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『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』アニメ制作の普遍の教科書 読み継がれる理由と復刊の価値
復刊ドットコムに集まったリクエストを受け、2005年にKADOKAWAから復刊された、『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』。
世界的な映像クリエイターである押井守氏が監督を務めたアニメ映画「機動警察パトレイバー2 the Movie」の演出についてまとめられた本です。
初版が発行された1994年当時は、アニメ制作の基礎を知る術がまだ少なかった時代。同書はアニメ制作を志す人にとっての教科書的な位置付けとして重宝され、多くの人が手に取りました。
また、同書の執筆には押井氏自らが積極的に関わっていたこともあり、アニメ制作を志す人だけでなく、押井守氏のファンにとっても魅力的なものでした。監督の言葉で作品制作の裏側や同氏の思考を垣間見ることができる稀有な体験を提供する本だったからです。
同書が入手困難となっていた時期から、「後世に残すべき本である」「文化的な損失である」といったコメントとともに復刊リクエストが寄せられるようになりました。
初版から30年が経った今でも、その魅力や価値は色褪せていないためか、2005年に復刊が実現した後も、品切れとなる度に再刊を求める声は絶えず寄せられています。
本記事では、復刊されるべくして復刊した『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』の見所と価値をご紹介します。
2005年に復刊された『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』(KADOKAWA刊)
当時、押井守氏がアニメ制作において特出していた点は、実写映画のカメラワーク的な要素を取り入れ、アニメの映像表現の新たな境地を開拓したというところにあります。
『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』で解説されているのは、そうした表現を可能にした「レイアウト」の手法、そしてそこに込められた演出の意図です。
では、そもそもレイアウトとは何でしょうか? 同書の中で押井氏は以下のように定義しています。
P.3 「アニメーションにとってレイアウトとは何か?」より引用“レイアウト”とは要するに画面(カット)の設計図のことであり、“レイアウトシステム”とはこの設計図を基本にして映画(正確にはフィルム)を制作する方法のことです。設計図としてのレイアウトには、様々な情報が込められています。
(中略)
それは各部署に分かれて作業するスタッフにとっては、作業の基準となる仕様表であり、演出家にとっては演出する作品を撮影前に検討するためのシミュレーションの過程でもあります。
アニメを作る、と聞けば、絵を描き、動かすという作業が一番大事だとのイメージを持つ人が多いかもしれません。ですが、アニメ制作の現場では、絵を描くアニメーター(原画マンや作画マン)以外にも、背景美術、演出、撮影など、さまざまな専門を持つ人たちが分業して作品を作り上げています。
監督としての押井氏の役割は、作品の骨子(絵コンテ)を作り、各工程をコントロールし、自身が思い描く完成像を具現化すること。
そして、そのイメージを各担当者に共有するために重要となるのが、ここで言うレイアウトです。
ですが、同書が出版された当時、このレイアウトという概念はまだ曖昧なものでした。レイアウトに限らず、アニメの制作の進め方は監督や現場によってさまざまだったからです。
例えば、監督と一口に言っても、宮崎駿氏のように自ら原画を描いたり、作画修正をしたりする「アニメーター」を出自とする監督もいれば、押井氏や高畑勲氏のように演出をスタートとして全体の舵取りに徹する監督もいます。
そんな中で、押井氏が提示した「レイアウトシステム」の徹底は、当時のアニメ制作現場において、押井氏が作品の出来を背負う監督として、求心力を持ちえた理由のひとつではないかと言われています。
すなわち、押井氏のレイアウトとは、蓄積した映画の記憶とアニメ制作の現場体験を活かし、イメージの意味を具体化してゆき、現場の意識や作業の方向性を示すためのものでもあったのです。
