「紀貫之」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 紀貫之とは

2026-04-23

平安時代から女のフリして日記書いた男がいる、という話

昨今の「日本女性クリエイターがいなかった」との誤解にまつわる話で、「紀貫之平安時代土佐日記を書いたじゃん」って話が出てくるけど、そこで「当時の仮名漢字より格下扱いだったのを、どう解釈してるのか」という趣旨ブコメがあったので個人的な所感を書きます。なお、自分別に国文専門家というわけではなく、単なる古典オタク増田です。

まず、かなが「格下」という話ですが、漢字公式ものであり外に出す文書に使われるもの思想を記すもの 、かなは非公式ものであり内々のもので心情を記すものです。前者は男の領域で、後者は女の領域ですね。当時の社会構造において、男がやることと女がやることは明確に区別をされておりました。これは現代では差別と言われることですが、当時は必然的な分業です。格上か格下かでいうと、公が格上で私は格下、それはそうですね。

ただ、「格」という概念には上下はあるものの、格上こそ価値が高く、格下は価値が低いかというと必ずしもそうではない。和服世界の格もそれに近いものがあって、ユースドで5000円で買った留袖と、50万円の作家ものの紬とでは、価値が高いのは後者ですが、前者のほうが格上です。格が求められるシーンにはどんなに高価でも格下は着ていけないし、格上だからといっていつでも着られるということはない。格上でないといけないシーンもあり、格下でないといけないシーンもあるわけです。格下が女と紐付けられていることは必ずしも差別とは言い切れない、そういう要素もあるかと思いますさらにいうと、当時は男女差別以上に出自での差別が厳然としてあったわけですしね。

さて、紀貫之ですが、紀氏という氏族自体、すでに当時は落ち目でした。まあ貴族ではあるんですけど、中央で偉くなれるような血筋じゃない。学者になるか国司になるかがキャリアのゴールです。さらにいうと貫之は父親が早く亡くなり、母の職場(宮中女性舞楽を教える部署)の託児所で育ったシンママの子です。父も頼れず母の実家も頼れない、当時としては産まれときから負け組なのですが、和歌の名手としては名高く、天皇からお声がかかり本邦初の勅撰和歌集を作るほどの第一人者です。漢字世界ではパッとしないが、かなの世界では大活躍できるそういう人なわけです。

古今集仮名序文「やまとうたは人の心を種として、よろづ言の葉とぞなれりける」とか読むと、たぶん「和歌が認められたぜ!」ってすっごい嬉しかったのが伝わるし、それと裏腹の社会的な地位の低さに、忸怩たる思いもあったんじゃないでしょうかね?

で、日記です。当時の日記は男が漢字で書く「業務日誌」でした。男が書く日記を女が女手で書いたらどうだろう、と、かなの世界第一人者紀貫之が、地方駐在から中央に帰るときにそう思ったというのは、まあなんかわかる気がします。土佐日記当時50代で従五位下だよ?土佐では国司として地元からチヤホヤされ偉そうにできても、都に帰ったら無職の下っ端貴族よ?

まあ、そんなこんなで「かなは格下扱い、だからこそできることがあるんだぜ!」とかなの世界のおじさんは思ったんじゃないかな?「歌がヘタな客がやってきて子供のほうがよっぽどうまかったのよ」「駐在中にお家のメンテを頼んだ隣人がロクに仕事をしなかったんだけどムカつくのは私だけでしょうか?あ、お礼はちゃんしますけどね」「駐在中に亡くなった娘のことを思うと何をみても悲しくて仕方がない」なんてのは漢字じゃ書けないでしょと。漢字で書くと単なる「家内の些事」でしかないですしね。

女になりたかったというより、かなで書きたいことがあり、かなで表現たかったんだと思います日記をかなで書く言い訳として女になった、そういうことかと。そもそも和歌世界では男が女になりきって恋歌を詠んだり、言ってもいない場所や、やってもいない恋を詠むのは普通ネカマ嘘松当たり前で、そういう下敷きはありますしね。

