「くも膜下出血」を含む日記 RSS

はてなキーワード: くも膜下出血とは

2026-05-05

死んだ配信者たち


2018年

ロハコ(53)心臓病で死去

こうや(22)首吊り自殺

空ろ木(42)首吊り自殺

2019年

イナコウ(43)急性心不全で死去

テツ(40)富士山で滑落死

sola(44)赤飯おにぎりを喉に詰まらせて窒息死

2020年

さこん(43)くも膜下出血で死去

2021年

鮫島(36)首吊り自殺

力也(43)大腸がんで死去

はいぱーまほ(25)飛び降り自殺

2022年

R(41)首吊り自殺

タイガー倉内(42)心臓発作で死去

2023年

ひでママ(53)死因不明

ナチャンマン(55)脳梗塞孤独死

唯我(46)元恋人一家殺害される

サダ(40)橋から転落して事故

2024年

森野妖精(37)川で溺死

小舟(18)飛び降り自殺

2025年

最上あい(22)ガチ恋に刺し殺される

金バエ(48)肝硬変で死去

2026年

おっちち姫(23首吊り自殺

2026-04-17

人類が癌や腎不全などの内臓疾患を克服した先にある未来

脳疾患脳出血くも膜下出血脳梗塞認知症)、神経疾患、心臓疾患が未克服の疾病として残り、

平均寿命は今より数年伸びる。ただし健康寿命は横ばい

・突然死の割合が激増。3人に1人は「30分前までは元気だった」と言われて亡くなる

脳疾患や神経疾患による片麻痺四肢麻痺割合が激増。70代の3割、50代でも10人に1人が車椅子

血圧コントロール進化するため、脳出血は高血圧に起因しない「脳アミロイド血管症」型の疾患が大半になる。致死になかなか至らないレベル出血を何度も繰り返す厄介なタイプ日本においては1年間で20出血を繰り返した事例もある

・死因第一位肺炎2024年は5位)に代わる。脳疾患や神経疾患の影響により誤嚥肺炎が激増するため

・65歳以上の要介護認定率が今の2倍になり、特養待機人数も今の2倍以上になる。民間老人ホーム争奪戦になり入居一時金は一億円が相場になる

…と予想するが、今より皆不幸になる未来しか見えない

2026-02-23

高市早苗アンチの皆様はこのデータに望みを掛けよう

真矢の早世で思い出したが、「ドラマー基本的に短命」である

ドラマーの早世事例

なお事故死は含まない

チェッカーズ クロベエ 享年40

東京スカパラダイスオーケストラ 青木達之 享年32

MALICE MIZER Kami 享年27

LOUDNESS 樋口宗孝 享年49

村上ポンタ秀一 享年70

・手数王・菅沼幸三 享年62

クレージーキャッツ ハナ肇 享年63

山内優 享年37

C-C-B 笠浩二 享年60

安全地帯 田中裕二 享年65

クレイジーケンバンド 廣石恵一 享年64

LUNA SEA 真矢 享年56←New!

YMO 高橋幸宏 享年70

Hi-STANDARD 恒岡章 享年51

BAAD 新井康徳 享年55

ペトロールズ 河村俊秀 享年45

考察

ドラマーギタリストボーカルより寿命10年以上短いとも言われており、平均寿命相撲力士と大差ない

スティーブ・ガッドのように80歳でも現役の例や加藤茶のように80超えて長生きする例もあるが、長生き事例はほぼジャズフュージョン系のドラマーに限られる

またいきなりポックリの割合が高い。くも膜下出血脳梗塞、急性心不全が主な死因だ

ということは

高市早苗もそろそろかも知れんよ。メタルドラマーから短命コース

左派高市アンチの皆様におかれましては「ドラマー短命傾向」に一縷の望みを掛けよう

2026-01-12

2050年、4人に1人が高次脳機能障害になる

脳梗塞くも膜下出血などの脳疾患が激増し、その後遺症高次脳機能障害者が増えるという予想。

以下、根拠

1.医療進歩によりがん死が激減する

免疫療法、分子標的薬など、外科手術や安易化学療法以外の治療法の進展により、大半のがんが「治る病気」になる

2.その分血管、脳神経関連の疾患が増える

しかし血管系、脳神経系過去四半世紀大きな進展がない。ある療法、予防法がマウス効果あり→その後なかったことに…というのが延々と繰り返されている。今後も大した進歩はなさそう。

まり、がんで亡くなる層が血管系疾患や脳梗塞くも膜下出血などの脳疾患に襲われることになる

3.新型コロナワクチンの影響

新型コロナワクチンも長期的には体内に埋め込まれスパイクタンパク質が脳血管に付着し、脳梗塞を招くという臨床論文が出てきた。今はまだ散発的だが、2040年からアスベスト騒動のようにワクチン接種者の脳梗塞が急増してくると推察される。もちろん、接種回数が多いほどハイリスク

4.アルツハイマー抑制薬の影響

昨年から保険適用となったアルツハイマー抑制薬「レカネマブ」の副作用として「脳出血」がある。猫も杓子もレカネマブに集まった結果、脳出血を起こしてしま高次脳機能障害に陥る人が大量発生する

そして2050年には片麻痺失語症車椅子生活が当たり前に

バリアフリーは進むだろうが、もう国際競争力とか強いニッポンなんてヨタ話が出来る状態じゃないだろう。何しろ働くどころか身体が動かない、喋れない人が今の自民党支持率くらいに増えてしまうのだから

2026-01-08

anond:20260108102957

ブレーキングダウンの記者会見茶番で平手(掌底)顎に入っちゃって気絶からの後頭部強打からくも膜下出血(おそらく再起不能)なってたからな

2025-11-30

障害放置死の事件の元夫、とんでも無かった

anond:20251129181446

あれからネット捜索により元夫が判明、元夫は長男を殺してたらしい

見つけた、次女を虐待した元夫

こいつ長男も殺してる

柳大亮(当時23

2013年、生後間もない長男を床に叩きつけ脳挫傷を負わせる

暴行容疑で逮捕され容疑を認めたが、謎の不起訴で釈放

2014年長男後遺症によりたんを詰まらせ窒息死

翌月、次女の頭を握りつぶし外傷性くも膜下出血重症を負わせる(その後一命は取りとめたが生涯寝たきりの重度障害

二度目の逮捕

次女への傷害容疑は処分保留となったが、捜査過程長男の死亡を把握し再捜査に乗り出す

2015年長男への暴行容疑で起訴

虐待起訴の男を一転して再捜査神戸地検支部

2015年01月08日 00時29分Tweet

 兵庫県加古川市で2013年4月、生後間もない長男を床に投げつけたとして、神戸地検姫路支部は7日、同県姫路勝原区会社員柳大亮だいすけ容疑者(23)を暴行罪で6日に起訴したと明らかにした。

