はてなキーワード: 世間話とは
ワイドショーと週刊誌とガルバ経営者の知り合いにちょっと世間話程度の話し聞いただけで成りすましできると思った、まとめブログとかで萌え豚叩きしてたような腐女子オバでしょ。
私のクラスのいじめられっ子、名前を仮にHくんとするけど彼は元の増田が言及しているようないわゆる積極奇異型と思われるタイプの人だった。
当時彼の素性を知らなかった私は普通に何回か口を聞いてしまった。
元のクラスはどこだったか、部活は何をしてるのかとかそれくらいの社交辞令に近い会話だったんだけどどうも私はH君に一方的に好意を抱かれてしまいストーカー被害を受けるようになった。
・授業の合間とか以外、例えば休み時間や掃除の時間にもしつこく話しかけられる。
・下校時に学校前のバス停で待ち伏せされる。(H君は帰宅部のはずなのに私の部活が終わるまで何時間も待っていた)
・既読無視してもしつこくLINEを送ってくる。(クラスのグループLINEからアカウントを知られてしまい、まだストーカーと知る前の最初期に友達登録を通してしまった。その後もブロックしたら刺されそうで怖かったので対処のしようもなかった)
幸いクラスの中の良い女子が味方してくれてH君が話しかけてこないようにガードしてくれたり一緒に帰ってくれたりしたけどつきまとい行為に怯えなくちゃいけない状況なのは変わらない。
友達にも付き添ってもらって先生に相談したけどH君のストーカー行為は一切変わらなかった。
H君からLINEで「先生に何か相談したの?」的なメッセージが来たから何かしら言ってはくれたんだと思うけど何も効果がなかった。(メッセージは当然既読無視した)
夏頃に本当に我慢できなくなって友達に付き添ってもらってH君にこちらの気持ちを正直に話した。
・話しかけてほしくないこと
友達の援護ももらいながらこれらを丁寧に説明しても、H君は「納得できない」「ふたりの問題に関係ない第三者が入ってきているのが気に入らない」「嫌うのは自由だけど僕にも話しかける権利はある」みたいな感じで何も話が通じなかった。
こちらがどれだけ恐怖と気色悪さを感じているか伝えても「納得できない」「理解できない」の一点張り。
今となっては笑えるけど、私が放課後に呼び出したことについて当初H君は告白されると誤解してたらしい。
話し合いの最後の方にH君は涙目になりながら「告られると思って期待してたらなんでこんな目にあわせるの!?」って叫んでいた。
こういうことが色々あって、男子にもH君の奇行は知られることになった。
私のクラスはH君以外、男女間も仲の良い雰囲気のクラスだったから私の友達のひとりが男子側にもH君のストーカー加害について共有して男子の方で何とかできないか相談したらしい。
もちろん先生にも追加で2〜3回相談したけど一向に改善しない。
それで男子は男子でH君が私や他の女子に変なことをしないようガードを固めてくれることになった。
・私を始め女子が怖がっているってことをH君に伝えるも「本人の口から聞かないと納得できない」「お前らに従う義理はない」と反抗された。
・A子(私)に嫌われているってことは確定事項でしょ、本人の口から聞いたでしょと伝えても「本人の口から聞いてない」「あれはA子が友達から言わされていただけ」「2人きりで話せないと納得できない」と反抗された。
・とにかく女子が怖がっているのでお前はもう女子に話しかけるなと再三言っても一向に話を聞かない。
・それでH君が女子に話しかけようとしたらその回数分だけケツを蹴り飛ばす協定が男子間で結ばれた。
・流石にケツを蹴るルールを適用してからはH君も大人しくなった。
・いまはH君も女子に話しかけるムーブをしていないのでH君とは関わらずに普通に無視している。
とのことだった。
私自身はH君が蹴り飛ばされている場面を目撃したことはないけど友達が男子に相談した後ストーカー被害を受けることは減っていき平穏な学校生活を送ることができるようになった。
私を守ってくれていた友達のうちの一人は日頃の恨みもあって何回かH君を蹴り飛ばしたことがあるらしい。
これ、お尻を蹴る行為は普通にいじめといえばいじめだけど自衛のための仕方ない暴力でしょ。
世の中どれだけ言っても迷惑行為をやめてくれない人っているよ。
元の増田で「いじめられっ子に原因があってもいじめはよくない!」みたいなこと言ってる人って、先生も頼りにならないこの状況でどうやって彼のストーカー加害をやめさせるの?
