はてなキーワード: カップヌードルとは
大金持ちになりたい
好きなあの人と結ばれたい
〇〇になりたい
願えば願うほどどんどんと遠のいていく夢、願望、そういうのあるじゃない?
でもさ。
叶ったとしても、、、満たされないんだ。
何十年もずっと、〇〇をして〇〇をやれば〇〇になれるはずだ、
って、ほとんど叶うわけもない白昼夢のようなことを追い続けて人生を無駄にして生きたような人間だ。
若い頃は、それでも絶対にその夢を叶えてやるんだ、と思ってたし
もう若くはないな、と思い始めた頃も、夢はあきらめるから夢で終わるんだ、みたいなことを考え続けていた。
でも、ある日、気づくんだ。
町中で、ショーウィンドウに映る、妙に若作りした、オッサンが歩いているのに気づいて、一瞬キモチワル、って感じて、それが自分だってことに。
もちろん自分だって気づいた瞬間に、その気持ち悪いオッサンはいなくなるんだよ。
すると、いつもの男前ではないけど、感じは悪くないし、中年にしては、体型も保っているし、若々しさがある自分が映ってるんだ。
でもさ、真実は違うよね。
本当のことは一瞬感じたキモチワル、に凝縮されている。
なんでかって?
とにかく生物というものの基本は生きる、ということに対して必死であることなんだ。
実は、そこに全フリされている、その他のことなんてどうでもいいことなんだよ。
ただ、それは隠された真実なんだ。
ただ生きているだけでは気付けない真実なんだ。
それをね、君にはわかっていてもらいたい。
僕はね、本当に運が良かった。
自分のこと、キモチワルな自分に目を逸らしながら生きてきた負け犬が、ある日、大幸運に恵まれて、夢が叶ってしまった。
そりゃ、狂喜乱舞したよ。
見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!
見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!
見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!
見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!
俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!
俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!
俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!
お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!
お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!
お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!
後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!
どうだ!!どうだ!!どうだ!!どうだ!!どうだ!!!!!!!!!!
おれはやったぞ!!!!!ついにやったぞ!!!!!!ゆめをかなえたぞ!!!!!!!すべてをやりとげたんだ!!!!!!!!
もともとキチガイみたいな人間だったけど、あのときの前後はホンモノのキチガイだったと思う。
そして、とてつもなく満たされた。
夢がかなったことの副賞みたいなもんも最高だった。
金とか、若い恋人とか、家とか、車とか、周囲からの称賛、それまで無視してきたくせに俺におもねって媚を売りに来る奴らを足蹴にすること、逆にそれまで俺に親切にしてくれてた人に恩返しをすること、旅に出てのんびり過ごすこと、日銭を稼ぐためにあくせくしないこと、やりたくないことをしないこと、いつまでだって夜ふかししてもいいし、どんだけ早起きしてもいい、朝起きてリビングから眺めるタワマンの上階から眺める朝日に感動すること、思い立ったら北海道に昼ご飯を食べに行くことだって出来るし、コンビニで買ってきたカップヌードルで一日を過ごすことも出来る、意味もなく最高スペックにしたMacも買ったし、その価値がよくわからない値段だけがバグってるモニターも買った、服を買うだけなのにソファに座らされてコーヒーを出される変なところにも通ったりした、すべてが最高だったし、すべてに満たされた。
夢を叶える。そのために人は生きているんだ。
完全な満足、足るを知ること、あとはそのことの余生を楽しむ。
そんな人生を送るはずだったのに。
もう完全に満たされたはずだったんだ。
本当に、本当に、満足したはずなんだ。
でもな。
これはすごく残酷な事実なんだけど、人間は、決して満たされることはない。
叶わぬ夢が叶っても、お金があっても、若い恋人が居ても、それで満たされることなんて無いんだ。
ある日気づく。
バカみたいに広いベットルームでむくりと起き上がって、リビングで馬鹿みたいに高いコーヒーを作る機械で飲む濃いコーヒーを飲みながら、満たされていない自分に気づくんだ。
信じられない気持ちになる。
え?
と思う。
ショーウィンドウに映る妙に若作りしたキモチノワルイおっさんに気づいたときと同じだ。
え?
