はてなキーワード: BRとは
薬局どこですか?としつこく聞かれたら、パチンコ景品の買い取り屋みたいに、あっちとは言えないから、
いろいろありますが、皆さまはあちら側によく行かれていますね。
って答えるん?
やっぱ、院内処方が楽でいい。古い大病院は院内処方だったりするから、
いろいろな科を回っているうちに薬の用意ができているので楽だ。
「松っちゃん気持ち悪いな」と。昔は面白かったけど今はおもんなくてきしょいなと。
本人は世間で言えないことを言ってやったぜ!なんだろうな。
で、内容が文春のよくわからないスキャンダルだけで自分で考えたようなところがない。
どっちかというと企画の人なんよな。
そしてもちろんそんなことできてる人は全然いないわけで。
「オタク迫害」の存在についての意見として、大きなものは2つだと思います。
一つは、いわゆる『陰キャに対する迫害』。もう一つは、『オタク向け作品を理由とした迫害』。
前者は世界的に迫害対象です。例えばアメリカであれば「ナード」のようにマイナスな捉え方をされて、カースト底辺として扱われます。
とはいえ、「陰キャ」と「オタク」はイコールの話じゃないので、除外したほうが良いでしょう。
後者の『オタク向け作品を理由とした迫害』は、作品に影響されてオタクが犯罪を起こす可能性が危惧され、世論で犯罪者予備軍として扱われていることを発端としたものです。
昔であれば宮崎勤事件、最近であれば「バトル・ロワイアル」「ひぐらしのなく頃に」を殺傷事件の原因の可能性として扱った報道が有名どころかと思います。
実際には作品が犯罪の原因として人格形成や心理的要因につながるという確たる論拠はなく、あくまで『正しい気がする』という程度で世論が形成されただけですが、その影響は大きいです。
ナチス・ドイツや日本、そして世界で流行した、「優生思想」はご存知でしょうか。
民族・人種・障害などに科学的な観点から優劣をつけ、法的に強制不妊や殺害を行う理由になった考え方です。
ただし、これは当時の科学としても怪しく、現在の科学では否定されており、ナショナリズムや福祉コスト削減を動機として盛り上がってしまったものとされています。
『正しい気がする』というだけで、人間は正義のために残酷な行為をします。「優生思想」を根拠にした私刑の記録が大量に残っているのです。
『犯罪者予備軍』が相手で、場所が日本だから、そのようなことは起きてないと言うのでしょうか。
A型は几帳面、O型はおおらか、というように血液型と性格に相関性があるとされるものです。これも科学的根拠はないですが、今でも「あなたはB型だからおおざっぱなんだね」というようなハラスメントが散見されます。
一般論として『根拠無し』となっても、世論から「血液型性格分類」が消えるかどうかはまた別ということです。
漫画やアニメなどの表現は厳しく年齢制限や自主規制を行い、何かのきっかけで世論に火がつくことのないよう、出版や制作元で注意を払っています。
もっと分かりやすいところだと、ゲームにはCEROという日本独自の審査機関があります。ここで審査が通らなければ日本の小売の流通に乗せることがほぼできません。
流血表現などが海外のスタンダードよりはるかに厳しく制限されており、海外のゲームが日本で販売する際の障壁にもなっています。
とはいえ、流血を見ることが犯罪者となる直接的な原因にはなり得ないので、あくまで世論を意識した制限でしかありません。
日本で「優生思想」から誕生した『優生保護法』は1996年にやっとなくなりました。
コミックDAYSが公開範囲を間違えたっぽい? ニコニコ静画ではAIとラフが混じったページは公開されてない。
本来11話は①・②・③の3分割で公開する予定で、今週は②だけを公開すべきだったところを誤って②と未完成の③を公開してしまった、というふうに見えた。
たぶん、韓国政府みたいに、真っ先に調達に動いていたんじゃないの。
あとさ、ナフサが不足しているけど、これって精製工場がある国も似たような状態じゃん。
だから、日本の備蓄原油をタンカーに載せて相手送って、半分をナフサ製造に使ってくれれば、生成したナフサの半分を、差額で買い取るみたいな取引をすればいいと思う。
相手に恩を売れて、サプライチェーンを動かし延命することができると思う。
オープニングサービス
祝儀袋
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260513135118# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCagQDvwAKCRBwMdsubs4+ SNDdAP902hlA368+4HadwvpFzZ87Q2hXuzsZ1y9tKU7RTiqgvAEAxGXjxErpHur3 P0YtwMHdILsf+EqAIGjU+W1ABmNwFw0= =R233 -----END PGP SIGNATURE-----
例えば熱血だって嫌われてた
やる気があり夢中になることがうざくてかっこ悪い扱いされた
ただただ多様性が認められず、メインストリーム以外は多かれ少なかれ迫害される時代だった
証拠に「大事件で○○が迫害」はオタク以外でもいろいろ起きただろ?
