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はてなキーワード: 無為とは

2026-01-27

無視できない蒸しタマネギの美味さの増田素真の差マウのギネ待たし無為な機で凍む(回文

おはようございます

最近蒸し料理のもう仕事化している申し子!ってぐらいの蒸し料理ずいてきているんだけど、

いろんな食材を蒸して食べるというのにチャレンジ中!

でね、

今回はシンプルタマネギをやってみたの。

普通にシンプルタマネギよ。

新玉とかじゃなく新二子玉でもなく二子玉川ライズでもなく、

普通に売っているシンプルタマネギ

それをこちらも至ってシンプルに1玉を3分割する輪切りにして、

フライパンの上に乗せた蒸しの上に輪切りにしたタマネギを搭載するの。

で!

蒸すこと約10分!

輪切りにしたタマネギが上質に蒸し上がって、

タマネギを横に切ったもんだから

タマネギ年輪に見える層が蒸しあげられたことによって盛り上がってきて、

自ら蒸し上がりました!って盛り上がりを隠しきれないぐらいな勢いで出来上がっちゃってるの!

早速実食よ!

パク!

な!なにこれ!

ま、まるで食べるオニオンスープじゃん!

うま!

旨味の甘みの濃縮したタマネギオニオンスープ化!

辛みなんか一切なく、

タマネギの甘さしか勝たんってぐらいきっと優勝出来ちゃいそうな勢い!

タマネギのただ普通タマネギを1玉普通に蒸しただけなのに、

この美味しさ?

あっと言う間に試しにと思って輪切りにしたタマネギ1玉はペロリと私の胃袋の中に収められたの!

とろとろでタマネギ自体自分の甘さを閉じ込めすぎているので、

一口タマネギを運んだら

中でジューシーに溢れるタマネギ汁がまさにオニオンスープのそれで、

もう一回大事ことなので何度でも言うけれど、

これって食べるオニオンスープじゃん!って!

鬼の形相とは裏腹に思わずそのオニオンスープの全タマネギの甘みをあますところなく自らのタマネギの身をもって保湿しつつ、

モイスチャーに蒸し上がったタマネギタマネギのいいところしか残っていない感じなの。

たった1つのタマネギでこんなに旨味あんの?甘いの?って

晩酌にってつもりで美味しくなくて失敗したら窓から投げ捨てればいいじゃん!って思っていたのとは大違いに、

しろ逆にもう1玉2つのタマネギを蒸せばよかったわ!ってぐらいに

あっと言う間に食べちゃったの。

蒸し料理ポテンシャルポテンヒットどころか

まさに味のホームランよ!って

私も二刀流大谷翔平選手みたくなるんだ!って蒸し料理界の二刀流を目指せるなって1回ぐらいは思っちゃったぐらい!

この蒸し料理というか、

蒸すだけでこんなにションテン爆上がりするものなのかしら?

しかタマネギたった1つででよ!

うま!って。

もうみんな今年が午年だってことを忘れているでしょ?って私は「うま」いって叫び続けるのよ。

今年はもしかしたら私蒸しの年になるかも知れない!

この1年の切って火蓋が切られて兜の緒を締めるたい感じ!

しかもこれほとんど食材を切って乗せるだけだし、

もっと早くに蒸し料理のいや蒸し野菜の良さを知るべきだったわ。

今知らない人がいたら、

試してみるといいわよ!

そんな蒸籠だなんてたいそうな装置を買わなくてもいいので、

フライパンの中に設置できて蒸せる蒸し網ってのがここ21世紀になって開発されたようなので、

これはもう味の文明開化やー!って言いたいぐらいなの。

こんな器具早くから知っておけばよかったわ。

いや逆に今知れたからこそ良かったのよ!

これなんでも野菜蒸せちゃって食べられちゃうから

超絶ヘルシーになっちゃうの!

しかも私あんまりそもそも味付け無くっても大丈夫な、

これが正解なのか味音痴なのかもはや分からないけれど、

生野菜サラダとかもドレッシングなしでパクパク食べちゃう体質!

これもあってかか分かんないけど、

蒸し上がった野菜たちはなにも調味料を付けずに

ジャガイモは一滴のポン酢を垂らすのみって、

ジャガイモポン酢使うんかーい!って言われちゃいそうだけど、

もちろん使わなくてもジャガイモの味の甘みの旨味は充分にあるの!

今のところ、

蒸し料理というか蒸し野菜たちやってきたけど、

打席初球ホームラン!って感じで失敗しないいや失敗する余地がないのよ!

余地がなさ過ぎまくりまくりすてぃーだわ!

失敗しようが無いのよね。

あと強いて言うのなら蒸し時間があるけれど、

だいたい5の倍数でいいみたい!

はい

今思いついた名言でました!

蒸す時間食材に対して5の倍数でいい!って

気付いちゃったわ!

ジャガイモは大ぶりだと20分!

このタマネギとかなら10分!

白身魚とかのお魚だったら5分!

わ!

だいたいの蒸し料理時間は5の倍数でいい!って法則まで見付けられちゃって一挙両得を5倍にしたい気持ちよ!

ションテン爆上がり毎晩上がっていたら

ションテン爆上がり疲れを起こしちゃいそうだけど、

それをも上回るほどの蒸し上がったお野菜たちの美味さが炸裂しているので、

私は言わせないの!

鈴木杏樹さんばりにモリモリ食べ野菜!って私が先に言うから

こんなに身近に幸せがあって良かったのかしら?

いや今までどんだけ不幸だったんだよ!って言う意味では全くないけれど、

大事ことなのでこれはここでまた何度も言いたいんだけど

蒸したタマネギはまるで食べるオニオンスープやー!ってこと。

たぶん、

私はそこそこ自炊やって来た手間味噌自慢しているわけじゃないけれど、

それがひっくり返るぐらいの

簡単さに美味しさに食べ応え強さ」と

私のお粥研究テーマでもある「手軽さと簡単さと食べ応え強さ」にも匹敵するぐらいなの!

ただ切って食材を蒸し網に乗せるだけ。

今まで自炊やってきた私の膝が崩れ落ちそうだわ。

こ、こんなにも蒸し蒸すだけで超絶なんでも美味しくなっちゃうなんて!

恐ろしいことにこれが失敗していない

打席初球ホームランだってことも恐ろしいわ。

だって自炊適当に何か作ったとき

まぐれで奇跡的に超絶美味しいのができるけど、

調味料とか目分量なので再現出来ないじゃない!?

あの味が自分再現できないのよ!

自分でですら。

だけど、

蒸し料理食材を乗せてだいたいの食材の量とか固さとかで蒸す時間は5の倍数という秋山仁先生ビックリするような定理

私の何もかもがひっくり返っちゃうぐらいの事件なのよ!

ふふふ!

今度は私はサーモンに挑戦する、

いわば蒸し界隈のラスボス級の食材に挑戦しようと思っているの!

サーモン蒸したら絶対美味しいしかなくない?

そしてキノコも一緒に蒸せば、

たぶんまた1回の表初打席初球ホームラン間違いないのは今から想像するに容易すぎるわ。

私のサーモンチャレンジもお見逃しなく!って言いたいところよ。

タマネギ1玉でこんなにションテン爆上がりするんだから

サーモンでやったらたぶん大変なことになるかもしれない!

