はてなキーワード: 70年代とは
70年代まではアニメの曲は「まんがのうたw」扱いで完全にバカにされていた、と昔のアニソン歌手が語っていたそうだ。
80年代からは売れっ子作詞家作曲家が手掛けてアイドルが歌ったものもあるけど、それでもアニメの曲は下に見られてたよ。アニメ自体もオタクのものとして公言できる趣味ではなかった。テレビでも取り上げたりしなかったし。
エヴァも流行ったとはいえ、テレビ版やってた頃はオタク間だけだったじゃん。主題歌も流行ったつっても非オタクが見るテレビ番組で堂々取り上げられたりはしなかったはず。映画も地方では上映はミニシアターだった。それでも上映あるだけマシだった。
テレビでアニメ特番やってガンダムやエヴァなども取り上げ始めたのいつ頃からだった?気づいたらアニメ好き芸人がバラエティ特番でガンダムの話をしていて、あれよあれよという間にエヴァの話も堂々とやるようになっていた。以前はアニメ特番と言ってもせいぜいフランダースの犬やアルプスの少女ハイジ等無難なものしかなかったのに。
「青春」という言葉は不思議だ。部活や初恋、文化祭……。まぶしいイメージをまとう一方、現実との落差から「青春できなかった」との思いをずっと引きずることもある。「青春」はなぜ、人を引きつけ、とらえてやまないのか。その魅力と魔力の正体を、「みんなの〈青春〉」(生きのびるブックス)の著者である石岡学・京大大学院教授にきいた。
――「青春」をテーマにした映画やアニメ、小説などが、ちまたにあふれています。
少し見渡すだけでも、「青春」にまつわるコンテンツは枚挙にいとまがありません。
例えば、数年前にアニメ化されて人気となった「ぼっち・ざ・ろっく!」。キラキラした青春に対して屈折した思いを抱く「陰キャ」の女子高校生が主人公で、アニメの主題歌は、そのものずばりの「青春コンプレックス」です。あるいは、「高校最後の夏」と銘打ってメディアが注目する夏の甲子園なども、「青春」コンテンツに含まれるでしょう。
「青春」は特に学園生活の様々な場面と結びつきながら、格好のコンテンツとして、社会に広く消費されているのです。ただ、「青春」を巡る社会の語りを見てみると、そのイメージは一定ではなく、時代によってずいぶんと移り変わってきたことが分かります。
――どういうことでしょうか。
1960年代までは「青春」といえば、一部のエリート学生が既存の社会体制に対して抱く不満や怒りというかたちで描かれることが主でした。「青春」とは特権的なものだ、という社会的認識があったのです。
それが高校・大学進学率が急上昇するのに伴って、20代前半まで学生でいるのは珍しいことではなくなり、70年代以降、「青春」は誰でも経験できるものとして大衆化していきます。さらに2000年代以降は、ドラマチックな経験ではなく「学校での普通の日常」がテーマとして好まれるようになりました。
――こうした「青春」のイメージが、現実の当事者たちにも影響を及ぼしてきたと。
「青春」が「普通の日常」を描くようになっていったことは、当事者たちにも大きな意味がありました。
つまり、作品などの中で描かれる「青春」は、普通に過ごしていれば経験できるもの。そんな充実した日々が送れていないのは、自分に何か欠点があるからだ――。そのように、問題が内在化していくわけです。だから、現代は「青春」に対してコンプレックスを抱きやすい状況になっているといえます。
そこには、SNSの普及もある程度、関係しているでしょう。アイドルや芸能人たちよりも、同年代の「普通の子」が発信する「青春」の日々は、受け手にとってリアリティーがあります。「あれはフィクションだから」で片付けられない。それゆえ、自分の日々とのギャップを強く感じることもあるのでは。
いかに「青春」っぽいことをして、SNSで発信し、他者に承認してもらえるか。いわば「ミッションをクリア」するような感覚で「青春」をとらえているとも考えられます。
――「青春」は、なぜ人々を引きつける力を保ち続けているのでしょう。
