はてなキーワード: 期日前投票とは
いや、東京生まれ、東京育ちだとその不公平さが分からないんだと思うけどさ。
東京在住だとたかだか数千円かつ日帰りで参加できるけれど、ど田舎からだと往復で十数万で最終が早くに終わるので日帰りは難しいとかあるわけだよね。
育児、介護、仕事の都合などで長時間の時間拘束や移動が難しい人にも参加は難しい。
だから、デモって時間とそこに行けるだけの足がある人の特権なんだよね。
恵まれた人が様々な事情でそういうことをできない人を切り捨てる行為、それがデモ至上主義。
これが選挙となると津々浦々まで投票所ができ、期日前投票や院内投票なども整備されていて、有権者の権利は比較的確保されている。
んんwwww その「にわか10年」を免罪符にしつつ語っておるが、票の流れと組織戦の肝がごっそり抜けておるですぞ、増田氏。表情だけ追って中身(誰が誰にどの資源と動員を渡したか)を見ていないのが致命的ですぞ。
拙者なら、今回の結果を本当に説明したければ次を押さえるですぞ。
そして4年後の見立てを語るなら、山野氏の「思想が怪しい」伝聞ではなく、教科書採択・文化政策・行政DX・都市計画での具体の意思決定履歴と、県レベルにスケールした時の実装能力で評価すべきですぞ。馳氏側が挽回するなら、危機広報と県市連携の設計を人に依らず回る形で公開し、配分の透明性(ダッシュボード化)で不信を逆手に取るのが近道ですぞ。
増田氏、観戦記としては悪くないが、実務のレイヤーに届いておらぬですぞ。次は数字と組織の足跡で語って、真の「地元理解」を見せてほしいですぞ。
何故ならば、「#ママ戦争止めてくるわ」なる、独身女性や子供のいない女性を踏み付ける醜悪なタグが流行し、選挙の後もそれを使い続けようという動きがあるからです。
私は先の衆議院議員選挙では期日前投票で野党に入れた(ここでいう野党には、維新やチームみらいといった実質的な自民補完勢力を含まないものとする)。
「#ママ戦争止めてくるわ」のタグを見たのはその後だった。だからこのタグの存在は私の投票行動に影響を与えていない。だけど見た後だったなら、自民に入れていた可能性も否定できない。そのくらい印象の悪いタグだった。
高市早苗首相は女性ですが、単に女性なのではありません。子供のいない女性です。片山さつきさんにも小野田紀美さんにも子供はいません。
それに対してれいわ新選組の大石晃子さん、共産党の田村智子さんは女性党首ですが、いずれも子供がいます。
子供のいる女性と子供のいない女性とでは立場が異なる。前者が強者、後者は弱者だ。後者は前者よりも厳然として不利な立場にいる。それは人類の歴史上ずっとそうで、日本では1990年代に一時弱まったけれど、21世紀になって少子化が叫ばれるようになってからはまた強化された。
勿論、本来ならばそうした個人の属性を超えて連帯すべきなのだが、そこをわざわざ分断したのが「#ママ戦争」タグだ。
北原みのりさんは高市首相を支持する有権者について、「イデオロギーよりアイデンティティー」と評した。
高市首相「歴史的大勝」はイデオロギーよりアイデンティティー? 「殴られてきた女の歴史」を思う 北原みのり
dot.asahi.com/articles/-/276035?page=1
それは分からなくもない。
現在子供のいない女性であれば老若問わず高市首相と立場が共通するし、仮に子供がいる女性であっても娘や孫娘がいれば、娘や孫娘が生涯子供を産まない可能性を考えるだろう。
ただ、私はそういう個人の属性よりも政策を重視していたので、「アイデンティティーよりイデオロギー」で考えた結果、自民に入れる事はしなかったが。