純粋に疑問。
同作は映画化漫画化など多数のメディアミックス展開をされていることから、
麻雀愛好家以外から知られている最も有名な麻雀のイカサマ技かと思われる。
この技は、まだ自動麻雀卓が出来る前、雀士が手積みで麻雀牌を積んでいたころの積込イカサマである。
まずコンビのうちの親が
「明日は晴れるかな?」
などと天気のことを世間話で話しをして、下家のお引きにイカサマの合図をして積込を促す。
そして親はサイコロを振って
出目を
2
2
と2回続けて2の目を出す。
そうすると親は自分が積み込んだ牌と、下家のお引きが積み込んだ牌から手配を並べることになる。
そして、その並んだ配牌は、すでにあがっている形(ツモ)だ。
この技はサイコロの出目を2→2と繋げることから二の二の天和と呼ばれるのだ。
麻雀放浪記において
なぜ二の二の天和の開始の合図は「天気」の話なのか?
登場人物出目徳は、主人公坊や哲になぜ天気の話がイカサマのトリガーであるとしたのか?
違和感無く、世間話として登場させるのに天気の話ほど自然なものはないだろう。
あくまでさりげなく合図を送らないといけないのだから目立つ言葉は駄目だ。
その自然さから、彼らの強敵であるドサ健なども全くその違和感に気付けない。
(ちなみに出目徳は2度続けてこの二の二の天和を炸裂させるという大技を使うが、
そのときの合図も天気の話である。これは流石に違和感がありまくりだったが、
そのことに気づいて坊や哲と出目徳の手さばきを積込を見ていなかったドサ健はちょっとヌルい。)
さて、天気の話である。
どうでもいい世間話に、天気の話うってつけだ。
まあ、そのとおりなのだろう。
しかし、ふと気づいた。
「雪だ」
今朝、歩いていて今年初めての雪に気づいた。
その粉雪を見て一瞬「積もるかな?」と思った。
その瞬間だ閃いた。
ああそうか、天気の合図って、もともとは「明日は雪だな」とか「雪が振り続けそうだな」とかだったのではないか?
つまり
「(雪が)積もるぞ(ツモ)、配牌の時点ですでにツモってる天和を出すぞ」
でも雪の話は雪が降らない地域だとか降りそうにないときに持ち出すのは不自然だ。
だから、そこから天気の話であれば天和の合図だ、ということになったのではないか?
雪を見た瞬間にそういうことを思いついた、というだけの話でした。
手堅い佳作だけど座組に求められる期待値は超えてこなかったかなって感じで63点。
マイアミ市警の麻薬取締チームの警部が殺され、その後任にマット・デイモンが就任。警部の死や市警に蔓延する汚職についてベン・アフレック含む部下とともにFBIらに詰められてしまう。その後、マットが得たというタレコミ情報に基づき、地元の地味な家を探索すると屋根裏部屋から2000万ドル(30億円)が発見される。警察ルールによってその金をその場で数えることになるが、マット含むチーム全体の空気がだんだん変な感じになるし急になんか汚職警官はやってくるしでてんやわんやに。私たち一体どうなっちゃうの~!?
というお話。
まず、ちょっとヴィジュアルに物申したくてぇ。え、お前アラブ系やったっけ?っていうか最初「FBI: 特別捜査班」のエジプト人とマジで見間違えた特大髭面のベンアフはまぁベンアフっぽさはないけど意外に似合ってるからまだマシとして。今回、マット・デイモンも白髪交じりのチリチリの全面髭面で信用できないコワモテを演じてるんだけど、マットにそれは無理だよ。だってもう誠実でかわいい顔してるもん。それがハマるのは絶対にディカプリオだよ!ってなった。
まぁベンアフとマットって幼馴染でけっこう定期で一緒に映画作ってて賞ももらってるし、この映画も2人で立ち上げた会社で作った奴だから2人でこんなふうにやろうねってキャッキャしながら作ったんだろうから、まずこの2人ありきだとは思うんだけどさ。実際、この2人の絡みはシーンデザインの妙も合って見応えがあったしすごいよかった。
で、ストーリーとしては30億円、しかも外部には漏れてない金が急に目の前に現れた時に人はどうなってしまうのかっていう、実際にあった事件にインスパイアされて作られた作品で実際の事件では30億円も現場で数えるの超大変だった(精神的だけじゃなくて物理的に)ってだけだったのを、警察内部での汚職やチェイスっていうエンタメ要素を追加した結果、ちょっと作品として変な感じになってる気がする。
この映画には融合しているようで実は溶け合ってない2つの要素があると思ってて。
1つ目は元々この事件を知ったときに考えたであろう「30億急に目の前に出てきたら正義も揺らいじゃうよね」っていうメンタルサスペンスという側面。急に手に入った財宝をめぐって仲間割れが始まっちゃうやーつね。
で、2つ目は「もともと組織内にいる裏切者を探し出す」という一般的な炙り出しミステリサスペンス。