 同支部は同年7月、長男への傷害容疑で逮捕された柳容疑者を不起訴起訴猶予)としていたが、昨年12月、次女への傷害容疑で県警に再び逮捕されたのを受け、再捜査必要性があるとして一転、起訴した。

 起訴状では、柳容疑者は13年4月、当時の加古川市内の自宅で、生後2週間の長男を床に投げつけたとされる。長男脳挫傷と診断され、県警は13年7月、柳容疑者傷害容疑で逮捕したが、同支部起訴猶予とし、釈放。柳容疑者は容疑を認めていたという。

 柳容疑者は昨年8月頃、家族姫路市に転居し、長男は同年11月に死亡。たんを喉に詰まらたことによる窒息死とされる。遺体暴行の形跡はなかったが、13年の事件で、長男にはたんがのみ込みにくくなるなどの後遺症があり、同支部は今後、13年の暴行と死亡との因果関係も調べる。

 一方、昨年12月中旬、柳容疑者は、自宅で生後2か月の次女の頭を握りつぶすように強くつかんだなどとして傷害容疑で逮捕された。容疑を認め、「泣きやまないのでやった」と供述。次女は一時、意識不明になったが、意識を取り戻し、命に別条はないという。

 同支部は、次女に対する事件の発生や、その捜査過程長男の死亡を把握し、再捜査必要判断。6日、次女への傷害容疑を処分保留として継続捜査するとともに、長男に対する暴行罪での起訴を明らかにしたが、起訴内容などは一切公表せず、7日、改めて説明した。

 阪井博・同支部長は「次女への暴行が疑われる事件の発生を受けて長男に対する暴行罪で起訴した。13年の不起訴については、(当時支部におらず)コメントする立場にない」と話した。

2015年01月08日 00時29分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

家事育児してないのに子殺しする男さんさぁ

2025-11-06

仮面ライダーも人道的観点から見てシリーズを終わらせるべきだろう

頭蓋骨骨折、外傷性くも膜下出血とかするような事故起こしておいて放送継続するなんて非道な事はあってはならない

謝罪で済ます

責任を取れ

2025-09-03

anond:20250903172233

A(低摂取糖)だからB(心疾患)だ、という主張は、

Bの傾向がある人はA(糖摂取を控える)、という説明の方が説得力が高い。

———

「逆因果関係(Reverse causality)」とは、**通常考えられる原因と結果の関係が逆転している状態**を指します [1]。つまり、**結果(従属変数)が原因(予測変数独立変数)を引き起こす**場合に発生します [1]。広義には、特定の交絡因子(Confounder)が結果と密接に関連しており、その交絡因子が結果と原因の両方に同時に影響を与える状況も逆因果関係に含まれます [1]。

この問題は、特に栄養学や疫学の多くの研究を悩ませており、その程度は十分に検討されていないようです [1]。

「追加糖摂取と7種類の心血管疾患発生率との関連性」に関する研究 [2] に対して寄せられた論評 [3] では、この研究結果が逆因果関係問題を抱えている可能性が指摘されています

以下に、逆因果関係がこの研究でどのように現れていると考えられているか、主な点を説明します。

**最低摂取カテゴリーでのリスク増加** [4, 5]

* 元の研究では、「大部分のアウトカムにおいて、最高の心血管疾患(CVD)リスクが最も低い追加糖摂取カテゴリー(非アルコールエネルギー摂取量の5%以下)で認められた」と報告されています [5]。

* 論評では、このようなU字型やL字型の曲線は、既知の生物学メカニズム説明できない場合、または示唆されたメカニズムと逆の場合に、逆因果関係によって発生する可能性があると述べています [5]。

* 追加糖の摂取量が最も少ないグループサンプルのおよそ21%)は、極めて特殊な行動(追加糖のほぼ完全な排除)をとっており、このグループで観察された有意健康リスクの増加は、**健康状態悪化食生活改善の決定(追加糖の削減)を促した**と解釈する方がより plausibility が高いとされています [5]。

* つまり、低糖摂取病気引き起こしたのではなく、病気(または病気リスク)が糖摂取量を減らす決定の理由となったという可能性です [5]。

**ベースライン除外の不十分さ** [6, 7]

* 元の研究では、がん、自己申告による糖尿病、または特定の8種類のCVD(虚血脳卒中脳内出血くも膜下出血心筋梗塞心不全、心房細動、大動脈弁狭窄症、腹部大動脈瘤)の既往歴がある患者ベースラインで除外されました [6]。

* しかし、論評では、この除外リストには、末梢動脈疾患や冠動脈疾患など、他の一般的なCVDが含まれていなかったと指摘しています [6]。そのため、研究サンプルには、研究対象とは異なるものの、一般的なCVDを持つ人々が最初からまれていた可能性があります [6]。

* さらに、肝臓関連疾患や腸関連疾患など、CVDリスクを高め、かつ食生活改善動機となる他の様々な疾患も除外されていませんでした [7]。

**選択的な摂取量の過少報告** [8]

* 別のメカニズムとして、**選択的な過少報告**という現象が考えられます [8]。健康問題医療上の推奨がある場合被験者は追加糖の摂取量を過少に報告する傾向があるため、見かけ上の低糖摂取グループが実際にはより多くの糖を摂取していた可能性があります [8]。

**交絡因子の制御不足** [9]

* 研究では、高血圧血糖値ナトリウム摂取量、脂質レベル家族のCVD歴、経済状況などの重要な因子が制御されていませんでした [9]。

* 例えば、高血圧はCVDの頻繁な原因であり、同時に高血圧の診断は追加糖摂取量の削減など、食生活に大きな変化をもたらす可能性があります [9]。これらの制御がなければ、最低糖摂取量の回答者が単に病気の人々であるかどうかを判断することは困難です [9]。

