はてなキーワード: 対方とは
職場にいる悪意のないおじさんの話をしたい。
おじさんは50手前、モテるタイプの風貌ではなく、子どもから大人まで誰が見ても「人の良さそうな明るいおじさん」と評するであろう容姿と性格である。同性にも異性にも気軽に話しかけ、冗談を言っては周りを和ませている。独身で、おそらく話を聞いた限りでは女性との交際歴もない。代わりにオタク寄りの趣味があり、休日はさまざまな現場に行っているようだ。
ここまで読んでくれた人は「ああ、無害な良いおじさんなんだな」と感じたと思う。私もそう思っていた。
おじさんはよくお土産のお菓子などをくれたので、私も時々お返しにカルディで売っているようなお菓子を渡したりしていた。そこに何の他意もなかった。
しかし、ある日のこと。おじさんはスマホを片手に「前に話してた店あるじゃん?俺顔馴染みだから今度連れてってあげるよ」と言ってきた。
その時私が考えたのは(プライベートでの誘いはわたし的にはちょっと一線越えてるな⋯⋯いやでも、おじさんはフレンドリーな人だから、性別に関わらず公私の境目があまりないのかも。私の自意識過剰かも。でもどっちにしても、職場の人と休日に会うの嫌だな〜)と言う事だった。そして、とりあえず無難にかわしておく事を考え、「あっ、いいですね、またそのうち〜」と答えた。
私の中では「そのうち」「いつか」「また今度」というのは、先延ばしにしてフェードアウトする体の良い断り文句であったし、同性同士や同年代同士のコミュニケーションではそれで通じてきたからであった。
しかし、おじさんは引かなかった。
「じゃ、じゃあさ、LINE教えてよ。行くとき連絡先知らないと困るじゃん?」
「えっ、じゃあ連絡取る時どうしてるの?」
「あ〜、SMSとか⋯⋯」
「それじゃあ俺の番号教えるよ」
「あ、でも今スマホないので」
「紙に書くから後でメッセージ送っておいてくれればいいから!」
おじさんはいつもより妙に顔を紅潮させており、異様に強引であった。
そして私はメモの切れ端に書いた電話番号を渡されたが、その後一切連絡をせずにいたところ、2日ほど後におじさんが「いつメッセージ送ってくれるの?」と話しかけてきた。
(うわ〜、来ちゃったなあ)と内心思いながら、私はchatGPTにかねてから相談していた通りの返答を返した。
「すいません、私実は持病があって、休日は休むようにしてるんです。連絡もすぐ返せなくて申し訳ないので、あまり人と連絡先交換しないようにしていて(大体事実)」
おじさんは本質的には好人物であるので、こう言うと「ああそうなの?」と、それ以上何かを要求してくることはなく、私はこれで二度と誘われる事はあるまいとほっと胸を撫で下ろしたのであった。
しかし、現実はそれでは終わらなかった。おじさんとはその後も普通の雑談などはしており、たまに服の模様などが被った時に昭和のセクハラおじさんみたいなノリで「お揃いじゃん」などと言われ、心の中でキモいボタンを押したりしていたのだが、そんなある日、たまたま帰宅中におじさんと偶然遭遇してしまったのである。
おじさんは自宅が反対方向なのにも関わらず、「駅まで送るよ」などと言い、こちらが「大丈夫です」と何度言っても引くことなく、結局駅までついてきて、私は内心げんなりしながら諦めて雑談に付き合った。
道中、おじさんは終始楽しそうであった。
途中、雨が降り始めたので私は傘を差したのだが、おじさんは傘がなく、1人で傘を差しているのも申し訳なく思って「傘に入りますか?(他意なし)」と声をかけたりもしたのだったが⋯⋯。
それから数日して軽く残業していると、おじさんが「帰りに駅前の居酒屋に行こうよ」と、以前のごとく頬を紅潮させながら話しかけてきた。
私は心の中のキモいボタンを連打しながら「私お酒飲まないんですよ〜、誰か別の人誘ってください」と笑顔で答えたのだが、おじさんには伝わらなかった。
「酒飲まなくても飯食えばいいじゃん。奢るからさ。あっ、あの店カード使えたかな?途中でコンビニで金下ろしてもいい?」
おじさんは「断わられる」という可能性を考えていなかったのか、どんどん自分の中で話を進めていく。危機感を覚えた私はさすがに焦り、「いや、行きませんって!(笑)」「行きませんよ!!」と何度も念押しをした。
すると、おじさんは「え〜、なんで?」「いいじゃん、行こうよ」と食い下がりつつ、「相合傘までしようとした仲じゃん」「あ〜あ、誰かさんと相合傘したいなあ〜」などと言い始めた。
この時点で、キモいボタン連打のカウントは一億を超えており、メガキモいランプが点灯を始めていた。
私は自分の仕事を努めて冷静に続けている振りをしながら、「雨降ってたら誰でも傘くらい入れますよ(笑)」と答え、おじさんはようやく、渋々その場を立ち去っていった。
おじさんの行動が度を越してきたのはその頃からだったかもしれない。
また別の日、帰宅中に再び偶然会った時、私が駅まで付いて来られるのを回避しようと「用があってお店に寄るので」と言ったりすると、「俺も一緒に行くから気にしなくていいよ」などと言いながら、結局駅まで付いて来た。以後、それが何度も続くようになった。
どんなに固辞しても「気にしないで」「遠慮しないで」と言われる。私は遠慮したり気遣いをしているわけではなく、「本当に嫌で迷惑だが、そう言うと角が立つのでやんわり伝えている」つもりであったのだが。
結局コンビニ、スーパー、ドラッグストアの入り口や、時には店内にまでおじさんは付いてきて、本当は買うものなどなかった私が会計を済ませるのをホクホク顔で待っているのであった。
そうして駅まで仕方なく同行していると、おじさんは「おっと、女の子を車道側歩かせる訳には行かないから場所代わって」などと言い出すようになった。私は力なく笑っていたが、何度目かに「そういうの本当に嫌なのでやめてもらっていいですか⋯⋯」と伝えたが、意図は伝わらなかったようだった。
もう本当にやめてほしくて、そろそろストレスで胃腸に変調を来たしていた。そんなある日、私の住んでいる地元でとあるイベントが開かれた。以前おじさんとその話をしたことがあるのだが、数日前になって、おじさんは「◯◯のイベント行くでしょ?俺は◯時頃行くから◯◯で会おうよ!待ってるからね!」と言い出した。
私は実際に休日はほぼ寝ているので、「多分行かないです」と答えていたのだが、おじさんの中ではすでに確定事項となっていたようで、前日にも「明日◯時ね!」と言ってきた。私は全く行くつもりはないまま、「行けたらですね〜。多分行かないですけど」などと答えていた。
当日、私は当然現地に行かなかった。そして週が明け、月曜日。会社でおじさんとばったり会うと、おじさんの様子がおかしい。普段ならテンション高めに挨拶を返してくるのに、怨みがましいような、怒っているような真顔で、無言のままじっと私の顔を見て、しばらく間を置いてから低い声で「お疲れ」とボソッと挨拶を返してきたのだ。
怒らせる心当たりと言えば、「イベントに行かなかった」ことだが⋯⋯⋯。一方的に「会おうね」と言われて行かなかった事が、おじさんにとっては「無断でドタキャンされた」という事になったのだろうか?
