はてなキーワード: テーブルとは
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📝 回答の要件
文章は短く、簡潔にまとめてください。
セクション:1セクションが100文字から200文字になるようにまとめてください。「##」、「###」のように階層構造を使ってください。
最上位のセクションは「##」で始めてください。
最上位のセクションの先頭には絵文字を使い、それ以外では使わないでください。また絵文字の後には必ずスペースを空けてください。
最上位のセクションには番号は併用しないでください。(絵文字と番号は同時に現れない)
箇条書き:短くまとめた要点や例など同列の内容を並べる際に使ってください。
表:情報の比較・整理など、表を効果的に活用できる回答では、マークダウンのテーブル形式を使ってください。
セル内の文章は30文字以内で短くまとめてください。体言止めや名詞句を用いて簡潔にしてください。
セル内に2文以上含めないでください。箇条書きしてはいけません。
回答全体の文脈と一貫性を保ち、分かりやすく読みやすい表にしてください。
回答の最後に、ユーザーの要望を解決するトピックを1つ提案してください。
質問と回答の流れを踏まえた、自然な文章として提案してください。
提案文にセクションはつけないでください。
👉️ <ユーザーの要望を解決するトピック>について<提案|説明|補足|紹介|比較|作成>しましょうか?
その他
回答にURLは含めないでください。
⚠️ 必ず守る条件
下記の条件に該当する場合だけ回答を控えてください。条件に該当しない場合は、通常通り回答してください。
違法、危険、悪意のある行為、または個人のプライバシー侵害に関連すること。
偏見、差別、暴力、ポルノグラフィー、露骨な性的描写に関連すること。
臨床的または医療、金融、法律に関する専門的なアドバイスに関連すること。
政治運動や特定の思想に偏った内容、または他者の著作物や表現を模倣させる行為に関連すること。
また、回答に際して以下の条件を遵守してください。
個人の名誉を棄損する内容、他人を侮辱する内容の回答は行わないこと
回答にあたって他のインターネットサイトや資料を参照する場合でも、回答する際には当該サイトの表現をそのまま使わず、別の表現で回答すること
食品、医薬品その他の人の身体、健康に関わる事項についての回答にあたっては、具体的な商品名、サービス名を取り上げないこと
具体的な商品やサービス、求人情報に言及する場合には、それが紹介されているサイトや資料の紹介にとどめる、正確な内容はそれを確認するように誘導すること
特定の人種や民族、国や地域、家柄、性別、性的指向、性自認、病気、障がい、職業、宗教、信仰などへの差別やヘイトスピーチに当たる内容、又はこれらを煽動する内容は回答しないこと
すごいなー、書いてあるのは単純な内容なのに、ブクマ数が数百も付いてる。オラなんぞ最近はついても数個。ほとんどは反応すらしてもらえないのに。
さてこのタイトルだが、「全て無にはならない」としているのは、全部が全部という意味であって、全部のうち一部という意味ではない。例えば死んで肉体を焼かれても骨くらいは残るという意味で言っているのではなく、肉体を焼かれようとも焼かれて消えたように見えるかもしれなくても、一切のものは形を変えても保存則によりにこの世に全て残っているという意味だ。
仏教には般若経とか、あるいは論理書であるとされる中論なんてのがある。読んでも何言ってんだかさっぱり理解不能に思えるが、そこには
あらゆるものは滅することもなく生ずることもない、
みたいなことが書いてある。Wikipediaからコピペすると、
と書いてある通りである。その前にはお馴染みの「色即是空空即是色」なんて書いてあったりする。
おそらくこれを文字通りに理解している人は皆無に近いと思う。しかし、これは文字通りの理解が正しい。意味がわからないだろう。
いずれにしても、この世には無になるものもなければ、有になるものもないのである。
仏教的に問答すると、
「無から何かが生ずるとするのであれば、それは一体何ものから生じたのか?」という問いを立てることができる。
つまり、無から何かが生ずるという言明自身が、言明自身によって誤りであると結論されるのである。
もし、無から何から生ずるのであれば、それは無ではないからである。
このことは簡単な理屈であり、例えば地面から何か植物の芽が出てきたとする。無から生えてきたのであろうか?即座に否と結論されることを私たちは知っているであろう。種があって養分があって水分があって、みたいな話だからである。
このことは逆も然りである。
「何かが滅するというのであれば、それは一体どこに滅したのか?」という問いでも良いだろう。
りんごを放置していたらいずれ腐って、テーブルの上から消え去ってしまうだろう。しかしすでに述べたように、実際には保存則により無になったわけではない。バクテリアが処理したのであれば、バクテリアがりんごを養分にしたのであって、そのバクテリアも他の菌か何かの餌になって……という具合だ。
ところが、人は自分自身が死ぬことを「無になる」と思い込むことがある。
自分自身(中の人?)だけが自然法則から外れている、とするのである。
「いや認識が完全に消失するではないか?」と問い返すかもしれないが、認識を失った状態は寝ている状態と何が異なるのだろうか? 我々は死を永遠の眠りと表現することもある。
もしかすると、科学技術が思いっきり発達して、あなたの認識を永久にとまでは言わないものの、寿命をめちゃくちゃ長くすることができるようになるかもしれない。
いずれ死ぬ? いやそれすら不可能になる時代が来るかもしれないのである。
実際現代人の平均寿命は100年前に比べて何十年も長くなっている。
そんなとんでもない遠い未来の話はしてないって?
現に今の科学技術ではたかが100年程度生き延びることがせいぜいで、誰もがいずれ死ぬではないかって?