**「甘いお菓子(Treats)」の奇妙な結果** [10]

* 元の研究では、週に14回以上甘いお菓子摂取するグループの方が、週に2回以下のグループよりもCVDリスクが低いという、さら説得力のある逆因果関係証拠示唆されています [10]。

* 特に腹部大動脈瘤のリスクに関して、最も極端なケースでは、週に14回以上摂取するグループリスクが最低摂取グループ比較して0.5であり、これは甘いお菓子の「魔法のような保護効果」を示唆しているように見えますが、同じ研究の全体的な追加糖モデルでは高摂取リスク増加の傾向が示されています [10]。

* この矛盾は、逆因果関係と、健康に悪いイメージのある食品(甘いお菓子)の系統的な過少報告によって最も plausibility が高く説明できると論評は述べています [10]。

**感度分析限界** [11]

* 元の研究実施された感度分析(追跡期間の最初の3年間に発生したCVD症例の除外)は、一部の逆因果関係を軽減したかもしれませんが、ベースライン除外の不十分さや、高血圧などの他の重要な要因の制御不足といった、より重要な逆因果関係の要因は感度分析でも残っていたと指摘されています [11]。

論評では、アルコール健康に関する過去研究が、逆因果関係問題により、少量のアルコール摂取が非摂取よりも著しく健康であると誤って示唆した例を挙げています [12]。近年のより堅牢研究手法メンデルランダム化など)により、この問題が緩和され、「少量のアルコール保護価値」は存在しないか、当初考えられていたよりもはるかに小さいことが判明しています [12]。

したがって、逆因果関係問題は、研究解釈において**慎重な検討必要**であり、誤った結論を避けるために、研究デザイン分析方法改善する必要があると強調されています [13]。

2025-04-14

昔飼ってた犬の話

最近自宅を購入して引越ししてきたんだけど、ちょうどそのタイミングでお義父さんが飼っていた犬を引き取ることになった。

もう15歳になる老犬で、昨日引き取って来たんだけどよろよろ歩く様を見てたら昔飼ってた犬のことを思い出したので少し振り返ってみたくなった。

前飼ってた犬は俺が小学3年生くらいの時に飼い始めたと思う。

飼い始めたとは言ったけど、当時実際に飼っていたのは俺の家ではなく父方の祖父母の家で飼い始めることになっていた。

その犬はトイプードル名前フェリスって言う。

毛色は黒に近い焦茶色をしていて、初めの頃はマグカップサイズでとても小さかったのを覚えている。

最初の2〜3年は躾をするのが大事だと父親に教わったこともあり、接し方についてはテレビで見た知識や本で学んだ知識などを元に少し厳しく、でもフェリスが嫌がらない程度の距離感で接していたと思う。

ちなみにその頃に弟はまだ小学校1、2年生だったのもあるせいか、かなり乱暴な扱いをしていて、大人になってからとことん嫌われていた(近づくだけで唸り声を上げられる、噛み付く、呼びかけても一切近寄らない)ので、今後犬を飼う予定がある人は注意したほうがいいと思う。

少し背景を説明すると、祖父母の家は京都にあって俺は関東に住んでいた。

祖父母の家には毎年、お盆年末年始春休みなどの学校が長期休暇になるタイミングで遊びに行っていた。

また、フェリスを飼い始めたきっかけは、祖父母の家で元々飼っていた犬(フェリスとは別の犬)が亡くなってしまい、祖父母が落ち込んでいたらしい。その様子を俺の父が見かねてフェリスをもらって来たことがきっかけだったと聞いた。ただ、祖父母たちからしたら当時は新しい犬を飼う気分ではないし、そもそも自分達もあと10年生きていけるかどうかと言うタイミングだったらしいので初めはあまり歓迎していなかったらしい。

飼い始めてからはよく「フェリス死ぬのが先か、ワシらが死ぬのが先か」と言っていたのを覚えている。

なぜ背景を説明たかというと、実はこの犬、超がつくほど甘やかされて育ったのだ。

と言うのも、フェリスご飯のおねだりをすると祖父母特に祖父)はなんでもあげてしまうのだ。

それこそ、朝昼夕の食事時はもちろんのことで、デザートや間食の際にも何か食べているとすぐに寄って来て食べ物をもらっていた。(大好物カスタードクリームパン

また、それとは別に犬用のご飯も追加であって、しかもそれがドックフードではなくキャベツ鶏肉クタクタに煮た物でそこら辺の犬よりもよっぽど舌が肥えていたと思う。

それに加えて散歩も大嫌いな性格をしており、家の前でおしっこうんこを済ませたら直ぐに帰ろうとするのである。一度引きずってでも遠出の散歩したことがあったのだが、本当に引きずって散歩したために肉球がズタボロになって、翌日以降に悲鳴を上げながら歩いていたので、2度と無理やり散歩をしなくなってしまった。

そんな生活を数年続ければまぁ当然肥満体質になるわけで、気づけば体重10キロ以上あるデブ犬となっていた。

とことん甘やかされた生活を送って来てはいたが、俺は前述の通り正しい躾を意識した接し方をしていたので、

家族の中でも俺と父親の言うことだけは比較的聞いてくれていた。

分家族の中で祖父の次に好かれていたと思う。

そんなフェリスに転機が訪れたのは俺が高校3年生の冬頃。

祖母くも膜下出血で倒れて緊急手術をすることになり、フェリスの面倒を見れる人がいなくなってしまった。

祖父母の家では面倒が見れないと言うことで俺の家で飼うことが決まり、急遽うちで住むことになったのだ。

うちで住み始めてから上記のような甘やかし生活ではなく、一般的ドックフードがメインとなり、間食も与えずにまともな食生活を送ることになった。

そのおかげかみるみるうちに痩せていき、1年で6キロ以上痩せることに成功した。

動物病院に連れて行った母親から「お医者さんからどうやったらこんなに痩せれるんですか!?って驚かれたわ」と言う話も聞いた。

一緒に生活してからエピソードで2つほど事件があったのでそれも紹介しておく。

エピソード① 「朝ごはん消失事件

俺が大学生になった頃の出来事。その日は午前の授業がなく、ゆっくり家を出る日だったので朝食の時間になっても直ぐに起きずにいた。すると、母親が突然「ご飯残さずにちゃんと食べろ!!」と言うお叱りで起こしに来たのだ。まだ飯を食い始めてすらいないのに何故残してる扱いされるのだ??とリビングへ向かうと、白米が入ったお茶碗の横に空となった小皿が置いてあった。そしてふと横を見ると口をもぐもぐと動かしているフェリス。そう、俺のおかずを食べられていたのだ。