イギリスで二人目の女性首相テリーザ・メイも、子供のいない女性でした(一人目のマーガレット・サッチャーは子あり)。私は彼女の政策は必ずしも肯定出来ないと思っていたが、政敵の女性政治家から「あなたには子供がいない。私には子供がいる」と言われたのを知った時には同情した。
その人の境遇に共感する事と、その人の政策を支持できない事は両立する。その人が最高権力者である事実と、属性が社会的弱者である事実は両立する。たとえ政敵であろうとも、弱者属性に付け込んだ攻撃はすべきでない。
#ママ戦争タグによって、常日頃ジェンダー平等や同性婚や多様性の主張をしている人達の真意や正体が見えて、悲しかった。
つまり野党も独身差別・子無し差別を政策として行うという意思表示なのではないか。野党のイデオロギーが信頼できない。
……じゃあ自民に入れても同じじゃないか?自民は少なくとも、子供のいない女性を最も責任あるポストに就けた実績があるのだから。
「もうどうにでもなーれ」とばかりに、自民に入れたくもなってくるよ。
「みんなのためのタグ」だというのなら、何故そこで敢えて「ママ」の文字を使うのか(好きにアレンジすればいいと言われたところで、Xのトレンド対策を考えたら自ずと同じ言葉で統一されてしまう)。
アメリカで全ての人の人権を主張する言葉としてホワイト・ライブズ・マターを使ったなら、おかしいと思うのが普通じゃないか?
x.com/kiyoshi_mayuko/status/2022487180036444417
高市早苗首相への批判の言葉として「ママ戦争止めてくるわ」を使うのは、大統領だった時のバラク・オバマへの批判として「ホワイト・ライブズ・マター」を使うに等しい悪趣味さだ。
このタグの発端となった清繭子さんは、1982年生まれで早稲田大学政治経済学部を卒業し、新卒で正社員として出版社に入り、育休や時短勤務も人間関係も充実していたにも関わらず小説家になりたいという理由で退職した、非常に恵まれた女性だ。
note.com/mayuko_kiyoshi/n/n0178432b4ecb
単に「独身」でいいところで敢えて「独身貴族」という言葉を用いており、貧困や病気で不本意に独身を強いられている人が多い現状が見えていない。
www.threads.com/@mayukokiyoshi
清繭子さんは批判者に対し、「冷笑や侮蔑」と一括りにしましたね。私のように切実な痛みから発した懇願の声を、存在しないものとして扱った。
x.com/kiyoshi_mayuko/status/2020469313698664502/
「孫やひ孫に語るのが目標」とも言っている。二人いるお子さんが両方とも子を持たない可能性を考えない鈍感さに吐き気がした。
x.com/kiyoshi_mayuko/status/2020838157818949766
このタグの支持者は「ママ」とは生活者の事だ等という詭弁を吐く。「ママ」とは「ママ」という意味です。すなわち母親という意味です。未婚率が上がっている現代日本において、「ママ」になれるのは一部の恵まれた女性だけである事実を直視しようとしない。
x.com/lucy_green_AST/status/2021056483858010430
支持者がこのように、批判者を男性だと決め付けるのも、女性からの批判を透明化する女性差別思想だ。
x.com/ETakiyam/status/2022657714971914670
「#ママ戦争止めてくるわ」を批判すると何故か、「戦争反対して何がいけないの?」と反論される。典型的な藁人形論法だ。
x.com/otolizzy/status/2021900737702158571
「#ママ戦争止めてくるわ」には、戦争反対の意味も自民党改憲案反対の意味も含まれていない。