「青春は陳腐さと特別さが混ざり合った規範だから」だと、著書では結論づけました。
現在において、ほとんどの人が高校あるいは大学生活を経験しうるという点で、「青春」は誰にでも与えられる、陳腐なものだといえます。一方、それは20代前半までの限られた時期にしか与えられず、失われたら戻らないという点では特別な意味を持ちます。
誰でも自分の姿を投影することができ、かつ、時間が過ぎれば失われるというかけがえのなさがあるために、多くの人にとって何かしら心をかき立てられるものなのでしょう。
さらに、「青春」には「若さ」「情熱」「成長」といったイメージが凝縮されています。これらはいずれも、現代社会において「善」とされている要素です。否定的な感情を入れる余地のないものだから、いっそう「青春」は光り輝いて見えるのです。ただそれは、あくまで社会的に作られたイメージであって、相対的なものに過ぎないということです。
――誰しもが、イメージ通りの「青春」を送れるわけではありません。
研究していて面白いなと思ったのは、まさに充実した「青春」を体現しているように見えるアイドルたちですらも、「青春できなかった」と語っている場面が少なくなかったことです。「普通の学校生活」というのは、それだけとらえどころのない、やっかいなものなのだと思います。
私のことでいうと、はたから見ればそこまで悪くない青春を送ったようにも見えるでしょうが、自分では「暗黒の高校時代」だと感じていました。人とのコミュニケーションに、どこか苦手意識があったからです。
要は、「青春」に抱くコンプレックスというのは自分のアイデンティティーに対する漠然とした不安なのだと思います。そうそう逃れられるものではない。良い青春を送れたと思うのであれば素晴らしいですが、そうでなかったとしても、必要以上にとらわれるべきではないでしょう。
◇
いしおか・まなぶ 1977年生まれ。専門は教育の歴史社会学で、子どもや若者イメージの社会的構築などを研究。著書に「『地方』と『努力』の現代史」(青土社)など。
https://digital.asahi.com/articles/ASV301CG7V30ULLI00YM.html
タローマンがどうしても苦手だ、という話をしたい。
前提として、自分は岡本太郎という芸術家自体はもともと好きだった。あの極端な言葉の強さや、「うまくやること」への明確な拒否、良くも悪くも整理されないまま前に出てくるエネルギーのようなものに惹かれていた。少なくとも、自分の中では「安全に消費できないもの」の代表の一つだったと思う。
だからこそ、タローマンを最初に見たときの違和感がうまく説明できなかった。
世間的には、タローマンは「でたらめでシュールで面白い」と評価されているし、その受け止め方自体は理解できる。実際、70年代特撮風の質感や、妙に力の入った演技やナレーション、岡本太郎の言葉の使い方など、かなり精密に作られているのも分かる。
ただ、いろいろ見たり調べたりしていくうちに、自分の中で引っかかっているポイントは少しずつ明確になってきた。
タローマンはよく「でたらめ」と言われるけれど、実際にはかなり周到に設計された“でたらめ”だ。岡本太郎、昭和特撮、アート文脈といった複数の要素を意識的に組み合わせて、「こういうふうに見えたら面白いだろう」というラインにきっちり収めている。その精密さに価値を見出す人が多いのも納得はできる。
ただ、自分にとってはその「収まりの良さ」こそが気になってしまう。
岡本太郎の言葉や作品にあったはずの、どう扱っていいか分からない感じや、受け取る側を少し困らせるような不安定さが、タローマンではかなり扱いやすい形に整えられているように見える。強い言葉も、奇妙な映像も、すべてが「これはこういう面白さです」と提示されているような印象がある。
その結果、「でたらめ」というよりは、「でたらめっぽさを上手に再現したもの」に見えてしまう。
さらに気になるのは、このコンテンツが共有されるときの空気だ。タローマンは口コミで広がり、書籍や展示、グッズ、映画へと展開していったが、その過程で一貫して感じるのは、「この面白さ、分かるよね」という前提がかなり強いことだった。
