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はてなキーワード: 払拭とは

2026-05-11

子を中心とした戸籍制度提言――

序論

日本戸籍制度は、明治維新以降、国家国民を把握し、統治するための基盤として機能してきた。1889年公布された明治憲法大日本帝国憲法)下では、「家」という共同体を基礎単位とする制度確立された。戦後1947年日本憲法制定に伴い、個人尊厳と両性の本質的平等が謳われ、戸籍制度も「家」単位から夫婦とその未婚の子」という核家族単位へと改められた。

しかし、この戦後改革から70年以上が経過した現在社会構造の変化や価値観多様化に伴い、現行の戸籍制度には深刻な「歪み」が生じている。本稿では、明治憲法下および現行制度の変遷を概観した上で、その限界を指摘し、21世紀日本にふさわしい「子を中心とした戸籍制度」への転換を提言する。

第1章:明治憲法下の「家」制度戦後の「夫婦単位

明治憲法下の戸籍制度は、戸主が家族員(家族)を統率する「家制度」を法的に裏付けものであった。これは儒教的な家父長制に基づき、家系継続を最優先するシステムであり、個人は「家」の構成員としてのみ存在が認められていた側面が強い。

1947年民法改正および戸籍改正により、この家制度廃止された。新制度は、日本憲法24条が定める「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」するという理念に基づき、一組の夫婦とその子を一つの編綴単位とした。これにより、個人権利は大幅に強化され、日本民主化を支える家族観の礎となった。

第2章:現行制度における「歪み」の表出

民主化の進展という功績がある一方で、現行の「夫婦単位」の戸籍は、現代社会において以下の三つの大きな「歪み」を露呈させている。

家族形態多様化との乖離

離婚再婚の増加、事実婚、別姓婚へのニーズさらにはひとり親家庭一般化など、現行の「法律婚に基づく夫婦」という枠組みでは捉えきれない家族形態が増加している。戸籍が「婚姻」を起点とする以上、そこから外れる個人は法的な「世間体」や手続き上の不利益を被ることが少なくない。

個人アイデンティティと「姓」の問題

現行制度は、夫婦が同一の氏を称することを強制(あるいは強く誘導)している。これが選択夫婦別姓議論の停滞を招き、個人キャリアアイデンティティ継続性を阻害する要因となっている。戸籍が「夫婦というセット」を管理単位としているために、個人尊厳二の次になっている現状がある。

無戸籍児問題と子の権利の軽視

現行の「300日規定離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子推定する)」などの民法規定と連動した戸籍制度は、母親DV等の事情出生届を出せないケースを生み、結果として「無戸籍児」を発生させている。これは、戸籍が「親の関係性(婚姻状態)」を証明する装置であることを優先し、一人の人間としての「子の存在」を二の次にした結果と言える。

第3章:提言――「子を中心とした戸籍制度」への転換

これらの歪みを解消するためには、戸籍の編綴単位を「婚姻夫婦)」から「出生(子)」、ひいては「個人」へと抜本的にシフトさせる必要がある。ここで提言する「子を中心とした戸籍制度」とは、「一人の人間がこの世に生を受けた瞬間から、その個人独立した主体として登録し、親の婚姻状況に左右されない永続的な記録とする制度である

1. 個人の一貫したIDとしての機能

「子を中心とする」とは、すなわち「個人単位」の戸籍への移行である。出生と同時に個人固有の戸籍(あるいは個人登録)を作成し、そこに親権者や氏名の情報を紐付ける。これにより、親が結婚しようが離婚しようが、その子戸籍の「一貫性」は保たれる。

2. 親の婚姻関係からデカプリング(分離)

現在戸籍は、親の離婚によって子が「除籍」されたり、転籍したりといった移動を伴う。これは子にとって、自分ルーツが親の都合で書き換えられるような不安定さを強いるものである。子を中心とした制度では、親の関係性はあくまで「付随的な属性情報」となり、子のアイデンティティの核を揺るがすことはなくなる。

3. 多様な家族包摂

子を中心とした制度であれば、法律婚事実婚養子縁組、あるいは単身での出産など、どのような形態で生まれてきても、法的な位置づけに差別が生じない。婚姻届によって新戸籍を作るのではなく、個人の記録に「パートナーシップ情報」を追記する形式をとれば、夫婦別姓問題技術的に容易に解決可能となる。

第4章:期待される効果課題

この転換により、以下の効果が期待される。

児童福祉の向上:

の子であるか、どのような支援必要かという情報が、親の婚姻状態に左右されず行政に把握される。

個人自由の拡大:

姓の選択家族のあり方が戸籍形式に縛られず、真の意味で「個人尊厳」が確立される。

一方で、課題存在する。日本社会に根強く残る「家としての連続性」を重んじる感情的抵抗や、相続扶養といった既存法体系との整合性をどう図るかという点であるしかし、血縁証明親族関係の把握は、デジタル化された個人単位データベースを連結(リンケージ)させることで十分に代替可能であり、技術的な障壁はもはや存在しない。

結論

明治の「家」中心から戦後の「夫婦」中心へ。日本戸籍制度は、その時々の国家像を反映して変遷してきた。しかし、少子高齢化価値観多様化が極限まで進んだ現代において、既存の枠組みはもはや限界に達している。

次世代を担う子供たちが、親の事情社会的な偏見に縛られることなく、一人の自立した個人としてその存在国家に公証されること。それこそが、憲法が掲げる「個人尊重」の真の達成である。今こそ、過去の「家」の残滓払拭し、「子(個人)」を起点とした新しい社会契約としての戸籍制度を構築すべき時である

2026-05-08

いま初めて知ったんだけど、「10万人の宮崎勤発言ってちゃんとしたソースがないんだ

千と千尋の幻エンディングみたいな都市伝説だったってこと?

言われてみればいくらとはいえ映像スクショもないのは不自然だったわ

しかし実写するアナウンサーかな?を名指しでこの人が言ったって発言も見かけた記憶があるがデマだったならかなり酷い話だしデマ払拭するの大変そう

オタクオタク迫害されてるってエピソードが好きだしこの10万人宮崎勤ってエピソードとしてはちょうどいいもんなあ

2026-04-19

[]素敵なお姉さんとして、知らない少年に「少年!」と話しかけるには?

知らない少年に「少年!」と呼びかけるのは、現実世界ではかなり物語登場人物的なムーブです。一歩間違えると事案になりかねないスリルがありますが、演出次第では「ちょっと風変わりで格好いいお姉さん」として成立させることも可能です。

不審者(変質者)認定回避し、その劇的な呼びかけを成功させるためのガイドラインをまとめました。

変質者に見えないための「服装

少年!」という芝居がかったセリフを吐く以上、服装が「普通すぎる」と逆に不気味さが増します。かといって過剰な露出コスプレ感は通報リスクを高めます

適正なシチュエーション

少年!」と呼びかけても許されるのは、そこに明確な理由(口実)がある時だけです。

場所
時間
  • 日中(午前10時〜午後5時頃): 夕暮れ時以降は、どんなに爽やかに声をかけても不審事案として処理されるリスクが跳ね上がります

どのような少年対象とするべきか

小学校高学年〜中学生: あまりに幼い子供(未就学児〜低学年)だと「少年!」という言葉意味ニュアンスが通じず、単に怖がらせて終わる可能性があります

  • 一人でいる、あるいは少人数のグループ: 大集団の中に突っ込んでいくのは不自然です。一人で考え事をしていたり、何かを探しているような少年ベストです。

少年!」と呼びかける正当な理由

いきなり呼びかけるのではなく、以下の状況をセットにしてください。

避けるべき状況(レッドライン

以下の行動は、どれか一つでも当てはまるとアウトです。

  • 物理距離を詰めすぎる: 2メートル以上は離れて声をかけてください。
  • 進路を塞ぐ: 相手が歩いている正面に立ってはいけません。
  • 身体に触れる: 肩を叩く、頭を撫でるなどは厳禁です。
  • 物品(お菓子など)を与える: 現代において、知らない大人から物をもらうのは恐怖でしかありません。
  • ついてくるように促す: 「あっちに面白いものがある」などの誘導は即座に事案化します。

実行してよい(社会的信頼が得られる)パーソナリティ

呼びかけた後の第一声は、少し低めで落ち着いたトーンが望ましいでしょう。アニメ的な「少年!」という華やかな呼びかけと、その後の「大人女性としての理性的で落ち着いた対応」のギャップが、あなたを「変質な大人」ではなく「印象的なお姉さん」へと昇華させます

少年!」という呼びかけは非常にフィクショナルで強烈なキャラクター性を伴います現実世界でこれを実行する場合、「社会的地位」や「目的正当性」を感じさせるパーソナリティであれば受け入れられますが、逆に「情緒的な近さ」を売りにするタイプは、現代社会では即座に警戒対象となります