でも過信してはいけないの!

蒸しがあまりにも簡単で手軽だからって自分の蒸しレヴェルと蒸しパワーを過信しないようにしたいわ。

ションテンが爆上がりしていることをサーモンに悟られずに

蒸しサーモンやってみるつもり!

から晩ご飯のことを考えるとワクワクするわ!

うふふ。


今日朝ご飯

昨日買って食べるのをすっかり忘れていた納豆巻き!

今朝に持ち越し朝ご飯に!

まりタマネギの美味しさに全てを忘れていたわ!

でもこうやって朝ご飯に大好きな納豆巻きを食べられるダブルでの幸せ

今日は良いことあるに間違いないに決まってるわ!

デトックスウォーター

ホッツ白湯ストレートウォーラーに、

って思ったけど思い出したかのようにまたルイボスティーティーパックがあることを忘れてしまいそうだったから、

ホッツルイボスティーウォーラーしました。

今日ちょっとだけ早起きしたので、

慌てちゃったけど

落ち着いて1日を過ごしたいわね!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2026-01-26

個人ブッダ国家荀子国際関係道家思想AIとの対話の果てに

個人ブッダ国家荀子国際関係道家思想――さらに一段階精密に考える

個人ブッダ国家荀子国際関係道家思想

という三分法は、直感的だがかなり合理的だと思っている。

ただ、もう一歩だけ精密にすると、

この整理はさらに安定する。

---

なぜ思想は混乱するのか

多くの思想的混乱は、

思想の「正しさ」ではなく

適用レベルの混線

から生じている。

個人内面問題

国家組織制度問題

国家同士の力関係問題

これらを同じ原理で処理しようとするから

思想同士が噛み合わなくなる。

---

基本三分法の整理

まずは基本形。

個人ブッダ
国家荀子
国際関係道家思想

これはそれぞれ、

・心の苦をどう扱うか

欲望を前提にどう秩序を作るか

・衝突をどう避けるか

という、まったく性質の違う問題対応している。

---

個人レベルブッダ道家(補助)

個人内面における最大の問題は、

欲望

不安

・執着

自己否定

ここに荀子的な

矯正」「努力」「規範

を持ち込むと、

自己監視

自己処罰

精神疲弊

になりやすい。

ブッダは、

欲望否定しない

・抑え込まない

・「私のもの」と同一化しない

という方法で、

内面を壊さずに扱う。

ここに補助として、

道家

自然に任せる

・力まない

・流れに逆らわない

を加えると、

個人精神はかなり安定する。

---

国家レベル荀子法家(補助)

国家組織は、

個人とは前提が違う。

・利害は必ず衝突する

欲望は拡大する

放置すれば争いになる

ここでブッダ道家を前面に出すと、

責任の空白

・腐敗の温存

権力私物化

が起きる。

荀子は、

「人は放っておくと争う」

という前提に立ち、

・礼

教育

制度

規範

で**意図的矯正する。

さらに実務面では、

法家

・明確なルール

執行

罰則

を補助に使うことで、

国家はようやく機能する。

これは冷たいが、現実的だ。

---

国際関係道家思想現実主義(補助)

国際関係さらに厄介だ。

相手は信用できない

ルールは破られる

正義を掲げると戦争になる

ここに荀子管理思想を持ち込むと、

相互不信と軍拡固定化する。

ブッダ理想主義を持ち込むと、

ただ利用される。

道家思想は、

・勝ちに行かない

・目立たない

・力を誇示しない

・流れを読む

・正面衝突を避ける

という、

消耗を最小化する知恵

提供する。

ここに補助として、

現実主義的な抑止力を最低限持つことで、

破綻しにくくなる。

---

もう一段階精密にした整理表

レベル思想 補助
---------
個人ブッダ道家
国家荀子法家
国際関係道家現実主義

重要なのは

どの思想も万能ではない

という前提だ。

---

最大の失敗パターン思想越境

このモデル破綻するのは、

思想レベル越境したときだ。

国家個人荀子強制する

個人悟り国家運営に持ち込む

国際関係道徳正義を振りかざす

歴史的失敗の多くは、

ほぼこれで説明できる。

---

まとめ

自分には慈悲と観察を(ブッダ

国家には制度教育を(荀子

世界には無為抑制を(道家

思想信仰ではなく、

使い分けるための道具

だ。

この三分法+補正は、

理想論でも冷笑主義でもなく、

現実をそのまま見た結果として、

かなり安定した整理だと思っている。

2026-01-21

anond:20260121100822

全員が全員全部しっかりマスターする必要はないとは思うけどね。

生きていく上でほとんどの人は「社会」が必要から、そこに出る準備としての最低限ができれば。

そのためには受け入れる社会側も変わらないと。

無為学歴求めたりして、成長を歪めていると思うよ。

2026-01-13

雪国なんかにまれたくなかった

俺が毎日雪かき無為に過ごしている時間を非雪国の住人は有意義に過ごせているんでしょ?

不公平すぎないか

2026-01-10

さよならホワイト餃子

から焼き餃子が好物だった。大好物ではない、好物である。「好きな食べ物は?」の質問に回答として浮かばないが、それはそれとして好んでよく食べている。

ホワイト餃子というものがある。何がホワイトなのかよく知らない(今これを書くに当たって調べたら白さんに教わったかららしい)。普通餃子だって白いじゃんと思いつつも、丸い包み方や一部のファンの声が気になっていた。

そして今日映画を見に行くついでの散歩(往復20km)の途中でホワイト餃子店舗がある事に気づいた。今か?今なのか?

13時少し前、店内は8割ほど席が埋まっていたが待たずに入店・着席。メニューを見て迷う。餃子は米ナシで食べることが出来るタイプではあるが、汁物が付いた12豚汁セットにする。豚汁って言っても写真説明書きを見る限り普通ネギ味噌汁豚肉が入っているだけっぽい。豚汁好きとしてはここは残念。

やや待って配膳。ホワイト餃子とは言うが比較的丸い形の餃子の半分は焼き後でこげ茶色になっておりホワイト感には乏しい。なんなら普通餃子のほうが盛り付け面の上下によってはホワイト度が高い。

酢1 醤油 0.3 ラー油 0.3の個人的黄金比でタレを準備し付けて食べる。

うーーーーん??厚めの皮、これはいい。標準が一番好みではあるが薄皮も厚手も同じく好きではある。餡は…これどうなんだ?肉汁感には欠けややもっちゃりしている。野菜の主張も弱くてコレだという強みを感じない。そして形状が丸いのでタレとの絡みもよくない。餡の塩味が強ければ問題ないがあまり味の主張の強くない餡に厚手の皮なのでタレ無しでは味気ない。

ホワイト餃子を知ってはいるが食べたことのない状態はもう失われ戻ってこない。今あるのはこの微妙な味の体験のみ。モッチリしてそう・包子のように肉汁たっぷりそう・片面の焼目が強いかパリッとしてそう…そんな無為想像ももうできないのだ。さよなら想像の中のホワイト餃子。セットの豚汁は1.5cm x 3cm x 1mmぐらいの豚肉が1枚だけしか入って無くてコレで豚汁名乗るのか…ってなりました。

