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はてなキーワード: 長男とは

2026-05-10

地方進学校から東大に行った私が、大学一年生に祈ること3

第三部 内容で勝ち、現実で負ける

大学卒業して、私はある大手会社に入った。

社名は伏せておく。

商社系の、若手にもそれなりに権限が回ってくると言われている会社だった。

入社した最初の年、私はそれなりに評価されていた。

配属された部の課長論理的な人で、私の作る資料の精度をある程度評価してくれた。

問題は二年目以降に始まった。

最初に明確な摩擦が起きたのは、ある社内会議だった。

ある新規プロジェクトの立ち上げに関する会議で、部長が明らかに前提条件の数字を間違えていた。

市場規模の試算根拠が五年前の業界レポート依存していて、その後の市場の変化を反映していなかった。

私は会議の中盤でそれを指摘した。

すみません。その市場規模数字ベースになっているレポートが古いです。直近三年で市場構造が変わっているので、現状の数字はその試算より三〇%程度小さいはずです。私の試算では、こちらになります

私は自分ノートPCの画面をプロジェクターに映した。

試算表は、出典付きで再現可能な形にしてあった。

部長はしばらく画面を見ていた。

それからゆっくり言った。

「うん、わかった。数字の話はまた別の機会にしよう。今日方向性の話をしている」

「いえ。方向性市場規模を前提にしているので、市場規模が違えば方向性自体が変わります

部長はもう一度、私を見た。

今度は少し、目に疲れがあった。

「君の言うことはわかった。あとで個別に話そう」

会議は、私の指摘を反映しないまま進んだ。

会議のあと、廊下で同期の一人に呼び止められた。

「お前、ああいう言い方やめたほうがいいぞ」

「内容として間違ってるか?」

「内容は合ってる。けど部長の顔、潰しただろ」

「顔の話なんかしていない。事業の話をしているんだ」

同期はため息をついた。

「そう。そうなんだよ。お前はいつも事業の話しかしない。だから、お前以外のみんなが何の話をしてるのか、お前にはわかってないんだよ」

そう言って行ってしまった。

私はその言葉をしばらく考えた。

考えた末に、こう判断した。

あいつも結局、内容で勝てない側の人間か。

そして忘れることにした。

二週間後、私はそのプロジェクトのチームから外された。

理由は表向きには、「別のプロジェクトに君のスキル必要から」だった。

私が回された別のプロジェクトは、ほとんど何も動いていない塩漬けに近いものだった。

私は課長に直接抗議した。

「私の指摘が間違っていたのですか」

課長は少しだけ困った顔をした。

「指摘の内容は間違っていなかった」

「では、なぜ外されるのですか」

「内容ではない。理由は内容ではないんだ」

「では、何ですか」

課長は少し沈黙した。

それから、こう言った。

「君は正しい。けれど、君と一緒に仕事をしたいと言う人間がいない」

その瞬間、自分の中の何かが冷たく固まったのを覚えている。

私は課長を見た。

できるだけ感情を出さずに言った。

「では、正しさよりも好かれることのほうが評価されるのですか」

課長は私を長く見た。

それから言った。

「そうじゃない。仕事は一人ではできないから、一緒に仕事ができる人間になることも能力のうちなんだよ」

私は頷かなかった。

その夜、自分の部屋で長い時間考えた。

考えた末に、自分結論を一文字も変えなかった。

会社は、正しさを評価しない組織だ。

から転職する。

私はその三ヶ月後、最初転職をした。

このパターンが三十代を通じて繰り返された。

三回、転職した。

会社が変わっても結末は似ていた。

最初半年は、私の能力と精度が評価される。

次の半年で、私の指摘が人を傷つけるようになる。

一年経つ頃には、何かのプロジェクトからかに外される。

私は毎回、辞めるとき同じことを思った。

「この会社も、私を理解できなかった」

四回目の転職活動とき、私は四十二歳になっていた。

そのとき初めて、こう思った。

もしかして問題は私のほうにあるのか?」

これに気づくのに二十年かかった。

二十年だ。

君がこれを二十二歳のうちに気づければ、私より二十年得をする。

二十年は長い。

本当に長い。

ここでKの話に戻る。

Kとは大学卒業してからほとんど連絡を取らなくなっていた。

年賀状最初の二、三年は来ていたが、私が返さなかったので自然と途絶えた。

Kがどうしているかを知ったのは、私が三十五歳のときだった。

ある業界誌の記事だった。

Kは新卒で入った会社で、地味に出世していた。

記事は、ある業界中堅企業新規事業立ち上げに関するものだった。

Kはその新規事業責任者として、写真付きで紹介されていた。

写真の中のKは、大学ときと同じように口を大きく開けて笑っていた。

少しだけ太っていた。

記事を読んで、いくつかのことを知った。

Kの新規事業最初、大失敗していた。

市場の読みを間違えて、最初半年予算の三分の一を失った。

普通なら、その時点で責任者は外されるはずだった。

けれどKは外されなかった。

なぜか。

Kは失敗の途中で、社内の他の部署人間を何人も巻き込んでいたからだった。

営業課長

開発の係長

経理の若手。

現場派遣社員

Kは新規事業のために、社内のいろいろな人間に頭を下げて知恵を借りていた。

失敗が見え始めたとき、その人たちがKを助けた。

「これはKだけの責任じゃない。自分たちも一緒に考えた案だ」

そう言ってKを庇った。

Kは結果として責任者の座を維持し、二年目に軌道修正成功した。

記事インタビューで、Kはこう答えていた。

最初半年で失敗したのは僕のせいです。市場の読みが甘かった。けど、その失敗を直せたのは僕一人の力じゃないです。社内のいろんな人が一緒に直してくれた。だからこれは、僕のチームの成果なんです」