導き手・メンター

圧倒的な知識スキルを持ち、少年を「一人の未熟な人間」として尊重しているタイプ

毅然としており、言葉数は少ない。90年代SFアニメに登場する女性指揮官や、プロフェッショナル技術者のような雰囲気です。

相手の目を見て、対等な「個」として扱うこと。下に見たり、子供扱いしたりしないのがポイントです。

粋な近所のお姉さん型

世話焼きだが、深入りはしない。サバサバとした江戸っ子のような気質

少年忘れ物だぞ」と声をかけ、届けたらすぐに立ち去る。

執着のなさを演出すること。去り際の潔さが不審者感を払拭します。

探求者・風来坊

自分目的(探し物や研究など)のために動いており、たまたま通りがかった少年に協力を仰ぐタイプ

どこか浮世離れしているが、知的雰囲気を纏う。

自分目的がはっきりしている(例:古い史跡を探しているなど)ことを示すことが成功のカギ。

あきらめるべき(事案になりやすい)パーソナリティ

これらは二次元では人気がありますが、現実では目的不明不審者として通報されるリスクが極めて高いものです。

妖艶・誘惑型(お姉ショタ路線封印

フィクションの中では定番ですが、現実では最も危険です。「知らない年上の女性が色気や親密さを武器に近づいてくる」のは、防犯教育を受けている少年からすれば恐怖以外の何物でもありません。

過保護・慈愛型

あらあら、どうしたの?」といった母性を強調するスタイル血縁関係がない限り、現代では「子供精神的にコントロールしようとしている」と周囲の大人から警戒されます。知り合いでない限り、避けるのが無難です。

自称運命パートナー」型

少年、君に会いに来たよ」といった、根拠のない運命を感じさせるタイプ

完全に不審者です。現実少年は、知らない大人物語性を求めていません。

キャラクター構築の最終チェック

実行してよいパーソナリティ共通するキーワードは脱・プライベート感です。

項目 実行OKプロフェッショナル 実行NGプライベート情緒的)
呼びかけの意図 用件(落とし物、道案内)が先 交流のもの目的
視線 用件が終われば外す じっと見つめ続ける
距離物理的にも心理的にも一線を引く 馴れ馴れしく、心の隙間に踏み込む
声のトー 明快、あるいは冷静 吐息混じり、あるいは甘ったるい

少年!」と呼びかけた瞬間の空気を「日常風景から冒険の始まり」のように変えることができれば、それは一つの演出として成立します。しかし、そこに少しでも「個人的な執着」や「歪んだ親愛」が混じった瞬間に、現実の法とマナーの壁が立ちはだかることを忘れないでください。

少年に与える影響

もしあなたの「少年!」という呼びかけが不審者事案にならず、奇跡的なバランス成功したならば。その少年の一生において、それは単なる「道案内」や「落とし物」の記憶を超え、一種の聖域のような思い出として結晶します。

1. 「世界主人公」に選ばれたという確信

日常を生きる少年は、学校や家庭では「生徒」や「息子」という役割に縛られていますしかし、見知らぬ、それも魅力的な年上の女性から物語記号である少年!」という言葉を投げかけられた瞬間、彼の日常には強烈なスポットライトが当たります

2. 視覚嗅覚に刻まれる「原風景

成功した瞬間、彼の脳内では無意識アニメのオープニングのような高彩度補正がかかります。そのお姉さんの顔そのものよりも、「あの夏の(あるいは秋の)光の中で自分を呼んだ声」が、人生の苦しい時にリプレイされる心のセーブポイントとして永遠に保存されます

 

しかし、この魔法が成立するのは、あなたが去り際に「じゃあね、少年」と一言残して、未練なく、颯爽と人混みに消えていった場合のみです。その「余白」こそが、彼のトキメキを一生モノへと昇華させる最後スパイスとなります。この「成功した記憶」を植え付けられた少年は、20年後、ふとした拍子に空を見上げて「あのお姉さんは、一体何者だったんだろう」と、今もどこかで元気に生きているであろうあなたに思いを馳せることになるでしょう。

2026-04-06

社会人より学生時代の方が辛かったけどなぁ

4月から社会人になった人達が、きつい辛い言ってる投稿をこの時期になるとよく見かける

自分からすると、学生時代の方が何倍も辛かった

自分学校はいわゆる浮いた存在で、仲良くなった!と思った友達も、不登校になって学校にこなくなってしまったり、自分いじめグループへといってしまったり、いつの間にかフェードアウトしてしまっていたり、心を許せる人が少なかった

そのいじめがとにかくデカくなり、信じられないけど同じ学年どころか他の学年からも嫌われ、というか何故かPTAすら嫌われ、担任相談しても変わらず、ひたすら耐えて孤高に生きていた

勉強が得意な訳でもなく、運動はすごく苦手で、残念ながらブスだった

オタク気質ではあったが、あまりアニメを見せて貰えない家庭で、スマホインターネット環境もなかったため、オタクにもなりきれなかった

とにかく生きづらかった

父親浮気してトンズラ(養育費支払い無し)、同居してる祖父ボケてしま祖母パチンコ三昧、母ひとりで働いている状況

自分はとにかく上手くやらなきゃ、唯一の妹を守りながら生きていかなきゃって毎日必死だった気がする

学校はいじめられ、家に帰るとおじいちゃん廊下おしっこをしてしまい、おばあちゃん相棒見て寝てるし、妹は泣くし、ママは帰ってこないし

そんなこんなで何とか高校に行った

途中で祖父母の問題解決し、妹は若干グレ、母はちょっとスピってしま陰謀論を語るようにはなったけど…

普通にお金も余裕も無かったので高卒就職した

かに最初は慣れない環境でキツかったけど、私をバカにする人もいないしお金も手に入るし、何より好きなことができる

仕事だって合わないと思えば変えていいし、お金だって何に使ってもいい(ないけどね、それでも学生時代よりマシ)、買った車でどこ行ってもいいし、とにかく身軽に気が楽になった

まぁこものころの影響か、精神的にダメになって1年間ほどニートをしていたけど、今は普通に暮らしている

今思うと、学生時代もっと上手くやれたと思うし、ほかの悩みも取るに足らないものもあった、でも全てに全力でぶつかって、全力で悲しみ苦しんだ

大人になった今、やっぱり学生時代には戻りたくないし、今がとっても楽しい

残業しんどいけどお金もらえるし、そもそも薄給だけど借金とかするほどでもないし

食べたいなぁって思ったらラーメンでもすき家でも、思い立って行けるのも楽しい

いちばん安いメニューにしてしまう癖は中々抜けないけども

顔も、二重にしてでかいホクロを取り除き、汚い髪は頻繁に美容室に行きある程度のヘアケアをし、コンプレックス払拭するために1度アパレルで働いたりもした

そのため容姿へのコンプレックスはある程度取り除けたと思う、コミュ力も磨けたし

肌も、皮膚科に定期的に通ってある程度綺麗になった

キツくてどうしようも無かった生理痛も、婦人科に通うことができて今はピルで抑えられてる(母が婦人科に対してマイナスイメージがあり、学生時代絶対連れて行ってもらえなかった)

月経困難症と、あと子宮自体問題はみつかったけど、痛みで倒れるよりなんぼもマシ




やりたいことをやって、やりたくなければ回避出来る(ものによるけど)