現代タイ思考が滑稽なのは、それを追求した結果が推し活という愚の自己放尿だから

現代タイ思考というのは、時間という希少資源を最適配分するという顔をした、自己放尿の言い訳装置にすぎない。

連中はまず「無駄を省け」「最短距離で満足せよ」と唱える。ここまでは経済合理性言語に見える。

しかし、その合理性がどこに向かうのかを最後まで追跡すると、到達点は知的生産でも技能獲得でもなく、推し活という偶像崇拝だ。

効率化の果てが、他者設計した商品感情委託し、反射的に消費する行為であるなら、それは合理化ではなく退行である

タイ思考の中核には、評価関数貧困がある。連中は「早い」「楽」「すぐ気持ちいい」を最大化し、それ以外をノイズとして捨てる。

その結果、時間節約されるが、目的劣化する。長期的な学習、失敗を含む試行抽象化のための停滞といった、人間の知性が必然的要求するプロセスは、タイパの名のもとに切り捨てられ自己放尿する。

切り捨てた空白に何が入るかと言えば、即時的な感情報酬だ。推し活はその解として供給される。難易度ゼロ責任ゼロ、可逆性ゼロ快楽。ここで連中は満足する。いや、満足しているつもりになる。

だが、この構造自己放尿している。時間節約するために選んだ行為が、時間を溶かす装置として機能するからだ。

配信を追い、反応を追い、更新を待つ。主体は常に受動で、次の刺激を待つだけの存在になる。自分課題定義せず、他人成果物感情同調させるだけの生活が、どうして「タイパが良い」と言えるのか。

これは効率化ではない。自己評価関数放棄した結果としての自己放尿である自分で考えることをやめ、脳内の余剰をその場で垂れ流す行為に、どんな価値があるというのか。

連中は時間節約したいのではない。判断回避したいだけだ。何を学ぶか、何に賭けるか、どの失敗を引き受けるか。その選択の重さから逃げるために、タイパという言葉を盾にする。

そして逃げ切った先で、推しという安全装置感情を預ける。そこにはリスクがない代わりに、成長もない。残るのは、消費したという事実と、次の消費を待つ空虚だけだ。

本来時間効率とは手段であって目的ではない。目的が貧弱なら、いくら効率を上げても結果は貧弱になる。

連中はこの単純な因果直視しない。直視しないから、推し活を「癒やし」だの「生きがい」だのと美化する。

しかしそれは、問題設定を放棄した人間が、自分無為正当化するために貼ったラベルにすぎない。ラベルを剥がせば、中身は依存と習慣化と条件反射自己放尿だ。

まりタイ思考が滑稽なのは、連中が時間節約した果てに、最も他律的快楽に辿り着くからである

合理性を掲げながら、最終的に選んだのが思考外注であり、感情レンタルであり、自己放尿の連続であるなら、その思想最初から破綻している。

時間をどう使うか以前に、何のために生きるかを定義できない者に、効率を語る資格はない。

連中がまず捨てるべき無駄は、推しではなく、タイパという名の自己放尿そのものだ。

2026-01-07

ありがとうAudible

およそ4年間で3500時間ほど聞いたAudibleを解約、アプリも削除した。

一冊が大体7〜12時間と考えると、300〜500冊ほど読んだ(聴いた)ことになる。

Audibleは心の癒しだった。

 

まだ小学校低学年と幼稚園の子どもを抱え、妻は育児で疲れ、基本的家事は私の担当だ。

仕事から帰りがてら業務スーパーに寄り、手頃な食材を買い、帰宅すると家族の話を聞きながら、座る暇もなく料理をする。

料理は30ー40分で終わる、簡単ものを目指す。

この間に長女の宿題もチェックする。

食事中はゆっくり過ごすが、終わったらすぐ洗い物をし、そのまま子ども風呂に入る。

子どもたちの明日の用意を確認し、可能なら簡単掃除をする。そして寝かしつけをする。

そうしているうちに、1112時になっている。

 

そこからウーバーイーツに行く。

子どもの目が覚めてしまい、私と離れたくないとぐずっていても、ここは心を鬼にしなければならない。

ここが一番辛いところだ。

 

片耳で、Audible聴く

もちろん違反行為なのは知っているが、これから3時まで働く上で、無音は耐えられない。

無音は嫌いだった。

電車に揺られるだけの通勤中。

家事で、妻も子どもが別のことをしている時。

そしてウーバーイーツ。

それらは無音で、死んだ時間だった。

頭だけが空っぽになり、将来のことや借金ことなど、悩んでも仕方のない事ばかり考えてしまう。

 

そんな無為なことを考えてしまう頭に、物語を詰め込んでくれたのがAudibleだった。

Audibleを使う前、読書とは不安のない学生が行える、特権階級の娯楽なのだと思っていた。

学生時代は読書好きだった私が、家庭を持った後はほとんど本が読めなくなったためだ。

たとえ時間があっても、考えることの多い立場では、頭がざわついて読書に集中できない。

特に私は400万もの借金を抱えていたから、尚更そうだった。

元々Audibleについては否定的だったが、少しでも無為時間有意義ものに変えたくて、気まぐれで使ってみたのがきっかけだ。

最初の一冊は微妙だったと思う。

耳が慣れず、物語の把握に苦労して何度も巻き戻した。

しかしそのうち「どうせ何もできない時間だったものが、こうして読書に使えるのだから、多少読み飛ばしても良いだろう」と開き直るようになると、

不思議とより細かく、詳細に内容が把握できるようになった。

 

だんだんAudibleの特徴も分かってきた。

登場人物が多すぎたり、中国の歴史物など、音だけでは漢字名が想像しにくいものは除外するようになった。

またナレーターが下手なら切る。逆に上手ければ原作評価微妙でも聞いてみるなど、Audible特性理解していき、徐々にAudibleを本の代用品としてではなく、Audibleのものとして楽しむようになった。

しかった。

 

死んだ時間だった、退屈な作業が、家事が、ウーバーイーツが、極上の物語を聴ける場へと変わった。

日中浮遊感が続く、あの心地良い読了感をまた味わえるとは思わなかった。

 

しかしここ最近は、めっきりAudibleを聴かなくなった。

色々な幸運が重なり、借金がなくなり収入も増えた。ウーバーイーツも引退できた。

お金のことについて悩むことがなくなり、逆にお金を使って更に次の一手を考えられるようになった。

家族食事に出かけたり、買い物に行くことが楽しくなった。

すると生活のものが楽しくなった。

頭は常に、これからどうやって更に収入を増やすべきかとか、元々の趣味だった歴史なんかの話だったりとか、そういうもをぐるぐる考えるようになった。

通勤中や家事の間、からっぽになった頭の中は、そういうことでいっぱいになり、もうAudibleが与えてくれる物語必要としなくなっていた。

からAudibleを解約した。

 

Audibleと、物語を書いてくれた作者、そこに命を吹き込んでくれたナレーターの方々には感謝しかない。

誇張ではなく、なければ病んでいただろう。

ただ耐えるだけの年月に寄り添い、間違いなく、文字通り支えてくれたのだ。

ありがとう。本当にありがとう

2026-01-01

おい!!!!!

聞こえてるか!!!!!🔥🔥🔥

今日一年の一日目だ!!!

その一日をだな、ボーッと無為に過ごしてるだと!?

