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はてなキーワード: お笑いとは

2026-01-22

YoutubeJUDY AND MARYの曲を見れることを知ったので、最近見るようになった。

15年前に亡くなった妻がYUKIに似ていた。

本人もYUKIのことが好きで、よくカラオケで歌う真似をしていたっけ

今までは妻のことを思い出す度に悲しい気持ちになっていたけど

動画を動いている姿をみていると楽しかたことを思い出せることに気がついた

よく笑っていたっけ。お笑いも好きだったな。

天国でも楽しくすごしているといいな

僕はもう少しこの世で遊んでからいくよ

幼稚園小学生の時にやっていた事が、30代のやることに繋がる

説を俺は推してる。

幼稚園の時はとにかく鉄棒や雲梯をすることが好きで競い合ってた。今はめちゃめちゃ筋トレしてる。

小学生の時は新聞係とお笑い係をやっていて、今はライター接客をしている。

幼稚園小学生の時にしていたことが、結局今やってることの核になってる気がするんだよね。


久しぶりに同窓会をした時、チクリ魔で嫌われてた奴はジャスラック就職してたし

真面目で勉強熱心な奴は都庁就職してた。

医者の息子はやっぱり医者だし、先生っぽく振る舞うのが好きな奴はやっぱり先生になってた。


漫画とかだと「将来サッカー選手とか目指してたけど今じゃ普通会社員。。。」みたいな例が多いけど

選手になりそうなやつはなってるし、結局なるように人はなるんだと思った。


あと実は俺今仕事が無くなってニートなんだけど、中学の時から落ちこぼれだったんだよね。

なるように人はなるんだな。

高市さん「高橋先生長期金利上がってるんですけどどうしたらいいですか!?