戦前戦中ならば今以上に、子供を産んだ女性は称揚され、産まない女性は蔑まれたのを知っている筈だ。その当時を知っている人がこうやってこのタグを持て囃すのは、他者への配慮の欠落としか思えない。
x.com/Iam90yearsold/status/2019958831351230657
また、このタグの根底にあるのは子供やそれを産む母親にこそ価値があり、そうでない者には価値がないという優生思想だと思う。
「我が子を戦争に送りたくない」と言うが、我が子でなければいいのだろうか。よく、「誰の子供も殺させない」と言われるが、そうではなく、「誰も殺させない」と言うべきではないのか。
x.com/hiyumi47225624/status/2020371818738250036
「子供達の未来を守る」事は、「そのために大人を切り捨てる」事に容易に繋がる。
事実、高齢者切り捨てを掲げるチームみらいに首都圏で投票した多くが、世帯年収1000万以上の子育て世帯だ。
x.com/ShinagawaJP/status/2021193142461157414
※どうせこういう批判に対しては、「本当は自民支持者なんだろう」「本当は野党に入れてないんだろう」などとレッテルを貼られるんだろうが、
・戦争を止めたいならウクライナに行ってこい←日本の話をしています。
・高市自民は戦争したいなんて思っていない←そういう属人的な話ではなく、憲法という制度の話をしています。
・無防備では攻められる←別に自衛隊を廃止しろとか言ってる訳じゃない。憲法9条があれば無防備だというのなら、現状が既に無防備だ。
でもそれもこれもこのタグの分かりにくさの結果でもあるし、
衆議院選挙が終わって数日が経った。
しかし同時に、「民主主義とは何か」を考え直させられる出来事でもあった。
今回、先の参議院選挙から心惹かれる候補者がおり、その方が衆院選でも立候補されることになったとみつけた。
何を行えばいいかわからない、なので決起集会から参加することにした。
ただ、私はこの政党の政策すべてに賛同しているわけではない。たとえば消費税ゼロを謳っているが、現実的な財源確保として不可能だろう。VAT対象品目の見直しや税率の段階的引き下げならまだしも、と思う部分は多々ある。それでも、この候補者個人の姿勢には共感していた。
会場には早めに到着した。主催者席に座る候補者は、ネットで見るより穏やかで、普通の人に見えた。もしかして別人では、と疑ったほどだ。
ところが決起集会が始まると、徐々にあの雰囲気が戻ってきた。明確な目的意識と、人を飽きさせない話術。理路整然とした言葉運び。ああ、本物だ、と少なからず感動した。
開始ギリギリに入場を諦めかけていた人々を掻き分け、個性的な格好の女性が入ってきた。顔見知りらしき女性と話した後、床に座り込んだ。満員のため床に座る人は他にもいたので、これ自体は仕方ない。冬の寒い日だったが室内は適温だった。
ところが彼女には暑かったらしい。会の進行も気にせずタンクトップ姿になり、ストレッチを始めた。候補者が演説している最中である。周囲の人々が一瞥し、見て見ぬふりをし始めるのが分かった。知り合いと見られる女性も、誰も諌めることはなかった。
これは私にとって異様な光景だった。国の立法府に人を送り出そうとしている場で、自分の快適さを優先する振る舞い。それを制止できない支援者たち。人は自由であるべきだが、この状況への違和感は拭えなかった。
候補者と支援者の話は感動的で思慮深く、ますます応援したくなった。だが同時に、この非社会的行動とそれを容認する雰囲気に、この集団に身を置くことへの躊躇も生まれた。候補者は心から応援するが、支援者の集まりには居心地の悪さを感じる。党内の年齢層が高いせいか、仕組みがアナログなことも気になった。
次に応援に訪れたのは、大きな駅前だった。党首と候補者が揃って演説するという。選挙戦も中盤、どんな話が聞けるか楽しみだった。