と思う。
不満を感じている自分がいる。
え?
と思う。
まさか、
と。
ああ、なるほど、な。
とも思う。
俺は不思議で仕方がなかったんだ。
ビル・ゲイツっていう人がいるんだけど、ずっと世界で一番資産を持っている人をやってた人だ。
ああいう人が、なんでいつまでも働くことを辞めないのか意味がわからなかった。
あきらかに人生のアガリを迎えているのになんでアガリをしないのか?
マイクロソフトっていう小さな会社を世界一の企業にしてWindowsをデファクトスタンダードにして支配的立場を手に入れた。
もうやることなんてないはずなんだ。
あとは余生を楽しめばいいのに、なんでいつまでも引退しないんだ?って不思議だった。
でもわかったような気がした。
満たされないんだよ。
だから、やめれないんだ。
あれもなんとか自分を満たそうと思ってるんだと思う。
効率的なんだよ。
なんかな、人のために仕事をするってことをすると効率的に「満たす」ことが出来るんだ。
俺もタワマンの最上階から今の小さな家に引っ越してから、毎日家の周りを掃除するようになった。
そうするとな、自分のためにやるよりもずっと効率的に「満たす」ことが出来る。
だからな、やるんだよ、そういうことを。
でもな。
私はインフルエンサーになったらカップヌードルを食べることにしている。
この話をすると、たいていの人は「どういうこと?」と笑うのだけれど、私にとってはずっと前から決めていた小さな誓いのようなものだ。
世の中では、インスタント食品を日常のご褒美にしてはいけないこととされている。
健康志向が強まるにつれ、インスタント麺は「忙しい日の妥協案」か「学生時代の思い出」として扱われがちだ。
代わりに、罪悪感のないオートミールボウルを食べると良いとされている。
栄養バランスが良く、写真映えもする。朝の光の中で撮られた“#朝活”の象徴のような存在だ。
私も昔はそんなオートミールボウルを食べていたが、歳を重ねるうちに、世間の「こうあるべき」という視線に縛られなくなってきた。
40代のある時期から、ふとしたきっかけでカップヌードルを食べることができるようになった。
体質が変わったわけでも、健康に自信がついたわけでもない。
ただ単に、「好きなものを好きと言っていい」と思えるようになっただけだ。
写真映えだけでなく、語りたくなる味でもある。
インフルエンサーの時に食べるカップヌードルは、初心を思い出させる儀式食のように言われることもある。
華やかな世界に身を置くと、どうしても「見せる自分」を意識しすぎてしまう。
でも、湯気の立つカップヌードルを前にすると、肩書きもフォロワー数も関係なくなる。
ただの「私」に戻れる。
そこで輝くのがカップヌードルだ。
湯を注ぎ、3分待つ。
蓋を開けた瞬間の香りは、どんな高級レストランの演出よりも、私の心をまっすぐに掴んでくる。
もちろん、これは私の個人的な習慣であって、誰にでも当てはまるものではない。
繰り返しになるけれども大事なことなのでもう一度断っておく:「インフルエンサーになったらカップヌードル」というやり方は、全ての人におすすめできるものではない。
ただ、もしあなたが何かの節目に「自分だけの儀式」を持ちたいと思ったなら、
そのヒントとして、私のこの小さな習慣を思い出してくれたら嬉しい。
雑過ぎる。医学バックグラウンドのある方なら、流感発熱時の管理項目や緊急受診が必要な徴候が何かくらいの知識はあるはずで、
それに対して「インスタントラーメンはこう悪い」がたとえば「過剰ナトリウムに対してはこうすれは緩和できてデメリットを避けつつカップラーメンを最大限楽しむことができる」とか「実は管理栄養食で使われる〇〇は減塩のカップラーメンとほぼ同じようなものだ」みたいなトリビアとか実用的な知識とか正しい医学的背景が全くない。「おれは自分を良く知っていて熱にカップラーメンと桃缶はよく効くんだガハハ、俺にしか効かないがな。」みたいなの喜んでブクマしているブクマカも惰性と老化しか感じない。
百歩譲って、「病気のケアには生化学的な身体ケアと同様に精神的、魂の容器のケアの両面のホリスティックケアが大事なので、それに自分の場合はラーメンが効く。」くらいなことは言えないものか。
あんまり調子に乗って蒸しが簡単だからって気に入って大量に蒸していると食べきれないことを張り切りすぎが終わった夜更けに気が付くのよね。
フライパンに簡単お手軽乗せて蒸し料理が楽しめる蒸し網を買ってから、
もう何年たったのかしら?