ブルガリ洋一「マンデルレミングモデルでは金利上昇は円高になるから大丈夫

高市「でも円安まらないんですが?」

ブルガリ日銀国債買わせればいい」

高市さら円安進むんですが」

ベッセント「いい加減にしとけ猿ジャップ、しゃーない為替介入してもいいよ」

高市「介入したら円高株価下がるんですけど」

日銀年金「ちょまてやwワシら損するやんけ!」

政府債務悪化円安

以下延々ループ

何処の後進国お笑い国家だよ

2026-01-20

高市与党過半数割れ退陣がみたい

憲政史上屈指のお笑いになる

政治とかどうでもいいからそういう面白いのがみたい

anond:20260120123604

検索の話してるのに検索エンジン作れる相手に「グーグルしろ」って才能あるよ君

お笑い

2026-01-18

https://posfie.com/@kekkonshimasita/p/DBHoF1m

ジャズを深く知りたい人はたぶん現在どうジャズが生き残ってるかまでは興味ないのかもしれない

ひとつ浮かんだのは、日本ジャズ好きな人ダンス文化にはあまり関心がないのもあるのかなと

誰もエレクトロスウィングの話をしてなかったか

ハウスミュージックEDMを通して生き残ってるんだけどな

戦前からジャズ日本に来ていたけど

戦後広まったのは米軍兵むけに日本の各地にダンスホールが生まれ、豪華なシャンデリアに演奏家踊り子って構図ができたけど

ジャズを好きなひとたちは演奏家は愛したけど、男女が踊る文化までは恥ずかしくて受け入れられなかったんだろう

タモリさんがそうじゃん

冷笑文化先駆者タモリさんだと思うけど、あの人は感情に素直で罪悪感はなさそう

ジャズは好きだけど、ジャズを豊かにしたミュージカル文化否定する

地層オタクだけど、世界的に有名な長瀞の地層には高齢者になるまで行ったことがない

知るつもりはないから「恥」を隠す笑いを平気でできる

タモリさんや赤塚不二夫の生きた時代文化享受できるのはお金がある人たちだけで、国が豊かになる一方だから

人の好きなもの否定すること、マウントのほうがカッコよくて

いまと価値観真逆だったんだろうなと

いまはマウントをする人、好きなもの真面目な人を嘲笑う人がダサいって価値観だよね

冷笑をする人っていうのは

きじゃないものにたいしては冷たい

まぁそれはべつに良いんだけど

興味がないものを知るつもりがないのに否定をしてくるから

いまの時代の人から冷笑する人たちが浮いた存在になったんじゃないか

「恥ずかしさ」のあまり否定させる空気をつくること、が通じない時代

ジャズ最初からずっとお金持ちの人が楽しむ文化で、それはなにも変わってない


地方でもジャズ演奏するライブハウスはあるし、演奏家が来れる環境地方で用意して、頻繁じゃなくても生演奏は聴ける

東京との違いは

時間お金を持てあました余白ある若い人がそんなにいないってだけじゃないか

自分が行動できないこと

羨ましさが生まれて自嘲する心が生まれるまえに予防線をはる

しかし1番人気のあるやつは真面目すぎて笑いにならない

ただ、ちょっと視点を変えて2番手3番手くらいを笑えばみんなが笑う

なんかそうやって人を冷笑して、自嘲を隠すような恥ずかしがり屋が生きてきたんだろうなと

恥ずかしがり屋や、人見知りを公言しながら

一生懸命なやつを滑稽だ、ズレた人間だと笑うっていう価値観はもう成立しなくなってきてる

からお笑いって今流行ってないし

吉本興業子どもたちにEテレなどをつかってお笑いを刷り込む番組を量産してるけど

他人を笑うお笑いはやらなくなってきてるよね

人をバカにして笑う(冷笑)=バカにされることは美味しい(自嘲)

っていう価値観テレビをつかって浸透させてた会社

いまは「他人を認めよう」「自分を認めよう」って子どもに教えることでお金稼いでるって

本当不思議世界だし

お金次第の世界になってて

本当にそうおもってる?と思う

皮肉を言うことが知性として高等レベルとして持て囃された時代ではなくなったけど

文化としてジャンルとして、一般市民生活に影響をあたえないなかで生き続けることは出来るんだと思う

大きくなり過ぎたお笑いはこれからどんどん小さくなって行くんだろうと思う

でも小さくなることで生き残れそう

世の中からなくなっていくものを残したいひとは

そのままを残すのは無理で

残したい部分や特に自分にとって大事だったり好きな部分以外は

ぜんぶ消えていくのを覚悟で全力でやってると思う

地方で笛や太鼓やってるひとに

時代遅れや古いと言われて恥をかくこと

冷笑を気にするひとなんていないか

難しいのは若い人の心なんだよね

大学生くらい成熟して他人との境界線が出来るよりまえの

親のすすめや周りの環境小中学生くらいから始めてる人たちの

分かち合える同世代がいないというなかでの心の保ち方

その人の好き・良くしたい・練習したいという気持ちがどれだけ尊いのか

大人がつたえないと

気になることをAマッソ加納さんが話していて

まりにも恋愛リアリティーショウが増えたので、反動として

恋愛することを客観的に捉えすぎる、

恋愛のもの冷笑してないか」と

恋愛至上主義」に対する反発→恋愛感情のものへ、恋愛する人への冷笑

人間らしさを失おうとしてるのか?

わたしジャズのなかで好きなのはボーカルがある曲だし、なかでもクリスマスソングミュージカルソング色々あるけど

恋の歌がいちばん聴いていても、歌っても楽しいなと思う

英語特有のいろんな言い方、言葉表現

ひとによって様々な表現に変わる

「月と恋心」ってモチーフだけで色んな曲がある恋愛で痛い想いをしても

それを慰めてくれる曲もある

日本歌謡曲不倫浮気の話が多いけど

ジャズならそういうのないし

「月が綺麗ですね」の逸話が好きな若い人たちは

月が出てくるジャズの曲に

オーバーザ・ムーンする

心が浮かれる感受性を好きなだけ遊ばせられる安心感に包まれるとおもう

2026-01-15

さんざしつこく統一教会を混ぜっ返してた立憲がカルト政党とくっつくのはどういうお笑いなの?