岡本太郎が好きな人、特撮が好きな人、少しひねった表現が好きな人——そういった文脈を共有している人たちにとっては、とても気持ちよくハマる構造になっていると思う。ただ、その外側にいると、作品そのものというより、「その共有を楽しんでいる空気」のほうが前に出て見えてしまう。
これは好みの問題なのだが、自分はどうしてもその空気に乗り切れない。
岡本太郎の作品に感じていたのは、「理解できなくても、無理やり突きつけられる何か」だったはずなのに、タローマンは「理解できる形に翻訳された岡本太郎」を提示しているように感じてしまう。そこにあるのは、爆発というよりも、よく調整された爆発の再現のようなものだ。
もちろん、これによって岡本太郎に興味を持つ人が増えるのであれば、それ自体は良いことだと思うし、タローマンを楽しんでいる人を否定するつもりはない。
ただ、自分にとっては、「扱いにくさ」や「収まりの悪さ」に魅力を感じていた対象が、「うまく楽しめる形」に整えられていること自体が、どうしても引っかかる。
うまく言語化できていなかった違和感をまとめると、「変なもの」ではなく「変なものとして安全に楽しめるように設計されたもの」に見えてしまうこと、そしてその設計のうまさまで含めて共有される空気に、少し距離を感じているのだと思う。
日本のキリスト教(特にプロテスタントとカトリック)の政治関与の度合いやスタイルに大きな差が生まれた主な理由は、戦後処理の仕方と外部神学の影響の受け止め方にあります。以下に歴史的経緯を整理します。
1941年に国家の宗教団体法でプロテスタント諸派が強制合同され、日本基督教団が誕生。当時は「皇国ノ道に従い皇運を扶翼する」と声明を出し、戦争協力の姿勢を取っていました。
GHQ占領下の反省ムードの中で、若手教職や「キリスト者平和の会」の運動が盛り上がり、1967年3月26日(復活主日)に「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」(通称・戦責告白)を発表。これは教団史上最大の自己批判文書で、「あの戦争を是認・支持した罪」を認め、「世の光・地の塩である教会は戦争に同調すべきではなかった」と痛切に悔い改めました。
この告白がトラウマとなり、「教会は権力に抵抗する預言者的存在でなければならない」という神学が主流に。1960年代後半〜70年代にラテンアメリカで生まれた解放神学(貧困・抑圧を「構造的罪」とし、抵抗を実践とする思想)の影響を受け、社会派が台頭しました。
聖書の言葉(例:ルカ4:18-19「貧しい人に福音を…捕われ人には解放を」)を現代の反基地・反戦・反安保運動に直接適用するスタイルが生まれ、「信仰の実践=政治的抵抗」という構図が定着。同志社国際高校の辺野古海上視察のような事例がその典型です。
第2バチカン公会議(1962-65年)で社会問題への積極的関与を促されましたが、教皇庁の強い中央集権的指導が続きました。
1984年、教義省(当時のラッツィンガー枢機卿、後のベネディクト16世)が「解放の神学に関する指示」を出し、マルクス主義的分析や階級闘争の導入、信仰の政治化を公式に批判しました。
日本カトリックは社会正義(弱者支援・人権)を重視しつつ、聖書を特定政治運動のスローガン化せず、人道的・中道的なアプローチを取るようになりました。上智大学や聖心女子学院などの学校がその代表で、現場体験型のイデオロギー教育はほとんど見られません。
UCCJ社会派寄りの立場が強く、戦責告白以降の平和・反戦報道を積極的に展開。反基地・人権問題を「信仰の実践」として好意的に取り上げ、社会派の政治関与を後押しする役割を果たしてきました。リベラル・左翼寄りの論調が主流です。
解放神学やUCCJ社会派の政治的傾向を批判的に報じ、「信仰の政治化は危険」との立場を取っています。プロテスタント内のカウンター勢力として機能し、保守・中立派の声を増幅しています。
