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はてなキーワード: 70年代とは

2026-05-10

Jpopって21世紀になってからほとんど変わり映えしないよね

70年代80年代は違うし

80年代90年代も違う

でも2000年以降はやってることあんま変わんない感じ

2026-05-04

アニソンは下の下に見られてたしアニメも恥ずかしいものだった

70年代まではアニメの曲は「まんがのうたw」扱いで完全にバカにされていた、と昔のアニソン歌手が語っていたそうだ。

80年代から売れっ子作詞家作曲家が手掛けてアイドルが歌ったものもあるけど、それでもアニメの曲は下に見られてたよ。アニメ自体オタクのものとして公言できる趣味ではなかった。テレビでも取り上げたりしなかったし。

エヴァ流行ったとはいえテレビ版やってた頃はオタク間だけだったじゃん。主題歌流行ったつっても非オタクが見るテレビ番組で堂々取り上げられたりはしなかったはず。映画地方では上映はミニシアターだった。それでも上映あるだけマシだった。

テレビアニメ特番やってガンダムエヴァなども取り上げ始めたのいつ頃からだった?気づいたらアニメ好き芸人バラエティ特番ガンダムの話をしていて、あれよあれよという間にエヴァの話も堂々とやるようになっていた。以前はアニメ特番と言ってもせいぜいフランダースの犬アルプスの少女ハイジ無難ものしかなかったのに。

2026-04-21

anond:20260419144831

日本では70年代までリベラルの方がLGBT差別してきた。

第39回衆議院議員総選挙は、太田竜率いる地球維新党から出馬した東郷健という人物がかつていた。

彼はゲイカミングアウトし「オカマオカマの、東郷健参議院議員立候補オカマオカマ東郷健がまいりました」と選挙カー活動していた。

1978年、『週刊ポスト』の企画東郷健社会民主党向坂逸郎向坂宅で対談した際、

「ソヴェト共産主義になったら、お前の病気は治ってしまう」

同性愛を『病気』呼ばわりされたため喧嘩になり、向坂に追い出される形で対談は打ち切られた。

向坂逸郎訪問者を追い返した唯一の例とされる。

なおそんな向坂東郷は「自らは百坪超の豪邸に住まい都心アパート家賃相場さえ知らない向坂は、全くブルジョアしか見えなかった」と感想を述べている。

2026-04-19

第6回 どうして人は「青春」にとらわれるのか その魅力と魔力の正体とは 2026年4月18日 15時01分 連載「青春コンプレックス」⑥

 「青春」という言葉不思議だ。部活初恋文化祭……。まぶしいイメージをまとう一方、現実との落差から青春できなかった」との思いをずっと引きずることもある。「青春」はなぜ、人を引きつけ、とらえてやまないのか。その魅力と魔力の正体を、「みんなの〈青春〉」(生きのびるブックス)の著者である石岡学・京大大学院教授にきいた。

 

 ――「青春」をテーマにした映画アニメ小説などが、ちまたにあふれています

 少し見渡すだけでも、「青春」にまつわるコンテンツ枚挙にいとまがありません。

 

 例えば、数年前にアニメ化されて人気となった「ぼっち・ざ・ろっく!」。キラキラした青春に対して屈折した思いを抱く「陰キャ」の女子高校生主人公で、アニメ主題歌は、そのものずばりの「青春コンプレックス」です。あるいは、「高校最後の夏」と銘打ってメディアが注目する夏の甲子園なども、「青春コンテンツに含まれるでしょう。

 

 「青春」は特に学園生活の様々な場面と結びつきながら、格好のコンテンツとして、社会に広く消費されているのです。ただ、「青春」を巡る社会の語りを見てみると、そのイメージ一定ではなく、時代によってずいぶんと移り変わってきたことが分かります

 

 ――どういうことでしょうか。

 

フィクションから」で片付けられない

 

 1960年代までは「青春」といえば、一部のエリート学生既存社会体制に対して抱く不満や怒りというかたちで描かれることが主でした。「青春」とは特権的ものだ、という社会認識があったのです。

 

 それが高校大学進学率が急上昇するのに伴って、20代前半まで学生でいるのは珍しいことではなくなり、70年代以降、「青春」は誰でも経験できるものとして大衆化していきますさら2000年代以降は、ドラマチックな経験ではなく「学校での普通日常」がテーマとして好まれるようになりました。

 

 ――こうした「青春」のイメージが、現実当事者たちにも影響を及ぼしてきたと。

 

 「青春」が「普通日常」を描くようになっていったことは、当事者たちにも大きな意味がありました。

 

 つまり作品などの中で描かれる「青春」は、普通に過ごしていれば経験できるもの。そんな充実した日々が送れていないのは、自分に何か欠点があるからだ――。そのように、問題が内在化していくわけです。だから現代は「青春」に対してコンプレックスを抱きやすい状況になっているといえます

 

 そこには、SNSの普及もある程度、関係しているでしょう。アイドル芸能人たちよりも、同年代の「普通の子」が発信する「青春」の日々は、受け手にとってリアリティーがあります。「あれはフィクションから」で片付けられない。それゆえ、自分の日々とのギャップを強く感じることもあるのでは。

 