おじさんは私以外の社員とはいつも通りに話しているようだったが、その後も私とは目を合わせようとはしなかった。それは私にとっては迷惑でもあったが、セクハラまがいの絡み方をされずに済むのは好都合でもあり、特に関係を改善しようとも思わなかった。こうしておじさんから誘われる問題は自然解決した⋯⋯⋯⋯となれば、万事良かったのだが。
しばらくすると、おじさんは再び何事もなかったかのように話しかけてくるようになり、帰り道に偶然会うとかを通り越して、会社の前やエントランスで待ち構えているようになってしまった。
私はできるだけ同僚の女性と行動を共にするようにしていたのだが、それでも一緒に付いてくる。さらにはその女性の前で、「誰かさん(私)は冷たいからなあ」などと、妙な匂わせをするようになったのである。
キモいボタンは連打しすぎてすでに爆発し、私は死んだ目でこの世界が今すぐ終わることを願う「終わり」ボタンを押すようになっていた。
おじさんは会話の中で「月に一回は一緒に帰りたいんだよ」などとも言っていた。私の意思はどこにあるんだ????
先日は同僚の女性も一緒に、三人で仕事帰りに飲みに行こうと誘われた。「タダ飯だよ?」「1時間だけ飲んですぐ帰ればいいじゃん」と言うのに、「仕事終わったら1秒でも早く帰りたいので」と断り続けていたが、もはや押し問答のような状態になり、しまいには「1時間だけ寄り道するのも嫌なくらい居心地いい家なんだねえ?」などと言われる始末であった。
それに対し私が全てが面倒になり、「さっさと帰って全裸になりたいんで」と言い放つと(今思えば失言であった)、おじさんは水を得た魚のように、「えっ?何何?もう一回言って?」とセクハラの構えに入るのであった。もう思い出しながら書いていて疲れてきてしまった⋯⋯⋯。
おじさんの誘いは全て断っており、連絡先も教えておらず、セクハラ的発言にはストレートに「最悪」と言うことすらあるのだが、おじさんはそれらの全てを『じゃれ合い』の文脈に回収してしまっているようである。chatGPTに相談したところ、「拒否を拒否として受け取らず、交渉すれば通ると認知している」「距離を詰めることが目的になっているようですね」とも言われた。さすがchatGPTは芯を食った事を言う。
『じゃれ合い』と取られるのは、私が年下で、社歴も短く、また職場で評判が悪くなったり雰囲気が険悪になることを避けたいがために半笑いだったり冗談に紛れさせるような態度を取らざるを得ないことも原因なのかもしれない。(女性的なコミュニケーションの取り方と言えばそうでもあるのだろう)
何でもかんでもハラスメントにする面倒な人間と思われそうで、会社にも報告はしていない。しかし、もうそろそろ限界なので、来週また何かあればおじさんには『これ以上しつこくされるようなら職場の問題にするしかない』と伝えるつもりではある。
しかしそうしたらしたで、私は『善意で優しくしてやったのにセクハラで訴えようとした勘違い女』と言われたりするのだろうか⋯⋯とも思う。気が重い事である。
しかし、自分の行動の全てをおじさんへの好意と受け取られるような状態に、本当にノイローゼ気味になってきた。
最近一番キモかったのは髪がサラツヤストレートなのをホクホク顔で褒められた事である。このところおじさん以外にも職場で気が重い事が多いので、自分の気分、モチベを上げるために、トリートメントやアイロンに時間をかけて髪のコンディションを良くしていたのだが、それさえもおじさんにとっては「俺のために髪をサラサラにしてきたのかな?可愛い事をする奴め」と認知されているのかもしれない。本当に、本当に勘弁してほしい。私は自分のために身だしなみを整える事さえ許されないのか?????
おじさんには悪意はなく、その非モテ的認知、ジェンダー観もおじさん個人の責任というよりは社会的に作られたものであるのだろうが、私はおじさんのために存在しているわけではないのだ。
それを何よりもわかってほしい。それだけである。
Update:男性の比率はもはやフラットではありません。2024年以降のデータは、若い男性が右傾化していることを示しています。最近の調査はすべて同じ結果を示しています。若い男性は今、より積極的に保守的になっています。私の解釈では、女性が最初に捕らわれたのは、コンセンサス圧力を受けやすかったからです。その捕らわれの過程は急速に進みました(2007年から2020年)。男性は影響を受けにくく、捕らわれた制度にあまり根付いていなかったため、より長く抵抗しました。しかし、その格差が目に見えるようになり、文化的に顕著になり、「男性こそが問題だ」というメッセージが主流のメッセージとして明確に伝わり、嘘によって男性が社会から排除され始め、男らしさ、つまり男性を男たらしめるものそのものが有害になったため、男性は対抗し始めなければならなかった。
受動性は反抗へと変化しつつある。引きこもりは積極的な拒絶へと変化しつつある。これは、男性が今や「正しい」とか「自由」になったという意味ではない。単に、女性の合意ではなく男性の不満を汲み取るための最適化された別の仕組みに捕らわれているだけなのかもしれない。アンドリュー・テイト(注:Andrew Tate アメリカの右翼的・保守的な思想、特に「マノスフィア(Manosphere:男性至上主義的なネットコミュニティ)」やMAGA(Make America Great Again)運動の一部から支持を受ける、物議を醸しているインフルエンサー)はどこからともなく現れたわけではない。マノスフィアも同様だ。それらもまた補足システムであり、単に異なる心理的弱点を狙っているだけだ。
グラフは今や、反対方向に分岐する2本の線になっています。2つの異なる機械が、2つの異なる人口統計を2つの異なる故障モードへと引っ張っているのです。これは単なる教育の問題だと言う人もいるでしょう。女性は大学に進学することが多く、大学はリベラルな人間に育つ、それだけのことです。確かにその通りです。しかし、2007年以降、なぜ格差がこれほど急激に拡大したのか、またなぜ教育制度が大きく異なる国々でこのような現象が起きているのかは説明できません。
経済的な問題だと言う人もいるだろう。若い男性は苦境に立たされており、憤りは保守的になる。これも部分的には真実だ。しかし、男性の経済的な苦境は近年の右傾化以前から存在し、女性の左傾化は女性の経済的成功が高まっていた時期に起きた。男性ならテート、女性ならテイラー・スウィフトといった文化人の例を挙げる人もいるだろう。しかし、これらは原因ではなく症状だ。彼らはマシンーメカニズムが作り出したニッチを埋めたのだ。マシンーメカニズムを作ったわけではない。
多因果モデルの方がより適切である。生物学的基質(合意形成に対する感受性の違い)+技術的トリガー(スマートフォン、アルゴリズムフィード)+制度的増幅(大学支配、女性優位の分野)+経済的インセンティブ(結婚の崩壊、国家への依存)+イデオロギー的ロックイン(サンクコスト、離反に対する社会的処罰)。単一の原因はない。複数の原因が絡み合い、それがたまたま一方の性別に他方よりも早く、より強く影響を与えたシステムである。
Here's the update: the male line isn't flat anymore.