戦中協力の強い反省(戦責告白)が原動力となり、解放神学の影響で「抵抗=信仰の実践」という積極的政治関与スタイルが生まれました。報道メディア(キリスト新聞)の後押しも大きく、聖書を現代政治に直接結びつける傾向が強くなりました。
バチカンの中央統制と解放神学批判により、政治的中立を保つ方向に舵を切りました。結果として、信仰を政治スローガン化する行きすぎた関与は抑えられています。
プロテスタント社会派は「告白の痛み」を政治エネルギーに転換し、カトリックは教皇庁の指導でそれを抑制した——というわけです。
この経緯は、現在の学校の平和教育や政治的偏向の違いとも直結しています。
https://anond.hatelabo.jp/20260328231054
■都道府県
1960〜70年代の革新自治体ブームに比べると数はかなり減ったが、現在でも 東北・沖縄・東京の一部自治体 に左派系首長が残っている。
「左派政策で成功した」というより「対抗勢力として当選している」ケースが多い。
つまり
といった 政治対立の構図の中で選ばれている ことが多い。
といった 全国的に影響を与える政策モデル は、現在はあまり出ていない。
昔の革新自治体
と言った方が実態に近い。
---
この3つは別物。
---
この意味では
などは明確に成功している。
再選しているので政治的支持はある。
---
これは
・財政
が安定しているかどうか。
この意味では、多くの自治体は 普通に回っている。成功でも失敗でもない。
・税制
・財政
・法律
の大部分を国に握られているため、首長の政策だけで自治体が劇的に変わることは少ない。
---
ここが一番重要。
これは
という基準。
などで全国政策に影響を与えた。
しかし現在は、そうした 全国モデルになる政策 はほとんど出ていない。
---
という評価になる。
なので「成功していない」というより
というのが実態に近い。
移民二世(移民の子ども世代)が社会的に孤立し、暴動などに参加する現象は、フランスをはじめとする欧州諸国で顕著に見られます。特にフランスでは、2005年のパリ郊外暴動(移民2世・3世の若者が中心)や2023年のナンテール暴動などが有名で、背景に若年失業率の高さと社会的排除が強く関係しています。
一方、日本に住む外国人の子ども(いわゆる外国人二世やルーツを持つ子ども)については、フランスのような暴動レベルの激しい対立はほとんど起きていませんが、進学率の低さやニート化のリスクが高く、就職・自立が難しくなる傾向があります。これには在留資格の違いや母語の影響(特に漢字圏 vs 非漢字圏)も大きく関わっています。
フランスでは、1960〜70年代に北アフリカ(アルジェリア、モロッコ、チュニジア)などからの移民が大量に流入しました。彼らの子ども(2世)や孫(3世)はフランス国籍を持つことが多く、フランス人として生まれ育っていますが、社会的に「疎外」されやすい状況です。
• 極端に高い若年失業率 フランス全体の若年失業率(15〜24歳)は長年20%前後ですが、移民出身の郊外地域(バンリュー)では40%を超える地域も多いです。 失業が続くと、将来への希望が持てず、社会から「排除されている」と感じます。これが怒りや絶望に変わり、暴動の引き金になります。
• 教育・就職の格差 郊外の公立学校は教師不足・施設劣化が深刻で、学力がつきにくく、大学進学や良い仕事に繋がりにくいです。名前や住所から「移民出身」とわかる履歴書は、書類選考で落とされやすい(差別)。
• 社会的孤立とアイデンティティの葛藤 フランスは「同化主義」(フランス人として完全に溶け込むことを求める)政策を取っていますが、実際には差別が残り、移民2世は「フランス人でもなく、母国の人でもない」という中途半端な立場に置かれます。 これが「自分たちは社会から見捨てられている」という感情を生み、集団で暴動に参加するケースが増えます。
結果として、フランスでは移民二世の若者が暴動の中心になる現象が繰り返されています。2005年の暴動では数千台の車が燃やされ、2023年の暴動でも同様の破壊行為が見られました。