私はこの記事を何度も読んだ。

そして初めてわかった気がした。

Kは最初から、「一人で正解を出す」ことを目指していなかった。

Kは最初から、「みんなで間違えて、みんなで直す」ことを戦略としていた。

私はずっとKを軽く見ていた。

Kは内容で勝てないから、人と仲良くするのだと思っていた。

違った。

Kは内容で勝つことの限界を、最初から知っていた。

から内容で勝つかわりに、内容を直せる関係を作ることに力を注いでいた。

Kは、私が二十年かけても気づかなかったことを二十二歳のときにはもう知っていた。

たぶんKは、もっとから知っていた。

中学校高校のうちに、一度、自分より頭のいい人間出会っていたのだろう。

そこで、自分が一人では勝てないことを学んでいたのだろう。

Kは十二歳か十三歳のうちに負けていた。

そしてその負けから、人と一緒にやることを学んでいた。

私は十八歳まで負けなかった。

その代償が、その後の二十年だった。

四十代に入ってから、私の人生加速度的に静かになった。

両親が立て続けに亡くなった。

父が先で、母がそのあとだった。

葬式地元で行った。

私は長男として喪主を務めた。

葬式に来た親戚や、父の昔の同僚や、母の友人たちは、私のことを「東大を出た立派な息子」として扱った。

私はその扱いを受け入れた。

受け入れるしかなかった。

葬式最後、母の友人だったという、私の知らないおばさんが言った。

「お母さん、あなたのことをいつも自慢してたのよ。東大に入ったときも、いい会社に入ったときも。でもね、最近お母さんこう言ってたの。『あの子結婚はしないのかしらね』って。心配してたわ」

私は笑顔で答えた。

「ええ、心配かけました」

その夜、実家の、自分高校時代に使っていた部屋で一人で酒を飲んだ。

机の引き出しを開けると、高校時代模試の成績表がまだ残っていた。

一番上の成績表は、高校三年の十一月のものだった。

全国偏差値、七十六。

順位、全国八位。

その紙を長い時間見ていた。

そして思った。

この紙が、俺の人生で一番輝いていた瞬間の証拠なんだろうな。

三十年前の紙だ。

私はその紙を引き出しに戻した。

戻して、引き出しを閉じて、また酒を飲んだ。

涙は出なかった。

涙が出るような感情ではなかった。

もう少し乾いた、静かな何かだった。

母が亡くなって少し経った頃、私はMに偶然、駅で会った。

Mはすぐに私に気づいて「お前、変わらないな」と言った。

私はMに気づいていなかった。

Mは髪が薄くなり、少し太っていた。

スーツの肩のあたりがくたびれていた。

けれどMの表情は、駒場ときよりずっと穏やかだった。

私たち駅前の安い居酒屋に入った。

Mは結婚していた。

子供が二人いた。

の子中学生で、下の子小学生だと言った。

仕事は、私が風の噂で聞いていた通り、ある官庁にいた。

Mは私の近況を聞かなかった。

たぶん聞かないほうがいいと判断したのだろう。

代わりに、駒場の頃の話をいくつかした。

「お前、覚えてる? あの語学クラス和訳の輪。Kがやってたやつ」

「ああ」

「俺、あれに助けられたんだよ」

「助けられた?」

「うん。俺さ、地方から出てきて、最初お前と似たような感じだったじゃん。一人でやれば全部できる、みたいな。けどKがしつこく誘ってくれてさ。最初は俺も、うざいと思ってたんだよ。けど何回か行ってみたら、自分が見えてないところを他のやつが見えてたりするんだよな。それで俺、考え方を変えたんだ。一人で全部やる必要はないって」

私はハイボール一口飲んだ。

Mが続けた。

「あれが俺の人生の、たぶん一番大きな転換点だった。あそこでKに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。今の仕事、俺一人じゃ絶対できないからな。役所って根回しの世界から