Post-2024 data shows young men shifting right. Recent surveys all show the same thing. Young men are now actively moving more conservative.
My read: women got captured first because they were more susceptible to consensus pressure. The capture was fast (2007-2020). Men resisted longer because they were less susceptible and less embedded in captured institutions. But as the gap became visible and culturally salient, as "men are the problem" became explicit mainstream messaging, as men started being excluded from society because of lies, as masculinity, or the very thing that makes men men became toxic, men had to start counter-aligning.
The passivity is converting into opposition. The withdrawal is becoming active rejection.
This doesn't mean men are now "correct" or "free". It might just mean they're being captured by a different machine, one optimized for male grievance instead of female consensus. Andrew Tate didn't emerge from nowhere. Neither did the manosphere. Those are capture systems too, just targeting different psychological vulnerabilities.
The graph is now two lines diverging in opposite directions. Two different machines pulling two different demographics toward two different failure modes.
Some people will say this is just education: women go to college more, college makes you liberal, simple as that. There's something to this. But it doesn't explain why the gap widened so sharply post-2007, or why it's happening in countries with very different education systems.
Some will say it's economic: young men are struggling, resentment makes you conservative. Also partially true. But male economic struggles predate the recent rightward shift, and the female leftward move happened during a period of rising female economic success.
Some will point to cultural figures: Tate for men, Taylor Swift for women. But these are symptoms, not causes. They filled niches the machines created. They didn't create the machines.
The multi-causal model fits better: biological substrate (differential sensitivity to consensus) + technological trigger (smartphones, algorithmic feeds) + institutional amplification (captured universities, female-dominated fields) + economic incentives (marriage collapse, state dependency) + ideological lock-in (sunk costs, social punishment for defection).
No single cause. A system of interlocking causes that happened to affect one gender faster and harder than the other.
車持たないで田舎で住んでるけど、この辺で唯一の映画館があるのが隣隣隣町のイオンで、見たい映画の上映時間が最後のバスより後なので縁がなかった。タクシーで帰ると片道7000えーん
自宅の町をA町、隣町をB市、一町挟んで隣隣隣町をイオン町、その隣の隣隣隣隣町をC市とすると
片道7000円というのはイオンからA町ではなくイオンからB市のタクシー代のことでした。すみません。
B市に最近新しくネカフェが出来たので「映画を観た後はそのBネカフェに泊まることにすれば(B→Aの道のりは考慮せず)イオン→Bの移動が成功すればよい⇨映画を見て最終バスで帰ることが可能か」と期待したけど最終バス自体が上映始まってすぐ頃で早かった。イオン町はネカフェも駅もない。イオンから最寄駅であるC市駅まではタクシー3000円台で行ける。上映終了後タクシー移動の時間を加味してもC→Bの電車には間に合うのでそのコースも考えたんだけど、そこまでして見たい映画なのか考え込んでしまいました。
【A町】(自宅 駅あるけど自宅からはB市とは反対方向に山超えて13キロ)
|
|
【B市】(駅ありネカフェあり)
|
| タクシー約7000円 イオン→B最終バスが増田のみたい映画の終了時間より早い
|
|
| タクシー約3000円
|
先日の出来事。