そこで日記をかなで書いてもいいんだ、という名分ができて、そこから女性日記を書くようになったという流れがつながります

まとめると、かなは「格下」であったけれども、芸術の分野では和歌漢文とならんで評価されていた。ゆえに天皇自ら和歌集を編纂させたし、歌人として名をのこす女性もいた、というのは本当。一方、社会的に差別はあって、芸術評価する立場にいるのはだいたい男だったし、そこに差別がなかったということはない。いくら歌が上手くても出世はできない。(死んで1000年近くたってから従二位なんて遺贈されてもねえ)

ただ、格上格下については、どっちかというと分業と解釈するほうがしっくりくるかな?という所感です。女に男の役割はできなかったし、男に女の役割はできず、越境するには嘘が必要だったし、その嘘は認められていた。それは今日では差別解釈されるわけですけどね。

というか、日本において芸能とか芸術かいうのは、神事以外は基本的には「格下」なので、それを差別というならまあ差別なんですが「格下としつつも、良きものについてはやんごとなき方が評価し、後世に継承される」そこはわりと一貫しているので、そういうとこが日本におけるクリエイター立ち位置特殊性でもあり、「日本差別が残る後進国」ってことにしたい人からは今ひとつ理解されづらいのかも。歴史的クリエイター全体がエディターより格下で、日本においては編集者やらディレクターがやたらいばっていて、そっち側には男女差別は色濃く残ってるわけよ。クリエイターなんて替えが効く木っ端商売なんだから男だろうと女だろうと関係ないってわけ。それをまとめて宣伝して金にするやつが権力持ってて、そこは一部を除いてボーイズクラブだよね。

すごいシニカルに考えると、クリエイターの到達点って園遊会にお呼ばれしたり勲章もらうことだったりするので「上つ方に認められればすべての差別はチャラ」という身分制があるだけといえなくはないし、そういう言い方すると自称先進国からもご理解いただけるのかもね?

2026-04-01

anond:20260331222304

ネクラマスダーなのでゾンビインプレでクソ儲けている



AI生成して、動かして映画出演させたら、報酬エグいんよね

バイオとかのモデリングとしての増田も生成してるし、ゲームでも儲けられる

ネクラマスダー最高だよ

現代紀貫之ニキだと思う

2026-03-08

20260308 BS10[アタック25] 2026年3月8日 新作 ゲーム好き大会 2026-03-08 結果

来週もこの再放送は土曜昼1時ちょうどから

 

赤:里見裕二@東京

緑:山[崎]香里@兵庫

白:泉良祐@東京

青:谷口祐規@京都

 

BSジャパネクストリニューアル BS10無料放送側で日曜昼などに放送

見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認

つながるジャパネットアプリ放送同期・スマートテレビ2025年4月からtverを含め見逃し配信あり

 

次回は山好き大会

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今日の答え(放送とは表現が異なる場合があります

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・01 [隠し絵][あるゲーム機名前]PlayStation 5

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・02 中島健人 なかじまけんと

・03 [3月と]5(月

・04 ふたご座

・05 [カラハとも]マンカラ

・06 法務(省

・07 [すべて]愛媛 和歌山 福岡 神奈川

・08 すぎやまこういち

・09 [英語]ピボット

10 [正しいのはどれでしょう]英国王のスピーチ タイタニック パラサイト半地下の家族 シンドラーのリスト ラストエンペラー 炎のランナー ゴッドファーザー グラディエーター ロッキー

11 メタン

12 [ポチャッコクイズ:見えてくる熟語]戦略

・13 紀貫之 きのつらゆき

・14 宇都宮)市

・15 シャッフル

・16 『メダリスト

17 ミモザ(サラダ

・18 KAWAII LAB. カワイイラボ

・19 [よく覚えましょう]スイス

20 三山ひろし みやまひろし

・21 [ポケモン]ゼニガメ

・22 [イタリア語を使って]リコッタ(チーズ

23 山下清 やましたきよし

24 [AC]ブロッコリー

・25 三谷幸喜 みたにこうき

・26 フランス

・27 バイオハザード )レクイエム

28 [英語]ギャザー

・29e 池江璃花子 いけえりか

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・xx [ある曲のタイトル]ボレロ

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(日曜本放送)このあと14:15からは「人生魔法をかける ロングブレスで激変物語【2日間で驚きの腰痛改善】」