ふざけるなああああ!!!💢

いか!!

時間貯金できねぇ!!

昨日にも戻れねぇ!!

「そのうちやる」はな、一生やらねぇ人間呪文!!!☠️

今日サボった一日は、

明日取り返せない!!

来週も取り返せない!!

人生ってのはな、今日の積み重ねなんだよ!!!🔥🔥🔥

やる気が出ない?

知るか!!!😤

やる気は行動の後についてくる!!

先に体を動かせ!!

脳みそは後から泣きながら追いついてくる!!!🏃‍♂️💨

完璧を狙うな!!

100点なんかいらねぇ!!

1点でいい!!今すぐ動け!!!✊🔥

スマホ置け!!

立て!!

深呼吸しろ!!

そして何でもいいから「今できる一歩」踏み出せ!!!

今日動いたお前は、

昨日までのお前より確実に強い!!!💪🔥

さあ行けえええええ!!!

一年初日、その残り20分を、

全力で活用しろおおおお!!!🔥🔥🔥

2025-12-11

今日の日曜プログラミング

Powershell死す

最高のアプリが作れてご満悦だったので、Windowsテーマ対応に手を出してみた

Powershellではできないだと……?

よくよく聞くとPowerShellスクリプト + WPF/XAML実装可能と教えてもらったので、Claude Sonnet 4.5にコンバートをお願いした(死因)

UI崩壊テーマ対応とか論外

天は荒れ狂い、地は燃え盛る

何もかもぶっ壊れて死亡。何度修正を試みても何1つ効果なく無為な1時間が経過

UIを1から作り直し

冷静に考えるとシンプルアプリなんだからUIだけ新しく作ってそこにデータ機能を載せればいいやんかと気づく

やったら5分でテーマ対応終了

何だったんだこの時間

コーディングは全部AI任せだけど色々と勘所が掴めて学びにはなったが……

2025-12-08

anond:20251208133212

2024年12月政権崩壊を受けてロシア亡命したシリアアサド前大統領について、ロシアはあらゆる情報を秘匿している。ただ、一部のメディアは、アサド氏がモスクワに所有する複数の豪邸に家族親族らと滞在し、オンラインゲームに没頭するなど無為生活を送っていると伝えている。