2026-01-13

anond:20260113113014

👴90年代お笑いならこれでウケたんじゃがのぅ…

2026-01-10

霜降り明星 粗品すき♡

粗品物言いは歯切れがよく、思わず応援したくなる。

その一方で、同時に「一度は本気で怒られたほうがいいのでは」と感じさせる、身の程知らずさも併せ持っている。

エンタメウォッチャーの観察対象として興味深く不思議存在だ。

最近はその達者なしゃべりを武器に、お笑い審査員としても奮闘している。

ただ、自分霜降り明星粗品ネタが(例年の王者比較して)それほど刺さっておらず、

当時の優勝も「その年に運よくハマった」程度の印象でしかないのが正直なところ。

からこそ、講評する側としての権威が増せば増すほど、

その分だけイタさも濃くなっていく――その様子を味わい深く眺めてしま自分がいるのも、また事実である

こたけ正義感の弁論のYouTube公開、18日までだって

生活保護テーマに、こんな風に笑いと絡めて語れるって凄すぎないか

この年末年始お笑い供給はかなり充実だったな

2026-01-07

anond:20260107094702

あいうのがどんなに受けたところで、現実では自己責任論が蔓延してるから笑えない

所詮お笑いだと思ってんのかな

2026-01-06

腹がねじれるほど笑いたいのだが

40代男。ここ数年、腹がねじれるほど大爆笑したことがない。

日常の中で笑うことはそれなりにあるし、ありがたいことに笑顔の多い日常を送れていると思う。

でも、昔はもっとギャハハハハと大笑いすることがもっとあったはずだ。

何をすればいいのか、教えてほしい。

ちなみにお笑い最近ほとんど見ない。

M1とか見てみても、なんかよくわかんないなという感じが強い。

お笑いを見る上で求められる教養、というか文脈みたいなものがわかってないからかもしれない。

2026-01-04

マジで鎖国した方が良いと思う

ノーベル平和賞とか言いながら戦争してんのお笑いなんだけどwとかケチ付けてさっさと鎖国した方が良いと思う。

そもそも世界物差し日本を計る事自体間違ってんだよ。戦争だの侵略だの言ってる中で一人だけラブアンドピース!とか言ってるおバカな国ですから

さっさとガラケーに戻して平成に戻ろうぜ!そっちの方が絶対平和

2026-01-03

ゲーム漫画冷笑淫夢が出てくるとゲッソリしてしま

将棋ライクというゲームをやっていた。

色んな将棋の駒が出てくる中で「博之」というコマが出てきた。

当然読みは「ひろゆき」だ。

そして効果には「論破がどうたらこうたら」と書いてある。

萎えた。

完全に萎えアンインストールした。

いつもこうだ。

淫夢冷笑が出てくることに俺は耐えられない。

正義感とか倫理観ではなく、共感性羞恥なのだ

見ていて恥ずかしいんだよ。

創作者がアレコレネタを考えている時に「そうだインターネット話題ネタを擦ってみようぜ(藁)」とかやっているのがダサくてキショくて恥ずいのだ。

俺も昔そういうことをした。

高校文化祭、俺は部活で作ったゲームインターネットを仕込んだはいいが全然受けてなくて、今でも「あーーあーあーあーさーーあーあーあーあーあーーあ」みたいになってしまう。

小説投稿サイトに出した作品の中に淫夢ネタを入れたこと、ツイッターロリコンアピールデカパイ助かるやホモ差別を繰り返してきた日々、全部ぜんぶ恥ずかしくて人理焼却したくなってしまう。

やっぱさ、コンテンツって気持ちで楽しむものからさ。

気持ち問題からさ、見ていて恥ずかしいものが出てくると気持ちが離れてしまうんだよな。

気をつけてほしいものだよ。

昔のお笑いホモイジリとかもなんか今見ててなんか辛いだろ?

オカマネタとかさ、「あーオカマは下等生物から弄って良いと思ってるんだろうな—」みたいな気持ちになるだろ?

俺が気にし過ぎなのはあるんだろうね。

今、人生における気にしすぎなシーズン何だと思う。

10年もしたら、またジョジョっぽい絵で描かれたアンパンマンゲラゲラ笑えるようになってるのかもなあ。

だけど今の俺はそういうの見ると「いやもう無理。この人はフォロー解除するわ」ってなるんだよね。

2026-01-01

anond:20260101200917

バカ男って「ガリは男にモテない」が阻止力になると思ってるんだからお笑いだよな

オタク趣味は女にモテない」でオタク辞める男がいないのと一緒だわ

2025-12-30

令和ロマンマジで面白くない

タイトル通り。1ミリ面白いとは思えない

というか最近お笑いの若手のレベルが低すぎる気がする

そりゃみんなユーチューブ見るわ

構成とか

完成度とか

は?バカすぎる

高卒で無様晒して生きてくのが面白かったのに

大卒が幅きかせてもう見てられないね

特に令和ロマン

れいつみても大卒自慢と僕のパパ自慢しかしてない

面白くないものちゃん面白くないって言っていい世の中にして行け

「令和人主義異議あり!」というどうしようもない文章を読んだ

 この文章がどうしようもなかったので、どこかどうしようもないと思ったのかを具体的にいくつか挙げていく。

「令和人主義」に異議あり! その歴史的意義と問題点

https://note.com/bungakuplus/n/n7f809eebf081

 初めに断っておくと、自分は人文系修士卒で、人文学が大嫌いなわけではもちろんないが、大好きなわけでもない。令和人主義なるものにも特に思い入れはない。強いて言えば三宅『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んで、「ノイズ」だとか「新自由主義」だとかいう謎ワードで強引に議論を進める本だな、と少し不愉快になったくらいだ。