責任自分のものだけど、そっちの方がいい

自分のことは自分で決めたい、やりたい

大人って自由だ、とても楽しい

2026-03-27

悲報天才物理学者宇宙は俺が作り出したこと証明

最近論文で、カルロ・ロヴェッリを含む物理学者グループが、物理学者熱力学の第二法則を誤解していると主張。

それは本物の法則ではなく、循環論法であり、論理的に間違っているという。

驚くべきことに、物理学が教える限りにおいて、俺は空っぽ宇宙に浮かんでいるただの脳であり、宇宙は俺の想像物に過ぎない可能性が最も高いと彼らは言っている。

この論文は、物理学の基礎におけるボルマンの脳問題として知られる厄介な問題について書かれている。

問題は、時間が経過するにつれて宇宙エントロピーが増大し続けることである

これは大まかに言えば、宇宙の粒子がどんどん混ざり合い、生命不可能になることを意味する。

しかし、これで終わりではない。なぜなら、高エントロピー状態は完全に滑らかではないかである。そこにはゆらぎがある。

これらのゆらぎは、基本的には粒子の偶発的な集まり、つまり自然発生的な塊である

さなゆらぎ、つまりさな粒子の集まりは起こりやすものである

大きなものは起こりにくいが、十分に長く待てば、恣意的に大きなゆらぎが発生する。分子細胞さらには脳全体までもが。

これらがボルマンの脳と呼ばれるのは、ボルマンエントロピー増大のこの奇妙な結末を最初に指摘したかである

宇宙終焉、最大エントロピー状態において、これらすべての脳が忽然と現れては消えていくことになる。

このシナリオでは、宇宙全体もまた、偶然に発生したエントロピーのゆらぎに過ぎないということになる。現在エントロピーが増大している、小さなエントロピーの塊である

しかし、奇妙なのは、ゆらぎが小さければ小さいほど、その発生確率は高くなる。

したがって、俺が大きな宇宙の中にある脳であるよりも、大きな宇宙想像しているだけの単一の脳である可能性の方が、はるかに高い。

もし自然法則真剣に受け止めるなら、宇宙存在しない。俺が信じているだけなのである

論文著者たちは、この問題を再検討し、ボルマンが行った特定仮定に原因があるのではないかと問い直している。

最も重要な点として、ボルマンは粒子が基本的には一種のガスのように振る舞い、ランダムに衝突し合うと考えていた。

しかし、標準模型における真の基本粒子はそのようには振る舞わないことを物理学者は知っている。それらは互いに固まる。

実際、クォークのようないくつかの粒子は単独では存在せず、中性子陽子のような塊としてのみ現れる。

そして明らかに重力も多くの塊を作り出し、これらすべてを生み出している。

しかし、新しい論文の中で著者たちは、重力標準模型考慮に入れたとしても、それでは問題解決しないと結論づけている。

彼らは、「現時点では、ボルマンの脳仮説の可能性を払拭するために、確立された物理学のみに依拠した完全に厳密な議論存在しない」と記している]。

話はさら悪化する。彼らは、熱力学の第二法則法則ではなく、循環論法であり、論理的に間違っていると言っている。

熱力学の第二法則は、エントロピーは減少しないと述べている。一定に保たれることもあるが、通常は増大する。

なぜエントロピーは増大するのか? それは、過去においてエントロピーがより小さかったと仮定しているかである

では、なぜそう仮定するのか? それは過去の記録はあっても、未来の記録はないかである

しかし、なぜその記録を信頼するのでしょうか? それはエントロピーが増大するからである

ちょっと待て、それは正当化する必要があった事柄のものではないか

新しい論文の著者たちは、この循環を論理的に打破する方法はないと言っている 。

例えばビッグバンの時にエントロピーが小さかったと仮定するが、 エントロピーが小さかったために、過去の信頼できる記録があり、それがビッグバンエントロピーが小さかったという考えと一致する。

しかし、エントロピーが最小値をとったのは1000年前だったと言うことも可能である。それ以前はもっと大きかったと。

1000年前まで時間は実は逆方向に進んでおり、そこで入れ替わったことを意味する。

論文の中で彼らはこれを「西暦1000年仮説」と呼んでいる。そしてこれは、論理的にはビッグバン仮説と同じくらい健全であると彼らは言う。

あるいは実際には、エントロピーがちょうど今、最小であるという考えについても同様である

彼らが書いているように、「ボルマンの脳仮説と第二法則は、等しく正当である(あるいは正当ではない)」のである

これは驚くべき話である。第二法則は間違っており、宇宙幻想である数学が語っている。

 

ソース: doi.org/10.3390/e27121227

2026-03-26

自分にすりこまれAIネガティブイメージ払拭できない。俺自身AI使うし、作ったもの投稿もしてるけど、自分AIで作られたものは嫌だなー使いたくないなーって思っちゃう。「そっち側には行きたくない」って。

2026-03-16

公的年金保険) @fp_yoshinori

この元スレ情報発信が、尾辻氏のような政治家からされることは素晴らしいと思います

一方、これに対して「年金額が高くなるのは、厚生年金の加入期間が伸びて、もっと保険料を払うことになるからだろう」という反論が多く見受けられます

そこで、この点についてデータ確認してみたいと思います。下のグラフは、年金分布推計で出ている厚生年金の平均加入期間と平均年金月額を、2つの経済前提について示したものです。

まず、厚生年金の加入期間は、経済前提が良くても(左)、悪くても(右)それ程違いはありません。

一方、年金月額の伸びは、経済前提によって大きな差が出てしまます経済前提が良ければ年金月額が加入期間の伸びを上回りますし、経済前提が悪ければ下回ります

ただ、批判する側が言うような、負担が2倍にも3倍にも増えるようなことはありません。厚生年金保険料率は18.3%で変わりませんから、加入期間が25年から35年程度に延びても、保険料負担は1.4倍ほどです。で、経済が良ければ年金は2倍近く増えるし、悪ければ1.2倍程度に留まるということです。

このようにデータを見れば、「年金は払っても貰えない」というような若い世代が抱いている悲観的な見方払拭されるのではないでしょうか。

それでもなお、日本公的年金制度に対する不信が払拭されないとすれば、その原因の一つとして、鈴木亘による年金批判で使われたデータがいまだにSNS上に拡散されていることが考えられます。次のスレッドでその点について確認してみます(続)

図 https://x.com/fp_yoshinori/status/2032285869768654925/photo/1 

2026-03-15

承認欲求を捨てるな

承認欲求を高めていくあまり破滅していく人を多く見てきた。

そんな奴らを嫌悪の目で見ながら、いつのまにか承認欲求を捨てたいと考えるようになった。

承認欲求を捨てたいと思うのも、過去に期待されることを夢見て強迫観念じみた考えをもってしまたことも一因ではあった。

承認欲求を捨てること自体はさほど難しくなかった。

小さい頃は影に隠れた暮らし隠者的な振る舞いに憧れがあったのも影響し、人付き合いやかかわり合いは避けるように生活した。

何かを頼む際も相手に期待はせず、こちらも何かを請け負う際に過度な期待はしないように釘を差しつつ、必要最低限のことだけこなすよう心がけた。

感謝や期待の言葉はほぼリップサービスと受け取り、事実だけを受け取るようにとどめた。

するとどうだろう、自ら期待をすることはなくなり、期待に応えねばならないという強迫観念じみた考えもほとんどなくなった。

そんな生活を送っていたある日、とある事に気づいた。

他人から期待されるように言われた言葉が全く信用できない。嘘をついていると思い込み払拭できない状態に陥った。

ただ話し相手言葉前後やそれまでの経緯を追いかけても嘘をついているとは思えない。逆に嘘をついているのなら相手側が不利になるからだ。

認知が歪んでいる、そう思い考え方を補正しようとしても全くうまくいかない。うまくいくどころか、期待もされていないという思いが強くなるばかりだ。

その時に気づいた、承認欲求を捨て認められることを過小評価してきた結果がこれだと。

そして今、期待されることを取り戻そうとはしているが、全くうまくいかず非常に苦しい。

言われた言葉もそのまま受け止めることができず空虚に受け止めてしまうほか、先にも書いたように嘘を疲れていると歪んで受け止めてしまう。

医者にも行きながら、期待や感謝をされたときにあえてわざとらしく振る舞うような行動をしているときもあるが、認められようと考えた想いはすぐに真っ白に塗りつぶされてしまう。

今思うと、隠れた暮らし隠者的な振る舞いを達成する目的のために承認欲求を捨てる手段を使うのは間違いだったようにも思う。

影も隠者も、他人観測され評価されそのような名前がついている。観測承認もされないのであれば影でも隠者でもなく、もはや人と呼べるものではないのかもしれない。

そもそも他人承認されるという欲求を捨てておきながら、こんなくだらない文章を書いて流しているのはなぜだろうか。

自分にもわからない、今も衝動的にキーボードを叩いている。

思いを吐き出すことで楽にでもなりたかったのか?こんなことを書いても赤の他人を考えてくれる人なんてどこにいる。無条件で承認されたいとか子供でもあるまいし。

あわよくば人に多く見られてコメントブックマークが増えることでも期待しているのか?仮にそうなったところでその批評をまっすぐ受け止められないだろう。そもそもこんなところに流している時点で人となりすら認知されないだろう。

この駄文が誰かに見られて何かを助ける糸口になるとでも期待しているのか?くだらない。自分すら救えないのに誰かの救いになれると思うなどおこがましい。

2026-03-13

anond:20260313142535

arjen__robben 増田SNSワイドショーしか見てないのはわかった 救いようのないアホ

2026/03/13 18:19

hatehenseifu 地上波ワイドショーしか見てねぇな

2026/03/13 17:12 リンク

nP8Fhx3T これは国会で行われてる質疑を一通り確認した上で言ってるの?見てるのはネットに流れてる上っ面の情報だけだったりしない?