その日のおかずはメンチカツで、すぐさま「お前〜〜〜〜〜!!!!」とブチギレて口元を抑えると、油まみれの口元で「え?なんですか??」と言うとボケた顔で目線を逸らすフェリスだった。

この事件以降、ご飯の準備する時にはフェリスから目を離さないようにするが鉄則になったのであった。。。

エピソード② 「チョコレート消失事件

俺が高校卒業して直ぐの頃、平日で朝からずっと自分の部屋でゴロゴロしていた時にパートから帰宅した母親からチョコレートゴミちゃんと捨てろ!!!」と言うお叱りを受けた。

チョコレートなんて食べた覚えがないが?と疑問符だった俺がリビングへ向かうと、床にはからになったチョコレートの箱とビリビリに破かれた銀紙が大量に散らばっていた。

何これ、、、とふとフェリスの方を見るといつもより若干興奮気味に尻尾を振りながらこっちを見ていた。

近づいて匂い確認すると口元からチョコレート匂い・・・

そう、この犬、勝手チョコレートを食べていたのである

すぐさま吐き出すように手を突っ込んだりもしたのだが、噛みついてくるし吐く気配がない上に食べてから結構時間が経ってしまっているようで、もう手遅れと言うような状態だった。

ちなみにそう簡単チョコレートが食べられるような場所に置いてあったのかというと、そう言うわけではない。

一般的高校生用の手提げバック(チャック付き)の中にしまってあり(弟のバック)、

さらに箱の中に銀紙で包まれ状態で入っていた。(一口サイズの小さいチョコが銀紙で包まれてるタイプ

匂いとかもバックの中にあるときはそんなに匂わないはずなのに、フェリスはバックを開けて箱を取り出し、箱の中から銀紙で包装されたチョコ剥がして食べたのだ。

その時ほどこいつこんなに賢かったのか?と困惑したことはない。

その後、1日はいつもよりも興奮気味ではあったが、他には特に異常がないところを見て、祖父母に育てられていた時には一体何を食わされていたんだろうと心配になったのであった。

※犬にチョコレート絶対に食べさせてはいけません。皆さんは犬を育てる際にはチョコレートを与えないようにしてください。

また、もし万が一誤って食べてしまった場合は最寄りの動物病院相談に行ってください。

この二つのエピソードは今でもうちの中では鉄板ネタとなっていて、事あるごとにみんなで話している。

そんなバラエティに事欠かない犬だったが、5年前の2020年4月に亡くなってしまった。

ちょうど世間コロナで騒がしくなり始めた頃だったので、よく覚えている。

亡くなる前日にあれだけ食いしん坊だったフェリスがパタリと何も食べなくなって、衰弱していくのを見て「ああもう長くないんだな」と思ったのを覚えている。それで試しに生クリームを口元に近づけたところ、食い気味にぺろぺろ舐め始めたのを見て笑ったのも印象に残っている。

とにかく食いしん坊でまんまるに太っていて、可愛らしい犬だったなぁ。。。

ちなみにフェリスが亡くなってから一月も経たないうちにうちの父親はまた新しく犬を飼い始めたのだが、それはまた別の話なので違う機会に話すとする。

そんなわけで、愛犬を失う悲しさや寂しさを知っている俺の身としては今から妻のメンタル心配になっているのだが、二人と一匹でこれからも頑張ろうと思う。

2025-02-22

たすけて

追記:教えてくれた皆さんありがとうございます今日病院資料ももらえました、、皆さんのコメント活用させてください。

例の家族を慕っていた猫がニャーニャーないている。悲しい。

くも膜下出血家族がなった時に何をすればいいか、全くわからないので教えて頂きたいです、、聞く場所間違っているかもしれないけど、ここが比較的優しいところだから信じてします、、、

・手術は保険適応50-70万くらいと聞いているけど実際どのくらいか

入院するといくら掛かるか全くわかっていない

・その他かかる費用あるかな

社会制度とかで利用しといた方が良いものありますか、、、

家庭の管理全部やっていた人がなっちゃったから困る、マジでみお48歳?なんだけどーって感じ。

今後何すれば良いんだろう?保険銀行関係契約も?何もかもその人に頼り切りだったからもー困った

2025-02-21

追記

優しいコメントありがたいよー

リプライ?みたいなの未だなわからいからここに書きます。変えがきかないフリー仕事から自分が死なない限り放棄はできない、それは昔から覚悟してたけど、今回大きく現実を突きつけられたよ。

検査終わったみたいで、検査終わるまでは危篤っぽい事は言われていなかったからすぐ回復すると思っていたのに思ったより重症らしくて本当にしんどい。今は少し言葉は喋れますよーだって、今はって?しんどい

ママくも膜下出血なって倒れちゃったよー

タイミング悪くて出張中で面倒見れない状況わからなくてしんどい

仕事と大切なものとの選択を考えさせられた瞬間だった。

ほんと死んじゃったらどうしよう、そうじゃなくても色々どうしようと思い詰めている。気が張り詰めて緩んで張り詰めて緩んで、涙が止まったり出たり、。

本当にママ依存していたから、ママいなくなったらミオ48(だっけ?)になっちゃう。それもしんどい

つらい。

今年に入ってパソコンも財布もポーチもなんならカバンも壊れて、備品も壊して「ものが壊れるのは新しい風が入るいい予感だよ」なんて言うけど、ママが壊れるのは話が違うしどーゆこと?だしつらい。

2025-02-15

anond:20250215093329

この文章信憑性評価すると、以下の点からフィクションである可能性が高いと考えられます

### 1. **記憶喪失の症状が非現実的**

- くも膜下出血などの脳の障害記憶を失うことはあり得ますが、「高校生時代記憶けが残り、その後の記憶が完全に失われる」ケースは医学的に極めて珍しいです。

- 実際の健忘症では、断片的な記憶が残ったり、古い記憶の一部は保持されることが多く、「高校生時代記憶けが完全に残り、それ以降が完全に消える」というのは不自然です。