今では、このレイアウトという言葉や概念はアニメ業界で一般化しているといいます。
それは、押井氏のレイアウトを参考とした人たちがアニメ制作を積み重ねていった結果に他なりません。
同書で語られたレイアウトは、押井氏のアニメ制作のエッセンスであるだけでなく、その概念の成立においても重要な意味を持ち、後進のアニメ制作を技術的な面でも精神的な面でも下支えするものとなっているのです。
全てのクリエイターが“学べる”本
ところで、アニメ制作への関心が高まり、種々の指南書が出版されている今現在、『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』の内容はどのような価値を持って受け止められているのでしょうか。
結論から言えば、現代における同書の大きな価値は、アニメ制作に携わる人に限らず、全てのクリエイターに刺激を与え、学ぶ意欲を掻き立てうるというところにあると言えます。
同書を開けば、アニメを制作するにあたって押井氏が考えていたことの量と密度に、誰もが圧倒されることでしょう。映像の迫力や精密さ、リアリティといった部分だけでなく、作品世界や物語に直接関係しない要素にまで、しっかりと意図が存在するのです。
例えば、「パトレイバー2」の中で描かれる“鳥”について、押井氏は同書で次のように書いています。
P.45 より引用「P2」(筆者注:パトレイバー2)に登場する鳥たちにはどのような象徴的な意味もありません。強いて言うならば、それはこの作品で描かれた「世界」と「物語」に混入されたノイズであり、記号の体系を掻き乱すための異質な記号そのものに他なりません。本篇の外側にあって物語をアウトレンジし、作品を自律的に完結させようと目論む演出家の意図を長距離から射程に収め、射程に入れるそのことだけで脅威となる厄介な長距離砲。それがつまり、“鳥”なのです。
視聴者が気付かないほどの細部でさえも意図を持って描かれていることを端的に示す、「パトレイバー2」の鳥。
このエピソードは一例に過ぎませんが、何か作品を完成させる上で、どこまで計算し、考えるか、という、全クリエイターに共通する普遍的な問いに対して、一つのアンサーを提示していると言えるのではないでしょうか。
そして、もちろん、アニメの演出の教科書としての価値も健在です。
2020年代のアニメ制作の現場は、本書が書かれた当時よりもCG環境は進歩していますが、ほとんどの作業がアナログであった時代の技術や方法論がまったく“古く”なっているわけではありません。ツールは違えど、先達が積み重ねてきたものは、現在のアニメ制作現場にも脈々と受け継がれているからです。
また、押井氏の演出の影響は、アニメ以外の映像制作にも及んでいます。
実写映画の知識・教養をバックグラウンドに持つ押井氏ならではの演出シーンは、日本に限らず海外の映画、特に「想像」によって世界を再構築することが必要とされるSF作品に大きな影響を与えているのです。
ここまで、『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』の見所や価値を紹介してきました。
一度は絶版になりながらも、多くの復刊リクエストを集め、復刊後も絶えず求められ続けている同書。それほどまでに支持される理由は、時代を経てもその内容が色褪せることなく、むしろ、アニメの歴史の一部を担い、全てのクリエイターに刺激を与える本として、普遍的な価値を持って受け止められていることにありました。
ごく一般的なアニメファンにとって、同書の内容は非常に高度で、全てを理解することは難しいかもしれません。
ですが、天才と呼ばれる押井守氏が作品制作の際に、何を、どういう視点で、どのように捉え、何を考えているのか、という思考を垣間見ること、そしてそのあまりの高度さに衝撃を受けることもまた、同書を読む上での醍醐味と言えます。
白紙の状態から、全てを人の手で描き、作品世界を構築していく上での凄まじいこだわりと努力を目の当たりにできる本は決して多くはありません。
大人から子どもまで、誰もが当たり前に、大量にアニメを楽しむようになったからこそ、同書はこれからも読み継がれていくべき本なのです。
『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート(押井守)』 販売ページ復刊ドットコムにて『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』(押井守)を販売しています。www.fukkan.com