ちょうど1か月半ってところなんだけど、
これだけ。
ホクホクとしていつものように味付けもなしで食べ切りサイズで平らげられちゃうのよね!
相変わらず美味しいわ~。
それしか言いようがないぐらい素材の味で美味しく食べられるから幸せなのよね。
私は大袈裟に言って蒸しを極めた!全て理解した!とはまだまだ研鑽が足りないかも知れないけれど、
次の道に進むことにしたの!
そ!それは
奮発して大枚を叩いてタイ米じゃない産地だと思うけどなんかよく分からない外国の言葉で書いてあるパッケージの
えいや!って買ったの!
で炊き方はクリステル仕上げ!
炊飯器じゃ炊けないようなので、
最新のAIに尋ねると当然のように湯取り法でパスタのように茹でろ!という指令がくるので
私のミッションがスタートしてさてインポッシブルだったのかはどうかしら?って一抹の不安に駆られたけれど、
そこは上手く手順通りに
30分ぐらい浸水してと見せかけて
茹で始めるの!
私知らなかったんだけど、
日本のジャポニカ学習帳じゃない方のジャポニカ米より随分小さくて細くって、
あれがお店で食べている長細いビリヤニのお米なの!?って半信を疑いつつも半疑を信じることにして
AIの言う通りに湯取り法で湯がいてみたの。
そしたらよ!
ある分数からいきなりぎゅーんとバスマティライスが伸びてきて、
ああ!これって茹でている最中にお米が伸びてくるタイプのお米なのね!って
たぶん洗濯洗剤のシーエムで凄く洗濯洗剤で汚れがよく落ちるから驚きの白さ!ってあの驚き屋が言うぐらい、
私もそのバスマティライスが茹でてる中で伸びてくるんだ!って驚いたの!
茹でる際のお湯にクミンとオイルは適当なものしかなかったのでオリーブオイルをたらして
実のところ私も初めてだった手前、
どれが正解が分かんないまま暗中模索の中で暖簾に腕押し状態で茹で上げちゃったもんだから正解が全く分からなかったの。
まあこれでいいでしょ!って一旦ザルに取り上げて、
お手軽ビリヤニ風になにを使えば一発でそうなるものってなーんだ!
もう一方のAIはセブンイレブンの黄金のハンバーグのタレを掛けろ!とか
なんか急にそこディテール細かくない?って
セブンイレブンの黄金のハンバーグのデミーなソースを掛けろといういきなりの高解像度の返答は私は一旦無視して、
キーマカレーを信じたの。
そんで、
お手軽キーマカレーのレトルトをフライパンに投入してザルに上げて待機させておいた茹で上がったバスマティライスを合流させたの!
おおお!
なんかビリヤニっぽくなってきてる!
これでお手軽に自分で自作のビリヤニが無限に食べられる!って思って、
早速実食!
ぱく!
うわ!美味しいワールドが口の中に広がるバスマティライスがある程度パラパラでキーマなソースをまとって風味豊に口の中に広がるの。
あ!
食べてみていきなりのビリヤニに私はパクパクと食べ進めていく間に、
とある壁にぶつかったの!
食べている間に完食は一応したもののなんだかそのキーマなソースで気持ち悪くなっちゃったの。
そりゃそうだろあれは日本のお米にあうように設計されてるから、
あんまりバスマティライスとは合わないだろうせめて分量は半分ぐらいにしてかけて食べろ!ってことを告げられたの!
それ早く言ってくれない!?
つまりはキーマカレーのキーマ全かけはバスマティライスに対して多すぎて気持ち悪くなっちゃったってことなの。
むむむ!