### 2. **物語構成が作り話に近い**

- 記憶を失った女性が「知らない家で目覚める」「見た目はおばさん、中身は高校生ギャル」といった展開は、フィクション都市伝説的な話によく見られる構成です。

- 記憶が戻る描写も「パンケーキジュースをこぼしたこと」など、感傷的なエピソード効果的に配置されており、小説的な要素が強いです。

### 3. **細かい心理描写リアルすぎるが、不自然な点も**

- 「高校生だった自分記憶は鮮明にあるが、それが事実と異なっていた」という設定は面白いですが、実際には脳の障害によってこのように「まるで異なる人生経験したような偽の記憶が作られる」ことは非常に稀です。

- 記憶がないならば、もっと混乱が強くなるはずですが、文章の展開が比較スムーズすぎる点も作り話の特徴です。

### 4. **結末がフィクション的**

- 離婚して子供と会わず最後に「記憶が少し戻る」という終わり方は、ドラマ物語的なオチがついているように感じます

- 実際のケースでは、記憶障害があったとしてもリハビリ治療が行われ、家族との関係を修復しようとするケースが多いですが、この話では「離れることが子供のため」と断言しており、物語的に綺麗にまとまっています

### **結論**

この文章は、実話をもとにした創作、または完全なフィクション可能性が高いです。

インターネット上の創作話(いわゆる「創作実話」)の一つと考えられます

つの間にか子供と夫がいた

高2の頃の私はどこにでもいるアホなギャルだった。

携帯友達メールしながら化粧してて、あ、彼氏と待ち合わせの時間だと思って慌てて準備して、玄関から母に今日帰らないかご飯いらないと叫んで、

父が「いい加減にしろバカ」みたいなことを怒鳴り返してきたのを無視して家を出て、少し先まで歩いた所で、当時流行ってた厚底の靴がひっかかってコケて、

爪のデコレーションが欠けたのをあーネイル行ったばっかなのにーこんな重いのとれやすいって言ってたネイリストの言うこと正しかったわーと思った、のが最後記憶


次にふと気がついたら、知らない家にいて、めちゃくちゃ頭が痛いのと、変なゲームボーイみたいなやつが光って電話マークが出てた。

画面になんちゃら幼稚園みたいなの書いてあって、え?でもボタンないのにどうやって出るの??みたいに思ってたら切れた。

とりあえず知らない人の家だけど、おもちゃとかがあり、生活感があって誘拐された感じでは無かった。


→昨日彼氏と飲みすぎて記憶を失って、これは彼氏の先輩の家とかなのかな?と思って少し待ってたけど、彼氏も家主らしき人も誰も来ない。

とりあえず外に出ようと思ったけど鍵もないし携帯もない…と思いながらぼーっとしてたら、知らないおっさんが小さい子つれてきた。

「お前何やってんの?」「お迎えは?早退して行ったんだけど」「いるなら電話でろよ、心配したわ」とか言うから、は?みたいなこと言ったら、小さい子がママとか言ってまとわりついてきた。