 いかに「青春」っぽいことをして、SNSで発信し、他者承認してもらえるか。いわば「ミッションクリア」するような感覚で「青春」をとらえているとも考えられます

 

陳腐だけれど「善」のイメージ

 

 ――「青春」は、なぜ人々を引きつける力を保ち続けているのでしょう。

 

 「青春陳腐さと特別さが混ざり合った規範から」だと、著書では結論づけました。

 

 現在において、ほとんどの人が高校あるいは大学生活経験しうるという点で、「青春」は誰にでも与えられる、陳腐ものだといえます。一方、それは20代前半までの限られた時期にしか与えられず、失われたら戻らないという点では特別意味を持ちます

 

 誰でも自分の姿を投影することができ、かつ、時間が過ぎれば失われるというかけがえのなさがあるために、多くの人にとって何かしら心をかき立てられるものなのでしょう。

 

 さらに、「青春」には「若さ」「情熱」「成長」といったイメージが凝縮されています。これらはいずれも、現代社会において「善」とされている要素です。否定的感情を入れる余地のないものから、いっそう「青春」は光り輝いて見えるのです。ただそれは、あくま社会的に作られたイメージであって、相対的ものに過ぎないということです。

 

 ――誰しもが、イメージ通りの「青春」を送れるわけではありません。

 

 研究していて面白いなと思ったのは、まさに充実した「青春」を体現しているように見えるアイドルたちですらも、「青春できなかった」と語っている場面が少なくなかったことです。「普通学校生活」というのは、それだけとらえどころのない、やっかいものなのだと思います

 

 私のことでいうと、はたから見ればそこまで悪くない青春を送ったようにも見えるでしょうが自分では「暗黒の高校時代」だと感じていました。人とのコミュニケーションに、どこか苦手意識があったからです。

 

 要は、「青春」に抱くコンプレックスというのは自分アイデンティティーに対する漠然とした不安なのだと思います。そうそう逃れられるものではない。良い青春を送れたと思うのであれば素晴らしいですが、そうでなかったとしても、必要以上にとらわれるべきではないでしょう。

 

      ◇

 

 いしおか・まなぶ 1977年まれ。専門は教育歴史社会学で、子ども若者イメージ社会的構築などを研究。著書に「『地方』と『努力』の現代史」(青土社)など。

 

https://digital.asahi.com/articles/ASV301CG7V30ULLI00YM.html

2026-04-17

ローマンというコンテンツが嫌い

ローマンがどうしても苦手だ、という話をしたい。

前提として、自分岡本太郎という芸術家自体はもともと好きだった。あの極端な言葉の強さや、「うまくやること」への明確な拒否、良くも悪くも整理されないまま前に出てくるエネルギーのようなものに惹かれていた。少なくとも、自分の中では「安全に消費できないもの」の代表の一つだったと思う。

からこそ、タローマン最初に見たとき違和感がうまく説明できなかった。

世間的には、タローマンは「でたらめでシュール面白い」と評価されているし、その受け止め方自体理解できる。実際、70年代特撮風の質感や、妙に力の入った演技やナレーション岡本太郎言葉の使い方など、かなり精密に作られているのも分かる。

ただ、いろいろ見たり調べたりしていくうちに、自分の中で引っかかっているポイントは少しずつ明確になってきた。

ローマンはよく「でたらめ」と言われるけれど、実際にはかなり周到に設計された“でたらめ”だ。岡本太郎昭和特撮アート文脈といった複数の要素を意識的に組み合わせて、「こういうふうに見えたら面白いだろう」というラインにきっちり収めている。その精密さに価値を見出す人が多いのも納得はできる。

ただ、自分にとってはその「収まりの良さ」こそが気になってしまう。

岡本太郎言葉作品にあったはずの、どう扱っていいかからない感じや、受け取る側を少し困らせるような不安定さが、タローマンではかなり扱いやすい形に整えられているように見える。強い言葉も、奇妙な映像も、すべてが「これはこういう面白さです」と提示されているような印象がある。

その結果、「でたらめ」というよりは、「でたらめっぽさを上手に再現したもの」に見えてしまう。

さらに気になるのは、このコンテンツが共有されるとき空気だ。タローマン口コミで広がり、書籍や展示、グッズ、映画へと展開していったが、その過程で一貫して感じるのは、「この面白さ、分かるよね」という前提がかなり強いことだった。

岡本太郎好きな人特撮好きな人、少しひねった表現好きな人——そういった文脈を共有している人たちにとっては、とても気持ちよくハマる構造になっていると思う。ただ、その外側にいると、作品のものというより、「その共有を楽しんでいる空気」のほうが前に出て見えてしまう。

これは好みの問題なのだが、自分はどうしてもその空気に乗り切れない。

岡本太郎作品に感じていたのは、「理解できなくても、無理やり突きつけられる何か」だったはずなのに、タローマンは「理解できる形に翻訳された岡本太郎」を提示しているように感じてしまう。そこにあるのは、爆発というよりも、よく調整された爆発の再現のようなものだ。

もちろん、これによって岡本太郎に興味を持つ人が増えるのであれば、それ自体は良いことだと思うし、タローマンを楽しんでいる人を否定するつもりはない。

ただ、自分にとっては、「扱いにくさ」や「収まりの悪さ」に魅力を感じていた対象が、「うまく楽しめる形」に整えられていること自体が、どうしても引っかかる。

うまく言語化できていなかった違和感をまとめると、「変なもの」ではなく「変なものとして安全に楽しめるように設計されたもの」に見えてしまうこと、そしてその設計のうまさまで含めて共有される空気に、少し距離を感じているのだと思う。