2025-12-04

証明者――父と私、そして「存在しなかった」ものたち

春の陽射しが網戸を通して差し込む。父親がレール部分を指さす。「ここが出っ張っているから削ってくれ」。私は黙って見ていた。

彼の指さす先は、網戸の可動部分そのものだった。削れば機能しなくなる。彼は「ちょっとした困難」にすぐ人を頼る。

この癖が、彼の人生を、そして私との関係を、ゆっくりと確実に蝕んでいったのだと、今ならわかる。

水に沈むラジコン

私が小学校六年生のときの話だ。何週間もかけてラジコンカーを組み上げていた。

完成間近になった夜、父は「見せろ」と言った。暗がりの中、私は車体の最終調整をし、父に送信機を渡した。「触らないで」と念を押した。

彼は触った。いや、いたずらした。車体はバックし、深い水たまりにまっすぐ入った。

防水ではない。私は固まった。父は笑っていた。彼は私がキャンキャン騒ぐのを楽しんでいた。

子どもの反応をおもちゃのように弄ぶのが好きな男だった。

後日、母の叱責で父は謝罪した。窓を開け、寝ている私に投げやりに「悪かった」と叫んだ。

謝罪というより、恥辱の表明だった。何も伝わってこなかった。

この瞬間、私は「父」という存在を、一個の「人間」として測り始めた。そして、その測定結果は惨憺たるものだった。

父は幼い子ども特に五歳くらいまでの子に強い興味を示した。無理難題を言って反応を楽しむ。

しかし、子ども自我を持ち始め、「嫌なものは嫌」と言い出すと、彼の目は瞬く間に曇り、興味は失せた。

彼が求めたのは「思い通りになる関係」だった。それは存在しない幻想だ。だが彼は、その幻想依存し続けた。

春の朝暴力と、秋の出向

春になると、父は特別なことをした。早起きして私を叩き起こすのだ。

冬はない。春の陽気が、彼の中の何かを騒がせるらしい。「五分で着替えてグラウンドに出てこい」。それができないと、真っ赤な顔をして殴ってきた。

彼は「猶予を与えないこと」が得意だった。自分が起こされるときは、そんなことは一切ないのに。

時は流れ、父は会社で「懲罰人事」と呼ばれる社外出向を命じられた。

当時はリストラ時代ではない。彼は「出向イコールクビ」と二度繰り返し、絶望した。

青森かどこかへ行かされ、そこでは何もせず、無為時間を過ごし、苦しんでいたと後で聞いた。

不思議ものだ。同じ「出向」という境遇に、私は後に立つことになる。

だが私の感覚は違った。「落ち込んでいたけど、日々の出勤があるからね。なんかできないかなー」そう思った。

二万円のパソコンと、当時としては画期的低価格ソフトを買い、独学で使いこなした。

そして自作の便利なコマンドを作り、部署のみんなに入れてあげた。面白がられた。

そこに、大手IT企業から来たという男がいた。LANケーブルのこともわからず、私に頼ってきた。仕事から逃げる人だった。

「こんなダメ人間がいるのか」と思った。肩書と実力の乖離。父が会社でやっていたことも、おそらくこれに近かったのだろう。

暴力で言うことを聞かせ、逆らうと政治をする」。そんな男が、組織の本流から「放逐」されるのは、必然の成り行きだった。

網戸と算数問題集クラシック音楽

網戸の掃除の一件は、彼の人生の縮図のように思える。

自分で見て、考えて、ためしてみる――この最も基本的プロセスを、彼は常に他者に投げた。

その癖は、家庭の隅々に染み出ていた。

一緒に旅行に行こうと言い出したかと思うと、電車の中で突然言った。「お前は算数問題集を持ってきてやる」。

アホかと思った。旅行という非日常空間に、日常課題を持ち込む。

彼の頭の中には、私という人間感情欲望存在せず、あるのは「教育する父」という自分自身の役割に没入したいという欲求だけだった。

別の日、彼はテレビクラシック音楽番組を楽しそうに見終わると、手元を指さして言った。

ハイ、ここに三十分くらいクラシック音楽」。突然の指令である。私はレコードプレーヤーを持ってくるよう命じられ、むしゃくしゃした。

だって番組を楽しんでいたのに。彼の「いい気分」は、周囲の人間を突然「自分情緒体験の延長」として召喚する許可状になった。

ゴルフ指導もそうだった。一挙一動に大声で口を出し、完全に夢中になる。

彼が夢中になっているのは、私の上達でもない、親子の時間でもない。

指導者としての自分」に酔いしれる感覚のものだった。

水泳でも「それいけ!」とプール中に響く大声を出した。

それは私のためというより、自分自身の熱狂演出するパフォーマンスだった。

「胸がいっぱいです」と、存在しない相手の家

母方の叔母の話をしよう。彼女の息子は三十五歳でようやく結婚式を挙げた。

その場でマイクを握り、「私は胸がいっぱいです」と泣きながら言った。

私は意外だった。ふつう結婚式来賓を労うものだと思うからだ。

だが、これが母方の家系の特徴なのかもしれない、と後になって気づいた。

その叔母もまた、自分の息子が結婚した際、相手の家が存在しないかのような振る舞いを繰り返したという。

母も父と「同じ」だった。私の感情意思を、一個の独立したものとして尊重するという基盤が、初めからそこにはなかった。

母方の家系には、内輪の感情に強く没入し、その外側の他者を軽視する傾向が流れているようだった。

私は、父方の「支配幻想」と、母方の「没入と無視」という、二つの異なる「他者不在」のシステム交差点に生まれ落ちた。

からこそ、私は両方のシステムから自由な、「外部の観察者」となることを運命づけられていたのかもしれない。

高校生背中と、親戚への言いつけ

高校生のある日、私はついに父に「やり返した」。長年の理不尽暴力への反撃だ。

だが私は、顔面は避け、背中から押し倒すという「優しさ」すら守った。

彼は私を殴り返さなかった。代わりに、親戚中に電話をかけ、「息子が父親暴力をふるった」と言いふらした。

そこで私は、彼の「卑怯」の本質を見た。力の論理で負けるやいなや、たちまち「世間体」や「情の政治」という別の土俵に持ち込む。

会社で「逆らうと政治をする」というのも、まったく同じ手口だったに違いない。

家庭という密室では通用たこ手法が、会社というより広い社会では通用しなくなり、彼は「懲罰人事」という形で社会から排除されていった。

死の間際の「息子、息子」

父が死の床に就いた時、彼はひたすら「息子、息子」と考え続けていたと聞いた。その話を聞いて、私はなお一層、痛々しい気持ちになった。

なぜそこまで、自分を脱することができないのか。なぜ「最初から存在しなかった幼児」への依存から、一生抜け出せないのか。

彼が求め続けた「息子」は、私ではなかった。自我を持ち、意思を持ち、彼の支配を拒絶し、一個の人間として彼と対峙たこの私ではなかった。

彼が恋い慕ったのは、彼の心の中にだけ存在した「言いなりになる幻想幼児」だった。私は、その幻想体現できない「失敗作」として、彼の人生に居続けたのだ。

「生まれてこさせてもらって感謝」という問いの空虚

世間では「生まれてこさせてもらって感謝しなさい」と言われる。だが私は思う。最初から存在していないなら、生の苦しみも何もない。

まれる前の「私」に、生まれることの恩恵不利益もない。問い自体意味をなさない。

父や母は、「子どもを作った」という事実をもって、何かを成し遂げたと思っていたかもしれない。

だが、生物学的な子作りは猫や犬にもできる。なにも偉くない。

本当に難しいのは、その子どもを一個の独立した人格として尊重し、その人生を見守ることだ。

彼らにはそれが決定的に欠けていた。だから感謝」を求めること自体が、服従要求に感じられる。

私もうつ病になり、三十年近く貧しい生活を続けてきた。その中で気づいたのは、生きて給料を得ることすら、ある種の犬や猫が「できること」に過ぎないということだ。

社会はそれを「偉さ」の基準にするが、それができないからといって人間価値がなくなるわけではない。

逆に、それができたからといって、その人が他者尊重できる人間になるわけでもない。父がそうだったように。

理想化された対象と、網戸のパーツ

から私は思う。父のような人は、理想化されたホステスさんに、自分理想女性を「乗り移らせ」て、ぼーっと依存するほうがよほど健全だったのではないか、と。

対価を払い、時間区切り無辜他者を傷つけずに、自分幻想と向き合うことができるのだから

彼はそうしなかった。代わりに、逃げ場のない家族を、自分幻想支配欲の捌け口にした。

網戸のパーツを「出っ張り」と誤認し、削るよう命じたように、彼は現実を歪めて認識し、それを修正する責任他者押し付けた。

私は彼の「人生証明者」である

彼が家庭という密室で、そしておそらく会社という社会で、いか他者尊重せず、いか自己幻想依存し、いかにして孤立排除へと向かっていったかを、誰よりも詳細に証明できる存在だ。

同時に、私は彼の「反対の証明」でもありたい。出向先でパソコンを学び、コマンドを作って笑いをとったように。

網戸のパーツを削るように命じられながら、その誤りを見抜いたように。春の朝暴力に、「背中から落とす」という自制の反撃で応えたように。

彼が「懲罰」と見た場所で、私は「自分が伸びる材料」を見た。彼が「クビ」と絶望した処遇を、私は「日々の出勤があるから」と現実として受け入れた。

彼が「息子、息子」と幻想にすがった最期とき、私は「なぜ自分を脱せないのか」と、彼の孤独を見つめていた。

証拠はすべてここにある。水に沈んだラジコン春の朝グラウンド。網戸の誤認されたパーツ。親戚に言いつけた電話

青森での無為な日々。そして、私の中に残る虚しさと、それでも尚、現実能動的に関わろうとする、かすかな手応え。

子どもはすべて知っている。思う存分にやったことを、一つ一つ覚えている。

私は父の、そして母方の家系の、その「思う存分」の人生の、生きている証明なのだ

この証明書に刻まれ文字は、時に怒りに、時に哀れみに、時に深い虚無に染まる。

だが、それが私という人間の、否定しがたい一部であることも、また事実である

私は、彼らの「不在」の証明であることと引き換えに、少なくとも自分自身の「存在」の証人ではあり続ける。

2025-12-01

究極的ミニマリズム

長年にわたる思考は、ついに一つの冷徹結論へと収斂した。

究極的ミニマリズムは、単なる物理的な断捨離や、禁欲的な生活の切り詰めとは、本質的次元が異なる。

それは、俺の精神領域侵食し、思考の純度を低下させる、ありとあらゆる非自己データノイズ自己放尿を、外科的な精度で排除する精神最適化技術である

具体的には、社会が恒常的に垂れ流す過剰な期待、他者無責任押し付けてくる不条理常識、そして何よりも、自己脳内蔓延不要不安や妄念といった精神的な自己放尿を、容赦なく断ち切る行為に他ならない。

心の断捨離などという生ぬるい慰めではなく、不要情報パッケージ発見した瞬間に、迷いなく切り落とす無慈悲な切除手術こそが、その核心である

かつては「どうでもいい」という思考停止が、不要な刺激に対する最初の鎮静剤だった。

続く「社会への完全なる諦め」は、その鎮静期間を経て、社会という茶番劇から意識的距離を置くための、準備段階に過ぎない。

そして、今回到達した極地とは、世界ノイズ総量を限りなくゼロ収束させ、生命維持に必要な最低限の思考コアだけを残すという、システム量化である

世の中には、承認欲求という名の自己放尿を撒き散らし、その飛沫を他者に浴びせることでしか自己存在証明できない人々が横行している。

さらに、嫉妬劣等感というダブル放尿を振りまき、他者精神的に引きずり降ろそうとする輩まで跋扈している。

こうした無価値エンティティに関わることは、俺の脳のメモリを不意味に消費させ、思考CPU無駄割り込み処理で酷使し、結果として人生スループットをただ低下させる致命的なオーバーヘッドである

ゆえに俺は、連中をメインプロセスに読み込む価値のない一時ファイル定義し、問答無用でその存在削除対象とすることを決断した。

この行為は、感情を切り捨てる冷酷さではない。むしろ自身本質的感情と、集中すべき人生目標を優先的に保護するために、外部から流れ込む不要自己放尿を厳密にフィルタリングする、高次の自己防衛機構である