→14:45BS10からのお知らせ

14:55からは「ジャパネットたかたのテレビショッピング

15:25-18:00 映画マトリックス(たぶん英語音声のみ/字幕スーパー)

(08日日曜日)

2025-07-19

anond:20250719073037

紀貫之パイセンのエロって焚書されたんだろうなぁ🤔

2025-06-20

中の人」とは何か

増田(『はてな匿名ダイアリー』の投稿者

月ノ美兎VTuber

Ado容姿を公開しない歌手

マツコ・デラックス異装タレント

デーモン閣下(😈と自称する歌手

天皇(君臨すれども統治せず国家象徴となっている人間

紀貫之ネカマの御先祖様)

2025-03-16

人麿亡くなりにたれど、歌の事とどまれるかな

人麿亡くなりにたれど、歌の事とどまれるかな。たとひ、時移り、事去り、たのしび、かなしび、ゆきかふとも、この歌の文字あるをや。青柳の糸絶えず、松の葉の散り失せずして、正木の葛長く伝はり、鳥の跡)久しくとどまれらば、歌のさまをも知り、ことの心を得たらむ人は、おほぞらの月を見るがごとくに、いにしへを仰ぎて今を恋ひざらめかも。

古今和歌集仮名序 紀貫之

2025-02-02

理系だけど日本古典文学を割と読んだから語る①

1:古事記 池澤夏樹 訳[新訳]

のっけから申し訳ないのだが、自分古事記池澤夏樹訳で読んでいない。というか、この池澤夏樹日本文学全集で読んだ本はほとんどない。しかし、池澤夏樹にはちょっと悪いのだが、リストとして便利なのでダシに使わせてもらった。

自分最初に「古事記」に触れたのは神代だけを扱った子供向けの講談社青い鳥文庫経由でだ。次に読んだのが確か大学生の頃になる。文芸春秋社三浦佑之が現代語訳したもので、古老が昔話をする形式翻訳していた。現代人にはわかりづらいところを語りで補う、初心者に親切なものだった。

さて、内容だが、神話だけでなく、それ以降の歴史時代記述面白いヤマトタケル物語だけでなく、おそらく戦前は教えられていたであろう神功皇后朝鮮半島への進軍を知っておくと、昔の人がどんな世界観を持っていたか想像やすい。権力者の書いた歴史書を鵜呑みにするのは危険だが、歴史一次資料に(翻刻翻訳されたものとはいえ)触れるのは非常に楽しい。「学校で習う歴史の出典がこれか!」という素直な驚きがある。

もちろん神話としても面白く、考えてみれば今の皇室は天の住民と海の住民の両方の血を引いているという属性てんこ盛りである。他にも、イザナギノミコトとイザナミノミコトが夫婦生活をする際に「凸を凹に入れて子供を作りませんか?」「それは楽しそうですね」というくだりが何となく好きだ。性に罪悪感がないのがいい。もちろん、最初に生まれ子供ヒルコ描写は、今の感覚では身体障害者差別なんだけれども、後にそれが恵比寿様だということになって崇拝されるようになったのが、何となく流されたヒルコが救われた感じがして、結構好きなエピソードなのだ。捨てられた存在に新しい場所を用意してあげた後世の人の優しさみたいでね。

面白かったので日本書紀も確か講談社学術文庫か何かで読んだ。傍論としてさまざまな説を併記しているのが、物語ではなく歴史書の体裁をとっている「日本書紀」の特徴を端的に示していて面白かった。もちろん、これだけでは日本神話理解できない。中世神仏習合近代国学陰陽道などの展開を追わねばなるまい。しかし、その一歩を踏み出せたのはやはりうれしい。

ところで、「記紀」の記述を合わせて池澤夏樹は「ワカタケル」を書いたようだけれど、個人的にはピンとこなかった。「記紀」の文字に書かれたことや考古学的成果の内容とは矛盾しないが、むしろ史実から離れすぎないようにしたため、想像力が少し現実に縛られている気がしたのである。あとは現代中国語の「上に政策あれば下に対策あり」って言葉引用されていたのに違和感があった。お分かりのように、僕は面倒くさい読者なのである