これって「後から壊れちゃう話」と「元から壊れてる話」だから接続って意外に難しい。
この映画は元々警部が殺されるところから始まるので2つ目なんだろうなって感じで始まる。で、途中で急に1つ目が始まるんだけど1つ目の途中でどんどん2つ目の要素を消化していくからすごいゴチャゴチャしてくる。
マットがなんかどんどん強権的に場を支配しだしたかと思ったら、通報もしてないのに汚職警官がやってきたり、部下の生活に困ってる女性警官が10万ドルくらいパクってもバレないよねって話をし出したりする裏側でベンアフはマットを疑ってたりするのとは別に向かいの家からは誰かが監視してるし、その一方でアジア人はどっかに謎の電話をかけてる。
実際のところそれぞれの要素は脚本的にしっかり回収されるのでサスペンスっていうよりはミステリとしてはなるほどねってなるようにはなってるんだけど、それぞれの要素が本来持つジャンルとしての緊迫感は細切れにされちゃった感じでどこにノレばいいのかよくわからない座りの悪さを感じた。
ただ30億円が発見された家とその周辺で起きる謎と人間不信と緊張感という部分に関してはやや「緊迫させたろ!」っていう製作者側の気迫が見えすぎてウッってなる部分はありつつ、見応えはある。
特に好きなシーンはアジア人とマットが向かいの家に向けて歩いてて、警官ってだけで相手が緊張しちゃうよねみたいな世間話をしつつアジア人がマットをちょっと疑う発言をしてマットがそれを咎めて緊張が走る。で、アジア人だけ元の家に戻るように言われてアジア人にカメラがフォーカスしてアジア人の後ろにぼやけたマットがチラチラ映ってて、え?これ後ろから撃たれる展開?え?ってこっちもなるし、アジア人の顔もどんどん強張っていく。そして気付くとマットも背を向けて家に向かって歩いている。ってシーンがあってココ白眉。
ミステリとしても、いやそれカナリアトラップやないかーいって割と早い時期に割れちゃう可能性があってそうなると後が全部茶番になっちゃう危険性はありつつ、マットが金をパクろうと人によって別々の額を言っていると見ていて思えるように話は作られてるのも悪くない。
途中で銃撃を受けた時に銃撃にあわせてカメラがガクガク揺れる(部屋全体を映す固定カメラが銃撃を受けるたびに揺れる)演出はこれ何年の映画やねんって正直ちょっと笑っちゃったし最後のチェイスは作風から考えたら正直、別にそうじゃなくてもっと知的な解決でよかったのではと思わんでもない部分はありつつ、この手のジャンル映画として手堅く作られてるなって感じ。
あとメッセージとしてマットの腕には「俺はいい奴?」というタトゥーと「ずっといい奴」というタトゥーが彫られていて、ベンアフの腕には「俺たちは善人か?」というタトゥーが彫られている。全編見てから見返すと、最初から最後まで徹頭徹尾そういう話だったなって、マットのタトゥーの本当の意味も含めてちょっとしんみりしてしまった。
とはいえあんま予算感もないしベンアフとマットが組んで2026年に撮った映画としてはもっと大規模に面白いものを期待していたのでそれに比べるとこんな感じなのかってのは否めなかったかもしれない。アマプラとかで3.5くらいの評価で期待しなくて見てたら+5点くらいつくかもしれない。
ズバリ言おう
なんでもそう
人がメディアを見るのは、自分のリアルに関係したできごとから気分を変えて、ただ世間話のための話題になる種を仕入れたいだけ
それを人と話したり、自分の中で周辺のものごとに想像を含まらせたりして、現実逃避したいだけ
それなのに
ネットが『収益』と『承認欲求』の強欲なバケモノに占領されて何が起こったか?
それらはあなたが「話題」にできるような内容の広がりを持たない
ただただ最初のワンクリックを得るために、見たことを後悔するような、過激で辟易する攻撃的な言葉があるだけ
あなたは最近のネットでの炎上を見るたびに、「嫌なものを見た。できるだけ早く忘れよう」と思っていませんか?
一仕事終えて、息抜きのつもりで、昔からの癖でネットを開くたびにそんなものが目に飛び込んでくる
友達に話そうと思えもしないただいやな気分になるだけの話題の数々
そんなものを喜んでいるのは、気持ち良い胃情報を共有したい友達も居ない、喧嘩や嫌がらせだけが人と関わる手段という、人格破綻者だけ
面白くなくなって当然です
自分がおばさんになってから、おばさんは知らないおばさんとも平気で世間話ができる謎のコミュ力があると思ったんですけど、なんででしょうね?
とChatGPTに聞いてみたら、こんな答えが返ってきました。わたしは、おばさんはうっすらと嫌われているから、まあ、おばさん同士だったら安心?ということもあるのかな、と思うんですが。おばさんたち、自分に当てはまると思うことはありますか?