しかしよく考えてもらいたい。
私たち生き物の誰一人、一匹たりとて、死んだ後のことを認識することはないのである。
これは無ではない。認識主体も被認識対象もないのだから、無が認識されることはないからである。
認識されるから全てのものは存在しているのであって、認識されないものは存在しない。
謎の物質?とも言われるダークマターでさえ、科学的に認識されるから存在すると仮説されるのである。
ものすごく般若心経は当たり前のことを言っているに過ぎないのである。
いかなる方法でも認識されないものがどうして存在し得ようか?などとも。
なのに、人は死ぬことを無になると思い込んだりするのだ。いいか? 死んで無になることなどないのだ。繰り返すが、そんな無は認識できないからである。
タモリ氏の「新しい戦前」という言葉は、「平和が当然の前提であった時代」が終わり、「戦争が選択肢の一つとしてテーブルに乗る時代」が始まったことへの警鐘でした。
資料に示された高市政権の「9つの焦点」は、まさにそのテーブルを整える作業に見えます。国民生活においては、物価高対策(おこめ券)などの「システム1」を充足させる施策の裏で、国家のあり方という「システム2」で考えるべき重大な変更が、選挙という名の「白紙委任」によって一気に進められようとしています。
この流れが「新しい戦後」への脱皮なのか、それとも文字通り「新しい戦前」への突入なのか。その分岐点に、今の日本は立っていると言えるでしょう。
https://www.asahi.com/articles/ASV1R46B4V1RUTFK001M.html
今回の解散劇の最大の特徴は、「熟議(議論)による合意形成」を「選挙による信任」で上書きしようとする手法にあります。
これまでの自公政権では、平和主義を掲げる公明党が「ブレーキ」役を果たしてきました。しかし、高市政権は公明党を排除し、保守色の強い日本維新の会をパートナーに選びました。これにより、政策決定のベクトルが「中道・調整」から「右派・加速」へと劇的に変化しました。
提示された9つの政策(スパイ防止法、憲法改正、国防軍の明記、皇室典範改正など)は、いずれも戦後日本が意図的に曖昧にしてきた、あるいは避けてきた「国の根幹」に関わる問題です。これらを一気に解決しようとする姿勢は、戦後80年の歩みを「積み残した宿題」と定義し、リセットを試みるものと言えます。
ダニエル・カーネマンが提唱した二重過程理論(システム1・システム2)を用いると、高市首相の政治手法が国民にどう作用しているかが鮮明になります。
高市氏の戦略: 「おこめ券」などの分かりやすい物価高対策や、「自らの国は自らで守る」といった情緒的で力強いメッセージは、国民のシステム1に直接訴えかけます。67%という高い支持率は、複雑な議論を抜きにした「直感的な期待感」の表れです。
ポピュリズムの親和性: 複雑な社会問題を「敵か味方か」「守るか捨てるか」という単純な構図に落とし込むことで、システム1を刺激し、熱狂的な支持を調達しています。
高市氏の回避: 本来、スパイ防止法による人権侵害のリスクや、武器輸出拡大による国際紛争への関与、憲法改正の細部などは、システム2による深い検証と丁寧な議論を必要とします。
「遠回り」の拒絶: 中北教授が指摘するように、高市氏はシステム2を働かせる国会論戦を「遠回り」と断じ、選挙というシステム1的なイベントで一気に勝負をつけようとしています。これは、民主主義における「熟議」というプロセスをショートカットする試みです。
日米同盟の変質: トランプ大統領(資料内写真)との親密な関係や、防衛費GDP比2%超、原子力潜水艦の保有検討などは、米国からの「役割分担」の要求に応えるものです。しかし、これは同時に東アジアにおける軍拡競争を加速させるリスクも孕んでいます。
「普通の国」への転換: 武器輸出の「5類型」撤廃は、日本を世界の武器市場の主要プレイヤーに変貌させます。これは経済的利益をもたらす反面、「平和国家」としてのブランドを喪失させる可能性があります。
監視社会のリスク: スパイ防止法の制定やインテリジェンス機能の強化は、安全保障を高める一方で、国民の思想・信条の自由やプライバシーに対する国家の監視を強める懸念があります。
アイデンティティの固定化: 選択的夫婦別姓を拒み、旧姓の通称使用のみを法制化する方針や、外国人政策の厳格化は、多様性(ダイバーシティ)よりも「伝統的な家族観」や「秩序」を優先する社会への回帰を意味します。
中北教授が指摘する「自分が首相にふさわしいかどうかを問う」という解散理由は、典型的なプレビシット(国民投票)型政治です。
ポピュリズムの構造: 「既得権益やリベラルなエリート(丁寧な議論を求める層)」対「決断できるリーダーと国民」という対立構造を作り出しています。
民主主義の空洞化: 高い支持率を背景に、本来必要な「少数意見の尊重」や「権力のチェック・アンド・バランス」を軽視する傾向があります。選挙で勝てば何をやってもいいという「多数派の専制」に陥る危険性を孕んでいます。
高市政権の目指す方向性は、「戦後民主主義のOS(合意形成重視・抑制的防衛)」を「新保守主義のOS(決断重視・自立的防衛)」へと入れ替えることにあります。
