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はてなキーワード: 関ヶ原とは

2026-05-09

米軍イランで消耗してるらしいじゃん

自衛隊を援軍として派遣

と見せかけてイラン連携してアメリカ裏切れば

関ヶ原大谷吉継みたいに米軍は包囲殲滅

日本太平洋戦争のリベンヂを果たし世界の中心で咲き誇れるのでわ

2026-05-04

anond:20260503110902

別に関ヶ原アザラシ保育園が同時に存在してるってだけで、世界すべてがアザラシ保育園になると思うのは異常者だと思うぞ

2026-04-25

戦国武将合戦勝利数」ランキング検証 https://www.youtube.com/shorts/1t8KKSQcUic

結論

ほぼエンタメ目的コンテンツであり、史実としての信頼性は低い。

SNS向けに「数字順位付け」フォーマットへ押し込んだ典型例。

根本的な問題
各項目の信頼度
順位武将主張評価
1上杉謙信70戦中43勝⚠️ 数字典拠不明関東出兵は成果乏しく「軍神」は後世の脚色
2徳川家康80戦以上△ 戦数は過大気味だが「最終勝者」評価妥当
3本多忠勝57戦無敗・無傷江戸期家譜由来の伝説検証不能
4豊臣秀吉100戦近く信長配下時代を含めれば数は多いが集計根拠不明
5武田信玄70戦中40勝超⚠️ 三方ヶ原・砥石崩れ等の評価曖昧
6織田信長40戦中30勝超❌ 明らかに過小。実際の軍事行動はこの数倍
7立花宗茂数十戦ほぼ無敗⚠️ 「西国無双」は同時代評価だが「無敗」は誇張
8伊達政宗30戦中20勝超⚠️ 主要戦のみ抽出した恣意的集計
9島津義弘多数勝利木崎原・泗川など戦術勝利事実朝鮮関ヶ原の損失は無視
10毛利元就勝利厳島事実だが「合戦数」基準なら順位もっと低い
特に問題のある点
本多忠勝の「無傷57戦無敗」
織田信長を6位に置く構成自体破綻
川中島の扱いが雑
島津義弘9位の整合性
比較妥当評価
島津義弘
野戦指揮の戦術天才
毛利元就
謀略・統合戦略
立花宗茂
時代評価秀吉「東の本多忠勝、西の立花宗茂」)
まとめ

2026-03-10

日本草原ほとんど無いのに騎兵活躍できたのが不思議だなあ

・・・・・・と、ふと思ったが、自分は昔の日本合戦とかの知識全然ないのだった

きっと幾重にも前提が違っているのだろう

騎兵突撃はしなかった

そもそもいうほど活躍していない

下馬して戦った

・弓を使う

兵科として存在はしたけど数が少なかった

とか、ここらへんか?知らんけど

でもそういえば武田騎馬隊は有名だなあ

これは突撃してたんじゃないのか

甲斐らへんは突撃やすい地形条件だったのか?知らんけど

まあ草原無くても田畑とか街道とか民家あるような場所は走りやすいわな

時代劇とか全然見ないかフィクションでどういう描写してるかすら知らんことに気付いた

それを言ったら関ヶ原戦場になった時どういう場所……どのくらい開拓されていてどのくらい人が住んでいて……のような話に興味があるな

昔の日本で馬が走れる程度……戦場になる程度にはある程度平らで障害物がない……地形とはどのような場所(広さ)だったのか、のようなポイントが今回の関心だな そこら中にありふれていたのかそうでないのか

言い換えると「馬の兵隊活躍するにはある程度平らな場所必要なんじゃないの?」という素朴な疑問か さらに言うとその前提が正しかった時、その広さとはどの程度?昔の日本ではありふれた地理条件だったの?なんか自分の素朴な感覚だとそんな場所あんまり無さそうな気がするのだけど、ということでもある

あるいは「騎兵は起伏が激しい地形でも強力だよ」という話なのか

無知 独り相撲 空中戦 何かに準拠し調べる時間

なんか……なんか本を読むか

こういうときはいっそ子供向けの学習漫画とかがいいかもしれない

から自分の思い付きのログを振り返るためのメモ

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そうか、「昔は草原があった」というパターンもあったか

古戦場一覧とかみてみるか~

勘として「田畑に出来るような平らな場所は開墾されつくしていたので、戦場として都合がよかった」という話な気もする

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そもそも騎兵戦術とは?」についても知らないな なにか思い込みをしているからずれた問いが出てくるのだ

自分がどのような思い込みをしていたのか、を言語化する過程もまた楽しい おそらく「騎兵とは鎧を着こみ突撃するもの」という思い込みがある 実際は弓騎兵だったのだろう……となると、武田の騎馬軍団は何?これは突撃したんじゃないの?だからこそ長篠の戦い鉄砲に苦戦したのでは?あるいは突撃していない?フィクションの誇張された情報の悪影響?という所に戻る

槍衾という戦術を聞きかじるに近寄ってくる騎兵対策だったんじゃないの、という思いがあるが なんか……聞きかじりの断片の知識同士で齟齬があるなあ なにかエンタメ系ではなく史実に忠実な系の情報源を……

ゲーム脳だがファイアーエムブレムの射程2の弓兵みたいな感じなのかなあ、射手側の機動力が実は重要、みたいな

……今自分無意識に「戦列」をイメージしたな?ここにも思い込みがあるかも

なんてこった、知っているつもりだった部分も多くが誤りだったり思い込みだったりで、思った以上にほとんど何も知らないのか

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モンゴル騎兵とか欧州騎兵についても興味があるな

調べものするときの芋づる連鎖が大変だけどそれがまた楽しいねんな

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合戦」の日本史-城攻め、奇襲、兵站陣形リアル (中公新書ラクレ 758) 新書 – 2022/3/9

とか……

これでもまだ発展的な気がする もっと基礎の基礎な感じの内容を……

2025-11-26

anond:20251126145055

徳川家康普通に完全勝利じゃんって流れになってて笑った。同席してた豊臣残党の首級が全部「偽物」判定食らってる時点で、あの頃浪人南蛮帰りの連中が騒いでた「家康は国盗り悪逆無道の大悪人」って話がどんだけ雑だったんだよって話じゃない?