-----------------------------------------------------------------------------------------
「おばさんの謎のコミュ力」は、性格の問題というより立場・経験・心理的コスト構造の変化で説明できます。
若い頃は、他人との会話には常に変に思われないか、距離感を間違えないか
見た目・年齢・立場の評価といった社会的評価コストが伴います。
一方、おばさんになると
異性からの性的評価、同世代内の序列競争、「ちゃんとして見えるか」という圧がほぼ消えます。
結果として
これが最大要因です。
2. 会話の「目的」が変わる
若い頃の雑談は、無意識に、関係構築、承認獲得、自己演出を含みがちです。
情報交換(天気、混雑、価格、体調)、共感の即時共有、暇つぶし・空気緩和
という実用的・低リスク目的に変わります。だから話が軽く、失敗しにくい。
社会的に、おばさんは基本的に無害、子ども・高齢者・店員と話しても警戒されにくい
つまり
おばさんは
「この人は今これくらいならOK」という判断が一瞬でできるため、
5. 自己開示が「軽い」
になりがちですが、おばさんの自己開示は=笑い話・あるあるネタ
になりやすい。
「年取ったからね〜」「もう覚えられなくて」など、攻撃されにくい自己ネタを最初から持っているのも強い点です。
まとめ(結論)
おばさんのコミュ力は才能ではなく、
蓄積された対人経験
この構造的優位性の結果です。
だからこれは
年齢とともに自然に獲得される「バフ」であって、謎でも偶然でもありません。
年齢も35になって、両親も恋人はいないのか、結婚する予定はないのかと世間話をしてくる。
別にその圧には悩んでいないけど、
ふと気がついたら、大学を卒業してから10年以上も女性と新しく知り合ってないことにびっくりした。
友達のコミュニティメンバーは大学時代からずっと変わらない。コミュニティに女性はいたし、いまでも複数人と友達だが、全員俺の男友達と結婚している。みんなと家族ぐるみで旅行に行く程度には仲がいい。そこに新しい独身女性が入り込んでくる可能性は当たり前だけどない。
勤め先もめちゃくちゃ小さい理工系の中小なので、事務のおばちゃん以外社員全員男性だ。新入社員もこの10年全員男。
居酒屋にも1人で行くけど、女の子がいるような店には行かないで馴染みの店でマスターとしゃべってる。
結婚願望も恋愛願望もないし、童貞だけど気にしてないし、年々性欲も減衰してセックスもしたいと思ってないから、進んで女性のいる場所に行く理由がまったくない。
なにか趣味の教室やスクールに通うか、と思って調べたこともあるけど地方すぎてヨガとか老人向けの健康教室しかなかった。
そういう恋愛したいとかセックスしたいとかに突き動かされないと、女の人がいるコミュニティにわざわざアクセスしようとすることってないんだなあ。
たぶんこの調子なら今後のも女の人と出会うことはないんだろうか。
というか、女の人を好きになった記憶がない。
性欲はあるけど、恋愛的なのがピンとこない
性欲はシコってれば解決する
出会ってないから、女の人と関係を持ちたいと思う機会がないだけかもしれない。出会えば、自分は恋愛や結婚やセックスをしたいと思うのかもしれない。そこんところがわからない。
あえて出会いを求めるならマチアプなんだろうけど、恋愛も結婚もセックスもするつもりないなら女の人である必要がなくて、そんな人間がマチアプするのは相手に失礼かなあと思う。
というか「俺は女の人を好きになることがあるのか?」なんて試しのためにマチアプするやつ、なんかの気取った漫画のキャラみたいで嫌でしょ、相手は。
増田のみなさん、そこんとこどうなんでしょ
消灯が早いので、起床時間前に目覚める。夜間に看護師がドレーンが首から外れていないかを懐中電灯で照らして確認するので、何回か目が覚めていたが、良く寝られたと感じる。前日しっかり食べたので、各段に体力が回復している。
しかし今日の目標は、明日ドレーンを抜いてもらうために無駄に動かない、である。
この日から通常の食事となる。朝食にはクロワッサンが登場。カロリーが高いメニューが続くが、完食し続ける。朝のバイタルチェックで、ドレーンにつながるプラスティック容器に本日の日付が書き込まれる。ちょっと多いですね、といわれる。今日もシャワー禁止で、おしぼりで体をふき、ドライシャンプーをする。声帯を動かすために小さくハミングをして音を鼻腔に響かせる。低音は問題ないが、高音は音が割れる。空気が声帯から漏れている。その後もときどき声帯を動かす練習を行った
水筒へ水を汲みに休憩所にいくと、同室のクレーム老女と歩行器老女がテレビを見ながら熱心に世間話をしていた。話し相手がいるのは良いことだ。気難しいタイプのクレーム老女と話の弾む歩行器老女のコミュニケーション能力の高さに感服する。