日本では、移民二世の規模はフランスほど大きくなく、暴動のような激しい対立は起きていませんが、進学・就職の格差やニート化のリスクが高い点が課題です。
• 進学率が日本人より低い 文部科学省の調査(2018年頃)では、日本語指導が必要な高校生の進学率は約42%(全高校生は70%以上)。中退率も9.6%と全高校生の7倍以上です。
• ニート化しやすい 進学も就職もしない割合が18%程度(全高校生の約2.7倍)。 非正規雇用に就いても低賃金で不安定になりやすく、結果として「働かず・学ばず」の状態に陥りやすいです。
◦ 技能実習生や短期滞在者の子どもは不安定で、親の資格喪失で子どもも影響を受けやすい。
◦ 難民申請中の家族は収容リスクが高く、子どもの教育が中断されやすい。
◦ 漢字圏(中国・韓国・台湾など)の子どもは日本語の読み書きが早く身につき、進学・就職で有利。
◦ 非漢字圏(ベトナム・フィリピン・ネパールなど)は漢字が大きな壁になり、学習に時間がかかる。結果、進学率が低くなりやすく、就職で不利になりやすい。
• 日本社会の「日本語中心主義」 就職では日本語能力(JLPT N2以上)が強く求められ、非漢字圏の子どもは特に不利。
• 親の不安定就労 不法滞在や低賃金労働の親が多いと、子どもの教育費や進路指導が不足し、ニート化の連鎖が起きやすい。
• 支援の遅れ 日本語指導は小中学校で充実しつつあるが、高校以降は手薄。進路相談やキャリア支援が十分でない。
フランスの移民二世は若年失業率の高さと社会的排除が暴動の原因となり、社会的孤立が激しい対立を生んでいます。一方、日本では暴動まではいきませんが、進学率の低さとニート化リスクが高く、特に非漢字圏の子どもが不利です。在留資格の安定性や日本語習得のしやすさが大きく影響しています。
どちらの国でも、移民二世の孤立は「親世代の苦労が子に連鎖する」構造が根底にあります。日本では暴動のような激しい形ではなく、静かな排除(進学・就職の機会喪失)として現れている点が特徴です。
最近の極端な政治思想って、結局のところリセット欲に尽きるのではないか?
今の円安、少子高齢化、技術力低下、ぜんぶぜんぶ70年代以降の日本政治の怠慢によるものだろう。
いますぐにどうにかできることじゃない。
だって、円安が続くのは日本にブランド力がないからだろう?力を失い続けた数十年だったんだよ。
だから、もう今更どうすることもできない。選挙に行っても、労働運動しても、デモに行っても何も変わらない。
それなら、いっそゼロにして一からまたやり直そう!そういう気持ちが政治にも表れているのだと思う。
だけど、その方向に向いちゃいけない。ナチズムの二の舞になるだけだ。
イラン最高指導者アリ・ハメネイの死は、単なる一人の独裁者の終わりではなく、長年抑圧されてきたイラン国民にとって「天罰」のような象徴的事件となった。
2026年2月28日、米国とイスラエルの共同軍事作戦により、ハメネイはテヘランの自邸・執務室を標的とした空爆で死亡。国営メディアが確認した通り、彼の娘、義理の息子、孫、さらには義理の娘までもが同時に命を落としたという。親族ごと抹消されたこの惨状は、イスラム共和国体制の腐敗と残虐性を如実に表している。ハメネイは1989年以来、37年にわたり最高指導者として君臨し、反米・反イスラエルを国是とし、核開発と地域代理戦争を推し進めてきた男だ。
国内では女性の権利を踏みにじり、反体制デモを血で鎮圧し、経済を破綻寸前に追い込んだ。こうした「独裁の象徴」が、家族もろとも天から下された鉄槌で消滅した今、イラン国内および国外のイラン人コミュニティでは、抑えきれない興奮と希望が広がっている。特に目立つのは、王政復古を求める声の高まりだ。パフラヴィー朝最後の皇太子であるレザ・パフラヴィーは、亡命先から即座に声明を発表。「イスラム共和国は事実上終わりを迎えた」「イラン国民よ、今こそ立ち上がれ」と呼びかけ、軍・警察・治安部隊に対して「人民を守る誓いを果たせ」と促した。