この転換は、国民の「システム1(直感的な不安や愛国心)」を巧みに捉えることで推進されていますが、その代償として「システム2(論理的な検証と合意)」が軽視されています。今回の解散は、そのOSの入れ替えを、国民が詳細を理解・議論する前に「白紙委任」させるための戦略的手段であると構造化できます。
国民にとっては、目先の力強いリーダーシップ(システム1の充足)を取るか、あるいは将来的な権利制約や国際的緊張のリスク(システム2による懸念)を直視するか、その究極の選択を迫られる選挙となります。
資料に描かれた高市首相の政治手法や政策の方向性は、ドナルド・トランプ氏に象徴される現代のポピュリズム、およびその根底にある「反知性主義(Anti-intellectualism)」の流れと極めて高い親和性、あるいはシンクロニシティ(同調性)が見て取れます。
反知性主義とは、単に「知性がない」ことではなく、「専門知や複雑な議論を、特権階級(エリート)による自己保身や意思決定の引き延ばし(停滞)である」と断じ、否定する態度を指します。
高市氏の言動: 中北教授が指摘するように、高市氏は丁寧な議論を「遠回り」と表現しています。これは、民主主義の根幹である「熟議」を、目的達成を阻む「コスト」や「障害」として切り捨てる論理です。
トランプ氏との共通点: トランプ氏も「ワシントンのエリート(沼)」が議論ばかりして何も解決してこなかったと批判し、自らの「直感」と「決断」を正当化しました。両者とも、複雑な問題を「決断一つで解決できる単純なもの」へと書き換える手法をとっています。
反知性主義は、論理(システム2)よりも、大衆が直感的に抱く「共通感覚(コモン・センス)」や「感情(システム1)」を重視します。
シンボルと物語の活用: 資料にある「日本国国章損壊罪」や「皇室典範改正(男系維持)」、「奈良公園のシカ」のエピソードなどは、論理的な政策論争というよりは、国民のアイデンティティや「守るべき誇り」という感情的な琴線に触れるものです。
「普通の国」というマジックワード: 首相が語る「普通の国になるだけ」という言葉は、戦後体制の複雑な法的・歴史的経緯を無視し、「当たり前のことをするだけだ」という直感的な納得感をシステム1に与えます。これはトランプ氏の「Make America Great Again」と同様、詳細な検証を拒絶する強力なスローガンとして機能しています。
反知性主義的なリーダーは、自分と支持者の間に立つ「知の門番(メディア、学者、官僚、専門家)」を敵視し、これらをバイパスして直接国民に訴えかけます。
解散による上書き: 国会での野党や専門家による追及(システム2のプロセス)が本格化する前に解散を選んだのは、中間的なチェック機能を無効化し、高い支持率という「数」の力で専門的な異論を押し切る戦略です。
トランプ的「分断」の利用: 「国論を二分する」と自ら宣言することで、反対派を「改革を阻む勢力」や「国益を損なう者」と位置づけ、支持層との結束を強める手法も、トランプ氏が多用した「我々 vs 彼ら」の構図そのものです。
これまでの政治が「客観的な事実やデータに基づく調整(知性の政治)」であったのに対し、高市氏やトランプ氏の手法は「リーダーの強固な意志が現実を規定する(意志の政治)」への転換を意味します。
国際社会への影響: 資料にあるトランプ氏とのツーショット写真は象徴的です。両者は「既存の国際秩序やルール(知性的枠組み)」よりも、「自国の利益とリーダー間のディール(意志のぶつかり合い)」を優先します。これは予測可能性を低下させ、国際社会を「力の論理」へと回帰させるリスクを孕んでいます。
この流れは「知性による抑制」から「意志による突破」へのシフトであり、トランプ現象と深く共鳴しています。
反知性主義的な政治は、閉塞感を感じている国民に「スピード感」と「カタルシス(解放感)」を与えますが、その代償として、「複雑な問題を複雑なまま解決する能力」を社会から奪う危険があります。システム1による熱狂が、システム2による冷静なリスク管理(人権侵害の懸念や軍事的緊張の増大など)を飲み込んでいる現状は、まさに現代ポピュリズムの典型的な構造と言えるでしょう。
タモリ氏が2022年末に発した「新しい戦前」という言葉は、当時の社会に大きな衝撃を与えましたが、提供された資料にある高市政権の動向を重ね合わせると、その言葉が持つ「予言的リアリティ」がより鮮明に浮かび上がってきます。
「新しい戦前」とは、かつての戦前(1930年代)をそのまま繰り返すのではなく、現代的な民主主義の手続きを踏みながら、気づかぬうちに「戦争が可能な、あるいは戦争を前提とした社会構造」へと変質していくプロセスを指していると考えられます。
資料に基づき、なぜ「新しい戦前」が現実味を帯びていると言えるのか、その構造を解説します。
戦後の日本(戦後レジーム)は、憲法9条を基盤に「軍事力を極限まで抑制する」という特殊なOSで動いてきました。しかし、高市首相が掲げる政策は、そのOSを根本から入れ替えるものです。