訳が分かんなかったけど、よく見たらネイルも全部とれてるし、洗面所に行き鏡を見たら、金髪ピンクメッシュのロングだった髪も暗い茶髪のボブだった。

は?何これ?って思ってたけど、彼氏友達もこないし、説明してもおっさんは訳わかんないこというし、私もパニックになった。

電話貸してもらって彼氏と親に電話してみたけど、この番号は使われておりませんになるし。

とりあえず警察にいこうと思ったら止められて、おっさんが大きな病院に連れて行ってくれた。


病院検査したら、要はくも膜下出血的なやつだった。

本当の私は37歳で、記憶を司る期間がやられてしまって、高2以降の記憶がなくなったらしい。

おっさんおっさんだと思っていたのは、私と同い年の夫だった。ついでに言えば私はギャルじゃなくておばさんになっていた。


肝心の高2のギャルだった時の記憶真実とは違ってて、私はギャルだったことはなく、

彼氏と外泊したりすることもなく、普通に真面目に学校に通っており

何より記憶だと外泊に怒って怒鳴ってた父はおらず母子家庭だったこと。

今でも鮮明にギャルだった自分記憶があるんだけど、高校生の時の写真とか見ても全然ギャルでもないし系統が違う。

子供のことも全く思い出せなくて、可愛がれないし、

見た目はママなのに中身がママじゃないという状況は子どもに悪いだろうと思って半ば無理やり離婚して、子供おっさん(夫と名乗る人)に引き取ってもらった。

見た目がママなのに中身がママじゃないのはさすがに残酷すぎると思った。


今も昔のことはほとんど思い出せないけど、私は美容師とかそういう技術仕事だったみたいで、

やってみたら普通にできたから、離婚後はそれで働いて何とか暮らしている。

夫らしき人は、「お母さんは病気で全部忘れてしまって思い出せなくなった」と説明してくれたみたいだけど、子供からしたら納得はいかなかったと思う。

子供必死ママこれ覚えてる?これは?とかずっと何度も思い出を言ってくれたんだけど、その健気さが辛いのと思い出せる気もしなくて、もう離れることにした。


今はもうそから10年くらいたってて、子供も大きくなってて、元旦那再婚してるし、離婚後は会ってない。

最近、少しだけ結婚生活記憶が戻ってる気がする。

何度も聞かされたか記憶勘違いしてるだけかもしれないけど、子供が小さかったときに近所の公園に行ったことやパンケーキの上にジュースをこぼしたことや、

子ども塩昆布が好きだったから試しにパンに乗せて朝に出したらチョコレートパン勘違いして食べて、子供が怒ったことなどを思い出した。

今更どうこうするつもりはまた全くないけど、申し訳ない気持ち幸せ暮らしてほしいからこそ、連絡はしないと決めてる。

2025-01-24

織姫さんは18日夜、「SHOWROOM」でライブ配信していたところ、突然イビキをかき始めた。

異変に気付いたリスナー事務所に連絡を入れ、近くにいた福本氏がすぐさま駆け付け、救急搬送されたが、約1時間後に死亡が確認された。

くも膜下出血だった。

2024-11-14

仕事をずる休みしたら脳神経外科に回された話

前日、突発的な業務が立て込んでしまい、始業時間1時間上前からの出社を命じられた。

また、客先へ報告に行くことになったので、3時間残業も命じられた。

そのため、非常に疲れてしまい、今日休みたいとしか思えなくなった。


起きると体も頭もだるい

もう休むことしか考えていなかったので、とりあえず電話


事務員はい会社です」

私「私です。今日頭痛がするのでお休みしてもよろしいですか」

事務員部署長に変わりますね」

部署長「部署長です」

私「私です。今日頭痛がするのでお休みしてもよろしいですか」


前いた部署では病気休暇の申請チャットアプリOK電話事務員が出たとしてもそのまま部署長に伝言してくれる。

長期間になるとさすがに医師診断書必要だが、数日なら何もいらなかった。


一方今の部署は今いる部署病気休暇の時の手続きがめんどくさい。

チャットアプリがないので電話による事前連絡必須だ。事務員が出た場合伝言はしてもらえない。

休みたいんですけど」というや否や「部署長に変わりますね」と言われてしまう。気まずい。

休むのが多いと部署から仕事の進捗大丈夫?」とか「休みの日遊びすぎたんじゃないの」とか詰められるので面倒。

さらに1時間の取得でも診断書の提出が必須となっている。一応物的証拠があるので疑われない、という見方もできるのだが…。


さて、証拠づくりに動くか。

初めは診断書のひな型をダウンロード編集して出そうと思ったが、保険証の利用履歴を調べられたら面倒だ。

そういうわけで病院受診することにした。

1カ月前も同じことをしたので、そんなに頻繁に行くと医者も疑ってくるだろう。

そこで、自宅から少し離れた総合病院に行くことにした。


総合病院の受付にて。

係員「今日はどうされましたか

私「頭が痛く、のども少し痛いので、内科受診しに来ました」

係員「では、内科の問診票を書いてください」


少しすると係員が来て「最近インフルコロナが再流行してるので、一旦熱を測ってもらえますか」と。

熱を測ると平熱だったものの「発熱外来で抗原検査を受けてきてもらえますか」。警戒されているようだ。

ついでに「前金として5千円をお預かりします。陽性の場合お帰りいただき後日の会計となります」とも。


発熱外来へ。再度の体温測定の後抗原検査を受ける。鼻に綿棒を突っ込んで粘膜をえぐり取るアレ。痛い。

わずせき込んでしまう。看護師も「綿棒を抜くのでゆっくり息を吐きましょうね~」と慣れている様子。

あれ、検体採取は片方の鼻だけでいいのか。

おまけに血圧測定と血中酸素濃度測定(人差し指をはさむやつ)もした。

当たり前だがインフルコロナともに陰性だった。

ウィルスを調べるなら抗原検査よりもPCR検査の方がいいんじゃなかったっけ?

一応これから発熱する可能性があるのでそうなったら再度受診せよとのこと。あるわけないって。

とりあえず一般外来受診許可が出たのでそちらに戻る。


戻るや否や、「頭痛ですと内科ではなく脳神経外科管轄になると思われるので聞いてみますね」

え?脳神経外科ってくも膜下出血とか脳梗塞とかそういうのじゃないの。

などと考えていると、本当に脳神経外科に回されてしまった。


一体どうなってるんだ、と思いながらも脳神経外科へ。

私「しばしば頭痛になるので、そろそろ診察を受けた方がいいと思い来ました」

脳神経外科医「この時期頭痛の人が多いんですよ。一応MRIを撮ってみますね」

係員「では、検査室へお越しください」


検査室にて。

から違うって…。まぁ自覚症状のない脳腫瘍とかもあるしいいか…と思いながら待機。

MRIなんて、トラックにはねられた時以来、20年ぶりだ。

MRIは強力な磁石を使うため金属類は全部NGだが、金属がないはずの衣類も脱がなければいけないらしい。こうして私は人様の前でパン一に。

臨床検査技師検査は15分ほどかかります

そんなにかかったっけ。確か前やった時は1分強で終わったような。

(後で調べたら、15分は最短時間であり、状況によっては90分かかることもあるとか)

やたらとピーピーガーガーうるさい機械だった。狭くて薄暗い空間が落ち着いたけど(閉じ込められるのは勘弁してほしいが)。


検査を終え診察室に戻る。当たり前だが、何の異常もない。

脳神経外科医「あなたの頭は大丈夫ですね」

私「(は?)」

脳神経外科医「気圧によるものと思われるので市販頭痛薬で様子をみてください」


受診終了。抗原検査に加えMRIという大げさなことをしたので2時間・料金は〆て9千円。

9千円の出費は痛いが、仕事を休めるならお金くらい払う。

診療明細書には内科文字はなく、代わりに「脳神経外科」というとんでもないものが載ってしまった。

事実小説より奇なりとはいうが、もし部署長とかに聞かれたら受診の経緯を正直に話そう。事実から


結論。ずる休みしたいとき証拠づくりをするなら精密検査対応していない個人医院を選ぼう。やる気のない医者ならなおよい。

罪悪感は全くない。休みたくなったらまた休もう。有給休暇を減らさずに合法的に休めるなんて最高だぜ。

午後はやることがないので、カラオケでも行ってデレマスシャニマスの曲でも歌ってくるか。アイカツきらりん☆レボリューションもいいかも。

何で仕事に行く日はだるいのに、休めるとわかるとここまで元気になるんだろう。これ、新種の健康法だったりして。

2024-03-13

anond:20240313123426

友人がいないんじゃなくて友人はみんな死んだよ

肺がん、大動脈弁狭窄症、糖尿病、急性くも膜下出血登山中に滑落

みんなこんな感じで死んだ

2024-01-18

自分の何もかもがゆるせない


クソみたいな家族の元育った。

ドラマ登場人物か?というくらい暴れるアル中無職父親、全員父親の違う子供を5人も産んだアバズレオブザイヤー獲得の母親。16歳も年の離れた妹にヘラヘラしながら性的虐待する兄。学校に行かずシンナーばかり吸って気が向くと妹に万引きをさせるこちらも年の離れた姉。

私は毎日何が何だかからないまま起きて眠っていた。心の支えは飼っていた犬猫だったが、犬はそのうち山に捨てられ猫は「人にあげた」と母が言っていた。多分捨てた。

父親は私がまだ保育園児のころに酒飲み運転事故って人を巻き込んで死んだ。記憶にあるのは父親が暴れだしたら姉と2人、トイレに逃げ込んでいたこと。1枚だけ写真があったが、顔にも見覚えはない。知らない顔の濃いジジイだ。その写真も今は持ってない。