ロック反体制時代錯誤

結論
  • かつては成立していたが、現在ではかなり時代錯誤
  • 消えたのではなく「役割が変質」している

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世界
● ① 1960〜70年代:本当に反体制だった時代

例:

権威戦争保守への対抗文化として機能

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● ② 1980〜90年代商業化による変質

例:

→ 反抗がスタイルとして消費される

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● ③ 現代:主流文化への組み込み

- Kendrick Lamar など

ロック反体制ではなく「過去記号

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日本
● ① 最初から政治的反体制は弱い

例:

文化革新はあるが政治性は薄い

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● ② 日本特有:「内面の反抗」

例:

学校大人社会への反発が中心

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● ③ 完全商業化

例:

反体制より消費文化

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■ なぜ時代錯誤になるのか
反体制の主役が移動
体制側が取り込んだ
若者文化の中心ではなくなった

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現在の整理

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■ 補足

- 「ロックから反体制」ではない

- 「反体制な人がロックを使う」に逆転

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■ まとめ

2026-04-01

anond:20260330174405

一番よかったのって70年代後半〜80年代前半くらいなんじゃないかなって思う。

戦後の苦しい時期が歴史になって、高度成長期残響で豊かになっていく感覚があり、でもバブル突入してわけわからなくなったりもしていない絶妙な時期。

さらコンピュータがまだ一般社会には浸透しておらず、社会構造根本的な変化がまだ来ていなかった頃。

2026-03-28

キリスト教政治関与の歴史的背景

日本キリスト教団体の「政治関与の違い」が生まれた経緯

日本キリスト教特にプロテスタントカトリック)の政治関与の度合いやスタイルに大きな差が生まれた主な理由は、戦後処理の仕方と外部神学の影響の受け止め方にあります。以下に歴史的経緯を整理します。

1. プロテスタント系(特に日本基督教団=UCCJ社会派)の場合

戦責告白が転機となり積極的政治関与へ
戦中

1941年国家宗教団体法プロテスタント諸派強制合同され、日本基督教団が誕生。当時は「皇国ノ道に従い皇運を扶翼する」と声明を出し、戦争協力の姿勢を取っていました。

戦後

GHQ占領下の反省ムードの中で、若手教職や「キリスト者平和の会」の運動が盛り上がり、1967年3月26日(復活主日)に「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」(通称・戦責告白)を発表。これは教団史上最大の自己批判文書で、「あの戦争是認・支持した罪」を認め、「世の光・地の塩である教会戦争同調すべきではなかった」と痛切に悔い改めました。

その後の展開

この告白トラウマとなり、「教会権力抵抗する預言者存在でなければならない」という神学が主流に。1960年代後半〜70年代ラテンアメリカで生まれ解放神学貧困・抑圧を「構造的罪」とし、抵抗実践とする思想)の影響を受け、社会派が台頭しました。

結果

聖書の言葉(例:ルカ4:18-19「貧しい人に福音を…捕われ人には解放を」)を現代の反基地反戦・反安保運動に直接適用するスタイルが生まれ、「信仰実践政治抵抗」という構図が定着。同志社国際高校辺野古海上視察のような事例がその典型です。

2. カトリック系の場合バチカン中央統制が政治的中立を維持

戦後

第2バチカン公会議(1962-65年)で社会問題への積極的関与を促されましたが、教皇庁の強い中央集権的指導が続きました。

決定的な分岐点

1984年教義省(当時のラッツィンガー枢機卿、後のベネディクト16世)が「解放神学に関する指示」を出し、マルクス主義分析階級闘争の導入、信仰政治化を公式批判しました。

結果

日本カトリック社会正義弱者支援人権)を重視しつつ、聖書特定政治運動スローガン化せず、人道的・中道的なアプローチを取るようになりました。上智大学聖心女子学院などの学校がその代表で、現場体験型イデオロギー教育ほとんど見られません。

3. キリスト教報道メディアの影響

キリスト新聞1946年創刊、プロテスタント系最大手)


UCCJ社会派寄りの立場が強く、戦責告白以降の平和反戦報道積極的に展開。反基地人権問題を「信仰実践」として好意的に取り上げ、社会派政治関与を後押しする役割果たしてきました。リベラル左翼寄りの論調が主流です。

クリスチャントゥデイ日本版)
福音派・保守寄りのオンライン媒体

解放神学やUCCJ社会派政治的傾向を批判的に報じ、「信仰政治化は危険」との立場を取っていますプロテスタント内のカウンター勢力として機能し、保守中立派の声を増幅しています

まとめ:なぜ差が生まれたか

プロテスタント特にUCCJ)

戦中協力の強い反省(戦責告白)が原動力となり、解放神学の影響で「抵抗信仰実践」という積極的政治関与スタイルが生まれました。報道メディアキリスト新聞)の後押しも大きく、聖書現代政治に直接結びつける傾向が強くなりました。