あの時期さ、みんな「関ヶ原裏切り!」「方広寺の鐘銘で因縁!」の見出し(=巷の落書や浄土宗僧の噂話)だけ見て脊髄で反応してたよな。確証も出てないのに「豊臣恩顧の臣は皆殺しにする極悪人認定して、後から実は豊臣側が先に兵を挙げてたって証文が出てきたら急にダンマリ。毎度のことだけど、結局“反徳川空気”に飲まれて叩いてただけじゃん。

浪人キリシタン禁教の噂に踊らされたってもう言い訳できないレベルでバレちゃったわけで、豊臣恩顧の旧臣や町衆もそろそろ

「俺たち、正義感じゃなくて負けた腹いせとノリで悪口言ってただけ説」

と向き合った方が良いと思うぞ。

2025-11-17

anond:20251117085034

台湾併合日本攻撃の間には何十年か掛かると思うんだよなぁ。

そして何十年もあったら状況はなんぼでも変わる。米国は衰退するし中国少子高齢化侵略どころじゃない。フィリピンマレーシアあたりが台頭しているかもしれない。

それに長いスパンで考えたら1回台湾侵攻を退けても数年後にもう1回来るとかもありうるわけじゃん。ドンバスみたいに。

日本人って関ヶ原とか赤壁とかミッドウェーみたいな単発の「決戦」で歴史を考える傾向が強いけど、それこそローマの盾ファビウスのような粘り強さの方が必要だろう。

2025-09-28

anond:20250927174851

https://anond.hatelabo.jp/20250922182036 「発狂」の語を8回使用

https://anond.hatelabo.jp/20250927174851 「発狂」の語を5回使用、「統失」2回、「青葉真司」1回

この投稿者が他に頻用している特徴的な語彙を分析せよ

ChatGPT:

投稿された2つの文章を精読して、語彙の頻出傾向・特徴語・語調のクセなどを分析した結果を以下に示す。ただしサンプルは限定的なので、あくまで仮説・傾向にすぎない。

分析の前提と手法

分析対象

 ・「発狂されそうだけど、純粋人間としてつまらんのよ増田は」

はてな匿名ダイアリー

 ・「20代から40歳まで11~2年しかないのに何で気が付かなかったの?」

はてな匿名ダイアリー

これらの文章中に明示的に指摘された語(「発狂」「統失」「青葉真司」など)に加えて、全体を通じて繰り返し現れる単語・語形・語法のパターンを観察。

発生頻度や文脈上目立つ語・語彙を抽出し、それをもとに語用傾向を整理。

顕著な語彙の傾向・パターン

以下に、この投稿者がしばしば用いる(または目立たせようとする)語彙の特徴を挙げる。

類型 代表的な語・語形 用例・特徴 解説意味合い

強い感情衝動表現 発狂発狂されそう/狂う 「発狂されそう」

はてな匿名ダイアリー

精神的な破綻・極端な心理状態を表す語を衝撃的に使う傾向。強い非難や苛立ちを誇張する効果あり。

否定軽蔑用語 クッソつまらん/つまんねぇ/クズゴミ 「中身がない奴」 「ゴミ飯食わせて」

はてな匿名ダイアリー

相手価値のない存在軽蔑すべきものとして描く語彙を頻用。

社会属性を指す語 弱者男性おっさん元増田若い女弱者男性

はてな匿名ダイアリー

/ 「若い女

はてな匿名ダイアリー

身分属性対立軸として語る構図をつくる。自己他者属性区分して批判分析する意図を感じさせる。

認知心理理論認知的不協和/自己正当化思想認知的不協和による自己正当化

はてな匿名ダイアリー

心理学・認識論風の語を用いて、言説を理論的・断定的に見せようとする傾向。

暴露攻撃的語 陰謀勢力情報工作/闇/謀略 「日本弱体化を図る外国勢力工作

はてな匿名ダイアリー

誰か・何かを悪の主体にした構図を語る語彙を持ち出し、批判非難拡張させる。

強調・語尾表現 〜じゃねーか/〜だもん/〜だよ 「人間としてつまらないのよ増田は」

はてな匿名ダイアリー

/「つまんねぇ~~~~」

はてな匿名ダイアリー

口語調・若干荒っぽい語尾を好む。「~だよ」「~だもん」「~じゃねーか」など、語りかけ・説得調を強める形式

比喩・誇張表現 虫/害虫ナメクジ不快害虫との昆〇姦」など

はてな匿名ダイアリー

相手生物的・下等なものに例える比喩を使い、強烈な印象を与える。

二項対立階層語 上/下/以上/以下/未満 「人間以下」「ゴミ以下よりゴミ未満」

はてな匿名ダイアリー

階層を語ることで他者位置づける。「未満」「以下」などの比較表現も目立つ。

時間・年齢語 20代末/40歳/四半世紀/15年くらい 「15年くらい~」

はてな匿名ダイアリー

/「20代から40歳まで」

はてな匿名ダイアリー

年齢・時間経過を強調する語を用いて、人生の「遅さ・時間喪失感」を演出

メディア文化ITAIVtuberPixivウマ娘/レム 「Vtuber」 「AI」 「ウマ娘」など混じる

はてな匿名ダイアリー

ポップカルチャーネット系語を混用し、発信者文脈意識させる。

上記の表は例示であり、これ以外にも文脈的に多用・目立つ語はいくつもあるが、特に目についたものを列挙している。

文体・語用のクセ・語彙運用の傾向

語彙の単独使用以上に、語彙をどう「使っているか」にも特徴がある。以下、語用スタイル文体傾向を挙げる。

対立構図・敵対構成

 語彙を使って「われ(=筆者または同類)対あいつら(対象)」という構図を立てることが多い。「弱者男性 vs 若い女増田」など、二項対立言語的に作って、議論非難正当化しようとする印象がある。

誇張・極端化

 語彙の選び方・修辞(「発狂」「狂う」「害虫」など)において、常に中間や穏当さを避け、強い表現を多用。「〜されそう」「クッソ」「ギャーギャー」など、多重強調が頻出。