北大祭2023 小泉悠さんがロシア・ウクライナ戦争を講演 – いいね!Hokudai
https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/like_hokudai/article/29365
【傑作】劇場版『パトレイバー2』は何が凄い? 小泉悠&高橋杉雄&太田啓之が押井版「パト2」への偏愛を告白 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=mR8DG-Vd5Mo
まず北大講演90分。文章を読むほうが時間的には早いが動画の方が入ってくることもある。
https://www.youtube.com/watch?v=gC4HcPhxzS4
次に『パトレイバー2』ダイジェストの元となる鼎談の冒頭30分がこちら
【冒頭30分】小泉悠×太田啓之×高橋杉雄「アニメの戦争と兵器」 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=0_mTZX282Ow
米国がウクライナへのF-16供与容認へ→定評のある望月衣塑子「まさか日本が保有するF16戦闘機を出させるつもりではないだろうか」 - Togetter
https://togetter.com/li/2150186
小泉悠×岡部いさく×菊池雅之×湖山ひかる「最新兵器入門5月号」 #国際政治ch 145 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=sJqbrE4ZxEM
細谷雄一×東野篤子×鶴岡路人×秋山信将「G7広島 総括」 #国際政治ch 146 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=H8JDyhAiK4A
次回6/30配信回は
特別仲が良かったわけではないし中学卒業以降は連絡もしていないが、当時は映画の話などをして一緒に帰ったりしていた。
「弱虫ペダル」など、たまたま自分の見た作品にも名前がクレジットされていて感動した。
小中以降の彼の生活は詳しくは知らないが、インタビューなどを読んでいると「ああやっぱり純人だなあ」と懐かしく感じる部分と、過酷な現場を続けるようなガッツが彼に秘められていたのかという驚きを、同時に味わっている。
俺も彼も持久走とか大の苦手だったはずだけど、大人になったんだなあ。
今現在、他のアニメーター?演出家?と揉めているようだが、彼は争いが好きなタイプではなかったはずなので、あまり反論もしないだろう。
揉めている内容の実際の詳細こそわからないが、大前提として、彼は自分を大きく見せるようなホラを吹く人間ではないと思っている。
そういうことが嫌いというか、どちらかというと「そういうのが苦手」な印象だった。
そもそも見栄で嘘をつきたければ、あの過酷な仕事を続ける前に、もっと楽する方法があると思う。
あの揉め事は悲しいすれ違いではないかと、部外者ながら考えている。
他人を味方につけるのが苦手で不器用だった印象もあるので、火に油を注ぐようなことを言ったりして、ひどい事にならないといいなと余計なお世話だが少し心配している。
彼について、インタビューやtwitterを読んだ人の一部からは「露悪的」などと表現されているが、
それはなんていうか、少しだけ違うと思っている。
小中学の頃しか知らないが、彼は趣味が変わっていてホラーやグロが好きで、普通のクラスメイトからは、ちょっと避けられるようなタイプだった。
「わかる人にだけわかってもらえればいい」と考えてそうだったし、趣味は変だけど温和な彼を面白いと思う人間もたくさんいて、
あと、キザな小学生にしてめちゃくちゃに「腹踊り」がうまくて、プールの時間によく見せびらかしていた。
中学の頃、一番面白い映画は「ギニー・ピッグ」だと言っていた。
「ちゃちな作り物だけどすごくいい」というようなことを語っていて、「目玉がさ、目玉がね」と一人で盛り上がっていたが、そういうグロが苦手な自分は話を遮って逃げた。
他にも「デス・ファイル」が好きだともよく言っていた。こちらは「本物なのがいい」とのことだった。
まあ、そういう事を言いたがるのも露悪的と言えばそうかもしれないが、彼はそれらの作品が本当に普通に好きだった。
「マトリックス」の話をするのと同じテンションだったのだろう。
