■ あれから10数年ちょうどJリーグが開幕した年に当たる1993年のJFLを圧倒的な強さで制したベルマーレ平塚は、Jリーグに昇格した翌1994年シーズンでリーグの台風の目となった。
右サイドバックにDF名良橋晃、左サイドバックにDF岩本輝雄を配置。Jリーグ史上でも屈指の優良助っ人であるMFベッチーニョを中心とした超攻撃的なサッカーは観る者を魅了した。左サイドを駆け上がったDF岩本の裏から、右サイドにいるはずのDF名良橋がオーバーラップしてクロスを上げたというシーンが1つの語り草である。1995年には韮崎高校からMF中田英寿が加入。この年は、天皇杯王者として参加したアジア・カップウイナーズカップを制して、アジア王者に輝く。この時期がベルマーレの黄金時代であった。
しかしながら、1998年夏にMF中田英寿がイタリアのペルージャに移籍。親会社の経営不振もあって、その後も主力選手の流出が相次いで、1999年にはJ2への降格が決定。それ以来、10シーズンもの間、二部リーグでシーズンを送って来た。しかしながら、この2009年、11年ぶりのJ1復帰の大チャンスを迎えている。
#1 スタジアムへの道のり
長かった2009年のJ2リーグ戦も48試合が経過し、3試合を残すのみとなった。48節で東京ヴェルディに引き分けて3位に浮上した湘南ベルマーレは、残り3試合で悲願の昇格を目指す戦いの真っ只中。目下の敵は4位に付けるヴァンフォーレ甲府。同じ勝ち点「91」で並んでいて、得失点差で湘南がわずかに「1」だけリードしている状態である。
この日、最大のライバルであるヴァンフォーレのホームスタジアムである小瀬競技場に乗り込んだベルマーレ。地元の湘南からは10台のバスが決戦の地である甲府に向かったという。
#2 スタジアム周辺
■ 最後のイスをかけて・・・J1昇格の最後のイスを争う両チーム。
3位の湘南ベルマーレは27勝11敗10分けで勝ち点「91」で得失点差「+31」。一方、4位の甲府は26勝9敗13分けで勝ち点「91」で得失点差「+30」。わずかに得失点差「1」の差である。3位の湘南は、前節、ホームの平塚競技場で東京ヴェルディと対戦。ロスタイムにFW阿部吉朗のヘディングシュートで追いついて2対2のドロー。アビスパ福岡に1対2で敗れた甲府を抜いて3位に浮上した。
小瀬競技場は約17,000人収容のスタジアムであるが、決戦10日前の11月11日にチケットのソールドアウトが発表されている。そのスタジアムは、ホームのヴァンフォーレの青いサポーターで埋まるのかと思われたが、意外や意外、スタジアム周辺には湘南のサポーターも目立つ。鮮やかな黄緑色のユニフォームは遠くからでもよく目立つ。
この試合を終えると、残りは3試合のみとなる。この直接対決で勝利したチームは、限りなくJ1に近づくことが出来る大一番である。
#3 スタジアム前
■ 注目のスターティングメンバーDFダニエルとDF山本英臣が出場停止だった甲府に対して、アウェーの湘南は出場停止となる選手もなく、スタメンは現時点でベストといえるメンバー。
システムは<4-1-2-3>。GK野澤。DF臼井、ジャーン、村松、島村。MF田村、寺川、坂本。FWアジエル、田原、中村。MF田村が1ボランチで中盤の底に入る。怪我から回復したFWアジエルが2試合連続のスタメン出場。DF村松は東アジア選手権のU-20日本代表に選ばれている。
ベンチ入りのメンバーは、FW阿部、FWリンコン、MF永田、DF阪田、GK植村の5人。前節のロスタイムに劇的な同点ゴールを挙げたFW阿部がスーパーサブで控える。U-18代表で遠征帰りのMF菊池はベンチ外となった。
#4 試合開始前②
■ 昇格に大きく前進大一番は、前半から激しい展開になった。
まず、開始早々に甲府のFW金信泳が決定的なシュートを放つが、湘南のGK野澤が素晴らしい反応を見せてストップ。その直後に、今度は湘南がFW田原のパスから決定的なチャンスを迎えるが、FWアジエルのシュートはポストにはじかれる。
互いに1回ずつの決定機を逃した後、前半6分に湘南が再度、カウンターでチャンスを作る。またしてもFW田原が中央で起点になって、左サイドの裏のスペースを走るFW中村へスルーパス。このパスをFW中村が難しい体勢になりながらも、左足で決めて湘南が先制する。FW中村は今シーズン14ゴール目。さらに、混乱する甲府を尻目に、前半10分に湘南は右サイドを崩して、最後はFWアジエルのパスから中に切れ込んだDF臼井が右足のグラウンダーで決めて2対0とリードを広げる。