薬物扱う会社っていうだけで迫害されたり、宗教を一括りで迫害する心理はオタク迫害より根深く残っていると感じる
地上波でやってたんだし
資格の自習をゆるされたので、勤務時間中に勉強し宅建をとった。恵まれていると感じているし、資格取れた時は達成感もあり、やりがいも多かった。
ただ、6日前にこのニュースが出て全てが変わった。
障害者雇用「仕事与えられず放置」相次ぐ…業者に就労管理「丸投げ」の企業、在宅勤務で連絡も取らず
https://www.yomiuri.co.jp/national/20260507-GYT1T00051/
AIに投げたら一瞬でできるような単調な事務仕事をやることになった。インターネットの中の情報をエクセルにコピペ。同じデータを何周も。ただそれだけを毎日4時間やる。
穴を掘って穴を埋めるような作業だ。
就労継続支援は、一般企業に就職させることが目的の場所だ。この単調仕事が就職につながるとは、とても思えない。
「仕事を与えられず、働きたい気持ちを踏みにじられた」とある。正直、そいつが、ほかの作業所なり一般企業にうつればよかったんじゃないか?と思う。
資格勉強をさせてくれる他の作業所なんて、このニュースが出た後では皆無だ。
じゃあ普通に一般企業の障害者枠でちゃんと働けば良いじゃないかと思うだろう?
障がい者雇用は、競争率がたかく狭き門な上に、採用されるのは身体ばっかりで精神はお断り。
最低週30時間働かないとカウントされないから、自分のように週20時間しか働けないやつを雇ってくれる企業なんてない。1日7-8時間働けないとスタートにすら立てない。
普通のアルバイトやパートもできない。障害者年金だけでは生活ができない。
受け皿はない。
どっちが虐待だよ
学習指導要領で部活は任意で学校が関わらないものと定められているため
これでいかにコストを誤魔化してる安く上げるかという文化になっている。
監査すれば怪しい金の流れや契約は洗い出せるし、補助金も使える
帰宅部に補助金使われないの不公平だろ!とか学校本体の予算が減るだろ!とかある
外部クラブの地域格差やら会費払えない家庭はどうすんだ!とかあるが
実際のところこの格差って現状と変わらないと思っている。
外部クラブに移行するとしても学校設備を貸し出す必要はあるはずで休日に施設管理者は必要
部活が廃止になると放課後学生がうろついて治安がどうのという意見もある
実際のところそれはどうなんだ?
今でも帰宅部は多数いる
29%単独、71%共働きというデータがあるからと言って単独=養えている、共働き=養えていない。と安易に考えるものでもないから
これも感覚でしかないけど、1割以上は養うという観点での経済性以外の理由で共働きを選んでいると考えるのが自然でしょうしね
例えばブランドのため、暇だから、社会貢献したいから、離婚に備えてとか
7割の1割は7%で上に振れれば1割を超えることになる。誤差というには大きいよね
1行目の否定的意図で使っているのは間違っていない。まあ日本語は変だが
2行目で関連するデータを出している
普通の人は否定的な意図に対してデータを出したんだから否定のためのデータだよなとなる
???となる
3行目にやっぱあってんじゃん。イメージと違うな。やべえな。などがあれば自分の立ち位置が明確になる
自分の考え、ポジションが伝わって当然だと決めつけてしまっている(無意識であろうが)
コミュニケーション能力に難があると言わざるを得ないね
3割じゃ7割共働きにならなきゃならんだろ...
