Posted in 10 2023
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ロス・トーマス『愚者の街(下)』(新潮文庫)
ロス・トーマスの『愚者の街』読了。『暗殺のジャムセッション』以来、ほぼ十年ぶりの新刊にたっぷりと酔いしれた。
こんな話。諜報員として香港を中心に活動するルシファー・C・ダイ。その地で長年の実績を積んできたダイだったが、ある時、任務中のトラブルに見舞われてしまい、組織を首になった上、三ヶ月の監獄暮らしを送る羽目になる。出所したダイは何の当てもなく、とりあえず手切金同然の退職金でホテルにチェックインするが、そこへ実業家を名乗るヴィクター・オーカットが、美人の秘書、強面の男を引き連れて訪ねてきた。
都市問題の専門家でもある彼らは、メキシコ湾に面する小都市スワンカートンを、腐らせてほしいと依頼するのだが…………。
▲ロス・トーマス『愚者の街(下)』(新潮文庫)【amazon】
久しぶりのロス・トーマスはやはりいい。何がいいと言って、とにかくキャラクター造形の面白さ、そして会話の妙である。
ストーリーはけっこう殺伐としている場合が多いけれど、ロス・トーマスは決して重厚な感じにはしない。かといってコミカルなクライム・コメディとももちろん違うわけで、ベースはシリアスながら、会話にそこはかとないユーモアや味わいを忍ばせてくる。この匙加減が絶妙なのだ。
たとえば、裏稼業をくぐり抜けてきた悪党たちが、腹の探り合いをしつつ、言葉によって激しく鍔迫り合いを見せるシーンがいくつもある。相手の手の内を知りつつブラフをかけ、時には余裕をかまし、いざとなれば勝負に出る。ただ、表面的にはあくまで実業家同士の打ち合わせのように穏やかで、激しく渦巻く感情はなかなか露わにはしない。だが時には、会話の中にそういった感情が溢れることがあり、思わずニヤッとするセリフがあったりする。そのユーモアは決してわかりやすいものではなく、主人公と同様に状況をを理解しつつ、まさに彼らの気持ちにならなければわからないものだったりするのだけれど、だからこそ会話が面白く、いつまでも読んでいたくなるのである。
本作はストーリーも上手い。「街をひとつ腐らせる」というのは、ハメットの『赤い収穫』を連想させるが、本作の元諜報員ダイも、基本的にはけっこう似たような手段をとる。数々の下準備がどのような形で結実するのか、何よりダイが最終的に何を目指していたのかが気になって、非常に引き込まれる。
また、構成は現在進行形の事件と並行し、ダイの子供時代などが断片的に挿入されて、いいアクセントになっている。過去と現在が同時進行される作品にはすっかり食傷気味なのだが、こういう仕掛けなしの、人間を掘り下げるための構成なら決して否定するものではない。
犯罪小説であり、ハードボイルドであり、冒険小説、スパイ小説、悪漢小説など、さまざまなジャンルを横断する渋めのエンターテインメント、これはおすすめである。
こんな話。諜報員として香港を中心に活動するルシファー・C・ダイ。その地で長年の実績を積んできたダイだったが、ある時、任務中のトラブルに見舞われてしまい、組織を首になった上、三ヶ月の監獄暮らしを送る羽目になる。出所したダイは何の当てもなく、とりあえず手切金同然の退職金でホテルにチェックインするが、そこへ実業家を名乗るヴィクター・オーカットが、美人の秘書、強面の男を引き連れて訪ねてきた。
都市問題の専門家でもある彼らは、メキシコ湾に面する小都市スワンカートンを、腐らせてほしいと依頼するのだが…………。
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久しぶりのロス・トーマスはやはりいい。何がいいと言って、とにかくキャラクター造形の面白さ、そして会話の妙である。
ストーリーはけっこう殺伐としている場合が多いけれど、ロス・トーマスは決して重厚な感じにはしない。かといってコミカルなクライム・コメディとももちろん違うわけで、ベースはシリアスながら、会話にそこはかとないユーモアや味わいを忍ばせてくる。この匙加減が絶妙なのだ。
たとえば、裏稼業をくぐり抜けてきた悪党たちが、腹の探り合いをしつつ、言葉によって激しく鍔迫り合いを見せるシーンがいくつもある。相手の手の内を知りつつブラフをかけ、時には余裕をかまし、いざとなれば勝負に出る。ただ、表面的にはあくまで実業家同士の打ち合わせのように穏やかで、激しく渦巻く感情はなかなか露わにはしない。だが時には、会話の中にそういった感情が溢れることがあり、思わずニヤッとするセリフがあったりする。そのユーモアは決してわかりやすいものではなく、主人公と同様に状況をを理解しつつ、まさに彼らの気持ちにならなければわからないものだったりするのだけれど、だからこそ会話が面白く、いつまでも読んでいたくなるのである。
本作はストーリーも上手い。「街をひとつ腐らせる」というのは、ハメットの『赤い収穫』を連想させるが、本作の元諜報員ダイも、基本的にはけっこう似たような手段をとる。数々の下準備がどのような形で結実するのか、何よりダイが最終的に何を目指していたのかが気になって、非常に引き込まれる。
また、構成は現在進行形の事件と並行し、ダイの子供時代などが断片的に挿入されて、いいアクセントになっている。過去と現在が同時進行される作品にはすっかり食傷気味なのだが、こういう仕掛けなしの、人間を掘り下げるための構成なら決して否定するものではない。
犯罪小説であり、ハードボイルドであり、冒険小説、スパイ小説、悪漢小説など、さまざまなジャンルを横断する渋めのエンターテインメント、これはおすすめである。