カトリック

バチカン中央統制と解放神学批判により、政治的中立を保つ方向に舵を切りました。結果として、信仰政治スローガン化する行きすぎた関与は抑えられています

この差異は、戦後処理の「告白の深さ」と外部からの「統制の強さ」という二つの要因で説明できます

プロテスタント社会派は「告白の痛み」を政治エネルギーに転換し、カトリック教皇庁指導でそれを抑制した——というわけです。

この経緯は、現在学校平和教育政治偏向の違いとも直結しています

追記

共産党と結託に至るまでの歴史

https://anond.hatelabo.jp/20260328231054

韓国キリスト教団体政治関与

https://anond.hatelabo.jp/20260330114245

キリスト教内部から批判

https://anond.hatelabo.jp/20260329084028

2026-03-24

anond:20260324032502

PC普及したのが70年代からなんで情報化社会なんかここ40~50年ぐらいのものやし、活版印刷すら1400年代で600年ほど前。

対して我々ホモ・サピエンスの登場が30万年前でその前の旧人が50万年前で20万年近くかかってる、さすがにそんなす進化せんやろ。

2026-03-18

イメージを固定してしまうのも、老害一種だと思う

Aという組織の評判が悪かったとする

それを5年10年「Aはクソだ」と思い込むのはいいんだけど

これが20年を超えてくると、確実に世代が入れ替わってるので、もう一度よく観察する必要がある

 

が、一部の年寄り20年どころか30年40年、イメージを固定してしまうので、これは老害と言って良いだろう

特にAがなにかしたとき文句を言うやつとかね

 

最近、ようやくというか、団塊の世代が退場し、団塊ジュニアも退場しつつある(一部では現役だけど)

70年代まれ以降の感覚は、結構若者と似てる面があるので、一旦イメージリセットする必要がある

(ちなみに次の分断がZ世代だと思う、Z世代というか00年生まれくらい)

2026-03-07

左派首長は今もいるが、成功しているのか?

現在でも左派革新系首長存在する。代表例を挙げると

都道府県

沖縄県知事 玉城デニー

岩手県知事 達増拓也

埼玉県知事 大野元裕

都市特別区

仙台市長 郡和子

杉並区長 岸本聡子

世田谷区長 保坂展人

1960〜70年代革新自治体ブームに比べると数はかなり減ったが、現在でも 東北沖縄東京の一部自治体左派首長が残っている。

ただし、ここで一つ重要ポイントがある。

現代左派首長

左派政策成功した」というより「対抗勢力として当選している」ケースが多い。

まり

基地問題沖縄

自民系市政への反発(東京区部)

野党共闘象徴東北

といった 政治対立の構図の中で選ばれている ことが多い。

そのため、1960〜70年代革新自治体のように

公害対策

都市福祉改革

公共政策モデル

といった 全国的に影響を与える政策モデル は、現在はあまり出ていない。

また政治構造も変わっている。

昔の革新自治体

社会党共産党の明確な左派政権

現在

→ 立憲・共産社民などの 野党共闘

まり現代革新系首長

イデオロギー型の革新自治体というより、選挙連合型の政権

と言った方が実態に近い。

---

ここで注意したいのは、「成功」の意味が人によって違うこと。

自治体政治での成功は大きく3種類ある。

選挙として成功

行政運営として成功

政策モデルとして成功

この3つは別物。

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■① 選挙としての成功

これは単純で、何度も当選しているかどうか。

この意味では

沖縄県知事玉城デニー

世田谷区長(保坂展人

などは明確に成功している。

再選しているので政治的支持はある。

---

■② 行政運営としての成功

これは

財政

行政サービス

都市運営

が安定しているかどうか。

この意味では、多くの自治体普通に回っている。成功でも失敗でもない。

そもそも日本地方自治体

税制

財政

法律

の大部分を国に握られているため、首長政策だけで自治体が劇的に変わることは少ない。

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■③ 政策モデルとしての成功

ここが一番重要

これは

「その自治体政策が全国に広がるか」

という基準

例えば1960〜70年代革新自治体

公害規制

都市福祉

公共住宅

などで全国政策に影響を与えた。

しか現在は、そうした 全国モデルになる政策ほとんど出ていない。

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まとめると、現代左派首長

選挙としては成功している場合もある

行政運営としては普通

政策モデルとしては弱い

という評価になる。

なので「成功していない」というより

「全国モデルになるような政策が出ていない」

というのが実態に近い。

2026-03-05

都内に駐車して「あ、こいつ車上荒らしだな」ってケースがあるんだが

だいたい70近いジジイのことが多い。

「その年齢で犯罪してんの?」としか言えんが、よく考えたら1950年代まれとかだものな。

60~70年代治安レベルを引きずってると思えば納得。

ようは「生活習慣」なのよ。犯罪者ってのは。

2026-03-04

[]国際比較移民二世孤立化

移民二世移民の子ども世代)が社会的孤立し、暴動などに参加する現象は、フランスをはじめとする欧州諸国で顕著に見られます特にフランスでは、2005年パリ郊外暴動移民2世3世若者が中心)や2023年ナンテール暴動などが有名で、背景に若年失業率の高さと社会的排除が強く関係しています