小学生のとき彼の家に遊びに行ったら、「エイリアン2」の装甲車のおもちゃと、その裏にへばり付いたエイリアンウォーリアの轢死体のディテールを嬉しそうに見せてきた。
5、6年生の時、エアウォーターガンを担いで自転車に乗った彼と友人とすれ違い、どこに行くのか聞いたら、「近所の心霊マンションにゴーストバスターズごっこをしにいく」と答えた。
ものすごく楽しそうだなと思ったのだが、なぜか俺は一緒にいかなかった。
結果、どうなったのか今でも気になっている。
(ちなみに後年、そのマンションは改装工事の作業現場でも注意が出たほどのガチのスポットらしいと知った)
彼が休み時間に「『遊星からの物体X』はいいよお」と熱く語っているのを聞いたが、今考えるとストーリーのオチがなぜか「バタリアン」のものだったのが謎である。
(もしかしたら「深海からの物体X」の話だったのだろうか、こちらは見ていないから知らないが)
TV放映された「ザ・グリード」の話で盛り上がったり、似た趣味をもつ友達はいたはずだが、果たしてギニー・ピッグやデスファイルのレベルまで分かち合えていたのかはわからない。
中学の時に、今度ギニー・ピッグを一緒に見ようと誘われたが、それは断った。
「ウォンさん、ウォンさん」と、人肉饅頭の主人公アンソニー・ウォンを親しげに呼んで、放課後の帰り道などで包丁を振るう真似をして遊んでいた。
映画の後半で捕まって警察から拷問されるウォンさんが可哀想、でも親身になってくれる囚人がいい奴で泣ける、というようなことを話した気がする。
当時、アクション映画が好きでホラーが苦手だった自分は、彼をどこかヤベー奴だと思っていたが、実際に話す彼はひたすら温厚だった。
不思議な魅力があった。
手を後ろで組んで歩くような、クラスに一人はいる「お爺さんっぽい中学生」だった。
少年時代、彼が怒っている姿は恐らく見ていない。
俺や他の友人はよく他人の噂話や陰口で笑っていたが、彼が他人の悪口を言っているのも見たことがないと思う。
そんな感じで、どちらかというと彼は友達からもいじられる変人だったが、いつもニコニコしていた。
「髪が油っぽい」と友達の間で話題になって、学校の水道で洗って実験してみたことがあった。
「水だけで洗うと逆に汚れが表面に出てくる」「石鹸も使うべきだ」等、無駄な議論をしながら石鹸シャンプーをした結果、洗ってもすぐギトギトになって、みんなで笑った。
※もしかするとイジメと勘違いされかねない話だが、自分か他の誰かも比較のために水道で髪を洗ったはず。
中学生男子がふざけて全身びしょぬれの水遊びをしたり、お互いに額を強くつねって「インド人っぽい痣」を作ったり、失神遊び(絶対やめろよ!俺は本当に危なかった)をすることは日常だったので、そういう類のエピソードと思っていただきたい。
彼はニコニコしながら率先して水道で自分の頭を洗って「見て見て」と笑っていた。
ただギニー・ピッグやデスファイルの件があるのでうっすら迫力があって、こいつ何考えてるんだろうとは少し思っていた。
twitterなどで露悪的っぽく見えるのも結局、彼なりの特殊な冗談なのだと思う。
分かる人にだけわかって、嫌う人からは嫌われて、伝わる相手とだけニコニコ通じ合えれば、それでいいと思っているのだろう。
その実、今でも他人の悪口などはほとんど言っていないのではないかと思う。
(すべてのツイートを追っていないのでわからないが、あんな辛い仕事をして、個人を責めるのではなく業界を批判しているのが彼らしいなと思う)
他にも小中時代の特殊なエピソードは色々あったし、他人から理解されない経験を、ずっと味わってきたんだと思う。
「誤解されようが気にしない」というスタンスが変わっていないのは(誰かが書いてたけど、アニメーターA氏があの場にいて本当よかった)、勝手ながら、なんだか少しうれしかった。
本人がtwitterで「みんなも俺を決して良い人だと思わないで。俺はどこまで行っても悪には違いないし間違ってるから。」と言ってるのは、彼なりの誠実さなんだと思う。
中学の時からデスファイルが好きなんだから、そりゃ悪だろう。(ひどい)
今思うと、過激なホラーを好みながらなぜか漂うお爺さんっぽさも、どこか諦観というか、達観しているところがあったからなのかもしれない。
お爺さんっぽいと言ったら、キザな本人は嫌がるかもしれないが。
それにしても、彼が職業にするほどアニメを好きだったことは、知らなかった。