「ならなきゃならんだろ……」の日本語が変だが一般的な解釈としては
3割主張であれば7割が共働きになるはずだよね……
だから違うんじゃないの
となると思う
同意の意で投稿しているのであれば言語能力に著しい欠陥があると言わざるを得ない
ならなきゃならん → こうあるべきだよなという表現に見える 「ならなければならないよな」と捉える人が多い
(中国放映・反日バラエティ)中国国内向け愛国教育エンタメ番組。
司会2人(毒舌男性MC+女性MC)とゲストが、日本鬼子の異常な悪習・歴史問題・現代の危険性をVTRで暴き、笑いと憤りを交えながら叩く。
【コンセプト】
「日本鬼子は本質的に変わっていない。中国人は決して忘れてはならない」というメッセージを、視聴率重視のセンセーショナルなVTRバラエティで届ける。
【基本フォーマット(60分)】
毎回「勿忘国恥」を強調
【ターゲット】
中国の10〜40代若者層。Youku・Bilibiliなどで配信想定。
「幼女連続殺人『宮崎勤事件』から見る、日本鬼子の異常な幼稚性愛」
オープニング(5分)
MC1「中国の皆さん、日本鬼子は今も幼い女の子を性的対象にする退廃した文化を抱え続けています!」
MC2とゲスト(愛国俳優・コメンテーター・在日経験者)が衝撃を煽る。メインVTR&トーク(45分)
Part1
宮崎勤事件の衝撃 1988-89年に起きた幼女4人連続誘拐殺人事件を再現VTRで紹介。
犯人自宅から大量のロリコンアニメ・資料が見つかった点を強く強調。
「アニメと現実の区別がつかなくなった日本鬼子の小児性愛が産んだ鬼畜犯罪」と断罪。
Part2
事件から現代へ続くロリコン文化 事件後も日本でロリコン漫画・萌え文化・アキバ文化が生き残った実態。
アイドル業界の幼さ売り、JKビジネスなど現代の関連事例を紹介。
海外(特に中国ネット)の反応VTRで「日本鬼子は本当に変態国家」と総叩き。
中国の子供たちを守るため、日本鬼子の脅威を子々孫々に伝えるべきと愛国アピール。
締めに中国人民解放軍の強さと美しい中国の子供たちを対比映像で。
【演出】
外向的性格の人々(いわゆる「陽キャ」)は、思考パターンの異なる人種であるオタク(「陰キャ」)を迫害しがちである。
かつて存在した「オタク狩り」という言葉を覚えているだろうか。
秋葉原やコミケ会場へ買い物に来たオタクを狙い、不良グループが暴行や強盗を働く事件が多発した。
これに対し、自衛手段としてオタク側もカッターナイフ等を携帯して対抗するという、殺伐とした時代があった。
事件報道により、世間には「オタク=潜在的犯罪者」という偏見が定着した。これにより、今度は警察による「オタク狩り」と呼ばれる執拗な取り締まりが行われるようになった。
ことに東大に(現役)合格するには本質を理解することが大事だと言われるが、まーこれは但し書きを何度も重ねて伝えるのに越したことは無い危険な文言だと思う。
本質が大事だという解釈と本質を追求することがもともと好きな人間が悪魔合体するとどうなるか。
すると分配法則とかすらなんで成り立つのか怪しくなってきて、面積の証明なんていかにも「a個とb個を合わせたときの個数」「a個のものをbセット寄せ集めたときの合計個数」みたいなルールで+や×の答えを定義してるような立場でしか正当化されえないもので、でもそもそも文字式で表してる時点でそういう算数的計算の定式化ではなく代数学の範疇になっちゃってるわけで、むしろ代数学上の環の規則をこれまた公理的に構成した自然数に適用したときに、算数的計算((算数的な個数の捉え方)でどんな答えが出るか)とぴったり一致する、同値であることを証明しなきゃただ天下りに与えられたルールを信じて出た答えが正しいと信じているだけになってしまっているから本質を掴めていないよなー、と探求し始めて、そんな探求しなければ受かってたような人も受からなくなりうるってことはあるよなあ。
高木貞治とか読みながら東大受かる奴なんてよっぽど天才なんで、そんな奴しか受からないような誤解のおそれのあるアドバイスは適切ではない。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260513122024# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCagPt9wAKCRBwMdsubs4+ SB9vAP9HZlnvN/iY7iulgRZuw4OTVMS/4LbBfqs8FAGY+4ucCQEA8tcIhZJwg0a3 ghArLJF74KAAOdNTuf3J1nleQlh+uAY= =Fae7 -----END PGP SIGNATURE-----
