はてなキーワード: 上級国民とは
この人の経歴って、他の土地と揃えるならば「日本(若しくは東京)生まれ、ソ連→アメリカ→サウジ→パリ→カナダ育ち、ドイツ住み」になって
それだけだと鼻持ちならない上級国民のお嬢様のイメージになるのに
出生地を「板橋」に変えるだけで、庶民的で親しみやすいイメージを醸造する事に成功している。
これが板橋区じゃなくて港区や千代田区だったら、この反応はなかっただろう。板橋区効果すげーな。
こういうイメージ操作を真に受ける人って、たかまつななとかにも騙されやすそう。
板橋生まれ、ソ連→アメリカ→サウジ→パリ→カナダ育ち、ドイツ住みのほりべさん「DPZで書けるのは、公文のおかげ」|デイリーポータルZ編集部
https://note.com/dailyportalz/n/nf198aee6c35f
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2019年に橘玲が『上級国民/下級国民』を出したとき、俺たちはまだ「知識社会化・リベラル化・グローバル化」という流れが不可避だと思っていた。
でもそれから6年。コロナ、物価高、政治不信を経て、**リベラルな理想そのものが「敵」として見られ始めている**。
今、目の前で起きているのは単なる格差拡大じゃない。**「リベラル・エリートvs普通の人々」という新しい分断**だ。
橘の『上級国民/下級国民』は、その理想の裏側で進行する**「上級」と「下級」への静かな分断**を描いた本だった。
でも、この本が前提にしていた「リベラル化の進行」という大前提が、2020年代に入って揺らぎ始める。 <h3>o- **</h3>
2020年のコロナ禍は、「誰がリモートで働けるか」をあからさまにした。
この分断は、橘が描いた「知識社会の勝者/敗者」をリアルタイムで演出する舞台装置になった。
2022年以降の物価高は、エネルギーと食料品を中心に中間層の生活を圧迫した。
統計上も、**所得分布全体が下方にシフト**し、「生活が苦しい」と答える層が増加している。
「真面目に働けば中流」という物語は完全に終わった。 <h3>o- **</h3>
そしてここからが本題だ。
2010年代まで、「自分らしく生きる」「多様性を尊重する」というリベラルな価値観は、多くの人にとって**「解放の約束」**だった。
でも、低成長と格差固定化が続く中で、それらの言葉は次第に別の意味を持ち始める。
さらに、ネット上で可視化されたのは、**「リベラルを名乗る人たちの不寛容さ」**だった。
こうして、「リベラル=寛容」というイメージは崩壊し、**「リベラル=マウント取ってくるエリート」**という新しいイメージに置き換わった。 <h3>o- **</h3>
もはや、「リベラルか保守か」ではなく、**「誰も自分たちを見ていない」という疎外感**こそが核心になっている。 <h3>o- **</h3>
この土壌の上で、ポピュリズムが再び息を吹き返す。
ポピュリズムとは、「純粋な民衆 vs 腐敗したエリート」という単純な対立構造を描き、**政治家・メディア・リベラル知識人をまとめて「敵」に仕立てる言説**だ。
重要なのは、多くの人がポピュリズムを**「強固な右派イデオロギー」として選んでいるわけではない**という点。
それはむしろ、**「リベラルも保守も信用できない」「生活感覚を無視され続けてきた」という怒りの出口**として選ばれている。
だからこそ、政策の整合性より、**「はっきりものを言う」「既得権を叩いてくれそう」というスタイル**が支持される。 <h3>o- **</h3>
この視点から見直すと、「上級国民/下級国民」というラベルも変質しているように見える。
2010年代まで、この言葉は主に**「事故を起こしても逮捕されない高齢官僚」**など、古典的な既得権層への怒りを表していた。
しかし2020年代には、**リベラルな知識人、都市部の専門職、さらにはSDGsや多様性を掲げる企業やメディア**までもが「上級国民」として揶揄されるようになった。
「リベラル知識人」はなぜ嫌われるのか?ノーベル賞作家が暴いた欺瞞とは | ニュースな本 | ダイヤモンド・オンライン
こうした変化を精神史としてまとめるなら、2010年代までの「リベラルな知識社会の内側に生じる上級/下級の分断」に、**次の2行を付け足す必要がある**。
自由、平等、多様性、自分らしさ——これらは本来、多くの人を解放するはずの言葉だった。
だが、低成長と格差の固定化が続く状況では、それらは**「達成できない理想」「できない自分を責める基準」**として働き、自分の現実を否定する言葉に変わっていった。
上級/下級という枠組みは、いまや収入や学歴だけでなく、**「どちら側の言葉を話しているか」「どちら側の世界観を信じているか」**を区別する境界線にもなりつつある。
リベラルな言葉を使う側は、自覚の有無にかかわらず「上級国民」として見られ、
それに違和感や怒りを覚える側は、**「自分たちを侮辱してきた世界」そのものから距離を取り、簡単で感情に寄り添ってくれる語りへと引き寄せられていく。** <h3>o- **</h3>
この2行が付け加わったとき、「上級/下級国民」という図式は、