社会評価、見栄、世間体、そして普通はこうするべきといった根拠不明の標準仕様、これら全ては、俺自身のメインプロセスに読み込むに値しない、取るに足らない自己放尿データである

価値基準を外部に委ねることを完全に停止した時、人間は初めて、真の自由というOSを起動させる。

他者失言、不機嫌、あるいは攻撃的な言動といった予測不可能な外部入力自己放尿に対し、もはや感情的なバッファを割く必要はなくなる。

社会の失態や制度不条理を目の当たりにしても、無為感情を乱されることはない。

しろ世界がどれだけ無秩序暴走しようとも、俺はその中心で完全なる無風状態を維持し続けることができる。

これは逃避や諦念ではなく、自身精神領域を最大限に最適化した結果として得られる、硬質な静謐である

究極的ミニマリズムとは、世界喧騒を徹底的に切り捨てた後に残る、硬質で静かな思考の中核そのものである

期待も怒りもなく、ただ淡々と、自分という存在OSを最高効率アップデートし続けるだけの生活。余計なもの排除し、必要ものを保存する。

俺の結論は揺るがない。

究極的ミニマリズムとは、精神の最終的な軽量化であり、社会がどれほど騒ごうが、他人いか自己放尿を撒き散らそうが、その全てが、俺自身人生コンテクストにおいては無意味であるという、冷徹事実けがかに残る境地である

2025-11-20

毒にも薬にもならない話題提供発言した気になるな

会社会議での愚痴

自分上司で、思いつきで適当に喋ってない?って人が居て困る。

とりあえず聞いてみると、「それどっちでも良くない?今考える必要ある?」みたいな内容ばかりなのやめて欲しい。

流石にまともに聞いてるといい気になって延々話し続けるので、最近は適度に聞き流すようにしている。

最初のうちは、なんか上司が言うことだし裏に意図があるんだろうな...? と聞いていたが、最近そんなものないと分かった。

ただ何かそれっぽいことを言ってバリューを出した気になっているだけで、本人は特に責任をとって意思決定を進める気はない。

とりあえず外野からちょっかいをかけて、さもやってます感を出しているだけだ。

特にアウトプットも出さず、うろうろ遠回りしたうえで無為時間を消費するだけの会議

半年位経ってもろくに進んでいない。ただ思いつきを喋って終わり。何の時間だ。

2025-11-02

今年も残すとろこ2ヶ月なわけだが

君たちは今年もまた一年無為に過ごしたようだね

2025-10-27

anond:20251027174304

「悩みが何にもないこと」を理想だと考えているのが誤謬だ。 

 

悩めていること(解決可能問題であること)が、既に理想形だ。

下層には、悩みとかじゃなくて、絶望無為がある。

2025-10-20


老子荘子には、「知識を追い求めすぎることへの疑い」や、「知によって世界コントロールしようとする態度」への批判が、非常に重要テーマとして繰り返し現れます

——

要するに、中途半端知識を追い求め、振りかざすと、その「反作用」によるデメリット半端ない(注: はたから見ると)から、そういう無駄はやめましょうってことなんだよね。ただ、老子場合は「構えなしの構え」で(不完全な知識に基づいた自分の策に溺れる)相手に勝つことを意図しているようにも読める。

ChatGPTに聞いてみました。

🐉 老子(『道徳経』)における「知識は足りないままでよい」

🔹 有名な一節(第48章):

学を為すは日に益す

道を為すは日に損す

損之又損して、以って無為に至る

無為にして而も為さざる無し

意味現代語訳):

学問を学ぶ者は、日々知識を増やしていく。

しか「道」を身につける者は、むしろ日々捨てていく。

• 捨てに捨てて、ついには「無為(何もしない自然なあり方)」に至る。

無為であっても、やるべきことは自然に成される。

👉 ここでは「知識学問)を積み重ねること」と、「道に従うこと」が対比されています

老子は、知識を増やすことによってむしろ自然から離れ、余計なことをしてしまうと考えます

🦋 荘子(『荘子』)における「知の限界」や「無知肯定

荘子老子思想さらに発展させ、よりラディカルに知識相対性限界を語ります

🔹 たとえば『荘子・斉物論』より:

夫れ知は之を以て知る可からず。

故に曰く、「これを以て之を知る、是れ未だ之を知らざるなり」と。

意味

知識というものは、それ自体によって真に知ることはできない。

• だから、「知識によって何かを知った」と言う人は、本当の意味ではまだ知らないのだ。

👉 荘子は、知識はつねに主観的限定的だと捉えています

現実を固定的に捉える知は、流動的な「道」には届かない。

🧭 ではなぜ「知識は足りないままでよい」のか?

両者に共通する思想

世界(道)は人知を超えており、完全に把握することはできない。

知識言葉に頼るほど、かえって道から離れてしまう。

自然(天)に従うこと、無為自然に生きることが大切。


📌 結論

老子荘子には明確に「知識は足りないままでよい(むしろ減らすべき)」という考えがあります

それは「無知礼賢(むちれいけん)」でも「無知の称賛」でもなく、知に偏らない、自然調和した生き方を重視するという立場です。

別の言い方で

老子荘子思想キーポイントは、過剰な知識への執着を避け、自然体で生きることです。これを視覚的に表現するために、次のようなイメージを思い浮かべると良いでしょう。

1. 水の流れ(自然に任せる)

• 水はどんな障害物にも柔軟に対応し、最終的には低い場所へ流れます。水は自分を過信せず、無理に力を使うことなく、自然の流れに従います

老子は「無為」や「自然の道」を提唱しましたが、この「水の流れ」のように無駄な力を使わずに、周りの流れに従って生きることが最も賢い生き方だと考えていました。

視覚的なイメージ: ゆるやかな川の流れ。障害物があっても、水はそこを避けてまた流れていきます。これは「無為自然」の象徴です。

2. 竹のしなやかさ(柔軟性と調和

• 竹はしっかりと地面に根を張りつつ、風にしなやかに揺れ動きます。これもまた、荘子が言う「無為自然」の一例です。竹は知識や力に頼りすぎず、環境に合わせて適応し、調和を保っています

荘子思想では、知識経験固執せず、状況に応じた柔軟な生き方をすることが理想とされています

視覚的なイメージ: 風に揺れる竹。知識経験が過剰に強くない、柔軟でしなやかな生き方象徴しています

3. 空の広がり(制限のない自由

• 空はどこまでも広がり、何にも縛られることがありません。この無限の広がりが、荘子が言う「逍遥遊(自由に遊ぶ)」の象徴です。

荘子は、人が自由であること、何にも縛られずに自然と一体化して生きることが最も幸せだと説いています

視覚的なイメージ: 果てしなく広がる青空。空が無限であるように、知識や学びに縛られることなく、自由に生きることを示しています

4. 足りている木の実(不足を求めない

老子荘子は、「足りていることの美しさ」を大切にしました。木の実が自然に落ちるように、過剰に求めることなく、今のままで満足することが大事です。

視覚的なイメージ: 落ちた実が地面に転がり、自然に他のもの調和しています。これが「足りていること」であり、満たされた状態です。

2025-10-15

冷笑系になるのだけはやめておけ

小3くらいで今で言う冷笑系に目覚めた私が断言する

冷笑系になるのだけはやめておけ

その冷笑は一生モノだ 何にも熱くなれず無為人生を消費するリビングデッドになる

何とかして熱血系になれ 変われ

かに熱中することはダサくない 一生懸命やることはダサくない

他人の目を気にするなとは言わないが、やりたいことをやるんだ

それが人生意味になる 生きる糧になる

2025-10-14

anond:20251013140819

こういう老害にはなりたくないもんだ

hatenaには老害側が多くて納得

貴様らそういう年だもの

もはや個々人で取り巻く環境世界もまるで違うことを想像できず、自分経験絶対化するしか取り柄のない年齢

馬齢を無為に重ねただけのクズの群れ

2025-10-03

[]