 だが、『なぜ働いていると…』を読んでいるときは軽くイライラした程度だった一方、この文章は読んでいて本当にウンザリしてしまった。「令和人主義として括られるコンテンツ群は経済的に余裕のある正社員の方を向いている」という主張単体なら(妥当性や是非はともかく)理解はできるが、他の部分があまりにどうしようもなさすぎる。

 学術標榜しているわけでもない文章に対して重箱の隅を突いても仕方がないので、特に重要かつ特にどうしようもない点をいくつかピックアップして突っ込んでいきたい。

ビジネスパーソン向けに人文知を広めるのは資本専制への加担?

 この文章話題になった理由の大半は、「令和人主義として括られるコンテンツ群は正社員の方を向いている」という指摘がウケたからだろう。自分はこの指摘の妥当性を判断できるほど「令和人主義」に詳しくないので、ここについては一旦受け入れてもよい。

 だがこの文章は、明らかにそれを超えた主張を行っている。著者によると、現代グローバル化新自由主義が進み、企業による統治がどんどん進行しているという。そして、令和人主義はその流れに待ったをかけず、抵抗もしないので、資本の装いをした専制に加担している、ということになるらしい。

 わけの分からない言葉が既にたくさん出てきていることはさておいても、「何をそんな大袈裟に騒ぎ立ててるの?」と思わずはいられない。一部の作家コンテンツクリエイターが、人文知をビジネスパーソン向けに売り出したとして、それが社会に与える影響などどう考えても微々たるものだろう。そもそも、令和人主義なるものが盛り上がったところで、「市民」やら「マルチチュード」やらに向けて人文知を発信する人というのは(この著者のように)存在し続けるだろうし、仮にそうした人々がいなくなったところで、そのことによってその「資本の装いをした専制」やら「市民権利縮小」とやらが進むとは思えない(進むのかもしれないが、そこに人文知のあり方はどういう形であれ大した影響を及ぼさないだろう)。人文学がどういう層に向けて発信され、どういう層に受容されようが、それが社会の流れを大きく変える、などと本気で思っているのだろうか? 人文知をビジネスパーソン向けに売り出すことが、企業による統治(これもなんなのかは結局よく分からないけどね)に加担することになるとして、それが何か大きな問題をこの世界にもたらすなどと本気で思えるだろうか?

 結局、この著者は人文知の力を(良い側面にせよ悪い側面にせよ)過大に見積もりすぎているか社会にとって大して重要でない人文業界の内輪の話を針小棒大に騒ぎ立てているか、そのどちらかにしか見えない。

イーロン・マスクとグレタ・トゥーンベリ火花を散らしているのが現代

 著者の世界観だと、現代グローバリゼーションによって国家が退潮し、新自由主義によって企業による統治が進行し、結果、イーロン・マスク代表とする「企業」、その鉄砲玉をつとめる「国家」(ドナルド・トランプ)と、グレタ・トゥーンベリ代表とする「マルチチュード」とが統治のあり方を巡って火花を散らしている、という時代らしい。

 ふーん、勉強になるなぁ。でも気になる点がいくつかある。確かに、GAFAMなど超国家的なプラットフォーム企業国家による統制の効きにくい存在になってきているというのは多くの人々が危惧しているところだ。なぜそうなっているのかと言えば、一つにはネットワーク外部性によってこれらのプラットフォーム企業グローバルなレベルで独占的地位を得ているかであるプラットフォーム企業はこうした独占的地位をもとに、プラットフォーム内での取引ルール作りや契約執行といった「統治」を行っている。だがこれは、「法の支配」が欠如しているとしても、「市場論理」による統治として理解されるところの新自由主義とは別のものだ(なんといっても独占企業なのだから)。これが民営化やら競争やら自己責任やらとどう関係するのかも不明であるそもそも本稿では、新自由主義は「統治担い手企業に任せる」思想とも、「市場論理で世の中を支配することを当然と見なす思想とも言われている。だが企業市場はもちろん別物であり、企業ときに/頻繁に市場論理抵抗する(上に見た独占はその最たる例だ)。いったいどっちなの?