私は頷いた。

Mが私をちらっと見た。

「お前は行かなかったよな、あの輪」

「うん」

「何で行かなかったんだ?」

しばらく答えられなかった。

それから、ようやく言った。

「行く必要がないと思っていた」

Mはそれ以上聞かなかった。

私たちはもう一杯ずつ飲んで別れた。

Mは終電で帰っていった。

最後に「また飲もうな」と言った。

私も「うん」と言った。

私たちはその後、一度も飲まなかった。

二人とも、それをわかっていたと思う。

家に帰る電車の中で、私はずっとMの言葉を考えていた。

Kに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。

Kは私のことも引っ張ろうとしていた。

「気が向いたら、声かけて」

「お前さ、たまには誰かに頼ってもいいんじゃない?」

「一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」

Kは私に何度も手を差し出していた。

私はその手を毎回振り払っていた。

Kを軽く見ていた。

軽く見ることで、自分プライドを守っていた。

そのプライドのために、人と一緒に何かをするということを、生涯、覚えそこねた。

電車の中で初めて認めた。

あいつは、ずっと間違えていたわけじゃなかった。

あいつは、正解を一人で出すことを最初から諦めていただけだった。

から、みんなで間違えたあと、みんなで直すことができた。

俺は、一度も間違えないために、一度も誰とも直せなかった。

これを四十五歳の電車の中で、ようやく言葉にできた。

涙はまた出なかった。

代わりに、車両のドアの上の広告文字が妙にはっきり見えた。

人生は、一度きり」

そんなことが書いてあった気がする。

正確には覚えていない。

四部 一年生の君へ

ここまで書いてきたことを、まとめる必要はないかもしれない。

ただ、もう一度だけ君に語りかけたい。

君がもし、私に少し似た人間なら聞いてほしい。

勉強がそれなりにできる。

一人でいることを苦にしない。

周りが少し幼く見える。

雑談時間無駄だと感じる。

「言い方」を装飾だと思っている。

人に頭を下げることを敗北だと感じている。

もしそうなら聞いてほしい。

その感覚は、君が地頭がいい証拠ではない。

君が、自分より上の人間にまだ会っていない証拠だ。

君が会っていないのは、君が悪いからではない。

たぶん環境のせいだ。

地方進学校

中堅校で一番頭がいい子。

学年で目立つ秀才

そういう環境にいると、自分の上が見えない。

自分天井が見えない。

から自分能力過大評価する。

過大評価しているという自覚も持てない。

これは君の責任ではない。

ただ、これからは君の責任だ。

なぜなら君は今、東京大阪や、その他の大学に出てきている。

そこには君と同じか、君より上の人間が必ずいる。

中学生ときからもっと厳しい競争経験してきた人間が必ずいる。

そういう人間に、君はこれから確実に出会う。

そのとき、どう振る舞うか。

それが君のこの先三十年を決める。

選択肢は大きく二つある。

一つは、その人間を軽く見ることだ。

あいつは要領がいいだけだ」

あいつは育ちがいいだけだ」

あいつは一人で考える力がない」

そう評価して、自分プライドを守ることだ。

これは簡単だ。

すぐにできる。

何の努力もいらない。

プライドが守られる。

気持ちがよい。

私が選んだのはこっちだ。

そして、その代償をこの四十七年間で払い続けている。

もう一つは、その人間に頭を下げることだ。

「すごいですね」

「教えてください」

「どうやってそんなに上手くやるんですか」

そう聞くことだ。

これは難しい。

プライドが傷つく。

気持ちが悪い。

自分が小さく感じられる。

けれど、こっちを選べる人間は二十年後、ほぼ確実に生き残る。

なぜなら、こっちを選んだ瞬間から、君の能力自分能力だけでなくなるからだ。

君は自分より上の人間能力を、少しずつ自分の中に取り込んでいけるようになる。

これは私が二十年かけて気づいたことだ。

人間が成長するのは、自分一人で勉強しているときではない。

自分より上の人間に、自分の間違いを笑いながら指摘されたときだ。

そしてもう一つ。

性格をよくしろ

これは道徳の話ではない。

君が長く生き延びるための技術の話だ。

性格をよくする」というのは、誰にでも愛想よくすることではない。

人と一緒にいるときに、その人が「君と一緒にいて楽だ」と感じるように自分の振る舞いを設計することだ。

これを十代後半のうちにやっておかないと、後からやり直すのが本当に難しい。

人間性格は、二十代の前半まではまだ柔らかい

二十代の後半から急速に固まる。

三十代に入ると、ほとんど固まる。

四十代になると、もう変わらない。

私は四十代の自分を見て、それを知った。

君は今、二十歳前後だ。

君の性格はまだ柔らかい

固まる前に修正してくれ。

修正方法は難しくない。

ただ、毎日こう言える人間になることだ。

「ごめん」

「教えて」

「ありがとう」

自分が間違っていた」

この四つを軽く、自然に言える人間が長く生き延びる。

この四つを重く、特別なこととして言わなければならない人間は、私のように誰とも何も直せなくなる。

この四つの言葉はみんな、同じことを言っている。

「私は完璧ではない」

「私は、あなたの助けが必要だ」

「私は、変われる」

それを認められる人間が、変われる人間だ。

ここで最後に、一つだけ付け加えたい。

私はこれまで、「人に合わせるな」「集団は誤答を選ぶ」「会議ノイズだ」「調整は知性の敗北だ」と思ってきた。

その認知は、地方進学校の中では半分は事実だった。

けれど社会に出てからは、別の事実があった。

集団はたしかに誤答を選ぶこともある。

けれど、その誤答を修正する力もまた集団の中にある。

一人の人間は、自分の誤答を自分ではなかなか直せない。

人間は、自分の見え方の中で考えるからだ。

自分の見え方の外側にある誤答には、自分一人では気づけない。

から誤答を直すには、自分の見え方の外側を持ってくる必要がある。

それを持ってきてくれるのが他人だ。

正確に言えば、他人と作る関係だ。

この関係若いうちに作っておかないと、君の認知は君一人の中で閉じる。

閉じた認知は、いずれ現実とずれる。

現実とずれた認知は、現実によって罰せられる。

その罰が、私の四十代だった。