ロサンゼルスなど海外のイラン人コミュニティでは、ハメネイ死去のニュースに歓喜の声が上がり、パフラヴィー家の旗や肖像が掲げられる場面が相次いでいる。なぜ今、王政復古の機運がこれほどまでに高まっているのか。その核心は、1979年のイスラム革命以前にあった「白色革命(White Revolution)」時代の黄金期への回帰願望にある。モハンマド・レザ・シャー(パフラヴィー2世)が1960年代から70年代にかけて推進した白色革命は、土地改革、女性参政権の拡大、工業化、教育の普及、近代インフラの整備を一気に進めた。イランは中東で最も急速に近代化した国の一つとなり、経済成長率は年平均10%を超え、テヘランは国際都市として繁栄した。女性はミニスカートを履き、大学に進学し、欧米並みの生活を享受していた時代だ。対照的に、イスラム共和国体制下の45年間は、強制ヒジャブ、言論統制、経済制裁による貧困、若者の絶望が続いた。多くのイラン人は「あの時代に戻りたい」と公然と語るようになり、ハメネイの死はまさにその「呪縛からの解放」の契機となったのだ。
さらに注目すべきは、米国の役割だ。ドナルド・トランプ大統領は攻撃直後、Truth Socialで「ハメネイは歴史上最も邪悪な人物の一人だった。彼の死はイラン国民が国を取り戻す最大のチャンスだ」と宣言。作戦を「人道的介入(humanitarian intervention)」と位置づけ、体制転換を公然と促した。パフラヴィー皇太子もこれを歓迎し、トランプ政権を「イラン人民の味方」と称賛している。ここで特に強調したいのは、平和を愛するドナルド・トランプ大統領の今回の行動が、真の平和への貢献として歴史に刻まれる点である。トランプは「平和を通じて力(peace through strength)」を掲げ、過去にもアブラハム合意を主導し、中東の敵対国同士の正常化を次々と実現させてきた。今回のイランに対する決定的な一撃は、長期にわたり地域を脅かしてきたテロ支援国家の頭目を排除し、核の脅威を根絶する方向へ導いた。まさに、戦争を避けるための強硬な平和外交の極みであり、トランプの「アメリカ・ファースト」がもたらした中東の安定への最大の寄与と言えよう。米国にとってイランは長年の「悪の枢軸」であり、かつてのシャー政権は信頼できる同盟国だった。パフラヴィー朝は親米・親欧路線を貫き、石油利権を安定供給し、中東のバランス役を果たした。現在の体制が崩壊すれば、米国は再び「良き傀儡」として機能する親米政権の樹立を望んでいる。レザ・パフラヴィーはその最適な候補だ。彼は繰り返し「私は王位を求めるのではなく、民主的移行を主導する暫定指導者になりたい」と強調し、国民投票による将来像の決定を約束している。この「良き傀儡」としてのイランは、かつての満洲国が極東において果たした役割に似ている。満洲国は日本主導の下で成立し、ソ連の脅威に対する防波堤となり、経済開発を通じて東アジアの安定に寄与したと再評価される動きが一部で進んでいる。満洲国は、共産主義の拡大を防ぎ、地域の平和の礎として機能したという歴史的視点が、今日改めて注目されているのだ。同様に、新たなイラン政権がアメリカの同盟国として機能すれば、イランは中東平和の安定装置となり、テロ支援の終焉、核拡散の阻止、石油ルートの安全確保を通じて、地域全体の平和に大きく貢献するだろう。もちろん、課題は山積みだ。革命防衛隊(IRGC)はなお強硬に抵抗を続け、後継者選定を急いでいる。報復攻撃の応酬で中東は戦火に包まれつつある。しかし、ハメネイの「親族ごと」の死は、単なる軍事的事件を超え、象徴的な「神罰」としてイラン人の心に刻まれた。王政復古の機運は、もはや抑えきれない潮流となりつつある。イランは再び、白色革命の輝きを取り戻せるのか。それとも新たな混沌に飲み込まれるのか。歴史の岐路に立っているのは間違いない。トランプの平和への貢献が、この転換点を中東の永続的な安定へと導くことを強く期待したい。
最近さ、ポリコレってどうなの?みたいな議論をネットで見かける度に思うことがある。