2点ビハインドとなって攻めるしかなくなった甲府は、前半25分に右サイドに流れたFWマラニョンのパスから中央でボールを受けたFW金信泳がGKとDFのタイミングを外してから見事な右足のシュートを決めて反撃開始。前半は2対1の湘南リードで終了。
後半はホームの甲府が流れをつかむ。DF吉田が左サイドから積極的に仕掛けてチャンスメークし攻撃に厚みを加える。そして、後半17分に相手のクリアボールを拾ってからの二次攻撃で、MF大西が突破からDF島村のファールを誘って下村PKを獲得。プレッシャーのかかるPKをFWマラニョンが冷静に決めてついに甲府が2対2の同点に追い付く。FWマラニョンは今シーズン19ゴール目。
2対2となった後は、ホームの甲府が勢いを増して逆転の3点目のゴールに限りなく近づいたが、湘南はGK野澤が奮起。安定したキャッチングと間違いのない判断でゴールを許さない。すると、GK野澤の活躍に導かれるように、試合終了間際は湘南のペースになる。
ロスタイムは5分。そのロスタイムが3分ほど経過していた後半48分にドラマが訪れる。右サイドの少し距離のある位置から湘南がフリーキックのチャンスを獲得。FWアジエルが中央に入れたハイボールに対して甲府のGK阿部が飛び出して処理を試みるが、やや目測を誤ってボールに触れることが出来ない。そのボールをDF島村がヘディングシュート。これはクロスバーにはじかれるが、跳ね返りをゴール前で待っていたMF坂本が落ち着いたトラップから左足でシュート。
これが決勝点となって湘南が3対2で劇的な勝利。湘南は甲府との勝ち点差は「3」に広げて、次節にも11年ぶりのJ1復帰が決定することになった。
#5 ベルマーレのサポーター
■ 奇跡のロスタイム後半17分に2対2に追いつかれてから、何度もピンチを迎えた湘南であったが、今シーズン、何度と見せている驚異的な粘りのディフェンスで3点目を許さず。そして、これも今シーズンの湘南でよく見られた劇的なロスタイム弾。今シーズン、湘南がロスタイムで挙げた9点目のゴールとなり、もっとも価値のあるゴールとなった。
立ち上がりはホームの勢いに任せて甲府が攻め込んだが、前半2分のFW金信泳の決定的なシュートを防いだGK野澤のセービングが大きかった。その後、FW中村がカウンターからワンチャンスをものにして先制ゴールをゲット。その流れに乗って、DF臼井のゴールで追加点。最高の形で2点を奪った。
これで2対0となったが、どう考えても攻め込んでくるホームチームを相手に残り80分間の猛攻を耐える、というのはしんどい作業である。後半17分に嫌な形でPKを取られて追いつかれたが、チームリーダーのMF坂本が最後に劇的なゴール。2000年にジュビロ磐田から湘南ベルマーレに移籍してきたMF坂本は今シーズン9年目。チームが最も苦しい時期を主力として支えてきた大功労者。その彼がロスタイムに値千金のゴールを決めるというのは、本当にドラマチックである。
#6 勝利のダンス
■ J1に大きく近づく坂本のゴール2対2となってからの時間帯は「死闘」としか表現できない激しい攻防となった。FWマラニョンが決めるのか、FWアジエルが決めるのか、FW金信泳が決めるのか、DFジャーンが決めるのか、MF藤田が決めるのか、FW田原が決めるのか、いったい誰がこの試合を決定付けるのだろうか?という展開になったが、決めたのはMF坂本の左足だった。
これは出来過ぎたストーリという他ない。本人は、「たまたま、ボールがこぼれてきた。」と語っていた。確かに、たまたまではあるが、たまたまではないように思う。時々、スポーツの世界ではこういうことが起こるから不思議である。
このゴールで湘南はJ1昇格にリーチをかけた。次節はホームの平塚競技場でザスパ草津と対戦する。草津は10位。ホームとはいえ、簡単な相手ではないことは明らかである。せっかく、ここまで来たのだから、全身全霊で試合に臨んでほしいところ。もう、サポーターもドラマチックな試合はいらないだろう。前半から確実にリードを奪って、落ち着いた試合をみせたい。