君には、その罰を受けてほしくない。

この手紙を、ここで終える。

書きながら何度か、自分のことが嫌になった。

いや、本当のことを言えば、何度か自分のことをまだ正当化したくなった。

「あの会議で、俺は本当に正しかった」

「あの上司が、俺を理解できなかったんだ」

「Kは、俺ほど深くは考えていなかった」

そういう声が、今でも私の中で聞こえる。

たぶん、その声は死ぬまで消えない。

けれど私は、その声をもう信じない。

その声を信じてきた人間の末路が、私だからだ。

私は君に、私と同じになってほしくない。

私はもう、どこにも戻れない。

母も父も、もういない。

KともMとも、もう会わない。

私の若い頃のクラスメイトたちは、たぶんそれぞれの家庭で、それぞれの夕食を食べている。

私には夕食を一緒に食べる相手がいない。

これは自業自得だ。

誰のせいでもない。

けれど君は、まだ間に合う。

君はこれから出会人間に、頭を下げられる。

これから「ごめん」「教えて」「ありがとう」自分が間違っていた」を毎日言える。

これから人と一緒に間違えて、人と一緒に直せる。

それを君のうちに習慣にしてほしい。

二十歳の君の習慣は、四十歳の君の人格になる。

四十歳の君の人格は、君の人生のものになる。

二十歳の君が人に頭を下げることを覚えれば、四十歳の君は誰かに助けられる人間になる。

二十歳の君が自分の間違いを認めることを覚えれば、四十歳の君は間違える前に人に相談できる人間になる。

二十歳の君が雑談大事にすることを覚えれば、四十歳の君には夕食を一緒に食べる相手がいる。

これは綺麗事ではない。

私という見本が、空席のまま証明している技術の話だ。

最後に、もう一度だけ。

正しさは、人に届かなければ現実を変えない。

一人で正解を出せる人間より、人と一緒に間違えて直せる人間のほうが長く生き残る。

集団はたしかに誤答を生む。

けれど、誤答を直す力もまた集団の中にある。

その集団に、君が入っていけるかどうか。

それが君のこれからの三十年を決める。

私は入っていけなかった。

その理由をたくさん書いてきた。

けれど本当の理由は、たぶん一つだ。

私は怖かったのだ。

人と一緒にいて、自分特別ではなくなることが怖かった。

その怖さを、私は「孤独を選ぶ強さ」と自分に言い聞かせていた。

それは強さではなかった。

ただの臆病だった。

君が私と同じ怖さをもし持っているなら、その怖さに名前をつけてやってほしい。

「臆病」と。

名前をつければ、君はその怖さに対処できる。

名前をつけずに、それを「強さ」と呼び続ければ、君は私になる。

長くなった。

これで終わる。

君が今夜、誰かと夕食を食べられますように。

君が明日の授業で、誰かに「教えて」と言えますように。

君が来週、自分より少し上の誰かに頭を下げられますように。

君が来月、自分の間違いを笑って認められますように。

君が来年、誰かと一緒に何かを失敗できますように。

君が十年後、誰かと一緒にその失敗を直せていますように。

君が二十年後、私のように、見知らぬ若者へ誰にも頼まれない手紙を書く人間にならずにすみますように。

これは説教ではなく、

これは祈りだ。

四十七歳の、一人の失敗した人間から祈りだ。

どうか。

私のようには、ならないでくれ。

2026-05-07

長男警察通報して5時間後に警察が向かったら母親と13歳と10の子が死んでたってニュース朝見出しが視界に入っただけでげんなりしたんだけど、ちゃん記事読んだらさらにげんなり…なんて酷い…

 

血の通っていないあわれなAIbotにコメントされてさらにげんなり…

無能とかそういう話じゃないのよ…

優しさの欠片もない…顔文字使って冷笑するような話じゃない…

手当たり次第に不調和コメントを擦り付けるのやめてくれませんかね…

はあ…なんなのもう

2026-05-05

anond:20260505195646

そんなん人と家庭によるだろ

お前ら1ビット脳のチー牛はこれなら幸せ!これなら不幸!と決めつけるが、実際はもっと複雑だろ

子供が2人ともダメになった元農水事務次官長男殺害事件見ろよ

これでも子供がいたら幸せって言えるか?

田舎ではねー、昔は嫁だけ実家下女扱いで農作業家事介護(主に年寄りの下の世話)をさせ、長男坊は東京大学へ、なんなら就職東京で、子供だけ作って定年までそのまま(嫁だけ田舎で暮らす、それが長男の嫁!)なんていっぱいありましたよ。別に珍しくない。で、そんな男に都合のいい話、いま誰がそんなことをしたいか、してくれるのかって話ですよね。

ちなみに男も婿に行くパターンはそりゃありますが、ここまで虐げられることはない。男は将来の家の顔になりますから扱いが違うんです。それなりのところからもらってくる場合も多いので。

で、そういう家、自分のとこの娘はちゃん女学校に入れるんです。だって金はあるから。嫁はタダだからこき使うけどw嫁は嫁入りのときに親から貰ってきた着物を一生着る。喪服まで全部実家で揃えてもらって嫁入りするのが決まり。嫁に払う金はもったいない病気になったら放っておかれてそのまま死ぬのが当たり前、死んだら代わりの嫁をすぐにもらってくる。

そんで、そういうのがしたい、そうでないと困るから、嫁は下からもらえ、って普通に言われてました。だってこの生活モデル、嫁に学歴あったら成り立ちませんからね。嫁には学歴がないのが好都合。主に下働き使用人として使いたいんだから学なんかあっちゃダメなんですよ。

から先々は自分の娘息子たちにバカにされたりしてね。そういうの、祖母くらいの代で目の前でみてきました。以外と、そんなに昔の話じゃないですよ、まだその嫁の立場だったおばあさんたち、生きてます

ま、要約しますとふざけるなってことです。

2026-04-30

中山美穂さんの長男20億円の遺産相続放棄》「うちには関係ない話」と思ってはいけない 資産家だけの問題ではなくなった相続税、知っておきたい「使える強力な制度

https://news.yahoo.co.jp/articles/cbfbd82f83312c7539d3d28a8bb61d89924b9ac5

専業主婦(仮)してるんだけど

少し前は日中誰もいない家でダラダラすることに罪悪感があったんだけど、別にいかなと思うようになった。

今、子供が2人いてまだ育休中。外遊び大好き長男自我が出てきた次男毎日1人で見るのは不可能なので認可外の保育園に預けている。夫は、子供が目覚める頃に出勤して寝着いた頃に帰宅する生活