党首の主張は理解できる。税金の使途変更、防衛費拡大への反対、雇用の安定化。実現すれば社会的負担を減らせる政策だ。
しかし言葉選びが気になった。この街はかつて若者の街と呼ばれ、今も感度の高い人々が集まる場所だ。新しいものを好み、洗練された言葉を使う。
その駅前で「○○はいいでしょう、みなさん、どうですか?」という呼びかけ。若い世代なら思うだろう。質問形式で議論を誘導するのはレトリックとして不誠実ではないか、と。信念があるなら素直に政策を語ればいい。同意を求める言葉は、自信のなさに聞こえる。
耳を疑った。ガビーンとは何だろう。長年のキャリアを持つ政治家が、なぜこの場にいる人々に届く言葉を選べないのか。聴衆に訴えかけるのではなく、自分の話したい言葉だけを語っているように見えた。
この党首は東大を主席で出て司法試験に合格し、若くして党を任され、弱者の側に立って問題解決に取り組んできた人だ。テレビ討論でもしっかり話される。政治家として評価されるべき実績がある。
それなのに、この演説は何だろう。データの並べ方も、相手に噛んで含めるような話し方も、聴衆を低く見積もっているように感じられた。
この区は常に23区の平均給与トップ3に入る。日々プレゼンをし、人を説得して予算を獲得する訓練を受けた人々が多い。党首の話し方は、そうした聴衆には響かない。
後ろで候補者が不安そうに手を振っている。聴衆の半分は政党ではなく候補者目当てだろう。
党首がようやく話を終えたと思ったら、スタッフが「まだ話し足りない」とマイクを戻した。聴衆は候補者を見に来ているのだ。壇上の党首、スタッフ、候補者の間で意思疎通がうまくいっていない様子が見て取れた。
候補者の演説が始まったのは25分後だった。比例候補とはいえ、若者に届く言葉で話せる候補者の時間が、二世代上の党首の演説に削られたのは残念だった。
それでも、その足で区役所に向かい、候補者の政党名を書いて期日前投票した。
選挙運動平日最終日、金曜の夜に仕事が早く終わったため、もう一度候補者の演説を聞きに駅前へ向かった。
今回、リベラルな政党を心から応援したいと思った。ただ投票以外に何ができるか分からない。勤め人なのでポスティングの時間も取れない。せめて聴衆「モブ」の一人として場を盛り上げられればと足を運んだ。
だがその度に気になったのは、支援者の排他的とも見える行動だった。
この日、自治体の首長と候補者と同じ政策を掲げるNPO代表が応援演説に来ていた。聴衆は80人もいないように見えたが、特記すべきは15人前後が巨大なスローガン入りの旗を持っていたことだ。個性的な格好をした人が多い。
でもさあ、80人くらいだよ。ここにいるの。そこの20%が旗持っているわけ。
遠目から見て、異様な光景。デモ会場なら分かる。他党でも旗を持つ人はいる。ただ大抵は小さな応援旗だ。少ない人数に大漁旗並みの旗を持つ人が20%もいる状況は、書かれたスローガンが正しくても、外から見て近寄りがたい。
あの集団を見て、楽しそうだから仲間に入ろうと思う人がいるだろうか。むしろ威圧感を与えているのではないか。
遠目から候補者の演説を聞いた。掠れた声で、それでも変わらない人を惹きつける話し方。前議員時代に力を入れた戦時中の事故の問題、労働問題、あらゆる格差問題。それは意味のある言葉だった。一人でも多くの人に届いてほしいと願った。
大規模政党から見ればメジャーではない政党の些細な敗北かもしれない。しかし多様な問題提起をし、さまざまな状況に置かれた人々の声を国に届けられる人を、有権者の一人として国会に送れなかった。今、とても気持ちが沈んでいる。
全ての人に優しい社会という理念は大事だし、私もその一員でありたい。