一方、日本に住む外国人の子ども(いわゆる外国人二世ルーツを持つ子ども)については、フランスのような暴動レベルの激しい対立ほとんど起きていませんが、進学率の低さやニート化のリスクが高く、就職・自立が難しくなる傾向があります。これには在留資格の違いや母語の影響(特に漢字圏 vs 非漢字圏)も大きく関わっています

以下で、両者を比較しながら、丁寧に説明します。

フランス移民二世の特徴と暴動の背景

フランスでは、1960〜70年代北アフリカアルジェリアモロッコチュニジア)などから移民が大量に流入しました。彼らの子ども(2世)や孫(3世)はフランス国籍を持つことが多く、フランス人として生まれ育っていますが、社会的に「疎外」されやすい状況です。

主な原因

• 極端に高い若年失業率フランス全体の若年失業率(15〜24歳)は長年20%前後ですが、移民出身郊外地域バンリュー)では40%を超える地域も多いです。
失業が続くと、将来への希望が持てず、社会から排除されている」と感じます。これが怒りや絶望に変わり、暴動の引き金になります

教育就職格差郊外公立学校教師不足・施設劣化が深刻で、学力がつきにくく、大学進学や良い仕事に繋がりにくいです。名前や住所から移民出身」とわかる履歴書は、書類選考で落とされやすい(差別)。

社会的孤立アイデンティティ葛藤フランスは「同化主義」(フランス人として完全に溶け込むことを求める)政策を取っていますが、実際には差別が残り、移民2世は「フランス人でもなく、母国の人でもない」という中途半端立場に置かれます。
これが「自分たち社会から見捨てられている」という感情を生み、集団暴動に参加するケースが増えます

結果として、フランスでは移民二世若者暴動の中心になる現象が繰り返されています2005年暴動では数千台の車が燃やされ、2023年暴動でも同様の破壊行為が見られました。

日本に住む外国人の子女の特徴

日本では、移民二世の規模はフランスほど大きくなく、暴動のような激しい対立は起きていませんが、進学・就職格差ニート化のリスクが高い点が課題です。

主な特徴

• 進学率が日本人より低い
文部科学省調査2018年頃)では、日本指導必要高校生の進学率は約42%(全高校生は70%以上)。中退率も9.6%と全高校生の7倍以上です。


理由経済的困窮、親の不安定就労日本語の壁、学校での孤立など。

ニート化しやすい
進学も就職もしない割合が18%程度(全高校生の約2.7倍)。
非正規雇用に就いても低賃金不安定になりやすく、結果として「働かず・学ばず」の状態に陥りやすいです。

在留資格の影響

永住者や日本人の配偶者子は比較的安定。

技能実習生短期滞在の子どもは不安定で、親の資格喪失子どもも影響を受けやすい。

難民申請中の家族収容リスクが高く、子ども教育が中断されやすい。

漢字文化圏 vs 非漢字圏の違い

漢字圏中国韓国台湾など)の子どもは日本語の読み書きが早く身につき、進学・就職で有利。

◦ 非漢字圏ベトナムフィリピンネパールなど)は漢字が大きな壁になり、学習時間がかかる。結果、進学率が低くなりやすく、就職で不利になりやすい。

なぜこのような格差が生まれるのか

日本社会の「日本語中心主義」
就職では日本能力JLPT N2以上)が強く求められ、非漢字圏の子どもは特に不利。

• 親の不安定就労不法滞在低賃金労働の親が多いと、子ども教育費や進路指導が不足し、ニート化の連鎖が起きやすい。

支援の遅れ
日本指導は小中学校で充実しつつあるが、高校以降は手薄。進路相談キャリア支援が十分でない。

まとめ

フランス移民二世は若年失業率の高さと社会的排除暴動の原因となり、社会的孤立が激しい対立を生んでいます。一方、日本では暴動まではいきませんが、進学率の低さとニートリスクが高く、特に漢字圏の子どもが不利です。在留資格の安定性や日本習得のしやすさが大きく影響しています

どちらの国でも、移民二世孤立は「親世代の苦労が子に連鎖する」構造根底にあります日本では暴動のような激しい形ではなく、静かな排除(進学・就職の機会喪失)として現れている点が特徴です。

2026-03-01

リセット症候群発動!国家

最近の極端な政治思想って、結局のところリセット欲に尽きるのではないか

今の円安少子高齢化技術力低下、ぜんぶぜんぶ70年代以降の日本政治の怠慢によるものだろう。

ますぐにどうにかできることじゃない。

だって円安が続くのは日本ブランド力がないからだろう?力を失い続けた数十年だったんだよ。

から、もう今更どうすることもできない。選挙に行っても、労働運動しても、デモに行っても何も変わらない。

それなら、いっそゼロにして一からまたやり直そう!そういう気持ち政治にも表れているのだと思う。

だけど、その方向に向いちゃいけない。ナチズムの二の舞になるだけだ。

イラン激変 パフラヴィー王政復活と白色革命回帰の機運高まる トランプ平和外交中東に新たな「良き傀儡」をもたらす

イラン最高指導者アリ・ハメネイの死は、単なる一人の独裁者の終わりではなく、長年抑圧されてきたイラン国民にとって「天罰」のような象徴事件となった。

2026年2月28日米国イスラエルの共同軍事作戦により、ハメネイテヘランの自邸・執務室を標的とした空爆で死亡。国営メディア確認した通り、彼の娘、義理の息子、孫、さらには義理の娘までもが同時に命を落としたという。親族ごと抹消されたこ惨状は、イスラム共和国体制の腐敗と残虐性を如実に表している。ハメネイ1989年以来、37年にわたり最高指導者として君臨し、反米・反イスラエルを国是とし、核開発と地域代理戦争推し進めてきた男だ。

