部分が聞けなかったのが非常に残念。
(聞くところによると、終了が当初予定より10分ほど押したらしい。熱い議論になったのは想像に難くない)
EAT KANAZAWA 2026 「才能よ、呪文を唱えよ。 -AIは、ヒトの何を解放するのか-」
ダラダラ書いてみた。
記憶だけで書いているので、齟齬があったら柔らかく指摘してほしいw
====
人司さんのコメント。
どうも会場の反応が鈍いように感じたので、ググればわかるようなことを敢えてここに。
シタールの大家の名前。ビートルズのジョージ・ハリスンも師事。
(多分、Lucy in the sky with diamonds リリースのの前)
なんとなく、円周率なんかを楽譜に起こして音楽にするのに近いように感じたのと
これを既存の技術だけでやろうとするとkaossilatorになるのかな?
Rolandから出る予定なのか... 価格によっては興味ある。
見た目のサイズ感はD級アンプくらいと思ったけど、客席の後ろのほうから見たので誤っているかも。
プレステみたいに、AI用サーバとして転用されるかもしれないね。
リトモさんのコメント。
実はもうアメリカで起ってる。
ターゲットの身内に電話をかけ、しゃべらせて取得した音声をAIに食わせて
オレオレ詐欺を行うとかなんとか。
戦前はパンチカード式のプログラミングで統計処理やら弾道計算やらしてたし、
もっと言うなら、
(コンピュータ上のデータなのか、物理リソースなのか、の違いの議論は意味を成さない。単なる実装方式の違いなので。
人司さんのコメント
自分は特段ハマらなかった...
一番手っ取り早いように思う。
動画なり音声を、友達の、技術に詳しい弁護士さんと一緒に見て話をしてみたい
と思った
あと人司さんの文章の置き方に親近感を覚えた。
というコメントがあったんだけど
敢えて綺麗に弾かず、エレキギターのオーバードライブを掛けた様な音色にしている
ということなんだろうか?
会場になった金沢に対する、現状維持の姿勢への反発、将来に対する不安と期待を感じた。
eAT関係者の皆様には、公演の録音なり録画なりをyoutubeとかniconicoとかに上げ、
改めて観れる様にしていただけるのを期待する、と記して
本文を結びます。
#eAT #金沢市 #宮田人司 #ミヤタコーヘイ #REATMO #徳井直生 #菅野薫 #餃子の唄 #中島信也 #DeathDeathCopyDeath #アットホームすぎる!コンサート #RevelClassic
音楽ってそれ単体での流行りとは別に、テレビ番組のBGMに使われたりで「なんか聴いた事ある曲」になって聴き継がれることがあったと思う
ABBAのマネマネマネなんかは、そういう場面でのお約束だったりするし
ちょっとしたBGMでも番組の内容に絡めたダジャレ的なチョイスだとニヤッとなったりするし
内容に関連してそれをテーマにした名曲を良いラインで拾っきたりしてるとおっ、良いじゃんってなるし
まあその辺は元々知ってる人間にとっての話だけど
Youtubeだとどこもかしこも同じようなフリーのBGMばっかりで、あの曲はこのチャンネル、というのがごっちゃになったりすらする
まあその手のBGMが「聴いた事ある曲」になっていくのかもしれんけど
それを悲観するのも音楽に優劣を見出しているというか、BGMを軽んじる考えではあるし
まあ別に軽んじようが勝手だろうとは思いつつ、個の好き嫌い以前に「良い音楽」らしさを仮想するのもナンセンスだとは思うし
とはいえバックグラウンドミュージック言うてんのだし、そもそも邪魔にならず寂しくならないよう盛り上げるのがそういう曲であって、もとより琴線にふれるようなものではないのかもしれんけど
いやそれは内容があっての話か
いやでも菊次郎の夏観てなくてもsummerはなんか寂しさの匂う夏ぶった気持ちになれるし