直近の選挙でリベラル側に立つことで、リベラルが票を増やせない根本的な問題に気づいた。
理念は正しくても、それを広げる方法に課題がある。他党の主張を支持する人もいるだろう。だが節目の場では、協調と他者への尊重が必要ではないか。政党側にも支援者側にも。
共鳴する仲間を増やす必要がある時に、外から人が入りづらい雰囲気を作る古参の態度は何なのだろう。
学生時代、キャンペーンスタッフのバイトでチラシ配りをしていた。人の目を見て動きを少しシンクロさせると受け取ってもらえることを学んだ。この政党のスタッフは高齢の方が多く、ぶっきらぼうにチラシを押し付けるように渡していた。チラシに書かれた言葉を届けるというより、チラシ配りという役目だけをこなしている。相手の行動を見て判断し、関心のある素振りを見せなければ、誰もチラシを受け取らない。
視覚障害者用の誘導ブロックに立つ支援者もいた。「誰かが来たらどけばいい」ではない。そんな配慮もできない人が支持している、と候補者の評価まで下がることに思い至らないのだろうか。
若い有権者はチラシではなく、候補者のホームページを見る。だがそのホームページも、パワーポイントで作った画像を貼り付けた雑然とした作りで、政策の深掘りも整理もされていない。フォントサイズもバラバラでデザインに落ち着きがない。
候補者は最初の決起集会で、この政党だからこそ活動ができたと感謝を述べていた。その言葉は本心だろう。だが同時に、支援者たちの善意が、意図せず新しい人々を遠ざけている現実がある。
私自身は無党派層であるが、今回リベラルの候補者を追いかける中で、いくつかの問題が見えてきた。
理念を広げたいのであれば、まず支援者の側から、初めての人が入りにくい雰囲気を和らげる必要があるのではないだろうか。
掲げているスローガンは本来、社会全体に向けた言葉のはずだが、いつの間にか仲間同士の確認の言葉になっていないだろうか。
さまざまな立場や温度感の人が参加できる作法になっているのか、改めて考えてみる余地があるように思う。
どのような態度の人であれ、どの立場の人であれ、まず同じ社会の構成員として尊敬の態度を持って扱う姿勢が必要ではないだろうか。
自分たちの正しさを語るだけでなく、その正しさが現実の社会にどのように作用するのかを、現在の社会を前提に説明してほしいと感じた。
たとえ他党であっても、支持される理由があるはずであり、その点を理解しないまま批判すると、力強い、信頼できる言葉を届ける前に、結果として有権者を遠ざけてしまうのではないか。
関わった皆さん、タイトなスケジュールの中本当にお疲れ様でした。
そこは本来どうでもいいです。
人にはそれぞれの信念や考えがあって当然で、そこを過剰に否定されたり抑制されたりするべきではないからです。
でも家族の考えは違うようです。
私は、友人が重い病気を患っている事もあり、医療や科学の発展を望んでいます。
少なくとも、家族が支持するその2政党のうちひとつからは、その発展は望めないように感じます。
医療よりも日本を守る事が先決だろうという意見もわかるので、そこを否定するつもりはありません。
でも私は、医療の発展どころか医学自体を否定してるかのように見える所に入れるのは気持ち的に難しいです。
でもそれらを家族に言うと大変面倒なことになるので(実際一回なった)言いません。
そして選挙、
家族と一緒に行くのだけは勘弁だったので。
家族は、「期日前投票は結果を操作されるから当日に行くべきだ」とか言ってました。
家族は、私の入れた政党を(私が入れたとは知らずに)元気よくボロクソ言っていました。
そして結果、私の入れた政党は異例の大躍進を見せました。
「おかしい」とか「操作があった」とか「中国人が金で投票を買った(?)」とか言ってます。
そうなんですか?