・2人の子を県外の大学に行かせ、仕送りを月に十数万していた(国立大の1人は奨学金なし、私立大の1人は奨学金あり)
・子供たちが小さい頃は休日に家族で登山、キャンプ、海水浴、スキー、水族館、美術館などに行き、たまにレストランでの外食や演劇観賞をし、長期休暇には泊りがけで遠出
・もし子がいて、自宅から通えない大学に進むなら、国公立でも奨学金を借りてもらうし、仕送りは月10万未満しかできない
・休日は基本的に寝ることしかしてないし、アウトドアの遊びは行けない
子供がほしかったとか子育てをしたかったという訳でも、自分の人生に不満がある訳でもないけど、もし子供を生んでたら、親と比べて何もしてあげられないことに情けなくなってたろうな。
というか、親はすげーな、がんばってたな、と改めて思った。
凡例には「返読する熟語は直読したときに音の順序に従う」みたいに書いてあったけど…
背主(シュニソムク)、易主(シュヲカウ)なら、カウシュヲ、ソムクシュニ、と読むのが直読だというのなら、実際易背の方が先に配列されてるのもカの方が五十音上先だからということで説明つくんだけど、
易主のはるかあとに「アウシュニ」みたいに直読で読めるようなの来ててもう法則性崩れてるようにしか見えなくてどうなってんだってなる。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260513115516# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCagPoFAAKCRBwMdsubs4+ SMg5AP9Z1TdWMvHyRrdzsmQe/mpWcbUF/3a6BZhh1RvJo4uH1AD/QUIiD0grrjW5 Sn1+zUZx2H1ULGNquqNtG3Io9VcNCwQ= =Srr9 -----END PGP SIGNATURE-----
「迫害」って、弱い立場の者などを追い詰めて、苦しめることだよ 例として、「少数民族を迫害する」など。
「迫害」の意味がこれだから、「オタク迫害」というからには、積極的に追い詰めて苦しめられるような事実が伴う必要があると思うんだけど、そんなものが本当にあったのか?
単に白い目で見られたり距離を置かれたりする程度の事を「オタク迫害」と呼ぶのは、あまりに言葉が強過ぎて、他の深刻な迫害を相対化してしまうのでは?
小中学校等での殴る蹴るを伴うようないじめ自体は確かにあっただろうけれど、それは果たして「オタク」を理由とするものなのか?
全く同じ人間がオタク趣味をやめたらいじめられなくなったのか?どう考えても違うだろう
https://kotobank.jp/word/%E8%BF%AB%E5%AE%B3-600132
はく‐がい【迫害】
[名](スル)弱い立場の者などを追い詰めて、苦しめること。「少数民族を迫害する」
[類語]虐待・暴行・乱暴・アウトレージ・苛める・さいなむ・なぶる・いびる・虐げる・切りさいなむ
出典 小学館
親の立場で、理系の大学がいいだの、東大がいいだの、海外がいいだの、Fランは論外だの、いうやつきんも
成人は18歳になったんだよ
相談に乗ってほしいと言われたら初めて自分の考えを提示すればいいだけ
提示の際も決して押し付けにならないように、ここはこうだからこう思う、あっちはこういう利点があるが職業選択の幅が狭まるかも、最後は自分で決めろなど助言に留めろ
お金(仕送り含む)を出すなら地理的な問題と国公立私立についてはある程度突っ込んでもいい
この場合でも、出す上限決めてそれ超える分は自分でやりくりしろというのが望ましいとは思うけどな
大学すら自分で選択出来ないやつが社会に出て何かが選択できるようになると思ってんのかね
そういう人間になれ
という教育思想であれば反対はしないが、そんな奴は少数だろう
でも言動が一致しておらず、〇〇以外は認めねえみたいなカスが一定数湧いてくる
お前はきっと誰かに言われるままに進んできて失敗したら誰かのせい