いやいや、それ哲学ではもう半世紀前に通った道なんだけど……。
ポリコレって、要するに「言葉が現実をつくる」とか「カテゴリーが人を縛る」とか、そういう話でしょ?でもそれ、1950〜60年代の構造主義で散々やってるんだよ。
レヴィ=ストロースは神話の構造を分析して「人間は無意識の構造の中で意味づけをしている」って言った。バルトは「作者の死」を宣言して、意味の中心を崩した。つまりもうその時点で「絶対的な中心」なんてない、って話は出てる。
で、その後どうなったか。
デリダが1967年に脱構築を出して「意味は常にズレる」「中心は常に仮のものだ」と言った。
70年代にはその議論が広がって「固定された意味」や「純粋な本質」への疑いは思想界では常識になった。
ポリコレが問題にする「言葉の力」や「カテゴリーの暴力」って、まさにその延長線上にある。
「それもまた別の抑圧では?」とか
これ、ポスト構造主義がやってきたことそのものなんだよ。デリダはどんな概念も最終的には自分を揺るがすって言った。脱構築は、固定化された立場を疑い続ける運動だった。
だからポリコレを疑う姿勢そのものも実はポスト構造主義的なんだ。
つまり何が言いたいかというと、今SNSで繰り返されている議論の多くは、哲学界ではもう50年以上前から議論されてきた内容なんだよ。
それなのに、「ポリコレって急に出てきた思想でしょ?」みたいな顔をして語られる。
いやいやいや……。というか思想的にはだいぶ遅れてる。哲学界じゃ五十年にホットな話題だったものだぞ。これ、家電に例えると初期のカラーテレビを最新家電のように今のこの時代に語り合ってるようなものだ。
それを言ったのは、昨今のインフルエンサーではなく、七〇年代の哲学者たちなんだよ。
思想的にはもう何周も遅れていることをさも自分は現代思想に詳しいんだ!みたいな顔でデリダやドゥルーズも知らずにリアルで語っているヤツを見かけるとほんともう悲しくなってくる。
なぁ、頼むから!!
最近さ、ポリコレってどうなの?みたいな議論をネットで見かける度に思うことがある。
いやいや、それ哲学ではもう半世紀前に通った道なんだけど……。
ポリコレって、要するに「言葉が現実をつくる」とか「カテゴリーが人を縛る」とか、そういう話でしょ?でもそれ、1950〜60年代の構造主義で散々やってるんだよ。
レヴィ=ストロースは神話の構造を分析して「人間は無意識の構造の中で意味づけをしている」って言った。バルトは「作者の死」を宣言して、意味の中心を崩した。つまりもうその時点で「絶対的な中心」なんてない、って話は出てる。
で、その後どうなったか。
デリダが1967年に脱構築を出して「意味は常にズレる」「中心は常に仮のものだ」と言った。
70年代にはその議論が広がって「固定された意味」や「純粋な本質」への疑いは思想界では常識になった。
ポリコレが問題にする「言葉の力」や「カテゴリーの暴力」って、まさにその延長線上にある。
「それもまた別の抑圧では?」とか
これ、ポスト構造主義がやってきたことそのものなんだよ。デリダはどんな概念も最終的には自分を揺るがすって言った。脱構築は、固定化された立場を疑い続ける運動だった。
だからポリコレを疑う姿勢そのものも実はポスト構造主義的なんだ。
つまり何が言いたいかというと、今SNSで繰り返されている議論の多くは、哲学界ではもう50年以上前から議論されてきた内容なんだよ。
それなのに、「ポリコレって急に出てきた思想でしょ?」みたいな顔をして語られる。
いやいやいや……。というか思想的にはだいぶ遅れてる。哲学界じゃ五十年にホットな話題だったものだぞ。これ、家電に例えると初期のカラーテレビを最新家電のように今のこの時代に語り合ってるようなものだ。
それを言ったのは、昨今のインフルエンサーではなく、七〇年代の哲学者たちなんだよ。
思想的にはもう何周も遅れていることをさも自分は現代思想に詳しいんだ!みたいな顔でデリダやドゥルーズも知らずにリアルで語っているヤツを見かけるとほんともう悲しくなってくる。
なぁ、頼むから!!