私が中国人ではない事は家族が1番知っているでしょうし、私は当然買収も操作もされていません。
それよりも、正直に言うと
北風と太陽です。それを聞けば聞くほど、心は冷えて(絶対にそこ2つには入れたく無い)と思いました。
でも家族は、というかそこの支持者の皆さんは、そのやり方が正しいと思っているんですよね。
自分達の考え以外を馬鹿だ馬鹿と腐していれば、馬鹿になりたくない(であろう)人々が自分達の考えに迎合すると思っているんですよね、
私の選択が、もし将来的に「間違っていた」と言われるような結果になったとしても、
今回の第51回衆議院議員総選挙で神奈川19区で小選挙区も比例も維新に投票した。とにかく、社会保険料を低くして欲しい、持続可能な社会保険制度にして欲しい、というのが基本にあったが、自民・国民・維新の候補者も良く分からなかったので事務所に電話したり演説を聞いたり選挙公報見て判断した。正直第一候補は国民の候補だった。
## それぞれの候補について
・事務所に電話するもボランティアの中年女性の対応が微妙だった
・YouTubeやX等で見たが、全体的にふんわりしている感じがした。
・最終日に宮崎台駅で演説を聞こうと思ったが、奥さんのポエム調の演説が長かった。本人が選挙区に居るのになぜ奥さんがここまで演説するのか良く分からなかった。本人の演説も全体的にポエム調だった。ハーフの出自で微妙にアイデンティティー政治をしようとしているのが気になった。オバマの広島での演説を薄めた感じ。
・数か月前に赤沢大臣が公民館のようなところへ来て演説会をしていたときに認識はしていた
・事務所に電話して秘書の方が対応してもらったが、結局折り返しの電話なし
・Xで駅前で演説スケジュールを見て行くも、ビラも渡されず、本人から握手などもなかった。ボランティアの人たちと握手していた。本人はYouTube用のカメラに向かって話している感じだった。市議会議員なども演説していたが、そこまで当選させたい感はなかった。
・小泉大臣が来るということでわざわざ別のエリアにある駅に行ってみたが、警官の警備が厳しいわりに演説が全体的にポエム調で、リモートワークでやや時間の融通が利くとは言え10分ぐらいで退散した。
・最終日に宮前平駅の最後の演説も行ったが、動員数は非常に少なかった。高市総理が隣の選挙区まで来たのにこの選挙区には来なかった等内輪ネタ的な内容が多かった。演説後もボランティアの人たちと握手をして写真を撮り、その写真がSNSにアップロードされていた。ボランティアの方のために演説しているようにも感じた。
・菅さんの応援メッセージも見たが、神奈川2区の後継者へのメッセージとの熱量にやや困惑した。数十年前の菅さんだったら、少なくとも2回は握手出来ていたのではないか、と勝手に思った。
・選挙公報を見てそこまで悪くはないと感じた
・たまたま駅前の商業施設前で演説していたので、少し会話をして悪くないと感じた
・SNSやYouTubeの使い方は微妙だと感じたが、国民や自民の候補の組織運営能力と比べてそこまで差があるように思えなかった。
・最終日に宮前平駅の最後の演説も行ったが、微妙に遠いところに居たので、握手は求められなかった。
## 結果を受けて
神奈川19区は最後の最後まで結果が出なかった選挙区の一つで、エンタメとして面白く見ていた。結局国民の候補は借敗率9割以上で比例復活したが、こうしたギリギリの戦いが来り広げられたのも自分が体感した組織運営能力の稚拙さが表れているようにも思えた。
維新の候補は借敗率が3割台だったが、数パーセント高ければ同じく借敗率が3割台だった神奈川10区の維新の候補のように比例復活出来た選挙だった。最後の最後で目の前の自分に握手を求める人たち以外の人たちに語りかけるのを止めていた光景を思い出す。ちなみに、数日前に期日前投票でその本人の名前を書いていた。
この選挙区は人口の5%程度が毎年入れ替わる点、やや人口が増加している点が特徴だと思う。そのため常に新規にどのようにリーチしていくかが問われる。自民の候補は「多摩川格差」の是正なるものを訴えていたが、それは東京に通勤通学する前提の発想で、このエリアで職住近接した生活が出来るならば多摩川の向こうがどうなっていようが関係ない。実はこの地域のある駅のビルをシンガポールのファンドが購入し郊外型ラボにしようとするなど郊外でのオフィス供給の新しい展開があったりする。数年前の財政審議会の分科会で「社会資本整備総合交付金」を都心の再開発に投入する意味はあるのかというような問題提起があったが、そうした議論を発展させることも一つの方向性だと思う。