とはいえ、とはいえやっぱりまず音楽として流行ったものが、ささやかな所で何度も耳に残り続ける機会の減っていくのをやや寂しく思うのは禁じえない
とか言うのも、なんか大学の教授だとかご意見番みたいな人だとか、それこそ音楽関係の人らが言いそ〜って感じだな
まあでもテレビでなくたって、ヨーカドーで流れるHelp!を聴いて耳に引っかかるメロディだな、と思ってビートルズを知る
別に熱烈なファンになるとかではなくとも、たまに聴くくらいになる
そういうのってなんか良いよなって思う
2000年が、ビートルズが解散して30年というのを記念して(あとリマスターされたベスト盤がリリースされた)、ビートルズの映像をニュースステーションで流していたな。
ニュースステーションの最終回で一気飲みしていたのはリアルタイムで見たぬ。
「久米宏 ラジオなんですけど」を親が流していたのをたまに聞いていたね。
2015年あたりに「たまむすび」にゲスト出演して、赤江珠緒やピエール瀧から「クメッシー」って呼ばれていたの。
去年、10.19のときのニュースステーションがYouTubeに上がっていたので見たな。中継一辺倒ではなく、ニュースも挟んでいたんだなと感心したに。
そして、自分がビートルズの出始めから大ファンだと本気で信じ込んでたりする。人間の認知能力なんてそんなものなんだよ。いやホントあなたもそうなんだよ。勝手に記憶のつくり変えって普通に人間の脳の中で行われてることだから。
どんだけの罪を犯しても自虐の念で自殺とかしないのはそういう理由だよ。
人の頭の中は。
「俺は悪くない」ってね。
「俺は正しい」ってね。
そういうふうに信じ込むように出来ているんだ。
逆に、そういう機能がなくなると人は精神に失調がある、って診断されたりする。
そういうものなんだよ。
考えてみた。以下を聞くだけ。
〜の曲〜について、以下を踏まえて解説してください。
・フックとなる特長と、曲全体の印象
・曲構造の特徴
・コード進行の特徴
・ビートの特徴
・曲が発表れた当時におけるインパクト
・対象曲から想起される、関連アーティスト、影響元のアーティスト
↓Beatlesの「Get Back」についてこのプロンプトで聞くと
以下では、**The Beatles「Get Back」**を、楽曲分析・歴史的背景・影響関係まで含めて総合的に解説します。
⸻
■ フックとなる特徴と、曲全体の印象
• **ループ感の強いコード進行(A7ワンコード中心)**と、ドライブ感のあるシャッフル気味のビートがフック。
• 全体としては「軽快だがタフ」「ジャム感のある粗削りなロック」という印象。
• 当時のビートルズとしては珍しく、**“引き算のアレンジ”**によるライブ感が際立つ。
⸻
■ 曲構造の特徴
• イントロ – ヴァース – コーラス – ヴァース – コーラス – エンディング という非常にシンプルな構成。
• 構造上の特徴は、ヴァースとコーラスのコードがほぼ同じで、メロディと歌詞によってセクションを分けている点。
• 1969年のビートルズとしては珍しい、ブルース寄りのワンコード型ロックンロール。
⸻
■ コード進行の特徴
基本は下記の通り:
• A7ワンコードで進む(キーはA Mixolydian的に解釈可能)
• コーラスで D → A7 と行くが、非常に短く戻るため、実質ワンコード感が維持される
結果として、
が強調されている。
⸻
• ほぼライブ録音に近いテイクで、Rooftop Concert(屋上ライブ)演奏が公式版として使われた。
• ジョンのギターのカッティングはゆるいノリで、ポールのベースは跳ねるグルーヴを担当。
● ビリー・プレストンのエレピ(Fender Rhodes)が決定的
• ロールするようなエレピのフレーズがサウンドを“ブラック・ミュージック寄り”にしている。
• プレストンの参加は、ビートルズ内部の緊張を和らげたといわれている(トリビア)。