10時ごろ、診察室に入るとさらに初顔の若い茶髪の女性医師がいた。4人目の医師。主治医と同世代か少し若い。明日、内視鏡しますね、ドレーンは70mlか、明日は無理かもね、とコメント。そんな不吉なことを言わないでほしい。
ベッド上で体を起こさず、ウォークマンを聴いて過ごす。この5年ほど使用していなかったのだが、入院に際して役に立つかもと持参していたのだ。久々の充電にも問題なく動き、大容量メモリ内に保存されている懐かしい曲、プレイリストをノイズキャンセリングでゆっくりと聴く。
体力、気力が激減しているのでスマホは長時間みる気力がなく、本も読めない、スマホでソシャゲの周回を脳死でやる、という気持ちにもなれない。音楽は心の救いになった。特にクラシック音楽と中学生のときに熱中した音楽が良かった。
体のすべてのエネルギーが、傷の修復に投入されている。全身の体積からみるとほんの小さな傷のはずだが、生存に関わる危機だと体が判定している。村上春樹の「1Q84」で、傷ついた野良猫が隠れてじっと動かずにいるように、といった表現があったことを思い出す。そう、傷が治るまでは動けない、動いてはいけないのだ。
今日ドレーンは抜けなかった、明日退院はできない、仕事、連絡、請求書、入金、どうする、どうすると善後策をぐるぐる考え続ける。
昼過ぎ、バイタルチェックにきた看護師にドレーンの状況をきく。全然出てないですよー、と良い知らせ。
師長がアラサー女性のベッドに謝罪に来る。どうやら不手際が2日連続で起こっている。前日は医者、本日は看護師がやらかしたようだ。聞いていると確かにそれはまずいとしか言いようがない失態だった。大部屋にプライバシーというものは存在しない。
回診に来た主治医にドレーンを早く抜いてほしいと訴えるも、ここまで非常に順調に来たのだから少し待ちましょう、抜いた後に体液が溜まって再度穴をあけることになったら大変です、と諭される。
16時過ぎ、研修医がやってきて、傷口のチェックをしたあと、ドレーンからの排出液をためるプラスティック容器を見て首をかしげる。再度手術の傷跡を確認し、今度は主治医を連れてやってきた。主治医も首とドレーンをチェックする。どうやら突然体液の排出が止まったので、ドレーンが曲がっているか、詰まっているのではないかと確認にきたらしい。特に問題はなく、帰り際に主治医が研修医に明日処置の準備をというのが耳に入る。ひそかにガッツポーズを決める。
食事やバイタルチェック、掃除のとき、クレーム老女も看護師やスタッフにお礼を言うようになった。私をはじめ他の同室者が愛想よくお礼を言い続けたのでつられている。まあ、ようやってもらってると感謝しないといけないわな、ともつぶやく。病室の空気がかなり軽くなった。
夜中、寒さと鼻水で起きる。自宅でもときどき発生する現象だ。持参していた貼るカイロを腰に貼り、横になる。朝、鼻水がたまっているが、元気に目覚める。日々、もりもり回復していることを感じる。
朝食に分厚い食パンとバター、ジャムが出る。昼食、夕食はどんぶり椀の白米だし、とにかく炭水化物を取らせる方針のようだ。病院なので当然ながら、毎回塩分はかなり少なく、甘い味付けが多い。
横になってウォークマンでミュージカル、レ・ミゼラブルのサウンドトラックを聴き、感極まって涙を流していると時間が非常にランダムなバイタルチェックがやってくる。やばい、と慌てて態勢を整える。やたらと体温が高く、血圧も高すぎて看護師が眉を顰める。音楽を聴いて興奮していたので、とも言えずなんででしょうねーとあいまいにごまかす。
診察待ちの待機部屋で同室の歩行器老女と顔を合わせる。お話好きの老女はすすっ、と私の隣に座り、すぐに自分の病状を話し出した。マスクで隠れていたが、鼻の手術で顔が内出血が大変になことになっている。私も自分の手術痕について話をして、赤いのって目立ちますよねー、嫌ですよねーと、同病相哀れんだ。
9時過ぎの診察は、若い茶髪の女性医師。予告していた内視鏡を鼻から入れる。声帯を動かし、確認をすると、「うん、右に比べて少し遅れていますが、左の声帯も動いていますね!これならすぐに戻るでしょう」と良い結果になった。主治医も喜ぶだろう。
ドレーンのプラスティック容器と日付をチェックし、「20mlか、ぎりぎりだな、主治医の先生はなんて言ってました?」少し待ちましょう、と言っていたとは言わず「いやあ」笑ってごまかす。「ま、抜きますか」やったね!と心の中で快哉を叫ぶ。
透明の管を抜き、首にできた穴に巨大な防水絆創膏を貼る。この後、バイタルチェックで絆創膏の状況が確認されることになる。体液がにじみでないように、この日も安静に過ごすことを心の中でひそかに誓う。絆創膏に体液がたくさんにじみでて状況が悪いから再度ドレーン、退院NGです! という事態を避けたい。
