Posted in 03 2012
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連城三紀彦『暗色コメディ』(幻影城)
連城三紀彦の長篇デビュー作『暗色コメディ』を読む。
今では幅広い作風を誇り、一概にミステリ作家とも言い切れない連城三紀彦だが、デビュー段階ではバリバリの本格派。だが彼の武器はそれだけではなく、確かな文章力や表現力の豊かさも同時に備えていた。
驚くべきことにこの長篇デビュー作においても、その実力はいかんなく発揮されている。
物語は四人の奇妙な体験で幕を開ける。デパートでもう一人の自分と浮気している夫を目撃する妻。トラックに飛び込み自殺したものの、そのトラックがなぜか消えてしまった絵描き。夫と暮らしながらも、その夫が事故で死んでいると思いこんでいる主婦。妻がいつのまにか別人とすり替わっていると信じ込む医者。
何が事実なのか、どこまでが狂気なのか。ありえない出来事を結びつける真実がおぼろげに浮かぶとき、また新たな悲劇が……。
ううむ、一発目の長篇でここまでやっていたのか。まったく恐れ入る作家である。
上で書いたように、本作では四つのエピソードが同時に進行する。常識では考えられない出来事が起こり、それぞれの主人公は(そして読者も)状況を理解できないまま次第に闇の奥底へと導かれていくのである。
やがて舞台にはある精神科の病院が登場する。何やらこの病院を中心に物語が集約されそうな気配を見せつつ、それでもなお着地点が見えてこないもどかしさ。そして募る不安感。この静かな煽りが巧いのである。ワッと驚かすのではなく、細かな疑惑を繰り返し重ねていき、これがボディブローのように効いてくる。
フランスミステリのサスペンスものではときどきお目にかかる手ではあるが、本作の場合、これを四つ同時進行させるから凄まじい。しかも連城三紀彦は心理描写が丁寧なのでよけいに効果的。酩酊感すら味わえる。
もちろん本書はホラーではないから、最後には合理的な解釈が待っているのだけれど、惜しむらくはその強引さであろう。っていうか、かなりの離れ技に挑戦しているせいで、あちらこちらに無理が出てくるわけである。
ネタバレになるため詳しくは書かないが、犯人がここまでする理由、あるいは読者相手の仕掛けという点では、納得できないところも少なくない。
また、探偵役が真相へ近づくための手段も意外にカタルシスがなく、この辺はもう少しドラマティックに展開してもよかったのではとも思う。終盤の流し方が実にもったいない。
というわけで傑作と断言するにはちょいと苦しい本書だが、緻密なプロットや数々の仕掛けは、力作というには十分すぎるほどであり、やはり一度は読んでおきたい一冊といえるだろう。何より著者のチャレンジ精神に脱帽である。
今では幅広い作風を誇り、一概にミステリ作家とも言い切れない連城三紀彦だが、デビュー段階ではバリバリの本格派。だが彼の武器はそれだけではなく、確かな文章力や表現力の豊かさも同時に備えていた。
驚くべきことにこの長篇デビュー作においても、その実力はいかんなく発揮されている。
物語は四人の奇妙な体験で幕を開ける。デパートでもう一人の自分と浮気している夫を目撃する妻。トラックに飛び込み自殺したものの、そのトラックがなぜか消えてしまった絵描き。夫と暮らしながらも、その夫が事故で死んでいると思いこんでいる主婦。妻がいつのまにか別人とすり替わっていると信じ込む医者。
何が事実なのか、どこまでが狂気なのか。ありえない出来事を結びつける真実がおぼろげに浮かぶとき、また新たな悲劇が……。
ううむ、一発目の長篇でここまでやっていたのか。まったく恐れ入る作家である。
上で書いたように、本作では四つのエピソードが同時に進行する。常識では考えられない出来事が起こり、それぞれの主人公は(そして読者も)状況を理解できないまま次第に闇の奥底へと導かれていくのである。
やがて舞台にはある精神科の病院が登場する。何やらこの病院を中心に物語が集約されそうな気配を見せつつ、それでもなお着地点が見えてこないもどかしさ。そして募る不安感。この静かな煽りが巧いのである。ワッと驚かすのではなく、細かな疑惑を繰り返し重ねていき、これがボディブローのように効いてくる。
フランスミステリのサスペンスものではときどきお目にかかる手ではあるが、本作の場合、これを四つ同時進行させるから凄まじい。しかも連城三紀彦は心理描写が丁寧なのでよけいに効果的。酩酊感すら味わえる。
もちろん本書はホラーではないから、最後には合理的な解釈が待っているのだけれど、惜しむらくはその強引さであろう。っていうか、かなりの離れ技に挑戦しているせいで、あちらこちらに無理が出てくるわけである。
ネタバレになるため詳しくは書かないが、犯人がここまでする理由、あるいは読者相手の仕掛けという点では、納得できないところも少なくない。
また、探偵役が真相へ近づくための手段も意外にカタルシスがなく、この辺はもう少しドラマティックに展開してもよかったのではとも思う。終盤の流し方が実にもったいない。
というわけで傑作と断言するにはちょいと苦しい本書だが、緻密なプロットや数々の仕掛けは、力作というには十分すぎるほどであり、やはり一度は読んでおきたい一冊といえるだろう。何より著者のチャレンジ精神に脱帽である。