やっぱりそうは簡単には美味しい海苔を扱うで有名な海苔問屋が美味しい海苔を卸してくれない理由はそれだったのね!って初めてそれこそお店のものを高解像度でビリヤニを捉えることができたの。
いかにお店でシェフが作っているビリヤニが巧妙にスパイスの風味をまとわせて調理されているということが実感できて分かった瞬間でもあったわ。
でも、
考えてみたらそうよね。
ビリヤニ作りの素人がましてや初めての初手でいきなりペキカン且つ完璧なビリヤニの調理が出来るわけないじゃん!って。
うーん、
私は次どうしたら良いのかしら?って
日清のカップヌードルのカレー味とバスマティライスを合流させたらどうなる?って
私はまた最新のAIにその素材の調合調理をシミュレーションさせると出された結果の答えは、
「それはただのカレー風味のそばめしになりますぜ!」って言うじゃない。
私の中では結構いい線で日清のカップヌードルのカレー味とバスマティライスをフライパンで合流させたらビリヤニに着地できるかと思っていたけど、
やっぱりそこはそうはいかないみたいなシミュレーション結果が受けて、
日清カップヌードルのカレー味とバスマティライスをフライパンで合流させたくない!?って
最新のAIにはそれは無難な結果にしかならないからオススメできないと言われても
ここは無茶を承知の助侍もおぬしは自分の道を信じていくのじゃ!って言ってくれそうな気がしたの。
だから今度はキーマカレー全量全かけのバスマティライスをフライパンの上で合流させたものは一口目は美味しかったけれど無限に食べ続けられなかった反省を踏まえて、
私は日清カップヌードルのカレー味と茹で上がったバスマティライスを合流させてみたいのよね。
そこそこに美味しくできる算段なんだけどなぁ!
AIに反逆して私は絶対に美味しいかどうかまだ決めつけるには早合点な
日清カップヌードルのカレー味とバスマティライスを合流させるという超B級グルメに挑戦したいと思っているのよね。
私は自作自演できて自分で食べて美味しい我田引水的なと言われてもかまわないの!
燃やすことに決めたの!
いや間違えた、
ちょっと挑戦してみる!
うふふ。
なんかさ、
美味しいサンドイッチがあったのに、
それ以降見付けられなくてってガッカリした気持ちにしっかりとした味で応えてくれる納豆巻きをしっかり食べて朝の元気の源にするわ!
半分に切って
レモン果汁搾りたてはさすがに風味がいいわよね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
カップヌードルの棚の前で、
僕はずいぶん長い時間立ち尽くしていた。
この三分でゆで上がる宇宙に集約されているような気がしていたのだ。
しょうゆ味は、
最もクラシックで、
でも少しだけ退屈だ。
しかし。
ただのカレーではなく、
彼女は受け入れて生きている。
その香りは少し甘く、
けれど底の方に焦げたような悲しみがある。
ひとりで飲むラムのようだ。
僕は手を伸ばしかけて、やめる。
まだ「彼女」を探し求めているのだ。
辛さか、コクか、懐かしさか。
僕は少し考えたあと、ため息に似た笑いをこぼす。
それがわかっていれば別れなんてなかった。
そして、結局カレー味を選ぶ。
決め手なんてなかった。
レジに向かう途中で、ふと後ろを振り返る。
いつかまた、君の番が来るだろう
僕は心の中でそう呟いて、店を出た。
5年は前になる。
近所のスーパーでキャベツ一玉68円とか、卵10個パック198円とか、そういう物価だった頃だ。
体調を崩して仕事を辞め、貯金を切り崩した後は、幸い申請が通った障害年金と、リハビリとして始めたアルバイトで暮らすようになった。
その時考えていたのが、「いつ生活保護を受けることになるかもわからないから、支出をその範囲で抑えられるようになっておこう」ということだった。
いつまた働けなくなるかもしれないし、年金が打ち切られるかもしれない。
役所で一度相談し、説明を受けたことはあったので、金額はその時教えてもらっていた。
ちなみにその時は水際対策で断わられたわけではなく、まだ貯金がある段階で、働けなくて収入の当てがないと相談したところ、手続きの仕方などを保護担当の人が親身になって教えてくれた。