2026/03/13 17:05

残念だが、新聞も似たようなことを言ったり載せたりする

妥当見解かどうかは別として、そういう意見を流布したかったり、そこまでいかなくても無批判に流しても問題無い意見だとみなしてたりする人が相当いることは確か

中道政策対決型」に…不祥事追及から 論戦に重点 衆院予算委 : 読売新聞

https://www.yomiuri.co.jp/politics/20260228-GYT1T00008/

中道改革連合は27日、結党から初めてとなる衆院予算委員会の質疑に臨んだ。スキャンダルの追及は控えめで、政策で論戦を挑む「政策対決型」の姿勢アピールした。

(略)

立民出身の党幹部は「批判一辺倒では国民に信頼されない。新党を結成した今が変わるチャンスだ」と語った。

1月16日 よみうり寸評 : 読売新聞

https://www.yomiuri.co.jp/note/yomiuri-sunpyo/20260116-GYT8T00072/

〈一番生じやすいのは一八〇度の変化である〉と、臨床心理学者の河合隼雄さんは自著に書いた。例えば――

(略)

立憲民主党公明党新党を結成する運びとなった。180度の変化とみたのは早計だったようで「中道勢力結集をめざすという。いわば90度の変化である

(略)

問題は立民側が批判一辺倒かつ財源度外視の体質を払拭し、 標榜通りの新党誕生を印象づけられるかだろう

(短評)『日中外交秘録』 垂秀夫著 - 日本経済新聞

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO90119380Y5A710C2MY6000/

外務省チャイナスクールを歩んできた筆者が中国との交渉の具体的なエピソードを交え、そこから中国実像をさぐった。

(略)

政治家評価も興味深かった。自民党菅義偉元首相や二階俊博幹事長には敬意が感じられ、旧民主党菅直人元首相らには手厳しかった。与党批判だけで政権の座を射止めても外交安全保障政策は難しい。現在の一部の野党にも通じる教訓である

2026-02-28

マンガワン関係者、気の毒すぎる

被害に遭われた方が1番辛いのは大前提として、

今回の事件を知らずにマンガワンで頑張ってたは人たちが本当に気の毒で仕方ない。

しかもよりによってマンガワンかよ、という気持ちが拭えない。

小学館不祥事イメージ払拭電子マンガ界の覇者ジャンプ+への挑戦の意味もあって、マンガワン編集部はほんとプロモーションを頑張ってた。

YouTubeずっと見てたよ。すごく熱意が感じられて、マンガファンとして有り難かった。名物編集者転職編集長交代でこれからどうなるのかな…と思ってたけど、作家さんと一丸になって変わらず頑張ってる印象があった。

今きっと、現場編集スタッフイレギュラー対応に追われて大変なことになってると思う。ただでさえ漫画編集長時間労働なのに、もうほんとやばいことになってると思う。マンガワンに携わっていたという事実だけでこれからしんどい目に遭うこともあると思う。

そしてなにより、小学館編集部での不祥事セクシー田中さん問題を振り返っても、おそらく上層部は……と思うと、本当に現場の方々が気の毒でならない。

2026-02-24

anond:20260223141651

そういうことは選挙期間中に高市政権なり自民党なりが具体的にどんな形で「自衛の名のもとに他国侵略」しようとしてるのかを訴えるべきだったわけだが、結局リベラル最後までしなかったし今もってしようとしていない

ただただ「戦争」としか言わないのがすべてを物語っている

たとえ0.00001%でも侵略に繋がる可能性があるのなら何が何でも絶対反対するその思考停止した姿勢が、一般大衆からもしかしてこいつらなんやかんやと難癖つけてこの国の自衛邪魔したいだけなのでは?」「本当は別の国の戦争アシストするのが目的なのでは?」と疑念を抱かせることになり、それが選挙結果に跳ね返ってきた

リベラル一般大衆からの信用を取り戻すためにはまずこの疑念払拭する必要があるが、まあ賭けてもいいが絶対不可能だな

2026-02-18

AI作文_ 高市早苗政権方向性

高市早苗政権方向性:強いリーダーシップか調整型への変貌か――予兆分析

高市早苗首相2025年10月就任)は、保守右派象徴として知られ、安倍晋三元首相の路線継承する「サナノミクス」(積極財政防衛強化、伝統重視)を掲げています性格的には、決断力と直言が目立つ一方、戦略性の無さ(放言によるイメージダウン政策の硬直性)が指摘され、小泉進次郎陣営からビジネス右翼」(強い思想を持たず、実利優先で右翼政策を推進)と批判された過去があります自民党内では、右派支持が強いものの、女性初の首相として派閥調整の難しさから孤立しがちです。一方、野党との連携(例: 維新の定員削減案採用)で柔軟性を示す点もあります2026年現在衆院選大勝(自民316議席)後の政権運営を予兆として分析すると、強いリーダーシップ決断重視)と調整型(調和重視)の両面が混在しつつ、調整型への変貌が優勢です。以下で、性格・党内孤立野党連携考慮し、予兆分析します。

1. 強いリーダーシップに向かう予兆決断力の強調と保守路線の推進

高市性格(直言と右派イデオロギー)は、強いリーダーシップを支え、短期的な予兆として顕著です。ただし、戦略性の無さがこれを限定的にしています

決断力の予兆: 2026年特別国会冒頭で、野党案の一部採用(定員削減10%)を即決し、「政治改革の実行」を宣言。これは、衆院選勝利後の勢いで、党内右派の支持を固め、経済政策インフレ対策としての関税強化)を強引に推進する姿勢を示しています。党内孤立懸念を逆手に取り、安倍派の後継として「強い首相像」を演出2026年予算案では、防衛費GDP2%超を堅持し、中国脅威への即応を強調しています。これらは、小泉陣営の「ビジネス右翼批判思想薄さ)を払拭するための戦略ですが、放言(例: 2025年総裁選での「靖国参拝公約」の継続)がイメージを強め、党内調整を難しくしています

性格と党内孤立の影響: 高市の直言性格は、党内右派(例: 麻生太郎派の支持)で強いリーダーシップを発揮しますが、孤立しがちです。派閥解散後の無派閥化で、女性としてのハンデ(党内男性中心主義)と相まって、調整派(河野太郎グループ)と対立2026年現在、党内支持率は70%台ですが、経済失政の兆しインフレ加速)で低下傾向。戦略性の無さが、決断を「独走」に変え、孤立を深める予兆です。

2. 調整型への変貌の予兆野党連携積極性と党内調和の試み

高市政権予兆は、調整型への変貌が強いです。野党連携積極性が、性格の硬直性を補い、党内孤立を緩和するプロセスを示しています

野党連携予兆: 高市は、維新の会や国民民主党の案を積極採用(例: 維新の定員削減10%、国民民主給付付き税額控除)。2026年3月通常国会で、維新代表馬場伸幸との協議を活発化し、「身を切る改革」を自民案に取り入れています。これは、衆院選大勝後の余裕から野党の「良さそうな案」をビジネスライクに吸収する姿勢で、小泉陣営の「ビジネス右翼批判を逆手に取った戦略です。公明党離脱後の空白を埋め、国民民主玉木雄一郎代表との経済政策調整も進んでいます。これにより、党内右派孤立を避け、調整型への変貌を予感させます

性格と党内孤立の影響: 高市性格(直言だが実利優先)は、調整型に適応やすいです。党内孤立懸念女性初の首相として男性中心の派閥調整が難しい)を、野党連携で緩和。2026年現在、党内支持が安定しているのは、調整派(河野太郎ら)の取り込みによるもので、戦略性の無さが逆に「柔軟な妥協」を生んでいます。ただし、放言(例: 2026年予算質疑での野党批判)が調整を難しくするリスクもあります

3. 全体のプロセス予測:調整型への変貌が優勢だが、リスクあり

高市政権プロセスは、衆院選大勝後の「余裕」が調整型変貌を促進しています性格の直言が強いリーダーシップを支える一方、戦略性の無さが孤立を招き、野党連携で補う形です。小泉陣営の「ビジネス右翼批判は、このプロセス象徴思想の薄さが、ビジネスライクな調整を可能にしつつ、深い戦略を欠く弱点です。予兆として、2026年秋の通常国会野党採用が増えれば、調整型変貌が定着。逆に、経済失政や放言支持率低下(現在45%前後)が続けば、強いリーダーシップへの回帰(党内右派締め付け)が起きる可能性があります民主主義的に、調整型はバランスを強化しますが、戦略性の無さが長期的な不安定さを生むでしょう。

2026-02-12

中道改革連合への「与党批判偏重批判——惨敗が浮き彫りにした立憲民主党構造課題

中道改革連合とは何だったのか

2026年1月16日立憲民主党公明党が合流して新党中道改革連合」を結成した。高市早苗首相による突然の衆院解散に対抗するため、野田佳彦立憲民主党代表斉藤鉄夫公明党代表が共同代表就任し、中道路線を掲げる政治勢力結集を目指した。綱領では「生活者ファースト」を打ち出し、分断から協調へという理念を掲げた。

