1人目 : DF モネール (横浜フリューゲルスなど)→ ゴールを決めた時にチームメイトとお尻を合わせて踊る「モネールダンス」で一世を風靡したアルゼンチン出身のSB。184センチとサイズのある大型のSBだった。1993年5月16日に行われた清水との開幕戦で超・ロングシュートを決めて「モネール・ダンス」を披露した。草創期のJリーグを代表する外国人選手の1人に挙げられる。フジテレビ系列のサッカー番組の「さんまの天国と地獄」ではレポーターとして活躍。
2人目 : DF 根本裕一 (大分トリニータなど)→ 鹿島ユース出身。C大阪や仙台や千葉や金沢でもプレーしたが大分時代に主力として活躍した。精度の高い左足を持った左SB/WBだったが年代別代表でも活躍。アテネ五輪出場を目指す山本JAPANで左WBのレギュラーを獲得した時期もあるが本大会のメンバーからは漏れた。当時、TBSのサッカー中継は各選手に強引にキャッチフレーズを付けたがDF根本に付けられたのは「美白のロベカル」だった。
3人目 : DF 古賀誠史 (横浜Fマリノスなど)→ MF本山などとともに東福岡高の三冠に大きく貢献したサイドアタッカー。小柄ながら左足のパワフルなシュートを持っており、「和製・ロベカル」と呼ばれた。黄金世代の1人で年代別代表でもプレーしたが守備に難があってプロの世界では大成することは出来なかった。名古屋や柏で活躍したCBのDF古賀は実兄になる。兄は185センチの長身だったが、弟は171センチ。プレースタイルも対照的だった。