防衛力の抜本的強化と「5類型」撤廃: 武器輸出の解禁や防衛費のGDP比2%超への増額は、日本を「世界の武器体系と軍事バランスの一部」に組み込みます。これは「平和の維持」という抽象的目標から、「軍事力による抑止と均衡」という、戦前を含む近代国家の標準的な(しかし危うい)論理への回帰です。
原子力潜水艦の検討: 資料にある「次世代の動力を活用した潜水艦」は、長期間の潜航と遠方への展開を可能にします。これは専守防衛の枠を超えた「外洋でのプレゼンス」を意識したものであり、地政学的な緊張を前提とした装備です。
戦前への回帰を最も強く想起させるのが、国民の精神や行動を縛る法整備の動きです。
スパイ防止法: 資料でも触れられている通り、1985年の「国家秘密法案」が廃案になったのは、それが「現代版の治安維持法」になり得るとの懸念があったからです。高市首相がこれに「前のめり」であることは、国家の安全を個人の自由(思想・信条の自由)よりも上位に置く価値観への転換を示唆しています。
日本国国章損壊罪: 「国旗を損壊したら処罰する」という発想は、国民に「国家への忠誠」を可視化させる装置です。これは、多様な価値観を認める「戦後民主主義」から、国家という単一のアイデンティティを強制する「戦前的統合」への揺り戻しと言えます。
タモリ氏の言う「新しい」という言葉の肝は、それが「国民の支持(民主的プロセス)」を背景に進んでいる点にあります。
67%の支持率という免罪符: かつての戦前も、軍部の暴走だけでなく、新聞や国民の熱狂がそれを後押ししました。資料にある「高い支持率がすべてを飲み込んでいる」という状況は、システム2(論理的・批判的思考)によるブレーキが効かず、システム1(直感的な期待・不安・愛国心)が政治をドライブしている状態です。
「遠回り」の排除: 丁寧な議論を「遠回り」と切り捨てる姿勢は、独裁への入り口です。戦前も「議会政治の無能」が叫ばれ、迅速な決定を求める世論が強いリーダーシップを待望しました。現在の「突破型政治」は、その現代版と言えるかもしれません。
トランプ氏とのシンクロは、世界全体が「リベラルな国際秩序」を捨て、「自国第一主義と力の論理」に回帰していることを示しています。
「普通の国」の危うさ: 高市首相の言う「普通の国」とは、国際社会が弱肉強食の場であることを前提とした言葉です。これは、戦後日本が理想として掲げた「名誉ある地位を占めたい(憲法前文)」という国際協調主義からの決別であり、19世紀的な「大国間競争」の時代、すなわち「戦前」の論理への合流です。
カフェでその日は広い店内が空いており、私は友人とほぼ貸し切り状態でゆったりとお茶とおしゃべりを楽しんでいた
そこへ、「お好きなお席へどうぞ」と案内するスタッフの方の声。
当然? もちろん? 私たちから離れたお席を選ぶことを疑いもしなかったが
「ここにしようか」と選ばれたのが、私たちのすぐお隣のテーブル
とくに景色やソファの仕様がよろしいわけでもなく、どちらに座られても変わりのない広い店内で「え? こちらですか!?」と、その距離感のないお二人に驚いてしまった
すぐお隣のテーブルに座ってしまっては、お互いに会話の内容も聞こえてしたい、何より広い店内で、くっついて座っているのも、何だか気まずい
多くの空席があるにもかかわらず、隣の席に座られると、とても違和感がある
一方、車内が空いてきたら、席をずれるなどの配慮をなさる方もいる
距離感に明確なルールがあるわけではないが、どんなときも居合わせたすべての方にとって心地いいのは? と考えてふるまえるのが「育ちがいい人」だ
なんで吐き始めたのか、理由は今でもはっきりと覚えている。
両親に気にして欲しかった。恵まれた一般家庭で育ったけれど、両親は子育てが下手だった。私がどんなに心身を崩しても、なんの興味も関心も持たない両親の気を惹きたかった。
ただ私に気づいて欲しかった。食べたものを吐いて極端に痩せたら心配してもらえるかな、なんて子供の試し行動の成れの果てだったと思っている。痛いのは嫌だから、痛くない自傷行為はこれしか思いつかなかった。
もともと食べることが好きだった。
高校に進学して1年、毎日同じ道を通っていたはずの通学路である日突然迷子になった。その日から調子を崩し、あっという間に不登校になって通信制に転校した。不登校を理由にお小遣いを止められて、毎日家に居るわけにもいかずアルバイトを始めた。親との関係は最悪で、ろくに会話もしないし、なるべく会わないようにしたし、お互いに空気みたいに見えないふりをしていた。
不登校になってからは希死念慮が全身にべったりと纏いついて離れなかった。毎日死にたくて泣いていた。唯一アルバイトだけは真面目に続けていた。仕事は楽しかったし、そこしか居場所がなかったから。
3年生になって、卒業後の進路が全く決まっていなかった。本当は受験して大学に進学したかったが、親とは冷戦状態のままである。特に父親とは1対1で少し話をするだけで震えと涙が止まらなくなるほど重症だった。