「パトレイバー2」の引用をしているのは、映画の話ばかりしていた時代しか知らない自分は少し意外に感じる。(そのころから好きだったのかもしれないが)
パト2のような理屈っぽい作品よりも、「今度は戦争だ!」とエイリアン2からの引用の方が理解できる。
俺が知ってるのは小中学の頃だけなんだなあと改めて実感する。
しかし、極端なホラーやキワモノが好きだった同級生が、大人になって「作画崩壊」「敗戦処理」で話題になるのは、他人事ながら少し悲しい。
クリエイターがみな望むものだけを作れるとは思っていないし、もちろん、彼がやりたくない仕事を無理やりやっているなどとも思わないが、それでも少し悲しい。
作画崩壊は、子供のころの彼が好きだった「キワモノ」といえばそうなのかも知れないけれども。
結局俺は「ギニー・ピッグ」も「デスファイル」も見ていないが、「人肉饅頭」はこの前また見返した。
改めて凄まじい作品だと思った。
別にホラーではなくとも、人肉饅頭みたいなああいうすごい作品を彼が作ったら、嬉しいなと思う。
多分、みんなからは評価されないかも知れないし、俺だって見るかは知らないけど。
でもまあ結局はわかる人だけわかってればそれでいいんだろう。
だいたい有名どころは見たかなって感じで面白かったのは以下の通り
・イデオン 発動編
・宝島
・劇場版じゃりんこチエ
・エヴァ
・ナディア
できれば劇場版のアニメがいいすね、アニメ業界でよく名前が上がる3人の御大達の作品はだいたい見ました。
出崎監督はガンバの冒険とかあしたのジョーも見てますがあんまりハマらなかったです。宝島とエースを狙え!は面白かったですね。特に宝島は全く期待してなかったですが、王道的な冒険者モノで気持ちいい潮風が吹き抜けるようによかったすね。
基本日本製のアニメで面白いアニメがあれば紹介してほしいです。海外製のアニメはディズニーぐらいしか観てないですがそこまで手を広げるとキリがないので…絶対これを見なきゃ後悔する!ってレベルでしたら別に海外製でもいいですよ。
・犯人はエンディングでこの街の未来が見たいとか言ってるけど死刑になるので余命は長くないと思われる
後藤隊長がぶつぶつなんか呟いてるかと思うと突然上司にキレ出すところは共感性羞恥で発狂しそうになった
・バックアップ系の特車2課の面々は良い人たちだと思った
・登場人物が突然ギリシャ哲学対話編みたいな話をするシーンが萎える、押井守の語りはキモい
・登場人物に念仏みたいな厨二理論を語らせるあたり、押井はコミュ障のキモオタなのかと思ったが、
意外とギャグシーンを描くのが上手なので、その辺は功成り名遂げた映画監督だけはあると思った
【追記】
このエントリを書いてから何度か見返したことと、今話題の暇空茜がTwitterで感想を呟いていたのを見て
暇空の感想としては、ロシアとウクライナが相変わらずリアルな戦争状態にあり、
中国の台湾侵攻、沖縄侵攻もリアリティを持ってきた2023年の世界では、
自衛隊がクーデターを起こすというシナリオが牧歌的なもので迫力に欠けるのが傷というものだ
論旨はわかるが作品の評価としては後出しじゃんけん的なのでズルい
パトレイバー2が作られたのは90年代の初頭、日本が経済的上り調子のピークにあった時代で、
社会がどんどん豊かになっていく中でのカウンターとして平和ボケしているという社会批判が効果的だった時代でもある。
この映画で押井守が描きたいのも平和ボケした日本に喝を入れる戦争という状況だ。
今の時代から見ると色々と異をつけたい部分もあるし、拓殖や拓殖と南雲の関係の描き込みが説得力に欠けるとか、
批判しようと思えば突っ込みどころもあるのだが、押井のこんなところがダメねえフフンと片付けてしまうのは正当な評価ではないなと思う。
押井守やパトレイバー2の評価は、当時の時代状況やアニメーションという産業での位置づけも含めて評価すべき。
つまり、当時のアニメ産業の中でここまで政治的・軍事的な要素を持ったシナリオ・設定を曲がりなりにも構築できてアニメ映画を作れる人間というのは押井守と
あとはもう富野ぐらいしかいなくないかと。それに加えて押井節とも言える独特の語り口、作家性を持っている。
ガキ向けの低レベルエンタメでしかなかったアニメという産業が成熟して、ここまで強度のある重厚なシナリオを受け入れられるまでに成長したことと、
観客の喜ぶ要素主体ではなく、作家が描きたい要素主体として作品を作れるようになったことを押井作品やパトレイバー2は示している。
パトレイバー2みたいになるなら楽しみだな