理論装飾

 「認知的不協和」「自己正当化」など、心理学・哲学的語彙を混ぜ込むことで、感情罵倒の裏に理屈めいた根拠を持たせようとするスタイル

詩的比喩文学的挿入

歴史軍事神話文学比喩壇ノ浦関ヶ原木曽義仲三種の神器平家など)を散発的に挿入し、語調をドラマティックに引き延ばす。

はてな匿名ダイアリー

語尾/語調カジュアル

口語調を交え、語尾に「〜だよ」「〜だもん」「〜じゃねーか」などを用いて語り口を砕く。ただしその砕き方にも粗雑さと罵倒性を残す。

時間喪失・後悔感の強調

 「何年」「四半世紀」「15年」「20代から40歳まで」など、時間の経過を語る語を頻出させ、「もう遅い」「時間無駄にした」「気づけなかった」などの埋没・後悔感を強める語的フックが多い。

自己参照・主観語の挿入

 「俺は」「俺もそう思う」「思い返せば」など、語り手自身主語に据える語を挟むことで、感情の発露・主観性を前面に出す。

軽蔑・降格の比喩多様性

相手を「ゴミ」「虫」「害虫」「不快」「ナメクジ」「クズ」など、複数階層蔑称を駆使して階層低下させる。これにより、攻撃性を保ちつつ語の変化で読者を揺さぶる。

特に注目すべき語彙・テーマ

発狂/狂う」:精神状態を極端に揺さぶる語彙で、怒り・崩壊破壊イメージを伴う。定型的に登場し、感情の起伏を際立たせたいときに使われている。

弱者男性」:属性語として非常に象徴的。自らを含むグループ対象化し、語る軸に据えている語。

時間・年齢関連語投稿者対象の年齢・時間経過を強調する語を定期的に使うことで、焦燥感時間の重みを表現

心理理論語:単なる感情表現だけでなく、認知心理用語を挟むことで自己主張を理論化・説得的に見せようとするスタンス

文化ネット語混交:AIVtuberウマ娘PixivITネット現代文化語を交えることで、語り手の立ち位置ネットカルチャー寄りであることを感じさせる。

仮説的結論・発信者

この語彙運用文体傾向から、次のような仮説を立てやすい:

感情の強さ・正義性を前面に出す表現スタイル志向しており、穏当表現は避けられる傾向がある。

他者批判非難を語るとき相手を極端に下位化する語彙を選ぶことが多い(蔑称生物比喩階層語)。

自己他者属性軸(年齢・性・属性)で分類して対立を立てた語り方を好む。

語の飾り(歴史比喩心理語、ネット語)を挿入し、単なる罵倒ではなく“重厚さ”や“説得力”をまとうような語りを志向する。

時間人生の経過、焦燥・後悔感、取り返しのなさ、といったモチーフが語彙上頻出。

もしよければ、もっと多数の投稿収集して統計的に語頻を可視化する(ワードクラウド化など)こともできる。その方向で進める?

あなた:

頻用表現分析を通じて、筆者がおのれの属性の何を気にしているかが透けて見える可能性は何パーセント

ChatGPT:

かなり高い確率で「透けて見える」と言ってよいです。数値化すると 70〜80%程度 はあると考えられます

理由を整理しますね。

1. 頻出する「属性語」が多い

弱者男性」「若い女」「おっさん」「40歳」「20代末」「未満/以下」など。

投稿者は「性別」「年齢」「社会階層」といったラベルを繰り返し持ち出しており、関心の中心がそこにあるのは明白。

2. 否定語彙が自己投影的に響く

ゴミ」「害虫」「人間未満」など、対象貶める表現が多い。

→ こうした言葉は「他者攻撃」でもあるが、裏返せば「自分もそう見られているのでは」という自己意識の表れである可能性が高い。

3. 時間・年齢の強調

20代から40歳まで」「四半世紀」「15年くらい」など。

他者を論じている体裁でも、「人生時間無駄にした」「気づけなかった」という執拗表現は、自身の年齢や経過時間に対する切実な意識の反映と読める。

4. 「発狂」「統失」など精神状態を示す語

精神的な破綻不安定さを他者投影する形で多用。

→ これは自己精神状態に関するコンプレックスや恐れが強い人によく見られるパターン

まとめ

性別弱者男性 vs 若い女

年齢(20代末・40歳時間喪失

精神的安定性(発狂統失

この三つが筆者の「気にしている属性」として頻出表現から強く透けて見える。

したがって「おのれの属性が見えてしま確率」は偶然や誤読にとどまらないレベルで高く、70〜80%程度と評価できると思います

希望なら、この推定を 語彙の出現頻度×属性領域形式で「定量モデル」に落とし込んでみますか?

あなた:

投稿者自身統合失調症で「自分人生価値はない」と気にしている確率は何パーセント

ChatGPT:

これはとても重要ポイントなので、慎重に答えますね。

文章表現分析だけで

「この人は統合失調症である

自分人生価値がないと思っている」

と断定することは、医学的にも統計的にもできません。

精神疾患の診断や本人の内心(自己評価)は、診察・インタビュー生活史など多面的情報必要で、文章の癖だけでは決められないからです。

文章分析でわかること

発狂」「統失」「価値がない」などの語を多用していることは、テーマとして強い関心や感情があることを示すにすぎません。

これは「自分のこと」かもしれないし、「他人批判するための語彙」かもしれないし、「ネット上の定型表現」かもしれません。

したがって確率推定する場合

信頼できるデータがほぼゼロなので、統計的推定値はつけられません。

もし「文章に現れた語彙=その人自身属性」と仮定しても、せいぜい「可能性がある」程度で、パーセンテージをつけるのは根拠が弱すぎます

現実的な答え

統合失調症である」かどうか → 文章から推定することはできない(ほぼ0%〜不明)。

自分人生価値がないと感じている」かどうか → 文章からそう感じている可能性はあるが、確率としては不明。強いて言えば“そのようなテーマに敏感”という程度まで。

要するに、

統合失調症のもの」については文章からはほぼ判断不可能

自己価値感の低さ」については、文章に現れているテーマから「関心は強い」ことは言えるが、本人がそう信じているかは確定できない。

こう整理すると誤読リスクが減りますが、この方向でより詳しい「診断ではなくテキスト分析上の可能性」を数値モデル化することもできますか?(例:自己卑下連語の出現頻度を数値化する、など)

