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小栗虫太郎『白蟻』(現代教養文庫)
収録作は「完全犯罪」「白蟻」「海峡天地会」の三作だが、小栗虫太郎に関する日影丈吉や横溝正史のエッセイ、長田順行の暗号論なども収録されていてなかなか充実の一冊。
小栗虫太郎のまとまった作品集を読むのはかれこれ二十年ぶりだが(まあ、アンソロジーなどではいくつか読んでいたが)、相変わらず読みにくさは天下一品。以前に比べたらこちらの読解力も上がっているはずだし、それほど苦労しないだろうと思ったのだが、全然そんなことはない。恥ずかしい話、状況を把握するだけでも厳しいときもあるほどだ。強烈な衒学と独特の文体というのがその大きな要因だろうが、小栗虫太郎ならではの特殊な世界観というものがそれに拍車をかけている。
そんな中で「完全犯罪」は一応本格探偵小説の体を成し、比較的理解しやすい作品。しかし、舞台設定や犯罪の動機、トリックなどを知ると、「そんな馬鹿な」と叫びたい気もちらほら。とはいえ、そもそもそれが小栗虫太郎の味だし、個人的には決して嫌いではない。この著者ならではのワンダーランドで、トリックだの動機だのの合理性や常識を求める方が野暮なのだ。
「白蟻」は落盤事故で助かった夫が別人ではないかと疑う妻の話。これだけだとシンプルな心理サスペンスかと思うところだが、読みにくさは「完全犯罪」の比ではなく、途中で何度同じページを読み直したことか。
だが一人語りによる不気味なトーン、異様な迫力に満ちた畳みかけは小栗ワールドの真骨頂である。
「海峡天地会」はマレーの秘境を舞台にした秘密結社ものかと思いきや、途中から一気に探偵小説っぽくなってしまうところが小栗虫太郎である。本作は当時の軍部を批判した作品として知られているが、リアルにこの作品を捉えた当時の風潮もある意味凄いものがあると思う。
結局、探偵小説の衣は着ているが、やはり小栗虫太郎の小説は本来のエンターテインメントとは異なる道を求めているようにしか思えない。哲学というか、ある種の真理というか。そしてその真理を求める道は、我々の常識が通じない世界で構築されているため、読み手もまた大変な努力を強いられる。それを理解しないかぎり小栗虫太郎の作品を本当に味わったとは言えないのだろう。
でもわからないなりにこのワンダーランドは中毒性も高いのである。
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Comments
今日、文学好きの知人と交わした会話。
知「小栗虫太郎って面白いんですか?」
私「ええ、面白いですよ」
知「『黒死館殺人事件』って本を読みたいんですけど、どういう小説なんです?」
私「すごい小説です。ええ……ムチャクチャな小説……というより、すさまじい小説……ある意味いっちゃった小説……ううう、とにかく一読したら忘れられない小説……読めばわかるんですけどね。とにかくすごいんですから」
知「はあ」
「黒死館殺人事件」の面白さとすごさが伝わったかどうかはなはだ疑問。
ちなみに今読める本としては創元推理文庫の「小栗虫太郎集」をおすすめしておきました。ほかになにか「黒死館」が入っている本あったっけ。
Posted at 17:33 on 04 05, 2010 by ポール・ブリッツ
『黒死館』は誰にとっても鬼門ではないでしょうか(笑)。
私も学生の頃に一度だけ読んでいますが、とても読み込んだといえるものではありません。
この『白蟻』を読んでいた時期は、確か虫太郎を集中して読んでいた頃だったと思うのですが、もちろんその先には『黒死館』がそびえ立っていました。結局、短編集だけでお腹がいっぱいになり、『黒死館』まではたどり着きませんでしたが。
じっちゃんさんには、ぜひ『黒死館』を攻略していただき、感想など読ませていただきたいものです。
私はもうちょっと、後にします(爆)
Posted at 12:47 on 11 06, 2007 by sugata
>ポール・ブリッツさん
小栗虫太郎の話ができる知人がいらっしゃるだけで羨ましいです。ただ、小栗デビューで『黒死館~』はやはり無謀な気が……(苦笑)。
いま読める『黒死館~』というと、ポケミス版が数年前に復刊されませんでしたっけ? あとは現代教養文庫版なら古本屋でまだお目にかかりますが、他にはあったかな?
Posted at 01:13 on 04 06, 2010 by sugata