ワンオペはきつい時もあるけど、まぁ何とか回せてる。

夫の稼ぎで生活している身としては、仕事で疲れている夫に、食べ終わった皿を下げろとか、子供ちゃんと見てるとか、ねちねち言いたくない。

しかし、自分がせこせこ動いているときに、のんべんだらりとしている人を見るのはイラつく。

不自由ない生活をさせてくれてありがとう、と思った5分後に私が洗ったパンツ履いて偉そうに、と思ったりする。

本当にムカつく。

しかし、そこで取り繕えなくなるよりも(まぁ自分もダラダラしてるからな)と思って皿を洗って洗濯物をたたむ方が精神衛生上良いのではないかと思うようになった。

子供にとっても、夫にとっても。

私にとっても。

2026-04-28

[]ユダヤ教超正統派から学ぶ人口減少対策

まず、閉鎖的で規範意識が強く、女性負担を最大化することを「よしとする」コミュニティ人口プールとして活用すれば、移民に頼らなくても出生率を維持・向上させることは、可能と言えます

ユダヤ教超正統派(Haredi)がその好例であり、日本戦前戦後農村共同体特に東北九州伝統農村)も似た構造を持っていました。

共通するメカニズム

閉鎖性と規範の強さ:

外部の影響(個人自由キャリア優先、少子化文化)を遮断し、「大家族こそ正しい生き方」という規範内面化させる。

女性負担最大化の容認

出産育児労働(または家事労働)の二重・三重負担を「当然の役割」として美化・正当化する。Harediでは女性就業率が80%超でも大家族を維持しており、日本の旧農村でも「子だくさんで働き者」が美徳とされました。

教育メディアコントロール

世俗教育制限し、共同体内の価値観だけを伝えることで、子供選択肢を狭め、「抜けにくい」構造を作る。

結果としての高い出生率

Harediは現在6.2〜6.5人、日本戦前農村も平均4〜6人台が普通でした。

このモデルは、文化宗教共同体圧力レバレッジにして、選択の自由をある程度制限することで人口を維持する「低コスト・高効率」の人口プールと言えます

重大な代償

教育機会の格差

Harediの男子世俗教育が極端に不足するため、現代社会で自立しにくい。日本の旧農村でも、長男以外は教育機会が制限され、貧困連鎖が起きやすかった。

個人選択の自由喪失

まれながらに「この道しか選べない」状況に置かれる。脱コミュニティコスト家族絶縁、スキル不足、孤独)が極めて高く、「本当の選択」ではなく「強制された選択」に近い。

女性への過剰負担

出産労働の両立は「美徳」として称賛されますが、身体的・精神コストは非常に大きい。長期的に見て、女性健康問題価値観の変化(若い世代就労意欲上昇)が蓄積すると、モデル自体が揺らぎ始めます

社会全体へのコスト

Harediの場合兵役免除や低就業率がイスラエル全体の財政国防経済負担をかけています日本の旧農村も、都市化が進むと「人口流出高齢化」の問題を抱えました。

人間尊厳個人自律性・社会全体の公平性という観点で、大きな代償を伴います

結論

先進国の低出生率問題を考えるとき、このHaredi型モデルは一つの極端な解として参考になりますしかし、現実的先進国適用するのは困難です。なぜなら、現代価値観個人自由ジェンダー平等教育の機会均等)が強く根付いているからです。

2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-04-22

鬼滅にうんざり

鬼滅の最終回にウゲッとなる声が未だにあんまり聞こえてこないのが本当不思議

「子へ孫へ受け継がれる命!」みたいなやつ

最終回から何年も経ってるのにさ、未だに映画入ればそれなりに人入るんでしょ?

まじうげーーーー


出産バンザイ生命バンザイ家族バンザイ

っていまどき流行らないでしょ

というかハッキリ言って女性差別

さんざん我々を苦しめてきた保守的価値観家族観を真っ向から打ち出した鬼滅が

令和の時代子供から大人まで熱狂的に支持されていたのは恐怖だった


例えば蛇柱と恋柱は現代に転生して夫婦になってんだけど

最終巻で「子供が5人いる」とわざわざ加筆してあった

「多産」で愛情幸福度表現する価値観が古臭いというか昭和の亡霊そのもの

もちろん女キャラ名字になってる子孫は皆無

これを小学生がキャッキャ言って読んでるのが…ね…

多様性」の意味ー!