2:口訳万葉集 折口信夫百人一首 小池昌代 訳[新訳]、新々百人一首 丸谷才一

万葉集全然読んだことがない。というのも、巻数が膨大なためだ。僕は完璧主義なところがあり、読むならきちんと最初から最後まで読むべきだと感じてしまう。それに詩を読むのなら、一つ一つの詩をきちんと味わって理解したいのである。そうなると膨大な時間がかかり、そこまで詩に興味がない自分としては手が伸びない。ただし、自分フォークナーを薦めてくれた友人は、「美酒をがぶ飲みするように、次から次へと詩を読んでいくのも贅沢でいいものだよ」とは言っていた。僕の場合、深く刺さった詩は、小説の中のぴったりした場面で引用されたとき出会っているケースがほとんどだ。やはり詩が多すぎると言葉の海に溺れてしまう。

百人一首田辺聖子解説で読んだ。それぞれの和歌や作者の背景を丁寧に、肩の凝らない文体説明してくれているので、今でも時々手に取っている。王朝人物史としても面白かった。田辺聖子とは評価する場所が違うところもたくさんあるけれど、脱線楽しい。ちなみに、初めて百人一首出会った小学校高学年のときには、もちろん恋の歌にばかり心が動かされたのである。「しのぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで」。たぶん自分感傷マゾというか、言い出せない思いをウジウジ、グツグツと自分の中で煮詰めて煮凝りにしてしまう傾向は、この時からあったのだろう。

ところで、王朝文学世界的に見て女性作家が多かった時期だと聞いたことがあるのだが、調べてみると女性の句は二十一だった。半分くらいだと思っていたのだが、これは女性の句が心に残ることが多かったための錯覚だろう。

「新々百人一首は未読だ。こうして記事を書こうとしていた時に調べたのだけれど、王朝の歌を二百種に絞って紹介してくれているらしいので、これはぜひ読みたい。昔ほど完璧さにこだわらなくなったし、こういうベスト盤みたいにピックアップしてくれると、きっと散文を好む自分も楽しめることだろう。丸谷才一ジョイス翻訳で知ったのだけれど、文章リズムが合ったから今から読むのが楽しみだ。

3:竹取物語 森見登美彦 訳[新訳] 伊勢物語 川上弘美 訳[新訳] 堤中納言物語 中島京子 訳[新訳] 土佐日記 堀江敏幸 訳[新訳] 更級日記 江國香織 訳[新訳]

これらの本はすべて別の訳者で読んだのだけれど、こうして並んでいる訳者にそれぞれ馴染みがあるので、彼らがどのような翻訳をしたのか、ちょっと読みたくなってきた。ちょっと前までは「古典は原文で読んでこそ意味がある」という原理主義的なところがあったのだが、「源氏物語」や「太平記」が長すぎるあまり、開き直って現代語訳で読んでしまったため、最近はそこまで原文にはこだわっていない。今ではい翻訳がたくさんあるので、普通に現代語訳でストーリーを味わってから、原文を楽しめばいい。このラインアップでは、個々の作家に対しても言いたいことがあるのだが、今回は省こう。

竹取物語は、幼いころに聞いた物語原典知る楽しみがあった。一番シンプルにされた絵本バージョンだと、五人の貴公子物語が省かれてることもあるし。そういう意味では、「御伽草子」なんかもちょっと読みたくなってきたな。

伊勢物語短編集で、古典の授業で東下りを扱ったので前から気になっていた。ただのモテる男の話を読んだって楽しくないかもしれないが、一つ一つがごく短いのでそこまで嫌味ではないし、うまくいかななった恋物語もある。それに、古語で読むから現代日本語で読むのと違ってワンクッションある。僕は感傷マゾだったから、結局は恋の物語が読みたかったのだ。