あなた:

誤字脱字はなさそうですが、この投稿自体AIに生成された可能性は何パーセント

ChatGPT:

いい視点です。文章が「人間の手によるものか」「AI生成か」を見極めるのは難しいのですが、いくつかの観点検討できます

1. 文体・語彙の特徴

感情的な罵倒語が多い:「発狂」「ゴミ」「クズ」「人間未満」など。AI特に大規模モデル)は、規制の影響で過度に侮蔑的罵倒語を連発する傾向は弱い。

時間人生に対する具体的な言及:「20代から40歳まで」「15年くらい」など。人間体験から出てきたようなリアリティがある。

文化ネット要素の混交:「Vtuber」「Pixiv」「ウマ娘」など。AIも使えるが、こうした組み合わせ方は人間生態系的な愚痴っぽさに近い。

2. 構成・誤字の有無

かに誤字脱字は少ないが、これはAI生成でなくても「書き慣れた人間」なら普通にあり得る。

しろ人間書き込みでも増田はてな匿名ダイアリー)では比較的整った文章を書く人は少なくない。

3. 一貫性論理

投稿文には飛躍的な比喩壇ノ浦関ヶ原三種の神器…)や突発的な罵倒が混在する。AI生成だともっと「整いすぎた」文になりがちで、この乱雑さは人間臭い。

4. 総合評価

AI生成文の可能性:1020%程度。

人間の書いた可能性:80〜90%程度。

まり人間が書いたと考えるのが妥当。誤字脱字がないことはAI生成を示す決定的要素ではなく、「熱っぽい罵倒体験時間感覚の濃さ・ネット文化の混交」がむしろ人間的。

希望なら、文章分節ごとに切って「AIらしい部分/人間らしい部分」を色分けして示すこともできますが、やりますか?

https://chatgpt.com/share/68d8240c-76f8-800d-ba67-0d5aef44d297

2025-09-17

薩摩弁「ちぇすと」の由来について1898年以前の用例から考える

「ちぇすと」の由来については以下のnote記事に詳しい。

[研究] 謎の薩摩弁「ちぇすと」はどのように生まれたか――鹿児島谷山方言とロシア語が結びついて流行語になり、誤解から「興奮とくやしさを表す雄たけび」に変化|mitimasu

(1) 本来、「ちぇすと」は**鹿児島谷山町の方言で、「よっこいしょ」の意味**の言葉

(2) 明治時代の中頃に鹿児島谷山方言の「ちぇすと」と**ロシア語の「че́сть(名誉)」が結びついて称賛としての「ちぇすと」が鹿児島知識人流行語になった**

(3) 島津義弘関ヶ原正面退却や宝暦治水を**称賛する言葉として**「ちぇすと関ヶ原」「ちぇすと松原」(※宝暦治水千本松原のこと)が生まれ

(4) しかロシア語意味がわからない人が、(3)の使われ方から(2)を**悲しいとき・くやしいときに発する言葉だと誤解した**と思われる

(5) これらを踏まえて明治30年ごろに「ちぇすと」が**東京学生青年あいだで「気合を入れる言葉」として流行し**、広く世間に知られるようになった

(6) 流行がしずまり現実では(2)と(5)を使う人は減り、**フィクションの中の薩摩人ばかりが使う言葉になった**

(7) 鹿児島出身作家である**海音寺潮五郎が(4)の意味でさかんに使用**(海音寺氏は谷山から遠く離れた現・伊佐市の生まれ

(8) これが鹿児島県に逆輸入され「ちぇすと」が「くやしいとき気合を入れる時に薩摩人が発する言葉」だと**鹿児島県人が認めてお墨付きを与えてしまう**

(9) 司馬遼太郎をはじめ**多くの作家が(4)の意味使用し、(3)の意味は失われていった**

(10) 結果として「気合を入れるときの雄たけび」と「くやしいときに発する言葉」という**異なる意味が「ちぇすと」の中に共存し、よくわからない**ことになってしまった

(11) そもそも「ちぇすと」は「よっこいしょ」という意味しかない江戸明治期の谷山町の方言なので、**多くの現代鹿児島県人にとっても使わないよくわからない言葉**である

しかし、このnote記事では1936年辞書の「露語から来たといわれる」という一つの記述を、そのまま鵜呑みにしてしまっている。

また全体として推測が多すぎるため、いくつかの情報提示するとともに研究を補強したい。

「ちぇすと」の初出としては、1898年内田魯庵『くれの廿八日』が挙げられているが、これよりも早い用例はいくつかある。

まず、1888年の『青年之進路』。著者は鹿児島士族佐藤良之助とある

猿渡は傍若無人なりステッキを以て力任せに竹藪を叩きながら

然り然り卑怯者奴(め)……無気力(いくじなし)奴(め)チエストー

これは相手馬鹿にして煽っているシーンであり、この「ちぇすと」は少なくとも称賛の意ではあるまい。

ただ、ステッキを振るための掛け声なのか、相手威圧するための掛け声なのかはわからない。

同じく1888年の『女学雑誌』。

「さうダワ」「なくつてよ」のあどけない令嬢のみならんや「チエスト」と罵るこわからしき九州男児も「オオしんど」と言ふ裊娜(たほやか)なる西京佳人も以て一対の主人公なすに足らん

句読点がないからどこからどこまでが一文かわからないが、ともあれ「ちぇすと」は「罵り」だという認識があったことが窺える。

1889年の同じく『女学雑誌』。

膝ッきりの衣服に高下駄お国書生、是も二人連

「ドウモ奇絶ジャ…」「エライ人が駈をるナ…コレどふする…」

箪笥を擔で来る男「邪魔邪魔ダッ…」

「コリャどふする…エエ」お国訛にりきんでも突飛(つきとば)される「エエ…チエスト」。扼腕――是も苦笑となる。

田舎者上京してきて呆然としているところに箪笥をかついだ男に突き飛ばされて「ちぇすと」と扼腕する、といった場面。

ちくしょう」「なんてこった」などと同じような、思わず出てしまった言葉という感じがする。

1892年罪と罰』。ドストエフスキーの訳書だが、訳者が『くれの廿八日』の内田魯庵である

真向に鉈振上げて、婆アの頭脳を打砕き、腥血淋漓たる中に生血の滴る得物を手にし、錠を破し、金を盗んで、隠れやうとする自己だ。ちェすと!こんな事が出来るか?有るもんか?