国内では女性の権利を踏みにじり、反体制デモを血で鎮圧し、経済破綻寸前に追い込んだ。こうした「独裁象徴」が、家族もろとも天から下された鉄槌で消滅した今、イラン国内および国外イランコミュニティでは、抑えきれない興奮と希望が広がっている。特に目立つのは、王政復古を求める声の高まりだ。パフラヴィー朝最後皇太子であるレザ・パフラヴィーは、亡命から即座に声明を発表。「イスラム共和国事実上終わりを迎えた」「イラン国民よ、今こそ立ち上がれ」と呼びかけ、軍・警察治安部隊に対して「人民を守る誓いを果たせ」と促した。ロサンゼルスなど海外イランコミュニティでは、ハメネイ死去のニュース歓喜の声が上がり、パフラヴィー家の旗や肖像が掲げられる場面が相次いでいる。なぜ今、王政復古の機運がこれほどまでに高まっているのか。その核心は、1979年イスラム革命以前にあった「白色革命White Revolution)」時代黄金期への回帰願望にある。モハンマド・レザ・シャー(パフラヴィー2世)が1960年代から70年代にかけて推進した白色革命は、土地改革女性参政権の拡大、工業化教育の普及、近代インフラの整備を一気に進めた。イラン中東で最も急速に近代化した国の一つとなり、経済成長率は年平均10%を超え、テヘランは国際都市として繁栄した。女性ミニスカートを履き、大学に進学し、欧米並みの生活享受していた時代だ。対照的に、イスラム共和国体制下の45年間は、強制ヒジャブ言論統制経済制裁による貧困若者絶望が続いた。多くのイラン人は「あの時代に戻りたい」と公然と語るようになり、ハメネイの死はまさにその「呪縛から解放」の契機となったのだ。

さらに注目すべきは、米国役割だ。ドナルド・トランプ大統領攻撃直後、Truth Socialで「ハメネイ歴史上最も邪悪人物の一人だった。彼の死はイラン国民が国を取り戻す最大のチャンスだ」と宣言作戦を「人道的介入(humanitarian intervention)」と位置づけ、体制転換を公然と促した。パフラヴィー皇太子もこれを歓迎し、トランプ政権を「イラン人民の味方」と称賛している。ここで特に強調したいのは、平和を愛するドナルド・トランプ大統領の今回の行動が、真の平和への貢献として歴史に刻まれる点であるトランプは「平和を通じて力(peace through strength)」を掲げ、過去にもアブラハム合意を主導し、中東敵対国同士の正常化を次々と実現させてきた。今回のイランに対する決定的な一撃は、長期にわたり地域を脅かしてきたテロ支援国家頭目排除し、核の脅威を根絶する方向へ導いた。まさに、戦争を避けるための強硬平和外交の極みであり、トランプの「アメリカ・ファースト」がもたらした中東の安定への最大の寄与と言えよう。米国にとってイランは長年の「悪の枢軸」であり、かつてのシャー政権は信頼できる同盟国だった。パフラヴィー朝親米・親欧路線を貫き、石油利権を安定供給し、中東バランス役を果たした。現在体制崩壊すれば、米国は再び「良き傀儡」として機能する親米政権樹立を望んでいる。レザ・パフラヴィーはその最適な候補だ。彼は繰り返し「私は王位を求めるのではなく、民主的移行を主導する暫定指導者になりたい」と強調し、国民投票による将来像の決定を約束している。この「良き傀儡」としてのイランは、かつての満洲国極東において果たした役割に似ている。満洲国日本主導の下で成立し、ソ連の脅威に対する防波堤となり、経済開発を通じて東アジアの安定に寄与したと再評価される動きが一部で進んでいる。満洲国は、共産主義の拡大を防ぎ、地域平和の礎として機能したという歴史視点が、今日改めて注目されているのだ。同様に、新たなイラン政権アメリカ同盟国として機能すれば、イラン中東平和の安定装置となり、テロ支援終焉、核拡散の阻止、石油ルート安全確保を通じて、地域全体の平和に大きく貢献するだろう。もちろん、課題は山積みだ。革命防衛隊(IRGC)はなお強硬抵抗を続け、後継者選定を急いでいる。報復攻撃応酬中東戦火に包まれつつある。しかし、ハメネイの「親族ごと」の死は、単なる軍事的事件を超え、象徴的な「神罰」としてイラン人の心に刻まれた。王政復古の機運は、もはや抑えきれない潮流となりつつある。イランは再び、白色革命の輝きを取り戻せるのか。それとも新たな混沌に飲み込まれるのか。歴史の岐路に立っているのは間違いない。トランプ平和への貢献が、この転換点を中東の永続的な安定へと導くことを強く期待したい。