僕の一日は厳密に定義された自己同型変換の連続で始まる。

目覚ましは06:17、豆は正確に12.3グラム、挽き目は中細、湯の温度は93.2℃で抽出時間は2分47秒。

ルームメイトがたまにまちがえて計量スプーンを左から右へ並べ替えると、その不整合が僕の内部状態位相わずかに変えるのを感じるが、それは許容誤差の範囲内に収められている。

隣人の社交的雑音は僕にとって観測器の雑音項に過ぎないので、窓を閉めるという明快なオペレーターでそれを射影する。

友人たちとの夜はいつも同じ手順で、ログイン前にキーボードを清掃し、ボタン応答時間ミリ秒単位で記録する。

これが僕の日常トレースの上に物理思考を埋葬するための儀式だ。

さて、本題に入ろう。今日dSの話などではなく、もっと抽象的で圧縮された言語超弦理論輪郭を描くつもりだ。

まず考えるのは「理論としての弦」が従来の場の量子論のS行列表現を超えて持つべき、∞-圏的・導来幾何学的な定式化だ。

開弦・閉弦の相互作用局所的にはA∞代数やL∞代数として表現され、BV形式主義はその上での微分グラデーション付き履歴関数空間におけるマスター方程式として現れる。

これを厳密にするには、オペラド(特にmoduli operad of stable curves)とそのチェーン複体を用いて散乱振幅をオペラディックな合成として再解釈し、ZwiebachやWittenが示唆した開閉弦場理論の滑らかなA∞/L∞構造を導来スタック上の点列として扱う必要がある。

導来スタック(derived Artin stack)上の「積分」は仮想基本クラス一般化であり、Pantev–Toën–Vaquié–Vezzosiによるシフト付きシンプレクティック構造は、弦のモジュライ空間自然に現れる古典的BV構造のものだ。

さらに、Kontsevichの形式主義を導来設定に持ち込み、シフトポアソン構造形式的量子化検討すれば、非摂動効果の一部を有限次元的なdeformation theoryの枠組みで捕まえられる可能性がある。

ここで重要なのは関手量子化」すなわちLurie的∞-圏の言語拡張TQFTを∞-関手として定義し、コボルディズム公理を満たすような拡張理論対象として弦理論を組み込むことだ。

特に因果構造境界条件記述するfactorization algebra(Costello–Gwilliamの枠組み)を用いると、局所観測代数の因子化ホモロジー2次元世界CFTの頂点代数VOA)につながる様が見えてくる。

ここでVOAのモジュラリティと、2次元場の楕円族を標的にするエリプティクコホモロジー(そしてTMF:topological modular forms)が出てくるのは偶然ではない。

物理的分配関数がモジュラー形式としての変換性を示すとき、我々は位相的整流化(string orientation of TMF)や差分的K理論での異常消去と同様の深層的整合性条件に直面する。

Dブレインは導来カテゴリ整合層の導来圏)として、あるいは交差的フカヤ圏(Fukaya category)として表現でき、ホモロジカルミラー対称性(Kontsevich)はこれら二つの圏の導来同値としてマップされる。

実際の物理的遷移やアセンションは、圏の安定性条件(Bridgelandのstability conditions)とウォールクロッシング現象(Kontsevich–Soibelmanのウォールクロッシング公式)として数学的に再現され、BPS状態ドナルドソン–トーマス不変量や一般化されたDT指数として計算される。

ここで出てくる「不変量」は単なる数値ではなく、圏のホールディング(持続的な)構造を反映する量化された指標であり、カテゴリ量子化の語彙では「K-theory的なカテゴリ不変量」へと持ち上げられる。

さらに、超弦の非摂動的断面を完全に記述しようとするなら、モジュライ超曲面(super Riemann surfaces)の導来モジュラス空間、そのコンパクト化(Deligne–Mumford型)のsuper version、そしてこれら上でのファクタライゼーションの厳密化が不可欠だ。

閉弦場理論string field theoryはL∞構造を持ち、BV量子化はその上でジグザグするcohomological obstruction制御する。

より高次の視座では、場の理論の「拡張度」はn-圏での対象階層として自然対応し、拡張TQFTはCobordism Hypothesis(Lurie)に従って完全に分類されうるが、弦理論場合ターゲット無限次元であるため古典的公理系の単純な拡張では捉えきれない。

ここで我々がやるべきは、∞-オペラド、導来スキームシフト付きシンプレクティック構造、A∞/L∞ホモロジー代数集合体組織化して「弦の導来圏」を定義することだ。

その上で、Freed–Hopkins–Telemanが示したようなループ表現論とツイストK理論関係や、局所的なカイラ代数(Beilinson–Drinfeldのchiral algebras)が示すような相互作用を取り込めば、2次元CFT分配関数と高次トポロジー的不変量(TMF的側面)が橋渡しされるだろう。

これらは既知の断片的結果をつなげる「圏的連結写像」であり、現実専門家が何をどの程度正確に定式化しているかは別として、僕が朝に計量スプーン右から左へ戻す行為はこうした圏的整合性条件を微視的に満たすパーソナルな実装に過ぎない。

夜、友人たちと議論をしながら僕はこれら抽象構造を手癖のように引き出し、無為遺伝子改変を選ぶ愉快主義者たちに対しては、A∞の結合子の非自明性を説明して彼らの選択位相的にどのような帰結を生むかを示す。

彼らは大抵それを"面白い"と呼ぶが、面白さは安定条件の一つの可視化に過ぎない。

結局、僕の生活習慣は純粋実用的な意味を超え、導来的整合性を日常に埋め込むためのルーチンである

明日の予定はいつも通りで、06:17の目覚め、12.3グラムの豆、93.2℃、2分47秒。そしてその間に、有限次元近似を超えた場所での∞-圏的弦理論輪郭さらに一行ずつ明確にしていくつもりだ。