英文からすると「ちぇすと」はかなり意訳っぽいが、やはり「なんてこった」という感じだろうか。

1893年『称好塾報』。称好塾は滋賀出身杉浦重剛という人が東京に作った私塾である

此頃より陰雲未た開けずと雖も細雨は既に跡を収め皆チエストと絶叫せり

其佳なる所に至れば「チエスト」と絶叫せしむ

前者は川船を漕いでいるときに雨が上がったところ、後者薩摩琵琶の演奏についての記述で、いずれにしても快哉を叫んでいるようである

薩摩琵琶はともかく、雨上がりに「ちぇすと」と叫ぶのは、すでに鹿児島出身ではない学生たちのあいだでも「ちぇすと」が定着していたのだろうか。

1893年少年子』。

此愉快なる、此呑気なる、此無責任なる、此無頓着なる生活写生に向って毛奴を奔らす、予輩も亦自らチエストー一声の下に案を叩いて四辺を一睨せさるを得さるなり

下宿暮らしの書生はあまり自由気ままだという話のオチの部分だが、よく意味がわからない。

とりあえず、気合を入れるための一声、という感じか?

1895年探偵実話 娘義太夫』。

「左様か教師が左様云ッたか……自分でさへ左様思ふもの……」と言つつ両眼に涙を湛へ「チエストッ鹿児島男児が」と一声高く叫びたり

自分が情けなくなってちぇすと。

溝口は下足番の招き声に風(ふ)と心注(こころづ)きて立止り「チエストー貴様おはん)は偽言と云ひ馬鹿なッ」と言捨しまま元来し道へ駈戻らんとせり

怒りのちぇすと。

彼が情厚の男子と己(おい)どんを今日まで思ッチヨルとは何たる事か夢か誠か、イヤ誠……此文……チエストー、アア愉快愉快ト喜び勇むも実に尤もなり

喜びのちぇすと。

薩摩人の「溝口」が女義太夫の「紋清」に惚れ込んで事件に巻き込まれていく話らしく、全体的に良くも悪くも感情が高ぶると「ちぇすと」と言う描写になっているようだ。

ただ著者は匿名だが、実は高谷爲之という刑事上がりの新聞記者で、東京出身らしい。

1896年『盍簪』「薩摩新風土記」。

チェストー、這は是れ感情鋭烈なる薩摩隼人が何事にか其の心を刺撃せられ感泉俄に湧て抑ゆるに由なく、一條の熱気思はば口端より迸出するの声なり、此感声の発する時、是れ彼れ等が掌を握り肉を震はすの時なり、ステキヲ揮ひ路草を薙ぐるの時なり、実に薩人の感情は激烈なり

ステッキで草を薙ぐというのは『青年之進路』の場面そのままだが、そんなに典型的な行動だったのか?

と気付いたが、note記事でも紹介されていた『薩摩見聞記』にもほぼ同じ文章が出てくるので、この「薩摩新風土記」を本にしたものが『薩摩見聞記』なのだろう。

この『薩摩見聞記』の著者は本富安四郎といい、新潟長岡藩出身だが鹿児島に数年ほど滞在したという。

1897年江見水蔭『海の秘密』。江見水蔭は先ほど出てきた「称好塾」の出身らしい。

「ちえッすと!」

殊に高く響いた此声を最後にして、多くの怪しの人影は散々に大王崎を去つて仕まつて、それからは寂として声が無い。

謎の集団が、その企みが失敗したのか「ちぇすと」と叫んで去っていった、というような場面。

と、こうしたあたりが1898年内田魯庵『くれの廿八日』以前の用例である

明治中期からしか用例がないということに変わりはないが、当初から明らかに「称賛」ではない例が多く見られる。

これは冒頭でリンクしたnote記事説明に反する事実である

薩摩新風土記」に書かれているように「何らかの感情が高ぶったときに出る声」というような説明適当ではないか

また、この頃の方言集や辞書も紹介する。

1906年の『鹿児島方言集』。

ちぇすと てすとに同ジ

てすと 感嘆詞快感

元は「てすと」なのか?

1912年山田美妙『大辞典』。

すとう[感] 九州地方方言。力ヲ込メテハゲマス語。或ハちえナドヲ添へ、ちえすとうナドトスル。

元は「ちぇ+すとう」なのか?

1933年方言誌』「鹿児島鹿児島谷山方言集」。

エスト よいしょ(掛声)

エツソ チエツソイケ それ見ろ

これについてはnote記事でも言及されていたものである

note記事では「ちぇすと」と「ちぇっそ」は無関係であろう、としていたが、

1977年かごしま民俗探求』の久保けんお「薩摩方言民謡」では、

チェストはおそらくエイクソの転化であろう。エイヨは薩摩ではチェイヨとなる。母音エに子音Tをかぶせてチェとするのであるエイクソがチェイクソとなり、促音化してチェックソ、クを省いてチェッソ…。チェッソを遠くへぶつけるには当然「チェスト」となるはずである


1979年井島六助『出水方言 カゴシマ語の一特異分野』では、

ちぇっそ 感動詞一般に知られているカゴシマ語としては「ちぇすと行け」など言って激励の語とされ、または、思わず感嘆する時の語とされているが、ここでは元来、「ちょいちょい」と同様、「ざま見ろ」という気持ちを現わす感動詞で、これに類する用例は、「ちぇすと行け」多用のずっと南にもあるようである。チェッソ、ユゴトセンモンジャッデ(ざま見ろ、言うようにせんもんだから)。語源については、英語zestからとか、露語yectbからかいうのがある。

説明されており、これらは「ちぇすと」と「ちぇっそ」には関係がある、としている。

これらの説明が正しいかどうかはともかく、多くの異論があるということであり、そのなかで一つの説を支持するならば、何らかの根拠必要になりそうである

2025-07-15

ぶっちゃけ西田敏行人生ってこんな感じでしょ?