駅で介助が必要そうなの方がいた。
道に迷ってる風で他の人も何人か様子見してたけど誰も声をかけない。
「みどりの窓口に行きたい」
と言い出した。
みどりの窓口はおそらく反対方向の改札口に行けばあるが、数百メートル歩がないといけない。
仕方ないので、近くにみどりの窓口はないが駅員のいる改札を案内しようとしたら
「みどりの窓口がいい、改札は嫌だ、みどりの窓口に連れて行って」
と大声で叫び始めた。
いきなり大声で叫ばれて怖くなった。冷静に話しかけるがもうこちらの声は聞こえてるけど聴こえてないようだった。
対話が難しい様子なのでそっとその場を離れらことにした。
このことをたまに考えるけど、どうするのが正解だったのか分からない。
ただ、今後も人助けをするかと言われれば、難しくなったと感じている。
自分(あの件報告だけしとくか)「〇〇の件、〇〇な状況です」
上司 無言
自分(あれ?言葉が足りなかったかな?)「◯◯の可能性があるのでしれないのでどのように進めたらよろしいでしょうか?」
上司 無言
自分(自分で考えろってことなのかな?)「私としましてはA案かB案が考えられますが、ご意見ございますか?」
上司 無言
自分(どの案も気に食わないのかな?)「特にご意見なければA案でよろしいでしょうか?」
報告事項があるときいつもこんな感じ
泣くしかできない赤ちゃんじゃないんだからうんとかすんとか言えばいいのに
たとえばこないだの参院選で参政党とかいう詐欺師集団が議席を伸ばした件
それと今日、高市議員が党員票で圧倒的な支持を受けて初の女性自民党総裁として選ばれた件
こういう一つ一つの事象を見ていれば世論がどういう方向を向いてるのって分かるよね
にもかかわらず「この国に排外主義が蔓延している!市民はそんなことは望んでいないはずだ!」とか「俺が世論を正しい方向へと変えてみせる!」と言わんばかりに反対方向に突っ走って支持を失うの、見ていてマジでこいつ馬鹿なんじゃねえのとしか思えない
ある元議員(こないだの選挙で落選した人)が「もしかして、実は日本人の多くは外国人が増える事を望んでいないのでは…?」と深刻そうに呟いてて、いや今まで気づいてなかったんかい!と突っ込みを入れざるを得なかった
ワイが反対方向に揺れて打ち消してるやで
10時に髪を切りに行こうと思ったのに、家を出たのが10:40
1時間に1本のバスは使えなかったので新交通に乗車。めっちゃ人が多い。夏休み割増
ついたら並び1人でラッキー、と思ったら片割れの理容師がどこかに去って結局2人分待ち
5Fは東西直通通路がなく1F戻り、目的の建物で反対方向に行ってしまい往復
たどり着いたらそこそこ混んでた。
券売機では地域振興Payが使えず、やや混みの店内で口頭注文&QR読み取りで申し訳ない
素のラーメンを頼もうと思っていたが、詫びの月見ラーメンに変更。これが失敗。
クッサぁな豚骨ラーメンに生卵のクリーミーさが合わさると、嫌な臭さに変化。うーん。
時間が余ったので自転車で聖地巡礼をしようとしたら、道中の信号機がまさかの押しボタン式
炎天下で炙られる
聖地は今日は普通に展示会やってたので、サラリーマンが多かった
でも自分の乗った電車は、乗らなかった人も多かったので空いててよかった。
お書きください
物流も止まっているというのにさ。
忙しいわ。
いや忙しくなるかも知れないわ。
今日はなので
パパッと仕事を終わらせて
まずは体調を整えて~。
体調を整えてって言ってるけど、
休みだからって夜更かしして不健康なリズムの乱れた生活にならないように!って意味よ。
その時偶然見付けたショッピングモール!
今まで一番近いと思っていた車で行くショッピングモールが最も近い!って思っていたけど、
だからそこにも行ってみたいなぁって、
本屋さんもぶらつきたいわ。
まあなにしろ、
うふふ。
ションテン上げて仕事をこなしたいので、
最高ね!
夏はこれがスッキリしていいわね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
あれはたしか中2の頃。数十年前の青かった私の失敗。
■
小学校を卒業してから数年経ったころ、同窓会で小学校に集まった。私服だった小学校時代とは違い、当時の私たちはそれぞれの中学校の制服を着るようになっていたので、先生からの「せっかくだから制服姿で」との提案でみんな制服を着て集まった。地元の中学に進んだ同級生が多いなか、私は中学受験をして離れた場所の男子校に通っていた。だから近所の同級生と会う機会なんてほとんどなかったし、女子と話すなんてまるでなかった。さらに小学校時代は女子の事を面倒臭い連中だと思っていたし、きっと自分も女子にそう思われていただろう。母親以外の女性と話さない生活は、思春期の私をますます臆病にさせ、女性恐怖症のようになっていた。
会の内容はまったく覚えていない。誰と何を話したのか、どんなことをしたのかも思い出せない。きっと、地元の中学に通っている人たちは自然とグループになっていただろう。私はその輪に入ることができなかったのかもしれず、少し不貞腐れたような気持ちを抱きながら、同窓会が終わると足早に小学校を出た記憶だけが残っている。ただ、まっすぐ家には向かわなかった。喉が渇いていたので、小学校の門を出て家とは反対方向のスーパーに立ち寄った。飲み物を買い、ひと息ついてから家の方角へと歩き出し、再び小学校の前を通りかかった。
すると、門の前の歩道の手すりに、同級生の女の子が二人腰かけているのが見えた。
最初は何気なく視界に入っただけだった。きっと同窓会のあとに少し残っておしゃべりしていたのだろう。特に気に留めることもなく、そのまま歩き続けた。けれど、彼女たちはこちらを見ていた。そしてその視線に気付いた私は、からかわれるんじゃないかと内心身構えた。そう警戒しつつも私は彼女たちを気にするそぶりを見せずに通り過ぎようとした。するとその時、片方の子が声をかけてきた。
私は一瞬、言葉の意味がつかめなかった。たしかにその時は制服を着ていたし、想いを寄せる男子から卒業式に第二ボタンをもらう文化は頭にあった。けれど、それは「第二ボタン」であって「第一ボタン」ではなかった。さらに「ちょうだい」でもなく「ちょうだいって言ったらどうする?」という間接的な聞き方に、ますます意味が分からなかった。私はさらに警戒を強め、からかわれているんじゃないか、私の反応を見て笑いものにするんじゃないかと考えた。動揺と警戒心が混ざり合い、素直に受け取る、あるいは意図を聞き返す余裕なんて到底なかった。
「あげない」
それだけ言って私は彼女たちの前を通り過ぎ、足を止めることも振り返ることもせずそのまま家に向かって歩き続けた。むしろ、それ以上に絡まれず事なきを得たと安堵する気持ちすらあったかもしれない。
――あれはどういう意味だったんだろう?
その帰り道、私は自分の胸元にある第一ボタンの感触を手で確かめながら自分の言動を反芻していた。しばらく歩いて、思考が少し落ち着いた頃にふと思った。
――もしかしたら、あれは本当に、ボタンが欲しかったのではないか?