であるだけでなく、
としても読み替えられる。 <h3>o- **</h3>
児童ポルノや児童への性加害を野放しにしてきたツケが回ってきている。日本では「児ポ男が多すぎて警察が対応しきれない」みたいな説がネットで回ってるけど、そんな説を笑って済ませられる段階はもう終わっている。
フランスは性犯罪・児童保護の管理で具体的な仕組みを持っている。たとえば、性的・暴力犯罪の加害者を登録・追跡する全国的なファイル(FIJAIS)が運用されており、再犯防止や捜査のために活用されている。こうした制度は被害予防のツールとして機能している。
具体策のイメージは単純だ。
これらをセットで運用すれば、加害の“機会”そのものを減らせると思う。フランスは児童保護や情報削除、コンテンツ監視の法律を相次いで整備してきており、単なる合憲討論に終わらせていない。
「でも日本じゃ無理だろ」という悲観論には反論が要る。確かに制度を作るだけでは意味がない。登録の精度、個人情報の扱い、誤認逮捕や人権問題への配慮、運用する人員・技術の確保——これらを同時に設計しないと逆効果になる。それでもやる価値はあると思う。被害児童の未来を守るほうが優先順位は高い。
それから現実的な話。上級国民にも犯行者が紛れているとか、警察が捜査しきれないとかいう“説”が出るほど問題が深刻なら、制度を強化して透明化し、第三者の監視と民間通報の仕組みを整えるしかない。情報を握るのが特権階級だけ、って構図を放置する余裕はない。検挙力を上げ、被害の報告が埋もれない仕組みを作ることが先だと思う。
最後に一言。厳罰化だけ叫べば済む話じゃない。だが「入国禁止・未成年関与禁止・登録制度」の三本柱は現実的で即効性がある対策だ。フランスが既に取り入れている制度や運用を研究し、速やかに導入していくべきだと思う。草を生やしてる場合じゃない、被害児童が実際にいる。
はてな界隈でたまに「上級国民」とか「地主」って単語がネタで飛び交うけど、たぶん自分はそのどれよりもしょぼい。
高祖父だかそのまた上だかが、維新のころに爵位をもらっている。
今どき華族と言ってもピンとこないだろうけど、簡単に言うと「歴史があるだけで、金がない家系」だ。
うちの家にあるものを並べると、だいたいこんな感じ。
そして、どれとも釣り合っていない、安物のこたつと量販店のテレビ。
親戚が集まると、年寄りたちは「この壺は昔は……」「この家もねえ……」と過去の話ばかりする。
ただ、固定資産税の話になると、一気に声が小さくなる。
没落って、こういうことを言うんだなと思う。
フルネームはさすがに書けないが、いかにも「旧華族の末裔です」と言いたげな名字をしている。
初対面で名字を名乗ると、だいたい二種類の反応が返ってくる。
1. 「あれ? どこかで聞いたことあるような……」と首をかしげる人
2. 「すごい名字ですね!」と、すごいのかどうか自分でもよく分からない感想をくれる人
たまに、歴史オタクっぽい人が「もしかして、昔の○○伯爵家と関係あったりします?」と聞いてくる。
否定すると嘘になるので、「まあ、そんな感じです」と曖昧に笑う。
そこから先の会話は、だいたい盛り上がらない。
現代における伯爵家の末裔なんて、インターネット回線を引いた一般庶民だからだ。
「貴族っぽいこと」を期待される場面はたまにある。
親からは、「せめて姿勢だけは良くしなさい」と小さい頃から言われてきた。
姿勢を良くしたところで、奨学金の返済が免除されるわけでもないのに。
没落貴族にも、一応それなりの悩みがある。
- 古い家を解体すると、親戚筋から「ご先祖様に申し訳ない」と言われそう
- かといって、このまま持ち続けると、固定資産税と修繕費で確実に詰む
- こっちは、「キラキラじゃない、でも読める名前」にしたいだけ
- 山の中にある先祖代々の墓をどうするかで親が揉めている
- 自分の世代で「墓じまい」を決断したら、たぶん一生言われる
庶民的な悩みと、どうでもいい由緒の板挟みだ。
その瞬間、全員のテンションが目に見えて下がる。
「この家、次の代でどうするんだ?」
本音を言うと、「ガチ貴族の末裔です」と自己紹介しても、人生の何の役にも立たない。
就活のときにちょっとバクチで話してみたが、面接官の反応は「へぇ〜」で終わった。
それでも、家系図と古い写真と、やたら重い家訓みたいなものだけは残っている。
「常に誇り高くあれ」とか、「家名を汚すな」とか。
誇り高くあれと言われても、リモート会議でカメラオフにしてユニクロのスウェットで座っている。
家名を汚すなと言われても、SNSには普通に愚痴を書いている。
それでも、どこかで「まあこんなもんだろ」と諦めて笑える感じだけは、貴族っぽいのかもしれない。
なにもかも右肩上がりではない歴史を、家ごとまるっと抱えているという意味で。
たぶん、この増田を読んでいる人のほとんどは、「ガチ貴族」なんて言葉とは無縁だろう。
でも、代わりに「実家が自営業」とか「よく分からない家業」とか、「なんとなく守らされているもの」がある人もいるはずだ。
を迷っている感じは、階級とか由緒とか関係なく、だいたい同じだと思う。
こちらはただの「よろしくガチ貴族」だが、没落ルートを先に歩いている先輩として、一つだけ言えることがある。