長男から我慢できたけど」と言って小さな家父長してた主人公まで人気キャラだったし

こういう刷り込みが将来どう影響してくるのか不安しょうがない


一番理解出来ないのは、こんな古臭い男尊女卑の構図を無視して持ち上げる糞オタ共

あんなのに一般人まで踊らされてマジ意味分からんかった

2026-04-21

ワイは負け組なのか勝ち組なのか判定してくれ

マイナス要素:30代低賃金クソ田舎実家暮らし本家長男友達0人女性経験なし童貞

プラス要素:士業資格もち、大卒、身内がプロ漫画家

anond:20260421111140

長男から、頑張れた。っていってるのは本人だけであって、

仮に長女だったとしたら、長女だから頑張れた。と言ってるはず。

なので問題ない。

2026-04-20

たむろしてる学生に「人生終わってんね」と言われた

スペック 39歳男、中卒、免許資格なし、正規職歴無し、母子家庭の末弟

虐待いじめ特になかったので、単純に俺の努力不足

ASDに気づかないまま学生時代を過ごし、統合失調症を併発

年齢なりにガタがきていて、非アルコール脂肪肝逆流性食道炎ぜんそくをしている

年収障害年金の72万円だけで、単身

生活保護相談したら「入れるのは貧困ビジネス的なタコ部屋(意訳)」と言われ、それならと貯金を使い果たし1Kのボロアパートに居を構えた

生活費病院代(自立支援医療で1割負担だが、それでも常に上限5千円)を払い、ずっと病気悪化しないように抑え込んでいる

見ての通り社会的価値もない、学もない。既往症ならある

ゴミ出しの時間が8時半から1分でも過ぎたら、8時より前に出したら大家からこっぴどく説教されるが、家賃を下げてもらってるので我慢している

バスを待っていたら、その辺でたむろしている学生グループからあいつヤバ」「あれ人生終わってんね」「やめなよ刺してきたらどうすんの」「ギャハハ」と言われたが、うつむいて反応しないことしかできなかった

家に帰ると隣に越してきた外国人がずっとビデオ通話していて、それが朝方まで続く

ASD由来の聴覚過敏が他人の声から来るストレスを増幅させるので、イヤホンを付けたまま布団の中に縮こまって夜が明けるのを待つしかない

求職もしていた、去年までハロワ就職サイトも使った

電車で通えるところ、アルバイトも含め書類選考250件、通過して面接4件、お祈り4件。それが現実である

近隣の倉庫工場求人募集を見ては電話をしたが、そちらは面接8件、お祈り8件

以前ネットで「中卒は人間扱いされない」と見た記憶がある。その通りだった

実際、俺みたいなのが職場に来ても嫌だろうなとは思う

作業所は「今は満員で…いつ空くかもわからなくて」という揃った返事をされた。事実上出禁であろう

高認は点数が足りなかった、免許は金がない

趣味も昔はいくつかあった

それらのコミュニティすべて鼻つまみ者になって、SNSにも居場所がない

なので、増田に身の丈を投稿しようと決意した

他人から見ても、自分から見ても、人生が終わっている

長男は、JTCの役職持ちになっていて、裕福ではないが第二子最近まれたんだと母に自慢していたらしい。俺は中学卒業と同時に絶縁されたが

あとのきょうだいからは、俺と関わりたくないと言われ、20年以上連絡してない

母は、俺の身を案じているが、距離が遠く具体的な支援はお互いにできていない

増田ホッテントリするのは、俺より人生うまくやってるやつばかりだが

俺みたいなどうしようもないやつも居るぜ と ここに残しておきたい

2026-04-17

からテレアポが掛かってきたら「まんこ」とだけ答えていた

会社(東証プライム)に来ていた保険営業からの名簿が漏れたのかもしれないが、一時期平日は1日に1.5回はセールス電話が来ることがあった。固定回線はどうも名簿が高く売れるらしい。嫌気が差して解約することにしたが、とにかくテレアポが多い。60代の親がいるから墓の案内とかやれ不動産だとか毎日掛かってくるが、途中から若い女から電話が掛かってきたらひたすら「おまんこ」とだけ答えていた。

この反応が面白い

👩「突然のお電話すいません、◯◯さんのお宅でいらっしゃいますか。初めてまして私は株式会社◯◯◯◯の●●と申します。失礼ですがお電話口の方は長男様でいらっしゃいますか」

🤡「まんこ

👩「え・・・はい・・・!?

🤡「まんこ

👩「え・・・(この人もしかしてまんこ』と言ってる??まさか・・・!?)、あの、お電話口の方は長男様でいらっしゃいますか?」

🤡「お ま ん こ」

👩「・・・・」


大抵はこんな反応。

👩「あ申し訳ありませんがお電話切らせて頂きます

🤡「最初から電話してくるなバカまんこ、◯ね」

なお、この後に4割ぐらいの確率で非通知で無言電話など悪戯電話がよく掛かってきた。女は陰湿だよな。

テレアポみたいに人に迷惑かけることでしか稼げないお前達は風俗嬢以下の社会底辺だ。

anond:20260417091649

AI による概要

マイク眞木:81歳、24歳の娘とテレビ出演 「“横乗り”だけはやめ ...マイク眞木さん(81歳)の長女・花(はんな)さんは24歳ですが、長男真木蔵人さんの娘(孫)と1歳しかわず子供(花さん)と孫が同じ保育園小学校に通うという複雑で驚きの家系事情が明らかになりました。3度目の結婚で57歳の時に生まれた花さんは、異母兄や兄たちがそれぞれ離婚再婚を繰り返す中で育ったそうです。