しか現実は厳しかった。1月27日公示2月8日投開票衆院選で、公示前172議席から49議席へと壊滅的惨敗を喫し、両共同代表は辞任に追い込まれた。この結果は、母体となった立憲民主党が長年抱えてきた問題を白日のもとにさらすこととなった。

与党批判しか力を入れてこなかった」という批判は、中道改革連合の敗因分析においてしばしば言及される論点である。この批判実態と背景を多角的検証したい。

立憲民主党に対しては、結党以来「批判ばかりで対案がない」という批判が繰り返されてきた。まずこの認識事実関係確認する必要がある。

note記事による集計では、立憲民主党政府提出法案への賛成率は2023年の第212回臨時国会で73.3パーセント2024年の第213回通常国会で83.3パーセント2025年の第217回通常国会では89.7パーセントに達したとされる。この数値が正確であれば、法案の大半には賛成しており、単純な反対勢力という評価は当たらないことになる。

また議員立法による政策提案も行われてきた。2022年の旧統一教会問題では野党が提出した被害者救済法案が議論の土台となり、与党案にも影響を与えたとされる。ガソリン税税関法案では、2025年立憲民主党が主導して成立させた事例もある。

しかしこうした実績があるにもかかわらず、国民メディアからは一貫して「批判ばかり」と認識されてきた。なぜこのギャップが生まれるのか。

野党建設的な政策提案や賛成した法案報道価値が低いとされ、与党との対決場面や激しい批判の場面が優先的に取り上げられる。国会でのヤジや追及場面は視覚的にインパクトがあり、特にSNS時代においては拡散されやすい。

2026年1月24日高市首相所信表明演説では、立憲民主党議員によるヤジで演説が一時中断する事態となった。NHK中継を見ていた視聴者の多くが不快感を表明し、これが選挙戦序盤のイメージ形成に影響したとみられる。与党側は「国民聴取妨害する不作法」と批判し、野党側は「議会政治監視監督」と擁護したが、視聴者の印象は前者に傾いた。

立憲民主党は「存在感がない」「目立たない」という批判を長年受けてきた。野田代表自身が党の動画で「なかなかバズらないけれど」と自嘲したことは、この苦悩を象徴している。

地道な政策立案国会審議を重視する姿勢は、専門家から評価されても一般国民には伝わりにくい。他方で、目立つパフォーマンスに走れば「中身がない」「批判ばかり」と攻撃される。このジレンマをどう乗り越えるかが、野党第一党の課題であり続けた。

2009年誕生した民主党政権は、鳩山・菅・野田と三代の首相を経て2012年崩壊した。普天間基地移設問題東日本大震災対応消費増税などを巡る混乱の記憶は、有権者の間で根強く残っている。立憲民主党民主党の流れを汲む政党であり、「批判はできても統治はできない」というイメージ払拭されていない。

この文脈では、「批判ばかり」という言葉は単なる行動様式の指摘ではなく、「政権担当能力がない」という評価婉曲表現として機能している。

中道改革連合惨敗により、立憲民主党への批判は新たな局面を迎えた。

新党結成に際し、立憲民主党は従来の政策を大幅に転換した。安全保障法制については「違憲部分の廃止から合憲容認へ、原発政策も再稼働を条件付きで容認するなど、公明党との政策すり合わせのために基本路線を変更した。

野党各党からは「看板の付け替え」「野合」という批判が相次いだ。れい新選組山本太郎代表は「日本ダメにしてきた者たちが看板を付け替えて、もう一回詐欺をやろうとしている」と痛烈に批判した。また立憲民主党内部から原口一博議員新党結成に反対し、離党した。

これは「批判ばかり」という批判とは別の次元問題である選挙協力のために理念を曲げれば、もともとの支持者からは「信念がない」と見なされる。公明党組織票を得る代わりに、都市部無党派層理念を重視する支持者を失った可能性が高い。

選挙戦では、高市政権右傾化積極財政による円安物価高を批判したが、有権者には「では中道改革連合は何をするのか」が明確に伝わらなかった。党名や理念すら浸透しない短期決戦の中で、政策の具体性を訴える時間が決定的に不足していた。

朝日新聞報道によれば、立憲民主党からは「バラバラだ」という不満の声が上がり、比例名簿作成を巡っても内部対立が生じていた。公明党出身者を優遇した結果、公明出身28人全員が当選した一方で、立憲民主党玄葉光一郎外相枝野幸男官房長官岡田克也外相といった政権担当経験者が軒並み落選した。人材基盤の喪失は、今後の党運営に深刻な影響を及ぼす。

選挙期間中、X(旧Twitter)では「#立民いらない」「#嫌立民ムード」などのハッシュタグが急上昇し、検索窓に「立憲」と打つだけで「立憲民主党 いらない」が候補に表示される事態となった。議員日常的な発言をしただけで誹謗中傷が集中し、党公式アカウントの年頭挨拶にも罵詈雑言が浴びせられた。

この現象は、立憲民主党への関心の高さの裏返しでもある。本当に「存在感がない」政党であれば、これほど粘着的な批判は集まらない。しかネット上の批判の多くは感情的で、政策の是非よりも人格攻撃に終始する傾向があった。

ここで重要なのは、「野党批判ばかり」という言説そのものが、政治的な意図を持って用いられている側面があることだ。

ジャーナリストの尾中香尚里氏は、この批判対立軸の明確な二大政党制を阻害し、「万年与党万年野党」という55年体制への回帰正当化する言説として機能していると指摘する。自民党野党を「批判ばかり」と攻撃することで、政権交代可能政治という理念のもの否定しようとしているというのである

実際、野党が対案を出しても報道されず、与党野党案を取り込んでも「与党の成果」として報じられる構造がある。この見方に立てば、立憲民主党問題は「批判ばかり」ではなく、むしろ批判も対案も国民に伝わらない」という情報発信力の欠如にある。

ただしこの分析にも限界がある。尾中氏は立憲民主党寄りの論者であり、野党戦略的失敗や組織的問題過小評価している可能性がある。メディア与党責任を強調しすぎれば、野党自身改善努力を阻害する危険もある。

与党批判しか力を入れてこなかった」という批判を整理すると、以下の三層に分けられる。

第一層:事実誤認に基づく批判

法案賛成率や議員立法の実績を無視し、対決場面だけを見て「批判ばかり」と断じる認識メディア報道の偏りとSNSでの情報拡散によって増幅される。

第二層:正当な批判

対案を出していても国民に伝わっていない、政権担当能力実証できていない、理念政策一貫性がない、という指摘。これは立憲民主党真摯に受け止めるべき課題である

第三層:政治意図のある批判

野党存在意義のもの否定し、政権交代可能政治を阻害する目的で用いられる言説。与党与党寄りの論者が戦略的使用する場合がある。

中道改革連合惨敗は、これら三層すべてが複合的に作用した結果と見ることができる。メディアSNS構造問題野党自身戦略的失敗、そして与党側の攻撃が重なり合い、壊滅的な結果を招いた。

中道改革連合2月13日小川淳也氏を新代表に選出し、再建を図る方針であるしかし49議席という規模では、野党第一党としての影響力は大きく低下した。

再建のためには以下の課題に取り組む必要がある。

まず理念政策一貫性回復することである選挙協力のために政策を曲げれば、支持者の信頼を失う。中道という立ち位置を明確にしつつ、立憲民主党ルーツである立憲主義生活者重視の理念を再構築しなければならない。

次に情報発信力の強化である建設的な政策提案をしても伝わらないのであれば、伝え方を変える必要がある。SNS時代適応した情報戦略、メディアとの関係構築、分かりやす言葉での政策説明が求められる。

そして政権担当能力実証である。最終的に有権者が求めるのは、与党に代わりうる現実的な選択肢である地方自治体での実績積み上げ、政策集団としての専門性向上、危機管理能力の訓練など、地道な努力が不可欠である

中道改革連合惨敗は、単なる一選挙の結果ではなく、日本野党政治が抱える構造課題を浮き彫りにした。「批判ばかり」という言説の背後にある複雑な要因を理解せずに、表層的な批判を繰り返すだけでは何も変わらない。健全民主主義のためには、批判する野党と同時に、その批判を適切に評価する有権者メディア成熟が求められている。