彼女がストレートに聞けなかっただけで、間接的な言い方で精一杯の気持ちを伝えようとしたのでは?私が疑った悪意ではなくむしろ好意だったのであれば、私はそれを突き返すような素っ気ない態度を取ってしまったことになる。冷たい返事をしたことの後悔が胸の奥にじわりと広がった。
その後、近所や犬の散歩中に、何度か彼女を見かけたことがあった。言葉は交わさなかったが、目が合えば軽く手を振ったり、会釈したりした。少なくとも、嫌っているわけではないという意思表示だけはできたように思う。それで私の冷たい返事が少しでも和らいでいたらと願う。最後に見かけたのは高校生の頃だった。以降、彼女の事は人伝でも聞いておらず、どこで何をしているのかまったく分からないのでこの話はそれっきりだ。
■
あれから数十年、今でもこうしてたまに思い出す。
そう考えると私や彼女たちの人生は少し違っていたのではないかと想像してしまう。今の人生を後悔しているわけではないが、あの瞬間に自分が取った態度は、明らかに誰かの気持ちを台無しにしてしまったと思う。後悔と、恥ずかしさと、そして申し訳なさとが、今になっても沁みてくる。
■
私は彼女たちがたまたま門の前にいたと思っていた。だが、それは偶然だったのだろうか?たまたま通りかかった同級生にあのような質問を投げかけるだろうか?もしかして彼女たちは私を待っていたのだろうか?私は誰よりも早く立ち去ったので、彼女たちは私が帰ったとは知らかった可能性はある。しかし待っていたとするなら、きっとこんな状況だろう。
彼女たちは会場内を探すが私はいない。もう帰ったかもしれない、でもまだどこかにいるのかもしれない。諦めるか待つか考えた末、二人は待つ方に賭けた。そして待っている間も、もう帰ったかも、でもまだ中にいるかも、と不安を抱えていた。実際、彼女たちの不安は的中しており、私は帰った後だった。しかし偶然私は寄り道してしかもそれが逆方向だった。その巡り合わせで、待っていることを知らない私が、帰ったことを知らない彼女たちの前に、逆方向から現れた。
きっと彼女たちは驚いただろう。そして驚きつつも勇気を出してあの質問を私に投げてくれたのではないだろうか。私からの目線では、突然意外な質問を受けて動揺してそっけない返事をした、それだけの出来事だった。でもそれは小さいけれど私の人生での数少ないドラマの一つだった。でももし私の推測が正しいなら私なんかより彼女たちの方がよっぽど大きなドラマだったはず。そこまで考えるとますますその勇気を受け取らなかったことが深く悔やまれる。彼女たちになんと申し訳ないことをしてしまったんだと。
■
ただ、この推測には疑問が2つ残る。
ひとつは、小学生時代に彼女から明確な好意を感じた記憶がなかったこと。
卒業前の2年間、同じクラスだったのに、彼女が私を特別扱いしたこともなければ、私自身も彼女を意識したことがなかった。女子の感情はそんなに隠し続けられるものなのだろうか?あるいは当時の私には気づけなかっただけなのか?
もうひとつは、なぜ第二ボタンではなく、第一ボタンだったのか。
第二ボタンは、心に一番近いボタンとして意味を持つ。だからこそ、好意を示す相手に「ちょうだい」と言うのが一般的だ。それをあえて第一ボタンとしたのは、どういう意図だったのだろう?第二ボタンが欲しいほどの好意ではないという意思表示だったのだろうか。
それなりに仲の良かった男子を見かける度に、思い出として片っ端からボタンをもらっていたかもしれない。でも本命じゃないから第一ボタン。そう考えても筋が通る。
■
これを書きながら、私はふともう一つの可能性も考えるようになった。
――話しかけてきた女の子本人ではなく、もう一人の子がボタンを欲しかったのではないか?
実際に話しかけた子は、「どうする?」と、仮定の話として尋ねてきた。それはまるで、私の反応を見てから次の行動に移すような探りの言葉だ。もしかしたら、隣にいたもう一人の女の子がボタンを欲しかったのかもしれない。本人が断られたときのショックを和らげるために、友達が代わりに感触を確かめた。逆に期待を上回って私が第一ボタンを渡したとしても、隣の子には第二ボタンが残る──そんな作戦だったのではないか。さすがに想像し過ぎだろうか。
■
今さらどれだけ考えても推測は推測でしかない。彼女たちに会うこともないだろうし、会っても聞けるわけもないし、聞いても本心を言ってくれないかもしれないし、そもそも私の事すら覚えていないかもしれない。ただ少なくとも私は、あの時の誰かのささやかな勇気を受け取れず台無しにしてしまった気がする。彼女たちにはもう届かないけれど、今も思い出しては彼女たちの事を気にかけている、それが私なりの返事のつづきなのかもしれない。
ただ、私の冷たい返事が彼女たちにとってどれほどの重さだったのかが気がかりだ。たまたま通りかかった私に話しかけたのか?それともわざわざ待ってくれていたのか?そして本当に待っていたのはどちらだったのか?そもそも質問の真意は何だったんだろうか?
■
皆さんはどう思われますか?
AV女優だからといってプライベートで公共サービスが受けられなかったり選挙権がなくなったり親族が虐められても甘んじて受け入れなくてはならないとするならばそれは差別だけど、その職業がハイリスクであることを理解して選んだ上で生じる不都合から逃げるんじゃないよと思う。
特にここではゾーニングとブランディングの面に絞って話そうと思う。
(確かに結婚可能年齢は18歳以上だから奇跡的に成年向けゾーニングはされているとも言えるが、そうではない)
任天堂のプチプチおみせっちに「AVやさん」がないことを差別だとのたまう人はいない。たとえプチプチおみせっちがR18だとしても、それをする意味はない。任天堂のたまごっちのゲームの顧客には子供が多く含まれるからだ。
同様に、プチプチおみせっちの広告にAV女優が起用されなくてもそれを差別だと言う人もいない。
今回ウエディングドレスの広告にAV女優が起用された(正確には積極的な起用ではなく、RTでの好意的な反応という半受動的な形ではあるが)のは、マクドナルドの広告にヴィーガンが起用されたのと同じくらい、まずは変だ。
ただしこのように気安く例え話を使うと話がこじれる。別にマックがヴィーガンを起用したっていい。ここではきちんと、性産業者だったから批判されているという部分に目を向けないといけない。
私(一般会社員24歳女性)が着たドレスという触れ込みと北川k子が着たドレスという触れ込みなら後者の方が当然売れる。それがブランディングであり広告であり有名人を起用する意味だ。
消費者は北川k子を知っており、北川k子に憧れており、北川k子が着たドレスなら着たい・そのようになりたい・近付きたいという理想を持って商品を選択する。そこには北川k子の優れた容姿の他にも、女優としての功績や、メディアに露出した性格や、和やかな夫婦像への憧れもあるだろう。
もちろん北川k子のことが嫌いな人はその商品を選択しないだろう。(特にウエディングドレスという一生に基本的に一度、多くても数度しか選択する機会がない特別な意味を持つもので、かつ必要不可欠ではない商品である場合は、機能性やコストよりも嗜好性が優先されるからだ)
ではAV女優はどうか。
性産業は忌避されるべきではないという意見はあるが、世間の常識は残念ながらそうなっていない。
性の話をオープンにしていこう!という風潮はあるが、実際のところはどうだ?現代の価値観はまだそこまで来ていない。そもそも彼らのいう「そこ」は本当に目指すべき地点なのだろうか?