もともとはURが整備したいわゆる「歩者分離」の街並みが多いが、2000戸数程度のURの供給数だけでなく駅前の一等地で謎の商業活動を行っていたりする。都心一極集中が進むなか郊外にオフィス供給を作ることこそ民間が出来ないことであり、何故民間でも出来ることをわざわざその劣化版として独立行政法人が行う必要があるのか、などを昨今の住宅問題と絡めて議論を提起していくのも良いのではないか。
ちなみに、「歩者分離」の街並みだが自転車での移動が微妙に面倒くさい、国際プールなる施設も近くにあるが設備の劣化が著しい、横浜市営地下鉄が微妙過ぎる(東京メトロや東急に乗るときにすごく快適に感じる)、なども面白いと思う。この微妙な横浜市営地下鉄が新百合ヶ丘まで延伸したとしてどのようなメリットがあるのか、全く分からない。今年の5%の一人として。
嘘だろ
[東京 8日 ロイター] - 「ママ、戦争止めてくるわ」。衆議院選の終盤に差しかかった5日午後6時過ぎ、1人の女性が短い言葉をソーシャルメディア(SNS)のXに投稿した。反響は瞬く間に広がり、「#(ハッシュタグ)」を付けたポスト数は日本語のトレンド1位にまで駆け上がった。投稿主は東京都に住むエッセイストの清繭子(きよし・まゆこ)さん(43)。これまで特別な政治的発信をした経験はなく、ロイターの取材に「反応の大きさに驚いている」と語った。2人の子どもを育てる母親の何気ない言葉は、国民に広がり始めた一つの心情を浮き彫りにした。
「子どもたちを安心させたくて、自然に出た言葉だった」と、清さんは取材に語った。5日午後、保育園にいる娘を迎えた足で期日前投票をしようと思い立ち、自宅を出る前に小学生の息子にかけた一言だった。
当時、報道各社は情勢調査で「自民党大勝」を伝え始めていた。高市早苗首相(党総裁)の人気は全国に広がり、SNSも熱狂で溢れた。「日本列島を強く豊かに」と訴え、防衛力の抜本的な強化を掲げる高市氏。憲法改正の発議に必要な3分の2の議席獲得も見え始めていたタイミングだ。
https://jp.reuters.com/markets/japan/Q2TTGCVIPNOSVNYRBUYMYARNRQ-2026-02-08/
「言えなかった」じゃなくて「言わなかった」
んだよ
その事実を透明化するな
この人は80年前の敗戦当時16歳だったらしいが、成人した時から選挙権があって、日本で子供を産んで、それで今まで何をしてきたの?
自分達さえ良ければそれでいいという、今の日本社会を作り上げてきたのはこの人のような「ママ」達だよ
わたくし96歳
@Iam90yearsold
「#ママ戦争止めてくるわ」、昔の母親達はこれが言えなかった。あの頃に戻って「堂々と言っていい」と教えてあげたい。80年後は、みんなで声をあげていると知らせたい。
#みんなで戦争止めに行こう
#期日前投票に行こう
#戦争反対
トッブブコメが
-----------
結局、積極的な支持としての投票ではなくて、当選させたくない候補への対抗でしか選べないという状況が悲しいけど、とりあえず期日前に行ってきた
-----------
期日前投票ってきじつまえかきじつぜんかの違いかだけじゃなくて
きじつぜんって読んでる奴は意味の区切りがきじつまえのと違うような読み方をしてる気がする。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260207211703# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaYctPwAKCRBwMdsubs4+ SIlRAP9u1P383XCnzPztKlir8lC9q126XrCuGZvFpyZOV9Ng1QEAmL03vhgfa9sf rcMpHqZK4ZJsKBcTJ01QI10XRKpUVAc= =KuZh -----END PGP SIGNATURE-----