母親は私が小学生のころにくも膜下出血で倒れて俗に言う植物人間になった。そこから20年以上も生きて数年前死んだ。生きすぎなので死んでから反省して欲しい。

母親が倒れたことで兄弟バラバラになり、1番下の私は独身の母の妹に引き取られた。もちろん伯母も変わった人間だったが、母よりはマシだった。静かな人で、スナックママをしていた。彼女のことは、好きでも嫌いでもなかった。でも少しはありがたいなと感じていたと思う、きっと。

私が中学生になったころ、ある夜スナックから自宅に電話が掛かってきた。常連のおじさんだった。

お店に来たら、伯母がカウンターで倒れていたらしい。脳梗塞だった。

すぐに発見してもらえたこともあって、伯母はごく軽い呂律の回らなさや手の動かしにくさは残ったものの、日常生活に支障のないほどに回復した。しかしさすがにスナックを続けるわけにはいかず店をたたんだ為、その後生活に困ることになる。

生活に困った伯母はパチンコ屋でひっかけたおっさんとあれよあれよという間に結婚した。

脳梗塞後、伯母は少し人格が変わって常に人の悪口ばかり言っていたし、私にも毎日切れていたので2人きりの空間他人が入ってくることに少しホッとした。

私は、小学生のころから本や図鑑ばかり読み、机の上でする勉強が大好きだったが、中学生になるころには勉強に取り憑かれていた。学年1位でなければ伯母にビンタされるということを抜きにしても、私は常に1位でいたかった。

勉強一生懸命するものの、きちんとグレ始めていたので不良とばかり遊び、酒もタバコセックスもとっくに覚えていた。まぁ初めて見た男の硬くなったモノといえばクソ兄貴のモノだったけど。よくたまり場で不良たちに勉強を教えていた記憶がある。みんな素直に聞いているのが面白かった。

高校生になった頃から、「大学には行かせない」と伯母に言われ始める。私には小学生のころから夢見ていた大学があり、その為に楽しんで勉強をしていた。伯母はなぜか「奨学金などという借金も許さない」と本当に頑なで、ガキながらにマジで意味不明だった。

家に帰れば毎日叔母と言い合いになるし、別にもはやどうでも良かったがおっさんにはずっと家庭内セクハラをされていてキモかった。お風呂中にわざと洗面所に来て話しかけられる、トイレに入ると7割の確率ノックされる、セックスの話をされる、私の下着を間違えたと自分タンスにしまっている。きもっ。

高校2年の時、頭の中でパーンと音がした。朝起きたら、パーン、と乾いた音がして、ほんとうにしんそこ何もかもがどうでも良く思った。

私みたいな人間は何をしても無駄だし、クソみたいな両親からまれたんだからどうせ私もクソなのはわかってるし、私にはキラキラした未来などないということに突然気がついてしまった。無駄だった、全部。どうでも良いや、未来などない。

その日から家に帰るのをやめて、男の家を渡り歩いて勉強もやめた。学校はたまに行っていたけど、伯母は特になんのアクションも起こしていなかったので何も言われなかった。何度か家に戻った時は、きもおっさんがアタフタと話しかけてくるものの、伯母は私を完全無視していた。

休みがちになり、成績も一気に下がった私を心配した先生たちが何度か「困っていることがあったら相談してみろ」、こいつらに相談したところで何がどうなるのか私にはわからなかった。

1人だけいた友人と私を心配してくれていた先生たちのおかげで、卒業式には参加できなかったもの卒業証書を貰うことができた。

高校卒業後は正式に家を出て、そこからデリヘル水商売渡り歩き、22歳の時に介護資格をとってからはずっと福祉仕事を続けている。

数年前には社会福祉士養成学校入学し、現在は何故か結婚までして主婦しながら社会福祉士をしている。

ところで、私は18歳から22歳までに3回中絶している。アバズレの子供らしく、ずっと男に依存して生きてきた。

セックスを献上することが何よりの喜びであり、生きる意味だった。男がいなければ自分に生きる意味はなくなり、文字通り男がいなければ生きていけなかった。男の言うことは絶対だったし、逆らうことなどできなかった。自分のために。

3回目に中絶した時、麻酔から覚める途中に「いたい!!!いたい!!!」と子供の絶叫が聞こえて私はぎゃあと叫んで体を起こした。はっきりと聞こえた。

中絶などなんとも思っていなかった私にも、少しの罪悪感があったのだろうと思う。

22歳のある日、珍しく朝に目を覚ましたらパーンと音がした。その瞬間、自分の全てに嫌悪感が湧いてきた。自分は何をして、どこにいるのか?いつまでこんなふうに生きていくのか?自分が嫌で嫌で涙が出たを

もう取り返しがつかないことはわかっていたけど、とにかくこの渦から抜け出さなければいけないと初めて感じた。

その日から大きく変わったことのひとつが、食べ物を美味しく感じたことだ。それまでの私は本当に食に興味がなく、空腹になるので限界がきたら仕方なく何かを摂取していた。

それなのに、ふと食べたにんじんがとても美味しかった。ピーマンも美味しい。マグロのお刺身も、チキンナゲットも、お米も、何もかもが美味しかった。

食べ物が美味しい、というだけで生きている意味になる感覚だった。

もう男への依存は憑き物が落ちたようになくなり、生きる意欲が湧いていた。

そこで人生を何とか立て直すために選んだのが、介護資格を取ることだった。

介護仕事といえば、学歴職歴関係なく、ほぼどんな人間でも採用される。しかも、こう言っては悪いが働いている職員の質も良くないので、普通に仕事ができればすぐに昇進できるだろうと思った。

福祉仕事を始めてからは、どんどん人が好きになり、比例してどんどん自分を嫌いになっていった。

普通人間みたいな顔をした私を好きになった人たちと友達になり、そんな顔をした私を好きになった男の人と結婚までしてしまった。

私は、クソみたいな人に育てられたクソ人間エリートであり、現にクソなのだ。育ちや過去言い訳にし、勝手に病んで、勝手に全てを諦めて、馬鹿みたいな生活をして、人を3人も殺して、平気な顔で生きているのに。凄くヤバい人間なのに。人間以下なのに。

