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サラーリ・ジェンティル『ボストン図書館の推理作家』(ハヤカワ文庫)
サラーリ・ジェンティルの『ボストン図書館の推理作家』を読む。またもや最近流行りのメタミステリだが、本作はシンプルな仕掛けながら、ありそうでなかった趣向を持ち込んでおり、なかなか面白い一冊であった。
こんな話。フレディはボストンに移住したオーストラリア出身の新人作家である。今日はボストン図書館の閲覧室で執筆を試みていたが、あまり集中できておらず、ついつい周囲にいる男女を観察していた。フロイトの本を読む心理学専攻と思われる女性、ハーヴァード大のトレーナーをきた顎の割れている若い男性、作家と思しき二枚目の三人。彼らを作品の登場人物にできないかと想像していたそのとき、女性の悲鳴が館内に響き渡った。
この出来事を機に四人は友人となったが、やがてその悲鳴の原因と思われる殺人事件が発覚し、彼女たちの周囲にも危険が忍び寄る……。
▲サラーリ・ジェンティル『ボストン図書館の推理作家』(ハヤカワ文庫)【amazon】
という内容だけであれば普通のミステリなのだが、実はこれ、オーストラリア在住の作家ハンナ・ティゴーニが書いているミステリ、という設定なのである。ハンナは執筆中のこの作品を、ボストンに住む作家志望の男性レオにメールで送り、その助言を仰いでいる。基本的にはほぼフレディのストーリーで進み、章が終わるごとにレオからの短い返信が挿入される、というのが基本構成だ。
作中作が盛り込まれたミステリも最近では珍しくないけれど、全編ほぼ作中作というのも本作の大きな特徴だろう。ここまでいくと、メタミステリの仕掛けがあったとしても作中作がつまらないと本末転倒になるところだが、強引なところもあるにせよ作中作も決して悪い出来ではない。
そして、ここにレオの返信が加わるだけで、その面白さは倍増する。
ハンナとレオの現実世界で何が起こっているかは、レオのメールから推察するしかないのだが、このメールがだんだん不穏なものに変わっていく過程、それによってサスペンスを高めるテクニックはなかなかのものだ。
また、レオの助言によってハンナが作作中作を修正していく様も興味深い。最初はボストンの知識や米英語と豪英語の違いぐらいなのだが、次第にストーリやキャラ付けなどにも影響を与える。その一方で、絶対に受け入れない部分もあり、この辺りはサラーリ自身の創作姿勢も伺えるのではないだろうか。
強いていえば似たようなタイプとしてアンソニー・ホロヴィッツの『カササギ殺人事件』があるけれども、ただ、試みの意味合いがまったく異なっている。
なんせ本作ははほとんどが作中作という構成であり、メインストーリーとの主従関係があってないようなもので、そこが本作の特殊性を際立たせている。レオのメールでしか語られないメインストーリーは膨らませようと思えば膨らませることは可能だが、著者は思い切ってそれを返信メールという形に凝縮し、そこにサスペンス効果を集中させた。その試みこそが素晴らしいのである。
そして、作中作でのラスト一行。これががなかなか意味深である。フレディとハンナの世界がリンクする瞬間であり、事件に影響するようなものではないのだが、不気味な余韻を残す。
ということで、メタミステリの構造を深読みする上でも非常に面白い作品なのだが、別にそんなことを考えず、普通に読んでも楽しい稀有なメタミステリである。
なお、『ボストン図書館の推理作家』というタイトルやカバー絵が、なんとなくコージー・ミステリを連想させるのがちょっと気になった。もちろんコージー・ミステリっぽいから買うという読者もいるだろうから、一概に悪いことではないのだが、自分自身はコージー系だと思って最初は購入を見合わせた口なので、ちょっともったいないと思った次第である。
こんな話。フレディはボストンに移住したオーストラリア出身の新人作家である。今日はボストン図書館の閲覧室で執筆を試みていたが、あまり集中できておらず、ついつい周囲にいる男女を観察していた。フロイトの本を読む心理学専攻と思われる女性、ハーヴァード大のトレーナーをきた顎の割れている若い男性、作家と思しき二枚目の三人。彼らを作品の登場人物にできないかと想像していたそのとき、女性の悲鳴が館内に響き渡った。
この出来事を機に四人は友人となったが、やがてその悲鳴の原因と思われる殺人事件が発覚し、彼女たちの周囲にも危険が忍び寄る……。
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という内容だけであれば普通のミステリなのだが、実はこれ、オーストラリア在住の作家ハンナ・ティゴーニが書いているミステリ、という設定なのである。ハンナは執筆中のこの作品を、ボストンに住む作家志望の男性レオにメールで送り、その助言を仰いでいる。基本的にはほぼフレディのストーリーで進み、章が終わるごとにレオからの短い返信が挿入される、というのが基本構成だ。
作中作が盛り込まれたミステリも最近では珍しくないけれど、全編ほぼ作中作というのも本作の大きな特徴だろう。ここまでいくと、メタミステリの仕掛けがあったとしても作中作がつまらないと本末転倒になるところだが、強引なところもあるにせよ作中作も決して悪い出来ではない。
そして、ここにレオの返信が加わるだけで、その面白さは倍増する。
ハンナとレオの現実世界で何が起こっているかは、レオのメールから推察するしかないのだが、このメールがだんだん不穏なものに変わっていく過程、それによってサスペンスを高めるテクニックはなかなかのものだ。
また、レオの助言によってハンナが作作中作を修正していく様も興味深い。最初はボストンの知識や米英語と豪英語の違いぐらいなのだが、次第にストーリやキャラ付けなどにも影響を与える。その一方で、絶対に受け入れない部分もあり、この辺りはサラーリ自身の創作姿勢も伺えるのではないだろうか。
強いていえば似たようなタイプとしてアンソニー・ホロヴィッツの『カササギ殺人事件』があるけれども、ただ、試みの意味合いがまったく異なっている。
なんせ本作ははほとんどが作中作という構成であり、メインストーリーとの主従関係があってないようなもので、そこが本作の特殊性を際立たせている。レオのメールでしか語られないメインストーリーは膨らませようと思えば膨らませることは可能だが、著者は思い切ってそれを返信メールという形に凝縮し、そこにサスペンス効果を集中させた。その試みこそが素晴らしいのである。
そして、作中作でのラスト一行。これががなかなか意味深である。フレディとハンナの世界がリンクする瞬間であり、事件に影響するようなものではないのだが、不気味な余韻を残す。
ということで、メタミステリの構造を深読みする上でも非常に面白い作品なのだが、別にそんなことを考えず、普通に読んでも楽しい稀有なメタミステリである。
なお、『ボストン図書館の推理作家』というタイトルやカバー絵が、なんとなくコージー・ミステリを連想させるのがちょっと気になった。もちろんコージー・ミステリっぽいから買うという読者もいるだろうから、一概に悪いことではないのだが、自分自身はコージー系だと思って最初は購入を見合わせた口なので、ちょっともったいないと思った次第である。
fontankaさん
図書館を題材にした小説は、読書人であればやはり気になりますよね。個人的には図書館というと、キングとかゾランとか幻想系の作品がなぜか好きです。
ちなみに漫画になりますが、図書室が舞台の『バーナード嬢曰く。』も好みです。
Posted at 09:36 on 09 01, 2024 by sugata