長女・花(はんな)さん: 2002年まれ24歳、外資系OLタレント二刀流

孫(長男・蔵人さんの娘): 花さんと1歳しか違わない。

関係性: 花さんと、長男・蔵人さんの娘(23歳、いずみさん)は、幼少期に同じ保育園小学校に通っていた。

背景: マイク眞木さんは3回の結婚経験し、長男・蔵人さんを含む多くの子供・孫がいる複雑な家系となっている。

マイク眞木さんと長女の花さんは2026年4月7日放送の「踊る!さんま御殿!!」で共演し、この特殊な家庭環境話題となりました。

2026-04-16

カタログスペックが低くても性格が良い男が報われるとガチで嬉しい

タイトルまま。

夫の古い友達で、夫と付き合い始めた頃からよく遊ぶ男性がいる。2年前くらいに、彼のマッチングアプリプロフィール作りを手伝った。

・30代前半

年収300万

高卒

身長165㎝で顔は中の下

なので、正直まずマッチングが厳しいかな〜という気持ちがありつつ、彼は本当に性格がいいので出会えたらとんとん拍子に行くんじゃないかという期待があった。

①まずとにかく穏やかで優しい。夫も怒ったところを見たことがないらしい。彼を舐めている人はいるが、彼を嫌っている人は一人もいない、そんな感じ。

②社交的。夫と彼のいる仲良しグループ中学から続く長い付き合いだが、彼が頻繁に遊びを企画し、きさくにメンバーを誘っているからこそ続いている。

③聞き上手。男女問わず相手の話に「すごい」と言える。プライドが高くなくて相手を喜ばせる反応が上手い。

長男気質。下に二人兄弟がいるせいか、「最後は俺がケツ持ちする」という気概がある。恋人に対しても「一緒に幸せになりたい」より「俺が幸せにしたい」と考えられる今どきレア人材

流石にマッチング時間はかかったが、半年くらいで彼女ができて、もうすぐ結婚するらしい。

マジで嬉しい。お天道様は見てたなって思う。

きっと彼女のこと幸せにするんだろうけど、あなた幸せになってくれ〜と本気で思える。

2026-04-15

Xで遺伝格差ガァ!人生格差ガァ!と言ってる人に

元農水事務次官長男殺害事件と告げたい

貧乏家庭から東大卒が出るように、出自が全てじゃないんやで

「母と娘と毒と」その他の作品の概略

https://anond.hatelabo.jp/20221023213723

このマンガの作者の作品は似たような内容で読み返したいときにどれかわからなくなるので内容の大雑把なまとめ

 

 

母と娘と毒と

主人公 成子 ラスト高校の寮に入り母親を捨てる

母親 最後は一人残される

父親 エヘエヘ 最後主人公に味方する

祖母 最後主人公に味方する

 

44歳処女の末路

「母と娘と毒と」のアナザーストーリー

主人公 田中良子 後の成子の母親 母親搾取されていたことに気づき妹も母親追従したところで顔の絵が変わる

ラスト自分母親にエヘエヘを押しつけ成子を一人で育てることにする

 

44歳処女の末路 番外編

主人公 田中良子

 

 

私はお母さんのお世話係

主人公 山田カオリ 叔母(父親の妹)には父親葬儀で初めて会う ラストは家の中で母親復讐

母親 自業自得の足の古傷をカオリのせいにしてカオリを縛り付ける

父親 奥手で40過ぎにお見合い結婚する。結婚してくれた恩で妻に強く言えない

 

私は主人公

「私はお母さんのお世話係」のアナザーストーリー

主人公 佐藤静子 後の山田カオリ母親 中学生男の子に声をかけたときその男の子母親よりおばさん お見合い相手の妹の義姉妹になりたくて結婚

 

 

ドミノ

主人公 小林冬花 母親人生搾取されかけるがラスト父親とともに母親を捨てる

母親 マンガ投稿しつづける ラスト主人公と夫に捨てられる

父親 高校教師 マンガ投稿を続けたのは自分発言のせいと知って責任を取って結婚

 

リーマー

ドミノ」のアナザーストーリー

主人公 佐々木美奈子 後の小林冬花の母親 中学生からマンガ投稿を続けている 同窓会で会った高校の時の教師がその続けてる理由責任を取って結婚

 

 

気持ち悪い親子

主人公 畠供子(はたけともこ) 高校中退し叔母が引っ越しから40歳まで外に出られなかった

母親 本家長男の世話係にいとこの中で唯一独身だったためあてがわれた 結婚の時に既に高齢

父親 本家長男 結婚の時に既に高齢

  

気持ち悪い親子 姉妹場合

気持ち悪い親子」のアナザーストーリー

主人公 畠安子 後の畠供子の母親 家事の他はテレビを見続けるだけの生活を続けいとこと結婚させられるまでの話 妹は自力家族から逃れる

2026-04-12

anond:20260412121038

よくわかんないけど波平遺産のうち不動産は同居しているサザエとふぐた家が相続して、残りの少ない金銭だけカツオワカメに渡すんだろうな。

カツオ長男なのに。

2026-04-11

anond:20260411083005

長男が生まれて姉長女がグレるまでがセット。

税務調査入りますように!

この間まで働いていた法人税務調査が入りますように!

無資格の跡取り長男が車3台もっていることが指摘されますように!

週に3日くらいしかフルタイムで働いてないのに、明らかに裕福な暮らしをしていて、労基も入りますように!!

2026-04-08

anond:20260408170957

あなたが妻じゃなくて第2のママなっちゃったんじゃない

産んだ覚えない長男じゃなくて夫が欲しいなら調停起こして離婚した方が良さそう

2026-04-07

フェミニスト奥さん結婚した兄が家から追い出された

普段から「女だけ毛を剃るのはおかしい」とか話題にあげちゃったり(こっちはお前に会うために髭とか剃ってんだよ……)、Twitterレスバして負かした!とか言っちゃったり

インスタとかに「私はこんなに平等大切にしてますストーリーあげちゃう、いわゆるファッションフェミだったんだけど、まぁ初めは好きにしとけって感じだったのね。


兄は結構尻に敷かれる系の彼氏で、主張あんまりしないタイプ

というか奥さん洗脳されてんのかな~って感じ。

2人ともフィットネストレーナーで知り合って、合計年収500万は行かないって感じのカツカツ夫婦(でも東京に住んでいる)。奥さんの方が収入は高かったかな。

父子家庭で、上昇志向と自立志向が高い。そこだけは尊敬していた。


うちの親はまぁ「理解のある両親」って感じで、フェミニストの思想も受け入れてたんだけど

実家に行った時は炊事洗濯は手伝わない

料理作らない、手伝わない、お茶くみしない、年末は帰らない

・そのくせ力仕事は男(俺と父親任せ)