男性も女性もトップレスで胸部を露出しながら歩き、出会い頭に最後にいつセックスしたかを聞き合い、子供にアダルトビデオに出ることは恥ずかしくないと教育することが理想的な状態なのだろうか?青藍島?
仮定の話はさておき、現在の日本では基本的に「不特定多数と性行為を行いその様子を全世界に放映することは良くない」という価値観が圧倒的多数を占めている。
多数決により少数派の意見が封殺されるべきではないという意見もあるが、それは欺瞞だ。
圧倒的多数の意見とは、常識ということだ。それは社会を円滑に回すために落ち着いた形であることが多い。時にはそれらを打ち砕くべきときもあるが、打ち砕く力に対して反対方向の圧力がかかることは当然ある。これが今の状態だ。これは差別ではなく社会を在るべき姿に留めるための抵抗だ。しかし、もしお前たちが勝ったら、3上悠亜が表紙を飾る教科書に差別という言葉とともに載るだろう。
全ての人に対して寛容な世界は、他者を加害する人にも等しく寛容であると、結果的に不寛容になってしまう。
それを防ぐために、不寛容な行動に対しては寛容であるべきではないというパラドックスだ。
寛容を守るためには、その社会秩序を壊しかねないものに対してはNOを突きつけなくてはならない。
もっと極端な例で言うと「人を殺したい」と言う人の主張を尊重してはいけないのだ。
もちろん性産業は法律違反ではない(これに関してはギリ違法だろ、お風呂屋とか三店方式と同じで突き詰めたらギリギリアウトなことをやっていてだから補助金も受けられなかったんだろ、とは思いますが……ここでは殺人に比べてってことね、いや比べて違法ではないってなんだよ、違法は0/100だろがよ)し、
それが完全になくなったときに社会に起きるリスクの方がデカい(これもこれでどうなんだよ、別に性行為がなくても死ぬわけじゃないしAVがなくても絵でシコるなり夢精するなりができて言わば必需品ではなく嗜好品なのにそれを抑えられずなんでも、本当になんでもやる一部の犯罪者のせいでなんか社会に必要な役割みたいになってるのなんなんだよ、自制できない獣を国全体で守ってる、なぜなら獣は弱者を食い社会システムをも摩耗させるから……いや人間だろしっかりしろ、まあこれに似たシステムは麻薬と煙草の関係でもありますから仕方ないんですよね、私が国でもそーする)ので、
この例(もう誰も指示語の先を覚えていない)は不適切なのですが。
ただ、好きでもない人と子作りのためでもないのに毎時人を変えて入浴し股を開く商売や、口や女性器に男性器を突っ込まれて喘ぐ様子を撮影し全世界に公開する商売を日のもとに晒し、キラキラしたものでコーティングして憧れと承認を得ようとする行為は秩序ある社会にとってリスクが高いと言えよう。
元は反社会勢力の銭稼ぎだったし、詐欺や人権侵害と密接に結びつき、大衆が真似した場合に怪我や感染症や望まぬ妊娠などが蔓延り社会を混乱に陥れる行為を広めんなって話なんだよな。
話は戻るが、AV女優には憧れない女性が多い。数えていないが断言していい。とても多い。もしこれに不満があるなら実家に帰ってお母さんに真顔で聞いてみるといいと思います。上司とかにも。
老人や無職もいると思うので具体的な根拠を述べると、「全世界の人にあたしの裸と喘ぎ声を見せつけたいわ〜〜〜ん♡」という女性がかなりレアであることは少し考えたらわかるだろう。
それが多数派ならとっくにPS曲線は均衡を保ち、金銭売買は発生せず、そもそもAV女優という職業が高給職として成り立っていない。あとアイコラが名誉毀損になってないしインスタではAV風フィルターが流行っているはずだ。
その上で、ウエディングというものは殊更に特殊だ。男女が互いに純潔を誓い、一生の伴侶として添い遂げることを誓い合う。(これに対する家父長制やキモさへの批判は本筋から逸れるためここでは一旦置いておくとして)
最早婚前交渉の禁止などほとんど誰も守っていないとしても、離婚率が上昇していても、どれだけ建前が崩れかけていたとしても、それでも、それでも建前はあるのだ。
結婚式とは夢と魔法。純白のドレスとタキシードでバージンロードを歩き両親の前で誓いのファーストキスを行うロマンの儀式なのだ。
ある意味、性風俗とは対極の方針で運営している遊園地だ。つまり顧客層と宣伝方法の相性が致命的に悪かった。
別にAV女優がAV女優であるために行っている努力を否定しているわけではない。美貌やプロポーションの維持、体力、魅せ方、体調管理、批判への対応など、サラリーマンよりも大変な面はあるだろう。
これは女優だけでなく男優や裏方、業界全体に関してもそうで、中には真面目にやっていない人もいるかもしれないが、プライドを持って人一倍努力をしている人もいる。
それは、それこそどんな職業でも変わらないことだ。
それにAV女優全員が騙されの被害者ではなく、自ら信念を持ってその道を目指した人や、お金のためと割り切ってこなした人、狡猾に自己のキャリアの踏み台として利用した人もいるだろう。
ただ、それでも、「性を売るということは大きなひとつのリスクである」という社会通念は、私は、変わってほしくないと思う。
小学生女子の将来の夢ランキング1位に「AV女優」が並び、親が子にそれを勧め、アイドルと並んでテレビに出演し、街頭広告に貼られた美人の名前を検索したらその人が全裸で媚びた性行為をしている画像がメディア欄に並んでいる。
そんな世界を本当に望んでいるのは誰なのか。私はそんな社会で子供を育てたくないし、私も育ちたくない。
必要なのは棲み分けだ。アブノーマルであるという自覚だ。裸は大切な人にだけ見せるもの、性行為は子供をつくるために行う行為でリスクを理解した上で行うもの、性産業は日陰で行うもの。
その上でこれが差別だと言うのなら差別主義者で構わない。全く、最近はこんな当たり前のこともわからないメクラの白痴が多くてやんなっちゃう。何言っても聞き分けないしツンボか??キチガイみたいなことばっか言って女が腐ったようなルンペン野郎だな。承認欲求の乞食かて(笑)犯罪起こす前にびっこ引いて国に帰れよ。