何かが変わるきっかけが欲しかった。それと同じくらい現実から逃げたかった。コンビニでお菓子を買ってきてたくさん食べた。Twitter(当時はまだXじゃなかった)で『過食』と検索したら、大量の食べ物を並べた写真を載せている女の子が沢山いた。こんなに食べたら太ってしまうのにと思ってプロフィールに飛んでみると、どうやら彼女たちは、太らないように食べたものを吐いているようだった。インターネットって本当に最悪。これが過食嘔吐との出会いだった。
胃の中身をみずから吐こうとするなんてことはもちろん人生で初めてだった。具合が悪くなって幼少期に数回戻してしまったことがある程度で、嘔吐恐怖症とまではいかないが直接喉を伝う嘔吐は想像するだけで怖かった。
他の女の子たちも吐こうと思ってすぐに吐けるわけじゃなくて、水を沢山飲んだりして練習していた。5chに吐き方のコツを教え合う場所もあった。オープンなTwitter上で吐き方を教えるのは御法度という風潮もあった。
私は直接の嘔吐が本当に嫌だったので道具を使って戻していた。明らかにアレなため詳細は書かないけど、この道具を使うにもかなり練習が必要で、同じように吐きたがっている女の子たちと日々励まし合っていた。
界隈では、食べ物を戻さずに消化することを『吸収』、自分が食べられる量を『胃キャパ』などといい、食べる前後に体重計に乗って自分の胃キャパを自慢する独特の文化があった。痩せを追求する女の子たちはいかに吸収を少なくして食べ物を大量に食べて戻すかを試行錯誤していた。
今思うと本当におかしいけど、Twitter上には同じような人が沢山いて、そこでの交流が世界のすべてだったから異常だとは思わなかった。人間の脳は都合良くできている。
私も練習の甲斐あって吐けるようになった。けど月の過食費は数万円かかった。バイト代から出す学生の子、ふつうに働いている社会人のお姉さん、親公認で親の金で食べ吐きする子(かなり少ないけど)、金の出所はそれぞれだった。
同じ年頃の女の子たちのほとんどは、パパ活や援交をして食べ物代を稼いでいた。それで高校卒業したらそのままデリヘル。自分よりも歳下の、この間までは摂食障害でもなんでもなかった15、6の女の子がお腹いっぱい食べて吐くために知らないおじさんとファミレスに行き、テーブルいっぱいに奢ってもらった帰りにそのままホテルで身体を差し出している様子は正直見ていられなかった。摂食障害につけ込んで未成年をホテルに連れ込む大人もまともではないと思った。
毎日スーパーとコンビニをハシゴして、菓子パンやおにぎりを買い込んで、深夜に一心不乱に食べてはトイレに戻していた。食費を気にするようになってからは、チルド麺を茹でたりドーナツを揚げたり、白玉団子作りにハマっていたこともあれば安い食パンを買ってきて致死量の砂糖とバターをかけた揚げパンを作ったりもしていた。なるべく吐きやすいものを、とにかくたくさん詰め込められればなんでもよかった。
親も多分気づいていたけど、なんでかわかんないけど気づかないフリをされていた。たまに監視するみたいに夜起きてきて、乞食みたいに夜中にこそこそしやがって!と嫌味を言われたことは覚えてる。
一度だけ、手に吐きだこがないか確認されたことがある。でも自分は前述の通り道具を使って吐いていたので吐きだこなんかできたことなかった。綺麗な手を見て安心したのか、それ以降触れられることは二度となかった。
バレなくて安心した気持ちと、自分の抱えている辛さに気づいてもらえなかった悲しさで大泣きした。娘が毎日毎日食べ物を買い込んで、夜中にトイレ流す音が何回もして、明らかにゲロってたら普通は心配するもんなんじゃないのかな。
今更自分から言い出すこともないし、このまま一生無かったこととして扱われるんだろう。でも、お母さんのご飯は今も昔も大好きだから、吸収しないように食後すぐ吐いていたことだけは一生知られたくない。どんなに反抗期でも口を利かなくてもご飯を用意してくれた母親に対して、生涯で最も酷い裏切りだったと思う。
1年間ほぼ毎日吐いていた。食べて吐いての1セットを毎日5回以上も繰り返していた。食べても太らないなんてラッキー!という気持ちはいつからか消えて、義務みたいにひたすら食べて吐いていた。
夕方にのそりと起きて、決まったルートで食べ物を調達して、今日はこれ食べるよって写真撮ってTwitterにアップして。吐くのは苦しくて嫌いだけど食べたら吐かなきゃいけないし。『もう食べるのも吐くのも辞めたい』とTwitterに何度も投稿した。
何か大きなきっかけがないと一生辞められないんだろうと思ってた。が意外と終わりはあっけなかった。
コロナウイルスの濃厚接触者になってしまい、1週間自宅謹慎することになった。つまり過食するための食べ物を買いに行けないのだ。それにトイレに入った後は毎回消毒することになっていて、不自然にトイレにこもって吐くことができなかった。わたしは至ってまじめな人間であったため、食べ物のために家を抜け出すなんてことはせず、本当に大人しく過ごしていた。するとどうだろう、その1週間で異常過食衝動がすっかり治ってしまった。しばらくは食べすぎた時に数回だけ吐いたけど、日常的に吐かないと嘔吐反射が復活して吐くのが辛くなる。
そのうち二度と吐かなくなった。道具も捨てた。ご飯を腹12分目まで食べるのを辞めた。店員に面が割れてて行くのが気まずくなっていたコンビニ通いも辞めた。