・「男はしっかりしろ思想が透けて見える

DINKS宣言

などなど、まさに女の責任は果たさない癖に男には責任を負わせる不平等系。

不満が溜まってた。それでも「今の子はこんな感じなのね」と我慢してたんだけど。


いざ結婚となった時に、

フェミニストの奥さんが「自分の家の苗字にする」と言った。

別に珍しい名前でもない、中村みたいな文字

うちの家は昔からある割と由緒正しい苗字

まぁ伝統重んじる保守的家系でもあるから、そこだけはちょっとゴタゴタになった。長男でもあったからね。


結局相手苗字に籍を入れることになって、その苗字の話は終わった。

2年後に俺もお見合いして結婚し、しばらくは兄夫婦とも付き合いがあった。

問題はその1年後に親父に癌が発覚したこと

余命宣告された後に、兄夫婦、俺たち夫婦が集められて協議があった。


簡単にまとめると

「兄は最低限遺留分、あとは全て弟(俺たち)夫婦相続する」という話だった。

これには兄の奥さんも大激怒

差別だ」とか「女性を低く見ている」「苗字が移ったからだ」

かめちゃめちゃ言っていた。


ただ、親父の言っていたことは筋が通っていた。

ちゃんと年に1回帰っていたのは弟(俺たち)夫婦

・看病もたまにしてくれたのは弟(俺たち)夫婦

・家のこと(年末行事お茶くみなど)をしてくれたのは弟(俺たち)夫婦

そもそも苗字を入れた時点で、俺たちの家を相続する権利は無いとわかってたはずだ


裁判をする、という話もあったが立ち消えになった。

奥さんと兄はもう実家とはほぼ絶縁となり、関りも無くなった。

最後にあったのは親父の葬式だった。


昨今のフェミニストの言動とか見てると、確かにそうだよなぁ、って思う部分も多い。

でも女性権利大事大事にしても、義務が抜けてるよな、って思う部分もある。

苗字もどちらを公平に選べばいいと思うし、年末は帰らなくても良い。お茶くみも無理してしなくていい。

でもその選択をするってことは、その苗字を持っている家の財産放棄する覚悟必要だ。

年末は帰らなくても良いけど、その分相手方との関りが希薄になる覚悟必要だ。お茶くみをしなくても良いけど、その分肉体労働で助けてもらえると考えない方が良い。

逆に言えば男で玉の輿を狙うなら、苗字捨てる覚悟で行けよって思う。


今兄は奥さんあんまりうまくいってないらしい。

戻ってきたらいつでも迎い入れるつもりだ。

2026-04-02

「青葉真司の妹が自殺した」はデマだけど

農林水産事務次官長男の妹が自殺したのは事実なんだよな

2026-03-30

NISSAN あ・安部礼司 〜BEYOND THE AVERAGE〜』

TOKYO FM長寿番組NISSAN あ・安部礼司 〜BEYOND THE AVERAGE〜』。2006年に産声をあげたこ物語は、ごくごく普通サラリーマン安部礼司を主人公に、日本の「平均的」な日常20年にわたり描き続けてきました。

その軌跡を、大きな時代の流れとともに振り返ります

1. 始まりと「平均」へのこだわり(2006年〜)

2006年4月番組スタートしました。主人公安部礼司は、神保町の「大日本ジェネラル」に勤める、至って平凡な30代。物語のコンセプトは「平均的なサラリーマン日常」であり、昭和流行歌BGMに、仕事の悩みや恋模様をユーモアたっぷりに描きました。

当初は独身だった安部くんですが、同僚の倉橋優との不器用な恋がリスナーの心を掴みます。数々のすれ違いを経て、二人は日本武道館でのイベントや公開生放送を通じて絆を深め、ついに結婚。この「等身大幸せ」が、多くのサラリーマン希望となりました。

2. ライフステージの変化と「パパ」への道

結婚後、物語安部家の家庭生活へとシフトしていきます長男・永太、長女・蘭が誕生し、安部くんは「イクメン」の壁にぶつかりながらも成長していきました。

一方で、会社では後輩の飯野平太が「イマドキの新人類から頼れる中堅へと脱皮し、上司刈谷勇(安部くんの永遠のライバルであり親友)は、破天荒言動で常に物語をかき乱しました。彼らの掛け合いは、単なるコメディを超え、変わりゆく日本労働環境家族のあり方を映し出す鏡となっていきました。

3. デジタル化と「変わらないもの

2010年代後半から2020年代にかけて、物語は大きな転換期を迎えます働き方改革リモートワークの普及、そしてパンデミック大日本ジェネラルの面々も、時代の荒波に揉まれました。

しかし、どんなにテクノロジー進化し、働き方が変わっても、この番組が描き続けたのは「人と人との温度感」です。日曜日夕方黄昏時に流れる80's〜90'sのヒット曲とともに、失敗しても明日からまた頑張ろうと思える「普通」の尊さを伝え続けました。

4. 20年目の現在地

20年という月日は、安部くんを「平均的な30代」からベテランの50代」へと変えました。かつての若手社員は今や管理職の悩みを抱え、子供たちは成長し、社会は激変しました。

それでも、安部礼司は今も神保町で、少し情けなくて、でも最高に温かい日常を積み重ねています。この物語は、リスナー一人ひとりの人生と並走してきた「20年間の戦友」のような存在なのです。

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