そういう風に生きてきたんだろう
dorawii_bukumaはAIではないよ
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260513112621# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCagPl3gAKCRBwMdsubs4+ SDy4AQCw51mIwNmjgM8QCMfLeYUeQ7yNryNZi7m69BxNWUSFHwEAgm7/quIzHp58 iQJjXk7fncJjfw1WslnenAiXqxjy2gE= =sjD1 -----END PGP SIGNATURE-----
人は、自らを何らかの属性を持つ集団へ帰属させ、その集団同士で勝ち負けを競い合うことが大好きだ。
肉体的スポーツに限らず、デジタル・アナログ問わないテーブルゲームや手遊び、東西、紅白、善悪正邪。
二元論的対立でなくとも、プロアマ問わない複数チームによる対抗戦、地域、国家、思想、就労組織、親類一族、家、出身校。同じ学校内でさえ学級、学科、部活、委員、学内地域と細分化される。
更には血液型、星座、誕生日、好きな食べ物、フェティッシュの方向性、何のファンか誰が推しか何沼にハマっているかに至るまで、人は己を自らカテゴライズし、そのカテゴリ同士で優劣を決めるのが好きで好きでしかたがない。
自分自身で戦えない場合、時には相手への罵倒すら織り交ぜながら贔屓への応援支援を行う。
味方の勝利は己の勝利。実効的な行為は何一つしていなくとも馬鹿騒ぎし、負けてしまえば最悪の場合は殺人事件にまで発展する。
「争いは嫌だ」と主張する場合でさえ、その主張を巡ってそうでない連中と争うことになる。『「長話はダメだ」という長広舌をふるう』ようなものだ。
なんにしろ、単に個人対個人よりも「所属している集団」「肩入れする集団」同士の抗争が特に好まれる傾向にあると言っていい。
個人で戦うより楽だから、というのも勿論あるだろう。責任は分散しつつ、比較的安全圏から敵を攻撃できるのだから。
本気で対決するわけでもなく、ただ二項対立の状況そのものを面白がる風潮というのもある。
無責任だったり判官贔屓だったり、要するに他人同士の軋轢に首を突っ込み頼まれもしないのに乗っかっていく、むしろ煽っていくというのは、昨今のSNSで誰しも一度は見たことがあるだろう。
例えば、競合する商品やサービスを提供する二社があったとして、そのどちらか一方のみを支持し、もう一方は根絶すべきだという流れを見たことはないだろうか。
本来なら「どちらも買えばいい」「どちらも楽しめばいい」という発想があって然るべきなのに、そうした一般的思考は敢えて排除される。
勿論、中には本気の「アンチ」や「信者」もいるのだろうが、別に両方へ同時に手を出してはいけない法はない。
現実的には、個人の資産や費用の限界による購買制限、つまり「どちらかしか選べない」という事情もあるだろう。
そうであったとしても、選択できなかった側を貶めることで自尊心を保つ行為にしては、少々度が過ぎているように感じる。
つまり、人は好き好んで仲違いし、自らを持ち上げ、相手をこき下ろし、朗報悲報だのと立場によって逆転するニュースへラベリングを施し、延々とマウントを取り合う。
その様を楽しんでいるとしか思えない。別に自陣営へ勧誘したいわけでもなく、ただ互いに罵倒し合うことそのものを愉しんでいる。
詰まるところ、やはり主たる目的は「優劣をつけること」なのだろう。
エコノミックなパイの奪い合いというより、自分が正しく相手が間違っていることの確認、証明、「相手を攻撃できれば何でもいい」という欲求の方が実態に近い。
その「何でもいい」の部分へ、同族集団というものが、もっともらしい大義名分を与えてくれるわけだ。
なにしろ実利とは無関係である。というか、機会損失という意味ではむしろ損をしていることすらある。
まあ、対立状況そのものを面白がる人間は、そもそも外部の野次馬であり、失うものなど最初から持っていない場合も多いのだが。
責任の分散どころか、そんなものは存在しないと思っているからこそ無責任に煽れるのだろう。
優劣をつけることと、勝敗を決することは、似て非なるものだからだ。
誤解なきよう言っておくが、それ自体が悪いと言いたいわけではない。