おかげで「お金がなくなったら生活保護があるし、役所で追い返されることもない」という安心感が持てて、そこから体調も安定し始めた。
話を戻して、当時住んでいた自治体では生活保護費は住宅扶助を上限まで使って13万円だった。
簡易キッチンとユニットバスの狭いワンルームなのだが、1万円近く超過している。
なので、13万円以内で生活するには生活費を諸々込みで67,000円に抑える必要があるわけだ。
バイト先への交通費は別にしておいて、通信費はスマホ(格安SIM)と家のネットを合わせて約9,000円。
水道代はほぼ基本料金なので隔月2,400円。電気・ガス代は(※当時)平均5,000円。
これを固定費として、月々15,200円の支出は確定していることになる。
ここから食費、雑費、被服や美容費など捻出するわけだが、人付き合いがなく出かけることがないので交通費がかからず、近隣に図書館があり、元々趣味が読書なので娯楽にも対して金がかからないのもあって、案外暮らせるものだった。
障害者手帳のフリーパスでバスに乗れば交通費はさらに節約できたし、割引になる美術館や自治体主催の無料の講座などに参加したりもできた。
一方で、歯医者の定期クリーニングや美容院の予定が入ったりすると一気に苦しくなるのも事実だった。
衣服代も予算を圧迫するので、靴はとにかく安いものを探し、ワークマンの980円のキャンバスシューズに行き着いた。
工夫をすれば暮らせるが、収入がある時は普通にやっていたこと(歯医者での定期クリーニングや、三か月に一度の美容院)が「贅沢」となり、小綺麗な格好をするのが難しくなるため、友人同士の集まりやおしゃれなカフェなど、身なりを値踏みされそうな場所からはちょっと足が遠のく。
月13万円はそんな生活だった。
しかし、その「工夫をすれば暮らせる」さえ、あくまで5年前の話だ。
それからロシアのウクライナ侵攻が始まり、円安も進み、物価がどんどん上がっていった。
まいばすで78円で買えていた板チョコが今は税抜148円だ。
光熱費は、使用量は減らしたのに基本料金と単価がバカみたいに上がり、倍になった。
いつも鶏むね肉を100グラム68円で売っていたスーパーでは、100グラム98円になった。
サバ缶は158円が258円になった。
まいばすの味がしないバナナなんぞ78円が気付いたら128円だが、それでも相当安い方だ。
chatGPTに相談すると「業務スーパーや作り置きを活用しましょう」などと言ってくる。
あのな、この世の困窮してる人間のそばに業務スーパーは必ずあるのか?
誰にでも徒歩やバスで行く体力があり、自炊する気力や知識や環境があると思ってるのか?
そういう話をしてるんだ私は。と、小一時間chatGPTを詰めてしまった。不毛な時間だ。
経済的に余裕がなく、さまざまな事情で自炊も難しい人が、安く食べたい、とにかく腹を満たしたいという時にそこにあって手が届くのは、現実的には安い菓子パンでありPBのカップヌードルだったりするのだろう。
普段からちゃんと食事をしている人がたまの間に合わせに食べるならいいが、常食するには体に悪すぎる、それらの食物でも「食えることは食えるんだからいいだろう」と言うのは、奇しくもマリー・アントワネットが言ってないとされる「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」という状態だ。
おおマリー、お菓子は安くとも体に悪く、民衆のQOLを下げてしまうのよ。
マリア・テレジアも草葉の陰で泣いている。
今は何も調べずにこれを書いているが、多分生活保護費が引き上げになったとかってことはなく、(むしろ引き下げの話をしてるくらいだ)同じ金額のまま、物価は爆上がり、交通費も光熱費も上がり、カツカツからキュウキュウで皆生きているんだろう。
(私はもう無理だと思ったので、貯金を諦めて生活費の上限を上げた。金がなくて食えなくなったら最悪死ぬからもういい)
とはいえ、これがどのくらい政治のせいなのか、友人も妹もいないタイプのメロスである私にはわからない。戦争とか温暖化の影響を、一体誰がどうしたらどうにかできるんだろう。
何もわからない。