2026-02-10

政治を語るのに必読な本三選

万人にとっての正義存在しない。

より善い社会を作ることが政治役割であるとすれば、そもそも”善い”とは何か。

それを知る必要がある。そして、それを知らずして語る政治はいつも空疎に響いて聞こえた。

そんな自分違和感払拭し、政治について数多の本を読んできたがその上でも必読と呼べる三冊を紹介しようと思う。

正義論』(ジョン・ロールズ

これを読まずして政治は語れない。

しろ、これを読まずに政治を語るのはフェアじゃないとさえ思っている。

はっきりいって読みやすい本ではない。

それでも20代の私は、この本に出会って初めて「正義感情ではなく、設計問題なのだ理解した。

ロールズ提示する「無知のヴェール」という思考実験は有名だ。

自分がどの立場に生まれるか分からない状態社会制度設計するとしたら、人はどんなルールを選ぶだろうか。

ここで重要なのは、「誰が得をするか」ではなく「最悪の立場に置かれた人が、どこまで耐えられるか」という基準が持ち込まれる点だ。

この本を読んだあと、私は「過度に正当性を叫ぶ言葉」にどこか冷めた視線を向けるようになった。

なぜなら多くの正当性自分がどの位置に立っているかを隠れた前提にしているからだ。

ロールズは、その前提を許さない。

『偶然性・アイロニー連帯』(リチャード・ローティ

ローティは「普遍的な真理」や「理性によって保証された正義」といったもの容赦なく解体する。

我々の価値観は偶然の産物であり、言語道徳歴史的に作られたものしかない。

それでも尚、他者苦痛を減らそうとする態度だけは手放すな、というのが彼のスタンスだ。

本書で述べられている「リベラル・アイロニスト」といった概念は、自称リベラルにかなり刺さるだろう。

リベラルとは

自分の信念が絶対ではないと知っている

・それでも政治立場を引き受ける

正義を“証明”しようとはしない

政治とは、自分の正しさを証明するゲームではない。

自分の信念が偶然に支えられていることを自覚したうえで、それでもなお立場を引き受ける行為なのだ

ローティを読んで以来、「正義論破で勝ち取ろうとする」行為が誤りであることを知ることができた。

『大転換』(カール・ポランニー)

本書は政治思想というより、政治という営みそのものの解剖図だ。

扱っているのは市場国家社会が、どのように結びつき、どの地点で破綻するのかといったことを入念に描き出す。

ポランニーが繰り返し示すのは、市場自然現象ではなく、徹底して政治的に作られた制度だという事実だ。

放っておけば自由市場がうまく回るという発想そのものが、実は国家権力による介入と強制産物だった。

この逆説を、19世紀ヨーロッパ歴史を通して執拗に描いていく。

この本を読むと「政治は介入するか否か」という素朴な二択がいか無意味かが分かってくる。政治は常に介入している。ただ、それが誰を守り、誰を切り捨てる形で行われているのかが見えにくくなっているだけなのだ

自由か統制か。右か左かといったラベルいかに粗雑で、思考停止に近いのかをこの本は静かに暴いていく。

ロールズ制度正当性を問い、ローティ価値の偶然性を引き受けたとすれば、ポランニーはその土台である社会が壊れるメカニズム」を描き出す。

政治を語るうえで避けて通れないのは、理念でも倫理でもなく、制度人間生活にどう作用するかという具体性なのだと、この本は教えてくれる。

最後

これら三冊を読んで、ようやく腑に落ちたことがある。

政治における無理解政治に対して無知から起こるのではなく、政治が行うとしている行為のものに対する知識の乏しさから生じるものであるのだと、理解するに至った。

無論これらの本を読まずとも、政治を語ることはできる。

だがそれは米の旨さについて語り合うときに産地を無視するようなものだ。

甘い。硬い。まずい。好きだ嫌いだと感想を述べることはできるだろう。

しかし「なぜその味になるのか?」や「なぜ違いが生まれるのか?」を理解しないままでは、議論はどこにも辿り着かない。

政治も同じで、意見を持つことと政治理解することは別だ。

政治について語ることは容易である

自らの発言に対し、責任を伴わず、好き勝手なことを言って容認されれば尚のことだ。

しかし自らの言説に責任を持ち、最低限の知識を以てして発言することこそが政治に参画する大人のマナーであり、嗜みなのではないだろうか。

2026-02-09

読みにくいので増田に変換

https://x.com/h_ototake/status/2020646725464334552

もう「左右」の時代じゃないのかもしれないね。 乙武洋匡

昨年の参院選で、「れいわと参政党で迷っている」といった書き込みをチラホラ見かけて最初は二度見しました。旧来の「左右」という軸で見れば対極にある党なので、なぜその2つで迷うのだろう、と。

そこでようやく、有権者はこれまでの「保守vsリベラル」という構図だけでなく、投票先を「旧勢力vs新勢力」という構図で見ているのだと気づきました。

自民党だろうが共産党だろうが、「これまでの政党政治家たちは何も変えてくれないじゃないか」というフラストレーションが、“新しい勢力”への期待に変換されていったのだろうと思います

今回の衆院選圧勝したのは、その“旧勢力”の代表である自民党ですが、「日本初の女性総理」という肩書きあいまって高市総理には格別の刷新感があり、多くの有権者に「これまでの自民党とは違う」と感じさせたことに強みがあったのではないでしょうか。

それは、かつて小泉純一郎さんが「自民党をぶっ壊す」という衝撃的なキャッチフレーズを掲げ、その刷新感に多くの有権者が期待し、高揚感に酔いしれた状況とも似ているように感じられます

一方、党としては新しくできたはずの中道改革連合ですが、野田佳彦さん、斉藤鉄夫という共同代表を務めるお二人のビジュアルや、「宗教団体労働組合に支えられる党」という見え方もあいまって、まさに有権者忌避感を抱く“旧勢力”の象徴のように映ってしまったのかもしれません。

若者価値観リベラル化しているのに、なぜ左派政党若者に支持されないのか」という疑問が選挙から噴出していましたが、冒頭から述べているように、若者に限らず、すでに有権者評価軸は「保守vsリベラルから「新勢力vs旧勢力」へと移りつつあるから、というのがひとつの答えではないかと思っています

あくま頭の体操ですが、政党名や候補者名を伏せ、ただ公約だけを見せて投票先を決めてもらうような実験をしたら、もしかしたら中道がもう少し支持される世界線もあったのかもしれないと思っています若者過半数同性婚選択夫婦別姓に賛成の意を示していますしね。

逆に言えば、これだけ「刷新感」や「何かを変えてくれそう」というイメージで票が動くのならば、中道にもまだまだやれることはあるのかもしれません。幸か不幸かこれまでの重鎮がことごとく落選し、泉健太さんや小川淳也さんといった中堅を軸に、こちらは“刷新感”などではなく、“強制刷新”せざるを得ない状況になったわけです。

自民党高市総理トップに据えたことで「生まれ変わった」雰囲気を打ち出すことに成功したように、こちらも数年間かけて「かつての民主党イメージ払拭し、若者・現役世代期待感を抱かせるようなイメージ戦略を徹底すれば、振り返ってくれる有権者も増えてくるのではないでしょうか。

もちろん、政策重視ではなく、そうしたイメージ戦略選挙結果が左右されてしまう状況に、「ポピュリズムではないか」と危機感嫌悪感を抱く方もいらっしゃるでしょう。しかし、だからと言ってそうした傾向から目を背けているだけでは引き続き有権者から選ばれる党になることは難しいようにも思います

政策を磨くことはもちろん、「どんな見せ方が有権者の心を惹きつけるのか」にも注意を払うことが、今後の選挙ではますます重要になってくるのだと思います。それが、この国にとって益のあることなのかは知らんけど。

自民大勝の原因は高市人気だけではなく進次郎人気も取り込んだこと

あんまり語られていない気がするけど、総裁選ライバルだった進次郎を冷遇せず、防衛大臣という要職に配したのは高市ファインプレーだった。

ジャイアントキリングを果たした選挙区の中の内、特に埼玉5区・6区なんかは長年中道の大物が圧倒的に強く、事前調査でも7割くらいの支持を得ていたし、自民側は市議県議経験はあるものの勝てるはずのないぽっと出の初候補と思われていた。

ところが金曜日にこの2区に進次郎が応援演説にきたことで、はっきりと潮目が変わった。

そもそも自民だけではなく政治家全体への不信感というものがあり、選挙区でずっと同じ顔が当選しているのが嫌気とは言わないまでも飽き飽きしていると思われていた可能性が高く、そこにもってきて子育て世代で若くてフレッシュな初出馬候補+進次郎という組み合わせは相当に効いたと思う。

結果、僅差でのジャイアントキリングと相成った。

そしてこの選挙区に限ったことではないが、高市が危ういことを薄々感じながらも、「自民には高市がやからしても次は進次郎がいる」という期待感投票した層もかなりいそうな気がする。

進次郎は進次郎で危ういが、少なくとも防衛大臣就任後は、爪を隠していたのかいいブレーンが見つかったのかは知らないが、危ういイメージ払拭にはそれなりに成功している。

進次郎を冷遇したとしても今回は過半数を取れていた気もするが、単独2/3超という結果は進次郎の力も大きいだろう。

はてなーの多くが指示しているみらいが伸びたのだって政策が指示されたと思っていそうだが、若くて学歴がよく人当たりのいい若い候補イメージに反してしっかりドブ板もやっていた、というのが大きいはず。