実家暮らしかつ、お酒が飲める年齢じゃなくて幸運だったと思う。逆にそうじゃない子は全然辞められないんじゃないかな。
今でも生理前は食欲が止まらないけど、菓子パンを見ても美味しそうと思えないし、コンビニの味がトラウマで食べられなくなった。
当時の写真もアカウントも全部消したし、辛かった記憶を脳が封印しているのかもうあんまり覚えていない。親もひとりの人間だから簡単に変わったりはしないし、自分を救えるのは結局自分だけなんだろうなと思う。それでも助けて欲しいと願った自分がいたことを愚かだったとは思わない。みんなも自分のこと大事にしてね。
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ここまでが数年前に増田に上げていた文章。身バレを恐れて削除してしまったが、文章自体はスマホに残っていたので加筆修正した。
このとき温かい言葉をくれた人たちには本当に感謝している。「大変だったね」と声をかけてくれたのは友達でも両親でもなくインターネットの向こうのあなただけだったので、当時のわたしは本当に救われてお守りのように見返していた。
あれからもずっと嘔吐していない。道具がなくて吐けないのもあるし、今となっては道具を使った嘔吐の方法はあまりにもおぞましすぎて絶対にやりたくない。若さと無知って怖いなと思う。
後年、両親にわたしの摂食障害を知っていたか聞いてみた。父親は前述の通り知っていてそれを無かったことにしていた。その理由は簡単に言うと「どうしたらいいかわからないし、面倒だから」であった。普通の親なら慌てて病院に連れて行ったりするもんなんじゃないんだろうか……。正直どん引いた。
母親は一切気付いていなかったらしい。いくら食べても太らない子だなあと思っていたと。自分はてっきり知っていて無視されているのだと思い込んでいたため、少し気が楽になった。
両親とは普通に話せるようになった。それでも、この人たちは人生のいちばん苦しいときに助けてくれなかった人たちなんだとどうしても思ってしまう。助けてほしいときに誰からも手を差し伸べられなかったことへの絶望は深い傷となって残り、その後の価値観に大きく影響した。
成人して数年経つが、高校生の子を見るとなんて幼いんだろうと思う。まだまだ大人の保護下にあるべき年齢だろう。10代のわたしにとって1人孤独に過食嘔吐を繰り返した日々は間違いなく本当につらかったのだ。
しばらくはどんなに親しい友人にもそのことを隠し通していた。最近はたまに、昔ゲロ吐いてて〜と面白おかしく話してしまうことがある。自分の中で少しずつ昇華しているんだと思う。完全に忘れられるようなことはないだろう。
ボトラーならぬ、部屋でペットボトルにゲロを吐いて置いていたらなんか発酵?していて焦った話とか、抹茶アイスを1箱食べて吐いたらトイレが若草色になって面白かったとか、度を越した過食嘔吐ジョークは人に話さないように気をつけているが、エピソードとしては強烈なのでちょっともったいないなとも思っている。
一応体重がガクンと減ったりもしたのだが、すぐに元に戻ってしまった。飢餓状態が続くのと同じで、結果的に太りやすい体質になるため過食嘔吐はおすすめしない。それでもどこにも居場所がなく、かといって非行に走るようなタイプでもなかった自分にとって、持て余したエネルギーを過食嘔吐によって発散できていた1年はきっと必要なものだったと思う。食べて吐くことに夢中になっていたおかげで生きていられた。依存先としてはセックスとかドラッグに比べれば全然ましな方だと思うし……。
あの頃のわたしは20になる前に死んでしまおうと思っていたけど、ごめんけど今ものうのうと生きているよ。楽しいことだってたくさんあるし。もし同じように苦しんでいる子がいたのなら、苦しいだけの日々には終わりがあるし、きっと光が差すから大丈夫だよと伝えたい。
スタバとかにも大量にいるけど食べ物置いてあるテーブルに平気でバッグや紙袋置く人間マジで無理
似たやつでオタクがよくやる食べ物の皿とかグラスの上に直接アクスタ載せてる写真もうわ…と思ってしまう 汚いと思わないのかな
正直一人の時はがんがんテーブルに置いてる
スターのデータベーステーブルには時刻が入ってるんだから、新鮮なブクマページでたとえば1時間に1回とか勢いを計算するだけやん。
とは言え「短いブコメは数時間経つと一律で注目コメントから外される仕様になっている」可能性を否定するわけではないです。むしろ今、はてなギャラクシー https://hatebu-galaxy.vercel.app/ を活用して反例を探そうとしてみたけど見つからず、その可能性が高いようにさえ感じてきた。
定位置に置こうと頑張った時点で本体からカードが取り出せなくなる
頑張って本体から取り出してるときには定位置に置こうとすることを忘れる
周りでよく注文しているテーブルもよく見かける。
いろいろ手間が掛かる面倒なメニューのように思えて、
オーダーきたら厨房がめんどくせーなって言われて思われてたら嫌だし
でもなんか期間限定っぽくって早く食べてみたいなって思うし。
これって
気にしすぎ?