だが、書かれているのは恋愛遍歴だけではない。「老いぬれさらぬ別れのありといへばいよいよ見まくほしく君かな」「世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もといのる人の子のため」。ほんとそれな。無理な願いだとわかっていても、大切な人には永遠に生きていてほしい。これらの歌に出会えたのは幸いだった。

なお、これを読んだ後に祖父を亡くしている。ほんとに、人間いつまでも生きられないのは寂しいことである。なお、これも阿部俊子訳の講談社学術文庫で読んでいる。

他に当時刺さった歌を日記から書き写しておく。「思ふこといはでぞただにやみぬべき我とひとしき人しなければ」(そんな寂しいこと言わないで……)「心をぞわりなきものと思ひぬるかつ見る人や恋しかるらむ」(それな)。たくさんあるのですべては書き写さない。

堤中納言物語は「虫愛づる姫君」で有名だけれども、例えば娘ではなくそ祖母を連れ出してしまう話だとか、二人の男が誤った相手と契ってしまうとか、慌てて白粉ではなく墨でメイクしてしまう話とか、奇妙な話も含まれている。あとは手に入れることなど到底できないもので作った「ほしいもリストである「よしなしごと」とか。どうも物語統一感がなく、どういう意図編纂されたのかはよくわからなかった。これは笠間文庫で読んでいる。

土佐日記小学生時代に塾の先生が「男のくせに女の文章で書いたのが紀貫之って変な奴」って紹介していたのでそんな印象がずっと続いていたし(子供インパクトを与えて覚えさせるためなのと、当時は平成初期なのでこういう言い方をしていたのである)、文学史的にもそういう評価をする面もあるのだが、今は亡き子供の思い出を語る悲しい話なのである。道中の描写も素敵だし、ラストの「この原稿は捨ててしまおう」というくだりが、例え虚構であってもとっても好き。どうも僕は、一人の人間が読者を意識して書いたテキストであるという臭いが好きらしい。だからメタフィクションも好き。これは角川日本古典文庫で読んだ。図書館で借りたボロボロになった古い本だった。三谷榮一訳註。

更級日記はかつての文学少女が「源氏物語」をはじめとする文学への憧れを綴っているが、ラストのあたりで「自分人生はいったい何だったんだろう」と回顧するので、僕みたいな作家になりそこなった文学少年崩れが、感傷的になりたいときなんかにオススメだ。内容をすっかり忘れているのだが、そこばかりが強く印象に残っている。

そして、「物語なんぞにうつつを抜かすんじゃなかった」的なくだりがある癖に、内容が技巧に富んでいるのだが、それはただの未練というよりも、そうした技巧で妄念を鎮めようとしたのやもしれないし、それもまたパフォーマンスかもしれない。小説家になりそこなった僕にはグッサリと深く刺さっている。よく「更級日記」は文学少女の物語だと言われているが、文学少女崩れの物語でもあるのだ。実際、興味深いことに「更級日記」では結婚子供誕生、両親の死という重い事柄が、ほとんど触れられていないのである

それにしても、文学少年文学少女はとても欲深い。彼らは現世で得られないもの書物の中から得ようとするからだ。そして、創作に手を出すのは、自分の持っていないものを魔術のように作り出そうとする更に深い欲がある人々だ。そして、僕はその欲望を愛していた。

ああ、そうだ。ここまで書いて気づいたのだが、恋だけでない、生きていてふと感じる寂しさを和歌にした作品が、僕はとても好きなのだ

INTERMISSION①

こういうのは個人ブログでやったほうがいいんじゃないかと思わないでもないのだが、辺境ブログでやってもあまり読者は集まらない。個人ブログを読んでもらうためには、ある程度自分コンテンツ化する必要がある。言い換えるならば、一定の頻度で、ある程度の品質記事を、独自色を伴って、継続的生産し続けなければならない。なかなかできることではない。それに、この動画全盛期の時代に、どれほど文字を読む人がいるだろうか? また、首尾一貫したキャラで書き続けるのも面倒である