先月 anond:20250221195632 に新型車両はインバーターが静かだから好きだみたいなことを書いたけど、きょう遭遇したのはインバーターがうるさかった。反対方面だったから乗らなかったけど。
しかもこの車両に遭遇したのが地下駅 (田園都市線の用賀駅) でそのうえ東急5000系 (田園都市線の爆音車両 / こっちに乗った) との同時到着だったからなおさらうるさかった。改札階からでもはっきり音が聞こえたし。
今後これにおきかわるのであれば鉄道ファンではない自分にとっては反対の立場をとりたい。うるさすぎるから。
ちなみに無線式のヘッドホンはつけているだけで (再生なしで) ノイズキャンセリングがきくものもあるのだが、自分にとってはあわなかった (ノイズキャンセリングがないやつだったが無線式特有なのかサーというごく小さいノイズがきこえた) ので1日でやめた。だからなおさら静かな車両のほうがいいのだが...。
どうでもいいが、ここ最近は東武の車両ばっかりにあたっていたからひさしぶりに東急の車両にあたった。東武は総合的に静か (自動放送も静か) なのだが、地下だとなにも聞こえないうえ路線図が表示される液晶ディスプレイもないため地理によわい自分にとってはほんとうにこの電車であっているのか不安になることがよくあるからそれはそれで...。生まれてから寝過ごしたことがあったのも東武の車両だけだった。
あと、大井町線の爆音車両は上の記事を書いてからわずか1週間後 (2月28日) のニュースリリースで夏から順次駆逐されることが発表された。なのに...。
俺を担当してるクソCWが「ここは政令指定都市で鉄道、バスの公共交通機関が整ってるから車はいらない。通勤や日常生活のためだけに車を持つことを認められない」とのたまっていた。
しかし、一昨日の夕方にそいつが区役所から出て駅から反対方向に行くからこっそりついて行ってやったら、そいつ役所の近くの月極駐車場に停めてる車で帰りやがった。
そんで昨日、朝に役所の前で開くの待ってたらそいつの車が役所の前を通り過ぎるのが見えて、駐車場の方から通勤してきやがった。
俺が所持を認めてもらいたいのは軽自動車。
自動車税やら車検代やら考えたらどう考えたってそいつのプリウスのほうが維持費高い。
なんで20以上も歳が離れて、自分は駅から近い役所に車で来てるクソガキに「車の保有は認められない」とか言われなきゃいけないんだ。
てめえ言ったよな。
じゃあなんでてめえは車で来てる?
あれは嘘だったのか?
やべえなこれ。
お前は懲戒免職だな。
呑気に一足早く連休か?
休み明け楽しみにしてろ。
最近やっと分かったんだよ、ガンダムのモビルスーツが宇宙空間であんなに素早く向きを変えられる理由。これ、実は「ねこひねり問題」っていう物理の問題に関係してて最初は全然ピンと来なかったんだけどやっと理解できて今ちょっと感動してる。
そもそも論てして、増田諸君はねこひねり問題って知ってるよね?
一応簡単に説明すると、落下中の猫が急に体をひねって向きを変えるとき、そのひねりがどうして起こるのかという問題のこと。あの猫の向きがガラッと変わる瞬間、実は猫は自分の体をひねることで、その反作用で体全体が回転しているんだ。これが「ねこひねり」のメカニズム。
で、ガンダムのモビルスーツの方向転換とどう関係するかってことなんだけど、実はこれもまさに「ねこひねり問題」の応用だと言える。
モビルスーツが宇宙空間であんなに素早く向きを変える理由って、スラスターからの推進力だけではない。重要なのは、スラスターから出たガスがモビルスーツに反作用を与えて、その反作用が回転を生むという点。
宇宙空間では摩擦がないからモビルスーツは一度動き始めると、基本的には止まらない。
でもモビルスーツが急に方向を変えるためには、ある力を加えてあげないといけない。その力って、スラスターから出る推進力の反作用によって生まれる「トルク」、つまり回転力なんだ。これが「ねこひねり問題」と直接つながっている部分。
簡単に言うと、モビルスーツが急に向きを変えるのはスラスターから出たガスがモビルスーツの反対方向に押し出され、その反作用でモビルスーツが回転するからなんだよ。この反作用をうまく使って、モビルスーツは体の向きを急激に変えることができる。これってまさに「ねこひねり」のメカニズムと同じで、猫が空中で体をひねることで反作用で回転するのと、モビルスーツがスラスターの反作用で回転するのは基本的に同じ原理だってこと。
具体的には、モビルスーツのスラスターは全方向に設置されていて、進行方向に加えて、回転するための力を生み出せるようになってる。たとえば、モビルスーツが急にひねるように向きを変えるとき、スラスターを横向きに使うことで、モビルスーツ本体がその反対方向に回転する力を受けるんだ。これを「トルク」と呼ぶんだけど、トルクが強ければ強いほど、モビルスーツは瞬時に向きを変えることができる。これが「ねこひねり」の仕組みそのもの。
だから、ガンダムのような巨大なロボットが瞬時に方向転換できるのは、この「反作用」と「トルク」を駆使しているからなんだよ。もちろん、実際のモビルスーツでは、スラスターの位置や出力を調整することで、かなり精密に回転の速さや向きの変更をコントロールしているんだろうけど、基本的な原理としては、猫が空中で体をひねるときの原理がガンダムにも当てはまるんだ。
つまりモビルスーツが宇宙で素早く向きを変えられるのは、まさに「ねこひねり問題」と同じ原理が働いているから。ねこの動きの応用。これがモビルスーツの驚異的な機動力の秘密なんだ。
ちょっと自分語りをすると幼少期から「どうしてあんな大きな機体が宇宙空間であんなにスムーズに方向転換できるんだ?」ってずっと疑問に思ってたんだ。でも最近のねこひねり問題を知ってその原理を理解したことでガンダムの動きが物理的にどう成り立っているのかが分かってようやく腑に落ちたんだ。
だから今はすげぇー爽やかな気分でいる!!