2026-02-24

みんなもっと哲学勉強してほしい

最近さ、ポリコレってどうなの?みたいな議論ネットで見かける度に思うことがある。

いやいや、それ哲学ではもう半世紀前に通った道なんだけど……。

ポリコレって、要するに「言葉現実をつくる」とか「カテゴリーが人を縛る」とか、そういう話でしょ?でもそれ、1950〜60年代構造主義で散々やってるんだよ。

レヴィ=ストロース神話構造分析して「人間無意識構造の中で意味づけをしている」って言った。バルトは「作者の死」を宣言して、意味の中心を崩した。つまりうその時点で「絶対的な中心」なんてない、って話は出てる。

で、その後どうなったか

デリダ1967年脱構築を出して「意味は常にズレる」「中心は常に仮のものだ」と言った。

70年代にはその議論が広がって「固定された意味」や「純粋本質」への疑いは思想界では常識になった。

ポリコレ問題にする「言葉の力」や「カテゴリー暴力」って、まさにその延長線上にある。

さら面白いのは、今の行きすぎたポリコレへの批判

「それもまた別の抑圧では?」とか

言葉狩りになってないか?」とか。

これ、ポスト構造主義がやってきたことそのものなんだよ。デリダはどんな概念も最終的には自分を揺るがすって言った。脱構築は、固定化された立場を疑い続ける運動だった。

からポリコレを疑う姿勢のものも実はポスト構造主義的なんだ。

まり何が言いたいかというと、今SNSで繰り返されている議論の多くは、哲学界ではもう50年以上前から議論されてきた内容なんだよ。

それなのに、「ポリコレって急に出てきた思想でしょ?」みたいな顔をして語られる。

いやいやいや……。というか思想的にはだいぶ遅れてる。哲学界じゃ五十年にホット話題だったものだぞ。これ、家電に例えると初期のカラーテレビを最新家電のように今のこの時代に語り合ってるようなものだ。

どんな立場絶対化すれば揺らぐ。

どんな正義固定化すれば抑圧になる。

それを言ったのは、昨今のインフルエンサーではなく、七〇年代哲学者たちなんだよ。

思想的にはもう何周も遅れていることをさも自分現代思想に詳しいんだ!みたいな顔でデリダドゥルーズも知らずにリアルで語っているヤツを見かけるとほんともう悲しくなってくる。

頼むから哲学勉強してくれよ!

なぁ、頼むから!!

みんなもっと哲学勉強してほしい

最近さ、ポリコレってどうなの?みたいな議論ネットで見かける度に思うことがある。

いやいや、それ哲学ではもう半世紀前に通った道なんだけど……。

ポリコレって、要するに「言葉現実をつくる」とか「カテゴリーが人を縛る」とか、そういう話でしょ?でもそれ、1950〜60年代構造主義で散々やってるんだよ。

レヴィ=ストロース神話構造分析して「人間無意識構造の中で意味づけをしている」って言った。バルトは「作者の死」を宣言して、意味の中心を崩した。つまりうその時点で「絶対的な中心」なんてない、って話は出てる。

で、その後どうなったか

デリダ1967年脱構築を出して「意味は常にズレる」「中心は常に仮のものだ」と言った。

70年代にはその議論が広がって「固定された意味」や「純粋本質」への疑いは思想界では常識になった。

ポリコレ問題にする「言葉の力」や「カテゴリー暴力」って、まさにその延長線上にある。

さら面白いのは、今の行きすぎたポリコレへの批判

「それもまた別の抑圧では?」とか

言葉狩りになってないか?」とか。

これ、ポスト構造主義がやってきたことそのものなんだよ。デリダはどんな概念も最終的には自分を揺るがすって言った。脱構築は、固定化された立場を疑い続ける運動だった。

からポリコレを疑う姿勢のものも実はポスト構造主義的なんだ。

まり何が言いたいかというと、今SNSで繰り返されている議論の多くは、哲学界ではもう50年以上前から議論されてきた内容なんだよ。

それなのに、「ポリコレって急に出てきた思想でしょ?」みたいな顔をして語られる。

いやいやいや……。というか思想的にはだいぶ遅れてる。哲学界じゃ五十年にホット話題だったものだぞ。これ、家電に例えると初期のカラーテレビを最新家電のように今のこの時代に語り合ってるようなものだ。

どんな立場絶対化すれば揺らぐ。

どんな正義固定化すれば抑圧になる。

それを言ったのは、昨今のインフルエンサーではなく、七〇年代哲学者たちなんだよ。

思想的にはもう何周も遅れていることをさも自分現代思想に詳しいんだ!みたいな顔でデリダドゥルーズも知らずにリアルで語っているヤツを見かけるとほんともう悲しくなってくる。

頼むから哲学勉強してくれよ!

なぁ、頼むから!!