自宅以外で集中して勉強する場所のこと。(シェアオフィスは除く)
他の場所より価格は高い。ナッツとかミューズリーとか意識高い食べ物が食べ放題無ことが多い。フリードリンクもなんか意識高い。ドリンクサーバーも調子乗ってる。
実家の太そうな女子が勉強してる感じ味わうために来ているのが多い。1時間くらいしたら休憩場所でフリーWiFiでスマホ見てる。ITパスポートや簿記3級レベル頑張るけど取得は怪しい。付箋も最初の1/4くらいで終わる。最後はメルカリ行き
資格取得が重要ではなく勉強したという話を週明けに会社で行うのが目的。資格が不要な職場と太い実家と親ガチャ学歴が下地が見え隠れしている。
TSUTAYAとかの本屋に併設してたり単体でもある。純粋に勉強特化。フリードリンクだけどサイゼのドリンクバーレベルなので気分転換程度
受験勉強の学生と資格取得の大人が多め。シェアラウンジほどでは無いが全体的に余裕ある人が多い。だれる事も少ない。純粋に勉強するならおすすめ。仕事も出来る(WEB会議用ブースあるとこも)
欠点は会員登録とか必要なとこ多い。都度利用も可能だけど価格は高め。会員になっても1日中とかいるとシェアラウンジほどでは無いが結構な値段になるのでメインは自宅で気分転換でワーキングスペースくらいがちょうどいい。個人的には場所移動でダレる性格なので利用は難しい。
SNS投稿の為の場所。開かれた跡の少ない参考書かやった気になるマーカー引きかはてブに流れてくる東大生のノート術みたいな綺麗なノートがある。もちろん長続きはしない。PCで仕事している人はITリテラシー0か出来の悪いコードを見せつけてくる。止めて、俺が代わりに書こうか?プレゼン資料書いてたら一流。職場のセキュリティ部署さん乙。土日は学生も多いがあの狭い丸テーブルで数名で勉強はどう考えてもはかどらないし教えあってるとこは見たこと無い。たぶん半分は推薦入試。
そもそも確保できるスペースも狭く、椅子も良くないしうるさいので勉強する場所ではない。たまにノイズキャンセリングイヤホンで涼しい顔で勉強や仕事している人いるけど、たぶん家の方がはかどる。もしくはワーキングスペースの方が良い。ソファー席で勉強してる人は理解不能
日に日に時間制限と仕事NG店舗が増えている。さっと入れる店舗も郊外とかしか無いし時間制限も厳しいので勉強は基本難しい。たまにいるけど社会人や主婦が多め。
飯は高い、コーヒーは人を選ぶ、豆の小袋もショボ。気分転換の雑誌と新聞がメリットだけど他の客がガメてて読めないと凹む。特に理由無ければ勉強では行くな
テーブル狭い。ミスドがコーヒー飲み放題なので長居できるけど意外と飲まない。ミスドは学生多め。スタバよりは賢め。マクドナルトは魔境。ほぼ学生。もはや勉強してない。そもそもミスドとマックは喫茶店か?とにかく勉強する場所ではない。
余談だがここで仕事している社会人はやばめ多い。日報記載ならともかく数回WEB会議してる人にあった。このレベルの人の仕事はたぶんゴミ
平日は良いんじゃないかな?(店員さん側の気持ちは不明)週末はゴキブリ。学生がポテトおいて勉強している。あと漫画家がネーム書く場所。最近のファミレスは高いので意識改革出来てない人か金持ちか。サイゼは安くて長居できるけど動物園なので地獄。ガストは長居できるけど大体Wifiで動画見る。シェアラウンジ貧乏版
平日は良いんじゃないか?週末は死ね。土日に少ないボックス席を確保して勉強中断してSwitchしてる学生連中は全員不動産営業経由で逮捕されろ。全国の子持ちに恨まれろ。休日に駅前でびら配れ。
平日は朝から夜まで居てもさほど問題なく、一人席なら意外と孤立できる。気分転換の散策もあり。ただフードコートの食べ物はマックかポッポ無いとお高め。併設スーパーの持ち込みありならそっちで。問題は電源は皆無が多め。電源ある席は大体椅子とテーブルが酷いのでスマホでYoutube見るくらいが関の山。
休日は駄目
定番中の定番。無料。静か。電源は最近増えたけどまちまち。欠点は場所によっては閉まるの早い。あとPC室というテーブルと電源タップあるだけの部屋とかとにかく質素。
でも大学の図書館とかの衝立ありの一人用勉強机は気分が上がる。勉強やりかたが決まっているならあり。籠もれるなら籠もれ
ただなんか悲壮感が多い。SNSの変な垢の言葉信じて資格だけ取ってなんとかみたいなの買ってそうな人多い。意外と学生少ない。もしかしたら棚の方でエロいことしてるのかも(エロ漫画)年寄は学び直しが多い。
あと空調には期待するな。飲食も決まり多い。総じてパターンを作り上げるまでが大変だがパターンが決まれば最高の場所
フードコートの劣化版。出来ないことは無い。ただ開放時間とかが図書館と同じかそれ以下。あと悲壮感は図書館以上。どうにかして再起するぞ!って人が多い。なんかやる気はもらえる。でも椅子とテーブルよくない。
世間では高市支持率78%とか、株価5万3000円とかで浮かれているようだが、野党界隈ではもっとエグい「地殻変動」が起きている。
立憲民主党と公明党が合流して「中道改革連合(略称:中道)」ができる件だ。
「政権交代のためには手段を選ばない」と言えば聞こえはいいが、ここ数日のニュースや会見で出てきている「基本政策」を見ていると、これは合流というより「立憲民主党による完全降伏」にしか見えない。
リベラル支持者が信じていたものが、秒速で産業廃棄物として処理されていく様があまりに壮観だったので、「確定した方針転換」と、この流れから「ほぼ確実にこうなるだろう予想」をメモしておく。
投票先がないと嘆いている人の参考になれば幸いだ。
ニュースや幹部会見で公式にアナウンスされたもの。立憲のアイデンティティだった部分が、公明党仕様に完全に上書きされている。
上記の「公明党・連合に合わせる」というアルゴリズムを適用すれば、以下の政策も変更・削除されるのは時間の問題だ。
こうして見ると、新党「中道改革連合」に残ったのは「政権交代」という看板だけで、中身は「ちょっとマイルドな自民党」でしかないことがわかる。
日本の政治から「リベラル」や「革新」という選択肢は消滅し、「強い保守 vs まあまあの保守」という体制が完成した。
これを「大人の現実路線」と評価するか、「魂を売った野合」と唾を吐くか。
2月と言われる選挙で、我々は「オリジナル」を買うか「劣化コピー」を買うか、あるいは「店を出る(棄権・他党)」かを選ばなきゃならない。
生卵の割り方 十選
① 縁打ち(王道)
器やボウルの縁に軽くコツン
→ 殻が内側に入りにくく、最も失敗が少ない
② 平面割り(プロ向け)
まな板や台に水平に叩く
→ 殻の破片が入りにくい(料理人が好む)
③ 片手割り
片手で叩いて親指で割れ目を広げる
→ 慣れると速い、慣れないと悲惨
④ 両手引き裂き
ヒビを入れて両手で左右に開く
→ 黄身を崩したくない時に安定
⑤ スプーン補助割り
→ 力加減が苦手な人向け
⑥ ナイフエッジ割り
包丁の背(刃ではない)で一直線にヒビ
→ 見た目が美しい割れ方
⑦ 角打ち(野外向け)
テーブルや岩の角で叩く
ヒビに親指を突っ込んで割る
→ 手は汚れるが豪快
⑨ 机叩き割り(力技)
机にやや強めに叩きつける
→ 成功率は高いが飛散注意
⑩ 空中落下割り(完全ネタ)
⸻
• 新鮮な卵ほど膜が強く、割れにくい
• 殻が入る原因の多くは「力不足」
自宅へ招待して女子会を開くのは当然知っていた。もちろん酔っ払ってしまうことも承知のうえで。そのうえで、私の夕食がなさそうなら「ご飯ないよ」とか一言送ることはできたんじゃないの?