ニジェール:世界最貧国クラス(1人当たりGDP約600ドル)。農業中心で子供が多いほど労働力が増え、老後の保障になる。乳児死亡率が高い時代(今も相対的に高い)の「保険」として多産。女性の教育年数が少なく、初婚年齢が15〜18歳と早い。イスラム教文化・伝統大家族観が強い。
日本:世界トップクラスの富裕国。子供1人を育てるコストが非常に高い(教育費・住宅・保育)。女性の大学進学率・就業率が高いが、育児と仕事の両立が難しく「産み控え」が起きやすい。晩婚・非婚率上昇(生涯未婚率女性約20-25%超)。
過去50年の変化
ニジェール:7.54 → 6.64(緩やかな低下)。近代化が遅れているため、まだ高いまま。
日本:1.92 → 1.2(急落)。1960-70年代の経済奇跡+核家族化+避妊普及で一気に低下。
未来50年の見通しと影響
ニジェール:2075年でも2.36と置換水準(2.1)を上回る → 人口が今より数倍に爆発(若年層が多く、雇用・食料・教育が追いつかず貧困悪化リスク。一方で「人口ボーナス」(労働力増)で経済成長のチャンスも)。
日本:1.43と超低水準継続 → 人口がさらに1,000万人以上減少し、高齢者比率40%超。労働力不足・社会保障崩壊リスク大。移民頼みやAI・ロボット活用が急務。
ニジェール=「人口爆発型発展途上国」:出生率が高すぎて資源が追いつかない問題。
日本=「人口崩壊型先進国」:出生率が低すぎて社会が縮小・高齢化する問題。
そして大して好きでもないロカビリー歌手や加山やエレキバンドやグループサウンズやキャロルや秀樹やゴダイゴや教授や小室哲哉や古賀政男やらを羅列して、はっぴいえんどは小物だ音楽業界や雑誌ののステマだ連呼して大暴れ
要するに70年代の少年時代に歌謡曲よりイケてる邦楽のトップクラスだと信じて聴いてきた存在が、現在では見向きもされないからキレてるのよ
まず、この2組はサザンがデビュー即ブレイク、オフコースの増員やゴダイゴや原田真二が出てきた時点で一気に古臭く聴こえて過去の遺物になっていたわけ
聖子、たのきん、シャネルズ、YMOブレイク辺りで完全に存在感を失う
ユーミン、みゆき、陽水、小田、桑田らがその後も一線級であり続け、松山千春ですら90年代にヒットを出したが、拓郎とチューリップは70年代の思い出と共にリアルタイム世代のみに支持される存在になった
音楽雑誌の影響力などとっくに消え失せ、90年代の時点で売れてる雑誌はソニマガにロキノンジャパンにヴィジュアル系専門誌
現在はストリームにサブスク時代なので更にはっぴいえんど史観ブーストなどないも同然だが、そこでも拓郎やチューリップは後世の人間に聴かれない
しかも90年代はCMにドラマにキンキキッズの番組など、タイアップやメディアで拓郎とチューリップはあれだけゴリ押しされたのに無風だった
ラジオでも拓郎は昭和懐メロニューミュージックや歌謡曲括りでしか流れないが、はっぴいえんどは90年代以降の邦楽や洋楽と共に選曲されており、流れる頻度も後者が圧倒
シティ・ポップ、フラワー・トラベリン・バンドなど一部のグループサウンズやその流れのニュー・ロックのように海外で音源が発売されて評価されるムーブメントも起こらない
拓郎やチューリップをリアルタイムで支持していた当時のティーンズもリアル他界間近だから、蝋燭の火が消える直前に燃え盛るってやつなのかしら