 そして、トランプマスクの間で一時的野合が成立したことをもって、企業国家が同じ利害を共有しているなどと言えるだろうか。MAGAの政策が多くの企業にとってプラスだったとはどう考えても言えないだろう。というか、むき出しの国家利害がここまで顕在化している時代に、国家資本傀儡だとか昔ながらの主張を繰り返すこと自体お笑いであるロシアはどうなるの? イスラエルは?

 その上、いまさらマルチチュード」なんか持ち出していったい何になるというのか。国際的な非国家主体による集合行為にそれほど期待をかける根拠がこの数十年で何かあっただろうか? アラブの春オキュパイ運動はどういう結果に終わったんでしたっけ? 少なくとも、国家にもはや問題解決する能力がないというなら、マルチチュードにはもっとないだろう。

法学を学べ?

 この文章の後半部で異様に感じたのは、法律法学)の称揚だ。ここまで法学を推す人文系というのはなかなかお目にかからない。

 この文章は、人文学を学ぶ学生に向けて、(人文学者にならないならば)企業に行ってマーケターやコンサルITエンジニアになるのではなく、法律を学ぼう、という呼びかけで締めくくられている。王道人文学者として企業統治に対抗する統治理論を打ちたてることで、法律を学ぶのはあくま邪道だ、という主張からして失笑ものだが(いったいどこまで人文学に期待をかければ気が済むのだろうか)、一番よく分からないのは、人文学徒が法律を学ぶといったいどういう仕組みで社会が良くなるのか、だ。人文学研究を続けていけないと思った学生が、コンサルやらITエンジニアの道には進まず法学を学んで、企業法務法曹系の職に就いて、それで……、それでいったいどうなるんだ? そもそも文系研究職に進むことを一度は考えるような人間って日本にどれくらいいるのだろう。そういう人たちがコンサルに行くか法律を学ぶか、ということがいったいこの社会のどれほどの影響をもたらすというのだろうか?

 そもそもこの文章では、人文学というのは法学に連なる学問であり、統治について論じるものだということになっているが、これ自体かなり奇妙な認識だ。この文章内でも「政治文学」という対比が持ち出されているように、人文学に「統治に関する学問」とは別の要素が含まれているのは明らかだ。というか、人文学の多くは別に統治」には興味がないだろう。

 著者の法律推しは、経済企業を貶めながら政治市民称揚する昔ながらの共和主義っぽい構図が前提にあるということを除けば、いったいどこに由来する世界観なのかすらよく分からない。著者本人が法務の道を選んだと書いているので、そういう個人的な関心以上の話ではないようにも思うが、別にそれはどうでもいい。問題は、飛躍した議論に基づいてよく分からない進路提言を行っていることだ。

感想

 結局この文章は、人文業界内でのポジション取りゲームしか見えないし、外野からは「人文学徒の世界観がいか現実から遊離しているか」のサンプルとしてしか受け取られないだろう。人文系修士卒として、またこの手の世界観にハマっていた過去がある人間として、「いつまでこんなことやってるの?」と言いたくなる。

 本当に統治の話がしたいなら、変な人文書なんか読まず普通に社会科学とか公共政策の本を読めばいいのにね、としか思えない。人文学全般がこれからどうなっていくのかは知らないが、人文学を学んでこんなわけの分からない話をしだすくらいなら、確かに法学を学んだ方が個人にとっても社会にとってもずっと有益だと思う。著者にとっては法学あくま邪道なようだが。

anond:20251230142342

エッセイストではあるんだけど、それを才人として過剰に持ち上げる周辺のおじさんたちがキモい話と言っても差し支えない

お笑いにおける令和ロマンくるまみたいな感じ

まあくるまASD的傾向自認があって自覚的に動いてるからまだ大人しいんだけど、三宅さんは来てる波に全力で乗ろうとするから周りがワオワオする

anond:20251230094047

男性性のノロイかい抽象的な次元で考えてなにか生産的なこと言えると思い込んでるのがお笑いだわ

男が会社出世したいと思って頑張ってるのを「男らしさの発露だ!解除しろ!」とか言って何になるんだよ

2025-12-29

こたけ正義感『弁論』

良い。

メッセージ性があり最後伏線回収も見事で構成も素晴らしい。

けどお笑いとしてはそこまでなんだよなー。もう一個捻りが欲しいんだよなあー(ついでに言うとYotubeにある他のネタもっとまらん)。

ただこれ以上捻るとメッセージ性が薄れそうなので、計算してこうなっているんだろうけどね。

お笑いとしてじゃなかったら100点で人に勧めたい。

「私は世間代弁者です」みたいなツラしてコメンテーターみたいなことしてるお笑い出身芸能人のことが

大嫌いです

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