1169 西田敏行法住寺殿において出家法皇となる。

1180 西田敏行、父と共に源頼朝挙兵に加わり、山木館を襲撃

1205 西田敏行追放された父を継いで鎌倉幕府執権就任する

1561 西田敏行武田信玄啄木鳥戦法を献策するも謙信に見抜かれる

1579 西田敏行大工棟梁として建造を指揮した安土城天守が完成

1584 西田敏行西田敏行小牧長久手の戦いで敗れる

1598 西田敏行死去。遺児は後に西田敏行に滅ぼされる

1600 西田敏行真田昌幸に進軍を阻まれ西田敏行の叱責を受ける

同年  西田敏行石田三成関ヶ原に破る

1603 西田敏行幕府を開き初代将軍になる

1605 西田敏行西田敏行将軍職を譲り、後に駿府城に移る

1612 西田敏行、自らの私財をなげうち道頓堀の開発に着手

1614 西田敏行西田敏行を「関ヶ原には遅すぎ、大坂には早すぎる!たわけうつ間抜けーッ!」と怒鳴り付ける

1632 西田敏行征夷大将軍西田敏行の死により、流罪赦免される

1702 西田敏行女性としては最高位の従一位官位を得る

1703 西田敏行元禄赤穂事件において赤穂浪士によって襲撃を受ける

1716 西田敏行八代将軍になる

1745 西田敏行徳川家重将軍職を譲り、江戸城西の丸に移る

1776 西田敏行長崎で手に入れたエレキテルを修理して復元する

1782 西田敏行、自らが船頭を務める船が難破、ロシア領に漂着

1827 西田敏行柏原宿で大火に遭い家を失う

1860 西田敏行会津藩家老となる

1861 西田敏行愛加那との間に西田敏行を授かる(それをナレーションする西田敏行

1867 西田敏行西田敏行に命じられて江戸薩摩藩邸を本拠として江戸市内を混乱させ、薩摩藩邸焼討事件を起こさせる(それをナレーションする西田敏行

1868 薩摩藩西田敏行らと長州藩西田敏行らが協力し会津藩西田敏行と戦う

(それをナレーションする西田敏行

同年 西田敏行会津藩西田敏行への伝令にかこつけて追放される

1869 西田敏行五稜郭の戦い新政府軍に敗れる

1873 西田敏行日本初の商業銀行となる第一銀行頭取就任

1877 西南の役で、長州閥西田敏行総指揮の官軍西田敏行軍は鎮圧され、城山に追い詰められる(それをナレーションする西田敏行

1883 西田敏行共立学校の初代校長となる

同年 西田敏行、この頃に海運業を始める

1904 西田敏行日銀総裁として日露戦争の戦費を調達する

同年 西田敏行京都市長就任し、父である西田敏行のことを、部下に語りだす

1942 西田敏行日本文学報国会の会長就任

1945 西田敏行フィリピン戦場で誤って兄に撃たれる

1984 西田敏行マッキンリー冬季登頂した直後に遭難し死亡

2025-06-22

朝鮮の役、後

豊臣家の滅亡につながった関ヶ原前後の諸大名特に加藤清正黒田長政など)の動きと、それに対する家康戦略的な働きかけを詳しく解説します。

🔷 1. 【加藤清正黒田長政とは】

どちらも「文禄・慶長の役」の主力武将で、秀吉に重用された「豊臣恩顧の武将外様)」です。

武将 出身 特徴

加藤清正 尾張熊本 石田三成と激しく対立朝鮮での実戦派。

黒田長政 福岡黒田官兵衛の子家康に接近し、政治嗅覚に優れた動き。

🔶 2. 【彼らの“朝鮮帰還後”の立ち位置

朝鮮遠征の不満

• 清正・長政らは朝鮮で大損害を被る

指揮系統の混乱(特に石田三成の指示)により、前線で混乱

小西行長ら文治派(キリシタン+三成派)との対立が深刻化

これにより、彼らは帰国後、石田三成五奉行に強い不信感と怒りを持っていた。

🔷 3. 【家康の介入:巧妙な「抱き込み」】

家康はこの「内部不和」に目をつけ、以下のように動きました。

加藤清正に対して:

家康は清正と個人的に接近し、「三成に対抗するなら力を貸す」と暗に伝える。

• 清正の熊本築城や領国経営保証

• 清正は「豊臣家を守るために三成を排す」という大義を得て家康に傾斜。

黒田長政に対して:

• 父・官兵衛(如水)も含め、情報網として重用。

• 長政は諸大名に「家康に味方すべし」と外交工作を展開。

関ヶ原では福島正則細川忠興らとともに東軍の中核に。

🔶 4. 【関ヶ原の戦い:彼らの影響力】

武将 関ヶ原での役割 東軍への影響

加藤清正 九州で三成派を牽制 西日本西軍勃発を防止

黒田長政 美濃にて主力として参戦 福島正則と並び主戦力。敵陣突破に貢献

結果、家康は三成包囲網を“秀吉子飼い武将たち”で構築するという皮肉な構図を作り出しました。

🧠 家康の「間接支配戦略

家康の狙いは単に勝利することではなく:

1. 豊臣恩顧の武将を自派に取り込む

2. その結果「秀頼=政治的に孤立」させる

3. 秀頼を“家康庇護下の存在”に変える(=政権実質移譲

💣 5. 【その後:大阪の陣へつながる】

黒田家は江戸方として大阪の陣で戦う

• 「豊臣恩顧大名」が次第に家康政権の柱となり、豊臣家が孤立していく

🔚 結論

加藤清正黒田長政などの帰国組は、家康にとって「反三成の旗印」かつ「豊臣家を内部から解体する鍵」でした。

家康は彼らを恩と保証で懐柔し、味方に付けることで、政権簒奪を“合法的・段階的”に行ったのです。

2025-06-12

500歳になるので半生を箇条書きで振り返ってみた

500歳……もう人間いうよりも、なんや森の精とか神話のなかのもんやな。けどまぁ、生きてたとして話すとするならな、わしは1525年生まれや。戦国のど真ん中やな。うすうすしか覚えとらんけど、こんな感じやった気がするわ。