2025-09-18

築90年リノベハウス顛末

https://togetter.com/li/2604265

この記事ShockHearts !!されたので書いておく。

元の家

昭和初期に建てられた農家建築昭和の終わりに人が住まなくなり、屋根は朽ちて空が見える有様になっていた。

最後はおじいさんが独りで住んでいたと言われているが古い話すぎて詳細は不明

家の中にはものがおきっぱなしで酷い動物が出入りしていた。

きっか

ワイ氏、失礼ながら家を確認すると、今は見る影もないが、養蚕で潤っていた時代建物で、躯体はめちゃめちゃしっかりしているのを確認

1階は10畳間が8つ、土間、風呂家畜場所と思われる場所。2Fは養蚕をやっていた関係で壁はなく、まるごと全て一部屋になるような大広間

荷物を落とすための吹き抜けと、中二階(恐らく小間使いが住んでいた)があると言う構造

散々煙で燻されて躯体はカチカチに固くシロアリなどは入っている様子なし。

かに使えないか?と思い始める。

説得

放置されて30年以上、相続登記もされていないため、もはや誰の持ち物かは分からない状態に。

しか地域の古老に話を聞いてまわり、記録を漁ると、現在相続されていると思われる、最後に住んでいた人のひ孫と思われる人にコンタクトを取ることに成功

40代半ばの女性。親にここにルーツがあると言う話を聞いていたくらいで、一度も来たことはなかったという。

幸運だったのがこの方ご一家キャンプ趣味であり、いちどキャンプに来てくれとご招待できたのがよかった。

そこで接待攻勢をかけつつ、この家を正式相続してワイらにかしてくれんかと交渉した。

まずは、固定資産税相当の金額で借りた。

リノベ

まずは屋根に応急処置をするなどし、これ以上痛みが進まないようにした。動物が出入りしていた穴を塞ぎ、ため糞など致命的な要素を掃除

時間をかけて中身を出しては捨てる、これで2年ぐらいかかってようやく中身をからっぽに。

その後、目をつけていた助成金でリノベをかけようと計画して、オーナーに話を持っていった。

この補助金は条件を満たせば補助率2/3 で500万円まで出る。自己負担の残りの半分はこちらで持つので、残りの半分を出してくれないか、そうしたら家賃は一ヶ月3万円お支払いすると交渉

それで資金80万を出してもらって。さらこちらも80万、補助金で300万円もらってリノベを決行した。

あらかじめ解体できるところはしてあったので、予算超過のリスクはほぼ無く予定通り行えた。

ただし、徹底的に安い部材を使ってのリノベであった。いわゆるおしゃれ古民家リフォームとはちょっと違う感じに仕上がる。ちょうどTogetter記事のような雰囲気だ。それでも梁などは見えるように工夫はしている。

結果

現在合宿所として、1階2階それぞれ貸し出すと言う形で運営できている。襖で自由に部屋割りをできると言うのがなにげに便利で、最大で30人まで泊まれる。(実は法的にはグレー)

一泊二日2万円~8万円、稼働率1割強、と言うなかなかの状態で、さらイベントなども行っている。

勝利の鍵は古民家から古民家らしいリノベをするのではなく、あくまでも現代利便性経済性を最優先でリノベしたところ。そのおかげで価格は抑えつつ実用的な建物にすることができた。

カラクリ

実は、リノベして用途が変わっているため、オーナー様は月3万円の家賃だと固定資産税を払うとほぼ手元には残らない金額だったりする。また、相続するために他の相続人を探すなどでかなりのお金を使ったとか。

それにもかかわらず80万円も出資してくださったというわけだ。ほんとうにありがたい。

一方でワイの所は儲かっているように見えると思うが、事実上管理はすべてやっているわけで、人件費管理費などでこちらもトントン……ではなく。

実は布団や備品の貸出、交通、仕出し弁当の手配、果ては研修講師の手配などなどオプションで儲ける方式になっているのでしっかり利益を出させてもらっている。

まとめ

以上は全部架空の話であるので本気になって検索とかしないでほしい。絶対するなよ!絶対だぞ!

コロナ直前に話がスタートして、無為に安いとは言え家賃を払っている状態だったが、コロナ禍の中ですることがなくコツコツと作業を進めた結果、ゴミ撤去などの費用がかからず、不確定要素も潰せてリノベがかなり安くできたこと、

また、オーナーさんがいわゆるパワーカップルで、大手企業にお勤めの経済的に裕福な皆様であって、細かい事はお任せいただけたことが大きい。もはやご両親はなくなっており、ご実家が無い身の上で、ワイの所を「田舎」と呼んで遊びに来てくれる。

と言うか、この方々がワーケーションお客様まで連れてきてくれて本当に頭が上がらない。

2025-09-14

anond:20250914201754

療育環境調整にお金かかるんじゃないの?

ABAとかさ、あれ売り方は集金主義っぽいけど内容は良さげだよ。

おめめどうのグッズとか、子供が荒れずに過ごすためのサポート用品てけっこうお金かかる。

何も知らなかった頃思い描いていた普通はないけども、その子能力範囲内で、できるだけつらくない人生を送ってほしいとは思うわけで…それにはカネが必要なんだよな、世知辛い

  

読んでないと思うけど追記

お子さんと無関係増田には趣味とかないの?子供が大きくなって留守番できるようになれば、夫婦外食とかもできるでしょう。療育がうまくマッチすれば、子供も静かな店とか短時間ファストフードとかなら外食できるようになるかもしれない。子供だけで留守番がどうしても難しいようなら、ヘルパーさんに来てもらって親はレスパイト外出という手もあるし。

現在だって増田仕事に行けているのだから夫婦で交互に趣味外食を楽しんだっていいし(家族みんなでできないのが虚しいのだろうとは思うけれどそれでも)。

子供自身も、なにか楽しみな「余暇時間発達障害勉強してると出てくるやつ)」があるといいのだけど…

  

いや、増田はすべてそんなことはやっていてなお、無為生活だと感じてしんどいのかもしれないけども。ごめん。

2025-09-07

anond:20250907155224

統一教会なんざ単なる一支援組織に過ぎず、自民なり特定候補統一教会支配されていると考えることの無為さよ

ちょっと前は日本会議支配していると言い、ほんと支離滅裂思考

2025-09-02

勘違いしたASD(ですらない)の末路

仕事に行けなくなった。

正確には、行きたくなくなった、が近いけど。今日からサボり

無理すれば行けると思うが、不眠やら頭痛やらが出てくるからもう行きたくない

もともとプログラマーをしていて、年収のためSE転職したんだけど、まあ仕事ができない。

タスク管理とかどうすればできるんだ……? さっぱり分からん……。

周りには迷惑かけてかなり強く文句も言われるし、自分が延々ミスを続けることに耐えられなくて全部投げ出した。しんどい

はあ、これから何して生きていこうかなぁ……。

もう30歳目前なのに仕事はこれだし、友達恋人もいないし、趣味もないという。

死んでないだけ感が強い……。

それもこれも、今までろくに何も考えず無為に過ごしてきた自業自得なんだけどさ。

大学入試だけは成功してかなり有名な大学に入れたというのにこれだよ。

ASDも、傾向ありとは言われたけど正式な診断は降りなかったし、自分の怠慢のせいでしかないのがね。

もう疲れた。これからどうしよう。

2025-08-31

anond:20250831024835

短気だねぇ

お金がないから焦ってるんだねぇ

一日に満足してないか無為に夜更かしを続けちゃうんだねぇ

2025-08-30

8月5日から今日まで、ほとんど成果が出せずに過ごす。

涼しい場所を旅していたのは8月12日まで。

その後、約5日間ほど盆休み

8月13日から8月19日まで。

それ以外の日は職場無為に過ごすことが多かった。

8月29日まで。

外勤は1日だけ。

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