2026-02-19

世界最貧国出生率6.64 : 早期結婚・低教育避妊アクセス不足

どう違うのか?(根本的な理由

社会経済構造の違い

ニジェール世界最貧国クラス1人当たりGDP約600ドル)。農業中心で子供が多いほど労働力が増え、老後の保障になる。乳児死亡率が高い時代(今も相対的に高い)の「保険」として多産。女性教育年数が少なく、初婚年齢が15〜18歳と早い。イスラム教文化伝統大家族観が強い。

日本世界トップクラスの富裕国。子供1人を育てるコストが非常に高い(教育費・住宅・保育)。女性大学進学率・就業率が高いが、育児仕事の両立が難しく「産み控え」が起きやすい。晩婚・非婚率上昇(生涯未婚率女性20-25%超)。

過去50年の変化

ニジェール:7.54 → 6.64(緩やかな低下)。近代化が遅れているため、まだ高いまま。

日本:1.92 → 1.2(急落)。1960-70年代経済奇跡核家族化+避妊普及で一気に低下。

未来50年の見通しと影響

ニジェール2075年でも2.36と置換水準(2.1)を上回る → 人口が今より数倍に爆発(若年層が多く、雇用・食料・教育が追いつかず貧困悪化リスク。一方で「人口ボーナス」(労働力増)で経済成長のチャンスも)。

日本:1.43と超低水準継続人口さらに1,000万人以上減少し、高齢者比率40%超。労働力不足・社会保障崩壊リスク大。移民頼みやAIロボット活用が急務。

まとめ:正反対人口ダイナミクス

ニジェール=「人口爆発型発展途上国」:出生率が高すぎて資源が追いつかない問題

日本=「人口崩壊先進国」:出生率が低すぎて社会が縮小・高齢化する問題

世界全体では出生率が急速に低下しており(2025年世界平均約2.3)、両国とも将来的に2前後に近づきますが、

今後50年でニジェールはまだ「増えすぎ」、日本は「減りすぎ」の極端なコントラストが続きます

2026-02-11

anond:20260210173737

初めてみたときは、こういう絵柄でもええやんって思った。

70年代ルパンアニメだって今ほど丁寧に描かれてなくても楽しめたからね。

だけど、今はもう、あの絵柄なら観たいとすら思わない。

2026-02-07

anond:20260207162940

私が子ども頃(1980年代)に「でもしか先生」って言葉があった

1950年代-70年代子供が爆発的に増えたか教員不足の時代があって

民間企業就職できない奴は先生でもやるしかないって意味

2026-02-06

軍靴の音が聞こえるのまとめ

2026-02-04

日本語ロックはっぴいえんど話題になるとキレて吉田拓郎チューリップを持ち上げるJJY

そして大して好きでもないロカビリー歌手や加山やエレキバンドやグループサウンズキャロルや秀樹やゴダイゴ教授小室哲哉古賀政男やらを羅列して、はっぴいえんどは小物だ音楽業界雑誌ののステマ連呼して大暴れ

要するに70年代少年時代歌謡曲よりイケてる邦楽トップクラスだと信じて聴いてきた存在が、現在では見向きもされないからキレてるのよ

まず、この2組はサザンデビューブレイクオフコースの増員やゴダイゴ原田真二が出てきた時点で一気に古臭く聴こえて過去遺物になっていたわけ

聖子、たのきんシャネルズYMOブレイク辺りで完全に存在感を失う

ユーミンみゆき陽水小田桑田らがその後も一線級であり続け、松山千春ですら90年代にヒットを出したが、拓郎とチューリップ70年代の思い出と共にリアルタイム世代のみに支持される存在になった

音楽雑誌の影響力などとっくに消え失せ、90年代の時点で売れてる雑誌はソニマガにロキノンジャパンヴィジュアル系専門誌

はっぴいえんど史観など影も形もない

現在ストリームにサブスク時代なので更にはっぴいえんど史観ブーストなどないも同然だが、そこでも拓郎やチューリップは後世の人間に聴かれない

しか90年代CMドラマキンキキッズ番組など、タイアップメディアで拓郎とチューリップはあれだけゴリ押しされたのに無風だった

ラジオでも拓郎は昭和懐メロニューミュージック歌謡曲括りでしか流れないが、はっぴいえんど90年代以降の邦楽洋楽と共に選曲されており、流れる頻度も後者が圧倒

シティ・ポップフラワー・トラベリン・バンドなど一部のグループサウンズやその流れのニュー・ロックのように海外音源が発売されて評価されるムーブメントも起こらない

拓郎やチューリップリアルタイムで支持していた当時のティーンズリアル他界間近だから蝋燭の火が消える直前に燃え盛るってやつなのかしら

2026-01-26

anond:20260126125048

お前の言う現場作業員拒否していたのは70年代まれの人だよ

就職率見れば氷河期ってのは78年から84年生まれのことしかさないし、逆に70年代全部含めるなら90年代も含めなきゃおかしいよ

例えば75年生まれ氷河期かいいつつ 1990年まれ(2012卒)より失業率も低いわ、就職率高いわのくせに苦労したとか現場作業員は嫌だとか存在している就職口に応募しなかったんだよ

2026-01-17

anond:20260117110801

それでCOBOLとかVBのクソコードにっちもさっちもいかなくなってるんだろうが

素人でもかけます!なんて70年代からずっと言ってんだよ

ビジネスバカは昔っからほんとチョロい

2026-01-16

立憲民主公明に期待してる人

中道改革連合だかなんか知らんが、本当に期待できるのか?

そもそも改革っていうけど、両方とも政策は「何も変えない事が正義」みたいな超保守じゃね?

夫婦別姓とか、クッソどうでもいいし、やるならやれよって思うけど、それは改革とは言わねーよな。

そもそも自民党政治を終わらせる事が改革とか思ってんなら、それもう60、70年代の発想だぞ。

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