#7 ベルマーレのサポーター席
■ GK野澤の存在感この試合のヒーローの1人はGK野澤。今シーズン、アルビレックス新潟から移籍してきて守護神となったGK野澤はこの試合でも躍動した。もともと、このポジションにはGKキム・ヨンギがいて、過去2年連続でフルタイム出場。J2でも屈指のゴールキーパーであり、移籍してきたGK野澤に食い込む余地はないかと思われたが、GKキム・ヨンギがシーズン前に負傷。この隙にGK野澤ががっちりとポジションを確保した。
いうまでもなく、GK野澤はアルビレックス新潟時代に反町監督と一緒に闘ってきた戦友である。MF寺川も含めて、アルビレックス時代の教え子を引っ張って来たのは本当にチーム力アップにつながるのか?と思われたが、2人ともチームに欠かせない存在になっている。
実力的にはGKキム・ヨンギでも問題はなかったとは思うが、GK野澤という選手は何かを持っている選手であり、華のあるゴールキーパーである。「GKなのでそういうアクロバティックなプレーはいらない。」という人もいるだろうが、観ていても非常に面白い選手である。新潟時代から人気があるのは理解できる。
■ 右サイドバックの臼井幸平決勝ゴールのMF坂本、スーパーセーブを見せたGK野澤とともに、勝利の立役者を挙げるとすると、右サイドバックのDF臼井。追加点となる2点目のゴールをマークし、さらには右サイドで数々の起点になった。
彼は2008年にモンテディオ山形から湘南ベルマーレに復帰してきた加入2年目の選手であるが、もともと、ベルマーレの下部組織育ちの選手。J1だった1998年と1999年はベルマーレ平塚のメンバーとしてリーグ戦に出場している古株の選手である。もっとも昇格への思いが強いはずの選手の1人で、ここ一番で見事に輝いた。
#8 フェアプレー宣言
■ ベルマーレのサッカーFWアジエルが3トップの右に入ることが多くなって、湘南の中盤は、MF寺川、MF坂本、MF田村の3人でほぼ固定された。何もなければこの3人が常にスタメンで登場し、黙々と仕事をした。3人共に派手さはなく、目立つ選手ではないが、確実な仕事を見せた。
彼ら3人はベルマーレの象徴であると思う。今のベルマーレにスター選手はいない。あえて言うと、MFアジエルくらいであるが、MFアジエルにしてもJ1のチームのサポーターにも、よく知られた選手というわけではない。
スター選手のいないチームは華麗なサッカーを見せるわけでもない。48節終了時点のデータを見ると、パス本数は17位、ドリブル数は13位、クロス数は18位、シュート本数は13位と軒並み低調な数字。とてもJ2で昇格争いをするチームのスタッツとは思えない。
ただ、現実には、彼らは昇格争いをしている。スタッツには現れない何かを持っている。
#9 ベルマーレサポーター
■ 昇格まであと一歩この試合の観衆は16,844人。17000人収容の小瀬スタジアムは超満員となった。だいたい、スタンドの8割程度が埋まったとしても、簡単には身動きが取れないような状態になるが、満員になると、もう自由は効かなくなる。不便な面も出てくるが、ただ満員のスタジアムからは、何か特別な効果が生まれるような気がする。
16,844人の内訳は、ほとんどがヴァンフォーレのサポーターであったが、ベルマーレのサポーターも熱さでは負けていなかった。ベルマーレのサポーターに対して、これまで「熱狂的」というイメージは無かったが、その認識が大きく変わった。
MF坂本紘司の決勝ゴールが決まった瞬間の「甲府サポーターの悲鳴」と、「湘南サポーターの歓喜」のコントラストはずっと忘れないだろう。素晴らしい雰囲気の中で、みんなの夢をかけて闘った素晴らしい試合だった。
実は、2対2になったとき、非常に複雑な思いになった。結果的にはMF坂本紘司のゴールでアウェーのベルマーレが歓喜する結果となって、ホームのヴァンフォーレが沈黙することになったが、「熱い声援を背に闘うホームのヴァンフォーレ甲府に勝って欲しい」とも思ったし、「11年ぶりの昇格を目指す湘南ベルマーレに対しても勝って新しい未来を築いてほしい」とも思った。それくらい両チームが死力を尽くしたグレードゲームだった。
#10 キックオフ直前
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