それでは、車を3台に増やして、時速200キロを超えられるか考えてください。
54 秒 の間、推論済み
文章は、車Aが東向き、車Bが西向きにそれぞれ時速100キロで移動し、車Aから見ると車Bの速度が200キロとなるシナリオを説明している。
車の動きと速度差の分析
車Aが東向き、車Bが西向き、車Cが北向きにそれぞれ時速100キロで移動していると、車Cから車Aと車Bの速度差は約223.6キロとなる。
車Aの速度ベクトルが(100, 0)、車Bの速度ベクトルが(-100, 0)、車Cの速度ベクトルが(0, 100)と定義し、車Cから車Aの速度差をベクトル和で測る方法を探る。
速度の違いを測る
車Cから車Aへの速度差ベクトルの大きさは約141.4キロで、200キロには到達しない。他の車との相対速度も同様に軽減されている。
車の動きを見つめる
車Cから車Aへの相対速度の大きさは約141.4キロで、車Aから車Bへの相対速度は200キロとなる。他の参照枠での動きを観察中。
車A、車B、車Cを100キロで移動させると、三角形の120度の角度から見た時、車Bは173.2キロの速度に。これでは200キロを超えないかもね。
車の位置を見直す
車Bが車Aから180度反対方向に移動すると、速度差が200キロに達しますが、120度の位置では速度差が173.2キロとなり、200キロに届かない。
速度差の限界を見つける
各車の最大速度が100キロだと、対向しているときの速度差は200キロに達するけれど、ベクトルの和で200キロを超えるのは無理だね。
速度差の限界を見極める
各車の最大速度が100キロ刻みで増加し、対向している場合の速度差は200キロに達する。これ以上の速度差は、特殊相対性理論を導入しない限り達成できない。
新たな視点で考える
車Aと車Bを原点で100キロで移動させると、車Cからは200キロの速度差が見えるが、速度差の計算方法はそれと関係ない。
速度の発見を追求
車Aと車Bが持ち上げている物の速度差を探ろうとしているんだけど、200キロを超える方法を見つけられない。回転参考系を使うことが喚起されているかもしれない。
特別相対性理論を生かして、速度が200キロを超える方法を模索中。エラステティックロープで車Bを車Aが引っ張ると、視点によっては更なる速度増加が得られるかもしれない。これが面白いね。
速度の挑戦を見極める
ロープが切れて車Bが加速し、視点によっては車Aから見て瞬間的に200キロを超えることができるかもしれないが、物理的に疑わしいし安定した速度ではない。
ホイールの外縁が瞬間的に200キロを超える線速度を持つことを想定している。これは非常に奇抜なアイデアだが、興味深い。
考える方向
車Aが半径一定の円を描きながら回転していると、車BやCが外側のアームにつながれていると、外縁の速度が100キロ以上になる場面が見えますね。
速度の見せ方を探る
回転システムの外縁速度を見せかけることで、実際の速度とは異なる瞬間的な200キロを超える印象を与えている。
背景の動きを速くして200キロの速度に見せかける。実際の速度とは異なる見相のみが強調されている。
三台の車が異なる方向から「Y」の字を描いて接近し、速度ベクトルの和が200キロを超えるかもしれないと言っている。
三台の車が「Y」の字を描いて接近し、速度ベクトルの和が200キロを超えるかもしれないと議論している。
車Aが車Bと車Cの相対速度を200キロと見ているが、実際にはその視点による解釈であることを理解している。
新たな角度の検討
車2台が反対方向に走りながら、3台目の車はそれらの間に位置している。これで、全体の速度が200キロを超える斜めの速度を達成する状況を考えている。
新しい高等教育法の導入と教員評価の変更で若者の関心が高まる。ポップなキャッチフレーズ「学べば楽しい、進めば幸せ」を使って、未来の学びの楽しさを盛り上げている。
3台目の車を1台目の上に置き、100キロで加速させることで、地面の変位速度を200キロにする方法を検討している。次に、逆方向に進めば300キロになる。
虚構の速度を超えて
車をトラックの荷台に載せ、100 km/hで走らせると、地面から見て200 km/hに見えるかもしれない。でも、本当の摩擦や強制力を無視しているんだよね。
積み重ねと速度の妄想
車2台を積んで100 km/hで走らせると、地面から見て200 km/hに見える。さらに車3台目を積むと、地面から見て300 km/hになる。
1台目を時速100キロで走らせ、その上に2台目を載せてまた時速100キロを出していると「地上からは200キロ」と言い張れます。さらに3台目をその上に載せて同じ理屈で時速100キロを足せば「合計300キロ」にもなり、時速200キロを超えたと言えます。
表題そのままの内容なんだけどさ。
ほんの10年ほど前なら、スマホブラウザの画面下に出てくるバナー広告がうざいとか、縦に長いスマホに変えたら広告も縦に長くなったとか、そういうのがいわゆる「鬱陶しい広告」だった。
今は違う。
スマホのブラウザに表示される広告は、操作をハックして邪魔してくる。
広告の上に指を置いてしまうと、スワイプしてもタップ扱いになって画面遷移してしまう。
ブラウザバックして元の画面に戻すと、同じ位置に同じ広告があるから同じことが起こるリスクがある。
一応これには対症療法があって、画面下にあるバナー広告にはこのタイプがないから、バナーを起点にしてスワイプすればよい。
いや、よかった。
そして、上下にスワイプすると広告が画面外へ出ないように反対方向へスクロールさせてくる。
フリックして高速スクロールさせると、ユーザーの操作と広告の操作の板挟みになって画面が上下にブルブル震える。
何度か繰り返すと開放してくれてスクロールできるようになることもあるが、開放してくれないこともある。
すると一度画面を切り替えるしかなく、ページをリロードすることになる。
当然同じ広告が同じ場所に表示されるから、さっきよりも先まで進めるかは運次第だ。
また、当然のようにこれらの広告は組み合わさって襲ってくる。
ブラウザの画面が全部広告になったなんて、おそらく誰もが経験していると思う。
その広告がスワイプの起点にしただけで画面遷移するタイプで、しかもスクロールを妨害してくるタイプだったりすると、もはや詰みである。
PCなら幾分ましと思っていたが、そうとも言えなくなっている。
最近流行りのPC用ブラウザ向け広告は、ブラウザを勝手に操作してくる。
その広告が仕込まれているウェブページを開くと、マウスポインターがブラウザの外に移動したことを検知して全画面広告を表示する。
最近は広告を閉じずにページをリロードしてもブラウザバックするようになった。
元のページに戻ると、当然同じ広告が仕込まれているから同じトラップが発動する可能性がある。
ご丁寧なことに、そのページに履歴がない(新しいタブで開いた場合など)と、その広告は閉じられない。
ブラウザバックすると、直前に見ていたページではなく広告ページが表示されるというものだ。
こちらは新しいタブでページを開くと、広告が発動した時点でブラウザバックができるようになる。
注意して見ていると、グレーアウトしたブラウザバックのボタンがアクティブに変化する瞬間を見られるらしい。
これらを組み合わせたケースにはまだ遭遇していないが、時間の問題だろう。
もはやウイルスじゃないのか、これ。