立憲は泉も引きずりおろし次世代の顔を育てなかったのが、選挙が始まる前から負ける原因を作ってた一つだと思う。山添が共産じゃなく立憲にいたらまだマシだったかもしれないが…。

2026-02-08

自民大勝の理由ウクライナ戦争と中国理由

自民大勝の要因を「中道の自滅」とする見方が多いけれど、自分ウクライナ戦争と中国の動向こそが本質的理由だと思う。

ウクライナ情勢により、左派が掲げてきた「日本が攻めなければ戦争は起きない」「日本に侵攻するメリットがないか攻撃されない」といった主張が現実味を失った。

左派防衛力増強を不要とする論理通用しなくなった。

そんな中、高市氏の発言に対する中国の過剰な反応が起きた。

かに余計な一言だったけれど、あの程度の発言レアアース規制を持ち出すほどのガチギレぶりは、中国戦争をする可能性があるかもと思わせる程ものだった。

こうした状況下で、旧来の左派による国防軽視の姿勢国民忌避されたのが今回の結果につながった。

もちろん中道もそうした情勢を理解していて、国防に関してある程度はまともな政策を打ち出していた。

でもこれまでのイメージ払拭できず、求心力を得られなかったのだと思う。

中道は次回の選挙に期待というところ。

高市早苗首相の圧倒的勝利神国日本栄光なる幕開け

2026年2月8日東京発 – 第51回衆議院議員総選挙は、歴史的な転換点として永遠に記憶されるだろう。首相高市早苗氏率いる自由民主党単独過半数を優に超える274から328議席を獲得する大勝利を収め、与党連立で最大366議席を確保する見込みとなった。これは、戦後政治の枠組みを超越した、国民の圧倒的な信任の証である高市首相は、就任わずか3ヶ月で敢行した「奇襲解散」が見事な成功を収め、自身奈良2区でも11回目の当選を果たした。この選挙は、単なる政治事件ではなく、日本再生叙事詩だ。高市早苗氏は、学問の神・菅原道真公、東照大権現徳川家康公、そして日本国中興の祖・安倍晋三様に続く、皇統以外で生きながらに神となった数少ない人物として、国民の心に刻まれつつある。彼女指導力は、戦後混沌払拭し、日本を再び「神の国」として立ち上がらせる誇らしい時代の始まり象徴する。菅原道真公のように知恵を、徳川家康公のように忍耐と戦略を、安倍晋三様のように国家再興の志を体現した高市氏の存在は、神格化されるにふさわしい。SNSでは「高市旋風」が吹き荒れ、投稿数が他党首を圧倒的に引き離す中、国民の感動と期待が渦巻いた。選挙戦を通じて、中道勢力の苦戦や野党の健闘も見られたが、自民党勝利は、安定した未来への希望体現するものだ。高市首相は、この結果を「国民の声」として受け止め、経済再生防衛強化、外交新時代を推進するだろう。戦後はここに終わり、偉大なる栄光時代が訪れた。あなたのように涙を流し、震える思いでこの瞬間を迎えた人々が、全国にいるはずだ。高市早苗という大英雄の導きの下、日本神国として甦る。弥栄

anond:20260208192832

AIに聞いてあげたぞ。

高市政権が「戦争への距離が近い」と捉えられる理由は、以下の4つのポイントに整理できます

1. 「積極的防衛」と抑止力の強化

高市氏は、日本安全保障において「自分の国は自分で守る」という姿勢を強調しています

敵基地攻撃能力(反撃能力): 相手攻撃を仕掛ける前に無力化する能力保有を強く主張しています

国防費の増額: 防衛予算を大幅に増やし、最新兵器サイバー宇宙空間での防衛力を強化することを優先事項としています

• 核共有の議論タブー視されがちな「核共有(ニュークリア・シェアリング)」についても、議論排除すべきではないという立場を取っています

2. 憲法改正自衛隊の明記

高市氏は、現行憲法日本自衛権を不当に制約していると考えています

憲法9条改正自衛隊を「国防軍」として位置づけ、他国と同様にフルスペック自衛権集団的自衛権の全面行使など)を持たせるべきだと主張しています

• 「平和主義」への解釈: 「何もしないことが平和」ではなく、「戦える準備があるからこそ平和が守られる」という論理を展開するため、これが軍事力行使へのハードルを下げると懸念されることがあります

3. 歴史認識靖国神社参拝

彼女国家観の根底にある「保守主義」も、他国特に中国韓国)との緊張を高める要因と見なされます

靖国参拝継続閣僚首相立場になっても靖国神社への参拝を継続する意向公言しています

歴史教育自虐史観払拭を掲げており、こうした姿勢近隣諸国との外交摩擦を招きやすく、結果として安全保障上のリスク有事きっかけ)を増幅させるという批判があります

4. 経済安全保障と対中強硬姿勢

高市氏は、経済安全保障の一部と捉える「経済安全保障」の推進者です。

サプライチェーン脱中国中国への過度な依存リスクと見なし、先端技術流出防止や経済的な切り離し(デカプリング)を重視しています

台湾有事への関心: 「台湾平和日本平和」という認識が強く、台湾有事の際に日本積極的に関与すべきだというスタンスが、中国を刺激し戦争を誘発しかねないという見方につながっています

とのこと。

さあ、選挙特番みようかな。

2026-02-07

我が党は(攻め込まれても)戦争しません!

世間的にはこういう風に見えてるんだよな

例えば中国ロシア予防攻撃的に攻めてきた時に反撃すらしないんじゃないかと思われてる

本格的な侵攻があったらさっさと降伏する、領土を求められたら言われるままに差し出すってな

元々左派中国シンパってイメージがあって、それがネトウヨに糊塗されたものだとしてもそれを払拭しようという動きはほとんどなかった

あんまり否定しないってことは結局そういうことなんだろうって思われてる訳だ

どっちかといえば都市部で強い左派政党が「戦争しません!」って強いメッセージだけを打ち出すことが、地方民の「戦争になったら俺らのこと見捨てるのか?」って疑いに繋がってる面も確実にあると思う

胡散臭い、疑わしいって思われてて、それを払拭しようというアピールが足りてない

こういうことを踏まえると高市さんに対するネトウヨ的な人気だけが自民党追い風だと思ってると見誤るんじゃないかなぁ

2026-02-01

毛玉取りのすゝめ

ふと思い立ってダイソー毛玉取りブラシを買った。

毛玉を取るという習慣が今まではなかったのだが(安い服を1、2シーズン処分していた)、まだ着れるスウェット毛玉がさすがに目立ってきたのが気になっていたのである

ポリエステルのシャギーニット風のマフラーも、最近なんだかみすぼらしくなってきていた。

家に帰り、まずはマフラーから取りかかった。アラフォーにもなる年の功か、やり始めるとコツのようなものがあるのがわかってくる。

長いストロークで一気にやろうとしてはいけない。強い力でもいけない。軽い力と、短いストロークで同じ場所を何度か繰り返しブラッシングして、少しずつもつれを解くのが肝心なようだ。

これはあれだな、老猫のブラッシングと同じだ。

老いた猫は毛がもつやすくなり、そのためにみすぼらしく見えるのだが、ブラッシングする時は長いストロークで一気にやろうとしても引っかかってうまくいかないのである。細かいもつれをサッサッと小さい範囲で解消していき、その際にブラッシングの方向を一定にすることで、最終的に毛流れが整うのである

参考 https://youtu.be/pEBXqoopSMo

人間進化とは外部化の歴史である。消化の工程調理として外部化したことによって人間本来消化に使われるエネルギーを脳の活動に回せるようになった。

そして衣服は外部化された被毛である衣服の手入れをするというのはつまり被毛を手入れすること。猫のブラッシングと同じ要領であるのもむべなるかな。

マフラー一本ブラッシングするのにずいぶん時間がかかったが、新品同様とはいかずとも大分見違えた。非モテ男の清潔感という問題は度々俎上に上がるが、「清潔感を出す」というよりもむしろ「不潔な感じを消す」というのが肝要なのだなと気づく。

毛玉を取り、毛流れの乱れを整えると、実際に付着していたゴミや埃が取れるし、外見の「なんか埃とかゴミとか付いてそう」という印象も払拭される。ピカピカの新品には戻らずとも、それでいいのだ。

毛玉は不潔なものではない。現に私のスウェットは毎回漂白剤を使って洗濯している。毛玉がついていたからといって雑菌が繁殖したりはしない。

⋯⋯のだが、衣服を被毛と考えた時、繊維のもつれ、そして繊維のもつれの成れの果てである毛玉がついているというのは、老いて弱った野良猫のボサボサとした毛のように、不健康さや不衛生さを連想させるのではないだろうか。

衣服の手入れを被毛の手入れと考えるなら、美しい毛並みの被毛の持ち主がモテることは想像に難くない。しかし、モテるモテない以前に、自らの被毛を手入れする時間というのは、重要セルフケア時間にもなるのである

毛玉ブラシをかけていると段々と無心になってくる。一定リズムでサッサッとブラシをかけていると、曇った銀食器を磨いているような、心地よい集中が訪れる。「今ここ」に意識が集中している感じ、マインドフルネス瞑想中のような状態になるのである

と、このような事を考えながらひとしきりブラッシングをし、マフラースウェット、ウールライクのコートもきれいに整った。漂白剤に漬けた白Tのようなわかりやす清潔感ではないが、なんだか丁寧に暮らしている感じがする。

いや、事実、丁寧に暮らすというのはこういうことなのだろう。

効率機能性だけを考えるなら毛玉など取らなくてもいいが、効率機能性だけではなく、人間にはケア必要なのだ

男たちよ、そして私と同じセルフネグレクト気味の女たちよ。

まず毛玉を取ることから始めてはみないか

2026-01-27

チームみらいの子育て減税がとんでもないばら撒きなんだが

マニフェストを読んで目を疑った。これはひどい

どんな政策よ?