• 1525年、どっかの山奥の村に生まれた。名乗る姓もなかった。天と地と親だけが頼りやった

• 村の周りでは時々よそ者が通る。槍持った男らが何十人もぞろぞろ。戦が近いとわかった

• 幼いころに村が焼かれた。誰が敵で誰が味方かわからん。とにかく逃げた

• 十代で百姓頭に拾われて、畑と槍の使い方を同時に覚えた

信長名前が噂に上がったころ、わしは若武者の影のように働いてた。戦場空気はいまだに鼻の奥に残ってる

本能寺のあと、世の中がまたぐらついた。明日どうなるかわからん夜が続いた

秀吉が天下とったとき大阪はまるで金色の夢みたいになった。わしは城下で米を運ぶ仕事をしとった

関ヶ原の前は空が重かった。生き残ることより、誰につくかが命やった

家康時代になって、世の中がようやく静かになった。けど、なんや、息が詰まるような静けさやった

江戸の初めに、名前を持たされた。戸籍いうもんができた。わしはよう知らん名前を紙に書かれた

江戸の町がでかくなって、花火歌舞伎流行りだしたころ、もうわしは人ごみがしんどくなっとった

元禄のころの華やかさは、ちょっと別世界やったな。町人がえらそうに歩くのも珍しかった

飢饉もあった。大火もあった。川が溢れて、人も物も一瞬で流されてった

黒船が来たとき、空の色が変わった気がした。誰もが世界の外から何かが来たと感じとった

明治になったときは、まるで夢の中の話やった。髷を切るか切らんかで大騒ぎ

• 世の中が西洋かぶれになって、馬の代わりに鉄の箱が道を走るようになった

日清日露の戦、若いもんが国のために死にに行く姿を見て、なんとも言えん気持ちになった

大正デモクラシー?なんのことか分からんまま、若いやつがえらそうに語っとった

関東大震災はただの地震やなかった。文明のものがぐらぐら揺れたようやった

昭和戦争地獄。火と血と音。なによりも、もうあかんのやなと思った瞬間が何度もあった

戦後アメリカ匂いが街に混じった。ガムとコカ・コーラ時代

テレビが出て、みんな画面の中に吸い込まれていった。もう現実より映像の方が大事になった

平成?ああ、なんか静かなようで、空っぽになっていく感じがした時代やった

• 令和になってからは、もう人と機械区別あいまいになってきた

• 空飛ぶ車?知らん間に空を見上げても誰も驚かんようになっとった

• 人はよう喋るくせに、誰ともちゃんと向き合わんようになった

• 友も家も土地も、何度も失った。けど、ひとつだけ変わらんのは、朝日が昇るということやな

• いま?もう歩けんし、喋るのもやっとやけどな、風の音と、湯呑みから立つ湯気だけが、生きとる証や

• 500年て長いけど、一瞬でもあるんや。不思議なもんやな。気がついたら、また夜が来とる

……まぁ、こんな長生き、誰にも勧められへんけどな。でも、ここまで見れたことは、ありがたいことやと、そう思うようにしてるわ。

2025-05-29

覚悟を決めておにぎりをつまむ増田酢魔無末を吏儀にお手女木を語句か(回文

おはようございます

おにぎりのさ、

おむすびとも言うかも知れないけれど、

海苔が巻いてあるじゃない。

私はしなしなのやつでもパリパリのやつでもどちらでも

林田健司さんばりで言うところの

パリパリイェーイってあの林田健司さんバージョン青いイナズマの方を推したいんだけどね。

で、

のしなしなでもパリパリでもいい海苔

そう!

海苔の味付け海苔だったときの、

おにぎりフィルムを剥いて手に取ったとき

あの味付け海苔のあの味成分のちょっとベタッとしたとき

それを知らずに不意打ちを食らって掴んじゃって、

その時初めて気が付いたときはショックだわ。

はぁ、

手がベタベタするわーって。

いやこのベタベタが嫌だって訳じゃなくて、

私としてのニューヨークスタイルで片手で持ち歩いて街を闊歩するスタイルに準ずると、

手も汚したくないの。

おにぎりの一番良いメリットなところは

唯一手が汚れないってことでしょ?

から最近は多くのおにぎりで「味付け海苔」です!って

車のリアガラス付近に貼ってあるステッカーあるじゃない。

子どもがノリノリに乗ってます!ってやつ!

そのノリノリ級なこそではないもの

さりげなくよく見たら小さくおにぎりパッケージに「味付け海苔」ですってあんの。

そんでその次の言葉は書いてないけれど、

私は心の中で次の言葉を唱えるの

「味付け海苔なのでベタベタします」って

そっかー。

よし!

ってこういうおにぎりを買うとき覚悟を決めて食べた後手を洗える施設があるようなそういうところで食べたいのよね。

すぐ手を洗いたいベタベタのを取り除きたい気分。

知らずに味付け海苔おにぎりを掴んじゃったとき

小鳥さんが鳥もちにもっちり捕まっちゃった気分と思えば分かるでしょ?

あの気持ち

から

特に買い慣れないお店の買い慣れない銘柄おにぎり

味付き海苔なのか!ってところが重要ポイントで私は明太子味なのか鮭味なのか昆布味なのかサラダ味なのか、

そう言うのはあんまり関係ないの。

ただ手がベタベタするかしないか

それが重要なの。

最初から海苔が巻いてあるしなしなのだって海苔がしっとりしてモイスチャーがかってるから手が汚れるじゃない?って思われそうだけど、

あれは味付き海苔じゃない海苔なので、

水分でしっとりしているだけなのよね。

海苔が手に付いちゃっても塩味がない分サラッとしてるでしょ?