⸻
■ ビートの特徴
• R&B由来の**「裏」で跳ねるノリ**
• リンゴのドラムはハイハットの刻みが緩い「ロックンロール+R&B」ハイブリッド
• 現代的に言えば**“スワンプ・ロック”**に寄ったグルーヴ(CCR的とも言える)
⸻
■ 歌詞は何を表すか
「ジョジョ」「ロレッタ」といった架空のキャラクターを通じて、
また、一部のデモで語られた社会風刺(1968年の移民問題を揶揄した歌詞)も背景にあるが、公式リリースでは中立的/寓話的になっている。
ポール本人は「深い意味ではなく、ファニーな物語」と語ることが多いが、時代背景が透けて見える作品。
⸻
■ 曲のジャンル
複数の影響が混在:
• ロックンロール
• スワンプ・ロック
特にビリー・プレストンの参加によって黒人音楽寄りのフィールが強くなった。
⸻
• ポールは「R&B / ロックンロール的な原点回帰」を狙った曲。
• “Let It Be / Get Back sessions”の精神である**「Get back to basics(基本に戻る)」**そのものを象徴。
• ビートルズ末期の作品の中では珍しく、明るく、軽快で、ポジティブなムードを保った楽曲。
⸻
■ 発表当時のインパクト
インパクトとしては:
• 「ビートルズがルーツ・ロックに回帰した!」と強く受け取られた
• 深刻化しつつあったビートルズ人間関係が、外部のビリー・プレストン参加で改善したことが話題に
• サウンド的にも、複雑なスタジオ実験に傾いていた後期ビートルズからの大きな転換となった
⸻
■ 「Get Back」から想起される関連アーティスト/影響元
影響元として考えられるアーティスト
• Little Richard / Chuck Berry / Jerry Lee Lewis(ロックンロール)
• Ray Charles, Billy Preston(R&Bピアノ)
間接的に想起されるアーティスト
• CCR(Creedence Clearwater Revival)
• Leon Russell
⸻
直接的・間接的に:
• 1970年代のルーツ回帰ロック全般(カントリーロック、スワンプロック、シンガーソングライター系)
• Rolling Stones『Let It Bleed』『Sticky Fingers』などにみられるルーズなR&B感
• ポール自身のソロ作品(特に「Band on the Run」「Junior’s Farm」など“軽快ロック”部分)
• Oasisなど90年代ブリットポップにも引用的影響(脱力系ロックンロールのスタイル)
⸻
• “The Beatles with Billy Preston”名義でリリースされた唯一のシングル。
• 屋上ライブでは、警察がビルに乗り込むところまでが映像作品に残り、音楽史の名場面となっている。
• 初期デモでは、**移民問題を皮肉る“政治的パロディ歌詞”**があった。
• レノンはこの曲で Epiphone Casino を使用し、ポールは Höfner 500/1ベースを使用。
今から振り返ると、中学校の音楽の授業はあまり充実していなかったように思える。
学習指導要領が変わったのかアルトリコーダーは購入しなかった。小学校からの引き続きでソプラノリコーダーを使用(´・ω・`)
鑑賞したのもクラシックだと、ベートーヴェンの第九とシューベルトの『魔王』だけかな? そういえば、滝廉太郎も聴いて歌ったわー。ポップミュージックではビートルズを、そして歌舞伎の『勧進帳』を鑑賞した。
メインは合唱コンクールのための練習。コンクールといっても校内だけのヤツだから全然小規模。
ただ1年生のときに体育館の改修と重なったため、南浦和のさいたま市文化センターを貸し切って開催された。その後も同会場を引き続き使用。