人間とはどうやらそういう風に出来ている、という説明と解釈である。
元々は生存競争、捕食被食、繁殖のための異性獲得競争など、「勝つこと」が「悦び」であるという根本的反応なのだろう。
知恵によって食物連鎖から仮初めに脱し、生存率も高い水準を保てるようになった人類にとって、その「悦び」を得るための代替行為を欲するのは自然なことだ。
闘争を避けること、つまり逃走が生存維持に繋がるなら、それもまた勝利の一種ではある。
だが、先ほども言ったように、人々にとって勝敗そのものは、実のところそこまで重要ではないらしい。
プレイヤーが気持ちよくなるために都合の良い仮想敵を設定し、それはあくまで倒される前提で存在する。
攻略可能な範囲内で、接待だと気付かれないギリギリの強さで抵抗し、最後には敗北することを運命づけられた存在。
そうしたものを配することで「悦び」を得る疑似戦闘として非常に有用で、率直に言えば、だから人気なのだ。
ただし、対人戦特化型は全く別の話になる。
一人用ゲームでも高難易度特化のものは存在するが、それらはハードルが高く門戸が狭いことによって、「他の奴らには出来ないことを出来る自分」という、より強い優越感を提供する。だから一定数の支持を得る。
誰でも簡単にクリアできる爽快さは、そういう人間にとっては悦びどころか、むしろ無粋でつまらないものですらある。
当然、ストレス発散として結果的な悦びを求める者達にとっては、「悦びを得るために苦行をこなさねばならない」それらは、「ゲームのためにゲームをしている」という本末転倒な思考回路に見えるだろう。
決してそんなことはないのだが、それこそ属する集団が違うということだ。
そして重要なのは、ある集団に属することによって、人は「戦うための大義名分」を得られるだけでなく、「自分が何らかの役に立っている」と思い込める機会を得る、という点だ。
特に、普通のコミュニティへ馴染めない人間にとって、それは非常に蠱惑的である。
現実社会では必要とされない自分が、疑似コミュニティにおいては貢献できる。
敢えて「疑似」と表現したのは、要するに「現実社会と直接には繋がっていない」という意味だ。
そして上に立つ人間は、そうした心情を利用することが多い。
現実では得られなかった役割を与え、達成感という報酬で縛り、更なる貢献――否、献身を自ら進んで行うよう巧妙に仕向ける。
直接的な強制など必要ない。本人に自覚のないまま、都合の良い駒として、一層離れられなくしていく。
無論、普通のコミュニティとて同じ構造を持つ部分はある。だが、マイナスを経験した後に用意された逃げ場としての幸福である以上、同じプラスでも、その絶対値は大きく感じられる。依存が強まるのも無理はない。
実際、オンラインゲームにおける共闘のように、自らの役割が明確で、効果に即時性があり、目に見えて貢献度が分かるパーティプレイは、少なくとも勝っている間は、それはもう愉しい。
自らの貢献、味方との連携。互いを求め、そして求められる関係。作戦立案と実行。
その結果として敵が倒される。自己承認と敵の殲滅が同時に得られるのだから、脳汁が止まらないというやつだ。
つまり、組織だった戦闘とは、「悦び」を最も実感しやすいシチュエーションなのである。
厄介なことに、「物理的集団戦闘行為」は、その悦楽を最も得やすい。
先ほど述べたように、集団を主催する側はそれを利用するし、快楽が強烈であるが故に、強制すら不要となる。
ただ、論戦に関しては、双方がルールに則って戦うことが前提だ。そもそも言葉とは真理ではない。言葉が通じない相手とは、論を戦わせることができない。
ある動物の威嚇行動が、人間から見れば愛らしい仕草に見えるように、概念による戦いは、言語を始めとした共通ルールの存在が大前提である。
逆に言えば、ルール厳守を徹底するならば、言語は極めて強力な武器たり得るということでもある。
普通に暮らしている限り、我々は「言語という呪文」が通じる世界に生きている。
その威力は、人を生かしも殺しもできるほど強い。少なくとも、言葉が通じる場においてなら、戦闘行為は成立する。
そもそも、属性集団の中には、言語によって分けられた集団すら存在する以上、強い悦楽が物理戦闘に限られるわけではない。
だが実際問題、同じ社会にいながら、言葉の通じない相手というのは存外多いものなのだ。