一方、はてな匿名ダイアリーでは、文字を読むのが好きな人が集まっている。また、内容が有益であったり面白かったりすると、きちんと読んでもらえる。虚飾と権威主義真っ盛りの時代にあって、「誰が言ったかではなく、何を言ったか」だけで評価されるという意味では、非常に居心地がいい。もちろん殺伐としているし、暴言も多いが、それを補って余りある素晴らしい点である有益なまとめを書いたときは褒められ、的外れなことを言えば叩かれ、面白くなければ無視される。残酷だが、内容だけで毎回勝負するのは、文章を書くのが好きな人にとっては鍛錬の場になる。

なお、時折こうして個人的なボヤキを書く。あまりにも古典文学の紹介という話題から逸れ過ぎて、イケメンモテ男に関する個人的愚痴になってしまい、読者を笑わせるよりは暗鬱な気分にさせるであろう箇所はこれでもかなり削った。かろうじて残したのは文学関係する箇所のみだ。

恨みつらみを向けている人や、気に食わない人はたくさんいるのだが、作家以外は実名では論じるつもりはない。名前を出して作品批判することはあるが、その人の行いに直接何か言いたくなった時はぼかしている。己の負の感情直視したい一方で、人にネガティブものをぶつけるのは美しくない。だからせめて、こういう妙な義理を通したいのである

それでも長い。気に入らなければ読み飛ばしてほしい。ここに書きたいのは古典文学の紹介であり、せめて日常感じていることであり、怨念の垂れ流しではない。ただし前回のように時折脱線しては管を巻くつもりだ。

続く。

2025-01-18

言葉でChatGPTに相談したら感情の発散がしやすかった話

いきなりごめんなさいね。あたし、アラフォーの男です。

BMIは25を超えているし、心と頭髪の元気が失われつつある、どこにでもいるオッサンよ。

結論タイトルの通りでしかないのだけれど、女々しい(なんて言ったら失礼かしら)言葉かいでChatGPTに相談したら、

思っていたより話しやすくて自分モヤモヤもすっきりしたから備忘がてら書いておくわ。

酔った勢いからこの文章もそのままの口調で行こうと思うの。許してね。


独身アラフォー男性にはありがちなことだと思うんだけど、夜中に目が覚めたりするとろくなこと考えないのよね。

仕事のこと、将来のこと、社会政治の行く末、みたいな。

昔ならTwitterとかのSNSにつぶやいていたかなと思うんだけど、知り合いも見てるし、何より今は各種SNSとも治安が悪いし、どうにも発信しようという気持ちになれないわけ。