ドレーンのプラスティック容器をつるす点滴スタンドと別れを告げて、歩きやすくなる。歩行器老女がすれ違う際に、ドレーン取れたのですね、よかったですね!と祝福してくれる。ありがとうございます!シャワーの予約に行き、看護師からもおお、取れましたか!と声がかかる。にこにこ笑ってお礼を言う。大変うれしい。
同室の若い女性と看護師が差額ベッド代について話している。現在の差額なし大部屋に入る前の病室の請求書のようだ。救急で運ばれたときに、家族が第一希望のほか、第二希望の部屋タイプにチェックをいれていたらしい。その第二希望部屋タイプのベッド代である。本人が希望したわけではないので、納得しがたいだろう。緊急入院する際に、そこまで気の回る人も少ないと思う。ただ希望は紙に記載してしまっている。状況はなかなか厳しい。
水筒に水を汲みに行く際、杖を突いて歩く同室のクレーム老女とすれ違う。突然話しかけるのははばかられるので、笑顔で会釈する。和顔施は仏の教え。
母に自宅から仕事用スマートフォンを持ってきてもらう。ざっと情報を流し、不在中に問題が発生していないことを確認、チャットで連絡を入れ、退院日の帰宅後からWeb会議に出る予定とする。大きな心配事が解消し、ようやく安堵する。あとは予定通り退院するだけ。スマートフォンは再度母に自宅に持ち帰ってもらう。
夕食前に、首の手術痕がぴりぴりとするのを感じる。鎮痛剤が切れたようだ。食後に飲む予定であるし、前倒して飲むほどではない。痛むというより、何かがピリッとした、神経が走った、という感じであった。
快調に目覚める。絆創膏は体液がにじんでもなく、きれいである。昨夜看護師に一度貼り替えましたか?と尋ねられたぐらいである。術後、傷の修復に全投入されてたエネルギーが、他の部分にも回ってきたのか、体に力を感じた。
この日は日曜日のため医師は不在、病棟から患者も看護師も激減し、イベントは食事と最低限のバイタルチェックだけで、大変に平和だった。土曜に退院したかったな……。
一番の問題は、私の体力である。前日まで安静に努めていたため、起き上がった姿勢で長時間いれるのか、はたまた長時間歩けるのか、公共交通機関で帰宅できるのか、不安になる。
慣れるしかないため、一時間のうちで起きる時間、横になる時間の割合を少しずつ変えてゆく。食事の量は変わらないのに軽く完食できるうえに、食間に空腹を覚えるほどになった。お見舞いでもらったミカンを食べる。
退院後に傷口をメンテナンスするためのテープの使い方を看護師から教わる。手術前に買っていたテープで、3か月ほどの期間なので、買い替えもいらないだろうという。私の手術跡は大変見えやすいところにあるので大丈夫だろうと言われる。耳の近くなど、鏡で確認しづらい位置に傷跡がある人は大変なようだ。
夕食後のトレイを戻して部屋に帰ろうとすると、クレーム老女が杖もなく一人で歩いてトレイを返却に向かっていた。驚いて思わず目を見張り、ついでにっこり笑って会釈する。
部屋に戻ると、クレーム老女が歩行器老女のトレイも下げようと申し出て、そんな、悪いですよ。大丈夫、私も少しは動く練習しないといけないしね、とやりとりをしているのが聞こえる。誰も悪い人はいないのだ。
真っ赤な一文字の傷跡も、やや色が薄まり、幅が狭くなってきた。
快調に目覚め、しっかりと朝食をとる。母から今日は寒い、気を付けてとLINE。うん、持ってきた服で帰るしかないのだけどね。
診察待機部屋では、退院前の患者が私服で集まる。もう歩行器が不要になった同室の老女とお互いに退院を祝いあう。歩行器老女が先に呼ばれた後、残された若い男性と向き合う。「同じ部屋だったんですよ。男の人の部屋はお話したりしますか」「いや、まったく、全然です」老人ホームやデイケアで女性利用者同士はおしゃべりをするが、男性はしない、という話を思い出した。話をするほうがメンタルには良いと思う。
2日ぶりに主治医と診察で会う。退院ですね、では取りましょう!とドレーン穴に貼った巨大絆創膏を慎重にはがす。穴に貼る小さなシールを研修医が用意して手渡すが、主治医が首を傾げ、いや、いらないですね。このままで。となる。何かにじんできたら、市販の絆創膏貼ればいいです。と言われる。
あまり痛みを感じないのだが、鎮痛剤は飲まなければ痛むのか、処方が切れたあとに痛んだらバファリンなど市販薬を飲めばよいのか、と確認する。甲状腺はあまり痛まないという人が多い、痛まないならもう飲まなくてよい、余った薬は痛んだ時にとんぷくとして服用すればよい、とのことだった。
テープの使い方は教わりましたか、と確認される。はい、すぐに貼るんですよね? いや、ボンドが取れてから!と訂正される。一週間ほどで透明のボンドがボロボロと自然に剥がれ落ちるので、そのあとからテープでメンテをするようにと指示される。
改めてお礼を述べ、頭を下げて別れを告げる。