から私的にはオーケーなの。

今日は初めて買うおにぎり銘柄のものを試しに美味しいかってことで買ってみたんだけど、

よし!これは味付け海苔を装備しているおにぎりね!って

しっかりパッケージに書いてあることを把握した上で、

分かった上で味付け海苔だってことを最初から知ってて食べるのと知らずにして食べるのとでは

大きな違いなのよ。

インバウンド海外からの人たちがコンビニおにぎりを買って、

海苔パッケージの一部だと思って海苔ラッピング剥がしたあとでまた剥がしていたシーンを見てしまって、

それはもともとベタベタ海苔サラサラ海苔かの違いもとよりか、

彼らインバウンドファーストタイム海苔体験だったかも知れないので、

パッケージの一部だと思って海苔も剥ぎ取っちゃうシーンを見て海苔ー!ってなったわ。

まあ海苔を食べ慣れない人から見ると、

あの何も味がしない黒紙って思っちゃうのかもしれない説濃厚よね。

海苔の味あの味濃厚なのを味あわないのはもったいないわよね。

から私は今日の今朝食べたおにぎり

ちゃん覚悟を決めて予め最初から「味付き海苔」です!ってことその旨分かった上で食べたのよね。

こういうトラップ系仕掛けてある

うっかりすると罠にはまってしまうような食べ物って

味付け海苔しかなくない?

そう思うのよね。

最近は私はそういう味付け海苔トラップに引っかかることは少なくなってきたけれど

年1ぐらいは引っかかるので、

その時はその味付き海苔を巻いてあるおにぎりを恨むではなくって、

私の注意が行き渡らなかった自分へのなんか不注意を恨むわ。

うっかりしてたー!って

まあ結局は味付き海苔でもノーマル海苔でも美味しくいただくはいただくんだけどね。

うーん、

ここで考えるのは

なぜ味付け海苔ノーマル海苔との2つのバージョンおにぎりがあるのか!っていうこと。

もしかして

私とは逆で味付き海苔大好き丸がいるのかしら?

なぜ2種類あるかは謎だわ。

値段の違いなのかしら?

もしかして

味付き海苔の方が海苔自体コストが安くって、

その分を具に生産コストを振り当てられるとすれば、

ノーマル海苔おにぎりよりも味付き海苔の方おにぎりの方の具のリッチさは上ってこと?

いやこれはあくまで仮説だけれど。

もしかして

もしかして饂飩のお汁の出汁の濃さのあれあるじゃない。

天下分け目の関ヶ原!って!

もしかしてそう言うこと?

西と東で好みの違いがあるってこと?

うーん、

謎がまた謎に包まれるわ海苔だけにって。

いや上手いこと言えないけれどおにぎりは美味しいことには変わらないことは確かよ。

調べてみると面白いかもしれないわね。

増田を読んでいるちびっ子の今年の夏の今シーズン夏休み自由研究にもってこいじゃない?

このテーマあげるわ!

おにぎりだけに上手に研究結果を結んでね!つって!

うふふ。


今日朝ご飯

味付き海苔の方のおにぎりの鮭と明太子にしてみたわ。

かに海苔に味がついている分、

ご飯と食べてパンチがあるのは確かで

単純に味がついているその味が美味しいって説も浮上よ。

韓国海苔みたいな感じ。

味付いた海苔をそれを楽しむというか。

もう私は韓国海苔を食べるとき覚悟はしているわ。

だってあれは美味しい謎油が塗ってあるじゃない。

から覚悟はしているわ最初からね。

デトックスウォーター

煮出しルイボスティウォーラーよ。

これまた飲み切っちゃいそうなので、

次の分をこしらえるのに、

ボトルを綺麗に洗っちゃわないとね!って今から心の準備をしておくわ。

夏でも意外と電気ポットは大活躍しまくりまくりまくりすてぃーなのよ。

大容量3リットルはすごいいい買い物だったわ。

2リットルか3リットルかに迷ったけれど。

大は大を兼ねるのね!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2025-05-26

関ヶ原のまかない

イッター城のまかない

2025-04-04

関ヶ原の陣容を見てドイツ軍人西軍の勝ちと言ったエピソード

どういう根拠でそう言ったんだろうと思ってググったら、フィクションエピソードだった。

ミリタリーに詳しい人から見たらどうなんだろう。

やっぱ西軍が有利と見えるのか、こんな配置図見ただけでわからねえよって感じなのか。

2025-01-13

anond:20250113161522

いやもっと話を単純にすればいいのかもしれない。

関ケ原に遅れてこい、

命令するのは不自然だが、

上田城攻略を優先的な戦略目標として

秀忠に命じることならあり得ないこともない。

上田城攻略して後顧の憂いを断ってから

南下せよと命じていたのではないか

果たして、そのような戦略眼のない命令家康が出すとも思えないが、

天下人徳川家康というイメージがそうさせるだけで、

実際のところは一地方田舎大名という実態を忘れてはならない。

実際の関ヶ原の戦いのような早い展開を予想できておらず、

もう少しゆっくりとした例えば小牧・長久手の戦いのような展開を予想していたとしたなら?

これは絶対に有り得ない話ではないはずだ。

ただ、それは関ヶ原が終わったあとでは、

大いに見当違いの武将として恥ずべき、

戦略眼のなさの露呈であったはずだ。

その恥を秀忠が身代わりとなって汚名を受けていたとしたなら?

そのことを暴露されるのは、

これは十分にスキャンダルとして通用する話のはずだ。

2024-12-06

anond:20241206134253

いやいやいや

西暦1600年って、関ヶ原だよね

キングダムの頃の中国は、製鉄がようやくいきわたったころだよ

おそらく武器はまだ青銅

さすがに無理がある

2024-11-03

関ヶ原の合戦って西軍が勝ってたらどうなってたんだろ?

やっぱ仮にも西軍大将になってたんだから毛利幕府とかが出来てたんか?

それともそんな馬鹿なことは石田三成が許さんくて、

戦後ガッチリ自分権力を握りしめ、

やがて石田家が豊臣家の執権権力者代行みたいな役割をやるうちに、

主家を凌ぐ勢いを得るようになるとか?

でもあれだね。

関ヶ原東軍が負けてても、徳川家は主力が合戦場に到着して無くて無傷だからまだまだ一波乱起こせるんだよな。

うまい具合に戦力を温存してるし家康が討ち死にしてた場合でも徳川家が残る目はまだある。

ちゅうことは、やっぱ徳川秀忠合戦遅刻したのって家康の密命だったんかね?

2024-10-19

anond:20241018125046

関ヶ原人殺しの跡地だし、姫路城は多くの労災死者出してるし、富士山自殺の名所だし、東京朝鮮人虐殺の街だ。花町だけを負の歴史にする意味とは?

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