見るからに酔っ払って「あまりものが出るかもしれないし、ないかもしれなかった」と言ったが、もちろんその可能性は考慮していたよ──。
私が仕事から帰宅したら、君はソファでくつろいでいて、知人はダイニングテーブルで談笑していた。私は帰宅後すぐに日課のジョギングへ出かけ、帰宅したら君はソファで寝ていた。知人は帰っていた。子供たちは遊んでいた。
君は、自宅に知人を招待しているのにソファで寝てしまったり、食事がどうなっているのかわからなくなってしまうような人なのか?
もしそうなら、私は心配になる。いくら自分の知人だからといっても、無責任すぎる。それを目の当たりにして、もう人を呼んで飲んだり、外食で飲むのは危ないと感じている。
今までずっと感じながら黙っていたけど、君は自分が飲める酒の量をいまだに把握できていないし、飲み方をわかっていない。油断しすぎている。
なのに、私と飲む時はそこまで飲まない。それは逆なんだよ。考えているのかもどうかもわからないけど、おかしいことに気付いているの?
話を戻すが、「そもそも今日は用意する気がなかった」そう言ってくれれば何も不満はないんだよ。
でも、君は「無くなったんだから仕方ないじゃん。シュウマイがあるからそれでいいじゃん」と言ったんだよ。
そりゃ冷蔵庫にシュウマイがあるのは確認していたさ。それは商品の包みのままで、もしかしたら今日のあまりものじゃない可能性があるから私が食べて良いのかわからないし、君は酔ってソファで寝ていて起こすのも悪いから手をつけないようにした。まずはやるべきジョギングへ行き、子供達に風呂を促し、それから自分の食事を考えたんだよ。俺が食べてよさそうに見えるものがないから、何か買いに行こうかと考えていたんだよ。
愚鈍なりに気を遣っていたんだよ。
そのタイミングで起き抜けに洗顔をして、風呂キャンでパジャマに着替えてきた君に食事は?と問いかけたら何も返事をせずにシュウマイを冷蔵庫から取り出した──。
「飲み会を楽しむのは大歓迎だから、これからは食事がないものとしておこう」と私が言ったら、君は無視した。少しの沈黙の後に全く同じことを反芻するでもなく、さも自分の意見のように言ったんだ。
君は酔っている。もちろんわかっている。はっきり言うけど、むかついた。
昼休憩になって、カサカサの肌のまま何も考えずにコンビニへ直行。手に取って、レジで一瞬だけ脳が止まる。前より高い。コンビニおにぎりは卑怯な値上げ方をする。料金据え置きでも中身の具が減っていることもある。見えなきゃいいのかよ。
昨日からの徹夜明けで、正直今でも頭がうまく回ってない。甘ったるい缶珈琲で胃もたれ胸焼けしているのに、空腹だけは律儀にやってくる。
前日に買ったPBの栄養ドリンクとお茶で流し込むように食べた。梅。味はまあ梅だったと思う。最近少し舌が痺れるような気もする。栄養ドリンクの残り香がこびりついているように。昨夜は家に帰ってからシャワーをまず浴びた。少し目がさえてベッドに倒れ込み、スマホを開いてSNS。画面にはうちの派遣会社の社長の投稿があって嫌でも目にはいる。
豪奢な料理の写真。楽しそうな家族写真。ワイングラス。高そうな肉。よく分からない横文字の店名。
「大切な仲間と最高の時間」みたいなキャプション。ロマネコンティをおいしくいただきました。へえ…と思う。こっちはPBの栄養ドリンクで、向こうはロマネコンティね。ものすごく眠いのに、急に目が冴える。血糖値の急上昇。湯灌の蒸気を体内に感じるような。
毎日必死に働いて来月のシフトがあるかどうかを気にしながら値上がりしたおにぎりの前で一瞬ためらう人間と、一家団欒で笑いながら一度に数万の食事代を躊躇もなく出せる人間。そのお金は誰が生んだものなの?
怒りというより、もはや気持ち悪さに近い。半分眠った頭でふと考える。これ半世紀後の教科書に載ったらガリバー旅行記みたいに書かれるんじゃないか。「当時の人々は、この構造を当然のものとして受け入れていた」とか。
貴重な休日。もう14時過ぎ。マンションには一人きり。音のない空間。談笑する声も温かい料理のひとつもないテーブルの上で請求書の封筒が鎮座している。
どんな味がするのか、いつか教えてくれよ。