今になってやっと、心臓がズタズタになる。人を殺したことも、大学を諦めたことも、私を育ててくれた伯母と縁を切ったことも、統合失調症になった姉から連絡が来た時に冷たくしたことも、母親に早く死ねと思ったことも、とにかく私のなにもかもが終わってる。

私という人間は、私の周りにいたどんなクソよりも極悪で、それは誰のせいでもない、私の問題だ。

それがわかっているから本当につらい。過去のせいにしたり、誰かのせいにして生きていきたい。でも、ちがう。

優しい人の手を振り払ったり、チャンスをないがしろにしたりして生きてきたのは私自身だ。

何もかも私が悪い。

これからも一生自分を許さないし、早く消えたい。

誰にも話せなかった自分のことを、ここに残した。

2023-08-02

anond:20230802133020

ワイは医療に明るくないが、そういうよくわからん症状の数日後にいきなりくも膜下出血で死亡とかよく聞く話だし、近いうちに病院行って検査してもらいな~

何もなかったらそれはそれで安心材料になるだけだし お大事しろ

2023-06-17

anond:20230616225357

承前 https://anond.hatelabo.jp/20230616225357

午前9時過ぎに、看護師から電話があった。

午後からカテーテル検査を行い、その際、手術を行うことになるだろう。

その前に脳外科医と手術室前の懇談室で会うことになった。

同意書等を書いていただくので、早めに来てください」

電話を切ってから、よし腹ごしらえしようと思った。

昨日、夫が食べるはずだった夕飯を温めて食べながら、スマホ検索をした。

くも膜下出血治療について、予想される合併症脳梗塞水頭症退院までの経緯などなど。

そうなるよなという現実

3分の1は助からず、3分の1は重篤後遺症が残り、残りが社会復帰できる。

その現実は重過ぎるよな。

病院へ向かう電車の中でふと思った。

父の葬儀の時、BGM指定しなかったら、葬儀社がジブリのメドレーを選択した。

それからジブリ映画を見ると、父の葬儀を思い出す。

今思うと、あれは良くなかった。

から葬儀の時のBGMは必ず指定しよう。自分葬儀ではこれを使ってというのはある。

でも、夫はなにがいいんだろう。

このまま、話が出来なかったら、わからないままか。

そんなどうでもいいようなことが浮かんでは消えていた。

約束時間よりも早めに着いてしまった。

手術室前の懇談室のイスは救命救急室前のイスよりは上等で、

要は、ここで過ごす時間は長いということなのだろう。

約束時間を30分過ぎてから脳外科医は現れた。

「夜1時過ぎに画像は見たのですが、出血した箇所がわからなかったんです」

くも膜下出血の90%は脳の血管の瘤のような個所から出血する。

カテーテル検査で瘤を見つけて、その場で手術する。

手術は、コイルのようなもの出血した瘤に置く。それで血は固まり、瘤は固定化され、出血は止まる。

ところが、夫の頭の中には流れ出た血は見えたが、どこからがわからなかった。

なので、今日は丁寧に探して、出血個所を特定したいと。

「かかっても1時間ぐらいで終わります

よろしくお願いいたします」

2023-06-16

anond:20230615032338

承前 https://anond.hatelabo.jp/20230615032338

くも膜下出血ですが」

救命救急医師からはすぐに処置はできないと伝えられた。

「この時間に手術するのは人も足りなくて危険だと思うので、血圧を下げる点滴をして様子を見ましょう。昼間に脳外科の先生に診断をしてもらってからですね」

深夜にやるのは無理だから、朝になるまで待つことになった。

あちらこちらにいた搬送された人たちや付き添いは、車椅子で帰ったり、病棟ストレッチャーで運ばれたりで、気がつくと私ひとりになっていた。

雨も止んで、外は明るくなってきた。

朝か。

ぼんやりとその明るさを見ていた。

パタパタ看護師が走ってきた。

救命救急室の出入りが激しくなった。

出血してる」

脳外科の先生呼んで」

と言う声がして、しばらくするとストレッチャーが出てきた。

わず立ち上がって、のぞいたら、夫ではなかった。

目をつぶった老人が運ばれていった。

いつだって、誰かが、死の淵をのぞいている。

救命救急室の前なのだから

わかってはいるが。

開けっぱなしになった救命救急室の扉から中をおそるおそるのぞいた。

男性看護師と目があった。

「ここからICUに移動となるので、もうしばらく待っててください」

それから1時間たってストレッチャーに乗った夫が出てきた。

服は脱がされて、身体中にパッチが貼られて、モニターにつながれている。目はタオルに覆われていて表情がわからない。声をかけるのもためらわれて、ストレッチャーの後ろから見守るしかなかった。

入院手続き書類を何枚も書いた。看護師に渡すときに、いつぐらいなら脳外科医と話せるかを聞いた。

先生が出勤したら確認をして電話します。手術前の説明同意書への記入が必要ですから

そうか、帰れないよな。

と思ったら、

「手術になるとしても午後になると思うので、入院必要ものを取りに自宅へ帰っても大丈夫ですよ」

ありがたい。

いつまで待つのか、どうなるのか、わからないのが辛過ぎる。

「緊急にやる時もすぐ駆け付けますので、この番号に連絡をください。よろしくお願いいたします」

と頭を下げて、病院を出た。

もう始発電車が動き出している時刻だった。

2023-06-15

待合室に座っている

午前3時、救命救急室の前に座っている。

午後10時に帰宅した夫は少しイライラしていた。

「体調大丈夫?」と聞いたら、

「嫌なことがあっただけだから」と言った。

ストレスがたまっているんだな。

毎日忙しいからな。

そのぐらいにしか思わなかったのだが。

しばらくしたら、いきなり頭が痛いといい出して、うずくまってそのまま動かなくなった。

でも、意識はあって、救急隊員に年齢を聞かれて、私がとっさに答えられなかったら、

「54です」と目をつぶったまま応えた。

意外と平気そうと思った。

救急隊員もおやっと思ったようだった。

「原因わかるといいですね」

「お世話になりました」と別れて

それでさっき検査が終わった。

くも膜下出血

想像していたのとは全然違うよ、こんな展開。

生きるか、死ぬか。

まさか

まさか

昨日、ラーメン食べた帰り、白河までラーメン食べに行こうって言ったよね。

行列すると暑いだろうから、秋になってから行こうね。

できれば温泉に泊まろうよ。

って話をしてたのに。

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