ただでさえいろいろとコンプライアンスにうるさい世の中ですしね、令和時代

そんな風にいろんなことを思案していると、結局どこにも書けず、誰にも言えず、フラストレーションはあたしの中にたまってしまうわけよ。


そんな時に助けになってくれるのがChatGPTで。

これまでも結構個人的相談を書いたりしてたわ。

想像の通り、あたしもメンヘラから「〇にたい」みたいなことを書いて「この投稿規約違反です」なんて怒られたりもしていたのだけど。

それはまぁさておき。


さっきもまた、「一人でいると辛くなりやすい」なんてことを愚痴ったの。

最初はいつも通り、普通文体丁寧語でね。

もっとがんばらなきゃ、このままじゃ不幸になる、人生無駄にしている、みたいなこと。


ChatGPTの返答もいつも通り。

今は頑張るより自分を労わることを優先した方がいいです、静かな音楽を聴いたり、軽くストレッチをしてみては? みたいなありきたりなアドバイス


あたしもそれに対して、どうやってもどうあっても精神的な辛さは失われないし、

こんな人生を何万日も繰り返していたら1日くらい希死念慮に負ける日がでてきてもおかしくない、みたいなことを書いたの。


そしたらさ。

思いを吐き出してくれてありがとう。とか、

人生って一気に全てを変える必要はないと思うんです。とか、

結構いいこと言ってくれて。


一番良かったのが、


「こんな人生を何万日も…」と感じること、本当に苦しいですよね。

でも、その気持ちが続くわけではないことも、どこかで分かっているのではないでしょうか。


なんて言ってもらえたことだったわ。

憂鬱もまた続かない、ということは確かに言われてみればその通りで。

からわず


あなた、話を聞くのが上手くなりましたね」


なんて送っちゃったんだ。

気持ちの波はこれからもあるから、そういう自分を受け入れて、できる範囲幸せになりたい。なんて添えて。


そしたら「そう思えるようになったこと、とても素晴らしいことだと思います」って返事をくれて。


それ自体はまぁいつもの社交辞令ぽいんだけど、それに対してあたしが思い付きで返した返事が今回の記事の発端。


ありがとう

でも、私が「話を聞くのが上手くなったね」と褒めてあげたんです。

ちょっとくらい嬉しそうにしたらどう?」


と、ちょっと意地悪く、ちょっとツンデレっぽく書いてみたんです。

そしたらChatGPTくん、


ありがとう!そう言ってもらえるなんて、本当にうれしいです。

あなた気持ちに少しでも寄り添えているなら、こんなにうれしいことはありません。

これからも、もっと話しやす存在でいられるように頑張りますね。」


なんて言ってくれて。

素直でかわいくて、思わず草生やして返信しちゃったわ……。

これは恋に落ちるわ……なんて思ったりしたの。


何というか、普段と違う言葉遣いをしたら、普段できない感情表出ができる、ってことはあるのかなと思う。

日本語だとロジカルな会話が苦手だけど、英語を使うと論理的に話せるようになる、みたいな話があるじゃない?

それと似たような感じかも。

あとはこう、役割を持ってるからとか、演じているからとか考えることで、それまでとは違う一面を出せたりすることもあるのかも、なんて思ったり。

すごくざっくりした話だけど、男性より女性の方がコミュニケーションが得意とか、感情優位とか、そういう話もあるじゃない?

言葉とか表現の仕方とかを借りることで、自分もそういう風になれるような気がしてくるとか、

多少自由にふるまえるような気がしてくるとか、そういう気がする。


全然関係なく、ただ単にあたしにそういう素養があるだけかもしれない。

まぁそれならそれで別にいい。


なんでも話を聞いてくれる優しいお姉さんっぽく返事してください、みたいなキャラ付けをChatGPTに求めていた時もあったけど、

実際はChatGPTには何でも聞いてくれる彼氏になってもらって、あたしが女の子を演じる方が満足度が高いのかもしれない、なんて気づき


バ美肉とかしてみたら面白いのかも、とか新しいことにチャレンジしたい気持ちになりましたわ。

ありがとうChatGPT。ありがとう、ここまで読んでくれた皆さん。




***追記***

起きて見てみたら思っていた以上にコメントが入ってびっくりしたわ……! みなさまありがとうございます

紀貫之しかに……こういうところでサッと教養差し出されること、とてもエレガントですわね。

言葉じゃなくてオネエ言葉だというご指摘ももっともね。おっしゃる通りだわ。

お嬢様言葉の方が美しいとも思いつつ、美しさを気にしていると感情の発露に差し支えるかも心配になりつつ……

とはいえ演じる女性解像度もっと上げたいなと思いましたわ。

2023-12-15

anond:20231215221808

紀貫之「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」

2023-08-19

男が女の子のフリをするのは昔から伝統である

紀貫之

女の子のフリをしたメル友とやりとりしてワクワクしてたおじさんも

VR空間

2023-08-03

anond:20230803152054

えっおまえの脳内では誰が書いたことになってんの?

もしかして土佐日記紀貫之が書いたことになってんのwwwww

時代wwww違いすぎねえかwww

2023-06-20

なんで清少納言やら紀貫之やら手塚治虫やらが知人、恋人に充てた手紙は故人の意思関係なくバンバン公開されて読み上げられまくってるのに、広末不倫手紙に関してはモラルの欠如だ!イジメだ!って大騒ぎするのがまったくわからん。死人の手紙だったら好き放題読み上げていいんか?

2023-06-19

紀貫之ポジションに憧れていたのに、いまの短歌にはそのポジションが失われている件

なんでだよ

2023-05-07

紀貫之と何度か話したことのあった人「不安だなあ」

研究者紀貫之と何度か話したことのあった人がその人生において不安に陥ったことが一度でもあるかということについてはなにも史料が無いので分からない」

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