自動精算機で会計をする。高額療養費に関する申請は自動で行われると説明を受けており、マイナンバーカードの恩恵にあずかる。10万弱の表示に安堵する。命のほうが大切であり、お金のことは考えないようにしていたが、常に不安がどこかにあった。がん保険などに入っていなくても何とかなるものである。自分の治療に関わった人の数、労働時間、機材、薬剤を考慮すると、アメリカなら破産しているかもしれないと思った。
優先座席を利用させてもらい、公共交通機関で一人で無事に帰宅する。
昼過ぎ、ぴりぴりしたものを首に感じる。特に痛くはないので薬をのまずにやり過ごす。その後は鎮痛剤なしで問題なかった。
6日ぶりに誰もいない自宅で一人で過ごす。感受性が高く内向的な自分にとって、これが快適で最適な環境だと何十年も思っていた。入院中は24時間、常に人の気配を感じていた。四六時中トラブルと騒音が発生していた。突然一人の静けさが身に染みて、誰かと暮らすのも悪くはないかも、と思う自分に驚いた。
がんの疑いから32日目で手術、治療開始となった。RTA頑張った。
反省点として、生検から告知まで2週間かかっており、もっと早い日にしてほしいと依頼していれば日数は7日ほど短縮できていた可能性が高い。患者からの働きかけを躊躇してはいけなかった。ただ、様々な関係者のご厚意と尽力で最善に近い対応ができたと考えている。改めて感謝をしたい。
これからのがん治療予定は、摘出した甲状腺から筋肉への転移可能性の検査、甲状腺機能が右半分だけで保持されているかの検査、問題なければ10年間の経過観察となる。
退院直後から仕事を再開し、家事、炊事を始めた。自覚する体力ゲージは以下のように推移した。
| 入院前 | 100 |
| 手術直後 | 0 |
| 術後1日目 | 5 |
| 術後2日目 | 10 |
| 術後3日目 | 15 |
| 術後4日目 | 20 |
| 退院日 | 30 |
| 退院1日目 | 60 →いきなり上がる。 |
| 退院2日目 | 70 |
日常生活でいかに体を使っているか、外科手術・入院がいかに体力・筋力を低下させフレイルとなるのかを実感した。体重は入院前後で変動なしだったが、筋肉量がかなり落ちた。可能なかぎり手術・入院をしなくてすむように、健康に留意して生活をしたい。
長文を最後までお読みいただきありがとうございます。どなたかの参考となればと記録を残しましたが、私には長年の強度の高い運動習慣があり、年齢平均よりは体力・筋力があることを申し添えます。
一番良いことは、この記録が参考となる事態が発生しないことです。
https://anond.hatelabo.jp/20251201041250#
最初の1文で間違えているよ。
https://anond.hatelabo.jp/20251201041444#
「ほんとだねー」
「おひるどうするー」
「うち社食ー」
一文やん
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20251201041615#
なんだこれ…
https://anond.hatelabo.jp/20251201041250#
最初の1文で間違えているよ。
https://anond.hatelabo.jp/20251201041444#
「ほんとだねー」
「おひるどうするー」
「うち社食ー」
一文やん
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20251201041615#
なんだこれ…
日常会話や世間話なら一人当たり一文。ほとんど一文ごとに話し手と聞き手は入れ替わる。
このやり方である限りにおいては先生と弟子があるテーマに沿って対話して一緒に学びを深めていくようなことにも当てはまることだが、話す順番は特に意識する必要はない。相手が聞いてきたことから答えればいい。
それは問いも答えも文章的には一文によってやり取りされることに関わっている。
これが二文以上を費やしてもっとまとまりのある情報を一度に伝えようということになる段階で文章の組み立てというものは意識される。
長い文章ほど推敲もしないで思いつくままに話したり書かれたりされても受け手はどんどん置いてきぼりになっていく。
やみくもに話したり書いたりしたとしても偶然話の組み立てとして最適解な順番になっていて推敲した時と同じ効果を受け手に及ぼすこともあるかもしれない。
むしろそれが偶然よりも高い確率で起こるようにするためにこそ推敲をするのだと考えるべきだろう。
ここまでのことを踏まえれば、結局逆に言えば挨拶や英会話のような単純な質問と応答のような世間話のような類をラインやネット上の掲示板でチャット感覚で行なうことにおいては、その文章は本質的には形式に囚われて文章と分類していても仕方がないのではないかということだ。
文章は他人の目に触れた瞬間それは解釈的に作者の手から離れるというが、まさかチャットで書き手が誤解されて誤解であることを釈明した後でも「お前の先の文章ではそう解釈できるんだからお前がどういう意図で書いたかは関係ない」とか言ったらただのキチガイだろう。