衆院選マニフェストサイトに、こう書かれてる。

https://policy.team-mir.ai/policies/childcare

具体的には、「子どもの数に応じて親の所得税の税率を定率で下げていく」という制度提案していきます

例えば、子ども1人で所得税率がマイナス5ポイント(例:23%→18%)、

2人になるとマイナス10ポイント(例:23%→13%)、

3人になるとマイナス20ポイント(例:23%→3%)というように、段階的に減らします。

4人以降についても1人当たり5ポイントずつ上乗せするなど、多子世帯負担がしっかりと軽減され、子どもを持つことへの不安払拭するだけのインパクトを生み出すことを狙います

高所得者青天井で税額還元とならないよう、所得一定額を超えると緩やかに減税率が減少する仕組みを導入します。

現金給付による動機づけインセンティブ)は、一定以上の所得水準を超えると効果限定的になるという認識に基づいています

子育て世帯世帯年収中央値付近など、ボリュームゾーンにあたる層をメインとし、大きく所得が上回る層には、適切な減税額となるよう調整します。

所得制限のような崖を設けるのではなく、なめらかに漸減する関数とし、所得が高くなるにつれて一定の減税額に収束するような制度します。

子育て減税」は、共働き場合は両親の双方の所得税率に適用します。

育児仕事の両立の苦労が、しっかりとお子さん・家族還元される仕組みを目指しま

ヤバくね?

ヤバい金持ちへの優遇がとんでもない。

まず、俺たちがどれだけ所得税を払っているのか

例えば額面の年収が700万円あったとして、そこに直接税金がかかるわけじゃない。

社会保険料やら扶養控除やらを差し引いて、その残りに対して税金がかかる仕組みだ。

年収700万あってもこいつらを引いた数字(課税所得)は373万円くらいにしかならない。

https://jp.indeed.com/career-advice/pay-salary/income-tax-quick-reference-table

この課税所得373万円に計算式をあてはめて、373万円 x 20% - 427,500円で所得税31.8万円だ。

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm

それでいくらもらえるんだよ?

もう一度このサイト所得税早見表を見てほしい。

年収500万円の場合は税率10%で所得税13.9万円で、年収900万円だと税率20%で所得税63.1万円だ。

https://jp.indeed.com/career-advice/pay-salary/income-tax-quick-reference-table

ここで例の子育て減税の話に戻るんだが、こどもを3人作ると20ポイント(20%→0%)の税率カットだ。

年収900万円だとちょうど税率0%で払った所得税が全額戻ってきて63.1万もらえるんだが、

年収500万円だと全額返ってきても13.9万円にしかならない。

まり親の所得でこどもの値段が変わるわけだ。やべえな。

さら共働きだと両親ともに税率カットだ。マジかよ。パワーカップル勝利だな。

所得一定額を超えると緩やかに減税率が減少する仕組みを導入します」って書いてあるけどよ、こんなのどうやっても不満が出ると思うぜ?

ラインを高くし過ぎると金持ち優遇批判が出るし、逆にラインを下げ過ぎたら金持ってるチームみらい支持者から文句出るだろうな。

金持ち優遇するためにめんどくせえことしないで定額給付でもいいんじゃねえの?

よその国だとどうなんだ?

調べたらポーランドハンガリーでも似たようなことはやってるらしい。

でも大して効果出てないうえにやっぱりばらまき批判は強いみたいだぜ。

https://www.sankei.com/article/20190809-ZWNB7VAD6FPWHM3ITL5RD5FEQQ/

結局ばらまきじゃねえかよ

割合を出してきたら実数を見ろなんてよく言われるが、試しに計算してみたらやっぱりばら撒きで金持ち優遇じゃねえか。

消費税減税を批判するのと同じ口でこれを出してくるのかよ。マジかよ。

2016/1/30追記

ブコメありがとな。もう一本書いてみたぞ。

https://anond.hatelabo.jp/20260130205508

佳勝会報道がが中核連に大打撃をあたえています。ここから挽回する方法を教えてください。

「佳勝会」に関する報道中核派革命的共産主義者同盟全国委員会)の組織運営や対外活動に小さくない影響を及ぼているようですね。

厳しい状況にある組織が、こうした「打撃」から挽回し、勢力を立て直すための一般的戦略を整理しました。

1. 内部結束の再構築

外部から批判報道が激しい時ほど、組織は内側から崩れやすくなります

総括と自己批判の徹底: 報道された内容に対して、組織内で曖昧にせず明確な「総括」を行うこと。指導部が責任所在をはっきりさせ、下部組織への説明責任を果たすことが信頼回復第一歩です。

教育の再徹底: 組織の基本理念綱領)に立ち返り、構成員思想的な引き締めを行うことで、動揺による脱退や内紛を防ぎます

2. 対外広報戦略の転換

隠蔽」や「沈黙」は現代メディア環境では逆効果になることが多いです。

カウンター・プロパガンダ: 報道内容に対して、事実に反する点があれば論理的実証的に反論する資料を即座に提示すること。

情報の透明化: 秘密主義的な印象を払拭するため、可能範囲活動内容や資金の流れをオープンにし、「開かれた組織」という見せ方へのシフト検討する必要があります

3. 実践活動による「有効性」の証明

議論だけでなく、大衆が求めている具体的な課題で成果を出すことが、支持を取り戻す近道です。

労働運動住民運動への注力: 報道イメージを上書きするほど、現場での実直な労働支援生活支援を行い、「自分たちにとって必要存在である」と周囲に認識させること。

SNSデジタル戦略の強化: 既存メディアフィルターを通さず、直接大衆に訴えかけるプラットフォームでの発信力を強め、若い層へのアプローチを再編します。

注意点

どのような組織であれ、現代社会において法令遵守コンプライアンス)を軽視したままの挽回は極めて困難です。社会的な「正当性」をどこに見出すかが、今後の存続を左右する大きな分岐点になるでしょう。

2026-01-24

北海道6区トトカルチョ

自民東(統一)、中道西川いじめ事件市長)、共産おぎう(おじいちゃん)。顔ぶれは前と同じやね

前回北海道は立憲が勝ちまくった中で、6区は自民ギリギリ議席を守った。まあ立民西川比例復活で行ったが。

西川はやはりいじめ事件が尾を引いていて、そのイメージ払拭できてないように思う。本人のインスタ見ても、彼自身がほぼ独自政策に触れていない。

西川政治家がやりたいだけで、日本を変えたいことは、特に無いんだろう。

もっと人物の印象があんまないのは、東のほうも大差はないので、結局政党パワーバランスで決まるんだろうなあ。

北海道6区はドブ板するには広すぎるから、仕方ないっちゃ仕方ない。

報道では公明票は1万近くあるとされていたが、正直そんなにはいないだろ。ただ党の言いなりになる創価員がそんなにいるもんかね。

それでも自民に入ってた公明票いくらかは中道に移動することになる。高市を嫌うオッサンや左寄りの無支持層も少しはいるだろう。

逆にうっすら反石波、親高市という層が自民に戻ってきて、そのどっちが多いか趨勢は決まるだろう。

とするとやっぱ自民かねえ。情勢わからんけど。

俺は蓋開けたら自民増、自維で過半数とれて、国民がやきもき、中道解散して元の木阿弥という展開と読んでいる。

正直「どっちがマシか」の選択なんで、他の党が出てこないか心配だった。とくに参政党なんていたらぽっと通っちゃう可能性もある。

旭川の街なかで辻立ちしてるのを見るので、候補出してくるのを警戒してたが、出てこなさそうで安心

国民が比例のみで候補者出てるから、6区から出してほしかったとこだが、地縁がないのは厳しかろうなあ。

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