今にして思えば、ボブ・ディランが立ったステージに自分も乗ったのかと感慨深いが、そんな校内のクラス対抗戦でわざわざ貸し切る必要はあったのかやっぱり疑問(๑•﹏•)
吹奏楽部の顧問が担任のクラスが毎年優勝を掻っ攫っていった。そのセンセが独自にカッコいい映える曲を用意したのが勝因。普通の中学生の合唱スキルなんてたかが知れているので、曲目で大体決まる。
妻が妊娠し、安定期に入った。妊娠中でも楽しめる娯楽として二人でホテルのランチブッフェに行こうとなったのだが、私がきちんとしたジャケットを持っていなく、せっかくなので新調しようと新宿のマルイに入った。
いくつか見て候補は2つに絞れた。うち1つの店員さん(Aさんとしよう)は話し上手だった。当時コロナ禍で人と会話する機会が減っていたので、マスク越しに世間話を交わせるのは久々で楽しかった。店内はビートルズが流れていたが、プレイリストを1〜2周した気もした。
「結局、衣食住の中で真っ先に削られるのは衣服なんですよ」Aさんはそう言った。
確かにこの日、私も「食」のために服を探しに来ていた。アパレルは大変だなあと思いつつ、決して同情ではなく純粋にそのジャケットを気に入ったので購入した。コーディネートや製法について熱心に語るAさんの姿に服への情熱を感じた。
名刺を渡された。副店長さんだった。ポイントカードを作るときに電話番号を聞かれ、「今後電話してもいいですか?」と尋ねられた。少し迷ったが承諾した。
数ヶ月後、本当にAさんから電話がかかってきた。セール情報とポイント3倍の案内とともに、妻の妊娠を気遣う言葉があった。単なる営業トークではなく人としての温かみがあった。
再来店した。私と妻のことを覚えていてサイズ感まで把握してくれていた。当時在宅勤務続きでお腹周りが出てきた私に、ゆったりめのTシャツを薦めてくれたりして、良いなと思い購入した。
話す中で、Aさんが鹿児島の離島出身だと知った。私の父の出身地も近くで、距離が一気に縮まった。
やがて子どもが産まれた。夜泣きに追われる日々に届いたセール案内のハガキには、子育ての大変さを労うAさん直筆のメッセージが添えられていた。妻も私も泣きそうになった。少しして娘を連れて来店したときには、店員さん全員がベビーカーの0歳児を歓迎してくれた。
それからも主にセールのたびに案内されては足を運び、気づけば家のユニクロが少しずつそのブランドに置き換わっていった。もちろん着心地やデザインも気に入っていたが、Aさんとの出会いがなければここまで買っていなかったと思う。服屋の店員さんが電話で関係性を築く ー そんな方法もあるのかと感動した。
ある3月、Aさんから電話があった。豊洲の系列店に異動することになり、店長になる、と。私は自分の出世のようにとても嬉しかった。妻も喜んでいた。
家族で豊洲へ行くとそこはファミリー向けの店舗で、2歳の娘にぴったりの服もあった。親子でお揃いの服を薦めてもらい購入した。1人のコーディネートの何倍も、家族で同じ服を着るのは楽しいと気づいた。
その後、連絡は電話からお店のLINEに変わった。最近LINEでの営業も増えているし店長になれば忙しくなるのも当然なのだろう。
ある日のこと、届いたLINEの末尾には別人の名前が書かれており店長とのことだった。「直接お伝えしたいことがあります」ともあった。まさか、と思った。
豊洲へ行った。Aさんは退職されたとのことだった。突然のことで理由は誰も分からないという。鹿児島に帰ったのかもしれないし、奥さんもアパレルブランドをやっているらしいのでその手伝いかもしれない。いずれにせよこちらからは確かめようもなく、連絡も取れなくなってしまった。
それ以来、そのブランドの服を買いに行くことはほとんど無くなってしまった。私がそこで服を買い続けていたのは、Aさんがいたからだった。
何かのために必要で着る服もあるけれど、服は生活を豊かにしてくれるのだと、Aさんを通じて気づけたのだった。
Aさん、今はどうしていますか。
ーーーー