政治家が発言を撤回したならば撤回したという事実自体は受け入れられ、批判されるのだとしても「撤回するなら最初から言うな」といったような類であるのが健全であり、まるで撤回したことなど知らないかのように「なんであんなことを言うの」と言い続けるのが異常とみなされることに対応する。
また一般的な文章では同じ言葉は極力使うべきではないという考え方があるようだがチャット的な単なる意思疎通のための文章では別にそのようなこだわりは求められていないと思う。
これも音声での対話でも同様に同じ言葉を何度使おうが全く気にしないのと対応している。
そもそももし我々が声帯も手も失ってしまったら何が望まれるだろうか。
脳から口を動かしたりキーボードを叩くときの命令が検出されたらそれに対応した人工音声の再生なり、ネットを対象としているなら端末への文字の入力なりが望まれるのではないか。
ネットを対象をしてなくて対面でもあえて胸元にiPadみたいな液晶をぶら下げておいてそこに言葉を発しようとする時の脳の命令に対応する文字が出てくる仕組みを望む人もいるかもしれない。
いずれにせよこうやって考えてみると、音声のときと文字の時とで文章かどうかの扱いが変わってしまうという考え方には本質を欠いた印象を受ける人も出てきているのではなかろうか。
しかし現行の考え方では人工音声か胸元に文字が表示されるいわゆる筆談形式をとっているかというだけで文章という呼称を適用すべきかの判定をしていることになる。
増田というある種の仮想空間においても我々は喉を潰され筆談を強制されているようなものだ。
筆談する障がい者の表現は全て「文章」力という尺度によって評価されるべきなのだろうか?現に「口下手」だった後天的啞が筆談でコミュニケーションを取っている場面でその巧拙が考察される場合、おそらくそれは会話という捉え方で分析されるように思えるし、このような場での表現の巧拙をやみくもに全て文章力と呼んで処理する傾向は腑に落ちない。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251201040815# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaS1GeAAKCRBwMdsubs4+ SHKLAP463yV/fdV1taP4Ag/FcFgBaNtPkYAWN5wiWz1SJTu50gD7BlNnDwJg1WJq OjaDLrsLVrofPlkZd4uOT9aK9+1N2gk= =8Q+x -----END PGP SIGNATURE-----
男女ともに40㎏〜49kgからは200ml
医療現場では200ml献血より、400ml献血が喜ばれるという
献血のサイトでは不足してる血が分かるのだが、200mlは常に余裕があり400mlの血が足りてないらしい
50㎏からダイエットしてるものの、そこから変動する様子がない
正確に言えば49〜51を行ったり来たりしてる
いつまでも50㎏から変動しないなら一度行ってみようか、献血ということで行ってみた
が、
1度目
体重計になるものの体重が48.5㎏です😅と言われ献血せず帰る
2度目
中に厚着し、靴は安全靴(バイトの時に買った、普通の靴より重い)を履く、献血受付前にお茶がぶ飲みという卑劣な手を使う
初めての献血なのに厚着という体調悪くなりやすい要因つけて一抹の不安あり
そして体重計に乗った結果…
👨⚕️「49kgですね」
な、なんだと…!!
しかしこの時はお情けなのか200mlの献血が足りなかったのかそのまま献血へ
ダイエットに難航してるからですと言うことにならなくてよかった(エイズ検査目的ではないことは何度も聞かれたけど)
看護師さん「あぁ、体重計は服を考慮して1キロ2キロ減らして表示してるのよ」
な、なんだと…!!
体重50㎏の人から400ml取るとは言ったものの、実のところもう少し余裕のある人からしか取らないのか…
人生経験のためにと行ったが、なんとも歯痒い経験になってしまった
重ね着は苦しいのでもう2度としたくないのが正直なところ
もしまた太る時があったら行く…かな?
2005年にクイーンとポール・ロジャースのコンサートに行った。さいたまスーパーアリーナが会場だったけど、友人を待つためにさいたま新都心駅のコンコースにいた。
黒いジャケットにマフラーを巻かずに肩に乗せているだけの國村隼に似ているおっさん(´・ω・`)
余ったチケットはないから断ったんだけど、私は当時まだ高校生だったからおっさんが珍しがって軽い世間話に発展した。
なかなか気さくなおっさんだったから少し気を許しちゃった(・.・;)
でも肩に手を回されて耳元でなんか言われた時だけは少し警戒した。